本朝二十四孝 十種香の段 奥庭狐火の段

 

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856687

 

 

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2右頁
 節章句早覚の事
出のはる節はしとやかに 三字有のは小おくり又四字有時は浮おくり
本ぶしのゆりこれとかや はるきんの跡ひろひなり はづみのふしにつきゆりや
跡の三つゆりこれなれや たゝきと云はしめやかに 扨もひさしのれいぜんや
江戸れいぜいに合もあり 四つゆりながし此ふしはかうかたり 道雪やふしと
名にめでゝ古風にかたる 五つゆり 表具といへるふしはまた 文弥に作たる
物なれど 其所この一流と 七つゆりにはゆりながす こはりとあるもうきこ
はり 下のこはりは物すごく はるとはつよく語るべし ひつとり三重 跡
の上 段切のゆりいさぎよくぎんにて引もあまたある ふしのかず
/\わくいづみ 竹のしたゝり末の世迄是ぞ 呑とはしられける

 

 

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2左頁(本文)
臥戸へ行水の流れと人の
蓑作が姿見かはす長上下
悠々として一間を立出我民
間に育ち人に面を見知られぬを 
幸いに 花つくりと成て入込しは

 

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3
幼君の御身のうへにもし
過ちやあらんかと余所ながら
守護する某それと悟つて
抱へしや ハテ合点の行ぬと
さし俯き 思案にふさがる

一間には 館の娘 八重垣姫
云号有勝頼の 切腹有し
其目より一間所に引籠り 床に
絵姿かけまくも御経どく
じゆのりんの音 こなたも


4
同じ松虫の鳴く音に袖も
濡衣が けふ命日を弔ひの
位牌に向ひ手を合せ 広い
世界に誰有て お前の忌日
命日を 弔ふ人も情なや 父

御の悪事も露しらず お果
なされたお心を 思ひ出す程
おいとしい嘸や未来は迷ふ
てござらふ 女房の濡衣が
心斗の此手向け千部万部


5
のお経ぞと思ふて成仏して
下さんせ なむあみだ仏/\
/\誠にけふは霜月廿日 我
身がはりに相果し勝頼が
命日 くれ行月日も一ト年余

なむ幽霊出離生死頓生
ぼだい 申勝頼様 親と親との
云号 有し様子を聞よりも嫁
入する日を待かねて お前の
姿を書かし 見れば見る


6
程美しい こんな殿御と添ひ
臥(ぶし)の身は姫ごぜの果報ぞと
月にも花にも楽しみは 絵像
の傍で十種香の煙も香
華と成たるか 回向せふとて

お姿を絵にはかゝしはせぬ物を
魂かへす反魂香 名画の
力も有ならばかはいとたつた
一言の お声が聞たい/\と
絵像の傍に身を打ふし


7
泣涕(りうてい・流涕)こがれ見へ給ふ あの泣
声は八重垣姫よな 我名を
拝し勝頼を 誠の夫と思ひ
込 弔ふ姫と弔ふ濡衣 不便
共いぢらし共云ん方なき二人

が心と そゞろ涙にくれけるが
アゝ我ながら不覚の涙と衿
かき合せ立上る 後にしよん
ぼり濡衣が 申蓑作様 合
点の行ぬはあなたのお姿


8
どふした事で此様にホゝ不審
尤 はからずも謙信に抱へ
られたる衣服大小 テモ扨も
衣紋付なら上下の召様迄
似たとは愚かやつぱり其まゝ

筐こそ今は仇なれこれ
なくば忘るゝ事も 有なんと
讀しは別れを悲しむ歌 筐
さへじやに我夫にみぢん
かはらぬ此お姿 見るに付け


9
ても忘られ わたしや輪
廻に迷ふたそふな 御赦され
てと伏沈む 泣声もれて 一間
にはふしん立聞八重垣姫 そつ
と襖の隙間もる姿見ま

がふ方もなく ヤア我夫か勝頼
様と 飛立心を押沈め 正しう
お果なされし物 似たと思ふは
心の迷ひ 絵像の手前も
恥しと立戻つて手をあはせ


10
御経読誦(じゆ)のりんの音 勝頼
公は濡衣が心を察して声
くもり はかなき女の心から
嘆くは理り去ながら 定めなき
世と諦めよと 勇むる詞こなた

には 心空成其人のもしや
ながらへおはすかと 思へば恋しく
なつかしく又覗いては絵姿に
見くらべる程生写し 似はせで
やつぱりほん/\゛の 勝頼様じや


11
ないかいのと 思はず一間を走り
出縋り付て泣給へは はつと
思へどさはらぬ風情 こは思ひ
よらざる御仰 我等蓑作と
申花作り 漸只今召かゝへられ

衣服大小改し新参者 勝頼
とは覚なし 御麁相あるなと
突放せば ムゝ何と云やる 今父
上にかゝへられし新参者 花
作りの蓑作とや 自らとした事が


12
余りよふ似た面ざしの 若しや夫
かと心の煩悩 二人の手まへ
恥しながら コレ濡衣 此蓑作
とやらいふ人を そなたはとふ
から近付きか エイ いやいの 知る人で

有ふがの アノお姫様とした事が
たつた今見へた人何のマア
私が イヤしやんな 今のそ
ぶり 忍ぶ恋路といふやうな
かはひらしい中かいのと 思ひも


13
よらぬ詞に恟り ヲゝアノお姫様の
おつしやる事はいの 人にこそ
寄 何のあなたに勿体ない
ムゝ勿体ないといやるからは どふで
もそなたのしるべの人か アゝイゝエ

そふではなけれ共 大事のお
主の目を掠め 忍び男をこし
らへるは 勿体ないとサア申す事
ではござります ムゝすりやしるべ
の人でなく 殿御でもない人


14
ならどふぞ今から自らを かはゆ
がつてやもる様に 押付けながら
媒(なかだち)を頼むは濡衣さま/\と
夕日まばゆく顔に袖 あて
やかなりし其風情 ヲゝお姫様

とした事が まだお子達と
思ひの外 大それたあの蓑
作殿を サア見初めたが恋路
の始め 後ち共いはず今爰で
媒せいとおつしやるのか マ我(が)をれ


15
ほんに大名のお娘御迚 油断
はならぬ恋の道 所によつ
たらお取持致しませふが アゝコレ/\
濡衣 必ず麁相云まいぞ サア
何もかも私が呑込でナ サア呑

込でお取持致しますまい物
でもないが 真実底から蓑作
殿に 御執心でござります
かと 問れて程もあからむ顔
勤めする身はいざしらず 姫


16
ごぜのあられもない 殿御に
ほれたといふ事がうそ偽り
にいはれふか 其お詞に違ひ
なくば 何ぞ慥な誓紙の
証拠 それ見た上でお媒

ヲゝそれこそ心安い事 其誓
紙さへ書たらば アゝイエ/\それも
こつちに望が有 わたしが望む
誓紙といふは 諏訪法性の
御兜 それが盗んで貰ひたい


17
ヤア何といやる 諏訪法性の御
兜を 盗み出せといやるのは扨は
あなたが勝頼様と 云口押へ
てハテめつそうな勝頼呼はり
微塵覚のない蓑作 麁忽

ばらのたまふなと いふ顔つれ
/\打守り 云号斗にて枕
かはさぬ妹背中 お包み有は
無理ならねど 同じ羽色の
鳥翅(つばさ)人目にそれとわから


18
ねど 親と呼び又つま鳥と
呼ぶは生(しやう)有るならひぞや いかに
お顔が似ればとや 恋しと
思ふ勝頼様 そも見紛ふて
あれふか世にも人にも忍ぶ

成 御身の上と云ながら 連れ
添ふわたしに何遠慮 つい
かう/\とお身のうへ明かして
得心さしてたべ 夫(つま)も叶はぬ
事ならば いつそ赦して/\と


19
すがり付たる恨み泣 勝頼
わざと声あらげ ヤア聞分け
なき戯れ事 いか程にの給ふ
共 覚なき身は下主下郎
余所の見るめも憚り有 そこ

退き給へと突放せば スリヤどの様
に申ても 勝頼様ではおはさ
ぬか ハアゝはつと斗に蓑作が
指し添逆手に取給へば こは
御短慮ととゞむる濡衣 イヤ/\


20
放して殺してたも 勝頼様でも
ない人に 戯れ言の恥しや
心の穢れ絵像へいひ訳
どふも生ては居られぬと 又
取直すを猶押留め ヲゝ遉は

武家のお姫様 天晴なる
お志 其お心を見るからは
勝頼様に逢せませう ソレ
そこにござる蓑作様が
御推量に違はず あれが


21
誠の勝頼様 ちやつとお逢
なされませと 突やられては
遉にも 姫の恨み百分一聞へ
ませぬが精一ぱい 跡は互に
寄添て つい濡れ初めに濡衣も

心とき付折からに 父謙信の
声として 蓑作はいづれ
おる 塩尻への返答時刻うつる
と立出れば はつと蓑作
飛しさり 御支度よくば直ぐ


22
さま参上 ホゝ委細の事は此
文箱(ふばこ)に 片時も早く罷り越せ
はつと了承(れうじやう)文箱たづさへ
塩尻さして急ぎ行 謙信
跡を見送つて ヤア/\者共

用意よくば早来たれと 仰に
はつと白須賀六郎原小
文治 更科なんどの譜代の
郎党 御前に進めば謙信
いさんで 今此諏訪の湖に


23
氷閉(とつ)れば渡海はかなはず
塩尻迄は陸路(くがぢ)の切所(ぜつしよ)油
断して不覚を取な ハゝア畏まり
奉ると 勇み進んでかけり行く
跡に不審は八重垣姫 申し

父上 こと/\しい今の有さま
何事やらんと尋れば ホゝあれ
こそは武田勝頼討手の
人数 何勝頼様を討手とは
こはそもいかに何ゆへにと


24
驚く二人をはつたとねめ付
諏訪法性の兜を 盗み出
さんうぬらが工(たくみ)物かけにて
聞たる故 勝頼に使者を
いひ付 帰りを待て討とら

さんと しめし合せし討手の
手配り エイそんなら今の討手
の者は 勝頼様を殺さん為か
ハア はつと斗にどふと伏
けふはいかなる事なれば 過


25
去給ひし我夫に 再び逢ふは
優曇華と悦んで居た物
を 又も別れに成る事は 何の
因果ぞ情なや 父のお慈
悲にお命を どふぞ助けて

給はれとくどき 嘆くに目も
やらず ヤア武田方の廻し者
憎き女と濡衣引立 うぬ
には尋る子細有 奥へうせふ
と小腕取 情用捨もあら気

 

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26
の大将帳臺 深く入給ふ

奥庭狐火の段
思ひにや こがれてもゆる野  
辺の狐火 さよふけて 狐
火や 狐火のべののべの狐火
さよふけて アレあの奥の

間で検校が 諷ふ唱歌も
今身の上 おいとしいは勝頼
様 かゝる工のあるぞ共 しらず
はからぬお身のうへ 別れと
成も難面(つれない)父上 諌めても


27
嘆いても聞入もなき胴欲
心 娘不便と思すなら お命
助けて添せてたべと身を
打ふして 嘆きしが アゝイヤ/\泣ては
居られぬ所 追手の者より

先へ廻り 勝頼様に此事を
おしらせ申すが近道の 諏訪
の湖舩人に 渡り頼ん急がんと
小づま取る手もかい/\゛しく
欠け出せしがイヤ/\/\ 今湖に氷張り


28
詰 船の往来(ゆきゝ)も叶はぬよし
歩道(かちゞ)を行ては女(おなご)の足 何と
追手に追付れふ しらすにも
しらされず みす/\夫を見
殺しに するはいか成身の因果

アゝ翅(つばさ)がほしい 羽がほしい 飛で
行たい しらせたい あひたい
見たいとつま乞の 千々に
乱るゝ憂き思ひ千年百年(ちとせもゝとせ)
泣明かし 涙に命絶ゆれば迚夫


29
の為にはよもなるまじ此上
頼むは神仏と 床にまつりし
法性の 兜の前に手をつかへ
此御兜は諏訪明神より
武田家へ さづけ給はる御(み)宝

なれば 取りも直さず諏訪の
御神 勝頼様の今の御難
儀 助け給へすくひたまへと
兜を取て押戴き 押戴きし
俤の もしやは人のとがめんと


30
窺ひおりる飛石づたひ 庭の
溜りの泉水に うつる月影
あやしきすがた はつと驚き
飛退きしが 今のは慥に狐の
姿 此泉水にうつりしは ハテ

めんよふなとどきつく胸撫
おろし/\ こは/\゛ながらそろ
/\と さし覗く池水に 写るは
己が影斗 たつた今此水に
うつつた影は狐の姿 今又


31
見れば我おもかげ 幻といふ
物か但し迷ひの空目とやらか
ハテあやしやととつ置いつ兜を
そつと手に捧げ 覗けば又も
白狐の形 水にあり/\有

明月 ふしぎに胸もにごり口の
池の汀にすつくりと詠め入て
立たりしが 誠や当国諏訪
明神は 狐を以てつかはしめ
と聞るつが 明神の神体に


32
等しき兜なれば八百八狐
付添ひて守護する奇瑞に
疑ひなし ヲゝそれよ思ひ出したり
湖に氷張詰れば渡り初めする
神の狐 其足跡をしるべにて

心安ふ行こふ人馬狐渡らぬ
其先に 渡れば水に溺るとは
人も知たる諏訪の湖譬へ狐は
渡らず共 夫を思ふ念力に
神の力の加はる兜 勝頼様に

 

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33
返せと有諏訪明神の御教へ
ハアゝ忝や有難やと 兜を取て
頭にかづけば忽ち姿狐火の
爰にもへ立かしこにも 乱るゝ
姿は法性の 兜を守護する

ふしぎの有様こなたの間には
手弱女御前 始終の様子
窺ふ共 いざ白菊の花の番
小屋にとつくと関兵衛が
付廻しても神通力花のまに

 

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34
/\見へつ隠れつ神さる狐
なむ三宝とせ立関兵衛
ねらひの的は手弱女御前
どつさり響く鉄砲の音を
相図に遠近(おちこち)より 俄かにひゞく

鐘たいこ 乱調に打立れば
がぬ関兵へ廣庭に二王立
程なく馳せ来る雑兵原 我
討とらんとひしめいたり ヤアし
ほらしき有財(うざい)がき 此世の

 

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35
暇取さんと だんぴらずるりと
抜放し あたる任せになぎ立
/\御殿をさして「追て行