仮想空間

趣味の変体仮名

檀浦兜軍記 第三(阿古屋琴責)

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      イ14-00002-523 


50(左頁)
 第三  (阿古屋琴責)
鳬(かも)の脛(はぎ)短しといへ共是をつがば憂へなん 鶴の脛長しといへ共是をたゝ
ば悲しみなん 民をせいすること此理にひとし されば治まる九重に猶も非常を
いましめの水上清き堀河御所当時鎌倉の厳命にしたがひ 秩父
司次郎重忠きんりしゆごの代官として 兼ては民の公事さいばん私のはか
らひなく 道にくもらぬ十寸鏡(ますかゞみ)智仁の勇士とかゝやけり 同席に相並ぶ
岩永左衛門致連(むねつら)南都東大寺の建立よりすぐさま都に押留り 重


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忠の助役とがうし悪七兵衛景清が ありかをさがす邪智佞姦 表は忠義に
見せかけて おのがいこんをさしはさぬ心の底の二股竹 とらの威をかる狐とは きよろ
つく顔にあらはれたり 当日の取次役両人の御前に出 清水の轟御坊 御出也と披
露につれ大広間より入給へば はや/\是へと請ぜらる 法印重忠に向ひ給ひ 平
家の侍七兵衛景清 轟坊に入来らば搦取て出せよと先達ての御使者 尤平
家盛んの時節は彼景清 くはん音を信じ七十五里の境を隔てし おはりの国より日
参せしは世の人の知る所 然るに寿永の戦ひに西国へ趣きそれよりは音信不通 よしんば

忍びて観音へ参詣を致すにもせよ 出家法師の手に及ぶ彼にもあらず からめ
とらるゝ子細あらばそれこそは武家の役 出家には不相応 此義を辞退申さん
為の参上と 憚る色なくの給ふにぞ 重忠ふしんの気色ばみ岩永左衛門詞を
すゝみ いや是は秩父殿の御存なきこと某が存付き もとより御坊は景清がだんな寺
心をゆるし参詣せまい物でなし 所をだますに手なしとやらからめとつって出されなば
ほうびはいつかどお寺の為と存るからと いはせも果ずこはけしからぬ致連の御仰
真言の密法は 五輪種子周遍法界鬼畜人天 皆是大日と説かれて 廣


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大無辺の大慈大悲 景清来つて我を頼まば一命にかけてかくまひは申す共 から
め取て出すなどゝは耳にふるゝも穢らはし よしそれが曲ごとゝて没収(もつしゆ)せられば傘(からかさ)
一本 沙門の身にいとはぬことゝ詞を放つて申さるれば 岩永も云がゝりヤアねちく
さい老僧 大日やら大ねつやらそれは存ぜず 景清がかた持ち達後日に急度(きつと)さた
に及ばん 既に以て手本は五条坂の遊君あこやと云女を六はらに引出し 景清が
ありかを尋る毎日の拷問 きのふは拙者が承はりけふは是成重忠の当番 家
来共に云付憂めを見すると云こと京中に隠れなく 則其松をあこやの松と 異

名迄付る程の大せんぎ知られぬと云こと有まい ことによらば法師の身とて拷問せ
まい物でなし 轟坊を引かへ驚き坊にしてくれん ヤアよしないお坊(ぼん)にかゝつて御用共を
怠るとさしたることもなけれ共 仕廻い付かねば座を立て次の一間に入にける 重
忠諸法印を近く招き 景清がせんぎのこと 重忠が胸中口外に出さぬことながら
貴僧は格別あかし申さん 平家の方にも誰彼と名有る弓取は多き中に 彼
景清は一人当千あつたらしきものゝふ ?(たとひ)からめとればとて無下に一命を断つべきや
何とぞ彼が心を和らめ源氏の幕下に付け置ば 勇者の胤を日本に永く残さん


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国の宝 臥龍先生が孟獲を七度迄助けかへし 終には蜀のみかたとなしつる例しを
まねぶ寸志の忠義景清までに入来らば 此道理を院説有て源氏につかへ存
命せよと 諌めの教へはお僧の役必頼み存ると 敬ひ深くの給ふぞ 轟御坊
はつとかんじ 今に初めぬ秩父殿の仁愛 一見阿字の仏教も外ならず覚さぶらふと 歓
喜の領掌なし給ひ はや御暇ともぎとぶに 出家かたぎの濁りなき清水さして帰らるゝ
ちゝぶの郎等榛沢六郎成清 遊君あこやを拷問の時刻も限る未の刻 六はらより ←
立帰り御門におろす囚人(めしうど)かご 簾を上て引出す 姿はたての裲や いましめのなは引

かへて縫のもやうのいと結び小づま取る手も儘なれど胸はほどけぬ思ひの色 形ははでに
気はしほれ 筒に生けたる牡丹花の 水上げかぬるふぜい也 榛沢六郎御前に出 仰に任せ
なはをゆるし 様々なだめ不便を加へ尋ね問ひ候へ共 なんぶん景清がゆくえ存ぜぬと斗 外に
申し口も是なき故召つれて候と 披露なかばに岩永左衛門つか/\と立出 ヤアぶ念也
榛沢 科人になはも懸ず 其上見れば拷問につかれたる気色も見へぬがエゝ聞へた 扨は
御邊がけふの拷問なまぬるくやられしな よい/\明日は拙者が受取 そふ/\家来
任せにも成まじ 自身の手並見せつけ 景清がありかほざかしてみせふ 侍共やい あの女め


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岩永がやしきへ引けと れいのそこつを重忠押とめいや先待れよ岩永 なはをゆるし拷
問をゆるめしも 榛沢が私ならず某が了簡 其上に今日のくれ迄は此方のはからひ 其(そこ)
元のお構ない筈 入ぬせわ御無用/\ こりややいあこや 今日もまだ白状せぬよし
はて扨しぶといなぜいはぬ 去ながらそれもなあ無理とは思はぬ 義理と情を表に
立つが遊君の習 いかに責かゝるゝがつらいとて なじみを重ねた夫の行衛ついにおふ
共明かされまいさ さなきだに流れを立つる女は 誠なき者と一むきに心へしやからもあれば
それらが謗りもうたてく思ひ 又は同じ憂伏しを勤める 友傍輩の顔よごしなどゝ

思ふてのことならんが こゝをとくとがてんせよ 景清がゆくえ 存ずべき者なればこそからめ
取てせんぎもする 有やうに白状すれば 忝くも鎌倉殿の御意を安んじ奉り天晴
の御奉公 万人の謗りを受ても君一人の心に叶はゞ 其身の冥加あしからまじこゝを能
弁へサアさつぱりと景清がありか 此重忠に聞せいと物和らかに理をせめて 然(しか)もこた
ゆるせんぎの詞 あこやは聞てさつてもきびしい殿様 四相をさとる御方とは 常々噂に
聞たれど なんの子細らしい四相の五相の 小袖に留めるきやらじや迄とあだ口に云なが
せしが けふの仰にがゝおれた 勤の身の心をくんで忝いおつしやりやうなん/\のせい文で 景


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清殿のゆくえ知てさへいるならお心にほだされ ついぽんと云てのけふが何を云ても
知らぬが真実 それとても疑ひはれずばハテいつ迄とも責られふわいな 責らるゝが勤の
かはり お前がたも精出してお責なさるが身のお勤 つとめと云字に二つはないアゝ浮
世では有ぞいなと 云にそばからこらえぬ岩永 ヤアべり/\とはつしやいだおど骨 ぜひ
白状をせぬに置ては 此間の拷問に品をかへて憂いめを見する 聞けばうぬはくはいたいとな
よい/\急度思ひ付いた 腹に子の有るかざみの格塩煎責にしてくれふと おどしかくれば
ハゝゝそんなことこはがつて公界が片時ならふかいな 同じやうに座にならんで 殿様顔してご

ざれ共いきかたは雪と黒雲 重忠様のはからひとて榛沢様のけふのせんぎ なはも懸ず責
もなく六はらの松陰にて 物ひそやかに義理ずくめ様々といたはりて サア景清が
ゆくえはと問れし時の其くるしさ 水責火せめはこたえふが情と義理とにひしがれては
此ほね/\゛もくだくる思ひそれ程せつないことながら 知らぬことはぜひもなし此上のお情
には いつそ殺して下さんせととんと投出す身のかくご もて余してぞ見へにける 重忠
榛沢を近く召れ か程心をつくせ共 誠を明さぬ上からは目通りで拷問せん それ
/\と仰有る詞の尾に付く岩永左衛門 やあ/\者共 あこやめに水くらはす用意/\と呼


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はるにぞ あつと答てしらすの内なをす梯子を見るにさへ 心はのぼる枕の横槌底を
かたへの井戸やかたにかくもきしる繰車(くりまき)の 胸にひゞきて気をひやす あこやが心の
濁り水今しも呑やとかくごの体 重忠座におり立ちて アゝぎやう/\ししづまれ/\ あこや
を拷問の責道具は 某かねて拵へ置たり 誰か有る持参せよと仰に従ひ持出るは
いともやさしき玉琴に三絃鼓弓取そへて ねじめも嘸としらす成る あこやが前に
ならべ置く 岩永もきよつとせしが様子いかゞと打守れば 是さ女 其琴ひけ 重忠が是
にて聞くと刀を杖におろがひもたせ 岩永殿もお聞あれと 打とけて見へければ こりや何

じやけうがるは 責道具/\となんぞきびしいことかと思へば エゝ聞へた 拷問にことよせ自分
の慰み気ばらしをやらるゝな 天下の政道を取さばく決断所での琴三絃 神武以来(このかた)
ない 図なほたへ 実に誠せかいの有様 天に口なし人を以ていはしむとは今思ひ当つた あこや
めがくはいたい もしもや此子が女の子なく 琴でやぐはん/\三絃で なんとやらと京中が
諷ひしは此前表(ぜんひやう) 此上のばれ次手 ちよ/\けなんどもよござんしよがの ハゝゝゝと嘲弄
す 重忠みゝにも入給はず ヤレあこやなせ初めぬ 琴をひかねば景清がありかを いひ
明す所存かと詞もしげき重忠の 底の心は知らね共ぜひなく向ふつま琴の 行衛を


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何と岩越すにいとも心も乱るゝ斗 声も枯野の舩ならでかひなき しらべかきならし
かげとも 月の清しと 云も 月のえん かげ きよき 名のみにて うつせど 袖に やどら
ず 重忠みゝをそばだて給ひ 今弾ぜしは蕗組のしやうがを我身の上に取り景清が行
衛知らぬとな まあ知らずんば知らぬにせよ して景清と其方が馴初しはいつの頃 いか成
ことのえんにより深い契りの中とは成しぞ 是は又思ひよらぬかはつたことのお尋 何ごとも
昔となり恥しい物語 平家の御代と時めく春馴れにし人は山鳥の 尾張の国より永々
しき 野山をこへて清水へ日ごとのかちまふで 下向にも参りにも道はかはらぬ五条坂

互に顔を見知り合いいつ近付に成る共なく 羽織の袖のふくろびちよつと時雨のからかさ
お安い御用 雪のあしたのたばこの火寒いにせめてお茶一腹 それがこふじて酒(さゝ)一つ こつちに
思へばあちからもくどくは深い観音経 ふもんぼん第二十五日のよさ必とたはぶれの
詞を結ぶなごや帯おはりなければ初めもない 味な恋路と楽しみに寿永の秋
の風立て すまやあかしのうら舟にこぎ放れ行くえんの切れめ 思ひ出すも痞のごとく アゝ
うとましと語りける ヲゝさも有なん情の道 聞届けしがせんぎは済まぬ 此上は三絃ひけい エゝイ
いやさ此方の尋る子細を 聞ぬ内はいつ迄もと 猶望まるゝ三絃のどふ成とか知らね


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共 思ひこんだる操の糸今更何とたがやさん 心の天柱引しめて ずいちやう こうけいに
枕ならぶる 床の内 なれし ふすまの 夜すがらも 四つ門の 跡夢もなし 去にても我
つまの 秋よりさきにかならずと あだし詞の人心 そなたの空よと詠むれど それぞと問し
人もなし ヲゝもふよいは三絃やめい 斑女が閨のかこちくさ たへし契りの一ふし 時に取て
の興ながら云分けはくらい/\ 西海のかせんに命を遁れ都に折々紛れ入景清 そちは
度々あはふがな 平家御盛んの時だにも人に知られた景清が 五条坂のうけれめに 心を
よするといはれては弓箭の恥と遠慮がち こと更今は日蔭の身 わたしはもとより河

竹の有が中にもつれなき親方 目顔を忍ぶ格子のさき 編笠ごしにまめに有たか
お前もぶじにとたつた一口いふが互の ひよくれんり さらばと云間もない程にせはし
ない別れ路は 昔のきぬ/\゛引かへてもめん/\と落ぶれし 身の果あはれな物語 アゝおは
もじとさしうつふく いか様是はかくもあらん 景清程の勇士なれ共実に色はしあん
の外 しあんの外 どふしあん仕直しても此通りでは済まされう それ鼓弓すれ/\ あいと
こたへて気は張弓 歌は哀を催せる 時の調子も夜の山 よしのたつたの花もみぢさら
しな 越路の月雲も 夢と さめては跡もなし あだしの露とりべのゝ けふりはたゆる


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時しなき 是が 浮世の誠なる 誠をあらはす一曲に重忠ほとんどかんにたへ あこやが拷
問只今限り 景清がゆくえ知らぬと云に偽りなきと見届たり 此上には構ひなしと 仰に
あこやは着け涙つきぬお礼を伏拝めば ヤア/\重忠 白い共黒共片付ぬせんぎを あこや
めに偽なしとは何を以て申さるゝ 此岩永は呑込ぬふ埒/\と云ほぐす ヲゝ其子細
いふて聞ん 鼓は五声に通ぜずといへ共 糸竹の調べは五音四声(しやう)によく通じ直(なをき)を以て
てうしとす まがり偽る心を以て 此曲をなせる時は其音色乱れくるふ なかんづく此
琴 音有る物の司として人の心を正しうし 邪を禁(いましむ)ると白虎通にも賞じ置きたり こゝを

以て重忠が 女の心を引見る拷問十三の絃(いと)すぢにしばりからめて琴柱にくゞめ 科
の品々一より十迄斗為(とい)きんずるをひがことくは申されまじ 琴の形を竪に見
ればみなぎりおつる瀧の水 其水をくれる心の水責 三絃の二上りに気を釣
上る天秤責 鼓弓の弓のやがら責と 品をかへ責れ共いつかな乱るゝねじめもなく
てうしも時もあひの手の 秘曲をつくす一ふしに彼が誠はあらはれて 知らぬとは知らぬに立
しらべをたゞして聞取たりせんきの落着 此上にもふしん有りやと道理に叶ひし詞のしらべ
ぴん共しやん共岩永は ばちびんあたまかく斗まじめに成ぞこゝちよき 重忠重ねて


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あこやがせんぎ落着といへ共 猶此上に某が尋問ふ子細有り 随分いたはりやしきへ引けと
仰を蒙る半沢六郎いざあこや立ませいと 友なふ情数々の恵を思ふ女心 有かたふ
存ますと 詞につきぬ悦び涙 岩永は拍子もなくてうしにのらぬむつとづら 秩父
宮商角緻羽(きうしやうかくちう)の五つに叶ふ琴三絃 かしこき例し引たりちよつかい ばち利生有る糸
さばき直に成道の「ことのはや(ここまで) 侘びぬれば 親したふ子のかた膝行(いざり)身を立て兼る音
をぞ泣く うきみをこゝに岡崎の かた辺 井場十蔵一幸(かつよし)が老母をはごくむわらや
の軒 母はなにをか思ひ寝の彼の唐土の願回に 楽しみは似ぬ臂枕 世につき合ぬき

さんじは 引立る戸のすきまより風のみ通ふ斗にて まれにこととふ人もなし 憂ふしを 身に
そへ持し釣竿の暇有げに 見ゆれ共母の一人居気遣と 心は急ぐ井場十蔵腰には?(ふご)
のおもたきを 足元かろく立帰り ハア是は母人 いつにないひるねなされしな 定めて妹が身
の上をあんじ寝の 夢程もお心休めは珎重/\ 此間に釣た此鯉を調味して 御ぜん上んと
取出す 片足たらぬ真那板ももと浪人の錆包丁 棚からぐはつたり落たはなんぞ 其ひゞ
きに目覚て母は起上り ヤア十蔵戻つてか何として遅かりしぞ あこやがあの身に成し
より講釈も打やめ 一寸内を出ぬ人の適(たま/\)のるすなれど 心細ふ待かねるけふは先ずいづくへぞ


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さればと存付き釣に参り御らんなされ 此鯉を二こん迄終に覚ぬ猟のきゝやう 是も母人
御息災延命の印と思へば 大分嬉しう存ますと聞て不興し 何釣にいて其こい
取たか それが母が息災延命の印か 是は又十蔵共覚ぬ常さへ母が嫌いの殺生
ことにあこやが今のくるしみ 人並に世を経る我ならばこその祈りかしこの祈祷 生(しやう)有る  
物の命を助け じひぜんこんの果でなり共助けたい此時節 面白そふに釣所じやおじや
るまい かはいや其鯉がわごせに釣られ真那板に乗るくるしみも あこやが六はらで
責らるゝくるしみも 人と魚との名は違へどくるしむ所に二つない 鯉のお影で息災延

命おりやいやでおじやる 年頃日頃の孝行もあいそもこそもつき果しと 身を捻背
けて恨み顔 き様に思召さば御叱御尤千万 全く慰みの釣り殺生に候はず あこやがことに
頓着有様忘れ為されしか 今月今日は御誕生日 浪人の後もかたのごとく貧しき
中に尾首(おかしら)の有る塩物也共調へ めでたふお盃頂戴致さぬ年もなし ことに今年ははや
七十二いはひは申し納め 来年のけふは不定の世の中相かはらず祝ひ奉らんと 此間心懸けれ共
遠慮で講釈は仕らず ざこ一疋調へん値につき果て殺生とは存じながら 小鮒でも釣て御
肴にと存じたれば 御らんのごとく二年物の鯉二こん 鯉の鱗は三十六枚有と申す 二こん合


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せて七十二枚の鱗 母の御手も七十二 都合めでたふ是で母の誕生日を祝せよと
八大龍王の賜と嬉しく持て帰りし 十蔵も木石ならず詞には出さね共 たつた一人の
妹がくるしみ 母の敵悲しみが悲しかるまいか思ひやつてたべ母人と 歎かば母の歎ぞと泣か
でこま/\゛語りける なふ恥かしやサア十蔵 早ふ其鯉料理して 母が誕生祝ふてたべ悔し
や呵つた詫言に悲しい中でにこ/\と笑ふて膳がいたゞきたい 雪の中の笋(たかんな)氷の魚 唐土
の孝行にも劣りはせぬぞやれ十蔵 とは云物のいぢらしげに鱗の数と我手と同い手
いかにしても殺されまい御身が出世も此鯉の 龍門の瀧を上るごとくあやかつて命助けて

やりや コレ此盆をこふすはれば幸いまきえの靍の料理 心で祝ふ千代や千代親子
めでたふ盃せん アゝ酒がなと有ければ ハア詫言は勿体ない お心とくれば此上の大けいなし
酒も則用意せりとふごの内より取出す 徳利に余り悦び顔とにもかくにも御心に 背
かぬをけふの御馳走 ヤてい主方ま一人有と下屋にかけ入り はおりかた手にあたふた斗の
食籠(じきろう)も とさんにことのかけ盃わびしき中に仮初も 礼儀乱れぬ親と子の昔の
育ちおくゆかし ハア是はなつかしや 景清の御身みにもらかせしはおりならずや されば其時
申せしは 是を打懸け景清が孝行も一所と頼み置たれば 此座に置けば是は景清


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今日のことぶきてい主二人と思召し 先ず盃お取上いざお酌仕らん 日頃は聞召れねど今日は
半盞(はんさん)ハアゝ忝い/\ 酒は愁ひのほうきと申せば暫くもおきばらし 其お盃サア景
清戴いて 直ぐに返信申さしめせといふもつぐもかた斗 さらば盃お取次 肴はなく
共聟殿の盃 まあ銭の廻り程是は/\つぐまいと 存ながら又はんさんしたり静には
あがらいで 誠に下戸のむいき呑みすぐに私御頂戴 手酌は恥の物是御らんぜと
さらりとくんでついとほし憚りながら又返信 御酒は御きこん毎年うたふおさかな 今年
かゝも心がゝり世上の聞へも候へば 随分と声ひくに 母は千代ませ/\とくりことを祝ひ

うたの 面白の時代や 嘉例の肴めでたい/\取じやに母も一つ受呑むことはならず是つけ
ざし ハア是は有がたいといたゞき/\ずつとほし 然らば御意に任せ盃は是迄 余り御きげん
よいに付け近頃不孝な願なれ共 申上て見ませふが 御聞分け下されと飛しさつて手
をつかへ あこやがこんどのくるしみは景清にえんを結んだる故 といふて重々の大恩有る景
清がゆくえ知ても云まじ 増して存ぜねば責殺さるゝはあんの内 私つく/\゛ねるに
あこやが腹はな是々と承はる いかな/\殺させては母も我も景清に 何と面を合すべ
き 然れ共力わざにはいごかしも助けもならぬ 所を何の苦もなく助ける極上々の分別


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を極めしは 某あこやが責られし彼のあこやの松と童(わらんべ)の霊名を付し 六はらの松
の下にて腹十文字にかつさばき 上総の七兵衛景清運命拙く とても頼朝を
討つこと叶はぬ故 腹切て相果る者也如件(くだんのごとし)などゝ 似つこらしく書置を残し相果ば
ヤレ景清切腹する上はあこやに用なしと 命助るのみならず京都鎌倉心を赦
せば ゆだんを窺ひ景清殿安々と本懐を 達せられんは掌(たなごゝろ)を見るがごとし 一日
切腹を急げば一日妹がくげんを助る とつく申上んと存ぜしか共親子一世の此世の
別れ 責て快ふ御誕生日を祝ひ納めて後のことく 今日迄色にも出さず思ひ初めし

其日より 一日を千日万日とのつゝそつゝ待かねし 今日只今より誰か我にかはつて
いたはりはごくみ奉らん 尤妹は有ながら女のこと かた/\の手の落たやうに思
召し 歎きが積つて御身のくづをれそれがこふじて又妹が悲しいめを見ようかと
あんじつゞくれば身も世もあられず 悲しけれ共始めからない十蔵じやと 思召
明らめ不孝の 罪をゆるされ 命のお暇下されば有がらからんと跡云うさし 胸迄ぐつ
ぐとつつ懸る 涙しらせしなき顔見せじとさしうつぶき畳に くひ付き願ける 母は
しほるゝ気色もなく ヤレ其詞遅かつた十蔵 けさはいふかばんには云かと 毎日/\


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待兼て思ふには 心が付ぬかいやぬかる者でもないと心の内でとつおいつ 親子の
中も侍にしねと教ゆるは恥も有り遠慮も有り いついふてくれろことぞやと 今迄
わごぜが立身出世を待たやうに待兼し 母は程がなふても飢えもせずこゞえ
もせぬ 増して妹がいるからは跡あんじることみぢんもない 未練な心を残さず共
いさぎよふ腹切て 景清の恩もほうじ妹が命も助けてくれと いふとて妹が助けた
さにしねと云では更々ない 箸折りかゞみの真実の我子兄弟 月日と力にくらせし
もの 夜斗かよからふか昼斗でよからふか 夜昼があればこそ立つ世の中に老の

身の かはいさに隔てはなけれ共 妹が原には男孫か女孫か 御身が為には甥か姪か
胤は景清の預り物 それ赦すまい斗にしねと云合点か 幸と其盃又帰る
旅ならば母が呑でさすべきが 再び戻らぬ死手の盃 一つ呑で母にさせ肴
せんと立上り 胸と一所に踊る鯉を鉢に入れ 十蔵が前にすへ 今しぬる身に入らぬ咄
なれ共物は聞て置ふと わごぜが祖父(ぢい)様わらはを縁に付給ふ時 切腹人の今はには
鯉の濱焼きをすへ 飯櫃(いひびつ)のふたできうじすること故実也 聞て置けと物語 人の上
でも有ことか我子の役に今立た 此鯉のけふ釣にかゝりしも思へば天のあたへぞや


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祝ふてすわつて早ふいてきれいにしね さらば/\と目をとぢて重ねて詞もなかりけり
ハア有がたや望の叶ひし我大けい 死後の見ぐるしからぬやうとてものことにさつぱりと
じぞりに月額(さかやき)仕らん 剃刀砥(といし)はいづくにと尋れば ヲゝそれよからふ こん生みらいのはれの
月額 母が剃ておませふぞサア髪もみやれ こは冥加なや生々世々の御かたみ御
じたいは仕らぬと 盥取る間も有やなし走りの水にさしければ 母は末世の手本となれ
武士のかゞみと鏡立て 砥剃刀携へ出 磨ぐも磋くも弓取を 子に持つ親は皆これとお
もひながしの合水 けふ別れてはあふことの かねよりかたき合砥や 力涙を押包む袖よ

袂よ手合し サア十蔵と有ければ 思ひ乱るゝ黒鉄をもんで鏡に打向ふ 母は後 
に立廻り なんと十蔵 親が子共のかうぞりはほんの月額 逆剃にせふかいの アいや
若いが先立も老たるが残るも 此方こそ逆様と存れ共 皆前世から定つた
直ぐ剃になされ下されかし ヲゝ心へしと老の手のふるふを見せじ ふるはじと二剃り三剃り顔と顔
互に移る鏡の内 いやなふ十蔵 いくつに成ても面かげの残るは昔の幼顔 あてに
ならぬ額の黒子 見通しの法印が六十八迄請合し其命 まだ半分も立たゝず
こんなことが有ふとは 神仏のなされた八卦にも間に嘘が有かいの ハゝゝおかしいことでは


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有わいの いや私は八卦の合ぬをいかふ嬉しう存ます 先年国元で御大病お煩ひ
なされた時 百人の医者百人の陰陽師山伏名僧知識の占にも 御本服と申す
者は一人もなかりしが 御快気に間もなく七十二迄息災 此やうなめでたいことはご
ざりませぬ ヲゝいやればそれもどふ 其時参つたら今日広い国へ主づいていきやる 嬉
しいさかやきはそるまい物 長生してこんなめにあふ めでたいぞや ヤ何か云間に時うつろ
さかやきそつてしまおふと ホゝこりやいつの間にもみ直しやつた いやもみ直しは致し
ませぬ でもひつたりとぬれて有 それはお前のあの嘘わいのおれがなんの みぢんもなきや

せぬ/\といふ声くもる鏡の内 互に顔を見合て笑ひを付くるきは立る 老の手わざの
かよはきも剃刀ばやにそりなせり 是からは聟の景清殿大国の所知入り まさかの用と
嗜みしはれ小袖召させんと取出す なはやみのまつくろ/\縞隠れ行くだてばおり 行き長(たけ)あひて
のつしりと 大小さすが浪人の昔かゝやく金作り 十蔵忽ち景清と 見かはす斗見へに
ける 物数いはゞ老人のもしや心も乱れんと門に出 是迄養育の御恩にくらぶれば
蒼海深く 山に譬ふれば須弥山ひくしと申せ共 命は又義によつてかろしといへり 妹がこと
は申すに及ず申上度き数々はらいせのこと 日の内は清水にくらし切腹はくれ六つの鐘を限つて


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逆様なことながら 御えかう頼み奉ると云捨つゝと走り行 母はつゞいて走り出 ヤレしばし待て物
いはふ おうい/\呼べど答ず俤も 涙と年のいときめに其行かたは見へざりけり あつと大
地に伏転び 鬼にもせよ蛇にもせよ死にに行く子をいてしねと 歎かぬ親の有べきか 女
なれ共侍の親に生れた身のいんぐは 泣きたいを得泣ずりくついふたり笑ふたを 誠の心
と思ひしか 狂気半分はんぶんはしんでいたはやい 出立た姿いつわすれふ 千騎二千
騎の大将とあをいでも 不足ない子をかはいや一生ひんくに埋もらせ鎧甲きせなんだが
悲しい いつそ不孝に有たらば是程には思ふまい 孝行にしてくれたが今では結句恨

めしいと 涙の限り声限り泣てはくどき立ては転びやる方 涙に伏沈む かゝる所へ半沢六郎成清
あこやをかごにいたはり来り ヤア/\老母 あこやが身の上せんぎ落着致すによつて送りかへさ
るゝ 併し胎内に子をやどせば平産迄は他国叶はず 男子出生ならば決断所へ訴ふべし 女
子に置ては構ひなしとの諚意成ぞとあこやを引て渡さるれば なふなつかしや母様とすがり
付たる嬉しなき 母は仰天気をうろたへ ヤアまめで戻つたか 嬉しやの悲しやのこんなこと知
たらやるまい物 六はらはどつちぞまだ十蔵が日はくれまいか よふ戻つてくれたな入相が死
だらなんとせふ 兄が鐘は鳴るまいかと何を云やら気もそゞろに よそにはならぬくれ六つを

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胸に ごん/\/\つく斗 母様それは何おつしやる いかいおせわ六郎様へお礼/\と気を付れば ほんに
/\と手を合伏拝むより外ぞなき ヲゝ久々にての対面うろたゆる程嬉しい筈 あこやを
渡せば外に用なしと六はらは 下部を引ぐし立かへる 母様悦びは道理ながら其様に なぜうろ/\
なされます うろ/\せいでは兄は腹切にいたはやい エイそりやまあどこへなんとしてと驚けばそなた
の命助ふ方便(てだて)景清に成かはつて六はらの松の下 日の中は清水でくらし 入相の鐘とはいつ時に
腹切る筈 ヤかふいふてはいられぬとかけ出してはどうどこけ 歎きによはる足よは車あこや悲しさ
やるかたなく 戻ると其儘なぜ云て下さんせぬ 女の足でもつい一走りわしがいてくれぬ内

兄様つれまして立かへると はやかけ出すおのが名のあこやの松へと「いそぎ行
こゝに過つる元暦元年源平の戦ひ檀浦にて 上総七兵衛景清に出会ひ不覚を
とりし源氏の侍 みおのやの四郎国時其身の恥辱を顧みて陣所に帰らず直に逐
電してけるが 景清世にながらへ都にさまよふと聞しより 欝憤をとげ弓箭
の恥をすゝがんと ありかをさがす京廻りけふしもこゝを尋来り あふぎのはしに書付けたる心
覚えひらき見て ムウ岡崎の村はづれ北を受たる一軒屋 西に藪垣入口に井の字の
印 有ぞ/\と打うなづき内の様子を窺へば 主の老女が年恰好是こそとつつと入り


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あがり口に踞(しりかたげ)ヤア老女 あこやが母は儕よな 聟の景清八嶋の浦にて 簑尾
谷と軍物語聞及ばん 我こそ其簑尾谷四郎国時(とし)景清がありかをさがす
又鎌倉よりもせんぎきびしく 秩父岩永が承はり あこやにありかを責問はるゝ
所 白状せし共せぬ共取々の風説 それはともあれ儕が知らぬことよも有まじ 真直ぐ
にぬかせ 知らぬなどゝ偽らばしは首捻ていはせんと おどしかゝればきよつとして いや知らぬ共
存じた共 とかくの返答あきれ果顔を 詠る斗也 きやつ知てとぼけるか あらぎでは行まじ
と分別し面色を和らげ 老女こゝを合点せよ 此簑尾谷むごい心持たれば むたいに

つれ帰り人質に取景清が心をしぶらせ聞出す仕やうも有り 又すつはりと切殺し 景
清が外姑(しうとめ)の敵となのつて出る仕様もあれど 咎ない人を殺しひけうを働く我ならず
手近ふいへばあこや殿とえんがきれ のけば他人の景清身はくづおれふとかくしとげふと
思ふは五十年さきのかたぎ当世は川流れさらり/\ 合点かお袋と気を許させて
たらしける ムウゝ合せ物は離れ物いはしやればそこも有る 当代は昔とちがひ 弟子の器
量の有なしも構はず 弓矢打物の大事さへ金次第で伝授するげな 気のさばけた世
じやござらぬか 水心あれば魚心有 問ひ様に心あれば教へ様にも心が 有そふな物の様に思


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はるゝじやござらぬかと 詞の謎をとく呑込路銀のさいふ取出す じつとしりめに懸け
ながら猶見ぬ顔の空とぼけ いやなふお袋知らぬ所へ初めて参り ふみあらしたばこをあらし
忝いと 一包膝本にそつと置く 苦もなく取て指先にひねつて見 誠に是は茶の金そふな
戴く程の重みでもなし コレ人のありかを訴人すれば属託の大法さへ判金七枚に極つた世
の中 茶の銭斗なぜ極らぬでござるぞいの おつと茶の金呑こんだ 判金七枚とさいふ
の包取出し 前にならぶる折こそあれ あこや十蔵に尋逢互の悦びいそ/\と 立帰る庵の内
見なれぬ武士に見なれぬ小判 こはいかにとうかつに兄弟得はいらず内の様子を窺ひける 簑

尾谷悦びサア望のごとく此金を渡す上は 景清がありかを知らせ我に討たせ 此みおのやが願
かなへてくれ ヲゝ仏より貴い金を 大ぶん取るからは教ませいでなんとせふ かづさ七兵衛景清
がありかは こゝに有と十蔵大音声に呼はつてかけ入り ヤア珎らしゝ簑尾谷 見忘れしか
檀浦にて見参せし景清 汝弓箭の恥を思ひ付狙ふとはとく聞たり 今廻りやふはう
どんげ 欝憤をはらせ相手に成て得さすべし サア抜けせうぶと詰よつたり 敵に詞をかけら
れて簑尾谷なじかは臆すべき 抜き放さんとはしつれ共檀のうらは 互の姿甲冑の昔に
かはる形像 それかあらぬかいぶかしとためらふけしき十蔵いらつて ヤア臆れしか簑尾谷 又臆


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病がおこりしな 性根を付けてくれんずとひらりと抜て討かゝる 母もあこやも心くれわつと叫び
泣く斗 両方互に秘術をつくし打ぞと見へし十蔵が 刀の金さやえたりけん つば本よりほつきと
折れて飛ちつたり 十蔵つかをからりと捨 景清が運命是迄也 サア首討てと指しのぶれば ヲゝ神
妙也景清とふり上る刀の下 眼をとぢたるつら魂つく/\゛と打守り ムウゝ主君の仇を報ぜんと 鎌
倉殿を狙ふ景清 刀が折たらば指ぞへも有り 命のかけがへも有る様に首さしのべしは ムウムウいや/\/\
みおのやが一こしは正真の景清が首を打たでは叶はぬ刀 紛れ者には得よごすまいとさやに納め
儕景清もふ取置けと一分別有る其有様 一器量有るおのこ也 母は手を打ヲゝよい分

別や眼力や 其男は十蔵と云我むすこ 誠の七兵衛景清がかくれ住む所は清水
の後ろ堂より本堂へ是かふまはる 左の方と折たる刀おつ取てくつとつつ込乳の下かけて
引廻す 悲しや是はと驚きさはぎそも何故の御じがいと 兄弟すがり取付けばこは/\いかにと
みおのやもあきれ 果たる斗也 母はくるしき息ながらやれ兄弟よ 其金を路銀にして 景
清のありかを尋に母が命の有る内にちやつといけ/\ アゝ嬉しやまんまと仕おほせた かふ云たら
簑尾谷殿さぞやさぞ憎からふ 身を切刻みくだかれても 元より知らぬ景清のありか
教ふと偽りしは 兄弟を尋にやる路銀に金とらふ大語り大ぬす人 あのばゝめづた/\にもとおぼし


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めそふが かはゆふて/\どふもならぬ 子共の為むこの為語りに成て死ぬる母が心 子を持て後思
ひやり其時恨みをはれてたべ ヤア兄弟よ 千日千夜云てもなごりは尽ねど皆あだこと かまへ
て/\心を合景清を見立ててくれ 是を云てしまへば心にかゝること浮世にないと 詞は涼しく
心はよはる息も切れ 此世の別れと消えはつる あこやは更に夢現 弁へ知らず取乱しわつと斗に
伏沈む 十蔵はみおのやに泣顔つゝむはぢもみぢ 胸は時雨よ雨やさめいは木ならねばみ
おのやも 敵は敵金は金死なず共是式に 了簡も有べきを不便の母がさいごやとよそ
め遣ぞ頼もしき やゝ有て十蔵金おつ取 物をも云ずみおのやが前に置く ヲゝ返弁の

心尤也 此上はやると云共よも受まじと立てしがいの前に置き 七日/\の弔ひ金七々四十
九両の香典 死人に手向る上からは礼を受ふやうもなし 恩にもきせぬ来世がね
受悦んで成仏あれ 扨某は参り申すと立出るヤア/\みおのや 母に手向の情はあれ共景清
を狙ふ御邊なれば 此十蔵いつ迄も妨げ入れるがつてんか ヲゝいふにや及ぶ老母が愛心にめんじ 狙ふ
まじ討つまじと云たけれ共 我も根井の太夫と云親有り 我故江州にちつ居の身 景清を討てくはい
けいの恥をすゝがずんば 孝行も武道も立がたし 汝ら兄弟景清に廻りあはゞ かく付狙ふと云
聞せ必用心怠るな ヲゝサ十蔵がつらをとつくと見置き人たがへして悔むなよ 何さ/\千体仏程ある


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とても 一念の眼力誠の景清討て見せふぞ 見ごと討つか儕見ごと妨げるかと 思はず両方反り打
てつめ懸る あこや立出互になだめなだめられ別れ出るも 止まるも共にかひなきはゝきゞの 有り
とは見へてなきからをふるいつゞらに法の道 心は網代のそう礼ごしと兄か歎けば妹は まそつと
まづしい野送りでもとうろうなり共有る物をと くらむ心のともし火をのりの
光りにかき立てて なく/\になひもろ声に尓時無盡意菩薩 即従座起偏
袒右肩合掌向仏而作是言世尊くはんぜ音并大じひを引導(みちびき)に 此世を離れ
行く旅と人を尋に行く旅と道は 二筋かはれ共 涙はひとつ一筋の誠の 道こそしるべなれ