義経千本桜 第四 道行初音旅

 

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     イ14-00002-842

 

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  第四 道行初音旅
恋と 忠義はいづれがおもい かけて思ひははかりなや 忠と信(まこと)のものゝふに
君が情と預けられ 静に忍ぶ都をば 跡に見捨てて旅立ちて つくら
ぬなりも義理の御行末は難波津の 波にゆられて たゞよひて
今は吉野と人づての噂を道のしほりにて 大和路 さしてした
ひ行 野路もなれぬしげみの まがひ道 弓手もめても若草
を 分けつゝ行ば あさる雉子(きゞす)の はつと立てはほろゝけん/\ほろゝうつ


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なれば子ゆへに身をこがす我は 恋路に迷ふ身のアゝうらやまし
ねたましや はつ雁金の女夫連 つま持ち顔の羽ばかま 人よりましの
真柴さす宇賀の御魂の御社(みやしろ)は いととうとくも かう/\と霞の
中にみかのはらわきて筐の鼓のかはい /\/\のむつ言を人にはつゝむ
ふくさ物 それを便りにつく杖も心ほそ野を打過て 見渡せば四方
のこずへもほころびて 梅が枝うたふ歌姫の里の男が声々に 我
つまが 天井ぬけてすへる膳 昼の枕はつがもなや 天井ぬけて

すへる膳 ひるの枕はつがもなや ヲゝつがもなや おかし烏(からす)の一ふしに 人も
わらやの育ちにも春ははねつく 手まりひいふうつく/\゛と聞けば こち風
音添て去年(こぞ)の氷を とくわかに御万歳と君もさかへまします 有
けふ有や頼もしや さぞな大和の人ならば御隠れ家をいざとはん 我も
初音の 此鼓君の栄へを寿ぎて 昔を今になすよしもがな 谷
の鶯ナ 初音の鼓/\ しらべあやなす音につれて つれてまね
くさ おくればせなる忠信が旅姿 背(せな)に風呂敷をしかとせた


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らおふて 野道あぜ道ゆらり /\ かるい取なりいそ/\と 目立たぬ
やうに道隔て 女中の足と侮つて 嘸お待兼 爰幸いの人目なし
と 姓名添て給はりし 御着長(きせなが)を取出し君と 敬ひ奉る 静は
鼓を御顔とよそへて上に沖の石 人こそしらねの西国へ御下向の
海上 波風あらく御船を 住吉浦に吹き上げられ それより芳
野にまします由 やがてぞ参り候はんと互に筐を取納め げに
此鎧を給はりしも 兄次信が忠勤也 八嶋の戦ひ我君の 御馬の矢

表に駒をかけすへ立ふさがる ヲゝ聞及ぶ其時に 平家の方には名高
き強弓(つよゆみ) 能登守教経と名乗もあへずよつぴてはなつ 矢先
はうらめしや 兄次信が胸板にたまりもあへずまつさか様 あへなきごさいごは忠
臣義死の名を残す 思ひ出るも涙にて 袖はかはかぬつゝ井筒 いつか御身も
のびやかに春の柳生の糸長く 枝を連ねる御契りなどかは朽しかるべきと互に
諌めいさめられ急ぐとすれどはかどらぬ あし原峠かうの里 土田六田(むつだ)も遠からぬ
野路の 春風吹はらひ雲と見まがふ三芳野の麓の 里にぞ着にける   

 

 

 

 

 以下現行版(2018年4月大阪文楽公演プログラム付属床本より 「道行初音旅」)

 

 恋と忠義はいづれが重い、かけて思ひははかなりや。忠と信の武士に、君が情と預けられ、静かに忍ぶ都をば、跡に見捨てて旅立ちて、作らぬ形も義経の、御行末は難波津の、波に揺られて漂ひて。今は吉野と人伝ての、噂を道の栞にて、大和路
さして慕ひ行く
見渡せば、四方の梢もほころびて、梅が枝うたふ歌姫の里の男が声々に
我が妻が、天井抜けて据える膳、昼の枕はつがもなや、オゝつがもなや。
おかし島のひと節に、人も藁屋の育ちにも、春は羽根突く、手鞠一イ二ウ(ひいふう)つく/\゛と聞けば、こち風音添へて去年の氷を
徳若に御万歳と君も栄えまします、愛敬ありや頼もしや
さぞな大和の人ならば、御隠れ家をいざ問はん我も初音のこの鼓、君の栄えを寿きて、昔を今になすよしもがな
谷の鶯な初音の鼓/\。調べあやなす音に連れて、連れてまねくさ
遅ればせなる忠信が旅姿、背(せな)風呂敷をしかと背たら負うて、野道畦道ゆらり/\、軽いとりなりいそ/\と、目立たぬやうに道隔て
「女中の足と侮って、さぞお待ちかね。こゝ幸ひの人目なし」
と姓名添へて給はりし、御着長を取り出だし、君と敬ひ奉る
静は鼓を御顔とよそへて上におきの石
「人こそ知らぬ西国へ御下向のご海上、波風荒く御船を、住吉浦に吹き上げられ、それより、吉野にまします由」
やがてぞ参り候はんと、互ひに形見を取り納め、雁と燕はどちらが可愛、やゝを育つる燕が可愛、花を見捨つる雁金ならば、文の便りもまたの縁、エゝさうぢやない/\
うたふ声々面白や
「実にこの鎧給はりしも、兄継信が忠勤なり」
真にそれよ来し方の、思ひぞ出づる壇の浦の、海に兵船平家の赤旗、陸に白旗、源氏の強者。あら物々しやと夕日影に長刀を引きそばめ、何某は平家の侍、悪七兵衛景清と、名乗り掛け名乗り掛け、薙ぎ立て/\薙ぎ立つれば
花に嵐の散りぱつと、木の葉武者
言い甲斐なしとや方々よ、三保谷の四郎、これにありと、渚に丁度打って掛かる
刀を払ふ長刀の、えならぬ振る舞ひいづれとも、勝り劣りも波の音、打ち合ふ太刀の鍔元より、折れて引く汐
かへる雁、勝負の花を見捨つるかと、長刀小脇にかい込んで、兜の錣を引つ掴み
後へ引く足よろ/\/\
向かふへ行く足たじ/\/\、むんずと錣を引き切つて、双方尻居にどつかと座す
「腕の強さと言ひければ」
首の骨こそ強けれと」
「アハゝゝゝ」
「オホゝゝゝ」
笑ひし後は入り乱れ、手繋き働き
兄継信、君の御馬の矢面に駒を掛け据え立ち塞がる
「オゝ聞き及ぶその時に、平家の方には名高き強弓、能登の守教経と名乗りもあへずよつ引いて、放つ
「矢先は恨めしや、兄継信が胸板に、たまりも敢へず真っ逆様」
敢へなき最期は武士の、忠臣義士の名を残す、思ひ出づるも涙にて、袖は乾かぬ筒井筒
いつか御身ものびやかに、春の柳生の糸長く、枝を連ぬる御契り、などかじゃ朽ちしかるべきと、互ひに諌め諌められ、急ぐとすれどはかどらぬ、芦原峠かうの里、土田六田も遠からぬ、野路の春風吹き払ひ、雲と見紛ふ三芳野の、麓の里にぞ