仮想空間

趣味の変体仮名

絵本太功記 六月四日

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
      イ14-00002-093

 


29(左頁2行目)
   同四日の段
東魚来つて四海を呑む 西鳥来つて東魚をくらひ 四海既に穏やかならざる 戦場の地の
理を窺ふ山づたひ 近習召連れ隆景は しづ/\谷間に立休らひ ヤア/\旁 此度の合戦誠に武門
のはれ軍 郡の枝城尾田が為に悉く落城に及びし上 軍慮に賢しき清水が城郭 久
吉が謀に乗取られ 入水と成たる高松の味方を助けん其為に はる/\゛此土に陣を取共 敵
の要害強くして 味方を救はん術なく 三家の心もまち/\たるに 三沢久代が非道の企


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隆景が見察違はず白状の上 国本へほつ返し禁籠申付し上は 敵方へ裏切なさん妨げ
なければ 先ず此山の頂きに柵を結い敵陣を見づもり 明日中には攻かゝり 敵の勇気を試さんはサア/\
いかに/\ ハゝゝ仰迄も候はず 我々共は先手を乞請雌雄の合戦 一命は風前の塵義は金
鉄 千変万化とかけ破り さしも名を得し久吉が 頭を取んな瞬く内 御心安く思し
召と 実にいさましく見へにける 遥か向ふに人音は何者成かと見やる内 現世未来を
一寺に納め 大地の僧頭安徳寺 清水が妹玉露姫 伴ひ歩む一木の影 それと見る
より手をつかへ ハア隆景公には御堅勝のてい恐悦至極 拙僧今日清水長左衛門様へ御陣見

舞に参りし所 妹御玉露様を以て何か密談の御使 味方の諸士にも心重く籠
城 幸い成る安徳寺誘ひくれよとの御願 委しき仔細は存ぜね共 是迄同道仕
ると 申上れば玉露も 面はゆげなる顔を上 女のあられぬ事ながら 敵の陣所
使の役 隆景様の御賢慮を伺ひました其上と 兄上の差図故 安徳寺様諸共にお
見舞かた/\゛参りしと 差出す文箱小梅川 手に取り上て読下し ムゝ一旦和議を相調い
事を計らん計略有れと 先達て申遣はせし所 此使に恵瓊(安国寺えけい:毛利の外交僧~秀吉の側近)老 清水が妹玉露
差越んとは面白し 去ながら大地の住職 敵陣への使者とは憚り有れど他聞を


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恐れる密事の大役 足下ならでは叶ひがたし 先々陣屋へ入らせられ 暫時の休足
あるべしと 詞の折もこなた成る 茂みの枝に飛違ふ数多の鳩が あらそふ餌ばみ
隆景屹度打詠め ハアゝあれ見よ 只今鳥類の餌ばみの争ひ 思ひ合すは昨夜
の夢 我陣中へ飛くる村鳥 色めきたる草葉をくはい 塵塚をなしたると見へて
夢散ぜしに 目前人を恐れず餌による鳩の觜先にて 責めつゝきたるアレあの蔓
物 瓜(くわ)は春長の紋所 三つ五つは五体を表し 其身を包む衣服こそ敵の城郭
鳩は源家の臣鳥 我は清和の末孫たり 此蔓物の瓜によりし 尾田春長を一戦

に討取べき神の告か 但しは敵に変有告か ハテあやしやと明慮の大将 尾田を討たる光秀が
京都の大変神鳩のふしぎは後にぞしられたり 安徳寺すゝみ出 ハアゝ智人の仰至極せり
唐土周の世に当たつて 赤色の鴉武王の陣に泊る 人々怪しみ迷ふといへ共 太公望
是を吉なりと悦す 果して詞に違はず 周武の正に天下と成 君に真 其如く今陣
前に鳩の集りきたるといふは当家の吉瑞 悪僧もそぐはぬ戦場の 役目もやはり此
姿 赤色ならざる此衣の頭ごかしに取入て 強気の尾田方取ひしぐも 国家の御為天下の
為 玉露様にも御油断有な ホゝゝ御念に及ばぬお僧様 わたしも名にあふ清水が妹 見慣れ聞


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なれ軍学軍術 夫に迫り力を合せ 味方の怒り兄様の無念をはらすは敵の大将久
吉が 首討て立帰らん やはあか仕損し申べしと 詞涼しき玉露がおめる色なき武家育ち
さもいさましく見へにける かゝる所へ味方の郎等片山藤太 水にひたせる総身の 汗諸
共に押拭ひ 仰の如く水中をくゝつて敵の陣所に近付 事の様子を窺ふ所 猶も
流るゝ水筋を せき切る手当の石櫓 或は土俵蛇籠の用意 是をさゝゆる清
水が郎等 忍び入て水筋を 切んとあせれど敵陣の 備へは名にあふ加藤正清近寄る軍
兵事共せず 右と左になぎ立て追立切伏られ水の哀れと流行清水が勢の敗軍は

目も当られにむざんの有様 かくて空しく時日と送らば底のみづくと成行城兵 御賢
慮有て然るべしと 息継あへず訴ふれば 隆景は打點頭 かく迄敵に取切れ ぬけがけ
て高名せんとは 自殺を招く清水が城兵 只此上は恵瓊老宗治と申談ぜし
如く 玉露諸共久吉が陣所へ立越 両家和睦の計略こそ肝要ならんと隆景が
詞にはつと頭を下 修羅の巷へ出家の身の 入るべき筈はなけれ共 危急を救ふも
教の道 玉露様には御用意有と いさみ進めば神妙/\ 両将へも此趣具に某
言上せん イザ両人も本陣へ同道申さん来られよと 物に馴れたる小梅川 其名かんばし


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武士の 刃切れ尖き直焼ヶ刃 きたひにきたふ隆景がほまれは 世々に 顕はせり