仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記(十段続) 第八 道行露の顔吉花

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/  ニ10-02434 

 

 

82(左頁)
   第八 道行露の㒵吉花
咲た桜になぜ駒繋ぐ 駒がいさめは花がちる ヤレモサウヤレ ヤレサテナ
駒がいさめば花が散る 花の都の京方へ 忠義をつくす
朝光が 妻の朝路と諸共に 又鎌倉をたつか弓 引も
ちぎらぬ海道の人目を忍ぶ思ひ付 仕出し団子の
荷ひ売り臼と杵との女夫中色で丸めしいし/\の いしくも
やつす形かたち 粋な所ていは百合の花 たてば芍


83
薬足取は 牡丹付なるつゝきやはんべにのもゝ引はきし
めて サア/\めせ/\お団子めせ 祖父(ぢい)様祖母(ばゝ)様お
世伜様にもよいみやげ 先ず元来をいふべいなら
かいにつめたい富士の雪 其雪水の寒ざらし
臼を杵とにたちつくす 姿は玉の兎にて 月影
にも勝つ故に 影かつ団子と申なり 菅丞相の其昔
筑紫の配所へ跡をおひ 此団子が飛だる故 飛び団

子ともなふ嬶 いかにもしろしめせ 白いか賞翫軽い
が第一 おめ通でとゝが杵 かゝが臼取しつかとせい今の世
の中にや 中立やいらぬ しつちくむつちくつぎき
せる ヤレモサウヤレ ヤレサテナ 刻たばこが なかふどする ヤレモサウヤレ ヤレサテナ おちよ
/\と ヤレモサ/\ おとしておいて シヤ子メ/\ 譬に蔦の葉 ヤレモサウヤレ
退き心軒をかぞへて売声の なまめく妻が口紅の朱(あけ)を
奪ふや藤沢も過て 大磯にいそがしけな取なりも


84
旅は憂物ういろうの 小田原こへて箱根山 アレ/\三嶋
明神の森の木立に しらはとのあれも女夫か羽根
と羽根 川瀬につゝく伊豆駿河 千貫とびももらぬ
中 夫におまへは胴欲な 知らぬ東(あづま)に私をは 残して行かふ
とさしやんした 心はぬめた沼津の宿 こちやどふ
成となりもせふ 縁を結ぶの神様のお世話をむ
げには成まいし 富士は白ふてお月さんはいつでも丸

いじやないかいな 口舌かふじて背中をば ツイ振向けて
すねかへす お前の癖は合点して ちよつと鞠子の
ころび寝も 一つ枕に寄添ふて 縺れ合たる藤枝の
じつと笑顔に抱付く艶もえならぬ嶋田髷 しど
なく見へてかはいらし 男は人め大井川跡に見付や濱
松こへて 波の荒井も打渡り 売りや宿々飛団子
風味吉田のおしやれが招く 梅が香に なきてや帰る


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鶯の 初音が恋の始かとれが恋やら花じややら
梅桜ひとつに松の冬籠り常盤か恋の初かとれが
萩やら荻じややら 諷ふ声々休らいで 御油赤坂や
矢矧橋 ちりうつもれは山となるみや宮ののふね
あかつ下りつ鈴鹿をば 越て土山 水口の ぬれた同士と
羨(うやまは)れつまづく 石部草津から 頓て主君に大津迄帰帆
の便求んと急ぐ心の矢たけにも矢橋の濱にぞ 「着にける