伊達娘恋緋鹿子  八百屋の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856512

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432
 伊達娘恋緋鹿子  六の巻(八百屋の段)
なま中に染てくやしき恋衣 其きぬ/\゛
の別れより 尾を隔て住む山鳥の番(つがひ)
離れて吉三郎釼の有り所知ぬ上 日
延も今宵限りなる主人の命諸共

 

 

 

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433
に 我も消なん簑笠に雪をしのぎて歩(かち)
徒跣(はだし)せめて別れに恋人の 俤なりと見ま
ほしく 軒にしよんぼり佇みて 内の様子を窺へは
勝手を出る下女の杉杖と見へてせはし
げに 傘(からかさ)ひろげ門の口 ヲゝこは誰じやいの

イヤ大事ないわしじやはいの ヤアお前は
吉三様よふマアお出遊ばした お七殿のも
お前の事で此間は泣てばつかり そして
マアあぢなお姿で サア是には段々様子
も有れど 斯して居てはもし人が ほんに夫々

 

 

 

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434
私は今使いに行 戻り次第に逢はします 夫レ
迄はつめたくとちとの間爰にと縁の下
恋なればこそおいとしや 小町に通ふ深
草の少将ならぬ大事のお身 簑笠
敷てと気を付て 吉三を忍ばせわく

せきと足を早めて出て行 神ならぬ
身はかくそ共いざ白雪に冷へる夜も
恋故胸を焦す身の お七が跡に親
久兵衛 引添ひ出てコリヤお七 先度から
も女夫して 嫁入の事云出すとぽいと

 

 

 

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435
立てぶり/\/\/\ いやがるは知れて有れど煎じ
詰つた今夜の盃 さつきのしだら
聞たで有 いやでも応でも一旦は
武兵衛と女夫にせにやならぬ と
いふたら親我意に無理云ふと思はに

か そちが嫁入をいやといふと 武兵衛
済ます金はなし 家屋敷は元より焼け
残つた道具着類も 売り破脚して
親子三人其日から直に袖乞 それも
子故ならおりやちつ共厭(いと)やせぬ ガコレ爰

 

 

 

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436
をよふ聞てくれ 元おれは上方者 若
気の至りて江戸へかけ落 縁でかな此
家へ男奉公 先久兵衛様の気に入て
今の嬶は家の娘 娶合して跡しき
譲られ 二代目の此九兵衛 其おれが代に

成て 数年仕にせの八百屋を仕廻ひ 位
牌所を潰しては先の久兵衛様へ立ぬ斗か
女坊ながら主の娘を路頭に立ては
世間へどぐも言訳がない それが悲しい
ばつかりにたつた一人の可愛娘に いやな


437
男を持たそふと無理いふ親の心の内は
どの様に有ふと思ふ 火事にも合ず前の
様に暮して居よなら 譬王様の媒酌(なかうど)
でも あんな小顔(こづら)憎い男を 何のマア持たそふ
ぞい 器量もよふて発明で われが十分

すいた男と 内裏雛見る様に並べ
て置て見やうなら それこそ老の入
まいといはふか此世からの生き仏 なれ共
浮世の義理順義 立てねばならぬ二
親のせつない所を推量して 過去から


438
結んだ悪縁と思ひ諦め 気にいらぬ
盃してくれ 嫁入てくれ頼む /\といふ
声も跡はしどろにかきくどく お七は兎
角(かう)の返事さへ 泣しつみたる 涙声 事を
わけてのお詞を さら/\無理とは思はねど

仮の契りも二世迄と 云かはしたる恋
中を 捨て男を持ならば 徒者共悪性
共世に諷はれるは数ならず いとしいお人
が嘸や嘸 聞へぬ者じや不義者と恨
請るがわしや悲しい お前も義理が


439
せつなくば わたしが義理もちつとまた
思ひやつても下さんせと親に恨みも
男ゆへ つまらぬ理屈ぞいぢらしき
ヲゝ そふいふは吉三殿の事で有 いつぞや
寺で往生すゝめ 思ひ切たの退きます

との 互ひにいふたは一寸遁れ思ひ
切らぬは知て居る じやによつてそふ思ふは
尤じやが よふ物を合点でい 何ぼ惚て
も吉三殿は云号のお雛殿とやらと
夫婦に成て 親御の家を立ねばならぬ


440
それを邪魔して恋慕ひ云号を捨
させたら 親御の家を潰すといひお国の
殿の咎を請吉三殿は直に切腹 其時
には一家門取分けてお雛殿の恨み憎しみ
喰付様にも思はしやろ 我身つめつて人

の痛さも知たがよい それ迄もない国へ
いぬまいと云しやるが相図 吉祥院
上人様が引ッつかまへてツイこそ/\ 青坊主
に剃りこぼつても わりややつぱり女夫に
なるか 出家を落した女はナ 死なぬ先に


441
地獄から赤鬼や 青鬼が火の車
で迎ひに来て 等活地獄の火の中へ
打こまれ あつい苦しい其中から恋しい
男を呼だ迚 其人も堕落の罪 無間
の底へ沈んで居ればふたゝび顔見る

事もならぬ 何とそれがいとしいかはいひ
の心中か 咄しするさへ身の毛が立つ ヲゝ
こは/\ナフいやゝと おどしつすかす親心
知らぬ娘はないじやくり 等活地獄
憧(こが)れ死にも心からなりやいとはねど


442
かはいひ男を腹切し無間地獄へ落
すのが 悲しいわいなとあどなさをつけ
込む爺親 母親も堪へかねて走り出
ヲゝそふじや共/\ 吉三殿がいとしくはさつ
ぱりと思ひ切 武兵衛が女房に成て

たも 世間の親は聟の気に入るやう
にと教へれど こちら女夫はそふじや
ない 随分と飽きれる様に ハテそりや
いはいでも知れた事 朝も飯の出来る
迄寝て 人挨拶せいでも大事ない


443
小遣ひも湯水蒔くやう 出入の者
にもめつたむしやうに物やつて 三本
でよい釜の下も五本も八本もづつ
かどかまだ肝心は コレ毎晩背中むけ
て寝さへすりや いや共にあいそ尽かし

ヲゝつい云て戻す程に どふぞ聞分けて
盃してたも 神仏へは断りいふてそなた
に罰(ばち)の当らぬ様にコレ 手を合す聞
入て イヤ/\わがみばかりじやない 爺(とゝ)も
手を合して拝むはいやい/\ 一筋な


444
娘心に二人の夫 持まいといふ真実
を 立て通させぬ二親は 子のため鬼か
魔王かと世を恨みたる託ち泣き エゝこれ/\/\
勿体ない事して下さんすなと分らるゝ
手もわける手も六筋の涙瀧なして

八百八町の水溜も救ふ斗に見へにける
ヲゝ嬉しや大方合点か行たそふな 此上は
中よしの杉が追付戻つたら コレ/\談合し
て着る物着かへ 顔もふいて座敷へ出や
早/\こちへと二親は 泣入る娘を介抱し涙


445
ながらに連れて行 吉三郎は縁の下
冷え上りたる寒苦より 身を切る斗三人が
心のせつなさ思ひやり 最前より石筆
にこま/\゛書た結び文 脱だる簑に押
包み身すぼあらしげに立上り 道理を分けた

親達の詞に一つも無理はない 否応の
返事のないは 吉三へ立てる心中と 思へばわし
はモウ千ばい 必々恨みとは思はぬ程に うつつり
と思ひ切り 二親の気休めに早ふ嫁入して
たもや 我身は今宵の明け六を 知死後と


446
極めし露の命 馴染がいには一遍の回向
も外の供養より 嬉しう仏になるはいのふとは
いふ物の此世の名残 今(ま)一度顔がにし/\
と見たいわいのと身をもだへ 上りがまちに
喰付て声を 忍びて嘆きしが ハアこれも

又誤つた 親師匠の目をかすめ 忍び
逢た天の罰 添遂げられふ筈はない
殊にけふから武兵衛といふ 親の赦した
男有る お七を慕ふは密夫(まおとこ)同前 死で
の後迄思はぬ悪名 思ひ切たか迷はじと


447
しほ/\として立出る 向ふへいきせき戻る
杉 縁の切れ目かっそれぞ共 互ひにしらず
行き過て後の哀と成にけり 杉が足
音聞付けて お七はかけ出縋り付きわつと
斗に泣出す 杉は飽きれてテモがをれ わしか

戻つてこぬ中に もふしつぼりと一汗
して栄耀が余つて口舌じやなちと
耳ひかふとじやれかゝる エゝ面白そふに
何じやいの 爺様やかゝ様のわつつくといつ
いやといはれぬ理に責られ 吉三様を


448
思ひ切武兵衛と祝言する様に成た
ゆへ 待かねて居たはいの エゝコリヤきついわる
間じや そんならお前はまだ逢いはなさ
れませぬか エゝ逢ふ所か盃もいやじや
はいの 何しややらねつから拍子が合ぬ まだ

逢はずかといふのはナ さつきに彼お方が
な忍んで逢に見へたけれど わしは
使に行きしな故 縁の下に隠して置たと
半分聞て ヤア/\/\ 縁の下とはドレ何処にと
あはてるお七杉諸共 庭に飛おり引


449
出す簑笠 ヤア姿は見へずぬけから
斗 扨はわしを待かねてよもや逝にも
なされまい 合点が行ぬとそこ爰と
尋ね廻れはお七もうろ/\ あなた
こなたを見廻せど 其甲斐もなき

簑笠を 抱しめ/\ エゝ折角来なから
気の短いなぜ逝で下さんした 聞へ
ぬはいな聞へぬと 振しやなぐれば中より
一通 お七殿へ吉三郎そりやこそ様子
とお上へとつかは 杉はあんどを差寄れば


450
ワ以前より久兵衛殿の御異見 道理
共尤共つゞまる所は互の身の為 薄き
縁と思ひ諦め我事はふつ/\と思ひ切
早く嫁入頼み入候 御存の通 天国(あまくに)の釼
今に行衛知申さず 百日の日述べも今宵

限りに候へば 明け六つの鐘を相図 若殿左門
之助様は御切腹 我身も親の遺言に
候へば 若殿の御供致し相果申候 せめて
此世の暇乞 今一度御げんと忍び参り候へ
共 なま中逢ては互の名残つきがたく


451
最期の障りと思ひ直し立帰り候 浅
からぬ御しんの程 草葉のかげ迄も
忘れ参らせず候 皆迄読ず気は狂乱
エゝ夫レならば猶聞へぬわいなァ/\ 死なば
いつしよと云かはしたを捨てて死ふ

とは胴欲な むごらしい 別れ/\に死ぬる
共未来はやつぱりかはらぬ女夫 云た
詞を違やうかと 立上るを抱とめ ヲゝ
道理じや/\ がコリヤ短気でござりませふ
譬いつしよに死でから 未来で女夫


452
になられふやら あふない事をせふよりは
いとしい男を殺さぬ思案はないかい
な サイノ 助けたふても天国の釼とやらが
今夜中に手に入ねば 外の思案は
ないわいの かさまそこも有けれど 又
どふぞ仕様もやうも イヤ/\/\ 外の事より釼の
出る 思案をちやつとしてたもいの サア
其思案といふても闇に礫 其思案
身が仕てくれふと戸棚を明けて寝
とぼけ顔 エゝあの人は恟りさした とつけも


453
ない戸棚から こんな思案が出る物か
イヤ出る/\ 其あまんじやこの釼 有り所は
弥作が胸中 マアそんならそなた 天国
の釼の有り所を シイと押さへて耳に口 フウ
太左衛門が持てきて武兵衛が腰に

さして居るが アイ天国じや/\ 何でもこつ
ちへ仕てやつて 神田にござる吉三様
の所知て居るお杉に持たして サア其工面
をどふぞ早ふ ヲゝお気遣ひなされます
な 宵からの酒でとふでめれん 透間


454
を見てわたしが盗まふ ヤア心安そにいが
めふとはコレ杉 貴様ちつと下心が有りの 盗
した事はなけれど 横道するもお主の為
ハテ見付られたら百年め 引たくつてなと
埒明る 其時はこなたも供々 合点じや

手伝ひは此弥作 鉄(くろがね)の楯あぶりこに
塵紙張た顔に汗手拭鉢巻しり
引からげ 杉を案内に差足抜足奥
の間 さして忍び行 跡にお七は心も空
廿三夜の月出ぬ中と體は爰に魂は


455
奥と 表に目配り気配り 余所の敵にも
白雪に 冴ゆく遠寺の鐘かう/\ 響き
渡れば ヤアあのかねは早九つ 夜半限りに
江戸の門々をしめては 大切な用有人も
往来ならぬきびしお触れ たとへ釼か手

に入ても 今夜中に届ける事が叶
はねば 吉三様はやつぱり切腹 ハア悲しや
こりや何とせうどふせふと立たり
居たり気はそゞろ 更ゆく空のうら
めしく鐘なる方を にらみ付拳を握り


456
歯をかみしめ只うつとりと 立たりし
が ふつと気の付表の火の見 ヲゝそふ
じや アノ火の見の半鐘を打ては出火と
心得 町々の門々開くは定 思ひの儘
に釼を届け 夫の命たすけいで

置ふか 鐘を打たる此身の科町々
小路を引わたされ 焼き殺されて
も男ゆへ ちつ共いとはぬ大事ない
思ふ男に別れては所詮生きては居
ぬ體 炭にもなれ 灰にもなれと

 

 

 

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457
女心の一筋に帯引しめて裾引
上 表にかけ出四つ辻にとがむる人も
嵐に凍て 雪はこほつて踏すべる はし
ごは則ち釼の山 登る心は三悪道
の通ひ道 杉はなんなく奥の間より

釼を盗んで逃くる跡 ヤア大盗人mr
とかけ来る武兵衛 引だかへてもぎ
取釼 やらじと縋るを踏飛す どつ
こいどふはと取付弥作 こりや何
ひろぐと太左衛門 引ずり退ける其

 

 

 

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458
手を直ぐに腕(かいな)がらみにこりや/\/\
かしこは見おろす雪の屋根 其まゝ
三途の瓦葺睨む地獄の鬼瓦
追ッ立責る身の因果廻りくる/\くる/\
と 下には四人がいどむ中 お七はなんなく火の

見の上鐘木追取ちやん/\/\ 音より間
もなく爰かしこ 一度に打出す半鐘
の響きにつれて開く門々 嫌はれ意趣
はらし引括つて訴人すると 杉を蹴飛し
上りくる梯子下より返せば 武兵衛は大地へ

 

 

 

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459
真逆様 持たる脇指取落すを 杉は追取
吉三が方かけ行跡を追かくる 太左が首
筋是はいなとかづいて投込む用水桶 腰
骨打てうごめく武兵衛 お七も
とんで遠近の人の噂と 成にけり