仮想空間

趣味の変体仮名

彦山権現誓助剣 第七(瓢箪棚の段)

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
     イ14-00002-677

 

 


50(左頁最後)
  第七

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すがるふす 来栖の小野の百(もゝ)千草 花の秋とや夕顔も 色をまじいてさま/\に 衢の多き在所道 直ぐ
ならぬ身の隠れ笠 袋分銅玉に鍵 画し板に寄たかる往来の人つかみ顔 独りはどふじやと胴取が こまの
真木を捻廻し サア/\親は一割子は四割 欲の慰み気の薬 えいか/\/\ ソレ廻つて有ぞ ソリヤ出たは ヲツト玉じやぞ
五文有は味いは/\/\ やつぱり今度も玉のねまりをいてこまそ 玉のねまり/\ イヤコレ藤九郎 其玉のねまりは人
油といふて 切疵によふきくげなの ハテコレ咄しせずと皆しか/\はらんせ/\ ヲゝ合点じや 玉よ/\ ヤ袋様出て下
さりませ/\ コリヤ笠来てくれいよ イヤ簑がきてほしい おりや分銅にせふ サア皆張りはよごんすか ハア時に鍵は
明いて有の エイハそんなら親からせうぶじやと 胴側はすんで眼を三角 六角のこまころりとこけ 出たのは何
じや アイかぎでごんすと 引かけて皆なでに銭たくし込 負け腹立て張り人共 エゝどふやらくらの有そふな けたいな

こまじやと一はな立ち しやべる男を引とらへ ヤイ四三の胴八といふて 手ぎれいな胴頭を くらで有ふとぬかし
たがよいか是がと顔ぴつしやり はられて附け鼻ころりと落ち ヒアア/\/\男の鼻柱を落したなかへせ/\鼻かへせ
ひやなとは鼻か ヲゝ鼻じや ヤイばかめ 鼻ならこゝに有はれとけちらかされて砂まぶれの鼻懐へねぢ込でくた/\
つぶやきかへりける 何ぼべらぼなやつらでも まんざらたゞもたくられず 相応に骨が折れる ドレ一ふくとすり火かち ほ
くちへうつるちり/\日脚 鼻緒ずれしてちんがちがちんば 引ずり下駄かたしさげた 傘辻君の所体失ふ歩ぶり
ホゝヲ君達が早ふ出かけた 雨もふらぬにきつい用心じやの サイナアどふやらくもつて有た故 持てきて邪魔になる
いつそこまに笠はろかいな 夜ばりときめらが何ぬかすぞい 日がな一日あほう共を相人にほつとつとくたぶれる
しかしおれがこま廻して手を遣ふのもわいらが客にこし遣ふのもしんとはかはらぬけないせうばい ハゝゝイヤモとんといや


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気に成たはい ヤイこちらも勤めあいたはいな コレ聞此間も経師屋の提げ槌見る様な物で わしが銭箱を
しつての事突きくだかふとしおつたはいな イヤそりやまだしもじやわしやせんど棹の様な物てつかりよ
とした ハテ夫レは長い物で有たの サア鳥さしで有たがしらぬ ホゝゝイヤいつでも小鹿やおせんめはうき/\しけつかるが
黄疸の菊野めはつらばかりがうき/\と 黄色で棚の下にそふ成てけつかる所はとんとひやうたんのばけ物
じや サアそんな事かして 客をおさよふとしてもぬらくらたまして抜けをるは アリヤたますじやないなますじやはい
の ハゝゝわいらがいふ事聞ていると腹かゝへるはい ヲゝへろよりましかいな ほんに わいらも腹が淋し成たら仕廻ふて
こちへこい何なと立るがな ハゝお前の所は何所じやへこちかこちやと七月のない所じやはやい ソリヤどこじやいな
ハテぼんなしじやと打笑ひ荷をふりかたげ別れ行 若とうといふ共年の古大小 遉に武家のおとな迚きつと

角有国訛り コリヤ/\夜發共今夕も又われ達に揚げ料とやらを下さるからは 宿所早く引取よと 財布  
とく/\明いた口めい/\一歩(ぶ)有卦(うけ)に入 年の廻りで有がたい今宵で三日金もらい おいどへ土を付けずに仕廻ふ コリヤアノ
どふしたお志し イヤサ別の子細はない 此所の鎮守牛頭天王はれいけんあらた成るによつて 手前が御主人七日
の通夜 夜を遊ばさるゝ 御きとうの其間ほどこしのお金だはい ソリヤこそ様子が有間の松じや ヲゝそんならこちらへ
因幡の松よ おばゞ四十九で白はで嶋田でしなのへ嫁入り ヤレサ/\/\こんなつまらぬ コリヤサノサイナ事はない 仇口々に
かへいける ハテさはがしい女共トリヤ此様子御主人へ申上んと老人の心は先へどつかはと元来し道へと引かへす薄を分ける秋
風が 吹きかくりたる乗物は 急ぐとせねどおのづから 栗栖野にこそ着きにけり ハゝ只今途中ながら申上たる
通り 夜發共は残らずはらひ置ましたと 引戸明くれば立出る容儀器量も吉岡が 娘と誰か


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夕げわい作りやつして辻君と 見せばや見せん其ふぜい 今宵も是に通夜すれば 明る方に迎の乗
物 そち達は旅宿へかへれ 早ふ/\と追かへし 邊り見廻し独り言 旅宿近辺の人めを憚り 毎夜こゝ迄
乗物にて忍び出 往来の人をためし見るも今宵で五つ夜さ それぞと思ふ者にも出合へぬは神仏のお
めぐみのないのかと 思へば悲しい身の上 一味斎が娘共云はるゝ者が此様な 夜露立君の姿にやつし くらう
しんくをする事も 皆京極めがしはざ故 にくしと思ふ念力に尋ね逢はいで置ふかと 男勝りの其魂 一
こしかくし置く露の草のしげみに立つくす 絹物ながらしみ付きて 一重に薄き青侍 通りかゝるを走り寄り 遊んで
おくれと袖に手をさし込めとおめぬ体 鼻に扇のいやみして ハゝア月前(げつぜん)の惣州面白いなあ 併し嚢(のう)
中に四文銭が三銅是を遣はしたゞせんの二文の釣にかゝろより 我住む宿へかへろやれ コレそもじはそこにいつ

迄も 稲荷の惣嫁(そうか)じや有まいかと まつ毛ぬらして 行過る 大道いつぱいに大股に すれぬ太股すれた顔
取出 相撲が歩み寄り 菊野よ 小せんよ 又今夜もおらぬはい ホゝヲえらいな/\/\姉よ 一ばんもんでくれぬ
かい いかなお敵でもなア コリヤ左さしたらなアと寄りかけしが 我よりばつくん大女房 見るよりしよげるあまへ
ごへ おば様地取見にごんや だんないの どいつでも留めおつたがさいご 此いたち川がきかんのじや エゝコレおれが
力が見せたいと嘘は見へすく褌でだてこきちらしいたち川 尻こそばふも逃かへる 又の往来を松虫
も すだく鈴虫くつはの音 八條流の乗り振りに 立派を見する西国武士進ませ手綱行く駒の 道をさへ
ぎり 申/\遊んでおくれとかけ鞍に手をかくれば ヤイコリヤ御用先を 妨ぐる不敵の女め 留める者に事を
かい 馬を留むるとはよつ程な助兵衛やつ そこ放せ下れ/\下りおらふ イヤコリヤ/\家来共暫く待て 摺り留めの心を


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もつて控へしは様子有女と見ゆる 明かしを持てと提灯の 火かげにとつくと互の人柄 見上げ見おろし打うなづ
き コリヤそち達は行く先の出口に控へ待ち合せよ 早行/\と 家来をはらひ 実に様たへて久しき対面と云
殊更夜陰の事なれ共中々見ちがへはいたさぬ そこ元は芸州吉岡氏の御息女でごさらふが
の エゝイヤ左様の者ではござりませぬ イヤ/\かくし召るなと 馬の三途へ膝折かゞめ 拙者事は立浪家
のしつけん轟伝五右衛門と申す者 一味斎殿の御高名をしたい お国へ推参致せしは早十七年以前
其時そこもと 御幼女の折なればよも見覚へは致されまい 御親父には数度の御対顔致し 剱
術奥義の端々をも 承はり得たる事なれば 外ならず門人同然の伝五右衛門 是迄も書通を
以て音信たへず 到る所一味斎殿不慮の横死と聞しより エゝしなしたり残念や 直ぐ様はせ付け諸

共に 敵のせんぎと存じたれど 仕官の身なればせんかたなく明くれ無念に思ひしが ふしぎにも今其 息
女に廻り逢し事 吉岡殿を再び見申す心地して落涙致す 去ながら心へぬ其有様エゝ聞
へた コリヤ敵をねらはん其為に 姿をやつせし辻君なるか ハテサテたくましきお志 女なからも天晴家柄
いか様親父のたね成ぞや ホゝでかされたり頼もしと かんじ入たる面色に 人の心の花見へし そのぞと名乗り
手を突けば伝五右衛門は懐中より焼印の札取出し 敵の有り所分明ならずば 六十余州の端々までも
さがし尋ぬる所存ならんか 今九州には新関有てうかつに通行成がなし 夫レこそ関所往来札 めぐむは夜發へこ
よひの代 エゝ忝ひお志 本望とげて此お礼は ヲゝサ目出たふ承らん おさらばさらばと黙礼し 誠の心つくし人馬を 早
めて急ぎ行 便りなき身は世の人の情の詞力草 伏拝みてぞ泣く涙 かゝる折からいつきせき 来かゝる


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奴もまつ黒な こんのだいなしわからぬやみ ほうと躓き行き当り 是はしたりめつたに心のせきまする者たから
でつかちないそさう致したまつひら/\ 次手にお尋申さふは 此所の鎮守とやらに 女中一人通夜なされてご
ざるのを御存じは有まいかな ムゝそふいやるは友平ではないかいの エそふおつしやるはおその様でござりますか 是は
したり ヤレ/\うれしや/\何か仰置かれましたる御旅宿へ 漸着したる所 是に御座なさるゝと聞やいな イヤモしらない
道をやみくもに尋ねましてこはります ヲゝ大義/\ 長しい道中と云い女子供の初旅なれは 嘸かしそなたのいかひ
くらう よふ介抱してたもつたのふ そふじてアノ妹や弥三松は 旅宿に休んでいやるかや 成程ぼん様は御旅宿
で佐五平に 急度預けましたが 随分御きげん能ござります ヲゝ夫レであんどしました いやもふあんじられたは
妹が事 きよせうな上に持病のしやく もし道でおこりはせなんだか 達者で有たか無事なかと かきたく

るほどたづねられ こたへん詞あら涙膝にふちなすばかりなり ムゝさしうつむいて涙の体はかてんゆかぬ
きづかはしい エゝどふやら胸かさはがれて心元ない 様子を早ふ聞してくれ なぜ返事せぬコリヤ友平 何とじや
どふじやとせりかけられ エゝ無念な口おしうござりますはいのふ ナニ口おしい無念なとは サア申上るもめん
ぼくない事だが お妹御お菊様は人手にかゝつてあへない御さいご ヤアときやうてん気はんらん あまり
の事に涙も出ず むしやぶり付て引しやなぐり エゝ/\/\何の事じやぞやい まことかいやい/\ ヲゝおだうり
た/\わいの サア何者のしはざ敵は何やつはやふいへこりやどふせふぞいやい/\ヲゝおだうりだ/\/\だうりでご
わりますはいのふ サコリヤどこでの事じや サレハ須磨の邊迄お供は致しましたが 旅づかれにや御持病おこり うろたへ
廻つて私めは かごかるべいと跡の宿へ引かへし 又立もどる途中にて あやしき曲者下郎を目がけ切かけしを 抜き合せ


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二打三打合す間もなく逃げ行しを おつかくる足元に いたはしやおきく様 明所もなしに数ヶ所の深手 呼びたけつても
かへらぬお命 まだ天道のおひかへか若子様にはおけがもなければ かなしい中にも心を励まし 此曲者めは必定
敵追付いてとらへんと思へど遥か時も過ぎ 方角知れねばせんかたも なく/\御體取納め 御かたみにもと切取し此くろ
かみをお妹御と思し召れて下さりませ 御嘆きもおはら立ちも御尤だ 御尤でごはりますはいの/\ いしこらしくお
供をしながら 此やうな事にあはせましたは 手を出してせぬ斗 やつぱりおらが殺しましたも 同じ事主
ころしだわいの/\ ずた/\になされたとておうらみはない サアつかつしやりませ 切りきざんで下されと 首さしつ
くれば泣く目をはらひ コリヤ身の言訳をするに及ばぬ 少し成共手うに 成べき事をなぜいはぬ うろたへ
たか友平と いはれてそれよと取出す 守り袋を手に取て 此中にはいか様な物が有ぞ サア臍(ほそ)の緒がご

わります シテ書付は永禄九年五月十日のたん生とばかりごはりますが 手かゝりには成ますまいか
な おさな名さへも記してない書付 あんまりばつとした物じやが スリヤ手かゝりにはなりませぬか ホイはつと
斗にどふと座し思ひ極めし 身のかくご おそのはかたみのくろかみをなでつさすりつはだにそへ 七度むすんで
姉となり六度むすんで妹と 云いかはしたる甲斐もなき 親の敵をうつゝ共夢わきまへぬ稚な子に さぞや
心の引かされて迷ふていやるで有ふのふ 迷ふてなりと 今一目姿かたちを見せてたも 逢いたいわいのとこへを上げ
くどきこがれてなげきしが やう/\涙おしとゞめ ヲゝそふじや此切髪をそへとせば兄弟寄添いいる心 先の世
迄もはらからのちぎり忘るな長かもじ 其小枕の事迄も みらいへ黄楊(つげ)の櫛のはに ときほどかれぬもつ
れをも しのぎおふせてかつ山とえんぎいわひしくろかみの色も つや/\うば玉の やみこそ幸い友平は


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はらぞんぶんに切りあばき 一いきほつと 明かげの出汐はおのが身の知死後 くつうかくせどそれぞとはさとり
おそのも気をはりつめ ヲゝあつぱれけなげの切腹ば たしかにそのが見届けた 此世にござる母様はたとへ御
用捨有にもせよ みらいにおはするとゝ様へは 命捨すば言訳立まい ヲゝよふ腹切たでかしたなあとはいふ物
のふびんやと くやみおしめば友平は 一期のかはり大声上げ ハゝゝ有がたや忝や ふがいなひ奴めでも家来と
思召せばこそ おなげきなされて下さるゝ エゝもつたいないばちあたり 申し訳に成る事なら 下郎めごときのとんばらを 百
二百切たとて何おしからふ よし御ゆふめん有にもせよ 此やふなふきつな者が 大切な敵討に 何とお供がいた
されませふ エゝあさましいごうさらしと 我と我身をかきむしり 五体をもめばきづ口より 流る血汐紅にくさば
染なす血の涙 落たる守りの臍の緒を 引つかんで眼を見ひらき ヤア思へば/\腹立や 主人の敵我身の

あた いづくにかくれ忍ぶ共 一念とふさで置べきかと いかりのはぶしにかみしめくいさき池水へ はたと打込引とる
いき 俄にはげしくさか浪打吹上げ吹巻く水けぶり たちまちおそのが懐中に音をなくちどりかうろのふき ハテ
いふかしや池水はげしく立のぼれば なくねをはつするちどりのかうろ もしや吉事か たゞしは凶事か 何にもせよあ
やしきわざを見聞よな ヲゝイ/\ ヲゝイ/\ 行くといふのにせはしない しきりにおれを呼かへすは 誰じやぞいやい ヤアとこから
じや たしかこゝからに聞へるがと うろ/\もどる銅八は池のほとりに聞き耳立て ヤゝ明智光秀が亡魂しや ハテノウその
わろが又何でおれを呼かへした ムゝ ヒヤウ ヤア/\すりや今迄しんじつの親と思ひおつた 小嶋の郡代京極新左衛門は
我をひらいし養父にて 誠の父は明智殿で有たよな ハゝア思ひ合せし事こそ有れ 音成が館にて四法天
但馬我を見とがめ主君の面ざしによく似たり 光秀殿のわすれgたみにて有べしと ゆつたる詞ひし/\と 今こそ


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思ひあたつたり エゝさはしらずしてむざ/\と あつたらしき郎等を失ひしこそ残念/\ しかし心へがたきは此
年月 過ぎ行きさつて今日只今 呼かけられししさいはいかに ムゝさては山崎のかつせんに打まけ 此所に命をかこ
すきは迄も帯せられたる蛙丸の名剱久吉が手ぶわたらん事をくらみいきどをり是なる地中にかくせし
とや 即ち御首をも此池にてあらひ流せし血汐こりかたまりしこんぱく残り 守護せられたる名剣の其名
をかんじ集つたる 蛙のこへをかりそめに 素性をしらせ釼をも 譲り与へん御所存とな ハゝゝ有がたや 其上に我行
すへの事迄も 思し召されて久吉に いこんの刃は合す共 四かいに望みをかくるなとは 後車のいましめ子を思ふ 父の
大おんハゝゝもつたいなやと 三拝九拝悦び涙 いでなき父の御賜 拝領せんとうきくさを かきわけさぐりあ
たりし名剣 おしいたゞいて抜はなせば つるぎの気を得る蛙面(あめん)の相 なをもしきりにかはづのこへ 又もなき出すかう

ろのきとく 思はず両人飛ひらき互にすかし 見て見ぬふり 釼をさやに曲者は納りかへつて 行先に向へば
よくる右左付まとはれしつたかづら長きちぎりを神かけてわすれぬ人を今さらにいなしはせぬと引とむる
往来をさまたげるわりやまあどこの者じや アイ私が生れは永禄九年五月十日の誕生 ヤ ハテナ 夫レが
又何でこゝに居たりや ハテわしや惣嫁 ヤそうかじや サアそふでなくばそばへよつてだき付て見やしやんせ
じまんじやなけれどきやらの香は いく夜留ても留あかぬ きだんに成気はないかいなともたれかゝ
れば 有がたい初たいめんからはづんだせんさく 斟酌なしに付合ふからは 善は急げじや 今こゝて泣かして見
たいは此懐 ヲゝしこなしや の肌打明るはお前の心中 ヲゝ見たくば見せう望みが有るか サアのぞんで
見たいは此釼 イヤあぶない事よしにせい イヤ切はいの ソリヤ誰を ハテ指を わしから心中見せるのじやと いふより


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早く釼の鍔ぎは 物打しつかと取頭抜せ後さし一二のせめ 帯取足引きひしぐる斗捻合 引合引取
はづみ こぶしはなれて夕㒵の棚へはからず刎上れば 取おろさんとかけよるをやらじとさゝゆるおそのがひはら
土足のあてみにたぢ/\/\たぢろく隙にかけ登れば つゞいて跡よりかい/\゛しく身は鼯とはいあがり
互にさかし尋る太刀取よりいらつて切かくる 強気(ごうき)の曲者おとらぬおその 打合ふ刀は氷柱のごとくみぢんに
くだけ飛ちるにぞ はるかにしたり身を構へ 鍛いし刀も名剣の徳におされて折たる物か ヲゝふしぎを
あやしみ音を啼きし 其かうろこそ久吉が秘蔵の器物と聞いたる故 打砕いて暫時の腹いせ 又是
なる夕顔の実のりし数のひさごこそ 取りも直さず千なりひやうたん 真柴が家の馬印まつ此様にと
小おどりし 只一なぎに切はらい 直ぐにふん込み打かくるを くゞるは神力くさり鎌てう/\はつしと請留て

今打かくる虎乱の太刀 切先下りに打おろすは もしや尋ぬる敵かと いふ間稲妻釼の電光ひらりと飛
で遠近(をちこち)の霧に紛るゝ曲者をのがさじものと一足に飛で 折しもさへ渡る 月の光りを力にて跡をしたふ
                        て 追て行