蘆屋道満大内鑑 第三(左大将舘~道満屋敷~奥庭)

 

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      ニ10-00991

 


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    第三
鴻(こう)飛で冥々才者(よくしや)なんぞ慕はんや 左大将橘の元方は桜木の親王の御契り浅から
ぬ 六の君を失はんと御菩薩が池(みぞろがいけ)の底深き 工みも案に相違して御行方のしれされば
我身にかゝる後難を恐れて心安からず 家の雑掌早舩主税(ちから) 野袴に草鞋がけ庭上に畏まり
御菩薩が池の非人めが奪ひ取し六の君 草をわけても尋出し御褒美に預らんと 洛中洛
外はいふに及ばず在々所々の非人小屋 野臥せりの乞食迄かたはしに責とへ共 それかと疑ふ手
がゝりも候はず さつする所風をくらひ当地をさりしに疑ひなし 此上は京近き 隣国を一吟

味御所存いかゞと窺ひける 左大将黙然と打うなづき ホゝウぬけめない詮議の仕かた去
ながら 腕に覚への悪右衛門池へずつぱめ泥水を呑ませしは 非人ながらおこのやつ 都に居すば近江
路か若狭丹波五畿内残らず 捜し出してよき一左右 早舩 と呼ぶ名字も時に取てさい
さきよし 頼むは汝我主税よ ハゝアお気づかひ遊ばすなと 御意に乗出す早舩主税御前を立て
いさみ行 小広間の杉戸押ひらき 執権岩倉治部太輔声をかけて是々主税 当てもない他国
の詮議遠道より近道 此治部が老眼で睨み付けた詮議が有 此筋道を糺す迄旅用意入ら
ぬ物と 主税は次へ岩倉が座敷へ通れば左大将 ヤア治部の太輔只今の詞のはし 何kはしらず近道


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とは聞かぬ先から心地よい サア近寄て其入わけ 近ふ/\と主従が膝と/\をつき合せ 此年
迄なてひ付けた心の的 百に一つもはづさぬ眼力 六の君の隠れ家かぎ出した近道 餘(あんま)り
近さに聞て恟り遊ばすな 外でもない御家来内拙者には現在の聟 芦屋兵衛道満(みちたる)
といふ鼻の先の近道 いや/\芦屋親子は無二の忠臣 何をもつて二心とはアゝ殿あまい/\ 忠臣顔
に得てはまる 夜前(やぜん)四つ過ぎ門をたゝくは娘の築羽根(つくばね) 夜中といひ歩徒跣(かちはだし)何故に帰りし
と 様子を聞けば女のおしきせ 悋気からの女夫喧嘩 其悋気の根元が某が見付所
芦屋兵衛が屋敷には陰陽(おんやう)の守護神託枳尼天(だきにてん)を勧請 不浄穢れを忌むといひ立て

家内(けない)の上下は勿論連れ添ふ女房も寄せ付けぬ 彼の託枳尼天の囲ひの中(うち) 世を忍ぶ女
の泣声 それからおこつた娘が悋気詮議といふは爰の事 世を忍ぶ女とは疑ひもない六の君
主の仇を助け置く不所存者に娘は添さぬ 他人と成て此治部が急度詮議仕ると 語る
もよした芦屋が難義 蟻の穴から堤のくづれうたてかりける評議也 左大将良(やゝ)
分別し ホゝ遉老巧尤な目の付け所 殊に兵衛が妹は左近太郎照綱が女房 妹婿
の主の命ムウ/\そこを思ひ助けなば 直に先へ渡す筈 我屋敷にかくすとはムウいや是
治部 あやまつて疑へば人も我も供に亡ぶ 今一応根をおしてと聞きも果ず ホゝうたかはしくば


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娘が咄し 御前にて申させんとお次迄同道 何築羽根を同道とやそれは幸い 左大将が
目矩(めがね)をもつて祝言さした築羽根 悋気の肩を持つ顔で底さゝかせて聞く胸と 主従うな
づき呼に立つ親の指図に築羽根が思ひの数やみなの川 恋ぞつもりて渕(ぶち)と読むうたて
悋気の廻り縁過ぎて御前へ出にける コリヤ築羽根 そちが身の上元方卿お聞きなされ
親が案ずる苦もたすけ中なをしてくれんとナ 有がたふ存じお礼申せ いや/\礼には及ばぬ 主
といふ名はあれど畢竟元方は媒酌(なかうど)役 夫婦間(あい)のもや/\是に限らず幾度も聞きうち
悋気のおこりをとつくりと聞ぬいて もめる気を休めてやらふ何と嬉しいか サア底意残さず

打明けて語れ聞かんと有ければ 是は/\有がたいと申さふかおはもじと申さふか冥加ない
お詞 尊(たか)いも卑(ひく)いも夫婦闘諍(いさかひ) みす/\男が悪ふても女房ならでは非に落ぬ そこを思ひ
やり給ふも御息所様といふ お独りの姫君を親王様へ上げなされ お中のよいがよい上に若宮を出
かしたい どふかかうかと思し召すお心から わたしが事迄捨置れず忝い御挨拶 お詞につきあがり
続き聾もなふ喋ると お笑ひ草も顧ず 一から十迄申上ましよ マアあの兵衛道満殿
は 嫁入せぬ其先の つゝと前から目利して わしが男に極め札文玉づさは数しれず 付けまい
物かほれまい物か 先第一器量がよふて痩せもせずふとりもせず 男一疋武芸に


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勝れ奉公に私(わたくし)せず 歌を詠で詩をつくつて手も見事学はよし 栄の湯立花扇の手
打囃子はぬけ物 まだ肝心の芸を落した 陰陽道は見通しの卜筮(う?らかた・ぼくぜい) ほんにぬしの芸揃へ
かぞへ立ればよみかるた七坊に蛎付き 事の多いきつすい男こがれ死のとした所を呼びいけた御仲人
それからは又嫁入を待程に/\ちいさい時正月を 待たはいそ/\急ぐ月日に追付て 嫁入したは
おとゝしの アゝおとゝしの あんまりの嬉しさに忘れにくい月日をば ヲゝ此親が覚へている 三月六日
アイ其弥生/\ コリヤやい其やよひもよい程に取おけ 前置が長過ぎて殿も親も退屈な イヤ
長ふても退屈でもいはねばきこへぬ あの草双紙の物語りも 序文を聞かねば末の段が

捌けぬ 御退屈にござんしよが 祝言の口びらきお聞なされて下さんせ 三月は花の縁散り安い
といふ心で 取結びもせぬ月と人の思ふは誤り 詩経といふ唐土の書(ふみ)に 桃の夭々(よう/\)たるその
葉蓁々(しん/\) この子爰に歸(とづく・とつぐ)と かたいやうに聞こゆれど假名ていへばつい嫁入 其夜しん/\しつ
ぽりと寝てからが猶よい男と こんな果報な目にあふも殿様の皆おかげと 閨へはいる
度毎に御所方を三度礼拝 有がたいに気が付いて 此有がたいあんばいを 嬪共がそび
かふて配分さしてはなるまいと 主の行かしやる所々跡から築羽根鯨に鯱(しやちほこ)いかれぬは勧
請どころ女子は不浄近寄なと 七里けんばいきらはるゝ天女様が気ぶさゝに 或夜そつとさし


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足で立聞すれば囁く声 扨はとくはつと気がのぼつて ふん込で穿鑿(せんさく)しよか イヤ/\慥に見
届けてと 其夜はわざと色目に出さず 明の夜もな ムウ二度も三度も
ためしてとは 辛抱づよいよふこらへた 此左大将なら堪忍得せまい シテ/\どふじや サアしびり
きらしたかはりには 神仏(かみほとけ)にかこつけて隠しくろめる妾(てかけ)のこそ部屋 しかもなま若い女
のいたづらそふな舌つきで 泣いつくどいつしくさつたが忍(こら)へ袋のやぶれかぶれ 男の胸ぐら斯つかん
で コリヤ娘おれじやはやい イヤおれとは云さぬ こりや手ひどい八月の風で傍がたまらぬ ホゝ
ちつとたまるまい よふぬけ/\とだましやつたの サアこなたの有がたかりやる 箱入妾爰へ出しや

おそいとおれがまくし出すどうじや/\とふり廻され 是は親をどふするぞ ゆふべのを持ち
越て悋気の二日酔じやな 性根も眼もさまして見よ御前じやが馬鹿者と つき放
されてサアそれ/\ まつ其やうに睨みつけ妾とは勿体ない 託枳尼天を守護の為八百八狐(やぎつね)
宿直(とのい)の御番 疑ふな人ではない狐々と嘘八百 男のむごい気に成たも妾めがさする
業 にくい無念な口おしいと声も心もせきのぼす 顔は上気に目も血走り悋気逆立つ
悋気の咄し はなしかうじてあら涙 一目遠慮もないじやくり畳たゝいつ身もだへし恨み嘆く
ぞいぢらしし 左大将治部に?(めくばせ)し ホゝそちがのが皆道理 胸のくつたく晴らしてやらふ ヤア誰


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か有 芦屋兵衛に急用有り只今参れと申てこい 早ふ/\と使ひを立 コリヤ築羽根 兵衛
が来次第異見して装束の間で盃さしよ 機嫌直して奥へ行と 詞に上げて落さるゝ
夫の難義と露しらず はつと嬉しさ畳に額 築羽根が身の一期忘れまい御情
爺(とゝ)様悦んで下さんせ外の挨拶千声より お上のたつた一声が連れ合へ釘が利く ほんに/\
お主の光りは厳しい物 親の光りは七十(なゝそじ)のつむりのはげた光りじやとほゝえみ立て
奥へ行 サア邪魔もかたづいた芦屋が来るに間も有まい 此治部が存るは 組手の者を隠し
置き引ッくゝつて御穿鑿 アゝ老人だけ息短い 拷問は奥の手大剛不敵の芦屋

兵衛 麁忽の手向ひあぶな物 何事なげに気をゆるさせ身が前へ引付け置き 留主へ
廻つて岩倉はかれが屋敷の勧請所 ぶちこぼつて詮議/\ ハゝア遖々御分別 出来
た/\と諾(うなづ)く所へ 兵衛殿御出仕と呼はる声に左大将 治部ぬかるなと兵衛 席を立ちに
けり 急御用気づかはしと芦屋兵衛道満(みちたる)する/\と打通り ヤア舅殿是に御入か
あはたゝ敷き御使ひ御様筋気づかはし 貴所には御存じ候はぬか イヤ何事も承はらず
そこの出仕召されなば装束の間へ通せと有 御用の筋は衣紋の義かさなくばお好きの
鞠の義かあ マアお目にかゝられよ 然らば左様と立けるがイヤ何ものでござる 夜前(やぜん)女ばら


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築羽根が何やらむしやうに腹を立て イヤ是は内証先ず御前へ御用しまふて御意得
たし後刻/\と入にける しすましたりと治部太輔(たゆふ)玄関へつゝと出 是々主税(ちから) 暫時も
急ぎの大切御用御召がへの馬引れよ 承はるといふ間もなく逸(いちはや)?(あしげ)に鞍置て 引立て来たるを
引寄せて馬上御免と乗移れば 築羽根奥より走り出爺様やらぬと立ふさがる ヤア
小ざかしいなぜとめる なぜとはおろか様子残らず聞ました おまへを詮議にやつてはな
女房の口から訴人も同然おつとへ立たぬ義がたゝぬ 娘の身にもなつて見て待て
下され待ち給へと 手を合すればから/\と笑ひ 夫とは誰を夫 もどつたれば縁は切れ

た 他人の詮議に何ほへづら そこ立ちさらずば蹄にかけんと乗出す馬の平首に
ひたと両手をかけ声もかよはき女の足ふみしめ 引とゞむれば又かけ出す馬のさん
づも子の身には 冥途の呵責と恐ろしき 父が邪見のうなり声放せ はなさじ
のけのかじと 命おしまぬ築羽根が 身は捨て小舩(おぶね) あら礒の波にもまるゝごとくにて
ひいつ ひかれつはづみを取てあぶみのはな はたと当(めつ)ればそりかへり あつとさけんでもだ
ゆる娘父は いさみの鞭障泥(あをり)打立ててこそ「別れ行 隔つる中のあしがきや 芦屋
が屋敷一かまへ 託枳尼天を勧請所 庭の新樹のかげもれて 入日羞(まばゆき)明のきの


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つま中居 茶の間がとり/\゛に掃除は常と夕清め しやんとしまふてアゝしんど
奥様がお留主なりやどこもむさいといはれまいで 御奉公に気がはる それは
そふよ此奥様 お里へふいとおかへりじやが此しまひはどふつくの イヤふかふ案じやんな
日来お中のよい御夫婦 一日二日はたつ腹もひとりなをるお一人寝 淋しさに呼にやつ
た 戻りましたでもすもぞいのふ 家になふてならぬ物は 上り框と女房と世話にもいふじやない
かいのふ ほんにそふじや こちらも首尾よふ奉公勤め 相応なよい男の 上り框に成りたいと口々
なまめく折こそ有れ 供被(ともかづき)のかいぞへも梨子(なしぢ)撒きたる鋲(べう)乗物しきたいへ舁いるゝ それ何と

いはぬかのはや奥様のお帰りじやと ざはめきよつて戸をひらけば 築羽根ならで兵衛
が妹 左近太郎照綱が妻の花町身すぼらしげに立出る ヤアこりや奥様が違ふた
と 明いたる口の乗物舁はとつかい急ぎ帰りける 女子共袖引合いいつものお里かへりとはち
がふて つき/\゛もない裸乗物つゝと持かけそして又 いにしなのひつしよなさ
花町様のお顔もちも どふやら済まぬわけらしうてひよんな事じやとつぶ
やく声 聞きはつてお茶の間が こちの奥様お帰りでさびしうてわるいに かは
りにさられさんしたりやにぎやかになつてうれしい エゝこゝなはつさいつか/\物を云やん


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なと しかるを聞も身のつらさ花町が目は涙 ヲゝ皆の推量にちかはず あかぬ
中にもそはれぬ義理 夫左近太郎殿いとまやるとの悲しい詞 我身の上の嘆き
りせつなきは今の噂 兄嫁の築羽根様おさと人とは気の毒じや 兄兵衛様はお屋
敷にか アイ旦那様は御前から呼に来て 先程出仕なされました 父上も御いつしよにか
イエ 将監(しやうげん)様は御隠居所におやすみなされてござります どれおしらせにと立を引とめ是なふ
お気休めの暇寝(うたゝね)おこしませずとわしが往こ したが常とはちがひひとりはどふやら
皆の衆ちからに来てたもやとしほ/\として入にける 門前に轡の音いなゝく声も高々と

 
左大将の仰を蒙り岩倉治部太輔国行(くにつら) 詮議有て向ひしと股立ちながらつゝと通り
ヤア/\将監はいづくに有る 罷出よと権柄なり 物にさはがぬ芦屋将監しづ/\と立出 ヤア
治部殿何か詮議候とな 近頃御大義千万といはせも果ずヤアおちつき自慢笑止/\
詮議の筋はいふに及ばず覚へがあろ 託枳尼天の勧請所 ぶちくだいて落つかせふ
とおくをめがけ行けば 是々待たれよ暫し/\と引とゞめ ムゝウ此うちをせんぎとはエゝ聞へ
た 加茂の保憲が家の秘書 金鵜玉兎となづけし竒(くしひ)の一巻 左大将の御下知
にて世伜兵衛が手に渡り 陰陽道を伝へつぐ家の重宝 去によつて斯くのごとく


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別殿をかまへおさめ置く もしは太他見も致さすか疎略にもして置くかと おうたがひ
の吟味ならば御無用に遊ばせ イヤサ治部が詮議は格別此内に女があると
築羽根めが悋気から腮(あご)たゝいて顕はれた 其女とは六の君あらがはずとも
爰へ出せ 是は存じも寄らぬ事 嫁がいはふが誰がいはふが此方に覚ない 殊に託枳尼は天部
のあら神 穢れ不浄を忌給へば?が外は親をも入れず まして女性(によしやう)を此内にとは治部
殿の気のまはり かはいげに何嫁がうそを築羽根置かれい/\ ヤアおぼへない戸
をひらけ内を見せぬはくさい/\ イヤあけておめにかけたふても見らるゝ通り

錠をおろし 鍵を世伜が懐中致せば御苦労ながら帰宅迄 ヲゝ其鍵治部
が持参せしとずつと寄て大の錠 老の拳の古刀ヤアえいうんと一ねぢに
さしも手づよき鈕(つぼ)がなものほつきと裂けて飛ちつたり 将監見るより岩倉が
肩骨つかんではねかへし びらうなり治部の太輔 鑰であくればいひぶんない
なぜねぢ切た 年こそ寄たれ芦屋将監留守を預けし世伜へ立たぬ サア此
うちへつま先でも入れて見よと反りうつてねめ付くる ハゝゝゝばけのかはが兀(はげ)かゝる
でゆけと出てぴこつくか ねぢきらふがぶちわらふが 岩倉が私ならず 左大将


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の御差図使者を切る気で反りうつたか 主を切かサアぬけと威光をかさにきめつけ
られ 主といふ字に打反(うっそり)のやいばもなまり手もまゆみ息をつめて控へ居る
ホゝちつとそふも有まいと囲のとびらふみひらき かけ入れば女性の是わつとさけぶを引
さげ出 大がたりのいきぬす人コリヤ六の君を見ておけと さし付られて
ハアあつと呆れしばかり詞なし 花町かくと見るよりも父がさしかへ脇ばさみ走り
よつて是治部殿 六の君の御家来左近太郎照綱が女房ひかへて居る
疫病の神でかたきとやら そなたの詮議で姫君様 思ひがけなふ爰で逢ふは

優曇華の花町 サア尋常にわたしや/\ ヤアほざいたり引ッさかれめうぬに渡し
てよい物か そこ立さらずは真っ二つと刀の柄に手をかくれば 花町もぬきかけて
たがいにぎしむまん中へ将監わけ入おしとゞめ 花町は請とる気治部殿は渡
さぬ気 あらそふ果はたがいのきつさき其姫にあやまち有ては お使者の越(おち)
度爰が一つの了簡所 六の君是に御入とは神もつて存せぬ某 見届け
られし上なれば我に預け置かるゝ共 越度にならず事にもならず ものゝふ
の義は他人より親子の中がなをはれ業 親にも隠す世伜が心底尋


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ぬる迄預けられい コレ手をさげる治部殿と侘ぶるも聞かずせゝらわらひ 義
のしやばるのと人らしい盗人の同類ならぬ/\ イヤ事をわけていひ聞か
すに預けずはあづけぬ迄 舌の根が延び過ぎる奉公引いた隠居の身 使
者よばゝりも二度とは赦さぬいひがゝりばれば是非預かる ホゝならはあづ
かれと姫をゆん手にわきばさみ 馬手に刀ぬき放せば親も娘も抜き
合せ 切あふ中にたへ/\゛の息もくるしき六の君 見るめはあ/\花町が打てば
ひらき将監が 切てかゝればふりかへりたゝかふ強気(がうき)劣らぬ勇気 気も夕陽(せきやう)の

かげ薄く胸はときつく暮六つの かねの声々六の君わたせ/\と追っつめ/\ 切込む
太刀筋人顔もおぼろ/\に見へわかず 芦屋兵衛道満御所をさがりの帰り足
つゝと寄て岩倉が首筋掴んで狗?(えのころ)なげころ/\ころび打たりけり
起あがつてコリヤ道満 何として今戻つた此治部が帰る迄 御前はたゝさぬ
約束じやが ムゝウ扨はぬつぺりいひぬけたな サア其ぬけやういへきかん ホゝ人を
出しぬき あとへ廻るぬつぺりはわぬしが事 御前をはやく退出せしは女房が
嫉妬の間違ひ 事あらはれしと推量し心底つゝまず申上 主人の手前


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さつぱりと埒明けたり 埒の明けやう聞きたくば立かへつて主人にきけ 逃(いに)やうが遅
ければ棺桶でおくらすぞ ホゝ棺桶とはよふいふたはかいきかしておもしろい
立かへつて又来る迄六の君預けたぞ コリヤ詞つがふたおぼへて居よと跡を
も見ずしてにげかへる 道満は姫君のちり打はらひ 御手を取りざしきへ
うつし奉る 将監道満に打向ひ 桜木の親王様御寵愛の六の君
頃日見へさせ給はぬ迚 御父好古卿の御愁傷 尋ぬる姫を隠し置き剰へ今のしだら
親にもしらさぬ汝が心底いぶかしと有ければ ハア御不審のだん御尤

姫君をかくまひしは 左大将殿へ御忠節道満が今日迄 胸におさ
めし忠義の紐解き 妹もそれにて承れ 浅間しや左大将殿官禄不足無き
お身が 下(した)々に劣つたる娘をあてに出世の望み 御息所御懐妊おそなは
るも 六の君が有る故殺してしまふに御思案一決 談合相手は治部の太輔某
を密に招き 陰陽亀朴(きぼく)の奇々妙々人を呼出す秘文を書かせ 築地の裏門北向き
の柱に張り 六の君をそびき出し石川悪右衛門に云つけ 御菩提(みぞろ)が池にて失
はんとの御くはだて とゞめても承門なき主従凝りたる非道の悪念


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六の君を殺した迚御懐妊あるべきや かへつて人の恨みの報ひついには
悪逆顕はれ 御身の滅亡とふかるまじいかゞはせんと肺肝をくるしめ 所詮主人
の望みのごとく御所そびき出すとも お命を失はずば後日の難義有る
まじと 先へ廻つて御菩提が淵悪右衛門を池へ取て投込み六の君を助けたる
其薦かぶりは此道満 ねんなふ助け参らせしが 父御の方へ戻しては主人の
悪事顕はず道理 とやせん覚悟は託枳尼の御殿 供物をもつて今日
迄養ひ申す我心は 主人を大事と思ふ故心体髪膚(しんたいはっぷ)をわけられし 父にも

しらさずかほど迄忠義を尽くす道満が 心を無下になし給ふ曲もなき
御主人やと忠義にあつき涙の色父も感ずるばかりなり 六の君涙
ながら道満の心づかひ けふ迄命ながらへしはなさけの上の罪科ぞや適
女の道に叶ひ親王様のお添臥 あかぬちぎりをむごらしやおなじみやこに
有ながら 父母の御顔も見る事かなはぬ世の中に いけて思ひをさせ
んより殺してやいのとふししづみ なげき給へば花町も 御理りやとはかり
にて供に たもとをしぼりしが 道満重ねてヤア/\こしもと共 六の君様奥


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の亭へ伴ひ申し 御湯をひかせ奉りお髪(くし)もあげよ こよひはせけん
うちはれて御うさばらしにまひうたひ 夜とともなくさめ参らせよアイ
と一度にうはでうし お赦しが出たはやり歌一あがり諷をぞや 姫君様よりこち
らがなぐさみ いざ御立とざゞめきにさそはれ おくに入給ふ 花町はあと見
送り扨もうれしい頼もしい 兄様のお心入れ 聞てさらりとわたしが胸も
打あけて申ませふ さきほどは父上にふつつりさられもどかしと いふたには
わけが有 照綱殿のいとまのしるし是見給へとふところより 取出し指し寄す

れば ムゝウ是は只今いひ聞かした 人をつり出す秘文の神符(しんぷう)是をいとまの
しるしとは サアsれおをしるしといふ訳は 姫君の此間見へさせ給はぬ館
の騒動 方々へ尋ねにゆくやら神仏ヶへ願だてやら まじないの祈祷の
と狼狽(うろたへ)た上にまだうろたへ猫のまじないと取ちがへ ほの/\゛の歌を逆様
に迄張ったれど 其秘文に気の付かず 遥か後に見付け出した照綱殿は
遉目高(めだか) 是は噂に聞き及ぶ陰陽の妙術 今此術を行(おこ)はん者道満
より外にない 主人をうしなふ敵の妹添ふ事ならぬいとまやる とはいふ物


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のそひたくば此しるしの詮議して兄が首切てこい アゝ畏つたきつて
来ふと請あふたわたしが此口 罰が当たつてゆがまぬがふしぎじや 何も角も
兄がいに了簡して下さんして 六の君様お供すりやどこもかしこも納り
ます 父上もよいやうにお詞添て給はれと思ひあまりし願ひなる ヤア
うつけ者 六の君戻してよければ道満がとを戻す 主人の悪名露顕を
憚り心をくだくに気が付かぬか アゝ申しそこの所もしらぬでない ハテ左大将様
の悪事じやといひさへせねば ヤア済むと思ふな済まぬ/\ おのれも将監

殿の子でないか」武士の禄をくらひながら道満が詞なんと聞く 六の君に御
湯をひかせお髪もあげよといふたはな 此暁に御首をエイあなたをや ヲゝ近
ごろいたはしくは存ずれど主命是非に及ばずと 胸は涙にくもり声
花町はつと気もおちてとかふ いらへも泣居たる 将監は兄弟の心を
くんでひかへしが ヤア道満 左大将の御下知畏つたと請あふたか 成程/\
顕はれしうへは詮かたなく 先刻たしかに御前にてアゝ麁忽/\ 六の君を
うしなへば左大将のお身の大事と 忠節の九つ梯子八つ迄のほり詰め


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今一つをやりかねて御首を給はらんとはムウ聞へた 異見しても聞入ない主
人にほつtぱいそつかし 後日の罪科に合給ふを見物する分別な
コハ仰共存ぜず 五子疋(ごししよ)日は諌めて誅せられ眼軍門にかけられしが 呉王の
恥辱(はづかしめ)を見て笑ひしとや 毛唐人の了簡と道満が心は格別 主の恥辱見物
する望みなし 首討て御前へさし上げ其場をさらず切腹いたす ムゝはらを
切て相果つれば主人の科は遁るゝじやな 其方が膓鳶鴉の為にはならふが
主のためにはちつともならず 爰を能分別せよ 主命もそむかず姫も殺

さず事をおさめる仕やうが有る 将監が思案には 六の君の首討てお命
が助けたい ヤ是親人 首討てたすけとはお詞が紛らはしい イヤサまぎらはしい事
はない 六の君の首うつて たすけよといふ事と 聞より花町さしよつて アゝ
願ふ所の御了簡御首うつて助けとは 此花町がおそれながら六の君
の御名をかり 兄様の手にかゝれば両家のお主へ忠義も立ち 死んだ跡で連れ
合に出かしおつたと誉らるれば それを未来で夫婦のたのしみ やい
道満此六の君を見違へなと 詞すがたもはやあらためおもひ切たる


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覚悟のてい 将監涙をはら/\とながし 花の中の黄舌(?うぐひす)花ならずして香(かんばし)とは
おことが事に誠有る左近太郎に連れそへば 心も剛に忠義を立てお命に
かはらんとは 出かしたり去ながら おことも十人並なれど姫君には似も付かず 殊に
目がしこい左大将殿 請取られねばやぶれのもとそちが望みは叶はぬぞ そんなら
外に誰人ぞよふ似た顔がござりますか 有共/\ 外迄もないかうならんだ中に有る
道満とがめて 此中とはさし詰妹花町より外にはなし イヤある/\ 億兆の
人おなじからずといへども 似た顔も有れば有もの 六の君の面ざしに寸分違はぬ

其顔が 天地の間にたつた一つ ムウドレ/\其一つとは ヲゝ六の君によふ似たは 将監が此
首といふに驚く斗なり エゝ父上よつぽどな事おつしやれ 玉のやうにすき
通るお顔と 六十にあまつた皺だれけのしらがつむりと まだ其うへに姫ごぜと男
と若干(そくばく)といふか お月様と泥亀(すつぽん)ほど違ふたおゝ気はのぼりはしませぬかへ 
ホゝ違はぬ所をとくと聞け 兄は主命討たねばならず討しては妹が立たず 中を取て道満が 将
監を討間姫は遁れ落給はん 申訳には白髪の此首 右の様子申しなば忠義


55
にかへて親を討つ 二た心なき道満左大将殿ぐつ共いはれず それなりけるに事
はすむ とゝろはげた此首でも身かはりになればなり様が有る物と 一つの命を
兄弟にわけて忠義を立てさする親の慈悲こそ有がたき 道満はつと恐れ
入我々を御不便のあまり お命を捨んとは勿体なやおそろしし 道を守る
は忠孝のたゞ二つ妹が心底とふに及ばず 不孝と呼れ忠義は立つ
まじ アイ兄様そふでござんす 兄うへの仰でも此事斗はそむかにやなら
ぬ ハテ兄弟は他人の始まり他人に連添ふ花町 心々に忠義を立る ヲゝ出かした

某とても其通り幾たび仰有迚も いつかな承引仕らぬと詞を
はなつて申ける ムウ親の心を無下にして兄弟(おとゞい)共に承引せぬな ハアゝ
残念是非がない 道満が討ねば御前済まず 自害しては犬死 はてなんと
せふ役に立たぬ事いふ手間で 経陀羅尼の一ぺんでもあなたのおためと
立て行 口に隋求(ずいぐ)陀羅尼の文(もん)ばらばらさんばらいんぢりや(梵字の呪文) 親子
の心もばら/\/\に連れて其夜も ふけわたる 月かげくらき植籠(うへごみ)の 裏の高
塀枝さして茂りし松の音するは 風か 有らぬか忍び込む女心の逞しき 枝をたよりに


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伝ひ来る 花町は待つ人のそれかと思ふ窺ひ足 ひらりと飛は女の姿 何者
なるぞと走り寄り顔を見れば兄嫁の築羽根 ヤア花町様か 何じや花町
かとは エゝほんにこなたはなふ 人の女房の風(かざ)うへにもおかれぬどう畜生 よふ
も/\大切な夫の訴人 あつかはづら火にこりずと忍び入たも親が差図か
六の君様助けふかと気づかひで吟味に来たか 何とそふで有ふがなと 腹
立つまゝの悪て口聞くにあやまる身のせつなさ 女のさがなき悋気より
夫の難義 姫君様失ふては道立たず忍び入た心はな お身にかはつて死ぬる合点

連れ合の妹御の お手にかゝれば築羽根が本望サア切て下さんせ
と おくれかきなできよげなる首さしのぶれば ホゝウ得切るまいと思やろ
がほんに切るぞや ハテ夫の屋敷へ戻つて死るが 親とひとつでない云わけ
サア切て エゝ何の切ろぞいの心はしれた疑ひははれました わしがけふ戻つたは兄
様を夫のうたがひ そち斗では心もとない今宵八つを相図にして忍びいらふ
ヲゝござれと約束左近殿が後ろだて お前とわしが心を合せ姫君様たす
けると 二人が談合物かげより 窺ふ芦屋道満(みちたる)が 耳にこたへる八つの鐘すはやと


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松の枝おしわけ しのぶ出立ちは夜廻りの装束りりしき兜頭巾 ヤア
ござんしたか待かねたといふ声高しだまれ/\と仕かたでとゞめ ふはと飛だる
足かろ/\゛うなづき合で三人いつしよ 勝手覚へし廊下の脇道鼻息もせず
忍び込む 時もたかへず又高塀の屋根にすつくとたちつけ羽織 同じ出で立ちの甲
頭巾塀をおりふし人はなし 心安しと門口の貫の木そつと明けかけて 退き足の勝手
迄しすましたりと忍びこむ 先へ入たる忍びの者六の君を奪ひ取り 廊
下をつたひ立出る道満手鑓おつ取てヤアどこへ/\ 顔は隠せど左近太郎

尋常にお供はせで 盗賊同然の行跡(ふるまひ)刃物よごしに命は取らぬ 姫を置い
て立帰れと 声かけられて返事もせず 姫を奥へ押やり/\無二無三に切かゝる
さしつたりと鑓取りのべつけばひらいてうつ刀 はつしとはねて隙間なく弓手
のわきばら馬手へずはと突く通せば うんとさけんでどうど伏す 花町見るより
夫のかたきのがさぬと切付くるを引ぱづし 片手につかんでねぢ伏すれば アゝ其姫
あやまちすなと頭巾をぬげば父将監 ハツアなむ三宝早まりしと 驚く
道満花町も供に うろつく斗なり 将監深手にちつともひるまず 年寄は腕


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のはたらき汝にはおとりしが劣らぬは謀 兄弟を不便に思ふ親の了簡を
聞かぬ故 裏門よりそつとぬけ又我内へ忍び込む 親の心を天道も憐み給ひ
しか 左近太郎が来る共しらず忍び込む某を 左近太郎と心得て妹といひ
兄といひ 我子をだますも我子の可愛さ つきとめられしは本望ぞや
さき逹ていふごとく六の君を落せし将監 親ながら討とめしと白髪首指し上ぐ
れば 道満が忠も立ち花町が夫婦の中 兄弟中も違ふなと心を砕きし我最
期 悲しとばし思ふなよ なきあとの弔ひとて僧も呼ぶな供養もすな 兄弟中

よくしてたもるが冥途のみやげておじやるはと 声も涙にむせかへれば
花町悲しさやるかたなく ふたりがふたりで父上としらぬ不孝も五逆罪 わふ
るにかひなき御最期やと わつとさけびふしまろびなげき 悔むぞあはれなり
道満涙押ぬぐひエゝしなしたり/\ 某武芸の余力にて陰陽亀卜(きぼく)の道
をあきらめ 天地の変化人間の禍福指す所をちがはさず 又は箱に入れて隠せし
物も算筹(さんぎ)をもつて占へは柑子(かうし)なれは柑子としり鼠なれば鼠としる(道摩法師と晴明の逸話)妙術を
得たる身が わづか一重の甲頭巾父共しらず早帰りしは 陰陽師身の上知らず


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子の身として親を討ち忠節顔は不孝の不孝 天の証罰待たんより道満是
にて生害と 指し添に手をかくればやれ待てとめよ花町と 父が詞も妹
が縋るもいや/\はなせ/\とせり合たり 是々道満早まるまいと声を
かけて左近太郎 姫君築羽根伴ひ出 様子は奥にて承はる親としら
ず手にかけしは 天道かよく御存知落命有ては不孝のうはぬり 自害を
とゞまり臨終の 迷ひを晴らすが孝行ぞとさま/\゛におしとゞめ 御老体
の命にかへ六の君の御介抱 かれと申し是といひ有難き御厚恩 せめ

て一つは報ずるため 恨みの有る左大将なれ共御親子(しんし)の忠義を感じ 親王
の御前へは沙汰なしに仕らん 御安堵有て往生遊ばせ コレ姫君様築羽根殿
いづれもよつて御いとま乞 ちかふ/\と取廻せばくるしき中にもにつこと笑ひ
ヲゝ忝い聟殿 主人の名も出ず世伜も存命 今こそ嬉しい隠居の宿がへ
安楽世界でたのしまんと 槍を引ぬけば老が身のもろくも息は絶へにける
人々叶はぬ道なれど今更したふ別れの涙 おしみ悲しむ声々に八声もつげて
明けわたる 治部太輔は刻限そと門内へつゝと入り ヤア六の君まだうたぬな


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サア此検使が見るまへですつはりいはしはや渡せ 早ふ/\と罵つたり おり
あしければためらふ間鑓追取て後ろより なむあみだ仏と築羽根が
念力背骨へぐつと通り ぎやつと一声岩倉が日来の我むしやも急
所のいた手 只一鑓に死てげり 築羽根死骸に立ならび鑓の穂先
を逆手に取り 咽ぶへに押あつる道満よつて鑓もぎ取 某への云わけ斯なふ
てはかなはぬ筈 左大将の悪逆も皆此治部が入れ性根 早いか遅いか遁れ
ぬ最期 所もかはらず日もかはらずそちが親我が父 たがいの子供が手にかゝる

ためしは末代よもあらじ 不孝の姿をあらためんと指し添ぬいてもとゞり
はらひ 芦屋兵衛道満今日より武士をやめ 陰陽の博士となつて
かたちもかゆれば名もあらため 道満(みちたる)と書く二字の読みを音(こえ)にて芦屋
の道満(どうまん) 刀いらぬとなげ捨つれば築羽根も我黒髪 切て捨つる身ながらへ
て 舅と親の菩提の発心 照綱大きにかんじ入りアゝ尤の了簡 名
も姿もあらたむれば不孝の人口のがるゝ道理 元より陰陽亀卜の
達人存命有は国家の宝 父尊霊も満足ならん 扨此治部は検使の役


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討たれし死骸のいひわけ有りや ホゝウ其木義は心やすかるべし 将監殿の手にかゝ
つて 斯くの通りと申しなばさしてとがめも有まじき 何から何迄親の慈悲
遺言守つて御首を 主人の方(かた)へ持参せん照綱には六の君 館へいそぎ
御ン供と別るゝ袂ぬるゝは袖 ひかるゝ心はなれぬ恩愛聟よ 我子よ嫁
娘とゆふべは呼ばれ暁は 露と消へ行く魂(たま)よばひ輪廻流転の空晴て
清き最期は一念不生迷はぬ道は即身即仏 菩提の道に入る夫婦姫を いざなひ
行く夫婦 孝行忠義二筋を一つ血筋にむすぼれし親子の 別れぞ哀れなる