奥州安達原 第二

 

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      ニ10-00558 

 


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   第弐
琴棊書画を嗜む身共生まれず 明け暮物の命を取り浮世を渡る 綱手縄 浪
打際にさは/\と かづきの海士が昼休み コリヤ長太のおかた けふはお代官様が外が濱を通らしや
ると浦中はもや/\ すつきり仕事も手に付かぬ 聞きや此中は長太も潜(かづき)に出やるげな 女夫し
ての?(かせぎ)いかふ延たと浦辺の噂 ヲゝあの茂三のの内義のいやる事はいの 銀(かね)は延びいでこちの
アノ性悪るが 鼻毛の延るにこまり物 四郎のおかたの知ての通り去々年(おとゝし)の月見の夜(よさり) 温納臍(おつとせ)取り
にいた時に海の中でとれ合物た女夫中 ヲゝそれ/\其夜(よさり)うらも岩の峡(はざま)でこちの人に馴れ初め

今は子の親 こなたはなぜ子がない ヲゝ子所かいの 真実に思ふているわしをそでにしくさりくさつ
て 又しても女さへ見りや帆立貝 ホンニ うらが思ひは 鮑の貝の片思ひじやと思へば 悲しうござる
ヲゝこりやおかたのが皆道理 シタガ そなた斗じやないぞいの 海商売迚どこの男も礒ぜゝり
こちとらも修羅はたへぬと三人寄れば 男の噂 ヤイ/\/\又男のわんざんかと いふて海からによつこりと
上つてくる海士の長太 あんまりわいらが譏る故海の中でくつさめ斗 猟がきかいでやう/\と四
五はい 是では塩も呑める物じやないと いへばみな/\テモ我(が)おれ 男の仕事には大きな物
是では女(によ)海士もはだし ドレいんで取溜めの鮑内でむいたりむかしたし サア皆おじやと打連れて住


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家/\へ立帰る 磯辺伝ひを くる女房長太が見付けてヲイ/\ 文治の内義とこへじやと 呼か
けられて立留り ヲゝ誰じやと思ふたら長太様 内義様精が出ます 聞て下さんせちつさ長
の煩ひ弱みの上へ大熱けふは取り分け様子が悪い 夫レで濱手の医者殿へ薬を貰ひに ホンニ此
間の心づかひ わしも癪が発(おこ)りそふな ヲゝ夫レはいかいこな様の気もせやと 女房がいふを引取て コレ
内義 其癪にはきつい妙薬が有て 医者殿に貰ふて置た 待て居やしやれ是つい取
て来てやろ コリヤかゝ何をきよろり 今の日和は何時が知れぬ そよ/\と能なぎが来る此間に一精
出してこい 若ししけが来そへなら此縄でしらすぞと 約束の千尋の縄 腰にしつかり女房が 舟

端より真様様 物馴れし こそ身過ぎなれ縄繰り越して 舟張りのくはんにてつ取早く サアかゝめ沖へやつ
て仕廻た モウ邊に人はなしと口なめずりして上つてくる 長太がそぶりに気も付かず そんなら世話な
がら今云しやんした癪の薬を どふぞ早ふと立寄ば ヘゝ薬やろといふたはうそじや 待たして置たは
こふせう為じやと引だかへ テモうまい風では有る 此尻付にふつとのぼつていんまにさがらぬ臍の動
気 お前の此業で直しておくれ たつた一服で本復すると 抱付けばひつちよなく 何さしやんす 夫の
有わしを捕まへ じやら/\と何じややら 塩だらけな體してあたしたゝるいと突飛せば 夫レはどうよく
たつた一度 どふもならぬたまらぬと 抱しめ/\抱しめられ何とせんかた渚の方 浪間へひゝく鉄(かな)棒


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の音に恟りふり返り ヤアなむ三所の代官め コリヤたまらぬとさしもの悪者 せふ事渚に心を残し其
儘海へづぶ/\/\ こなたは嬉しさ此場の難儀 遁れて医者へと走り行 程なく出くる所の代官 鵜の
目鷹右衛門跡から庄司が短い羽織 長い鼻毛を砂にすり付 ハイ こふならびましたが此浜の組
の者共 此浦辺は漁(すなどり)猟師男海人(あま)潜(かづき)の蜑(あま) 其外山を?(かせぐ)猟師も入込て外(ほか)商売はわづ
か故 惣名を猟師町と申ますと 聞て代官打點(うなづ)き ムゝ然らば山猟師も有とな 浦方は
いふに及ばず 山猟師には別してきつと申付くる法度の趣き 先達ても聞つらん 鎌倉靍が岡
の神前にて 千羽の靍をお放し有 則武神の御つかはしめと世にしらせん其為に 金(こかね)の札を付け置る 

されば右の神鳥 何国の浦山におりたり共必疎略致されぬ様との御上意也と さも緩怠(くわんたい)
に云付け睨め付 浜手をさして打通る 跡打ながめて浦の者 サア/\済んだは アゝお年寄御苦労
何の/\御くらふはしくらうの上の事 皆も今のお触れ合点か 金の札の付た靍打つ事はならぬぞや
つるは愚か こんな時に鷺でも必ず打たぬ様 皆念入れて触れふぞやと打連れてこそ帰りけれ お谷は医者よりとつかは
と 心も足も磯打つ浪の 中から出てくる以前の長太 かけ上つてほうと抱かへ サアしてやつたさつきには かま
い所を代官めが うせたでこはさにすいましたれば ?(えそ) と赤貝と口吸ふておつたを見て イヤモどふもこた
へられぬと しがみ付てお谷はうるさく サア/\まあコレ爰放して イヤ放したら逃げさんす 慈悲じや情


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しやコレ拝む サゝゝどふなりとせうけれど 昼中にそんな事イヤだんない/\ 爰でいたなら 海の底でつい
づぶ/\アゝめつそふな 鶩(あひる)かなんぞの様にこちや水へはよふはいらぬ そんなら幸いあの舟で 結ぶ神は舟
玉様 サア/\こつちへお出/\ エゝこりや何とする放せ/\ こちの人文治殿と呼どさけべどかい涙 コリヤな
かんすか 泣とは捏別して忝い 可愛男にや泣様がりがふ 足をかゞめていのふでしめて /\ハノウしよがいの/\
コレ此様に しめておくれと 引立引ずり舟の中 なんぼ泣てもわめいても爰は海の中 其様にびん/\すると
いつそこふじやと舟張の 千尋の縄を帯にしつかり こふして置てと抱付ば エゝ穢らはしい情ないと身
をもむお谷が帯の縄 千尋の底へこたへてや 遥かの沖へうつほりと浮き上つたる長太がかゝ 遠目に

夫レと見るよりも逆立つ波を立およぎ 其儘舟へ飛上り すつくと立たる丸裸鱗だらけのさばき髪
男を引すへくゝり縄とくより早くお谷は磯へ逃上る やらしとあせる長太が腰蓑引ずり廻し
の詰目に くゝる千尋の縄ぐる/\夫に向つてつく息は 道成寺を見ることく七巻きまとふてサア
長太 こつちへおじやと飛込でおよげば縄に刎ね込まれ コリヤどふしおる聞ばこそ 水には強き女房
の元気引立/\およぎ行 お谷は胸を 撫おろし立上らんとする所へ 戻りかゝる善知鳥文治 山より
山に狩くらす海部刀の刃を渡る 腰に半弓山衣裳お谷は夫レとヲゝこちの人 今仕事から戻り
かへ イヤ/\けふは風が高ふて猟もきけず 山はとふ仕廻ふたれど戻る道で代官殿から靍のお触れ


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お宿老へ呼付けられ夫レで漸たつた今 シテちつさが様子はどふじや 病人をほつて置てどこへいため
つそふな イエ/\内には隣のおか様(さん)を頼んで置いて 薬が切れた故医者殿へ一走り 戻る道で悪者の長
太めが 夫レは/\ヲゝあいつがづだいほうには誰も難義するげな イヤ其なんぎで思ひ出した そなたに
悦ばす事が有ちつさが大病人参でなければ助からぬとお医者の差図 あつといふても長々の煩ひ
そなたやおれが物衣類迄売り代なした上なれば 人参買ふあだてははなし といふて大切なは人の命 どふ
ぞま一度本復をさしたいと 胸を痛めていた所聞きや ちつさを大事/\と思ふ 二人が念が届いたやら
よい儲け筋を聞出したれば人参買ふ工面が出る悦びやと 夫の咄しに供いさみ夫レ嬉しい そしたら

わしは先いんで神棚へ燈明上て ヲゝそれ/\ おれは直ぐに其銀(かね)の工面に行 そんなら早ふ戻つて
やと いふ後ろから文治/\文治待てと いふは誰じや イヤおれしや 借銭こはるゝがいやさに見ぬ顔せふとは
横着者 跡月の日切の銀 けさから足の俸に成程いても とかく内を外が濱 猟師町で口
利き車銭の南兵衛をよふけつぶしたなア 是は又南兵衛殿共覚ぬ 不仕合を呑込で借して
下さつた日切の銀 片時も早ふと心はやたけ ちつ共如在はハアいふな/\ 銀戻さぬが如在ではないか
戻すあてがなかなぜかつたと いがみかゝれば女房分け入 お前様のが皆尤 今主のいはるゝ通り 下地の
かはいさ其上にちつさが煩ひ ヤアがりぼしめが病を云立て 又古手な泣き事か 豆板程な涙をこ


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ほして 了簡していぬ者も有ふが 此南兵衛なんぼでもいなぬ/\ サア今受とろサア渡せと 立て
催促に猶手をすり イヤモ段々の間違ひ 仏の様な其元も腹が立たいで何とせぐ どふぞ長ふとは
申すまいマア二三日 コリヤ/\女房共あなたへおわびを /\と上手ごかしに脇道へ 文治は其場をはづし
行く 南兵衛大きにむくりをにやし ヤア人に斗息精はらし はづぞふとは横着者一寸もやらぬ待ちあ
がれ ヤイ待ちおれとかけ出す袂にお谷取付き 不躾しやと思召せばお腹の立筈 あの様にせかれます
も ちつと成と精出して早ふ銀が上げたさ 堪忍なされてどふぞ主のいはるゝ様に エゝやかましいべう/\と
よふべるげんさい よいは 夫レ程いふからは 違ふ事も有まい待てやろ 其代銀受取迄 われをおれが

内へ連れていぬ エゝ夫レは ハテ銀の代に質に取る サアうせあがれと引立/\情用捨も荒磯の 波
間から又ぬつと 首ばつかりで窺ふ長太斯と見るよりかけ上り そふはさせぬと南兵衛か 両足かい
てつでんどう 其間にお谷は引ぱづし逃て行方は なかりけり ほう/\のめに起上り テモつよいげん
さいめ もふ逃おつたか どつちへうせたときよろ付く眼 ヤア投げおつたは儕じやな 銀の代りに捕へた奴な
せ逃したと 飛かゝつて長太が腰(よはごし)中に提(ひつさけ)ふり廻し エゝ片手にもたらぬひばり骨しめ殺そふ
よりコレかうと ぐつと指し上げ三端(たん)斗 遥かの沖へざんぶと打込む白波の 中からによつこりヤイ南兵衛
のあほうよ 海士を波へ投込だは己が手味噌 陸(おか)では己に叶はねど 海の中では千人力 手並


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が見たくば爰へうせいといはれて南兵衛呆れ顔 潮(うしほ)の中から吹出し ヘゝゝちつとこはかろがな 相手には
よふ成まいそこで緩りと業さらせと 雑言悪口跡白波 せんかた渚にじだんだ踏み エゝどんな
川童(がはたろ)めは川へ放す 銀は得とらず あたぶの悪いとふくれ顔(つら) 白砂けちらし立帰る 夕日波をあらへ
ば漁(いさん)の火かと疑はる まだ入相も 遠浅の洲さきにあさる靍の声 窺ひ近寄る蓑と
笠 邊りを見廻し手元を堅め 切て放せば拳に手ごたへさしつたちとかけ寄てはぎ根に付たる金
の札ふつつと捻切押戴き かけ出す四方を五六人ソレ靍殺しの曲者 遁すなくゝれと取巻く磯
辺に幸いの 舟へひらりと飛乗るさそく 陸には術(てだて)も荒磯の波を押切/\て行方 しらず

行末は 陸奥(みちのく)の内には有れど外が濱 国の果迚あら礒に 狩漁(かりすなどり)を業として                                    
世を押渡る一村の 中にも善知鳥安方とて 野山を家と狩りあるく 内は女
房のしほたらと 子の煩ひに打かゝり外には 何も煎じやう常のごとくにかけ土瓶
折焼(だく)柴のくずほりに しんきをもやすかせ世帯 浦方の年行司用有そふ
に門口から 文治内にいやるかとずつとはいれば 是は年行司の庄右衛門様 よふこそお
出 連れ合はたつた今出られましてござります まあお上りと人愛も器量に連れ
て愛くろし ムゝ御亭は留主か さらば上つてそさまのお茶 其煮さつしやるを一ふく給(たべ)ふか


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イエ/\こりや茶ではござんせぬ こちの息子が傷寒でさん/\゛ 夫レで煎じるのでご
ざります 何じや小かんじや そりや薬より赤蛙喰はさつしやれ こちの坊主めは大かん
で 様々の薬呑ましても直らず そこで此庄右衛門様の思ひ付 赤蛙十疋斗喰したれ
ばつい直つた 大かんでさへじやに 小かんぐらひなら 四五疋喰したらつい直る イヤ夫レはそふと代官
様からの廻り状 御亭が留主ならこなた見て 奥にしつかり判さしやれと 投出す一
通手に取て 御存じの通り私は明き盲 御苦労ながら読で聞かして下さりませ ムゝほんに
こなたは無筆じやの アイ恥しながらと赤らむ顔 何の夫レが恥しい 娘子供が物書くと 彼の

思ひまいらせそうろうべく候をやりかけおつて おのづから悪性になるといふて 親々か教へぬは 遠(おん)国の
へんくつ 其様に気を付けても 見んごとはじける時分ははしけおつて 文はやりたし書たり
読たりめんどくさいいつそいもりの黒焼お薬なんどをふりかけて 此庄右衛門様の思ひ
付き ハゝゝゝ 口叩かずとお触れ状 読で聞かそと押ひらき ムゝ何じや一つと斗跡は読めぬ 高
がかうしや 此国の殿様八幡太郎様が 武運長久の為じやといふて 鎌倉とやら
で靍を千羽 金の札付けてお放しなされたげな 其靍が今は此国にも徘徊を
る程に 必金の札の付た靍を取なと有毎年のお触れ こりやいはひでも知て


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の事 聞しやれ此四五日以前に 岩城山の麓で 彼の金の札の付いた靍を殺した奴
が有げな 法度をそむいた科人 夫レで国中は厳しいお尋 殊に此浦は殺生人が多い
によつて 格別に詮議がつよい 若し殺した者が有なら 早速訴へに出い 訴人の者には 譬へ
親兄弟 夫婦の中でも 其科を赦し 褒美として黄金十枚下されふと有る
事 是の御亭も殺生好きじやが そんな覚はないかやと 念を入るればヲゝつがもない こちの人に
限つて何のマアそんな事 必気づかひなされますな ヲゝそんならよござる 兎角町には
事なかれじや ひよつと此村に靍殺しが有と縛り上て 京三界迄行かにやならぬ 夫レ

がいやさに念入るは 此庄右衛門の思ひ付 おかた其内来ませふと しやべりちらして
立帰る お谷は薬 漸と 煎じ仕廻ふて枕元 屏風押明けコレ清童 けさから飯(まゝ)
の湯もいかず 其様に喰ずにいると 医者殿が叱らしやる 此薬呑でから わがみの
好きの茶粥の中へ あも入て焚た程に 梅干に添て 一口くやゝと母親の 詞に漸
枕を上 イヤ何にも喰ひとふない コレ嬶様とゝ様はまだ戻らずか 爰が術(づゝ)ない/\と 教ゆ
る胸より見る親の 胸を痛めて 手を差入れ ヲゝ術ないは道理/\せい出して薬呑
だりまゝくふと 此痛みもつい直ると そろ/\胸を撫さする 心つかひの外面より 外が濱


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の南兵衛とて よつ程横へふとつた男 旅籠履肩に引かけ くつわの亭主と思しき
者 伴ふてずつとはいり おかた来たぞや/\と 南兵衛が来たそやと たまからぐはらつく雷
声 ヲゝこれ病人が有る声びくにいはんせと 枕屏風を押立れば 何じや病人とは ムゝがり
まか なんの役に立ぬやつ いつそてこねてしまやえいにと 詞でたんのふさゝぬ気と
しつていてもむつと顔 ヲゝ南兵衛様何じやいな まだ生長(いひさき)有る大事の息子 お前方の
お世話に成まいし 構ふて下さんすな エゝいま/\しいと捻むく姿 何と親方見事
でごんすか イヤモごんす所じやない あれがそふな結構な代物 そんなら道々咄した通り

三年切て金五両 ヲゝ出す共/\ 合点なら打ちましよか しやん/\も指さきでおのれ
一人が呑込仕事 安い物じやぞへ 上方の相場なら 五十両はぶら/\ 田舎だけで値打
がない コレおかた 大義ながらいて貰ふかい ムゝいて貰ふかとはどこへ何しに ハテ青森の町
へ 勤め奉公に イヤコレ南兵衛殿 仇口はいつのも事と 聞流しにして居れば 付き上つて出方(ほう)
だい あたけがらはしい勤めとは わしには善知鳥文治といふ れつきとした男が有そや ハゝゝれつ
きとした男かして 借りた銀をれつきと戻さぬ もふ催促もしくたびれた じやによつ
てわれを売るのは 高がかした銀取るのじや 有がたいと思ふてきり/\いきやいの 但わしが


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引立ふかと 無法無体をとくよりも 戻りかゝつて立聞く文治 ずつとはいれば悦ぶ女
房 よふ戻つて下さんした 女子一人とあなどつて あの南兵衛がサアよいてや 何もか
も聞て居る 高が五両か三両のめくさり金に 女房売いでも済む事と 落付く安
方せき立南兵衛 イヤ厚いな/\ わりや身上が厚いかしらぬが 我等ずんど薄ふ
成て 家主にはぼんまくられ身上有切籠履一くはん 宿なしと成たれば 借した金
とらにやならぬ 今といふても銀は有まい サア親方 連れ立ていんで銀受取ふと お
谷が腕(かいな)引立る 其手を取てもぎ放し ソレ銀戻す受取れと 投出す金は金ながら

ついに見なれぬ金(こがね)の札 ソレ其札は金細工 今潰しても三両程の金目は有る
マアそれ成と当座の質物(もつ) ヲゝ金にさへなる物なら 受取てやらふが 三両では
まだたらぬ ホゝ其不足も 暮合迄に急度済そふ ムゝ暮迄なら間もない事
えいは待てやらふといふてもぼんなしなりや いんで居る内がない 暮る迄爰の内で
居催促 コレ五助 大義じや有た休んで貰ふ ハイ/\そんならもふよござりますか ヤレ/\
親方の役もよつ程気のはる物 さらばお暇申そふと立出れば お谷は不審 あの
傾城屋といふは ヲゝ虚言(うそ)じやこふしてゆすらにや金にならぬ 何とよふした物か 奥


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へいて一寝入せふ ぼんまくられてきのふからつがずほう お方飯が出来たら起こして下はれ
雑作ついでに酒も一ぱい のみ取眼のいがみ顔襖押明け奥に入 跡には思案有顔の
夫の傍に差寄て 申こちの人 今南兵衛にやらしやんしたはありやマア何でござん
すと 問かけられて イヤありや此間ひらふて来たが 何の役に立たぬ物と思ひの外
結構な金の札 あす入る人参代にと思ふたれどほんの宝は差合せ ヲゝそんな物
ならあいつにやらずと置いたがよい 今さらいふに及ばねど清童の煩ひより 夫
婦が着替はいふに及ばず 諸道具迄も売り払ひけふ迄続けた人参代 もふあす

入る人参の代さへ人に渡して仕廻い 何の力であの子の本復 見殺しにせうよりは 南
兵衛がいふたを幸い わしを勤めに売てやり其金で人参を 一分なりとたんと入 一日も
早ふよふして下さんせ 頼む/\といふ内も涙 呑込くもり声 アゝやくたいもない事いふ人
コレよふ思ふても見や 以前は鑓も持せた身分 浪人した迚魂迄女房売るほど
穢れもせぬ 気づかひしやんな人参代もとふから工面して置いたと ずつと立て膳棚
の 隅からおろす硯箱 縁(ふち)はかけても放れても昔しみ込む墨の折 ゆがまぬ武士
の達筆に さら/\と書認め コレお谷 大義ながら此一通代官所迄持ていきや アノ


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此書いた物を代官所へ持ていけとはへ サア 夫レを代官所へ持て行と大分の金がくる ムゝそ
りや又どふして サア今戻る道で聞ば 靍を殺した者を訴人すると 褒美は黄金
十枚との噂 其靍を殺した者を わqしがよふ知ているによつて夫でわかみを訴
人するのじや エイ お前も日頃の気に似合ぬ嗜ましゃんせ 人の悪事を訴人して
褒美に貰ふた其金で とんな薬を呑した迚何のきこふぞ本復せふぞ 恐ろし
い事工まず共 やつぱりわしを勤め奉公 親はなし兄弟持ずお前さへ合点なりや 誰が
点の打人(て)はない 聞き分けて下さんせとすがり嘆けばはて扨 役にも立たぬ事いはずと早ふ

いきや わしじや迚人の命何の訴人がしたからふ けれ共是斗は訴人しても大事ない奴
ムゝ大事ないとはそりやまあどこの イヤ外ではない奥に居るあの南兵衛 エイ す
りやあの南兵衛が シイ声が高い ほんの是は厄病の神で敵とやら ヲゝあいつな
ら少々こちから金出してなと訴人のしたい悪者 そんならわしは一走りいてくる程に どこ
もかもよふしめて 取にがさぬ様にして置かしやんせと小づま引上いそ/\と 代官所
と急ぎ行 夫は奥に 気をくばり そろ/\ひらく仏壇の 仏の箔の光さへ薄き
樒(しきみ)の花抹香 撞木取出したゝき鉦 なまいだ/\/\声も幽かに とゝ様やかゝ様


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はどこにしや 爰が術ない/\と 苦しむ声に鉦打やめ ヲゝとゝは爰にいる 嬶もおつ
付戻るが薬でも呑たいか イヤ/\薬はいやじや コレとゝ様 必こへもいて下さんなや お前
が留主ならおりや淋しい ヲゝ気づかひすなどつこへもいきやせぬ /\と口にはいへど心には
靍を殺した科故に今縛られて行く共しらず 我を慕ふ志 可愛の者やいぢらし
やと思へば胸も 張るさける涙 隠してコリヤ清童 とゝはどこへもいきやせねどな
もし用が有て代官所から呼に来ると行にやならぬ 其時必泣なよ どふぞ早ふ
まめに成てな とゝが今看経(かんきん)するは大事のお主 其主の名を覚て大きう成迄

忘れなよと 又仏壇に指し向ひ なむ 俗名安倍の太夫頼時公 家臣鳥海
の前司安秀が一つ子 同苗(どうめう)文治安方 今生にての回向の仕納め 南無阿弥
陀仏/\ アゝ此殿未だ在世の時は 斯く申す我々迄供に栄華にほこりしが いかなれ
ば御武運拙く 八幡太郎義家が計略の矢先にかゝり 世を去り給ひし其
月日は ヲゝ則今月今日が父頼時の十三回忌 法名大了院殿?山大居士
出離生死頓生菩提と 唱ふる声に立寄て 障子ひらけば南兵衛が 姿は
素襖立えぼし一つの位牌を上座に直し 合掌したる有様は興さめ てこそ


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見へにけれ 文治はふしぎの膝立て直し 頼時公を父上とは心得ぬ今の詞 子細いかゞ
と尋ぬれば ヲゝ不審尤 合戦の砌迄はまだ部屋住の其方 我面体を見しら
ぬは理り至極 鳥海の 城郭にて人となりし 安倍の三郎宗任と聞くより安方ハゝゝ
はつと飛しさり 頭をやれて平伏す 宗任素襖の異義繕ひ 只今も申す
ごとく 今日父が忌日に当れば 平人の形で回向申すも云かいなく 暫く昔に
立帰る我心は 是より直ぐに都に上り 折を待て父が仇 八幡太郎義家を討ち
とらんず軍の門出 ハア御尤成御思し立 猶もお心励す一条 御父安倍頼時

栗坂の合戦に 討死有し其時は ホゝ兄貞任と諸共に 衣川の城内にて 軍
の次第逐一に申上しは我父前司安秀 其身も深手老いの身の 栗坂より
引返し 軍難義に見へ候 早く此城落給へ早とく/\と 進むる月日はいかなる悪日 天
喜五年九月五日 ホゝ其光陰も三つ葉のそや 流れ矢来つて我父の 綿噛(わたかみ)
のはづれより骨を砕いてむづと立 急所の痛手に勇気もくしげ ついに其手で
果給ふ 大将死すれば家の子郎等親子兄弟ちり/\゛に妻に別れ子をふり捨
兄貞任の行方迄 白浪寄する 浦々嶋々早 義家が料地となれば 広い世界に


40
此體 直所さへ夏木立 木にもかやにも油断せぬ身と成果る其無念 悩(のふ)を貫
き膓(はらわた)を断つといへ共 時来らねば十三年 仇に戴く天の咎め盤石と成て五体
を砕く父の怨(あだ) 追付討て尊霊へ手向の追福仕らんと 初めて明かす南兵衛か
氏も系図陸奥に並ぶ方なき 勇気の大将 ハアゝ遖なる御心底其御物
語が直に追善?山大居士安楽国南無阿弥陀佛と回向の中 表へ誰か人
音に先ず驚くと間の襖 指し心得て待つ所へ かく共しらず女房は 褒美の金に気
もいさみ 心も足もいそ/\と サア/\お金貰ふて来た 代官様のおつしやるには 追付捕り

人(て)を遣はす程に 先へいんで取逃さぬ様にせいとの云付け もふ爰へ見へるであろ 南兵衛
は逃はせぬか こふいふ中も油断がならぬ 早ふ来て ちやつと縛つて下されいでと見や
る表へ 捕手の大勢 門口より大音上 岩城山の麓において靍を殺せし大罪人は
此家の主善知鳥安方と 女房が訴人によつて召捕りに向ふたり 尋常に縄かゝれと
呼はる声に文治安方 顕はれし上は隠すに詮なし お尋の靍殺し縄かけて引かれよと
夫の覚悟にお谷が恟り コレそりやマア何をいふのじやいの 靍殺しは奥にいるヲゝ南
兵衛といふたは偽り そちを訴人にやらふ斗 岩城山の麓にて靍を殺し 金の札


41
と取たるは此安方 エイ すりや今わしが持ていた訴状にも ヲゝ自分の科を自分の
白状 そんならわしが無筆故夫レでだましてやつたのじやの ハアはつと斗に伏転び十方
涙にくれけるが 扨も/\世の中に 物書かぬ身の上程つらい悲しい物有ふか 連れ添ふ男の
身の科を書き記した物共しらず 悦びいさみ代官所へ持ていたは何事ぞ せめていろはを
読む程成と此目が明て有ならば 何のいこふぞ 無筆と知てこふいふ使ひに やつたはわしを
世の人の 物からぬ身の見せしめになれといふのか文治殿 そりやあんまりどうよくな
むこは難面(つれない)心やと正体 涙に伏沈む 夫も不便の涙を払ひ ホゝ其恨みも尤な

がら 何事も定まる業と諦めて 清童を随分大事にナ 彼の人へ頼み置く事是迄
/\ サア縄かけて引れよと 詞に猶予も捕手の役人 ヲゝ神妙なりと立寄て かくる
縄目に取付てお谷が泣声清童が 屏風力に延上り アレとゝ様が縛られて
じや 詫言して下されと いふ声供に屏風もばつたり落入る我子 ヤアこれ清童が
死ぬはいの コレのふ是とうろつく女房 縄付きながら夫もうろ/\ コリヤ清童 必ず死んで
くれなよ われを助けふばつかりに此とゝが命を捨る 気を付けよ清童 清童やい清童
いのと呼べど さけべど息絶へて 其かいさらに泣たをれ けふはいか成日成ぞや 我子に


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離れ夫に別れ 一人残つてもやそもあられふ物か浅ましやと 妻が嘆ば夫は猶
涙にむせふ声を上 四百四病の煩ひより貧程つらい物有ふか 我子に呑す人参
の値にせんと靍を討 其靍故に我命取るゝのみか子も死ぬる 思へば是迄多くの
殺生数多の鳥を殺す中にもまだ巣離れもせぬ小鳥を 育てん為に親鳥の
野山におりて餌を尋る 夫レ共しらず親鳥を殺せば残りし子鳥も死ぬる まつ其如く
我々も子を助けん迚此親が 死れば残りし子も死るは歴然報ふ因果の道理 親故
不便な死をきすか こらへてくれ赦してくれ とゝも追付行程に 六道の辻で必待て

居てくれよと 跡や枕に取付て 夫婦は前後正体も取乱したる斗なり 捕手は
哀よそ目に見なし ヤア未練の嘆きに時移ると 立寄て引立れは 是非も縄め
に恥しめられ しほ/\として立上る コレのふ暫しと女房が 寄を突退けすかるを払ひ
前後厳しく取まく人数 ヤアお役人先ず待た 靍殺しの科人は是に有人違(たがへ)ばしせ
らるゝなと 声をかけて南兵衛が一間を出れば捕手の頭 ヤア自分の白状によつて縄
かけし善知鳥安方 其外の科人とは紛らはしき胡乱(うろん)者 但し靍を殺したる証拠有
てか何と/\ ヲゝ証拠は則これ爰にと 投出したる金の札 靍が岡の神前にお


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いて 八幡太郎是を放つとえり付けし金の札 其札を所持するからは紛れもない
靍殺し 科ない者を縛らず共縄といて某を 早く都へ引かれよと 思ひがけなき
一言を 聞より文治気をいらち ヤアいはれぬ我をかばひ立 証拠か有ふが有まいが
科人は此文治 イヤサ証拠か有れば靍殺しは此南兵衛 イヤ某と あらそふ二人を
制する捕手 慥なる証拠有れば科人は南兵衛に極る 此上は善知鳥かいましめ
はやとく/\と南兵衛に かけ替つたる縛り縄 ヤアいつ迄も此文治家来の
替りに御主人と いふを打けしコリヤ/\ 靍殺しとなつて都へ引れ 八幡太郎

見参せばそれこそ日頃の願成就 ナ 合点かと目まぜにはつと心付き す
りや御所存有てホゝ 会稽は今此時 イヤ/\それは無用の振舞 たとへ再
会の期(ご)は有る共 我為にはわらしべ同然 一念頭にとゞまつて本意を遂げし眉
間尺 口に釼ふくまず共 一心のねた刃を合さば何条事の有べきぞ ナ心得た
るか安方と 身を鉄石にかためたる詞に善知鳥も詮方なく たとへ縄
目は助かつても 存命ならずと肌くつろげ 山刀抜放せば こはそもいかゞととゞむ


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る女房 南兵衛声かけヤア何故の切腹 子細ばし有ての事かと問かけられ
て 涙を流し 今は何を包み申さん 只今死せし伜と申すは我々夫婦が子にあ
らず 三代相恩の御主人より預りし大事の輪子 御大病の介抱も心に任せぬ
身貧の某 此後ち主人にめぐり逢ば何と言訳有べきぞ只切腹を御用
捨とおつ取刀踏み落し ヤアうろたへたるたわけ者 たとへ我兄 ナそれ我が兄の子
名は清童子といふにもせよ定まる命(めい)は力及はぬ 一人にても味方を招く今
此時 犬死して忠義になるか スリヤ死ぬるにも死なれぬ命 ヲゝまさかの時迄汝に預ける

いざお役人御苦労ながらと いさむ縄付きしほるゝ善知鳥 妻はなく/\野辺
送り 何営みもなきからは 子で子にあらぬ郭公(ほとゝぎす)泣声かはつて血を吐く鳥親も
傍にて血の涙 ふらせばお谷がすがり蓑や 死骸を覆ふ隠れ笠隠
れあらざる弓取の 其御種共お主共いふにいはれぬ苦しさは鴛鴦(おしどり)
を殺せし科やらん 善知鳥は返つて生き残り 我は擒(とりこ)と成たるも敵を欺 
く気の大鳥 追付天下に羽うつ鳥 数々鳥の報ひを爰に 陸奥
外が濱なり善知鳥の宮 安方町と名も高き古跡は 今に残りける