仮想空間

趣味の変体仮名

蘆屋道満大内鑑 第四(葛の葉子別れ~蘭菊の乱れ~草別れ~信太の森二人奴)

 

読んだ本 http://archive.waseda.jp/archive/index.html
      ニ10-00991

 


61(左頁)
   第四
となり柿の木を 十六七かと 思ふて 覗きやしほらしや 色付いた 十六七かと 思ふ
て 覗きやしほらしや色付いたかけておる賤があさ機あさはかに なんの織るぞいの 生(おい)
長(さき)いはふいとし子に 千筋万筋よみいれて 大名嶋おりてきせふの所も 安倍
野のあしがきの 間近き住吉天王寺 霊仏霊社に歩を運び 父は我子の出世の
祈り母は心を染め機の しんきしんくを竪横に さをな車の手談(ずさみ)も 子に世話おるとぞ
見へにける 母は機屋を立出て コレ/\坊稚(ぼんち)きのふもとゝ様こいつには悪いくせが有 只虫


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けらを殺したがる 今から殺生好んでろくな人に成るまい 必蜻蛉(やんま)つるなよ ねぎや蝗を
殺すなとお叱りなされたを忘れてか たつた一人の与勘平は京へ行く 留守の間に池へも
はまるか疵でも付たら母は言訳なんとせふ 必々庭より外で悪あがきしてたもんなや サア爰へお
じや/\ さきにから間も有る乳呑で昼寝仕や そんならかゝ様晩には 松虫塚へ虫をたんと取り
に行くぞや ヲゝ安い事夫レもとゝ様連れてござらふ 小言云ずとねんねこせ/\ いとしい者を誰がいよ
ねんねこせ/\ ねんねが守はどこへいた 山をこへて里へいた 里の土産に何もろた でん/\だいこ
にふりつゞみ 楽(がく)もはやしもいらばこそ 手間隙取らずすや/\と 母に添い寝の稚子は

いかなるよい夢見るやらん おか様内にかい ホ添乳なされてじや 頃日の雨つゞきでめつ
きりと木綿の値がよいが 織だめがあらば一疋でも半疋でも売らしやんせんかい ヤア
えいと打違ひおろして腰打かけ ついでに火をもらふてさらば一ぷくいたさふか アいたし
てもらふまい子供の寝入り口 かさ高に物いふて下さんな けふは又けしからぬついに見
馴れぬ木綿買い達が ないといふに立かはり入かはりこなたで三人 そして家の内や人の顔
を きよろ/\と合点の行かぬ木綿買達では有はいの そふいはしやりますな 合点か行か
いでから高が天下の町の借屋に住む木綿かい 気づかひな事はござりませぬ 斯


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うろ/\と見廻すも アゝどふやら機に器用そふなおか様の顔じや 定めておりだめが有ふ
売てほしやと思ふからなんと売てくさりませぬか サア次第/\に寒ふは成 夫の肌着よ
表がへよ 子にもさつぱりきせたけれと 繰る積むもそめるも手一つで 内の肌
さへふさぎかねる 売る木綿はいかな/\切一尺こざらぬ ない所に長居せずととつとゝ
いんでくたされとあいそなければ立あかり ハテおかさまそふもぎとふに云ず共 仕業(しごと)は
心につきる物じや 気たけをながふ心のはゞひろふ 詞につやも有る様に其内織つて
下さりませ 又御無心に参らふと 我挨拶をしほにしてすご/\出て帰りけりアゝやか

ましやよしない事に隙取りしが 嬉しや日脚も八つがしら 夫の帰りは間もあらふ 七つの
墨へはとゞく手の片付けて饗(もうけ)せん ねんねこねゝことたゝき付け 又機前にさしかゝり
となり柿の木を 十六七かと 思ふて のぞきやしほらしや げしやうはあらぬ つまはづれ
老人夫婦の旅姿廿(はたち)余りにおとなびて 娘一人介抱し旅迚もまだ泊り経ぬ
足もかろげにそんしよそこと人の教への門の口 コリヤ/\爰よと父の老人二人を近付け
保名の有り所(しよ)聞くと等しく 是迄同道はしたれ共 よく/\思へば別れて早六年 長の年
月生き死にの問い音伝(おとづれ)もせず 此方こそかはらね共 保名の心底量りがたし 先ず某一人(にん)


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対面し 所存を聞て其上で 母も娘も呼出さん 暫く爰にかけかくせいで案内
せん頼みませぐ 物申さんと内に入 見れ共/\人はなし 扨は保名は他出召され あの機音
は召つかひか 御免あれそれへ参ると窓に立寄り顔見合せ 扨も似たりと恟りし興
さめ門へかけ出れば 女も窓の戸引立ておる手拍子の音すめり ヤレ/\かゝよ娘よ奇妙
/\ 娘の葛の葉があそこに 機織ているはいと呆れ顔 アゝつかもない是爰に居る
葛の葉が 何のあそこに機織ている物ぞ 廣い世界に同じ人間似た人の有らいで
は アゝ仰山な事斗 いやなふたいがい物の似たといふは 鴉と鴉雪と雪 其段では

ない正銘正真の娘の葛の葉よ 疑はしくは覗ていお見やれ それは興がる似た人や 娘
もおじやとさし足し 忍ぶ間近き窓障子 やぶれに二人が息を詰め覗けば見かはす顔
斗か どなたじや誰じやといふ声迄 似はせぬやつぱりほん/\゛の 葛の葉も肝潰れ
母の手を引逃出る なふ/\親父殿物がいはれぬ あちらが誠の葛の葉か是が
ほんの葛の葉か 親の目にさへ今となり子にとまくれて気が迷ふと 投げ首すれば
葛の葉も かゝ様お道理私が心にさへ おれがあの人かあの人がおれかと思はれて 俄
に胸がやるせない とゝ様どちらをどふといふ 分別なされて下されと 袖にすがれば


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引寄せて 三人顔を詠め合い溜息ついたる折からに 立帰る安倍の保名夫レと見る
より ヤア庄司殿御夫婦か お身は保名かなふなつかしやと それは此方も御同然 先ず奥
へいざ御案内と立袂をひかへ 先々急に渡す者有り コレ預りの葛の葉連れて参つた 渡し
申す聟殿と引合はされて葛の葉は 遉二人の親の前いはで心をしれかしの 顔に会釈
ぞこぼれける 保名大きにたみ入是は/\ 拙者が留守の中早葛の葉に御対面
なされ 衣服を着せかへ今連れて来た様に見せ 此保名をこまらせておわらひ
なされふ為か 女房も女房今始めて来たやうに 所体(てい)を作つて何じやいあ ハゝゝ

此申わけこそ段々 御息女葛の葉と夫婦に成り是に有る事 先年信太の宮にて悪
右衛門狼藉の時 既に事難儀に及び生害仕らふと存ずる所へ 早速此人が
かけ付けさま/\゛の介抱 それよりいつしよに立退き所々漂泊し 此所の住ま居に五年 安倍
童子と申す五さいの男子(なんし)をもふけ おとなしく生ひ立申すに付け是をちからにお侘び申
さば 孫にめんじ我不行跡御めんも有ふか けふは参らふあすはおわびに参らんと
口で申せ共何かしよぞんに任せず 一日/\と相のび今更お侘申さふ詞も
ない 重々の不調法孫にめんじ御堪忍有やうに 母様お執成しなされ下されと身を


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投ふしてわびにける いやさいひわけ所でない 来て見たればふしぎたら/\゛ 先ずあの機織る
人をひそかに覗いて見ておじやれ げにも/\女房は爰に居る誰か機を織らんと
つぶやきながら立よつてそつと覗いて恟りし 色をちがへ立かへりあそこにも葛の
葉爰にも葛の葉 こりやどふじやコハ/\いかにと顛倒(てんたう)し 奥を見てはあきれ
顔こなたを見ては興さめ顔 物をもいはず立つ居つ思ひがけなき驚きに
只ぼうぜんたる斗なり ヲゝ当惑の体至極せり 我も信太にて別れし後悪
右衛門が讒言にて 重代の所領没収(もつし)せられ よしみの片里に世を忍び住む其内に

貴殿の事を恋したひこがれわづらふ此娘 五年の年月冬看病肝を焦す
所 不慮に頃日貴殿の有り家聞くとひとしく 忽ち病気平癒し夫婦が召連れきて
見れば 思ひも寄らぬ二人の葛の葉けふもあすもさめ果しが 退いて分別する
に離魂病といふ病有り 俗には影のわづらひといひ かたちを二つに分くると
いへ共 それも一つ軒をば離れず時々かたちを合はすといへば夫レでもなし 正(まさ)しく是は変化
の所為か又は天狗のわざなるべし 我娘に引合せ誠をもつて理を押さば たちまち
姿をあらはすべし性根をぼうずる所でなし 保名心を付けられよ気を付け給へ聟殿と


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夫婦ちからを付け給へば 仰迄も候はず 我も加茂の保憲にしたがひ 是式の邪正
を糺す事 一句一指の手段に有り きつとしるしを見せ申さん各々は暫しの内 見ぐるしく
共此物置にひそかにお忍び下さるべしと よぎなき詞に人々もかまへて仕そんじ
給ふなと あやぶ心の物置のすだれを上て忍ばるゝ 保名ことなき風情にて内に
入り 是は/\坊主めがあがきくたびれ 此ふんぞつて寝たなりわいの 童子が母はおはせ
ぬか今帰りと呼はれば なへだれ襷 取あへず いつよりけふのおかへりはおそかりし おはだ
さむにはなかりしか いや/\空もあたゝかに 住吉へ参詣 かへりは例の天王寺 なふ

思ひも寄らず六時堂のまへ お身の父庄司殿御夫婦にはたと行き合い 日来の不届き
胸につまつて挨拶をしかねたれば あちには一向恨みのけもなく 有家をきいた故
娘にあはふため 尋ね来たれ共見る通り連れ衆も有り 此衆をかた付け日暮にはそれへ
参らふ たべ物の用意は無用洗足の湯を頼むと 中々心とけたる挨拶一つ二つ物いふと
思ひしが かいつまんでも五年の咄し 思はず時うついた お身も久々の対面嘸悦び
身も大慶と物がたれば それは何よりお嬉しや 日くれとて間(あいだ)もなし 用意
無用との給ふ共なんぞせずはなるまいか いや/\孫をつき出しおめにかけるが馳


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走の一番 お身も髪に櫛でも入れ衣服も着かへ しほたらとした体を見せませぬ
それが馳走の第二番 早ふ/\身は夜と供の物語り 此くたびれではつゞくまい
日くれ迄一睡せんと いひつゝ女房の形ふぜい見れ共驚く体もなく 髪とりあぐる
其姿どこに一つの云ぶんなし 但しは娘をつれて来た庄司夫婦が何ぞではある
まいかと 迷ふ心の奥の間に忍びて事を窺ひける 妻は衣服を改めてしほ
/\と奥より出 ふしたる童子をいだき上げ 乳ぶさを含めだきしめていはんとすれど
せぐりくる 涙は声に先だちて暫く むせび入けるが はづかしやあさましや年月包みし

かひもなく おのれと本性をあらはして妻子(つまこ)の縁を是切に 別れねばならぬ品
になる 父御に斯といひたいが互に顔を合せては 身の上かたるもおもてぶせ 御身
寝耳によく覚へ父御に斯と伝へてやべ 我は誠は人間ならじ 六年以前信太にて
悪右衛門に狩出され 死ぬる命を保名殿にたすけられ ふたゝび花咲く蘭菊の千
年近き狐ぞや 剰へ我故に数ヶ所の疵を受給ひ 生害せんとし給ひし命の
恩を報ぜんと 葛の葉姫の姿と変じ 疵を介抱自害をとゞめいたはり付そふ
其内に 結ぶ妹背の愛着心夫婦のかたらひなせしより 夫の大事さ大切


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さぐちなる畜生ざんがいは 人間よりは百ばいぞや ことにお事をもふけしより右と
左に夫(つま)と子と 抱て寝る夜の睦言も夕べの床を限りぞと しら
ず野干(やかん)の通力もいとしかはいにうせけるか 今別るゝ迚父ごぜの業でも
なく 元より名をかり姿をかりし葛の葉殿 恩は有れ共恨みはなし 庄司殿御夫婦を
誠のぢい様ばゞ様 葛の葉殿を真実の母と思ふて親しまば さのみにくふ
もおぼすまじ悪あがきをふつつとやめ 手ならひ学文(がくもん)せいだしてさすがは父の
子ほどあり 器用者と誉られよ 何をさせても埒あかぬ道理に狐の

子じやものと 人に笑はれそしられて 母が名迄も呼出すな 常々父ごぜの虫
けらの命を取る ろくな者には成まいと只かりそめのお叱りも 母が狐の本性を受付いだる
か浅ましやと 胸に釘針さすごとく 何ぼう悲しかりつるに 成人の後迄も小鳥一つ虫一つ
無益(むやく)の殺生ばしすなえ必々別るゝ共 母はそなたのかげ身に添い 行末長く守る
べしとはいふ物のふり捨て 是が何と帰られふ名残おしやいとをしや 放れがたなやこ
ちよれとだき上 抱付き抱しめて思はずわつと泣く声に 保名一間を走り出子細は聞
たり何故に 童子を捨てやるべきと呼はる声に庄司夫婦 葛の葉もまろび


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出はなちはやらじと取付けば 抱きし童子をはたと捨てかたちは きへてうせにける 庄司
目をしばたゝき エゝ扨夢斗斯くと知たらば ふか/\尋ねこず共仕やうもやらも有る
べきに むざんの次第を見る事やと 夫婦が悔めば葛の葉も手持ぶ沙汰に見へけるが
アゝそふじや何はともあれかくもあれ 自が姿と成り自が名をなのり 産で貰ひし
此坊(ぼん)は取もなをさぬ我子也 とゝ様かゝ様おまへがたの為にも 真実の孫じやと思ふて下
さんせ コレ坊稚今から此母が身にかへていとしがる 今迄のかゝ様のやうに かゝ様/\としなつこ
しう頼むぞや ヲゝよい子やと抱給へば 乳をさかしていや/\/\ 此かゝ様はそでないと膝を

這いおり見廻して かゝ様/\と呼さけべば 保名たへかね大声上げたとへ野干の身成り共 物の
哀れをしればこそ五年六年付纏ひ 命の恩を報ぜずや況や子迄もうけし中
狐を妻に持つたりと笑ふはわらひもせよ 我はちつ共恥かしからず 別るゝ共あいたいにて
互に合点の其上は うせもせよきへもせよ此儘にてはいつ迄も 放ちはやらじヤア葛の
葉 童子が母よ女房よとあいの襖を引明くれば 向ふの障子に一首の歌 恋しくば
尋来て見よいづみなる 信太の森のうらみくずのは ハア扨は一首のかたみを残し 難面(つれなふ)も
帰りしな我に名残はのこらず共 童子はふびんに思はずかと 奥にかけ入り表に出


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短気のごとくかけめぐれば 童子も父の跡に付きかゝ様どこへいかしやつた かゝ様なふとかつぱと
伏し 声をはかりに足ずりし身をもだへ嘆くにぞ 庄司夫婦葛の葉も 供に哀れに取乱し
前後 ふかくに嘆かるゝ 庄司嘆きをとゞめんと思ひヤア保名ふかく也 狐斗が葛の
葉で我娘は葛の葉ならずや 殊に残せし一首の歌 恋しくば尋きて見よと読んたれば
いつでも信太へさへ行ば出合ふに疑なし エゝみさんさん/\゛比興至極といさむる所へ けさより
立まふ木綿かい一つに成てつゝと入り ヤア安倍の保名葛の葉 信太の庄司見付た/\ 斯くいふ
は石川悪右衛門殿家来 荏柄の段八滋賀楽雲蔵(しがらきうんぞう)落合藤治 主人の御心をかけらるゝ葛

の葉を隠し置く保名は密夫(まおとこ)同然討ち殺して姫を連れ来れと 頃日(このころ)爰に徘徊しけふ出っ
くはせたは百年め 女房が有ても首がなふては済むまい 畏つたと葛の葉を渡せ/\
と呼はつたり 老人夫婦足弱の殊に嘆きに気も遅れ 途方にくれて立騒ぐ保
名はつと心付き 申し/\さはぐまい 葛の葉は童子をいだき御夫婦を介抱し 裏口を出てかげかくし
た遠いへ逃ぐるに及ばずと 裾引からげつゝ立あがり 愚者に向つて返答なし 葛の葉がほし
くば保名を首にして連れて行け サアこいと かたみこそ今はあたなれ幸いと 織かけし布(しも)
機(はた)の蹉踏(まねき)かけ板 巻竹よ?梭筬(ちぎりひおさ)よ?(わく)なんど はづみを打て投かけ/\ ためらふ所を


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まつかせと親機えいとこぢ放し 科有る者を成敗の磔といふはた物の あんばい
見よとふり廻し日来には似ぬ強勢(がうせい)も 狐や力添ぬらんはげしかりける働きなり
落合は逃じたく段八雲蔵なま兵法 豁(あばら)と眉間に大疵請けのたり廻つて死ぬしてげり
人々かけ出手柄/\といさめ共 葛の葉はいさみなく何をいふてもわたくしに 乳がなふ
てはいつ迄も此子が馴染ふやうがない あつちに有てもいらぬ乳もらふてほしいと泣き
ければ ヲゝ道理/\とそれ迄もなく一度(ひとたび)は尋ね逢はではかなはぬ義理 夜道を行くも
たど/\し明けなば夫婦童子をつれ 尋てきませ和泉なる信太の 森へと

   道行信太の二人妻(」迄の前半=蘭菊の乱れ)
こゝに あはれを とゞめしは あべのどうじが母上也 もとより其身はちくしやう
のくるしみふかき 身のうへを かたりあかしてつまにさへ そふに添はれずすみ
なれしわがふる さとへ かへろやれ我住みすてし 一村の かりのやどりはあき
ぎりに立まぎれたるいろ /\きくも 此身しるかとはづかしく 足つま立てて
ちよこ/\/\ ちよこ/\/\とつまだてゝ しよていみだるゝはぎすゝき はつと思ひ
てとりなりをつくり 繕らふ笠の内 かたぶく日かげまばゆくて 忍ぶ身


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のさはりは こゝの人ざとかしこのゆきゝ それに いやなはいぬのこえぞつとした
ぞつとそげたつ露しぐれ ふりみふらずみ てりふりに 我はふるすへかへる身
をよめり/\とさとの子の あのいたいけを見るにつけ跡にまします父母
に預け置いたるおさな子の ちぶさ尋てさこそなげかんふびんやと 涙に道も見へ
わかず こゝはいづくとしら露もちくさに すだく虫のこえ猶かなしみのます
かゞみ 水に うつして我すがたかいしよ有げに行くのぢを そよ/\そよぐ
野分につれて あわやおくてに から/\からり ひかぬ鳴子の 音すれば

もし狩人の有やらんと あはておどろきふりかへる小鳥おふ家(や)は戸ざしして夫レと
とがむる人だにもないて身をもやくやむらん 今はくやまじなげかじと いへど乱るゝらん
ぎくをわけつゝ行ば 程もなく我住む森の 下かげに立休らふと 見へけるが草
がく れして 「こにあはれを とゞめしは あべのどうじが母うへの ひとりは跡  
にとゞまれど 尋るうみのかた/\の ひとりは人のたねならぬ 其うき事に
身を恥て こひしくは尋 こいとの言の葉に 書き捨てたるをかたみ共 夫レをしるべに
葛の葉は 保名諸共諸袖に ほだしのたねのたねのいとし子を すかしいざなひいづみなる


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しのだの「もりへと こゝろざし ふりかへり見るゆんでもめても 里遠く 遠里(とをざと)
おのや浅香がた あべのも跡に なにはづの みつのうらかぜ烈しきにかぜばし引く
な引かさじと せなにおふてふりきり/\゛す きりはたりてふ おる賤が家(や)の おさの音
堺の町も出はなれて 心細道わけ迷ひゆけば かすかに ゆふづく日 人がほ
さへもちら/\と くれぬさきよりともす火は 神の御とうかいや白菊の 花に
露ちる秋の野か あれこそさのにともす火の 入江/\にあびきのこえ
風にさそはれ行道の 梢まばらにうらがれてたゞ何となくさびしきに おばなや

さしく まねくにぞ それをたのみの力草 しげる百(もゝ)草道くさを 引く手
にすがりあいらしく ゆびざすかたに 又ちら/\と物がしらすぞ哀れなり
思ひにヤ こがれてもゆる のべのきつね火さよふけてそれかあらぬか
はゝきゞか まがふかたなく子故のやみにはゝもあこがれともす火と
はしりつく/\゛見渡せばかげもすがたもなきこがれゆく大とりの
はがいかさねてひな鳥をいだきかゝへて玉ぼこの よるかたわかぬたび
なれどいそぐ心に道ばかも ゆくての森をめあてにしばし つかれを晴らしける


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誰にとひ誰にとはましいはくの 千枝にわかれて物思ふ我も思ひのこがくれ
て 保名夫婦稚子をさま/\゛いたはり介抱し アゝしんどやと葛の葉が薄(すゝき)折り敷き
足休め ヲゝならはぬ旅路草臥れも尤 向ふがおことが生れ古郷 こちらに見ゆるが
往昔(そのかみ)夫婦の契りを結びし信太の社 ふと馴そめし故にこそ 互にかゝるうきめ 
にあふも覚悟のまへ とかく只 世の中に嘆きはなきに悦びを もとむればこそ嘆き
とはなると詠みしも今身の上 ヲゝそふでござんす共あぢな縁から苦労あそばし
お前に添たい/\とわしが輪廻のふかき故 悪右衛門にさらへられ二親迄も思はぬ

流浪 昔の花の住家へ立寄るも人目恥かしくどふかかうかと案ぜしに てうど薄
暮よい時分 何とぞ尋ね彼なかの母御にめぐり合 此子の思ひもはらしてやり
たし 一つには又私も云たい事は山々 成程片時(へんし)もいそがんと親子夫婦手を引合い
彼かくれがは何国(いづく)共しられずしらぬ乱れ咲き 菊のうね/\そこよ爰よと押
わけかきわけ 童子が母やい 童子の母御イなふとよべどさけべどこたへさへ 事とふ物は秋
の風 野辺にしほるゝ葛の葉の 恨みのたねや残すらん 扨はふつつと思ひ切り
最早逢も見もせぬか エゝ胴欲な心やな暫しなり共かたちをあらはし 此世の思ひ


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をはらさせよと 泣きくどけば葛の葉も声を上 神通とやら得た身にて是程
したふが聞へぬか たつた一言童子に詞をかはして下され 此子はかはいふない事かと
草場にどうど伏し転べば わきまへしらぬ稚子も 供に泣くこど哀れなり
そよと吹く風身にしみて 心細き折こそあれ 我子のきづなにからまれて顕はれ出し
童子が母 顔も姿も葛の葉に 又葛の葉の二面(ふたおもて)二めんの鏡に一人の影うつし
見たるがごとく也 保名見るより走り寄 ヤレなつかしや床しやな いとしかはいの子をふりすて
いづくの浦いづくの里に住まれふぞ いか成あやしきかたち成り共いとふまじ せめて此子

が智恵づく迄育てゝくれよとかこつにぞ ほんに誠に今迄は此葛の葉に成
かはり 夫への心遣ひ殊に身腹もいためずに よい子を設けし悦びは よその嘆きと成
たるかや 人に限らず虫けら迄親子のわかれ 悲しなふてなんとせふ ましてや是は心よふ
添とげている中へ 思ひがけなきみづからがぼか/\と往た故に 当惑して家出かや
けふもけふとて此子がの うみの母なきともしらず やつはり此葛の葉を 実の
親と思ふて心よふ遊べ共 乳をさぐつてかゝ様なふと 泣くが悲しい/\とわつと斗
にふししづむ 母はむせひたへ入しが漸に涙を押へ 誠のかたちを顕はしてお目


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にかゝるも恥かしく 以前のごとく葛の葉様の姿にて申しわけ おふたり共に聞て
たべ 此母が野干の身でさら/\夫の色香に迷はず 御恩をおくるため斗
年月をかさねしに去がたき因果の胤を身にやどし 古栖へも戻られず 我
子につながれ暮す内思はず此身のざんげをば いはねばならぬ義理と成る
人にしられて一日も人界の交りかなはず 扨こそ古郷へ帰つたり 猶此上にも保名
様恨みをはれて此子の行末 葛の葉様頼み入ると童子を膝に抱抱へ 乳ぶさを含
めせなをなで げにや誠に此子程 果報つたなき者はなし 有るが中にも畜生の

腹をかりしも前世の業 おとなしうなり末々は みやづかへする迚も野干の子迚
あなづられ 心苦しう思ふらめ それも誰故此母が人ならぬ身の悲しさよと 或
はなげき恨みわび 身もだへしてぞふししつむ 保名もせきくる涙をとゞめ 汝が詞
尤なれ共 淫婦と変じあまたの人をたぶらかさば 託枳尼天のとがめも有べし 是は
正しく仏体にひとしき人間を助くるに 天のとがめもなどか有らん サア/\安倍野へ同
道せん いや/\/\ それは思ひも寄らぬ事 色におぼれ我子に逢ひ 此身をしられ
た其上に 二たび人間に交はる時は 五万五千の眷属に疎まれ剰へ 尽未来際畜生


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害を出やらぬ 其くるしみにはかへがたし 名ごりは尽きじさらば/\いとをしの此子やと 顔にあて
身にそへて泣しづみ/\ 泣ても悔みてもかへらぬ事と立上るを こは情なし今暫しと取付く
をふえい払ひ すがり付をもぎはなし 此姿ゆへとゞめ給ふいで/\愛着のきづなを切らん
誠のかたち是御らんぜといふかと思へば忽に 年ふる白狐と身を変じ我子の身
の上守らんと 見かへり/\なつかしげに草の しげみへかくれける なふ心づよきわかれやな 其
かたちをもいとひはせじ 今しばし暫しといへど其かひは 嵐につるゝこたまのひゞき 草茫々
たる信太の原の 草ぼう/\たる信太のはらに 面かげ斗や残るらん 俤ばかりや 

「残るらん 折から爰に 旅乗物石津の方よりきたりしが 若童立より
小腰をかゞめ 保名様にて候な 御行衛を尋んため主人芦屋の道満遥
々くだり候と 聞より夫婦目を見合せ ねがふ所の御尋夫レへ参つて対面と
女房にさしぞへ渡せばりゝしげに 脇ばさみ 乗物間近くつゝと寄 姉様の
敵覚へがあろ サア芦屋殿是へ出て勝負/\と声かくる こは狼藉と下部共立
さはげば ヤア/\騒がししづまれとゆたかに出る芦屋の道満 慙髪に僧衣の姿
保名見るよりハア聞へた/\ 身に覚有る敵持ちゆつくりと夜が寝られず さまをかへて


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助かる気か 衣は着ても敵は敵 是成は身が女房葛の葉 姉榊が相果てしは加茂
の家に伝はる秘書 汝が奪ひし故ならずや 陰陽奥義の望を失ふ保名が
欝憤晴れやらず 丸腰を相手は死人も同前サア元の武士に立かへり 尋常に太刀討ち 
と詰かくれはちつ共騒がず お身達が恐ろしとてさまをかゆる道満ならず據(よんどころ・拠)なき主
命父将監(しやうげん)の忠死につき 斯のごとく薙髪(ちはつ)せり 又榊の前の生害は後室并に
岩倉がな所 彼家の一巻某が手に入りし疑ひはさる事なれそ 奪ひ取しなどゝは
保名共覚へぬ一言 某が心は左にあらず 互に他事なき弟子兄弟不慮の難民

に世をせばめ 此和泉路に漂泊と聞きつる斗仕官の身 心に任せず年月を過せしが
此度桜木の親王の御賢慮に叶ひ奉り 大内小博士に任ぜられ 生国津の国芦
屋の庄を給はつて かの地へおもむく折に幸い尋来¥りし其子細は 先師加茂の保憲
一字を譲りし秘蔵の弟子 保名の継ぐべき家の重宝我方に置は道にあらず 返しあたへん
心底にて是迄持参致せしと 乗物の内より恭しく取出し 此書を考へ道をひらきふたゝひ
帰洛致されよ 此うへにも我心底疑はしくばともかくもと 詞すゞ敷き其有様保名はつと
平伏し しばし詞もなかりしが 浪人の心の僻み情有る芦屋殿に 卒忽(そこつ)の雑言今更悔


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かひもなき 色に迷ひし身の越度(おちど)大内のきこへといひ 主人小野の好古卿御憤憚り
あれば 保名が出世の望はなし 何とぞ世伜を守立て家名をつがせ申したし 御労志の賜
童子に譲り給はれと 先非をくゆる夫婦が願ひ ハテ親子の間はいつれにても其
方の心任せ童子爰へと招かれて 葛の葉嬉しくいだきよせ アレよその伯父が 結構
な巻物そなたにやろとおつしやる 行義にそこへかしこまりや ヲゝそふじや/\時宜申
しや 是は/\おとなしい成人して学問せい出し 親の名を上げられよとわたせばいたいけ
両手に受け 爺様めんたし仕まするといたゝき/\ 巻の表紙を打守り コレよその伯父様

此書付は金鵜玉兎 金鵜といふはお日様の中に有る三足の金(こがね)の鴉 玉兎とは又お
月様の中で餅をつく玉の兎 月日を記せし此巻物 天地の間にあらゆる事是
を見ればしれるのと 舌にも廻らぬ五つ子のぎよつとした事云出すにぞ 夫婦も驚き道満
も あまりの事にこはげ立顔をながめて居たりしが おどろき入ったる童子の発明 尤
世上の子供にも四つ五つで大字を書き 絵馬などに上ぐるも有り是は格別 月日の異名の理
を弁へ 天地のことをしるせし書とは 遉に保名の教へかたおいさきが思はれて 夫婦にも嘸
御満悦 イヤ中言に候へ共 父教へざれは子愚なりと本文はぞんじながら 日かげ者


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の艱苦(かんく)の渡世何をおしゆる事もならず やりばなしに育てし世伜 只今の一言親
ながらふしぎ晴れず かれを産し母親は当所に年ふる白狐なるが 先年助けし
恩を思ひ葛の葉が姿と化(け)し 我を育(はごく)む此年来(としごろ)狐としらず相なれて 出生仕
たる此童子 白狐の才を請つるやらん 恥かしき身の懺悔と 聞より道満手を打て 扨こそ
/\ 尋常(よのつね)ならぬ人相かやうのためしは唐土(もろこし)にも 美仙狼(びせんらう)といふ狐 南京城外の民
黄琢(かうたく)が孝心を感じ 妻と化して一子をうむ 其子の名は黄継(くはうけい)惣明叡智かくれ
なく 朝(てう)につかへて高官たり 此童子も真(まつ)其ごとく一を聞て十をしる 秀才いかで黄

継にはおとるまじ 白狐通(つう)をそなへし才智試みに物とはんと 膝の上にいだき乗せ コレ童子
此日本(ひのもと)の始り覚へずやと尋ぬれば ハテしれた事とはしやる 天神七代地神五代 人皇(わう)の
はじまりは神武天皇と皆いへど瓊々杵の尊をはじめとする ヲゝ詳らかに聞へたり
サテ仏法は大聖世尊釈迦牟尼仏 あまねく日本に弘(ひろま)りしは忝くも聖徳太
子 ムウ儒道はいかに 大聖人孔子なり 三十一字の言の葉は 八雲たつ出雲の御社(みやしろ)
素戔鳴の御神 八重がきつくる詠歌のはじめ 詩はからうたと是を訓(よみ)楽の章を
元として舜のつくりはじめ給ふと平仄(へうそく)あはせし請こたへ管弦楽器もそれ/\に


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わけて尋ぬる琴の緒の数をしらべて伏犠(ふつき)の作 琴(きん)のことは三尺六寸和琴(わごん)の始め
は弓六張(ちやう) ひくや鈿女の神楽歌 笛は龍の吟ずる調子こちらが持遊(もちやそ)びぴい/\鳴る
壱文笛やや笙の笛鳳凰の鳥の形 鵜殿の芦は?篥(ひちりき)の舌鼓うつ 波の
声琵琶の形(なり)は近江の湖 一夜の中に駿河の富士山孝霊五年に始まるとは 今辻々
で女夫の読売年代記にかいて有る ちんぷん漢字の始めは蒼頡(さうけつ)いろはにほへとは
弘法大師 墨は薛稷(せつしよく)筆は蒙恬(もうてん)つくりいはれ有馬筆 人形がひょつこり口から出次第
とひ次第 雛祭は嫁入の手ならひ兜は武芸けいこの始り サゝ天か前(まい)かの穴一は天

下法度の博痴(はくち)の始り 紙鳶(いかのぼり)は養生の始め終りにけしとみなく 神道王法(わうばう)一々
に問ふにしたがひいびわくる 童子が口をかりそめに腹をかしたる母狐 そばにありとは
しらぎくの花の 随意(まに/\)見へつ かくれつきへて かたちはなかりけり ハアげにも/\
疑ひなき 狐の守護する希代の童子??内伝の書明きらめ保
名の虚名を晴されよ 其義を祝して道満が身不肖ながらえぼし親 晴れ明きらむるの字を
もつて晴明と名乗られよと 扇をひらきあふぎ立てあふぎ立つれば夫婦が悦び もと
より先祖は安倍の仲麿名字(みやうじ)をついで安倍野の出生 童子を安倍の


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晴明とは此時よりもなづけたり 道満重ねていづれもに対面し 日来のねがひ
達するうへは早帰国と存ずれど ついでながら信太の社是よりはいかほど有り
イヤわづか半道あまり保名案内仕らん 月の夜すがら道すがら咄しも且つれば慰み
がてら 乗物やめていざ同道 葛の葉は親達の 尋見へんも量られず 爰にて
待てと夕月夜いそがぬ芦屋打連れて信太の「森へとわかれ行 時もこそ有れ
悪右衛門葛の葉を奪ひとらんと 手の者引具しおつかけ来り コリヤ/\藤次 足弱(よは)
を同道すればとふくはゆかじと思ひの外 保名めは逃ぐる共鼻がおてきを手に入れ

よと きよろつく眼に乗物見付 ヤア物くさしと立かゝり戸を押明くれば葛の
葉親子 はつと驚き逃出るどつこいさせぬとねぢこみおし入れ おか様に子添(ぞへ)迄保名
を生捕るよき人質 いそげ/\と乗物かゝせ引っかへすむかふより コリヤ待て/\やらぬ奴(やつこ)が
やらない乗物待てと棒ばなつかみ こりや/\よい/\よい所へてうど参つて与勘平
鬚が手なみ忘れたかしやうこりもなき悪右衛門 サア乗物おいてつゝぱしれ 命助け
てこますのがそつちのためにも与勘平 但し首にかへる気でごはりますかと睨め付る
ヤア推参なる香椒(とうがらし)めうぬが命は天井守り奴豆腐に切砕けと主従ぬきつれ


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討てかゝるを かいぐり/\切るより早い手づかみ料理 取てはなげ/\さつてもあんばい与勘平にぐ
るをやらじとおふて行 道引ッちがへ又こゝに 京よりかへる与勘平 刀の鞘に状箱結ひ
付けひよこ/\来たるを 葛の葉悦び ヲゝ手がら仕やつた出かしやつた 悪右衛門は逃おつたか
大勢と只ひとり そなたに怪家はなかつたかや ヤア是は何おつしやる 奴めは旦那の
御用一昨日の朝京都へのぼり 左近太郎様に御目にかゝりお返事は此状箱安倍
野迄戻つて見れば 思ひがけない庄司様御夫婦 お前のお噂かのゝやうす びつくりすぐ
さま参つたはたつた今 手がらのての字びやくらい覚へごはりませぬ 又あの人の卑

下をいやる 悪右衛門が大勢追ッぱらやつた気味のよさ 此葛の葉がよふ見て
いる なんぼ見てござらふが覚へない与勘平 芸にも晴にも髭一人(いちにん) 葛の葉様なら
二人も有はづ 但しお前が彼ではないか めつたに傍へよらしやますなと睫ぬらせば エゝ
何いやるそなたこそどき/\と紛らはしい与勘平 イヤお前がイヤわがみと あらそふ
後ろへむら/\と取てかへす悪右衛門 アレにがすなと下知をなす ヤよふこそ/\石川殿
手がらの覚へなかつたにさしに来た 心中者め 迚もさしてくだんすなら前髪がよかろ
物 すりこくつたき男首ア名は儘よ 高野六十那智八十とつてくれんとぬき放し


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切てかゝればさしもの大勢立足もなくにげて行 葛の葉は童子をいだき 是々あぶ
ない長追ひ無用戻りや/\と身をあせる ゆんでの畔より落合藤次 サアして
やつたと引んだかへ中(ちう)に引さげかけり行 おばな萱原蘭菊のしげみに有り/\与勘
平 こりやさせぬはと投退くれば ひるまず抜て討かゝるをまかせておけつが早(さ)
足(そく)のはやわざ切立て/\ 「追まくる 親子は前後敵の中のがれん方なく
乗物の 戸を引立てて入る所へ 二人の奴は敵をはらひ東西より立帰り 爰はあやうし/\
と乗物片手にさし上しは 肩も揃ひの六尺ゆたか手がらも対(つい)の大はだぬぎ

一息つきしはあうんの二王元服したるごとく也 童子は物見に顔さし出し かゝ様あれを見
さつしやれおれが兵衛がふたりになつた 奴(やっこ)がぶんじて与勘平と手を打たゝけば げに
/\そふだ/\ 和子の詞で奴の詮議 コリヤそやつ ソレ/\乗物おろしてそこへ出おろさ
何さ/\詮議とは与勘平 うぬが五たいもサア持出せろ ヲゝサでるは /\/\/\ サア出たは
おれも出るは サア出たはと奴と奴が顔見合せ おれがわれか われがおれかはなの穴のぶ掃除迄
みぢんもかはらぬだいなしだいもん でつかり据た三里の灸(やいと)すちむけた迄違はぬ/\ つくね奴の同
作じやと互に 呆れし斗也 葛の葉立出此詮議は仕やうが有る 是こちらな与勘平


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そなたはいくつで奉公して 何所の生れじやそれ聞ふ 此髭めは丹波の生れ
てゝうちぐりが折檻つよく 十一でお家へ参り足手かいさまにさい出しても 高(こう)が下(げ)
らうのせい一ぱい二合半のもつさうあたま すりこぼつたは十四の春壱両二歩の
切米に ちがひない/\お前様もお聞なされてごはりましよ 成程/\ぬしの咄しにちがひ
ない サア此奴が身分はすんだ そやつは又どつから出た どこから出たとは天からふらず 地からも
わかず 木の股からはなを出られずお定まりの穴から出た なんじやあなから はれ
よふ出たなあ シテ切米はなんぼとりや 身が切米は十二文ひんねぢ紙の

燈明代 本社拝殿玄関前賽銭箱皮覆ひ 金紋大総(ぶさ)かくれあらない
受領神にぶつ仕へる 鳥居の馬場前(さき)かゞとうしつかとぶんつけた
二合半の小豆飯色こそかはれ品こそかはれ 其お子産だ白狐女郎(しろこじよろ)はおら
が中間の寄り親殿だ 頼むに引かれずぬつと出た 奴が出生穴かしこ人にかた
るな おみなへし桔梗かるかや吾木香(われもこう) 身は蘭菊に遊べ共咄しの尾花はいつかな
出さない 悪右衛門主従は此与勘平に討まかせ 親子の衆のお供してつれて
退いたが与勘平心得たるかといひければ 扨(さっ)てもさつぱり 中間うちの


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尻持ちとは頼もしい野勘平(やかんべえ) 差図にまかせお供せふ 悪右衛門の若鼠あなづつて
蹄(わな)にかゝるな よそながら一曲見物と童子をせなに生ひしげる 葛の葉がくれ草
がくれ忍びて「事を窺ひいる 石川が手足と頼む藤次藤内市八源太 腕
に覚への早縄じつてい狐としらぬ捕手の不覚 だまし寄ってはつしと打つ
ひらりと飛で乗物のうへにかる/\゛ちよこ/\足 仕そんじたりと追っ取巻き
四人が四すみに手をかけてぐつとあぐればにつことわらひ 祭り過ぎてのお
御輿だいこしちやうさやようさ あれ/\信太の神いさめ爰に聞へて 笛たいこ

天罰神罰挫(ひし)いでくれんと身はいなづまの通力じざい はた/\はつしと蹴たをす拍子 太
鼓の拍子も面白や 小歌ぶしにてかへろやれ我古つかへ戻ろやれ 我古つかへ帰ろやれ
かへせ /\とつばなの穂先乱るゝ薄秋の野の花をちらして 「争ひけり 狐の所為
に 縄奪はれ五体ふぬけてよろぼふやつ原 引寄/\捻付ふみ付け命かはりの早剃刀 あら
みのおこぞりいたゞけと耳鼻かけてごそ/\/\ ずんぼろ坊主にすりこぼち膁(よはごし)ぽん/\
つゞけぶみ 四人は命から/\゛にあたまかゝへて逃走れば こん/\くはいけい悦びの なくねも野
路の夜嵐に立まぎれてぞ失せにける 道満保名へ下向道葛の葉親子


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与勘平 右のあらまし語るにぞ是もひとへに信太の明神 擁護(おうご)のしるし有がたし
とかへりもうしの遙拝三拝 猶行先は草ふかき敵の伏兵気づかひ也 提燈
ともせ与勘平 ナイと返事は以前の奴 向ふにたちまち顕はれ出 道の明り
は我等の得物 野山も一目に照かゝやく千畳敷の大燭台 それは蠟燭十
二挺是は狐の千丁立 畠千町里千町千年功ふる友呼び声 姿はきへてともす
火の千燈万燈満々月 ひかりも満つる晴明親子出世の門を和泉路
や信太の もりのふる事を あらたに写す筆の跡語り 伝へてしるとかや