彦山権現誓助剣 第四 第五

 

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   イ14-00002-677

 


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  第四
元是大内義隆国衙(こくが)も今は中国の手に属したる周防の国 今度太守の祈願迚新たに たつる石清水
正八幡の宮殿も日追て成就すめる代に いとゞ神威や増しぬらん たばこの休み大工共一つ所へ寄集り ナント此
度のお宮ぶしん本社から拝殿神楽堂絵馬堂迄が格好よふ出来たではないか 他国はしらず此国にこんな
お宮は外にや有まい ノウ藤七 ヲゝ?介がいふ通り こちとらが手の手がはなるゝも大方翌(あす)の日一ぱい スリヤ御遷宮近い
内其時は嘸賑はしからふのふ エオゝサそこはぬからぬ此文蔵思ひ付た趣向が有る マア一ばんに真赤なせう/\゛ひ
の幟 其次に揃への提灯 えいか揃への浴衣で揃への人に夫レを持たす えいか喜介は足が長短じやとに

よつて引く物によるといふ題で三味せん方 えいか藤七は鼻がえらいによつて 馬によるといふだいで たい
このやく 音頭は今度大坂から下つていやる いしや殿に習ふた通り おれが跡からやつて行くじや 待や/\文
蔵 其上方から下つているいしや殿とはどのいしや殿じや ソレイノ眉毛は黒毛のはけみる様で 目はくる/\と  
しつかい達磨 ムゝ成程/\/\アノ柴仙が事か ソレ/\其人に習ふた音頭の妙音 ちつと斗聞したけれど 又其
意地悪の春風殿モウ追付けくる時分 見付られたら目を貰ふ一働きして跡の事 サアこい/\と打連て
ふしんばさして行く所へ ひよこ/\来る在所いしや 顔見合せて ホゝ左仙様 けふはどこへござましたの ヤア
どこへ迚おれが事 宮寺の連哥はいかい絵馬もほつとり見あいて仕廻い つくねんとしていた所へ 此お宮
のふしん奉行 一味斎様から呼にきて 将棋の相手に今迄成ていた そして音頭はかたまつたかの アイ


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大方に覚へました こゝ仕廻ふたら夕だりに又けいこに集りましよ 後に/\と双方がすれ違いさま当りしが
何とかしけん柴左仙 うんと斗に倒れ伏す 恟りどうてん三人が ヤア/\コリヤ目がまふたかとうろたへ眼 池水
両手にそゝぎかけ コレ/\いしや殿いのふ 左仙殿いのふ 左仙殿ふどう様じやないかいしや様いのふと 呼こへ
耳に通しけん のきばを伝ふさゝがにの 糸より細きこはねにて アゝさてはかなき世の中や 昨日迄もけふ迄も
いしやよ薬師よと敬はれ よその病と詠めしがけふは我身に廻りきて 犬猫の子か何ぞの様に 小
屋ののきばに倒るゝ共 誰か哀れと見給ふらん 去とは/\気のよはいめつたに死でよい物かいのふ め
つたにこなたは死にやさせん/\左様/\と 抱きしむれば イヤノウかた/\゛おりやどふしても叶ふまい/\ トハ又なぜに
ヲゝ一通り聞てたべ 蜜柑のかはの色づくと やぶいしやの顔の青成るは一時とは 誰がしにせて冬枯の療

治は隙なり金はなし内証迚も蘇我殿の五両拾両のたばこさへ銭につきたるつがずがち おの
づと悪い顔色を吉岡殿の下部が見て 気色が悪か是成と たべよとくれた竹のかは 中には黒い
一かたまり 扨はきやつめはぎば扁鵲(へんじやく) おれが常から持ち料の 甘い物すくしやくの虫 よくも知たりいしゃ増り
是黒ざとうなんめりと何の差別もめつたぐは 呑込だれば ノウ悲しや 黒さとうではなふてコレ泥川の
たら介で有たはいの コレ山上集りのみやげにするだら介で有たはいの 夫レがどくではなけれ共 やせる事なら
ぬやせからだ苦(にが)過ぎたのが此身のがい アイタ/\/\ アゝいたやのふ苦やのふ コレ此腹のいたさでは どふで命はつゞく
まい 八まんぢごくへ落る共 日頃近しうしたそなた 跡から死でござるのが 五年十年かくれう共 必々
死出の山ぢこくの釜の釜端で 待ていてやるぞいのと こへも哀れなしやくり泣 アゝコレ/\/\去迚/\/\


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こゝで死なしやるとの かゝり合に成ると云い 第一ぢこくの釜ばたで待てもらふがおりや術ない コレ気から先
へ死なさずと 分別が有る聞かしやれと こなた平生踊好き常々おれか習ふて置た 音頭をやつて見
る程に 拍子にかゝつて歩き行たら コレあるけそふな物じやぞや フンコリヤ一りくつ 石つんだ地車でもき
やりのこへで行道理マアちよつと一口心見に ヲゝサ合点と 破れ扇こしから出してふりかざし ヤレ阿波のかいぞく
彼の十郎兵衛が ソレサアハリサアヤア/\こいつはえらいはい/\ ヲゝ俄にしよぎ/\気が成た 猶も大工殿頼みでござる ヲツトヤア
哀れ成かな此いしや殿は ハリサアヨイア砂糖がはりにだら介呑れ あせりもがいてはらいたはしや ヨイ/\アリヤリヤコリヤリヤ
ヨイヤナハアヨフイトナア うかれ打連れ立かへる 跡は渚に白波の 音も同道で立出るふしん奉行のやくがら
も格も吉岡一味斎 名のみやさしき春風が供に かしこに立当り 誠に此度の御宮ふしん

相やくと申は名斗 皆其元様のお助け故 ヶ様な大やく首尾能相勤しはいか斗大けいしごく
コレハ又いたみ入た御挨拶 イヤ/\神以て御恩にきます 夫レに付き先生へいつぞはお侘申さふと存じたに
願ふてもなき幸い 定めて拙者を人ちくの様に思召しでござらふと 存じ廻せば面目ない アノ人非人
京極め あゝいふ族(やから)とつゆしらず只(いたすら)の招きによつて思はず入門致せしは今での後悔 若輩者の跡
先ににも付かず 破門致せし其段へ幾重にも御了簡 此上はぶつて成り共腹をいて いぜんの通りお弟
子と成て下さらば此上の悦びなし コレサ/\ 先生偏に願奉ると 詞に油のせて見る つやとは知と一味
斎 イヤモ誤つて改るに憚りなし 元高弟の其元なれば末々の門人けいこの席の差配り此方よりもお頼み
申す スリヤお聞届下されうか ハゝゝヤレ忝や嬉しやと 悦び勇む折こそ有 吉岡が仲間かくと見るより


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かつつくばい お国元より御息女おその様お見廻として只今旅宿へおつきなされましてごはります ナニ/\
姫が見廻にきたとか ハテ扨女の身でいらぬ事を シテ道中けがもなかりしか ヤモ随分御きげんよく ヲゝ満足
/\ しからばかへつていはふには かよはき身に余程の里数 嘸かしいたく草臥つらん 身もくれかたにはかへるで
有ふ 休足して待ていよと云聞せよ 早く/\にナイ/\と奴は旅宿へ立かへる 跡見おくつて一味斎 さとき
心のやみならぬ やみに迷いし親心 アゝ孝心にしてくれるはよけれ共 けつくは夫レで苦をやむと こぼす涙を
春風にはぢて背ける顔のつや うすき親子の契りとは 後にぞ思ひ知られけり 藤蔵は見て見ぬ
ふり 御息女のお出と有れば これより直ぐに御宿所へイザ御同道致しませう イヤ手前はまだ私用もござれば
其元は先ずおさきへ ハアしからば左様致そふと 互に目礼一味斎仮屋の内へ入にけり 跡に春風独り

笑み 兼ての方便も手強き親仁め 中々すめでは行まいと思ひの外工合のよさ 古大小の柄糸も
ほつれ乱れし破(やれ)小袖 すれ違いさま振返り イヤしばらく 夫レへござるは郡の家中春風氏には有らずやと こへかけ
られて立留り ムゝ身が名を知たる御浪人は 何人(ひと)成るぞといぶかる色目 イヤモ名乗るも今更面テぶせ 密
々願の筋ござれど 他聞を憚り申兼る 何卒しばし御左右を ムゝいかにも承知と 家来に向ひ 身は是
に用事有れば益内一人跡に残り 我達は先へかへれ 早く/\と追立てやり 近寄てこへをひそめ 音声
にても覚へ有 貴殿は京極内匠殿 いかにも左様と笠脱捨 某国を去てより 一先つ上方へと心ざせしが 心
残りは一味斎 恨みを一太刀むくはんと 思ふ折しも此防州ふしん奉公に来りと 聞と等しく シヤ究竟の時節か


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なと 取る者も取りあへず下りしが いよ/\夫レに違はずやと 問に藤蔵邊りに気を付 此度の宮ぶしんも残ら
ずきやつがさしづ次第 何の諸家中の情はよし 知行は増す いせいは日々に門弟はふへる イヤモ其むやくした
つらにくさ 折を見合せ一討と 心はせけど我々しき 中々手に立やつでなし 思はず貴殿にあふたも幸い
何卒きやつを欺(だま)し付けに シイこへが高い 法事は内匠が胸に有る 抑(そも/\)一味斎めに意趣といふは あながちけん術
一通りの筋でなし 娘おきくを妻にせんといへば 酢の粉のと承引せず 剰さへ人前にて顔(つら)恥かゝされ此風体
思へば/\口惜ふて 胸板を立割る苦しさ 切さいなんでも腹はいぬと 拳を握る無念のはがみ 同気相寄る
春風が 邊り見廻し コレ先生 何も気遣ふ事はござらぬ 仕様は斯と耳に口 ムゝすりや此所に一味斎 う
ましとかけ出す其仡相(きつさう) どつこいやらじととゞむるを 放せ放さぬ血気と強毅 振飛されても我(が)む

者(しや)もの 我身をじつと引すへて エゝ気が違ふたか京極殿 一味斎を切る気でも そばにはきやつが家来 寡は衆に
敵せずとは 常々貴殿もいふたしやないか 多勢の中へ切入て 目ざす老ぼれ一人を切得てからが 命はないぞや
ヲゝ命はとくより捨てている イヤ/\夫レはうつはがちいさい 敵一人に百年の命をはたすはふかく/\ 気をしづめてとつくりと 身が
いふ事を聞つしやれ コレ一味斎が帰るはのいつも此道此所 浦の景色を楽しみ迚 かごに乗ねば同勢なく
供は中間只一人 そこをうかゞひ討ならば 本望とぐるに手間隙入ず うつには最上飛道具 其品こゝにと益
内がかたげ持たる挟み箱 中より出す種が嶋 腕に手練の内匠殿 百発百中疑いなし されど磯辺
は人目が有 其松かけからかへるを待ち まつたゞ中を御合点かと 渡せば取てしたり/\ みぢん流義の奥義をふるはゞ 暗
夜の鳥もたんだ一討 気遣無用と立上れば 悦ぶ藤蔵抜討に あへなや益内真っ二つ 密事を人にもら 


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さぬ神文 まつ此通りのお手がらを ヲゝ云にやおよぶと松かげへ忍び行足春風は血刀さやに納りは旅宿で聞んと 
眼をくばり心残して立かへる きりん老てもふぉばならぬ 身は五調の一味斎 娘に心急く道てらす奴が箱提灯
光りを失ふ星のかげ 老眼にきつとねめ ムゝ西方は元より金気 兊(だ)の気に当つて七つの?(ぼう:芒?)星備へを乱して動ず
るは 正し国の良臣に災い有と兼て聞 ハテいぶかしの天変と我身の上と白砂道 乗物是へに下部共 ハツとこたへて
かき寄すれば 直ぐに打乗り皆急げ 畏つたと六尺共足を早めて欠り行 ねらい過せし京極が 松かげより飛で出 ヤア手
延びせしか残念しごく 儕老ぼれのがさじとあとを したふて 追ふて行
  第五
菖蒲ふく軒の香深き一構へ 一味斎が屋形には 末子三之丞が寿き迚 かざる兜の奥使 嬪どもが

えんばなに 奏者のやくの請こたへ せはし並びて座し居たり 入来る礼者は入間野宇内 端午の礼と袂から 名札をおい
て出て行けば つゞいて十木当右衛門金井運兵衛根津伴蔵 引もちふぃらぬ礼受にほつと草臥 ヤレ/\心労や
ノウ小富 何ぼ有かもかづしれぬ御家中のお弟子衆が お礼/\の取次に出たり居たり 座敷の上
のお百度参り 斯はたらいたらどこやらも 男が知たらこのもしがろ ヲゝお松の身上りな ヤ其このもしい咄しの
次手 此屋形の姉御様 あれが女の大兵といふのかしらぬ せいはといや六尺斗 器量もよふて剣術が名人
で 其くせ力が強いがな あんなからだに半日でも成て見たい ソリヤ又なぜにや ハテマア第一押がきく めをと
けんくはするでも 男のくせとむり八百 いふをいはせずしめ付て 思ふ存分だかれてねる ヲゝそりや無分別
大きなからだはどこやらも なりさうおふに大きふて なみ大ていな鼻高では たんのふする事有まいと訳も


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なまめく高笑らい 一間開かせ三之丞 出る目病みのさぐり足 まだ十三のおとなしく ヤイ嬪共 けしから
ぬ高笑い 大姉様はお留主でも此頃病気で下つてござる おきく様の居間へつゝ抜け 主のかげ口不
埒の至り 以来きつと嗜めと 叱る詞も角立ぬ愛嬌深き生れ付 次の侍罷り出 衣川弥三
左衛門御子息弥三郎様御出也と披露して表のかたへ引かへす ヲゝ夫レ珍客折悪ふ母様は休んでござる マアおきくさま
へしらせよと さしふに下女は立て行 程なが/\し 山鳥の 襖開いて弥三郎 佳節の衣服一入に 栄有 美
夫の衣紋付 それとおきくが一間よりこぼれ出たる絹の香のすがり付たさ恋しさの 胸のうづく目の内
に しらせあふてぞ座に直り 弥三郎いんぎんに 先ず以て当日はたんごの佳節 御親父一味斎先生にも 防
洲ふしんの御やく中つゞがなく御勤めなされ 御家内の御悦び推量いたし くれ/\目出たふ存ずると挨

拶すれば三之丞 誠に師弟の義をおもんじ 佳義を祝する御入来の段 父一味斎在宿致さばいか斗悦び
申さん ノウ姉様 ヲゝ悦ばしやんせいで何とせう 顔見たれば 嬉しうて/\云たい事もたんと有ろし そしてから アノ人めの
関のないならば 抱付たい気で有ぞいなと 思はずふつとすべる口 コレシイ/\と弥三郎か 弟の手前気を兼て 留る
も同じなるゝ袖 袂をそつと引く糸にもつれ寄そふいもせ中 恋しかつたも口の内じつと引しめ抱合 そばにあ
やなき三之丞 此姉様は物をもいはず 衣川様は何所へぞと さぐる手先に背(せな)と背 ちやつと飛退き弥三郎
おきくが胸はさゞ波のしがを見せじとさあらぬ顔 アノマア 三之丞とした事が わしを恟りさしやつたはいの
わたしも恟り致しました 今のは何でござりましたへ フウアノ今のかや あれはのアノソレナア弥三郎様 ヲゝヲゝそれ/\ 五月五日は
男の節句 武備をかざりの鑓長刀 ちよつと祝儀に組打の まねを致して見ましたも偏に貴公へ


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お祝ひと 詞たくみに云廻せば あどない気には誠しく ハツア思し寄られし御深切 幸いけふのあやめ酒 何はな
く共おきく様 弥三郎様へ御酒一つ 一間でお上なされぬかと 何気ないのに気も落付 ヲゝよふぞや気が
付いた 弥三郎様こゝは端近一間へと よばねど先へ転びねをいそぐ手招き小うなづき さそふこなたに母
親が 見る共いさや 白紙のしやうじ引立入る跡に やゝもくねんと三之丞 さしうつむいて座しいたる そばに立寄母
お幸 コレ三之丞 けふはそなたの節句 此父御の方からも事多い中にも文が来て 随分節句を賑しふ
してやれとの文てい 乙は血の尾と只さへに 目かいの見へぬいぢらしさ いつかい苦にしてござる上 煩らやつたらどふ有ふ
彦山様を初めとして奇瑞の有こあらゆる仏神 いのらぬ方もない程に 本復は今の内 気をわさ/\とし
やいのと じひに余りの母親が あいたてなしと人や見ん さほど御不便かゝる程此身のめうが恐ろしい 今

も今迚弥三郎殿 たんごの佳義といさましうお出に付てわしが身は すぐれし手者の胤ながら 小太
刀一本鑓一すじ くり兼ぬのみか苦をかけて ふかうのつみを重ねんより いつそ死たふござります アゝ訳もない事いふ
程にの 母が気迄をめいらした 嬪共はどこにいる 三之丞とおくへ行き おも白おかしう酒でもくみ 気をいさめ
てやつてくれ ハイと出てくる浮き介共人をうかすと色事はこつちのえて物若旦那様 サアお出と手を引けば イヤ夫レ
には及ばぬと 立つもとぼ/\やむ目より 見る目病まるゝ親心 ソレ/\あぶないぞ/\ イヤモちいさい時からなれた内気遣い
はござりませぬ 申母様 めいどのやみに迷ふのは此様な物でござしましよな アゝおとましいまだかいの ソレ嬪共
ハイ/\/\先退け/\お馬でも のらぬ主人を諌め兼打連てこそ入にける 母は我子の後ろかげ 見るに付けても心ねを
不便と浮かむ露の間も 忘れがたなき恩愛の 中の間よりも嬪が 御寮人様おかへりと しらせにさゞめくかつて口


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ナニおそのが戻りやつたか ヤレ/\/\待兼た サア/\是へと 待つ間に程も夏山に衣ほすてふ白妙の顔さへ朱(あけ)ふ
てりそへし さつきの花のぬい小袖 ふりもしどなき千鳥足 跡に付々嬪共 ヲゝあぶなやと立寄はヲツト寄るま
い/\ぞ あぶないとは何があぶない 酒に酔たか何ぞの様に 立さはいでぶ行儀な 次へ行や/\と しかつべらし
う三つ指も いとゞなまめき愛くろし ヲゝ娘待兼た 定めて一味斎殿も一所で有ろが 大かた御前へ帰国の
お目見へ夫レで先戻つたか ハイ/\/\左様な様な物でござります ヲゝあの人とした事がついにない酒(さゝ)き
けん どなたで御酒をたびやつたぞいのふ ハイ/\/\ とゝ様のお供してナ 上つた所がたんごの御祝義 直ぐ様おうらへ
お礼に上り 東雲様の御前にて 白藤のお局にしいられ四はい呑み 夫レから四の宮志津摩様のおくがたへ
参つたれば 四合入のお盃でしいころされている所へ しのだ思安様がによつと見へ どりやはいざいせふかと

お年に似合ぬ強いお酌 アゝ申し/\ 夫レでは弥死なする 死ぬる面白い死ね/\/\とめつた酌 こりやたまらぬとざし
きをはづし 四畳半の囲いの内に 死だ様にしていたればな 白井新吾様のおくがたや 芝山四郎右衛門様の
おく方信楽様迄が出て見へて 寄てたかつて盛り殺し とふ/\とゞめをさゝれました ヲゝあの子としたことが 常の
行儀に様も付ぬ 取分け大事の祝い日に心にかゝる四の字つくし もふ/\云て下さるな ハイ/\左様ならば申ます
まい/\/\ 其かはりにはおかゝ様 お願がござります アイナ 急に殿御を持たしておくれなされませぬか ヲゝこれ迄
いく度云出しても 聞入れぬかたいそなたが 殿御を持たふといやるからは 定めて心当が有ふの アイ イゝエ ムウそんな兼
々噂に聞く豊前の国毛谷村の百姓六介 身は農民に埋もれても 遖文武の勇者 何と
ぞ主人音成公へ 仕へさせ度夫の願 ならふ事なら其人を アゝ申/\おかゝ様 殿御を持たして下さりませと


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申すは私ではござりませぬ ムゝそんなら誰に アイ 妹のおきくに ヤゝ サイナ どふぞ持して下さんせぬか イゝヤイヤ其願
は聞入れられぬ 家をつぎべき三之丞は所詮叶はぬ眼病 さすれば家の名跡 姉のそなたに極つた むこ
もない内妹に 男はどぐも持たされぬ コリヤ御尤でござります 左様ならば母様に逢せましたい人が有 ソレ/\/\
其子こゝへに嬪が だいて出たつ五つの子のすや/\寝入るを お園は抱取り 申母様遁れぬ方に生れし此坊(ぼん) 此そ
のが子にしてな吉岡の名跡を 相続さすれば 私が家をついだも同然 お赦しなされて妹に 殿御を持し
て下さんせ お願申上げますと 深き思ひを巻舌の詞は酒の科なりし 母はつく/\゛稚子を見るより扨は聞
及ぶ 孫とはしれどさあらぬ体 ヲゝ姉の何いやるやら 系図正しい名跡を 余所の胤にはつがされぬ 物がたい
とゝ様の気質はそなたも知ての筈 道に背いた三つの願い叶はぬ程に云出しやんな スリヤ是程に申し

ましてもコレお聞入れはござりませぬな 此上はぜひに及ばぬ 白地(あからさま)な事ながら妹おきくと弥三郎様人知れず
忍び合 中にもふけた此弥三松 いはゞしんみの初の孫 お前の口から父上へお聞届けの有様に ヲゝ心づくしのそなた
の願 叶はぬならぬと親がいも いふにいはれぬ訳有故 ソリヤ母様聞へませぬ 血を分けた親子の中明かされぬ
とはどふした訳様子を聞た其上では私もいはねばならぬ訳胸にせまつて心がせく サア シテ様子は其訳は サア/\/\
と問詰られしばしいらへもなかりしが 今はぜひなし何をかくそふ そなたは 拾い子 ヲゝ恟りで有連合い一味斎
殿との様の師はんと仰がれ家中の用も浅からねば 何くらからぬ身上なれ共 四十過ても子なきを嘆き
神に授かるならいもと 夫婦連れでの伊勢参宮 賽(かへりもうし)の道すがらとある木影に赤子の泣ごへ かあい
そふにと拾い上 見ればそへたる千鳥のかうろ これこそ名高き和国の名器 久吉公より先達て仙石何


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某に給ふと聞しが 付けそへ捨し其訳を 問ふ人迚も長の旅 拾いかへりて育つる内 おきくと云い三之丞まで
もふけしは 夫婦が老の入まいと心嬉しくけふ迄も 包みかくせしそなたの素性 ほんの親御へぎりも有る 妹や
孫に此跡を相続さゝれぬ入訳はかくぞと咄す越かたを聞に付けてもあちきなき 野末に捨し 此系図
そんなら日頃大事にかけわたしが持ちしかうろが ヲイノ 夫レが真実の親御のかたみ ハア扨も/\かなしいお咄し今の今迄
真実の父上共母様共 思ひ込たる私が願 叶はぬ上は差当り申さふやならぬ此場のしぎ ソレとゝ様の
御乗物 其儘是へ早ふ/\ はつと二人の仲間が 手がきにしたる乗物にとしや遅しと立寄て ヤレおかへり
か待兼しと 開けば内にあへなき死顔 一目見るより ヤア/\/\コリヤ何者が手にかけた 娘様子は/\とせき立つお
幸一間よりこけつ転びつかけ出る兄弟 空しき骸に取縋りぜんご正体 泣沈めば 母は詰寄 コレおその

様子は定めて知ていやらふ ヤイ佐五平 そちや山口のお供の内定めて敵は知つらん いづくの誰わざ
何者かころせしぞ早ふ聞せい 早く申上らふと 友平がせき立詞聞に付け 姉が思ひは百千の釼に胸
をさゝるゝ悲しさ詞も出ずはをかみしめ無念涙に佐五平が ヲゝ御尤/\/\ 山口の御用 首尾能調い
御かへりがけの小松原 何者のしはざにや 御乗物へ鉄砲を打かけしと小者がしらせを 聞とひとしく
旅宿よりは半道余り 姉御様のお供致しちうを飛でかけ付けしが 早おたんなにはあへなき御さいご
おそばに付そふ若とう佐忠太 供に深手にくるしみながらだんなの仇は京ごくたくみ しるしは彼が二のうでに
切付置れし跡有と 云いもおはらず弓座のさいご 無念と思へと其かいも くやんでかへらぬ其ばのしぎ エゝおく様
口おしうござります 友平推量してくれと悔みにおそのもせき上げ/\ 佐五平が申す通り一足早ふかけ付けなば


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やみ/\とうたしはせまい物と涙ながらに立寄りて 改め見れば此ごとく飛道具にて仕留し上 とゞめをさしものとゝ様も
叶はぬいた手に無念の御さいご すぐに追付き親の敵うたんと心ははやれ共 妹と云い三之丞いづれ跡目を定めた上
敵討のお願申本望とげたいばつかりに すご/\かへり此訳や 妹が願と取まぜて えふたかほしてはしたなふ酒にまぎら
すせつなさを推量してたべ母様 コレ妹 弟嘸口おしからふのふ 海山こへてはる/\と お迎いに行た此姉が御ゆい
ごんの一句も聞ず いかめしそふになきからをお供申たあじきなさ エゝ/\口おしうぞんじますと無念にこつたる主従が涙血
汐の たきつなみ身もうく斗見へけるが 母はふかくの涙を止め コレ我夫一味斎殿 嘸御無念にござりま
せう ひかえうみれんの京ごくたくみ いづくにかくれ忍ぶ共草を分けても尋ね出し しゆらのもうしうはらさせます
ぞや ヲゝ母様の仰の通り 供に天をいたゞかぬ 父上の仇だんな敵 此友平も 佐五平めも 供にお願申上げ

敵討の御出立といさめば兄弟実に尤 サアお願の御用意とはげしき詞に母親は嬉し涙もいやまして ヲゝでか
しやつた/\ 片時も早ふお願いと 詞斗はいさめ共身はしほれ添袖袂 涙と供になきからを抱きかゝへて主従が
仏間へこそは入にける やゝ時うつる表のかた 御上使也とこへ高し かくと聞より母おかう 跡に引そふ姉妹を杖よ力と
泣顔を 笑釈に直し出むかふ 程なく入来る春風藤蔵 えもんのいぎもそこつの仁体 つゞいて衣川弥三
左衛門 然と悪とをないまぜの使者は 上座につきければ 母は下座に詞をひげしおやくめとは申ながら御くらうを
かへりみず御入あられしお二人様上使の趣ききづかはし仰聞られ下されかしと親子手をつきうかゞへば ホゝウ思ひがけ
なくきづかいはさこそ/\ 一味斎殿不慮の横死 弥三左衛門承はつて驚き入る しうせふ申も詞なく仕合せ 夫レに
付殿様より下し置るゝ上使の趣 イヤ/\/\其義は此藤蔵が申聞けふ 一味斎義剣術を云立てつかふる


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身ながら人手にかゝり相人も仕留ず やみ/\と山口にのめり死に 左程みじゆくの手練をもつて八
重垣流のおんおふも極た顔 ハゝゝ 事おかし 御前をあざむき年を重ね くらいつぶしたろく盗人 死首をおつ
はね 妻子従類 死ざいの御さたも有べきなれ共 余り不便とおじひの余りめくらの小わつば二人の
娘 親子四人の命は下さる屋敷を取上げあほうばらい 上意の趣有がたいと思い片時も早く此家を
立退け くず/\出兼ば下部に云付け 割竹にてたゝき出さす ちり芥一筋杖一本 くすねて出ること
ならぬぞと 云ならべたる悪言にむつとはすれど母おかう さあらぬていにすゝみ出 上意の趣恐れ入ては候へ共
我夫一味斎 手練はさも有御用のゆく先 家来もあまた召連れたれば 敵いか斗のてだて有共 子も
みなごろしには相成まじ 扶持を与ふる主の内 左程の大事はせかへり 告しらすべき筈なるに 左右も

なければ死がいも参らず 人にうたれしなんどゝは 跡かたもなき世の浮説 ヤだまれ女強将の下に弱卒なし ばかの
家来にやはが成はい やくめおはつて一味斎 あほう烏のきよろ/\と 海を詠て磯づたい かへるを見すまし
種が嶋 小筒をもつて只一打 脇腹よりせぼねをかけ 矢狭のごとくぶちぬかれ 脛こしも立事か よろめく所をく
しや/\つき 芋さす様さし殺され ヤモきよとい死ざま 一分一寸ちがいは有まい 是でも浮説か偽りか 返答有らばいへき
かんと きめ付られて親子共 云のかるべき詞なく又伏沈み 泣いたる コリヤ春風氏御尤の云方 此の弥三左衛門
お手前に ちと尋たき事がござる 何か/\何成り共 イヤサ別義でござらぬ 一味斎の横死は去事なれ共 そこが彼の
欺(だます)に手なし 名にしおふ八重垣流の達人太刀打にては叶はじと飛道具にて仕留しは 遖ちえな曲者ではござら
ぬか いかにも左様 骨と皮とは云ながら 侮りがたき一味斎小筒といへ共二つ玉にて フン打たしさいのつぶさなは 御へんか


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手伝い仕留ふがな ヤ何とばかの家来にばかゞ成とは 殿をもばかと嘲る一言 問ふに落ちねとかたるに落ちる 我
と我つみ白状する 内匠がかたふど春風藤蔵 とがいのがれぬ腕廻せと えりがみつかみ投付れば 様子小影に
うかゞふ友平 飛かゝつて三寸なは まりのごとくにしめ上たり ヲゝ友平出かした 猶もせんぎのかゝる曲者 庭の小隅へぶち
込置け かしこまつかせ立おろと 引立られて赤づらを 投げ首してぞ引れ行 跡に親子が小気味よさ 心の
願云出すよき汐合と思ふにも 母は稚子抱き出 さつきの様に申せしは心よからぬ藤蔵が 手前をかく
す二だんの偽り 実は夫がなきからも其場の様子も承はり 思へば/\不慮なさいご 武げいみじゆくの故と
有て つまや子供を御追放とござりましては 一入しゆらの妄執も 思ひやられて親子が悲しみ
かう成はしか三之丞めくらの身なれば跡つぎ叶はず 氏族の内より一味斎もらひ置いたる此稚子 付

上りました事ながら やかたを此儘しばしの月日 おいとま下し置れませふなら 首尾能敵を討おふせ立かへつて
後弥三松に 御恩を送らす奉公をと 皆迄いはせずそりやならぬ トハ又なぜでござりますな サレハサ 一味
斎は殿の御師はん 眼前相手にうす手もおはせず 討たれ死したる其恥は其身一つと思ふかや 未熟
のげいをうか/\と 習ふた主人は猶ばか者 武道のおくも知れたりとそしりは殿もまぬがれ給はず シモ是誰が
わざ 皆一味斎のつみならずや つみ有者の妻子が願い 弥三左衛門此取次は得せまい コリヤ衣川様
異なお詞 四かいの武将もうんつきて人手にかゝりし例し有り 義朝は長田にうたれ 小田春永は光
秀に 亡ぼされたじやござらぬか 四国九国にしられし夫 目にさへぎらば鬼神も討ては安き身なれ共
手利き手たれも叶はぬは弓鉄砲の飛道具夫レを不覚のつみとがに敵討の取次せぬとは弓


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馬の家の道にくらさかたゞし女と理を非に曲げ 取次しよまいのぶせうわざか サ弥三左衛門様返答聞
ませふと 老のいらたてはにきせぬ 衣川がそばに詰寄ば おそのわけ入り押隔て 狂気のわざかコレ母様 あな
たは御上使のおかはり お前の様にいはしやんしては モ叶ふ願も叶はぬはいな イヤ/\/\かまやんな むりも云ねば
慮外もいはず サア/\衣川様 返答どふでござりますと いらつ母親猶引退け コレ/\/\妹うろ/\と何
ぞいの 気の利かぬ子で有はいと 口でしかつて目でしらす 心をさとき妹が サア母様奥へいてちと気
休めて下さんせと 嬪はしたとり/\゛にむりに伴ひ入にけり 跡におそのが物頼む人前つくるわらひ
ごへ ホゝゝゝマ母とした事が お心安ひは常の事 けふは御上使重きおやくめ 身のせつなさにかへりみぬぶ
てう法も女童 御赦し下され 此上くどふ申すに及ばず 只よき様に御前のとりなし フンあほうばらひを

やめにして 敵討のおいとまを 乞い得てくれよといふ事か 一たん追放との御諚意は綸言ならねど再びかへ
らず 片時も早く屋敷を明け 親子諸共立去れと 苦り切て取あへず サゝ其おいかりは尤ながら 母がぶ礼
はいくえにも イヤ身不肖なれ共弥三左衛門 老母が詞耳にはかけぬ おじひをもつて追放の諚意を逆
へば死ざいに成がや ホゝゝ つみなふして配所の月を詠めんと 歌人も望みし例し有り とがなきに追はらはれ 他国に
さまよいはてんより 首さしのべて親子共 お国の土に成るのが望 そふなふ此家は出まじと 腰をすへたる大丈
夫うごくけしきはなかりけり 弥三左衛門大きにいかり ヤア女と思ひ詞甘く ゆうよに付込む不敵者 アレ誰か
有引立よと 下知より早くかけ出る組子 面々十手いなつまと打ふり/\追取廻し サア国ざかい迄早歩め 行ず
ばなぎすへ引出さふか サア/\どふじやとこへ/\なり テモ仰山なお衆方 女一人を相人取りさほど大勢が立さはぎ


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大かた内匠が弟子と見た 習ひこんだるお流儀の みぢんにならぬ用意しや おこがましやとゆうよも
なく 打ふる鉄刀手首をつかみ七八間柄児(えのころ)投げ つゞいて二ばん手腕のしがらみしつかと組 ホゝホゝホゝゝ 男といへ
どわしからはよつぽど小兵に見るがらか 手練猶も青侍 けいこさんせと弓手馬手 とたんの間拍子 ヨイヤサト
投付られてころ/\/\ころびを打て身退く 跡は多勢が惣かゝり備へみだし我一に よるを張退け打たをし
相手えらばぬ働きに引ば入れかへ立かへり千変万化といどみしは目覚しかりける次第也 只一人に大勢が叶は
ぬ赦せとしどろ足表をさして逃延たり すきを伺ひ弥三西衛門長押にかけたる鑓追取り 慮外の
女めそこ引なと用赦もなく突かけるを よけてもすかさかさずたゝみ突き ひらりとはづせば又突き
かゝる 馬手にかはし弓手に流し 程よく汐首かいつかみ ほさきも雪の細腕にかためし手の打ち大ばん

じやく ホゝヲ手なみは見へたとこへ高く ひらく一間の障子の内 中央に太守音成 御こせうには衣川弥
三郎 近習の侍雲のごとく敬ひ かしづき座し給ふ 音成仁和の御まなじり 日頃忠勤怠りなく 師はん
なしたる一味斎 横死と聞より胸くるしく 定めて汝等親子の者 敵を討たまほしけらん 遖討して名を日本
に取らせんと弥三郎に案内させ 裏道より来りしけども敵は一流手練の内匠 討ちえん事の覚束
なく手なみを見んため弥三左衛門 詞を以て心を励し 手だれの力者が囲みを破る其手並では京極
内匠 鬼神なり共討えまじ 心任せに発足をさし赦す 去にても一味斎知行は与へ置たれ共 奥
義を伝へし我師匠 死がいに一目いとまごいと 仰の下に衣川が 下知にはかなき死がいを御目通りに直し
置 音成両眼うるませ給ひ誠や名香はかほるをもつて火にたかれ 花は色香のたへなるより折取らるゝも


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うきよのさま おしや無双の一味斎むさんのさいごとげけるよな 敵は夫レと知たる上 天をかけり地をくゞる共 師恩の
むくふ音成が力と成て汝等に うちえさせん事手裏に有 かほどの手者もうんつきて京極づれが
太刀先に 百年の寿をたらんとは思はざりしに残念やと ひたんにむせぶ御涙 あつき恵に三人はたゞ ハツ/\とひれ
ふして有がた泣に泣しづむ 思ひがけなや一間の内あつと叫びて飛ばしる血汐おどろきしやうじひらく内
に哀れや三之丞 腹一文字に息たへ/\゛ 情けない時も時ひよんな事してたもつたと取付すがれば
エゝ見ぐるしひ母様 皆様も見てござる 泣てばし下さるなと 今際の身にも居並びし人めをはづるい
ぢらしさ有にも有られず母親が コレイノウ/\聞やつたかしらぬが 殿さまのおじひでとゝ様の敵討ちのお願叶い
そなたも一所に連だとゝ思ふて居る物何故に 何を不足の此生害 夫にわかれ力ない母に此上命をば

ちゞめよ迚のかくごかと恨みかこてば アゝ母様勿体ない 何しに其気でござりましよ チエゝ有がたい殿様 けなりいは
母様姉様 只三人の兄弟も二人は女わし一人男に生れたかいはなく 一生父のお世話になり ひごうにおはてな
れたる 敵を討に行たふても 目かいは見へず口おしい 弓矢神にも生地(うぶすな)神にも 見はなされたる此からだ せめて
門出の血祭りと成て死ぬれば父上に めいどで詞も有ふかと 思ひ極めたかくごにも 名残おしい母様姉様
此世から成もうもくのやみのぢごくに落る共 首尾能敵を討たとのめいどへいぐる便りには くゆらす香の手
向をば 草葉のかげから待ますと いふもくるしき息遣い 太守も不便と瞬しげく 誰か有る春風殿を是
へ引け ハツと答へて友平がにくさも憎しとしばりなはちうに引立てはせ出る ホゝヲつみは今更あぐるに及ばず
重々につくきそやつがしはざ 敵の片われめいどの門出 豫譲(よじやう)がさきし衣にも勝りし父へ家産(いへつと)ならん


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ソレおその首刎ね弟にくれよ ハツといふ間も一討に水もたまらず春風が首提(ひつさげ)て立向ひ コレ/\/\三之丞
殿様の御恵有がたふ思やいのと 首さし寄すればくるしさ忘れ手に探り チエゝ有がたい忝ひ 儕よふマア
とゝ様を むごたらしう討おつたな 憎いといふかうらめしいといふかどふしたら腹いよふと たぶさつかんで縁
板に打付け/\にぢり付け 嬉しやわしは殿様のおかげで母様姉様より 手がら始をしましたも 海
山深き御恩のお礼 死だ跡でも殿さまへ 忠義忘れて下さんすな 殿さまおいとま申上ます
母様御無事で 姉様まめで /\とつど/\にいんで来られもする様に 死でたもんな/\と夕霧くら
き短夜の宵の夢とぞ成にけり コハそも夢かと三人が跡や枕に取すがりわつと一度にこへ立てて
涙は死出の山路にさつき 雨とぞふりなまし 弥三左衛門こへ励し よしなき嘆きに時うつり此上猶予は

恐れ有一味斎と三之丞二人が尸(かばね)は弥三郎 能取置て亡き跡の問い弔も怠りなく 此家に留主の気遣なし早
打立やれと励ませば 実にもと親子が立上り あだ討御めん下さる上 跡にも残らねば此儘直ぐに発
足といさむ中にも妹が暫し別れもうない子の弥三松連れて 立上れば庭におづ/\二人の奴 我々二人も
御一所にと尻引からげいさみ立 おそのせいしていや/\/\ 一つに行は人め有り 我々迚も敵をばねらふ間は別れ/\
供は叶はぬ去ながら 敵の有家聞出すはそち達二人が忠義の手際かつて次第と立ならぶ中で手利き
の大やうさいさゝせ給へ母様と先にすゝめて立出る 待て三人餞別(はなむけ)せん 用意の品あれへ持て はつと小せうが
捧げ出 二人が前に直し置く 小太刀二振二人の娘へ 母へ遣はす長刀は連立中の長舩祐定(おさふねすけさだ)コハ有がたやと
いたゞけば イテ門出の盃と 扇をさつと押ひらき 此扇面に画(えがき)しは浪にたわむる三つの猩々 取も直さず三人が


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老せぬ宿の門出も 頓て目出たふかへる浪 ハツと母か請初めて廻る扇の請渡し 肴くれふ こきりこの
二つの竹は よゝを重ねて打納りたる御代かな いづれも立やれ ハツと三人が立つ事は立上れ共 屋形の名残 よしやつい
には出ぬべき うきよの月の照りくもり定め泣/\出て行 思ひがけなく後ろより不意を見すまし飛来る
鉄丸(てつぐはん) すかさず袖にて打はらひ/\ ムゝこりや百両の金子の包み ホゝヲ飛道具にも気遣なし路用に
               せい エゝ重々の情 こゝかまはずと行きやれ/\ ハア