仮想空間

趣味の変体仮名

伊達娘恋緋鹿子(七の巻・道行)

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/  
     イ14-00002-513

  
78(左頁)
   七の巻
日月の鏡にかけて黒白(こくびやく)を 二つに分くる牢屋形罪科極る科人を 今日
引廻しの其用意門前に床几直させ 当所の代官長芝栄蔵渡邉
隼人も此程より逗留の内紛失せし 釼二度手に入れば早上洛の用意取り/\
同床几に押直れば 其外付添ふ諸役人異義厳重に見へにける 埋もれ木も時を
待ち得て咲く花の 昔に帰る左門之助 上下衣服大小も遉国守の御嫡子 夫に
連れて花園も端手をくろめる屋敷風 跡に引添ふ吉三郎 十内諸共御供も心


79
ならざる牢屋の前 夫レと見るより渡邉隼人 一別以来対面は致さねど
先ずは堅固珎重(ちんてう)/\ 先達て紛失せし天国の釼 日限りの内に有り所も知れ某
請取上からは 以前のごとく高嶋の家相続 是も偏に源次兵衛の忠義を受け
継ぐ吉三郎 十内とやらんが忠義感じ入たる働き 某迄も満足致す 此上は片時も
早く出達の御用意有れと悦ばしげの挨拶に ハゝ今に初めぬ隼人殿の御芳志 御役
目とは申しながら寒気の節 長途の御苦労申上ん様もなしと 礼述て左門之助栄蔵
に打向ひ 本郷八百屋久兵衛が娘お七 入牢の砌より助命の御願ひ再三申上たる所

国法なればお仕置極り 今日鈴の森にて火罪仰付けられし風聞 尤
掟を背きしとは申ながら 女童の跡先なく思慮なき所為に一命を落
す事 不便の至りと存る故 身不肖なれ共高嶋左衛門之助押返しての此願ひ
何卒一命お助けあらばいか斗大慶と 夫の詞に花園も供に願ひの数々
も 我身にかゝる吉三郎 十内も土にひれ伏供に願ふぞ道理なる
始終を聞て長芝栄蔵 成程とくより貴邊のお願ひ拠(よんどころ)はなけれ
ども 一旦触出したる御大法をやぶりしは火つけに勝る渠供(かれが)大罪 隼人


80
殿にも其様願ひなきにしも有らねども 国法なれば叶ひ申さぬ某
迚も女の事不便には存ずれど 心に任せ天下の仕置 役人の私なら
ずと 聞よりハツト主従は詮方涙ばかりなり 隼人も心察しやり 先達て
何角の様子 一々聞に付け人々の力落し推量致した 去ながら 火に入り
水に溺るゝも是皆過去の定まり事 歎きは無用と力を付け 左門之助
殿御夫婦 十内諸共同道にて出逹致さふ 吉三郎は江戸表に長々
住居の事なれば 支度万事に嘸隙入り 跡に残つて心しづかにナ 合点

か 道中より追付かれい 参らるゝ道すがら 鈴の森の仕置者見物は心任
せと 暇乞をば余所ながら 教ゆる情に左門夫婦 然らば是より御同道 吉
三郎は跡よりと 心の内を汲みてしる主人の思ひを十内も 心に泣て目に
泣かぬ武士の行儀ぞ恥かしき 早刻限と内より 非常と糺す先払ひ
見るめ妨嫌(いぶせき)捨札に科の次第をかくとだに 名やは伊吹の煙の罪科かゝる
歎きに大身の鑓 我身を先へつらぬかれ 死なばなどか此憂きを 見まじと
泣く音血をはく思ひ いたはる十内人々も 心を思ひやる涙覚束なくも


81
   道行浮名の八景
「呼ぶ子鳥の哀れ なるかな お七こそ さい 恋路の闇のくらがりに よしなき
事を 仕出して 恋の罪科われひとり かき集めたる 玉ばゝき 浮岩(あこがれ)こがれ
行末は かゝる浮身を爰かしこ 見つけ /\にさらされて 日本橋より
引かれ行 見る人袖をひぼる人 見かへる人も皆人も 柳原のゝ つく/\゛し
余所めに余る涙川 わたり兼たる丙午富士の煙と諸共に 消ゆる命
ぞはかなけれ 首にかけたる玉の緒の絶なばたへねはゝきゞの記念(かたみ)の

念数くりかへす守りは父の給はありし一部一巻後の世を助け給へやなむ妙
法蓮華経/\いつしか君に馴れなじみ かはるまいぞやかはらじと起請を
書て取かはし 小指を切て血をしぼり 互に語る睦言にさりし御げんの夜
の雨 殿御持つ間の畳算 あふ夜逢ぬの夜(よ)いさよ恨みても 外に悪
性は誓文とよあだあし 男の仇事や ひんの盗みに恋の哥三十一文字書
ならひ 湯島にかけし松竹梅本郷お七としるし置く 十一才の筆の跡見し人
有らば私が 筐と思ひ一遍の御回向頼奉ると 顔さし入る懐の内よりもるゝ


82
振袖に溜る涙ぞ哀なる 身は人屑といはゞいへ 笑はゞ笑へ一筋に思ひ初め
たる恋なれば 譬此身をつらぬかれ 骨は粉(こ)となれ灰となれ 魂(こん)は此世
にとゞまりて かげに付添身にうつり二世も三世も我夫(つま)と 手に手を取
てれんげのり 法のともづな切果てて 我と火に入る夏の虫 憧(こが)れ死とは此事
か たけの子故に迷ふ親 めうがもしらず恩しらず いかにわかめといへばとて
気儘に心持なしてあられすくなきしめしとは神も仏もしらま弓みつばよつばの よめ
がはぎ 脛(はぎ)もあらはに三田の郷 乱れし髪と諸共に ずいきの涙おちこちの ながめ

は爰もにほの海 さゞ波よする品川や いよ いよ いよ はま あに入け
のあまに舩見へつかくれつ 一かすみのあれ えから さきを 見渡  
せば よし原すゞめくち/\゛に 科のよしあしゆふしくれ 恋のじや
まする男こそ を色の命の瀬田しゞみ 我はほとけになりも
よし ふりも よしなやよ いさよ恋故に 命のとふげ いましばし
しばしととむる人もなく 心も駒もせはしげに 行く道しばも露ぞうく
引足なみのいとせめて 爰ぞ浮名の高輪や袖が 浦べを 「引れ行