大塔宮曦鎧 第三 (身替り音頭の段)

 

読んだ本 

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 イ14-00002-111


53(左頁5行目下) (身替り音頭の段)
天てらす 月日の
種の御身にも 世のうき雲におほはれて まだ八歳の若宮御母君 楚(そ)の囚れと
いたはしくも永井右馬頭 宣明に預られめぐりきびしき二重(え)垣 荻吹く風の


54(裏)


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音ならで あはれことゝふ者もなし けふの御きげんうかゞひと御前に出れば 宮は机に
何となき御手ならひのもしほ草 ヤア右馬頭あの鐘は入相か 扨秋の日の短か
さよと 御いたいけにらうたけに 打詫給ふ御めもと 是は/\何ごとの御述懐
此頃夜な/\町人の子共を庭へ入おどらせ申すも 私のはからひならず 随分宮
様を慰め大事にかけよと 六波羅よりの下知 是も母君殿の物好の燈
籠にて宥められし故 あらぎの大将心やはらぎてのいたはり 此上にお気むす
ぼれ御薬などゝ候ては 母御様へ御不孝 盆の間はお手習も御休みと

おしやる机に紅梅の短冊 御詠歌とおぼしくて つく/\゛と思ひくらして入
相の 鐘を聞にも君ぞ恋しき アツアか程迄御父帝をしたはせふ 平人
の子は父母をしたふにも 只めろ/\と泣斗 俗をはなれし天性の 御いたはし
さよと斗にて顔をかたふけ泣声に 御母局走り出 なふ/\かなはぬこと
にお心をいためず共 時節次第と思召せ 隠岐の国より還幸の訴訟
に花園頼み 六波羅へ遣せし 帰りのおそいはお願もかなふと 頼もしう思し
めせ 此踊りぼうし踊り帷(かたびら)花園の心付 我子の靍千代と一やうに染させて


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献上 是をめして靍千代と仕組踊の習礼あそばせ サアめさせかへんと
御手を取袙(あこめ)長絹(ちやうけん)引かへて うき世もやうの染ゆかた 捶頭(かざし)の花の染ぼうし
花かいらぎの御腰つきそだちけ高き雲の上 靍千代参れと父がよぶ同じ
出立同い年 姿斗は見かはせど詞及ぬ人相を たとへば空に澄む月と 水の
月とのことく也 サア/\おどろ右馬頭音頭/\との給へば エゝイ私におんどこれは
迷惑千万 踊もおんども見るが上手 口で申すは赤下手 女房
花園帰り?御待 私はおわび/\といふ程母君打笑ひ 是は宮様よい

お好み 花園は毎夜のこと 是非に所望とせめられ 顔をあかめて近頃御無
理なんとせう 然らば忘し所はさきへとびふしのいかぬはとぢぐじや 拍子
ちがひ間ちがひは御免/\と 扇をかざし松竹千代とさ おもしろの花の
さかりやぎをん清水 地主の桜が咲たか/\まつさかり いかふかのハテいき
もせい 天も花にえふたとさ/\ えふたか宮はあかづら 山王の桜の木に
猿が三万三千三百三十三疋さがつた さる子だいてぶらさがれとゝとかゝ
と打つれ 西国巡礼胸に木札のたゆる間もさんやれ/\ いとしけ


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りやこそしとゝうて にくかうたりよかおてんと手がそれて それて
恋路にまよふたえ 是は/\かくし芸音頭がよければ手拍子も揃ふ 六波
羅の物頭永井右馬頭と云歴々が 若宮のおどりなればこそ真実
の御馳走と御悦びの所に 花園きりこ携へしほ/\として立帰れば なふ
よい所へもどりやつた 珎らしい右馬頭の音頭 宮様靍千代揃の踊
賑ふ折から 六はら殿の返事もさぞ吉左右 めでたいことはやふ聞たし
/\と いさみなへば猶いはれず襟をひたせる涙の体 ヤア女房 必吉左

右申にも極らす 善共悪共泣て居て澄むことか 不調法なとしかられ
て顔を上 なふおいとし様や御運がなをらぬ 折しもわるふ慳貪邪
見の 斉藤太郎左衛門が御前に居合せ 此頃漸殿のお心を和らげし 燈籠ゆ
かたのもやう迄散々あし様の評を付け 右馬頭は何も見分けぬ盲の様に
云破り 以ての外御腹立此きりこがあなたの口上お使は則太郎左衛門追付
来る筈 エゝ/\/\腹の立 責て匕首(さすが)一本ならば有ならば斉藤めが横腹えぐつ
て 御前で見ごとにしなん物 つら押拭(のご)ひおめ/\と立帰り 何と申詞がない 口


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おしい宣明殿と歯切して無念泣 宮様親子あやしみ気遣給ふ御気色 右馬
頭利(さとき)おのこ エゝ此きりこ合点/\ 此頃洛中の風説 右馬頭がゆだんにて宮は
行がたなく落給ふと 誰云共なき取さた 六はら殿のみゝに達し きりこの四方の
隅々火を點(とも)してらずがごとく 日本のはての隅々迄 尋さがさんとのお使
斉藤承りしな そうで有ふがな なそふか/\と瞬(めまぜ)でとへば瞬でうけ アアゝアアゝ
いかにも/\其通 斉藤が来るに間も有まじ宮様にあはせずは成まいか いつか
な思ひもよらず 我を召て直に仰付られば 諫言の仕様も有べし 預りの我を

ふみ付け人もなげのふる廻 のめ/\と宮の御対面罷りならぬ きやつ諸人の着き合ひなく誰
彼を見しらず 靍千代を若宮にしなし対面させ 利口達する斉藤 一本かたげ
させて腹いせ本望 是靍千代 太郎左衛門にあふ時起居(たちい)物ごし 宮様をよふ
似せよ 両御所は築山の涼み所にひそかに/\ 靍千代も先お供せよ 何ごと有共
宣明が 悪しくは計ひ申まじと申上れば やうふの深切いつの世に忘るべき 万事
足下(そこ)に住すると 若宮の御手を引 靍もこちへと打つれおくに入給へば霧に埋
るゝ 遠寺の初夜こう/\と こそ聞へけれ 門前に轡の音斉藤太郎左衛門利


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行上使也と案内すなむ三宝 めいどの使い近づいた なふ今の瞬はきりこの心を
はんじ 靍千代を身替りに切るがてんか おんでもないことうろたゆるな ハアゝ悲し
や人は情と云ながら 宮様が相伝の主君でもなし 咎もない我子を殺さず
共 まちつと思案は有まいか 此せとぎはに思案所か 尤若宮にさせる由緒
はなけれ共 我は顔する斉藤めに 人違(たが)へさせ不覚をとらせねば 武士と武士
との義もなく勇みなし 弓馬の家に生れし身は一旦の誉より 畢竟のし
まりに後ろ指さゝれては 一代の手がらも水の泡 靍千代が首討ちきやつが門を

出るやいなや我は切腹 おことは両御所へお供して裏門より大和路 大塔の宮へ
渡し参らせ周章(あわて)た体見するな 涙こぼすな座敷の塵取 神妙に是へ
通せと俄に思ひがけもなき 乗かけた壁に右馬頭 さはかぬかくこそ勇士
なる 程なく斉藤広間に入上使なれば罷通ると上座に着 太刀取お使下
拙に仰付られしを 御内室遮てる望 きりこの御口上委細申に及ず 用
意よくばとく/\宮を出されよと莞尓(につこ)共せぬ啀頬(いがみづら) ハテ預り人の首討に何の
用意 去ながら上の御ゆるしにて 若宮毎夜の踊今夜も何心なく踊り帷子


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式法の袙(あこめ)に召させ替べきか 何さ/\ 首さへうてば骸(からだ)は裸ても構ひなし 更ぬ
さきはや/\とせがまれて心をくだく 父母の教へ忘れず靍千代立出 ヤイ右馬
頭 六波羅の使斉藤太郎左衛門とはわれが 丸独に誰々も大義/\とおと
なしやか はつと手をつき敬ひて 涙におもき夫婦が額 あげかぬるこそふびん
なれ 斉藤から/\と笑ひ ナフ右馬頭 鷺は真白鴉は真黒 どれがどふ共人め
には見わきあね共 おのれどちは能見分ける 況や人間若宮の顔終に見ね共
平人の子と天子の子威光でも違ふ筈 推量が此がき御邊が一子靍

千代な サ誠の若宮見たい/\ イヤ見たふても聞たふても預りの宮是ならで外
にない しかとないか ヲゝない よし/\有かないか屋さがしと 立あがればどこへ/\ 永
井右馬頭宣明が住宅 命に若ばへあらずふんごんでさがして見よ 両枝切て切
さげんと反りをうつてねめつくる ヲゝ此年迄云出す詞変ぜぬ斉藤太郎左衛門
反りうつた両腕なぎ落して通らんと同じく柄に手をかくる ムゝならばきり
落して通つて見よ サア切て見よ通つて見よと眉間とみけん摺合斗
詰寄/\すでにあやうく見へたる所に 御母局走り出 斉藤がひたゝれつかんで


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引のけひつすへ 是若宮おくへいて靍千代と踊の用意なされ ヤイ太郎左衛門
終にあはぬ三位の局よふ見てをけ エゝまぢ/\とした此顔はいの 皆聞てたも
是が娘早咲は 始禁中おすえの宮づかへ 土岐頼貞と忍び合に 度々晴の
奉公をかく不義の科 両人死罪に極りしを人は情と思ひ みづからが身
にかへ御前を申なし 命を助けし斗か世間広ふふうふと成し 其媒もみづから
情の恩を忘れず六はらを捨みかたに組し 恩に命を捨たはいの 其親舅
岩のはざまの草か木か うらめしい物しらずと 人のつらさ身のうさをかぞへ

たてくどきて声も おしまぬ御嘆き よそにはしらぬおどり子共そろふ手拍
子そろへ歌 そよ/\風にさそはれて門外 ちかく聞へけり 花園涙にくれ
ながらなふ斉藤殿 おさない宮様ことをわけて申さねば お命取とは御存なし
いつものごとくおどらせまし 御きげんよい所をだまし討にうつてたべ 責てのあはれみ
是一つは 御了簡と手を合すれば鬼にも涙 ヲゝ逃廻るをかき首にせんより
踊の中でずつはりとだまし討は我等も勝手と 詞たるめば右馬頭 いぜん
のごとく有論(うろん)な眼に 人違して切そこなはゞ直ぐに御邊が首がとぶ 性根


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を付よと鍔打たゝきし眼ざし ヲゝ斉藤が刀のきれあぢ 見てほえるなと股
だちからげつゝ立たり サア/\ 宮様靍千代おどり/\と 子をよぶ善知鳥や
すかたのやすきまもなき親心 庭に入来る踊子に立まじりても此ふ
たり砂(いさご)の中の金かや 母は今宵ぞ なごりのおんど是や此 七月の十六日は 
仏のじひ 奈落の底の罪人の呵責の炎やすませて充満其願(ごぐはん)如 
清涼池(によしやうりやうち)とうたひおどりてあそべ共 十七日の曙はもとのならくに苦しむ
盂蘭盆経にとかれたり 我子は在任ならね共 おどりは宵の夢の中

此曙は死手の山 さぞ父恋し母恋し 恋し/\となくはめいどの鳥かエ めいど
の旅に行く鳥と しやばに残れる親鳥の 涙にしぼる袖の露 消し昔の
物がたり おどり子衆も父上も 聞てあきらめ給へとて 語るもおなじなみだ
ぞや いにしへ多田の満中の 夢もぼろしの世を報じ 乙(をと)のわか君美女
御前 すみの衣にそめてそまらぬ御いかり 美女がくびうて仲光と 主
命のがるゝ方もなし むざん成かな仲光は きれと有もお主也 切奉るも
お主也 とかく我子の幸寿丸御身 がはりと思ひこむ親の こゝろ


63
子はしらず 手ふり袖ふりおどりふり 見るにきえ/\よはる心を取なをし
切てかへたる末世の手本 武士の鏡の露ちり程も 心残すな我も
残らぬ今が思ひのきり所 思ひのな切所さ サアきり所それきつ
ていの/\ きり所サと我子のまはりになく/\も きれサ /\とをしへ
ても わきめして宮を/\と心をつくる鵰(くまたか)眼 宮をうたばのがさじと
腕をかためし一世の鍔ぎは 何れか討れきられてもかなしみは母君
ひとり ともに死脈のうつゝか夢か 是はいんぐはの踊の輪 まはり/\て

宮のまはりはおんどがかこひ 我子のまはりにこゝできれサ 是をきれサ
をしへても又やりすごし なをもりんねのいく廻り ながき思ひをかけん
より 只一思ひにこゝできれサ 心へたりとひらりと見へしは刀の電光
おどりのまはりが手のまはり 二人ははづれて次の子の 此やつこの/\/\
やつこづゝみのおさなくび 水もたまらずずつはと落 太刀おしのごひ立
あがれば そりや切たは切た/\と踊はやぶれ皆ちり/\゛ 花園若宮靍
千代引のけ 見れば命につゝがなし 三人ハアゝ/\はつとばかりくらみきつ


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たる心のやみに 火を揚げたるがごとくにて始めて いきをつぎにける 右馬
かみ心をおさめ是斉藤 宮を助け奉りし志は神妙ながら かずならぬ
町人の子をきらんより なぜ靍千代が首うつて 宣明が志をたてさせ
ぬは 但し所存ばし有てのことかととがむれば 数ならぬ町人の子とはうら
めしい 此首は土岐右近の蔵人頼員と云弓とりの忘れがたみ 娘早咲
が胎内にやどりし我孫の力若丸 数ならぬ町人の子と踊ぶりにも見
るならばさぞ若宮とは雪と墨 何のせんなき身がはりと首なげ出し

親子ともにむざ/\とむだ死させしかはいやと 一生我づよき斉藤が始めて涙
のしほれ顔 くろがねの丸かせのたゝらに湯となるごとく也 人々手をうち扨は
孫かとぼうしほどけば 鬢(びんづら)結ふたる太子髪 額けたかき引白粉(おしろい)眠れ
る花の死顔 討ちもうつたりうたれもうたれたり 子によつておや/\の
名をあぐる栴檀のふたばとは此こと 宮の御為靍千代がためにも身がは
りと あなたこなたへいたゞかせ/\ さ程天皇に忠臣とは存ぜず 情しらず
の斉藤物しらず人でなしの太郎左衛門と 過言は御免下されおわび申と手を


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つけば ヤア天皇へ忠臣とはまぎらはしい云ぶん もとより六波羅がたの某
しやりが甲に成とても二心有太郎左衛門でなし 皆是聟の頼員が忠
節 なまじい官軍に組せし其かひなく 雑兵の首一つもとらずむだ
死したる不便さ 此子をもり立天皇の御用に立 爺めが修羅のうつ
ふんを さんじてくれんと思ふ折から 若宮のくびきりこのお使 すは婿が名
のあげ所 人手には渡さじと思ひ いかめしき先陣を望むごとく
おとなげなくも内室花園と つらをあかめあらそひし故にこそ

一天四かいの主と成宮を助けし婿が高名でかいたな 今生にて
は漢の紀信が忠義にこへ 未来えんまの廰(ちやう)にては 金(こがね)の札の一筆
とや ヤイ人死しての魂魄も 知死後迄はからだをさらずよっく聞け
力若 さふらひたる身の果報のしにとはふとんのうへの病死にあらず
戦場に向つてよき敵に出合 につこと笑ひじんじやうにうち死は
文武にとめるくはほうの武士 おのれをうちしはな 六波羅のさふらひ
大将斉藤太郎左衛門利行 敵に取て不足なく おどりの場(には)はいくさの


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場音頭は鯨波のこえ はれわざのうち死果報もの武士のあや
かりもの 現在望み達すれば身等は九品蓮臺 今のおんどを
引導にてたましいめいどの鳥となり 父よ母よとよぶついで
祖父(ぢい)をもよんでくれよとて こらえにこらえし斉藤が泣かゝつては
とめどなく 天に仰ぎ地にまろび 涙 千すぢの縄すだれみだれ さけ
びて嘆きしが ヤわすれたり是よりは検使の役 おいとま申すとくびを
さゝげて立あがれば 御母局なく/\も 位有生捕は引わたすさへ

輿くるま 後醍醐の天皇第九のみやの御くび あからさまには
恐れ有 此御袙(あこめ)を八葉のくるまとわたし給へば御くびを つゝむ
にあまる忝さなみだに老のあしよはぐるま しばらくなふと右馬頭
さしぞへぬいて我子のたぶさ 秋のすゝきときりはらひ取なをして
我もとゞり ふつときつたる輪廻のきづな 死すべきせがれはたす
かりし 力若がための子道心 我は武士をすて坊主 さふらひならねば
忠もいらず義もいらず ふた心と人もわらふまじ両御所の御供し


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御出世までのしよこくしゆぎやうめくる月日はかへれども かへ
らぬ死手の御ゆきのくるま 魂(こん)は天子の五緒ぐるま 魄は
めのとがかたくるま ちゝにはわかれ母にはわかれ ひとりの
祖父もすてゝゆく なきしやうりやうも来るぼんになにとて
しやばをあきのがぜ うらみよろこびかなしみねたみ 情よ
あたよてきみかた 人間有為の喜怒哀楽はむじやうの
にはの一おどりをしへて帰る子は仏とさとりて わかれわかれけり