仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記(十段続) 第六

 

読んだ本 

https://www.waseda.jp/enpaku/db/  ニ10-02434 

 


49(左頁)
    第六
七つさんささかれば 十七八か顔に紅葉をちらすへ 抱ちやねん/\寝まいか 小ゆりの花が
ゆるはいな 植付哥の声々も 揃ふて諷ふ 早苗笠手元と節と近江路や 北川の村はづ
れ男女(なんによ)童(わらべ)打交り 田ごとの業の暇なく マア一休みと昼飯(ひるい)時 皆々こかげに寄つどひ
サア/\一ぶくして息つごかい ホンニ此長三の後家 田植哥の諷ひ声はやつぱり前の通り
じやの エンニヨ へゝゝゝ今に色気を持て居るはいの ヲゝあのマア権次郎殿の云しやる事はい 橙が重
なると 声に迄皺が寄はいの 又北じよのお六や仁介 わつさりとした声じやないかいの 夫は


50
そふとコレ仁助殿 此藤三女夫の衆はなぜおじやらぬ ホンニそれいの親父殿藤三はなぜ
に来ませぬや ヲツト そりや此権次郎が咄すのを忘れて居た 皆もしつて居やる
通り 去年の冬の事で有たが アノ藤三が迷子になつての おいらも方々尋たけれど久しう
行衛が知なんだ それから村中大騒ぎ ソレ真鳥の浄瑠璃に有通り 助八返せの太鼓鉦
交かへすどふ中へ ひよつこりと戻つて来たが 何が彼前からぬかつた男 夜の殿の業かして
又くらひ気ぬけかして 何を云てもうつかりひよん漸と此頃は心持がよいといふて其時の礼が
てら けふの昼めしは藤三からの振舞じや 女夫ながら其拵へ 追付爰へ来るであろ ヲゝ

そしたらアノ昼飯は 藤三がはり込じやの ドリヤ腹を一ゆりゆりへらし 夜食迄のたくはへと
仇口々の折からに 畦道伝ひ急ぎくる 昼飯の半?(ぼ)さし担ひ 水も漏らさぬ女夫中
茶は石原の薬缶に出端滾らせ歩み寄 女房おくるがほれ/\と ヲゝまあ/\皆の衆
よふ待て下さんしたの なんぞすればよいけれど 出端を進ぜる斗じや コレ藤三殿 挨拶
をさんせぬかいの ヲツト合点じや コレ皆の衆わしも去年のもや/\から達者になつた
祝ひ事 もむない所は了簡して随分精出してよふ喰てくだされ ソレ拵やと転
手に女夫が馳走ぶり 小麦団子に黒砂糖 べつたりこつてり女房ふり 本肉とこそ


51
しられける 親仁分の権次郎 堤の上座に押直り サア/\皆の衆喰つしやれ/\
ヤア盛たは/\ 此団子もいかに世に有人の嘸 むさくろしう見給ふらん ハゝゝゝヤコレおかた盛
事はきついものじやの かう積み上た団子の山盛 さいの川原の石よりも堅いそ詰な
鵜の咽と 咄し諸共箸早に 息次敷ず取込ける おくるは挨拶取々に ホンニまあこちの人 あんまり気が
せいて肝心の神酒を忘れた ムゝほんに嬶がいふ通り諸白臺升干鱈の骨 ツイ一走
取ておじや 心得ましたと尻かるにくる/\おくるか気転きゝ 我家をさして急ぎ行 権次
郎悦に入 コレ/\皆の衆ソレ聞しやつたか まだ酒も出るのじやげな おかたの取て見へる迄 男を差

一仕業やつて仕廻ふ ヲゝ夫よかろと面々に藤三はぬからぬ棚元役洗ひすゝぎの 細流れ 残りは田
面におり立て 又連ふしの田植哥 サアサ早乙女衆よ/\ごされ大てうし小てうし銚子で
水を汲はいな 折からこなたの海道筋同勢引連れ武者一騎 何か尋る忍び足 立とまつ
てひそ/\こへ 御大将時政公我に仰出されしお尋の彼佐々木 方々と尋れど夫といふ手
がゝりなし陪臣なれと冨田の六郎 此儘には捨置れずあれに屯する百姓共 油断ならじ
と懐中より絵図取出し群居る土民引合せ見て扨こそ/\ アレあの流れに打向ひ 何
やら洗ふ男の面体此絵図に寸分違はず佐々木四郎高綱 此在郷に身を隠し事


52
を斗に相違なし 併し大敵疎略には寄がたし 後陣一かこみの術を伝へん コリヤかう/\と耳に口
心得先手の武者一騎後陣へこそはかけり行 富田の六郎勇み立 コリヤ/\汝等よつtく聞け 此
いぢ川を向ふへ渡り後ろより馳寄ん ぬかるな者共いざ来たれと しと/\足に討手の面々
後ろの道へ雲の螺鐘太鼓打立/\物騒敷嶋渡れば百姓共は狼狽て ヤア
ありや何じや/\コリヤ大ていの事じやないと周障(あはて)騒げば藤三も恟り アゝこれ/\マア/\待つ
しやれ/\ 鎌倉と京の殿様 中直りが有たげなが又こりや喧嘩が若やいだ 夫で此かい
道を軍が上京するので有 こつちにかまふ事はないと しづめながらもうろ/\眼 討手の

面々組(そは?)道より後へ廻つて大勢に藤三をかこませ大音上げ 北条殿に仇を含む佐々木四郎高
綱 土民の中に隠るゝ事明白に顕はれたり 尋常に縄かゝれと 聞て藤三がふるひ声 アゝ
めつそふな/\ こちや行生へぬきの村の百姓 赦してたべ人たがへと 百姓共の真中へ隠れて足も
地に付かず 富田の六郎詰寄て 空とぼけの佐々木高綱 此六郎其手は喰じゃぬ 村の奴
原供々に縄かけて渡せばよし 違義に及はゞ切捨と はつたと睨めば百姓共 爰から睨ましや
ましても都の方へは届きませぬ 大方夜の殿で有ろ 皆ぬかるなと藤三をかこひ身構すれば
六郎が ソレ遁すなと声につれ支る百姓はり飛ばし右往左往に組付いて 藤三が憂目


53
の縛り綱搦取て引立れば 組子の大将声はり上 北条の御内において富田の六郎兼純
摩利支天と呼れたる佐々木四郎高綱をやす/\と生捕たると高らかに呼はれ
ば 藤三は生きた心地もなくアゝこれ/\仲間の衆 こんな形(なり)になつたる事 嬶にも早ふ
しらせて下され ヲゝこりや気つかひすな/\ 追付嬶を迎にやるぞ エゝ呑込の悪い人
迎にこふにも所が知れぬ早ふ此事知らせてほしい イヤ欺くなコナ曲者此六郎が目利の佐々木 ちんし
た迚最叶はぬ ヤレ引立よの下知に連れ吾妻路さして縄付の 思ひかけなき佐々木が代り 皆
の衆さらば頼ます 嬶よ/\も涙声引立軍兵六郎は 手柄顔にて鎌倉の陣所へこそは

急ぎける されば北条時政公一旦都頼家と 御和睦有つるは寛勇の密計にて再び
教る大軍に義時公の後詰をと勢列庄野にに御着有 泊りの陣所厳かに相詰
たる面々は古郡新左衛門土肥の弥五郎富田畠山の一党 其外の諸大名異議を正する其
中に新左衛門進み出 昨日此陣所の邊り 男にやつせし女武者心得ずと捕へ見れば 京家の
軍師佐々木高綱が妻女とや 例の高綱妻篝火に手筈をさづけ事ををはかるに
疑ひなし 仮の獄屋へ入置たれど未だ其趣意を乱さず いかゝ計らひ申さんやと評議に
弥五郎居たけ高 女なれど佐々木が女房手ぬるひ事ては参るまい 水責て落 


54
ずば火責 白状さすにしくはなしと 取々密談一間の内 御成そふと呼はつて襖披かせ
立出る御大将時政公 御太刀を小姓に取らせ肌に具足表には尋常の長袴寛然
として座し給へば 新左衛門謹んで私家来富田六郎 京家の軍師佐々木高綱 其身
土民と形をかへ在郷に有を召捕て参りし由 言上の事願へ共未だ其実否も乱さ
ず 上聞に達する事さしひかへ候と 聞も敢ず時政公 ホゝ様々と身を変じ事を計る
表裏の高綱 某直に虚実を乱さん 引出せよとの給へば はつと答て富田
の六郎 御意待兼し手柄顔縄付を引立させ 引添御前へ立出れば 新左衛門声をかけ

ヤア/\六郎 御大将の御意次第 誠の佐々木に極らば恩賞の御沙汰有んさしひかへよと有ければ
承はつて六郎は表の方へ引さがる 時政公縄付を遥かに見やり ヤイ縄付の者面を上げよ アイ/\
と藤三はおろ/\声 ハイ殿様人申し上ます 私は北川村て藤三と申す百姓 野で働ており
ましたら今のお方が見へまして 儕は佐々木じや高綱じやと 人に色々の異名を付け
此様に縛られて内方へ参りました もふ堪忍して下さりませと詞しどろに詫る顔 御大
将はためつすがめつ去年以来数度討取し佐々木が影武者 其面体に寸分違はず ハテ
求むれば似た者も沢山有る物なァ 幸い昨日召捕し高綱が妻篝火 獄屋より引出し引


55
合せ試みんと 仰に従ひ土肥の弥五郎 ヤア/\者共召捕置し篝火只今是へ連れ来れと 呼はる声に
是も又 いとゞ物うき囚人(めしうど)の柳の姿腰縄に哀夫にも放れ死鳥丘に迷ひし気色なり
夫レを見るより件の縄付 ヤレ嬉しやよい人が出て見へた おれが顔一目見せたら人違へはすぐに知れる 爰へ
/\といふに篝火面を上 ヤアお前は夫高綱殿コレ/\そりや何云のじやおれが何所に サア/\/\
佐々木殿高綱共云るゝ武士が やみ/\と雑兵の手にかゝり給ひしか 斯迄武運尽果る
浅間しの有様と膝に寄添 むせび泣 アゝ申是/\わしやそんな者じやない めつそふなマア
こはいお家さんじや おまへの様なお家さんを女房にしているおれじやないとつとそつちへよつて貰

はふと 押やれば猶イヤ/\/\ 最早叶はぬ此場の時宜 いとし可愛独り子の小四郎は先に立
千変万化の計略も尽果たお身の上 潔よい死を遊ばせ わらいも直に冥途
の供 此期に成てのあらがひは未練にござんす高綱殿 エゝ時につれて心迄左程比怯
に成物か 此上に又いくばくの辱めを見給はん サア/\/\時政殿 夫も我も眼の前で心の儘
に成敗有我夫(つま)覚悟なされよと能敵へ白露の 佐々木とにせのつま思ひ心つかひぞ
せつなけれ エゝいま/\しいよふ泣女中じや そして又冥途の供といはるゝは アゝ尊霊殿の荷持の事か そん
な覚はとんとないで 本に又此顔がひよんなわろに似た事じや エゝ面倒くさい とんとも相人にはならぬぞ


56
と跡へさがつてむつと顔 かゝる所へ表の方御番の侍罷出 最前佐々木高綱也と召
捕れし者の女房 お願有りと門前に泣叫び候と 聞きも敢ず新左衛門 其者通せと取次
の声聞やいな藤三が妻 走入て夫の傍 かゝかさつきにから待ていた こちの人か嬉しや/\
どこも怪我はなかつたか なかつた/\よふ来て呉たな サアこちの嬶が来たによつて
モウ是からは百人力じやぞ 千人力じやぞ よふ来てくれたな よふ健で居
やんしたと悦びあふぞ道理成 おくるは御前見廻して 申お殿様此人は藤三
と申てこちの主でござります 是は本の人違へ お助けなされて下さりませと

侘る女房こなた成 佐々木が妻は胸に釘指?ていたりける 御大将あさ
笑ひ ホゝ左こそあらん/\いかに運尽れは迚 富田ごときが手にかゝる高綱で
はよも有まじ 去年合戦真最中 佐々木が一子小四郎彼の賢者の首を見て
父にもてなし愁嘆して切腹したる健気の計略 ハゝ遉は女 今又土民を見
て 我夫かとは ヘゝゝゝコリヤ篝火 其計略ではもふ行まい 又候此時政を欺らんと
今のしだら エゝしぶとき女が工み事 誠に儕は鉄面皮と あく迄の嘲弄に
篝火は無念さの何と答へも泣涙 中へ指出る藤三が女房 ほんにマア


57
去年から其笹餅様とやら 高い綱ぬき殿とやら 其人にかゝつてきつい
災難 ハイ主をお帰し下されと問ず語りの詞の端 時政公眉を顰 ムゝ
去年も其汝が夫怪しき事有つるが近ふ寄て委細を語れ ソレ藤三が
いましめ赦せよと 靍の一声忽に野烏の水飲百姓 縄目助り御前に
向ひ 其訳わたしが申ましよ去年 ヲゝ夫/\大雪の降た時畑から戻り
道 大勢の侍が思ひ懸なふ私を 乗物へ捻込で何所へ行共知ばこそ 屋
敷の内へはいるやいな 旦那らしいわろが又つと出て 私か顔を詠ムゝろく

似たハテ能似たとむせうやたらにほめそやし 夫から毎日お振舞 米の飯
に鯛や鱧喰ふ程に/\ サア鉄砲を打習へ イヤ馬に乗の弓引のと とんと 
残らず私が嫌ひの事 こはい/\と云たれば 侍衆がくはつと睨 こいつ顔はよく
似たれど 役に立ぬ馬鹿者と 又乗物につゝこんで海道筋の辻堂へ打明て
いにおつた どふでありや天狗の所為か もふ若衆に成ませなんだ アイ/\
あの通でござります ぬしは生得物云手下跡や先によい様に お聞
なされて下さりませと妻のおくるが心遣ひ ホゝ委細此時政が聞


58
届た 儕も佐々木が影武者に取寄たに疑ひなし 其面体が似たか故
此上にも猶紛らはし ソレ侍共 向後佐々木と紛れぬ様土民めが面体
に しつかりと入墨せよと 聞て恟り藤三夫婦 アノこちの主の顔へ
印をお附なさるゝか そりやあんまりお胴欲 生れも付ぬ畸人(かたわ)
者 どふぞお赦し下されと 妻の願ひに土肥の弥五郎 イヤ慮外成
下郎やら 高綱に紛るゝと儕が命はすたり物 スリヤ是命替りの入墨
我君の御情 有難き仕合と二人共三拝しおろふ ソレ侍共 篝火は獄屋へ

引と云付ればはつと答へる縄取に 引立られて篝火は工みし甲斐も泣しほれ いか
なる憂や重んと心一つに物案じ獄屋の 方へ歩み行 いざ入墨の刑罰と数多の侍藤
三を囲み 用意の懐剣三つ目針立かゝれば飛退て アゝ是申 アゝ静になさつて下さ
りませ 虫にとくと得心させますコレ嬶 死るよりはましなれど入墨といふ物は定ていたい
物で有 おれが傍に付て居て皮切は押へてたもと押直れば侍共 両手も頭も引つかみ
動くな/\いふ内に額をずつかり一刀アイタゝゝゝに女房が 侍めらハア/\侍は 遠慮会釈も針の先 いた
さは肝にこたへ兼 仕上の藍墨べつたりと額に印の俄厭墨(あざ)妻が思ひは浅からぬ 幸浅


59
間の万金丹気付に飲せいたはれば コレ/\/\こちの人 気をしつかりと持しやんせ コレ藤三殿
/\ ヲイ テ 嬉しや/\気が付たか ヲゝ大方付たそふな ヲゝヤレ/\痛かつた/\ コレやつはり跡がひり/\
する シタガ嬶 よふ似合ふたか見てたもといたさ忘れし出かし顔 元服したる心地なり 新
左衛門御前に向ひ 此度の大軍も十に七つ味方の勝 爰に一つの心がゝりは時姫君 御
心を懸られし三浦の助が母の干閑居 絹川村にましますよし敵の地に御座有ては御
命の程危し 御帰りの有様にコレ弥五郎にも思慮有べし ヲゝサ我々御迎に参つた上 御聞入なき
時にすご/\戻らば役目の恥辱 此義は只幾重にも女業にて然るべし 御賢慮なし下

されと主従三人眉に皺評議とり/\なる折から かたへに控へし百姓藤三 始終を
聞てそろ/\と御前間近く蹲り 申/\お殿様 只今の御相談あそこで聞ており
ました それに付て私が思ひ付がござりますと いふを打消土肥の弥五郎
何を戯言吐出す 儕等が分ざいで御評議の事なんど御前近ふ不礼千万 
すさつておいらふとねめ付れば 大将しばしと声をかけ 匹夫たり共其志を
奪べからず 何か只今の評議に付汝が存ずる子細有とや ホゝしほらしい何
事成ぞ 近ふよつて物語れと 仰に藤三は手をつかへ 只今あれにおりまし


60
て ふつと思ひ付ました ガマア申て見ましよかい 兎角お前様方は 第一お智恵が
多いので 御了簡が腹の内で こふ/\/\くんじます 高が今のお姫様が 絹川村に其
盆屋に腰据てござるのじや 婆一人居る内へお前方が仰山に 槍や長刀でご
さる故 何の角のと六か敷 依て此私をおやりなさると 向ふにも気が付す 所を
何の苦もなふお姫様 引かたげて戻ります どうで此お使をおさしなされて
下されと思ひ切たる願ひの筋土肥古郡も詞なく 大将につこと笑をふくみ
ホゝ出かした 姫一人取かへすに名有侍を用るは敵を裂に牛の刀 返り来たらば手に

する時姫 首尾よふ汝連帰れ 時政が使なれば攻めて苗字をくれん 只今より
安達藤三と名乗 雑兵組の頭となし ソレ物の具させよと有ければ 思ひが
けなき土民が手柄 ?(あざ?)のこけ込すへたのひん 面目身にぞ余りける 伺公の
侍さし心得 着せる具足を供々に知らぬながらも嬉しけに妻も 手伝ふ
端武者の出立 サア侍じや/\もふこはい事も何にもない 申/\殿様 ホンニお前
のまへじやが此マアお姫様は よつほとなしつふかじやはいな こつちへお帰りな
されてもお手付になさるれば 所詮命のないお方 何とてんほのかは


61
申て見ましよ 首尾よふ其お姫様連まして戻つたら わたしが アノ女房
に下さりませと ほつかりいへば女房おくる アゝコレまあ/\そりや何を云ん
すのじや マめつそふな/\埒もないヤ申/\どなた様も 必お腹を立て下
さりますな ほんいこな様は/\ コリヤ気が違やせぬかいの あなた方
のお姫様 女房にせふとは勿体ない 漸今助つた其命 又ひよんな事仕
出すのか ヲゝ構ひおるな おりやもふけふから屹度した きろとした武士の武士(ものゝふ)
じやによつて 今からは儕か様な在所臭ひアノ日なた臭ひソシテエゝアノ

青臭ひ 焼餅女房はいやじやはい 申どふぞ私に今のお姫様をナ申と
ひた願ひ 時政公打點頭 手付にすべき不義の娘 汝にくれるも則
成敗 連帰りなば心任せ 又此封剣は寝覚と号(なづけ)し秘蔵の一ふり 姫是
を見知あれば時政が使の印 持参致せとたび給ひ 一間へ入せ給ふにぞ 両
臣礼容厳かに 藤三は封剱懐中し 行んとする女房おくる 夫に取付コレ爰な
どふ気違ひ 真実其お姫様を女房にする心じやの ヲゝするはい/\/\/\/\
何とするぞい/\/\何とするとは胴欲な 人よりは愚鈍なこなた 子を育る


62
様にして 辛抱した此女房 捨てて世間へ立かいのふ ヲゝ立々 ぐつともふえら立に立
て有はい エゝ腹が立/\と女房はしがみ付振廻せば コリヤどふ仕をるぞい 具足着ている
によつてこけるはやい 是々皆の衆引ずり退て下されと 突放せば侍共 中に隔
たり引立る 女房は猶恨み泣 殿様の御意なれば此場は是非なふ逝るぞや 庄屋殿へ
も行てどの様にする待ていやと悋気炎(ほむら)の荒涙 又欠寄を制する武士 土肥古郡は
迎の指図 藤三は妻に目もかけず にはかに作る武士行儀ついに着な
れぬ物の具に重き足取妻鳥の 思ひの 翅引別れ隠家 さしてぞ「急ぎ行