仮想空間

趣味の変体仮名

大塔宮曦鎧 第四 

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
      イ14-00002-111


67(左頁)
  第四 大塔の宮くまのすゞかけ
もろ共に あはれと思へ 山ざくら 花に心をそみかくだの 姿にかへて
大たうの 宮もわらぢのたび衣 今ぞはじめてみくまのゝ さきにおち
つくあてもなく しのびおちさせ 給ひける あまてる神の御すえにて
りうろうほうけつの内にひとゝなり くはけんきやうしやの外とては
いつしか君がまれにだにふみもなれさせ給はねど らでんのおいをかた
にかけ さきに あゆみのよはげなく心も かたきこんがうづえ つきそふ赤


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松しつしそくゆう ひらかの三郎国つな 村上彦四郎よしてるならで外
に御身に そふものは 人にうそふくほらのかひ ときんしやくぢやうすゞかけの いかに
ふり行世成らん長てい
ぎよくほのたびの道心をくだかせ給ひける 御有様ぞ
いたはしき ゆらのみなとを見渡せば おのが様々入るふねや又出る ふねのかぢを
たへ うらのはまいふいとへ共しらぬ なみぢにこぎわかれ跡なき 風になくか
もめ おきのうきすのうきながらそこの 心のふかみどり 松にかゝらでふぢ
しろの とうげはそらにはひまとひ くもゝちりいぬあまの原とや天 上の

ちりひぢをこゝにすてゝのたかねかやいや 吹上のうら風に つもり/\て 君がよの
今も道有わかのうら ちよのよはひはしらねども くもいをこひて なくことはあし
べのたづも我が身も ひとつながれの水 上はいくた小がはの おち合て 渡る
もかたきいはたがは きのふは詩つくり歌によみ じきにかくとは思ひきやけふ
みるしづがいとなみの からくも汐の 身にぞしむ きりめのわうじにつき給ひ おの
/\ほつせを奉り たんせい無二の御いのりじゆきやうの 声に打まぎれ むねに
木づだのふだらくや きし打つなみはみくまのゝなちのお山を じゆんれいのうたうたひつれ


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下りしが 御前に畏り いまだしろし召れずや 当山の別当六はらのぶめいをふく
み 君を待うけ奉れば大義のけいりやく成がたし とつがはのかたへ渡らせ給ひ 時の
いたるを待給へ御道しるべは我々ぞ いさこなたへといふしでのかみがくれ してうせ
にける 宮様悦びなゝめならず 是ごんげんのつぐる所我ふうん神慮にかなへり い
さめやいさめかた/\゛と 又とつがはと尋入其道いはほ そば立て こぞのさふさのふり
つもる みねにはのこんの雪とけて 千じんのたに水あいをながし見おろせば
めくるめき 又ばんじんのかうれいは ほしも手にとる斗にて 見あぐるに気も

きえつべし山路に五こくなふして このみにあさ夕のうえをしのぎ 東西わか
ずよるひるはこのはまばらのこずえより もれくるかげを刀にて御こくを
おし御手をひき きれしわらぢのかへもなく御あしもけそんじ ながるゝ御
ちのきもにしみ 御くたびれをいたはれば いやとよ山ぶしは山にふす
くさにはふさじと御たはれわらひに道もはかどりて しゝがせゆ
あさ かぶらざかおはらいもがせうちすぎて くまのかうやのなかつ
がは こそんのつじにたゝずみてつかれを はらさせ 「たまひける


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霞につれて 桜ちる春の山路を行ての難所 ひしがき高がき兵具ひつし
と立ならべ 風も通さぬ関所のかこひ 平賀の三郎国綱宮の御前に畏り
樵夫(きこり)が申せし詞に違はず 是こそ芋瀬の庄司忠宗が 君をとゞむる
新せきうちやぶつて通らんは大事の前の小事 頼んで御通り有べうも
やと関所の前につゝ立 後醍醐の天皇第三の宮征夷大将軍
親王 逆臣におそはれ此道を御通り成ぞ 庄司を頼み思召るゝきど
をひらきさかもぎをはらひ ろしのけいご仕れと高らかによばゝつたる 関所

俄にさはき立待もうけたる大塔宮 生捕て高名せよとけいごのぐん兵鑓
長刀 矢先を揃へてひしめきける 大将芋が瀬木戸ひらかせおどり出 六はらの御諚
もだしがたく新関をすへ待もうけて候へ共 王土に住ながら宮にてきたいも成まじ 又
さうなく通さんも六はらの聞へ 御供の中一両人なはをかけて引るゝか 但は錦の
御はたを渡さるゝか 二つに一つ成まじくは力なし 一矢参らせんとかた手矢はげ
てのゝしつたり こらへぜいなき律師則祐眼をくはつといからし ヤアいもくらひの
へつひりおやぢめ くまの山家のとろくに住で京家の武士の心はしるまい コリヤ


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此首はころりと落てもなは懸けらるゝたはけはない まして錦の御はたを儕等づれ
に渡そふか 望はくあごたぼねけたいてくれんとかけ出る 平賀すがつて
待々則祐 危さを見て命を捨るは臣下のならひ とてもかくても宮を通し
参らすこそ大望成就の基ひとは思はぬか 芋瀬の庄司は望に任せ某彼
が手に渡らん なはかけよ則祐と後ろ手に成てかけふさがる いや/\存もよらぬ
こと 我に任せとかけ出/\とめてもとまらずうごかせず とゞまれはなせとせ
りあふたり 宮両人をせいし給ひ 則祐が勇は北宮?(ほつきうゆう・王に幼に心)が勢ひを凌ぎ ひら

かゞ忠は孟施舎(もうししや)が義を守る ヲ頼もし去ながら 義兵を思ひ立しより命
を戦場の的に立て 心をけんその南山にくだき今迄付そふかた/\゛は 丸が手足
も同じことはたを渡して庄司をなだめん 早まつてことをしそんじするなとの給へば
赤松平賀詞をそろへこはいひかひなき御諚や候 朝敵追罰の御門出
はたを渡すは不吉の相 是非御無用ととゞむれば いやとよ戦場に物具を
捨はたを敵にとらるゝこと 恥に似て恥ならずたとへ恥辱に成とても 汝らが
命にかゆべきか 生きる共死ぬる共必ず一所と斗にて 御めに余るはら/\涙 こは勿


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体なき御詞と二人はひれふし冥加涙 芋瀬の庄司返答いかゞ遅し/\と責め
懸けたり 宮御おひをおしひらき 金銀にて日光月光を打たる錦の御はた取
出しはたざほにかけさせ給ひ 汝必天恩をいたゝき栄華を期(ご)せよとたびければ 庄司
御はたおしいたゞき此上は子細なく それ/\と木戸ひらかせしきだい してこそ通し
けれ 庄司ぐん兵を近く招き サア手もおろさず上々の仕合 六はらの御ぜんは
宮に出合 手いたきたゝかひ御はたを切取たりと 偽りは出ほうだい なんと御ほう
びは金で有ふか 但米か もし国郡を給はれば福徳の三年め一刻もはやく

上京せん 馬よくらよと用意の最中 村上彦四郎義光宮にをくれてかけ付しが
御はたを見てびつくり 是々かた/\゛其はたは か様/\と庄司がこたへ聞や聞ずに
飛かゝり 大地にどうどふみ付け 忝くも天子の御子朝敵追罰の御門出に集り合
大凡下のやつ原が御籏を手に懸し 天罰思ひしれとどうぼねぎやつとふみ
にじれば 旦那をすくへとぐん兵共 一つに成て切懸る なふしほらしや儕等も
主のせんど見届るが サアこい/\と当るを幸い 取ては引よせ人つぶてはらり/\
と なげ打は わらべが礫のいんじ打 庄司を初め逃ちつてあたりに近付くかげも


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なし 逃るに十方(とほう)失ひ/\御籏大じとひつかたげ 逃かゞむ芋瀬が下人 ヤアい
づく迄御はたかへせと追かけ ぼつかけ御はたもぎ取 大の男を取てなげ足下にふ
まへねめ付る つゞいてかゝる雑兵の鎧のわたがみつかんでぐつと上げたる其有様は
末世に神社の絵馬にも 名高き山みね岩をこへ宮の 御跡 気ちがひよ
/\ 気ちがひよほうさいよ きちがひよ気違ひよと 名のる人こそきちがひな
れ すがた 老木の 色もなき よしのはつせの 師走のそら 高雄の山の春のくれ
ちりて みだれん 花もなく 風もいとはぬ 秋のはの 何故狂ひ そめけるぞ かざしの

藤の花かづら 是やみだれて狂ふらん 嫁の蓬生(よもきふ)娘の呉脹(?くれは)おとろき跡をしたひ出
情なや又こゝにうつゝなき御有様 熊野十八郷の其中にも 芋瀬十津川
蕪坂 三郡の主にて 仁義者と人もおぢるお身 何故かゝる乱心 悲しさよと泣
くどけば なふわごぜらは何を嘆くぞ 何戸野の兵衛が気の違ひしが悲しいとや
ヲゝよふなく/\ なけ/\きなけ 梅の鶯時鳥 親に似ぬ子は鬼梅蛇梅 角のはへ
た小梅取てかもふ かもふてくれなと おしのけつきのけ ヤ ヤ そなたはどこへ つゝじの
山へ花折うりにか 花折売に /\ 花うり/\花折うりに はしり/\/\つき


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いそげ 我も行んとかけ出る 人々あはてすがりとめ 気を取なをしてたべなふと
こがれ嘆けど 其かひも 七十年(なゝそじ)近き老の波立居もあらく面色変じ ハゝゝゝ
おかしの人のいひごとや 汝しらずや我は是 くまの三所の大ごんげん年を重ねてふた
ばより みつのお山に咲そゆる 我神木の藤の花美麗を好む心より こゝ
に植たる驕慢の非礼をくゝる花かづら か様に乱れ狂はするも 我なず業(わざ)
とは白藤の思ひしらずや思ひしれ おごりはかへつて身を責る 我念願の枝
葉たかえてくまのゝ山の 上に望の藤は見へたりうれしやと 行き のぼればかづらは

身をからみ 花ぶさはほねを通す こは何とせん恐ろしや 藤のわかめの 尺になる迄
今此報ひはのがれがたなや よしなかりける我おごりやとふるひ わなゝきしら
がも乱れさかゞみの 大地にさか立こくうをつかめば とゞむるかひなき女の力
はらふは神力神罰の 狂ひみだれてかつはとまろび 神のおこたり給ふと見
へて正体 もなき其有様 せんかた涙にくれながら いだきおこして嫁娘寝所
に 「引立入にける 其折節にはしたの女 なふ蓬生様脹様 お山伏達早
是へと 案内に従ひ大塔宮 村上赤松平賀の三郎引つれ病家に入せ給ひ 我々は


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熊野山に千日籠り 一万座の護摩を修し三十三所巡礼の山伏 頃日麓の
辻堂につかれをはらす所 病人有加持せよとのお頼み 生霊か死霊か仏神の
祟りか 或は非業の病気成共 きねんして参らせんと有ければ アゝ有がたい病人
と申は自らが舅 去年のくれより俄にきれい好きが病のおこり 見へ渡たる座
敷/\も立直させ 御らん遊ばせ此藤の棚 もとは権現のお山に有しをうつしうえ
花のさかりを待も程なく蕾のめぐむ頃より心乱れ 藤をもとの山にかへせとそゞろ
ごと 権現の御祟り薬療治も印なく 自が夫は上京のるずといひ 何をかふ

との力もなく各様の御こと 耳に入しは天の告とおして迎ひを参らせし 御祈念頼み
奉る病人是にとおしひらく 障子の内に狂ひふす 老の姿の便りなし w安いこと身
に相応 祈り直して参らせん平賀坊 用意あれとの給へば 宮の御笈枕にたて
独鈷三鈷鈴(れい)錫杖 五十串(いぐし)に神やなびくらん いで/\かぢに参らんと 本より
台嶺(たいれい)の法水をたゝへ 智行けんびの大塔宮 数珠おしもんでちはやふる 神は
本有(ほんう)の都を出分断同居(どうご)の芥(ちり)にまじはり 断悪修善はさいどの初め 愛
民応護は利物の終り なかんづくくまの三所のごんげんは 日本第一大験の霊神 伊


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弉並(いざなみ)の神窟 新宮本宮は事解男速玉男(ことさかおはやたまお) 室の郡に宮居して
直ぐ成る道を守りのいとく 四かい波しづかに 八天塵納つて大悲 おうごの春霞は
利生を三の山 にたなびき 万歳がみねの 松風も 花のさかりはなぎのはの一葉 
守りの神心 あをき願はくは従類悲嘆の誠心を哀れみ 抜苦与楽の眉を
たれ 速やかに立さり給へ病即消滅不老不死と せめかけ/\ 祈りいのられ戸野の
兵衛むつくとおき ふるひわなゝき立っついつ神風の 一もみもんで面には白汗(はつかん)
をながし 袂に露のしげ玉の時ならぬ霰玉ちる 足ぶみはどう/\/\ 狂ひ

出れば若僧達 皆同音に声を上 摩迦般若波羅密多 十六善神哀愍(あいみん)
覆護(ふご) 滅悪生善経々部 明王部天童部 七曜九曜十二宮 廿八宿卅番
神 修行者猶如簿伽梵と 祈りふせられ五たいをちゞめ 神は立さり給ふと見へて 伏
たる夢野覚むるがごとく忽 本気人ごゝち なふ有がたやと嫁娘 拝つ父に取付つ悦び
あふこそ道理なれ 戸野の兵衛くべをさげ 山伏達の高験にて 治すまじき我狂
気本復 何を以て恩を報ぜん 五三が月も御逗留 誰か有る御笈直せ嫁御娘よ御馳
走申せ 過分至極と無二の悦び 宮様力をえさせ給ひ あつと云んとし給ひしが 付そふ


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人の心をかね 行先の道はるか也只御暇ち立給へば 呉脹さし出おしとゞめ 父も御とめ
申さるゝこそ幸なれ 所は山家のことさびて御慰はなけれ共 旅のつかれのはるゝ迄
御不詳ながらと斗にて じつと見るめは恋しりの生れ付たるおもて道具 田舎
ざいくの手ぎはには 京恥しきふぜい也 兵衛座を立でかいた娘よふとめた 若僧
達 サアこなたへと手をとれば 村上義光いや/\/\ 先達は貴殿に預けいつ迄も御
逗留 我々は初参の修行 一日も安閑とくらすこと罷ならず 霊仏霊社心
のまゝ参詣致すがけつく御馳走 平賀坊はかはちの国金剛山(こんがうせん)に立こへ 多門

院楠坊に対談あれ 我は吉野に参詣し庵室に成べき地形を見立 同行の山伏
かりあつめん 赤松坊はなんと/\ されば愚僧ははりまの国 苔なはの山一見 先達よりゆるし
のけさ状円心坊に相渡し 都にて出あふ手筈を取て立帰らん 尤々いざ打立と六はら
追罰諸軍の合図 山伏詞に示し合せはや御暇と立出れば ふしぎの縁に大塔の 宮
も兵衛にいざなはれ 打つれ おくに入給ふ すでにかたふく日足早く 若だんなお帰りとさは
ぐ声々 妻の蓬生走り出ほうお帰りか大弥太殿 先御達者でと半分云せず
父兵衛殿狂気なされしと道すがらの噂 夜を日についで帰りしが女房誠か され


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ばひのいくせのあんじごと 去ながら都方の山伏とて 頃日此地へ参りしを頼み 其祈祷
にてすつきりと御本復 気遣有なと云ければ ヤヤ都山伏 して其山伏同行何人
なりかつかうはどふじや聞たい されば先達八十六七か 八でも有ふか 色白に位(い)の
有風俗 跡は三人何れも賤しからざる器量 三人は方々の神参り 先達一人あの座
敷に御逗留 なんじや三人はこゝにいぬか こりやむまい サアおやぢ殿にあはふ
急にお咄し申たいと こゝへちよとお供せい早ふ/\ ほんにとふからしらする筈 待て
ござんせお供してこふぞやと いそ/\走り行 跡に 大弥太独りえみをふくみ 取て投げて

なは懸ふか いや/\からめだてあぶない 細首ころりと してやつたりと悦ぶ後ろに父の
声 やれ/\大弥太帰りかと嫁にすがりて立出る 聞しよりお顔もやつれず 早
速御本腹 此上の珎重なし 扨密々にお咄し申こと有と すりよりしが是女房 用
あらば呼ばふ勝手へお立やれ ハテ女房になんの御遠慮 あればこそたてといへ たつて
うせぬか女めと 俄にむき出す眼玉 あいと廊下へかけ出しが隠すは子細ぞ有
らんと 障子にひつ添ひ立聞共 しらず大弥太声をひそめ 此度の上京六はら殿に御
目見へ 首尾残る方なく其上の御諚 大塔宮くまのぢへ落うせありかしれず 召


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とつて出さば御恩賞に泉州一国を給はり大名になされんとの御こと 家繁
昌の基と存畏つて罷かへる 四人づれの山伏が父の御病気祈り直せしとや 其山 
伏お尋の大塔宮 招かずして手に入るは天の授くか我々が果報 こよひの内に討
取 明日首を都へのぼざば六はらの御かん 拙者は大名 悦んでたべおやぢ様といへ共
何の返答なし 申々大名の親に成こと お気に入ぬかおやぢ様ととへ共うん共すん共
云ず いやさとかくの返答なされ おやぢ様おやぢ殿と せり懸る程猶うつとり きよ
ろ/\目成顔ふり上 ハゝゝハゝゝ おれが死だら 新田たばこでやいてたも きせるそとはに

立てたもとはなんのこつちや /\え 大弥太興さめこりやどふじや 又気違がおこつたかと
抱きすくむればふりはなし わりや誰じや/\ ムウ竹生島弁才天か べんづる/\弁
才天 南無地蔵かの ワハゝゝゝ 宮様殺そ /\と欠出れば 取てひつふせ首捻ゆがめ それを
はぶしへ出すことか だまらぬかおやぢ おどほね立ると一刀こりや/\/\とひらめかす
女房驚き障子押明け飛で出 エゝ勿体ない 時の拍子けがにもやひばがさはつたら
なんとせふと思ふてぞ あぶない/\ともぎ取にはなさばこそ 儕女め立聞したな 立聞
た心ぬかせ 大塔の宮にしらする気か 但は共に殺す心か 返答次第一討と ふり上る


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刀も恐れず 其廻り気は誰付た 立聞するも舅夫の大切さ そもや他人のひいきし
て 三年なじみの男の大じ 打明そふな女じやと 思ふてかいの情なや 疑ひはらしてくだ
されとsyがり 付てそ泣詫ぶる ムウ聞き分けた頼もし/\ 気違おやぢにかまけ 大じをけ
どられ討もらしては一生の残念 芋瀬の庄司も某に一味 立こへとつくと談合極め
こよひの内に討てとらん 其おやぢざしきへ追込 あだ口きかすないごかすなつれて
行/\ なふ/\せわや大名にも大体ではなられぬ 是を思へば山のいもが 鰻にはよふ
成ぞと つぶやき/\出て行 其日も頓る くれは姫 れんぼのくらき宵やみは更けぬも更けし

心にて 胸もときつく鐘の声今こん/\と行く先の 人は待ねど我独り こがるゝ手燭たつさへて
密かにねやをうかれ出 責て一夜は大塔の 宮とはしらず 御寝所に 忍ぶもあひの長らうか
恥し見たしあひたしの 心斗が あゆみ行 跡に隠れて蓬生が人にしられじ見られじと 包むも
ひゞく板敷の音 あはや人こそ 呉脹は手燭ふつと吹けすうば玉の やみはあやなしさぐり
足 跡には先に人有共思はず兄嫁小じうとめ はたと行き逢ひア悲しと飛のき ふるひいたりし
が 蓬生こは/\すかし見て どなたじや 誰じや物いはぬか なふ其声は蓬生様か そふ云
声はくれは様か アイ エ あの子はいの あつたら肝をひやした だいたんな独りこりやどこへと


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問かけられて行つまりいやついそこへ いやついそことはどこのこと 若い娘の有まじない いや
/\ 気遣ふて下さんすな ちとの間そこへつい物しに サア物しにの其わけ聞ふ どふじや/\
と根をおされ 人をとがむる蓬生様はどこへのお出 若い嫁の有まじない そちから先へ
いはしやんせと しつへいがへしあふむがへし ハテかくすことはない 先達のお山伏とねに行わいの
エゝ 兄様と云男持ながら ア蓬生様うそ斗 せいもんくされうそでないk さたなしに頼むぞや
いや/\そんなら置しやんせ 何を隠そふ先達には自らが首だけ ヤアそなたもほれてか
それなら物を順道にしませふ 兄嫁がひにこんやは蓬生 あすの夜はくれは様 こよひ一夜

はしんぼうして いんでねて下されと云捨てかけ出る 是々まあ先待しやんせ せんに
きたは自ら こな様はことかゝぬお身 私を先やつてとかけ出す どつこいやらぬ 是こざか
しいくれは様男狂ひまだ早い 蓬生が恋のじやましやるか 帰りやもどりや
と引もどし 跡へ押やりかけ行ば引もどし 互のさし合くらまぎれ あなたがすゝめばこなた
がとゞめこなたが行ばあなたがとゞめ せり合廻つて御寝所の 障子にぐはつたり行あた
ればはづれる障子のあをち風 ともしび消てやみこそよけれふしどはいづく 是こゝに
とよぎに二人がいだき付 裾からすつほり父の兵衛 ぬけ出る蝉のから衣 蓬生がえり


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かいつかみ取て引すへ 宮様/\ 恐れながらともしび是へとよばゝるこえ 手燭かゝげて出給へば
二人の女はつと斗赤面 詞はなかりけり 兵衛いかりの眉をしはめ エゝにつくい女め こよひ宮
をがいせんと云 夫に一味の身を以なんじや 宮様につゝほれた れんぼにことよせ忍び入 宮様を
殺そふや 大弥太めが云付か但儕が貞節達(だて)か ぬかせめらうサア返答 兵衛がやひ
ばくらふかとちいさ刀も忠にはふとき 肝さきにさし付/\はぐきをかみ いかりの涙に
くれければ 呉脹見かねて引分けおしのけ なんのさうでは有まいに こらへてしんぜて下
さんせと 涙にかこひ身をへだつ 蓬生涙の顔ふり上 いや/\わびするすべがない 呉

脹殿頼まぬ 是おやぢ様 夫に一味と 我を疑ふ舅殿が猶うたがはしい 一つ/\云立ふか ヲ聞迄
ないこりや尤 一人のせがれを捨宮に身命を投うつ兵衛 女の身では疑ふ筈 其疑ひ
此方からほどいて聞せふ 去年都の騒動聞とひとしく 芋が瀬十津川蕪坂 三郷の
勢を引ぐし都に上り 天皇の御みかたせんとせがれ大弥太に示し合せば 却?六はらに加勢
せんと 既に親子の心はだ/\ 一先ずなだめ大弥太は都へ上せ 河内の国金剛山の城主 楠多
門兵衛正成によりきし 討て出んとせし所に天皇軍に打負け給ひ 大塔宮作り山伏と成 くまのゝ
かたへ落させ給ふと 楠が方より飛札を以告げ来る 熊野の別当は無二の武家方 御


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足たまらず此地へ来り給はんと推量し かくまひ御世に立んけいりやく きれいずきを病と
欺き 立直すやかたの結構 宮を入奉らん支度今ならでよも聞じ 猶々作り気違ひ
と成 山伏ならば呼入て祈らせ 宮を見出さんとくだく心の今日 嬉しくもめぐり大
塔宮 万乗(ばんぜう)の宮の御祈り たとへ誠の気違成共そもやなをらで有べきか 兵衛が気違
心の煩ひ 立所に平癒し 日頃の望足りぬるぞや 折節立かへる無道の世伜 切て捨んと
思ひしがと思へば一人の男子 ま一とこぢ直して見ん物と ゆうめんは親の因果 宮の御首給はらんと
忍びくるをひつとらへ 生死の異見せんと思ひこゝに忍んでせがれを待 サア此外に疑ひ

有か 兵衛を疑ふ念ははれて 儕が身の上ひつしとつまつて云わけ有まい 寝物語の折々に
異見せば 女になびくは男の心直る品も有べきに 夫百倍邪見の女 似よつた者が
めうとに成と たとへに引れん浅ましやと 恨みかこちて泣涙 蓬生が胸にせきかけ/\共
に むせび入けるが 勿体なや親の慈悲心にて こゝに忍びましますを 夫と一所の相図 宮
をがいせん謀と 疑ひし冥加なや 親御の手に余る我妻 鼬に成りてんに成 異見する
程ひがみ根性 宮をがいせんとの物語 よしにといはゞ即座にきられ 死る命はおしまね
共 ながらふて宮を落し奉らば 取逃したる其ぶんにて御世に成共後々迄 宮の御祟りも


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有まいと 間に合のそら一味忍び入るらうかにて くれは様に出合 宮様にれんぼと偽りしはさし合
云てかへさん為 ことなんぎに及びなば我命を夫にあたへ 宮を落さん下心 妻と一所でない
せうこ 見て疑ひをはれてよべと 衿おしくつろげもろはだぬげば首に懸たる不動袈裟
ヤア宮の姿に似せ 死る心の用意か さはしらず雑言申た 嫁御赦しておくりやれ
扨は我故苦を見する 過分と宮も御かんの涙 兵衛は御運のつたなさと 住せざる世を
くやみ泣恋と忠義に嫁娘 浮かむ涙は一時にわつと泣入斗にて四つの 袂をしぼりけ
り はれ行互の心共に 夜半の空の雲もちり 月もほの/\゛出にけり 兵衛心付 とかく

云間に夜ふけたり 世伜が来ぬ内蓬生呉脹 宮の御供はや立のけと云ければ わる
ぢえの走つた兄様 所々に遠見を置き一町も逃られまい それも分別して置た 此藤
はる/\゛と熊野山より取よせ 慰み一へんに植ゆべきか まさかの時の逃道 棚をつたへば
屋かたをはなれ小原海道 はや落給へと申上れば 宮御笈をおしひらき錦の
御はた 一声ふけば山三重をつきぬくほらのかひ 御こしにさげ給へば 尤々こなたへと御
落 支度取急ぐ 宮の御首給はらんと芋瀬の庄司は座敷つたひ 戸野の大弥太
つまり/\゛に下部を残し 広庭より宮の御寝所一度に切込む手筈の時刻 内を


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見こめば臥具(ぐはぐ)取重ね寝入ばな 二人うなづきさゝやき合 かけ入て夜着引むく
れば 思ひもよらぬ父の兵衛 正体もなき高いびき 寝顔見てびつくりせしがゆ
すりおこし 是々おやぢ性根つきやれ 宮はどこにふせつている 寝所をしやとゆす
れ共たはひなし 狸寝入おきや/\ おきよ/\と引立れば欠びたら/\゛きよろ/\
目 おれがしんだら きせるそとはに立ててたもとは なんのこちちや/\/\/\え 折も折どう
気違すつこんでいよ じやまに成とつきはなし そこかこゝかとさがす内 三人藤の
棚つたひ心せく程身は重く めつきり/\めきつく音に屹度見付 そりや/\

棚をつたふて逃る 庄司殿鑓よ熊手よ まつかせ/\心へても手元になく うろたへ廻れば大弥太
せき上われ/\逃るは 待々儕等引おろさんとかけ出れば 父の兵衛先へ廻つてかけふさがり あ
はのなるとに 身はずんぶり沈む共 君のおむしやることをばなんでも/\ わしや背きや
しまいすまい /\なんのこつちや /\え とゞむるとなくじやますれば ヤア気違故足手ま
とひ しさつていやれと引のけつきのけ儕やらじと身をもめばちよつきと飛んて 抑(そも/\)
我等は都の白河吉田の何某伜に梅若丸とて今此あづまのな 土と成 /\ うさぎむじ
なになんでも/\犬わん猫にやん ねづちう きつこん牛もう 猿きや/\/\/\/\/\/\


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きやつ共云せず取て投付け ほたへ過たるおやぢめと二つ三つふみ付/\ 儕等逃るろ逃そふ
かと 又かけ出れば起直り ひよつくり飛出て 抑我等は 桓武天皇九代の後胤平
のとも盛 ゆうれい是迄顕はれ出たるなんどゝいふちや そこらをぬめくり回る かはら撫でて
子いよの石竹 其根は/\引ぬきにくのき 宮のお首は取にくのき 儕が其首我等取もち
是見よと切かくれば 大弥太つゝと身をかはし 取て捻ふせひしぎ付 天命しらぬ似
せ気違 親の身で子の立身をさまたぐる人間の法か こりや/\妹女房 一寸でも
逃ればおやぢをたつた一刀 宮を渡すかなんと/\と声かけられ 逃もやらずおりも

やらず 我をかばふなやれ落よ 宮を渡さば勘当ぞと 忠と娘に身をすてゝ おしまぬ
道は親の道 落ぬも子の道孝の道 宮を葉かげにかくし参らせ 蓬生つゝ立声
を上 ヤア/\大弥太 遁るゝたけはと思へ共 我命いきんとて情有兵衛は殺されず 助けよ
大弥太 天照大神の御子孫後醍醐の皇子 二品兵部卿護良親王が腹切
やうを見て 汝らが天命につき腹切時の手本にせよと 肌(はだへ)に刀ぐつとつき引廻し
まつ逆様にどうと落 君を舅に一命を わけてさいごぞあはれ成 ヲゝよい分別と親を
捨御首とらんと走りより 南無三宝こりや女房 エ口おしやたらされたと 怒るる後ろに


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父兵衛はひよつて ゆん手のみゝのね ずつはと切も老の力 こと共せずぬき合せ父がかた
さき六寸斗きりさげたり 妹上に身をあせり親の助太刀討たいな 南無神様仏様と
念願高き藤の棚より ひらりと飛でおり立つたり ムゝ親と一所に死たいか 仕廻ふ
てくれん親子兄弟此世の縁 切つきられつ渡りあふ 芋瀬の庄司かけ来り 肝心
肝もんは大塔宮 請取たと棚の下からぐつ/\と つゝ込む刀をよけつひらいつ上からも
つく宮の利剣 芋瀬の庄司がかうべの鉢 三寸つきさかれうんとのつけにふん
ぞつたる 宮はほらがひ追取て かねて相図の印の高音(ね) 吹立切立追つまくつゝ ちしほは

飛て白藤赤藤 互の心うら紫の 洟をちらして 「いどみしが 父は老人女の力切
立られて半死半生 疵おひながら庄司大弥太 ひるまず宮を討とらんとさし
ぞへを矢と投懸る 宮は飛鳥の御身かろくひらりと飛おりぬきかざし 二人を相
手に御手をくだき 右をはらへば左がかゝち 庄司をふせげば大弥太すゝみ すきをあらせ
ず切かくれば 金石ならぬ宮の御身 つかれ果てさせ給ふ所へ 義光赤松則祐 禁
那羅摩睺(ご)羅のあれたるごとく ちうをかけつて帰るやいなや 二人を取て大地にぶち
付足下にふまへ 今日我々立出る道にて 相図のほら貝頻りに聞ゆ すはやとかけ付ハテよい


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所 軍神の血祭御はたに備へ申さんと 二人一度に二人が首 えいやつと捩じ切すて 伏たる
親子を引立れば まだかた息のくらむめに 宮と村上赤松を見て悦びの笑ひ顔 是
疵あさい所もよし 療治くはへば頗るよし 子ながら朝敵殺すもよし 宮の運よし
こゝちよし きみ よし日よし時節よし 彼よし是よし万よし方角もよし要がいよし かけ引
もよしみよしのに 御陣を 召るゝ護良親王 龍の威光 とらの勢ひ千里 万里 

                               かゝやけり