斎藤別当実盛 第五

 

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      イ14-00002-331


57(左頁)
   第五
うき世のさがをふりすてゝあたごのふもと水のおの みずとや人のかくれがに女房
達はさしつどひ 如法の衣ぬひながら斉藤五に打むかひ シテ先此衣をいとは
やくしたてよとの給ふは いか成御急ぎに候やといへばさればとよ 先日は若君大事
の命ごひ 大ぜいのなかなればめにたつやうにとぞんじたれ共 きんじきをおそれこく
えにあらためんと思ふ也と 物語する所へ母君は出給ひ 誠にいひつくされぬ事な
れ共 御身のちばうゆへ六代御前は身をのがれ かやうに其所に住事ひとへに
御身は命のおや それともしらでいつぞやはつれなき詞を申せしこと かまへて/\き


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にかけず今より志ては小松姫となかむつまじくそふてたべ ヤレみなのもの共 其衣
はぬはず共おくへいてな コレ是を持てこいとさゝやき仰付らるれば アツトこたへ承り
こがね作りの御太刀をやがて御前にさし出す 母上請取給ひコレ此太刀は こ
がらすといひて家につたはる宝物 むこ引出物に参らすと さし出し給ふを斉
藤五ハツトしさつてかうべをさげ コハもつたいなき御一ごん君の御ため身をくだく事めづらしか
らぬ事共也 又日外の御詞御かんきをうけしより かみを切ぼだいしんにおもむく事 是ぜんち
しきの御しめしと世に有がたく存る也 然を只今御褒美として御はかせを給はる事
此義は慮外ながら何共心得がたく候 それ此太刀は御家数代の御調法 なれば

若君様こそしろしめさん事なるに拙者拝領致さん事ぞんじもよらぬ仰やと しさつてじたい申
けり ヲゝさいはるゝも尤なれ共 みづからかなしさのあまりにはせの観音にきせいをかけ もしや
我子の一命を此度たすけ給はらば ながく出家をとげさせて父尊霊をはじめとし 一
もんの人々の後世ねんごろにとはせんと 御やくそくを申せし也 しかればとても六代御前は
出家とならんものなればそなたは二度げんぞくして たよりなき我々がたよりとなつて
給はるべし ヤアたそこいよ それ/\てうしよ口とりよと 仰らるれば女ばうたちあい/\とへんじ
して きりのしきりこぶそあまくり よろこばしきの御さかな かずのこえびのとしおひて
もろ共こしのかゞむまで 相生の尉とうば はま松のをと??んさしきをとりはやす


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斉藤五もくねんとしてかをふさぎ くはんねんすれば母上は女房達にめはぢきし こちおじや
/\皆達とつれて「おくにぞ入給ふ しん/\として 斉藤五あたりを見まはし コレヤ先なんじや
エゝなまぐさしけがらはよしなきことに隙取てけふのしよさをわすれしと じゆす取出しなむ
あみだなむアゝ去にても此瀧口は なんとしてみへぬことぞ ヲゝそれよ 事くはきうなるゆへはた
としつねんして 此所をもいはず扨も/\ぶねんのいたり エイまよふたりしゆずをとつて
もまだそくきがやまず 心のさんらんする事よと思ひなをしてさしむかふ はしら
をかりのほとけにて念仏まうす折すがら 小松姫はほぎ/\とおくの小酒の色に出
て 是はさてまつかうくさい 何をさしやんすとひさの上によりかゝれば たよりあしき

とねぢむくを ちやんとまはりかほをなで 両手にをさへナウ/\ なぜに物をいはしやれぬ コレナフ
ちつととひたいことがござんすが いひませふかとの給へば ハテ御用があらばつつゝとおッしや
りませ なむあみだ なむととなふる口ををさへ シテこな様はそれ程ほとけがたいせつ
においとしう候か アゝそれはあんまり聞えませぬぞえ はじめてまみへし其時は みづからとは
松山のすえの世迄もかはるまじ わすれまじとの給ひし 其ことのはも色うつりかはゆいと
もふびん共 思ひ給はぬうらめしや 一日一夜か其うちに三万べん五万べん あ
みだ/\となをよびて私が事とては 口のはにもかけられず つれないぞやむごい
ぞや サア今からは其じゆすをくつて 小松姫/\たすけ給へすくひ給へ だいてくれ


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よといひ給へサア いやかおゝかどうぞいの とうぞ/\とすがりつく たもとをふり切
斉藤五 にげんとするを引とゞめ はなちはやらじハアテ先こゝを いや/\どうでもかう
でもと 心そゞろにえひなきしみだりがましき折ふしに 手塚の二郎光成は兵あ
また引ぐし あんないなしにつつと入 とつたといふをひつはづし コレハらうぜき何者成
ぞ いや/\いふまい/\ 北条の時政より召とれとのけぢによつて 某爰迄むかふ
たりつみは汝が心にあらん サア/\じんじやうになはをかゝれといひければ 是は何共
心得ず シテ先其とがのしさいはいかに ヲゝいふまではなけれ共 いぬめはしゝやう
の名をかすめ 其上一たん出家したる身が 女とましはる此座のてい

むざんむぎのあくそうめのがれぬ所とのゝしれば ハア是は思ひもよらぬなんだい 先
第一しゝやうのなをかすめしとは たしか成せうこばし有か ヲゝせうこはをのれか弟斉
藤六が 先程鎌倉殿よりのゆるし文を 時政のかたへぢさんせしかなんと是
でもあらがふか 此うへにもいちはらは おゆるし有六代御前の身のためもあし
からん サアどうじや/\ときしめけば 斉藤五手を打て ハアあやまり入て候 若君の
命さへたすけられ給ふならば 某が命はうのけのさき程もおしからじ 成程斉
藤六がいたゝきし御書こそは正真なれ 此方のはにせものぞ いかやう共
行ひ給へと我とぬ手をうしろにまはせば ヲゝさういはせうぃでをくべきかと とつてをさへ


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てなはをかけ サアひつたてとつれゆくを母上姫君女房達 ナウかなしやとの給ふを
つきだふしとつてなげいそげば 程なく「うづまさの なみ木もしらむ明がたに
かしこの松にしばりつけ コレヤをのれはちまよふて もはやまなこもみへぬか
我をたれと思ふぞ先年みのゝたにぐみにていしゆの残りしぞつこんを 今こそは
らせよつく思ひしれと くはうげんはなつてねめつくれば 斉藤五はつと思ひヤアをの
れは今ころさるゝか是はさて エゝ口おしやむねんやと はをくひしばり身
ふるひし ものかげとつよきいましめの何とせんかた涙にて ハアよしないことにしんい

をもやしりんじうの一念を とりみださんとせしことよ かゝるしやもんの身と成て心を
そめよすみ衣 うらみはさらになきぞとよたとへ此身はやいばにふし 野外にはぢ
をさらす共火車涼風の御たすけ 頼もしやなむあみだ仏 其仏本願力聞(もん)
名(みやう)欲往生 皆悉到彼国自致不退転と となふるこえの下よりも
兵さゆうに立まはり 大だちをつきとをせばあへなく命はつきにけり ヲゝでかしたり
きみよしと 打よろこびて光成は我やを さして「帰りけり 母上姫君若君は かち
やはだしの姿にて跡をしたふてこゝかしこむかふをみれば斉藤六瀧口諸共はせ
来り ヤア是ははやついにむなしく成なるはと ちしほの袖にすがり付をの/\わつと泣


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給ふ おつる涙の下よりも 斉藤六はめ涙をしぬぐひ 是と申も某がわかけの至り
に心せき たゞひとむきに時政のやかたへさつそくかけつけて ゆるし文をみせしゆへか
やうのしゆびとは成たるよな すれば我身はちをわけし 兄上のそにんせしあだ
かたき よし/\おひついてめいどにおもむき 此いひわけを致さんと太刀のつかに
手をかくるを 瀧口あはてゝをしとゞめ先まて此義は しんだる人のとがならずそ
ばからぐそうがいれじやう弥しぬるならば我こそと いへば人々すがり付是は/\と
なきさけび 涙かたてにをしとゞめしばし/\といふ所へ うしろの松のこかげよりヤア人々は
何として 此所にはい給ふと 斉藤五はつつくりとこともなげにぞ立たりける こはふしぎ

やとかしこ成しがいをみればたちまちに きへて残れる松の木に金色のもんじ有がたや
松は吹く説法渡生声(こえ) 柳は含む観音微妙色(いろ) 扨はすいりやうする所六
代御前ははせの観音のまうし子 其身にかはるちうしんをじげんにかゝるさう
せんを すくひ給ふかなむ大慈観世音とぞおがみける 手塚の二郎光成は道
よりとつてかへし ヤレ心せきてかんじんの姫ばひ取やくそくを はつたと???
よといひつゝかしこをきつとみて ヤアきやつめはまだしな????
ぬく太刀えおかいくゞつてうばひ取 どこへ/\といと?????
/\ 北条の時政はばしやうゆゝしくはせ??????


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は観音の利生にて たうしんだん/\のきずい?????
身をころすべきやうさらになし 然るを手塚の?????
らうぜきし 他妻をばはんとたくもこと是重々の犯人也????
あれば斉藤兄弟承り こはかたじけなき御はからひ 我等がた????
きやつを給はり候へと わきめもふらずつつと入はたときつてはちやうど打たゝ見
かけてのりかゝりとゞめをぐつとさしとをし 悦びいさみ人々をともなひ御所に帰り
けり りやつこうふしぎといひながら末世のきどく有がたや仏法はんしやう国
はんじやう 千秋万歳万々歳あをぐも をろかなりけらし