当流小栗判官 第五

 

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     イ14-00002-579 

 

50 左頁
 第五
菊のながれも是なれや生(いく)薬てふくまのゝゆ はこぶ
たりきにひかれ来てたちまちしん/\゛すこやかに 小栗
判官兼氏と姓名まきれなかりける きなる哉めう
なるかなどちうよりそせいして 今又人界に立返る
しやばわうらいぞ有がたき 則上洛朝参あり本領を
あんどして 入国の道すがらみのゝ国あふはかの萬屋長に
ほんぢんを召れ ひたち小はぎといふ水しの女を おしやくに


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出すべしとの御諚にて長は 用意をしたりけり すえつむ
花のそめざぬも心うつらずてるての姫 主の仰のおも
ければ今はじするに所なく まへだれたすきぬぎすてゝ  
なさけもやうの色小袖おひかぜあさくかほらせて 銚
子たづさへ出給ふは ふさんの神女雲と成 雨となりよし
ふりもよし 此よ人の女郎も花のほとりのみ山木と
けしきをされて見えければ 扨はこくしの物ずきも見所有し
と聞えけり 八十間のながらうか十六間のおばしまを ゆるぎ

あゆませ給ひしははれざるになんのにじ 花をはくかとあや
またる一まこなたのしやうじより 国司の姿をつや/\と打
ながめ あつはれ器量やとのぶりや小栗殿のおもざしに
扨もにたりと見るめにもむかししのぶの涙かな アゝ忘れ
たり長の御おんをほうせんため おしやくには出たれども
国司もわかき御かたの たはふれごとも宣はんたとへ命は
おかるとも おしやくの外は返答もせまじとは思へども 此道
斗はしあんの外ことに国司が小栗殿の 顔ににたるに


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ほだされて我しらずに我心 うつるまい物でもなし 草のかげ
なる小栗殿さぞねたましう覚されん 出ねばお主の仰を
そむく出れば女の道をやぶる 扨いかゞせんアゝせんかたもなき
此身やと ふかくの涙とゞめかねたゞためいきをつく/\゛と しばし
あんじておはせしがいや/\国司のけんへいにて いか成むりを
宣ふともよもやいはいは成まじき アゝもつたいなや今迄
立しちかひのすえ なんの其やぶらふぞ ヲゝふんべつ有
/\ みづからながらへ有ゆへに長殿にもなんをかけ 身にも

うきこと聞なればしゝては人に恨もなしと 思ひ定て銚
子をすてけさの蚊帳の釣手縄 わないむすびてくびに
かけ なむあみだ仏と宣ふこえ 国司をどきかけ出給へば
有あふ侍長夫婦 是は/\といだきとめあはてふためく
斗也 国司姫の手をとつてしやしんとは心得ず くまの本
宮のくみゆにて某病悩ほんぶくせし されば車のそへ
がきに上下五日の大だんなひたち小はぎと有しゆへ
命のおんを送らんため扨こそしやくとはのぞみつれ 能々


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みればおもかげのにたる人の有けるが 国はいづくと宣へばあつと
思へどをししつめ わらはもとのさまは見ましたやうに存るが
誠のお名のきかまほしとぞ仰ける ヲゝ某はしゝて二たび
よみがへりし 小栗の判官兼氏といふものよ 扨はつま
にてましますかなふ我こそはてるての姫 やあ誠か
ほんにうつゝかと 人めもわかずいだきつきうれし涙
のひまもなき 三世のえんとは是ならん御物語夜と
共に 長にも数の御ほうびあり先ふぢさはの上人に

いざやしやれいをたつせんと打つれつもるゆかしさや
よれつもつれつふちさはのみてらをさしてぞ いそが
るゝさきへあんない 有ければ上人立出けんきやくでんにしやう
せらる 一礼おはつて鬼王鬼次両道心 姫君をたす
けし忠節いもうと君のさいごのてい とふつとはれつ
つきしなく 池の庄司がぼだいをもふかくとふらひた
まひける しかる折節横山は太郎次郎にいざなはれ
めんぼくなけに来らるゝ兼氏も姫君も いさゝか恨む


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迄もなく一の上座にせうだい有 横山申されけるは てるて
はおやこのあいさつ也小栗殿の御しんてい 千万もつて
はづかしし 去ながら必うらみをはれてたべ皆三郎がすゝめ
なり 是せうこには我々いけんをくはへ候處に かへつて此ご
とくおや兄を追出しをのれ所知を押領す とてもに
三郎がかうべをはね じたのいこんをさんじてたべと手を
つかへてぞ申さるゝ 兼氏もいんきんにらうたいと云おや
かたの 仰わけ迄も候はず何しにいこんはさむべき 扨三郎が

我まゝをふるまふとやしやにくはじやめくびねぢきつて
すて申さん 御心やすう思召 向後へだて有べからずと 既
に 御しゆえんはじまりける しかつし所へいろを着して
十四五人 がんを寺内へかき入 上人へ申上候 我々は当国の
百姓らにて候 然るに此まうじやかいぜむえんののもの
なるゆへ 拙者共講中としてはうふりおさめたく候 あはれ
御じひに御いんだう頼奉ると涙をながし申ける 上人
聞給ひ もとよりお家のやくぎ殊にむえんと有からは やすい


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ほどの事なれども只今は祝儀のしせつかなふまじ 外を頼め
といなひ給へば小栗御覧じ いや/\某が祝儀にはさう
れいこそは吉左右なれ じひをくだして御いんだうあそば
かし我等もちやうもん仕らん それ/\との給ひてがんをえん
にぞからせらす 上人三衣をあらためすでに法事と見
えし時 かねてがくやたゝみけん横山三郎 太刀ひつ
そばめがんのうちよりおどりいてかねうぢに
とびかゝり たちをむねにあてんとす心得たりとかんづか

とり三郎斗かつはとなけたちをつとつて立給ふはたゞいな
づまのごとく也 色の者共ぬきそろへ三郎につゞいて立 小
栗方の諸侍鬼王鬼次両道心 あまさじと身づくろふ
三郎いかつて大音あげ をのれ兼氏たばかつて只一討
と思ひしに しそんぜし無念さよおや兄弟も用捨
すな なでぎりに討とれときばをかみてぞげちしける
小栗から/\とわらひ やさしきぐにんめがちりやくた
うでにもちえにも此兼氏を討んとは蟷螂(とうろう・カマキリ)がおの


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ござんなれ つもり/\し大悪逆一もんのうらみ他門のあた
しやばふさげのえせものかたはしきつてきりちらせと一もん
じに入みだる いづくにてか聞たりけん後藤左衛門長刀よこ
たへかけ来り 一人もあまさじとまんなかにおつとりこめ 爰
のめんらうかしこのつまり打ふせきりふせ はかはら仏だん
くりきやくでん おつ返しおひもどしぜんごんけだつの大
だうじやう しゅらのちまたにくつかへししばしさゝへて
たゝかひける もとより一人当千の 小栗といひ

後藤といひ鬼王兄弟手いたくうてばしにむしやの
あくたうも爰かしこにきりふせられ わづかに残るやつばらも
くもの子ちらすことくにてはふ/\にげ返てけり 三郎も
今ははやてつへきの力もをれ 大わらはにたゝかひなされ
にやぶのかげよりつつと出 もとよりぐしたる一命いつの
時をまつべきぞ 小栗こそはもらしつれ我ひとりしなん
より おや兄弟にともさせんとおくをさしておどり入 横山
おやこ聞よりも天命しらすの大悪人 ひと手にかけじと


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三人が一つにぬきつれとりまはす 三郎いらつてはねちがへ太郎
次郎を両手に取 大地に打付両足にとうどふみ 大手を
のべて父がむなぐらかいつかみ おやこづれでしぬるには恨も
恋有べからずと 既にあやうく見えし時小栗かけつけ
三郎が両足かいてとつてふせ いんぐはのとゞめうけとれと三刀四
刀さしとをせば 人々をりあひ思ひ/\の恨の釼あくまがうぶく
太平の 太刀風松風吹おさまりて枝をならさぬ君子国 五
こくぶによう民あんせんおさまる 御代こそたのしけれ

  

     おしまい