彦山権現誓助剣 第九 (毛谷村六助住家の段)

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
     イ14-00002-677


65(二行目)
  第九      立かへる
勝負は見へた弾正殿お手柄/\ 立合召さるゝと早勝と見へました 何と曽平次殿違ふた物ではござらぬか
いか様軍八殿いはるゝ通り遖御手練でござる ヤイ六助我に勝者有らば奉公せんなどゝ 人もなげ成広言は最
早これでいはれまいがな イヤモだん/\誤り入ましてござります 何が山峠の透き間には 在所の者共を相人に我流無
法の叩き合 ヤレ六助は剱術が能いはの 兵法を抜けているはのと 誰いふとなき取ざた ばつと噂立たのか今では迷惑
誠のげいに出合ては中々叶ふ物ではござりませぬこはやの/\ ソリヤ知れた事だ 儕が雑言吐くを殿も憎しと思し
めせばこそ 六助に勝れし者有らば 五百石にて召抱んと有る高札を所々に立て置れたてや ヲゝサしかる所 くらま山の

弾正も閉口する剱術者 微塵流の親主が顕はれし故 殿にも甚だ御悦び 即ち御前において両人が立合い 御
らん遊ばされたく思し召せど家老轟殿か 今一いきふのみ込だから儕があばらやにて立合せ 打勝においては召抱へよと
両人へ見分の役仰付けられた よつ程むつかしい試合で有ふと思ひの外 イヤ手間も隙も入る事か 彼の城下
町の煤取りに 古畳をたゝくより心安く見へたはいハゝゝゝ 扨々先生恐れ入た イヤま先ず衣服を召かへられよ 早く/\と
広ふだに きら流の折かた包みのしめの衣服麻上下 御紋付々着かゆれば 忽ち見かはす其人柄 ことば
付き早横柄に ナニそな者 仮令(けれう)打負けたれば迚力を落すな 是から修行の所だから 随分出精 
致したがよい 後々はよく成らふ/\ コレ先生いらざる御教訓おかまいなされな ヤイ儕は領分のやつなればおし
ひを以て深きお咎めは有まい なれど以後を急度嗜みおらふ ソレ家来共乗物是へ イザ先生お召な


66
され是は憚り やはり此儘歩行致そふ イヤテヤ只今よりは殿の御師範 我々が為にも先生なればひらに/\
しからば御めんと乗りうつるを 直ぐにかき出すお六尺 七尺去てしはんを得 悦びいさみ出て行 門送りして六助は
つつくり立て独り言 アゝ誰しもかう/\にはしたい物 見ずしらずの人なれど 親御を大事に思ふて 侍の云にくい
事を打わつて頼ましやつた 其実心な所がどふももだしかたなさ けいやくの通り打負て進ぜた今日
の試合 イヤコレ必ず礼には及ばぬぞや これもやつぱり親の威光故じやと思ふて 存生の内に随分と孝
行をつくさつしやりませ おれが様に死にわかれといふ物は何した迚とんとまめしげはないぞいの 必ず大切にさつしやれ
と 云つゝ見やる畑道真黒に成て山賤(がつ)共 すた/\いきせき走り付 サア/\/\六助殿内へはいつた/\ へしやげた
はいの/\ こちら迄も鼻がへしやげたはいの ハテやかましい何の事じや 何の事とはこなたの事じや 六助に

勝た者は抱ふと 殿様から方々へ立て置しやつた高札っを 奴共が皆引ぬいていんだはいの しやによつてへしやけた
わいの/\ ソリヤ何ぞあつちのかつ手づくで持ていんた物で有ろぞい イヤ/\夫レ斗りじやない六助めがほうげたとはきつい
ちかい ぶたれおつた其いぢらしさ 大方骨が砕けたで有ろ イヤ今時分は泣々あたまのかけを尋ねておるで有ふのと 口々
ぬかしていにおつたが こなさんほんまに負たのかいの イヤ嘘じや殿様の御意じやから せうぶをせふといふては来れと
こゝで立合ふてははれ立たぬ 殿様の云付ならば御前きろりが能 小倉からお召なされたら 何時でも行てせう
ふせよと追戻したが 夫レを腹立て悪口いふたので有ろぞいやい ムゝそふかいな夫レに又額の其きろはこれか 是はあの
ハゝゝ夫レ々 あの着る物ほしに出て 入口の石にけつまづき 竹垣ですり破つてのけたのじやと嘘もまつかい血にそみし
額おさへてくろめる詞 しぶ/\ながら栗右衛門 イヤコレ残りの衆らなぞが有 六助先生が今の詞とかけて ムゝ何ととくの


67
サア極めて有るかけ目よりたんと有る鰯(ほしか)ととく 其心は ハテ負たこへじやと思はるゝとにがり切てぞかへりける あちらがあの様
に云のは 一手も習ふ師匠じやと思ふからの深切 なじみの者共にあいそつかされても 人の為に成る事なからいとひは
せぬ しかし得心した事ながら 負たと思やがつくりと力ない ヤ是は扨 はら迄が急に力なふ成た程にの ヲツトよし/\
きのふ庄屋からもらふたぼた餅 鼠が引ずばやつぱり其儘有で有ふ ドレ孤殿にもくはさふと 表に出てそこらを見廻し
コレ孤殿もどらしやれ 夫レがけへなど落まいぞ 是は又どこに遊んでいる事ぞ 孤殿/\ イヤ戻つた所で彼のぼた餅がなく
ば手持ぶさた 先ず有かないか見てこふと 子供にさへも偽りを いはぬ生得生へ抜きし 梅と椿の大木を直ぐに住家の門
柱 立ちそふ花も八重ぶきのかすみの屋根につたのかべ草のとぼそに佇む老女 外面に干したる四つ身の小袖 心へずと
さし覗き見入れる家の一壁(いつへき)に 鉄棒鼻捻山刀半弓なんとかけ置きしは 山立ちにても有んかと 心に納めしとやかに コレハ

心願有て国々の神社を廻る年寄の一人旅 脚をいため迷惑致す しばしの舎(やど)り御めんなされと案内聞より
六助は なんどを出て迎へ入 見れば御老人の旅づかれ 嘸御なんぎ 宿はせず共休足程の事は 緩りつと御かつ手
しだい是は/\忝ひ 左様ならばと打くつろぎ いろりに緩りくはんすの下 さしくべる手もほた/\と心置なきもてなしに
イヤなふ御ていしゆ どふやら独り住みの様に見受けましたが左様かの たゞし御両親でもござるかの イヤ/\母一人ござつたれど
近頃相はてられ今ではほんの寡くらし ヲゝ夫レは御不自由にござらふ 何と物は云て見ずくじやがわしを親にさつ
しやれぬか かう見た所が丁どよさそふな親子ではないかいのと ずつかりした事いふた顔 どふやら小気味悪じや
れな ハゝゝ座興も旅のうさはらしテモ気のかるいお年寄じやのふ イヤコレ座興じやない 真実親に成ませふ ムゝそりや
なぜな サアゝ心ざまのたくましそふな こなたと見込んできた事じや物 まんざら 無手ではこぬはいの コレこゝに四五十両


68
程はしつかり土産も持ているし まだ其上に味い金もふけの相談も有はい サア/\早ふ親子に成て何もかもおゝいかくし
なしに 打明けて談合する気はないかいのと 金から取入る一せんぎと せけ共せかぬ小點頭(こうなづき) ヲゝ品に寄たら談合もせふ
がとつくりとおれが心の極まる迄 退屈ながらあの一間で マアゆつくりと待たがよい夫レならとんとこしをすへて やんがて孝
行受けませふと 互にさぐる肌刀身内としらで暫くは うたがいあいの破しやうじ引立てこど入にける 跡にはふしん
とつ置つ しあん吹ちる春風に 梅が香したい鶯のさへづるこへに法華経も 既にくれぬと告ぬらん ハゝ刻限もち
かへず鶯がもふ鳥屋にきた いか様鳥でさへ法華経とさへづるに 身のせはしさに取紛れ 念仏もろく/\に得申さぬ
アゝもつたいない/\ 申母者人如在しやごんせぬぞや必ずしかつて下さるなと位牌に向ひ合掌し いますがごときかう/\
を かんずる天のかご軈て 深き恵も有ぬべし 一心不乱他念なく打ならしたるりんの音にさぞはれかへる稚子の目もと

しほ/\なき母と しらでごがるゝ子心に 聞き覚へてや拾い取 小石つみてはかゝ様と したふ涙の雨やさめ くさばに落て
おのづから 手向の水の表なる さいの河原を目前に 見やる六助こらへ兼 其儘かけおり抱き上 尤しや/\もつ
ともじやはやい どふぞ通してやりたさに どこじやととへどわかちは知れず 勿論預けしやつた人は 只一言も得
いはぬさいご スリヤいつくのたれが?かはしらねど いたいけにしほらしう おぢ様/\と廻す物 にくまふ迚これが憎まれふ
か かはいや/\ コレおぢ様 かゝ様はなぜござらぬ かゝ様なふと泣さけぶ コレ其様に親をこいこがれて 煩いや
などしてくれなよ ひよつと死だら今の様に さいのかはらで石のかづ一重つんでは父をしたい 二重つんでは母
親を尋ねこがれて六道の地蔵菩(ぼさつ)に取すがり 父よ母よと泣くといやい おれも二人の親にはなれ 女房も
なければ子供どうぜん ほんに親にあはれる程ならば さいのかはらはまだな事 八方ぢこくのこそへでも 尋ね


69
て行きたいあいたい物 何弁へない心から あいたがるのはむりじやない ヲゝどうじや/\かはいやと 抱しめ/\こ
え立てて男泣きにぞ歎きしが やう/\涙ふりはらい アゝ悪い孤(みなしご)殿 おれ迄をそゝなかして泣かした程にの サア
さつぱりときげ直して ソレきのふ買ふてやつた疣(いぼ)だいこ 夫レを叩いて遊ばしやれ おれが守してやりませう イヤ/\
たいこはいやじや おりやねむたいかゝ様とねたいはいのふ ねさしてほしいと稚子のわやくもぐはんぜ泣き寝入 ホゝコリヤ
もふねいつたそふな ホテ子供といふ者は とんとつみのない仏様では有はいの ドレ伯父かねさしてやらふかと 供にふしと
の 草むしろ 折節竹の音もさへて吹くらしなるとも僧の 宿求めんとまがきに寄り ムゝこゝにほして有此四つ身
は 慥に覚有る小袖と 取入らんとするを後ろから こりや盗人めと二三人 つかみかゝるを寄付けず 振廻したる尺八の たけた
手きゝぶふう/\共 みけん肩先うで骨背骨 ぶちのめされてちり/\゛に 皆我先と逃かへる 六助内より

きつと目をはい見れば売僧(まいす)のにせこも僧 よつ程味をやりおつたと なじる詞を聞咎め ナニにせこも僧のまいすと
は ハテ掟にちがふた身の廻りと云い 第一宗門の姿でけんくは口論ならぬ筈 又常人が理不尽を云かけても 随分如
法に済せよとは 本山からの誡めでないか 其上尺八の本手はふかず 今時はやるざつな手をふきあるくからは にせものと
いふたが誤りか 山賤はしていれど 夫程の事は知ている 何とでごんす梵論学と 詞に一くせ去る者と 見て取るこな
たも笠投捨て ヲゝ其返答して受けんと ずつと入るよりかへ筒に 仕込みし短刀抜打ちを ひらりとかはししつかと取り マゝゝゝちよつと見る
から女ゴとは悟つた故に咎めて見たが 敵といはるゝ覚はないぞ ヤ覚ないとはひけうなやつ 杉坂の邉りにて五十有余の
侍を手にかけ 路銀は勿論妹が 忘れがたみの稚子迄 うばい取た山賊め 赦しはせじとふりほどき するどき切先無刀
の六助 抜つくゞつつあしらふ手だれ 遁さじ物と付け廻す 屏風の内よりおば様とかけ出る稚子見て恟り ふしんなが


70
らも小わきに引抱き 心赦さず身がまへたり コレ伯父様おば様がきてじや たいこたゝいて見せていのふ ヲゝ合点じや/\ 後に
/\ イヤ今じや 早ふ/\とぐはんぜなふ 廻せば廻る子かはいがり 持ち遊び箱を引寄て ソレ今鳴すぞ コレ聞しやれや 廿三
日は母者人の四十九日 杉坂のはか所をもどりがけ 泥坊めらが二三人五十斗な侍を 切るやらなぶり殺し 見るに見
兼て片はしらのめらせ介抱すれど物も得いはず 其子を指ざしておがんだばつかりがつくり往生 目前敵の盗人めら   
ふみ殺して谷へけこみ 連れてもどつた其子にとへど差別はなし そこで思ひ付たあの着る物 門口にほして置いたは あの子の
ゆかりを知らふ為 心が早ふ届いだか 現在のおばごに渡せばこつちもあんど よふまあ尋ねてごんしたのと 悦ぶ体に偽り
なき真実見ゆれど猶も根をおし しかと其詞にちがいばいか イヤ何がこはふて尋ねにや及ばぬ事 シテこな
さんの名は何といふ ヲゝ六助と云まする ヤア何と サア毛谷村の六助といふ山賤でごんす ヤアすりや八重垣流の達人と

音に聞へた六助様か エゝとあきれて取り落す 子はうろたへて逃込共 知らずかまはず六助を うつかりながめ 見とれいる 今の
やうに云ても疑いはれず やつぱりおれを敵にするか エゝわつけもない何の家来の一人や二人 どふなつとしたがよいはいなと
前に寄添い後ろに立ち テモマア遖よい殿御 マア何よりか落付いた イヤ/\まだ落付かれぬ事が有はいの イヤ申し 女房様がござりま
すかへ イヤしさい有て女房は持ちませぬ ありやせまいがな ないかへ/\ ヲゝ嬉しや/\ 夫レでほんまに落付た コレイなあお前の
女房は私じやぞじぇ サア/\女房じや/\と かきたくる程今迄も 逢うたふ思ふた重荷におり 三衣袋も茶袋
にして見たがりの水仕わざ 袈裟もたすきとかけ徳利酒も上げふし夕飯(まゝ)の 拵へせうと釜の下 薪のしめ
りもへ兼る 火吹き竹はと尺八を取りちかへては おかしがり独り御きげん六助は 承知内義のふり売りを 持ち余したるむつと顔
とんと訳が知れぬ けふ程けぶな日はない 目ず知ずのわろ達が イヤ親にならふのかゝじやのと 押入れ女房の手引きた


71
あの子もめつたにゆだんはならぬ 全体こなたはマア誰じやと 尋ねにはつと心付き 俄に行儀改めて いふべき事も
跡や先常々とゝ様のおつしやるには 豊前の毛谷村の六助といふ者こそ 剱術勝れし器量の若者 行末はそ
ちと妻(め)合せ 吉岡の家を相続させんと音伝(おとづれ)通じ置きたるそと 仰を守る此年月 廿の上をこしながら眉を其
儘いかな事鉄漿(かね)もふくまぬはづかしさ 推量なされて下さんせ スリヤ其元は吉岡一味斎殿のハイ娘のそのでござり
ます コレハしたりと手を取てむりに上座へ 押直し 先ず何がさし置きお尋ね申したいは 御親父一味斎殿 御健勝で今におつとめ
なさるゝか 御老体の事なれば しぜんのおつかれにて 若し御病気なとおこりはせぬかと ねても覚ても心ならぬは是一つと とは
れてそのは涙くみ 申すもあへない事ながらおいとしやとゝ様は 隣国周防の山口といふ所でな ヤゝゝ何か何とどふ
なされた 口おしややみ/\と だまし討たれてはかないさいご イヤア シテ/\其相人は町人土民でよも有まい 仮名は何といづくの

誰 同じ家中に名を得たる剣術師範の京極内匠 シテ此豊前へ来られしは敵の在所当国と知てか但し
しらずにか サア所々方々と身をやつし いふに云れぬうきかんなん 尋ねさがせど敵の行所 けふが日迄も知れませぬはいな
ホイ はつと斗にどうと座し こぶしを握りくやみ泣き そのは 取り分け悲しさをやるせ涙のくどきごと ほんにうきよと云ながら 身に
うき事のかく斗重なる物が父上の 敵を願ふ門出に かはいや弟は盲目の 儘ならぬ身を悔み死に跡に見捨てて
古郷を 出るもちり/\゛はなれ/\゛ 有家をさがす其内に 悲しや妹も釼のなん 父上のみかそもやそも二人三人があ
ぢきない 刃の霜ときへ 残る母と私がうきくらう つらひ悲しいはづかしいなりも形もいといなく雨露 雪の深山ぢ
や野末に あるゝ一つ家に もしや隠れていやうかと 人なき道に 日をくらしさまよい歩行(あるく)親と子が 便りない
身の上もなき 便りの人に廻り逢わたしが心のおくそこを 明かすは二世の我夫 必ず見捨てて下さんすな かはい


72
と思ふて給はれとあまへ嘆きて伏ししづむ ひたんの涙六助も かゝるうきには猶更に 思ひ忘れぬ一昔 彦山の
ふもとにて 目なれぬ老翁にまみへしが 高良の神の使いなりと兵法印可の一巻を下されし 其老翁
こそ吉岡殿と さつせしは彼の一巻の奥に有々御姓名 書きそへられしはこなたの事夫婦と成て吉岡の 家名相
続致せよと六助ごときの拙きげい 伝へ聞れて有がたや 神の使いと偽て印可を与へ其上に 汝にかつべき
者有らば 夫レに随い身を納め 末長久にさかへよと 教訓有しは後々迄がまんを押さゆる御情 たとへんかたもな
き大おん肉にしみ骨に通つて忘られず 母だに見おくる上からは 尋ね登つておんをしやし師の御顔を
にし/\と 拝せん物と思ひしも 皆むだ事と成たるか エゝ残念や悔しやな せめてのかたみ師の片われあらな
つかしやとおそのを拝し たばしる涙はら/\/\腸(はらわた)をたつ思ひにてしたい嘆くぞ 不便なる 時に障子のうち

しはぶき ホゝウ師匠をしたふ誠こそ はるかに届きめいどよりえんぶにかへる一味斎 たいめんせんと聞ゆれば 思ひがけなくおそ
の恟り ヤアそふおつしやるは母様かと 嬉しさとつかは押ひらく 内ににつこと以前の老女 にうわの面しはの波裲着
なし稚子の 手を引連て立出るを 見るよりはつと飛しさり 師の後室とは夢聊(いさゝか) 存ぜぬ事迚最前はぶこつ
の段偏に御めん下されかしと誤り入てぞ平伏すイヤのふ さつきに逢ふた其時は 聟共姑共 互にしらねば他人も
同然 今こそしんみ泣寄し 親子が為に鉄の立て通したる娘が操 不便と思ひ睦しう夫婦に成て下さらば
本望とぐるに疑いもなき我が夫の此魂 聟引出にとさし出せば ハゝゝこは有がたき師のかたみ じたい申さずてうだいせん
と押いたゞきこん/\の 盃三々くどからす 古(ひね)た生娘けふよりは 手からせ初むる花嫁御母も悦ぶ其所へ こゝじや/\と杣仲間
遠慮なきから戸板にのせ どや/\とかき込で コレ六助殿聞しやませ 廿三日の事で有たがよ 此斧右衛門


73
のおばゞが見へぬ迚仲間中が手分けをしての ヲゝテヤ何が所々方々を尋ね歩行(あるき) よふ/\と杉坂の土橋の下で
見付けた所がよ 此様なおかいこ絹を引はらせむごく殺して有ましたよ 敵が取てやりたけれど うら共では何として
サゝそこで願は六助殿と いふにかけおり死がいのそば立寄てとくと見 ムゝすりや此死がいはそちが母か アイ
是が フンと眉にしあんの体に杣仲間 コリヤ斧右衛門しめりふさずと頼みやと 引おこされてない
しやくり アイ/\皆のおいやる通りじやよ 敵を取て下さませ アゝ死なしやるはしか其昼間 あんばいよふ出来たじ
まんのだんご棚からころり 其身もころり 手でこねた迚てこねる物か 何ぼう杣が親じや迚 かうしやき
ばつた枝骨は おろさゞ桶へはいるまい はいりともない死出の山 覚束なかろのふば様/\と呼ぶ子鳥 谺にひゞ
き泣く涙 落込谷に水かさのいとゞ増りて見へぬらん 始終とつくと聞すまし ヲゝきづかいするな 今の間に

 
敵はおれが取てやる 其死がい大事にして内へいんで香華取れ サア早ふ連て行 早ふ/\と六助が 詞をせいに斧
右衛門 アゝ其様にいふて下さるのがば様の為にはお寺様の御引導 ナフ皆の衆 ヲゝテヤあの人がアゝいはりや ちつ共きづかい
泣顔を えがほに直しかへりける 跡に六助無念の顔色 扨は杣が母をたらし込 儕が親と偽つて かう/\ごかしに六助
を 深い所へやりおつたな ヘエ思へば/\はら立ちや 卑怯みれんのみぢん弾正 儕此儘置くべきかと 胸も張りさくいかりのはがみ
庭の青石三尺斗思はずふん込むこんがう力 イヤコレ聟殿待たしやれや こなたのはらを立てさつしやる 相人の苗字はみぢん
とや いかにも おのが流儀を其儘に氏となしたるみぢん弾正 ナニ其流儀の名がみぢんとな シテ其者の年ばいは三十二
三しごくのこつがら 面体しろく目の内さへ 左の眉に一つのほくろ たしかに有り/\左のかいな二のうでかけて刀疵 扨こそなア
同じ家中と云ながら おそのと云い此母も 見知らぬ敵の人相書 妹に尋ね其砌書かせ置いたる此姿絵 まだ其


74
上に妹が死かいのそはに有し迚 小栗栖村にて友平が後のせうこと渡したる此臍の緒の書付に永禄九年の
生れと有る月日をくれば三十四年人相と云い年の頃わりふの合たは尋ぬる敵親の敵菊が仇恨みをはらすは今此時嬉し
や娘片時も早ふ母様用意といさみ立つ アゝコレ/\二人と共マア待た慥に夫レと知れたれば六助が為にも師匠の仇 コレ気遣いせ
まい敵は討たす ガ真剣あてぬ其先に 木太刀で試合のいしゆがへし ぶつて/\ぶちのめし 申し請けての敵討 おふくろ
女房 いざ一所にと取出す 破れ上下手伝ふて 母はこし板あてがふ紐 おそのが取てしつかと結び合ふたるいもせのえん コレ
おぢ様ぼんにも敵討してや 出かした かしこい/\つよいなア どりや行ふより早ひらりと庭へ一足飛 コレ/\聟殿 かろ
き相人と侮つて 必ふかくを取るまいぞ そふ共/\だますに手なしゆだんなされなこちの人 ムゝゝ何さ/\気遣い無用 一旦
こそは得心にて 負けてやつたるはい虫め 謀り取たる五百石 かゝへられたも我情け かへつて足をつなぎしは もつけの幸い

塞翁が味(うま)ふ出合た妻姑恨みは供に六介も天地にはづる義の一字 鬼神とて京極内匠 我見る目には一
つまみ しかし御知行いたゞく内は 殿の後家人討ちえがたし 仕合を願いかつた上すぐに仇討御めんの訴訟 元首おさへ
うたさすと実にも尖き魂を 見極め置きし吉岡が眼力ちがはぬ 若者なり おそのは猶もいさみ立ち 咲乱れたる
梅の花の一枝折もつて ノウ/\我夫 梶原源太景季が平家の陣に切入て 誉を上げしえびらの梅 是は敵の
京極にかつ色見する兄(この)花の かはい男へ寿きと 云つゝ抱付さも親に遠慮をもぢ/\ 母も同じく椿の枝 本望遂げ
た其上で直ぐに八千代の玉椿かはらぬ色の花婿殿 イザと打連れ立出る三人が中に弥三松は ほんそう小倉の領内はいさみ すゝん
                               で 出て行