仮想空間

趣味の変体仮名

大経師昔暦 上の巻(大経師内の段)

 

只今絶賛上演中の演目につき早速予備知識なしに初見で観劇したところこれがまあ最悪な状況のさなかにずっぱり幕、予想だにしないなりゆきに思考停止のまま休憩時間は終わって続きの段、解決の目途もあるかなきかの内に待っていたのはまさかの顛末「はあ?何持ってんの?ひょっとして、えー何やってんの?なんでなんで?」と混乱していると舞台上でも「あんたがおバカなことするから全部だいなしじゃ。ちゃんちゃん!」「あ゛~~~」の内にばっさり幕、幕は二度と開かぬ幕。結局どうなっちゃうんだろう?ってああなっちゃうしかないんだよね???まんま放り出されたのでありました。ショスタコ交響曲を聞いたあとみたいな掴みどころのなさは近松さんヤケクソだったのか意図的か。でもたまには深く詮索せずにへえ~他人ごとと一歩身を引いて見るお芝居も一興。もちろん詮索するのも一興だけどさ。有名なおさん茂兵衛のおはなしは意外性に富んでいてびっくりぽんなのでした。ともかくこの上巻のこんな終い方、前代未聞だと思うよ。はあ?って言いたいよあたしも。

 

 


読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
      イ14-00002-487


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 上巻(大経師内の段) 大経師昔暦 作者近松門左衛門
から猫がおねこよぶとてうすげしやう するはしほ
らしや 猫さへもつまゆへしのぶに我身は 何とうら打の
つなより とけぬ契りぞや じやれてそばへて手まり
とれ/\まひとつふたつ みつ四ついつむつなゝつる八つる
こゝのほんほとおんえ えいころ/\/\ころり火燵にしな
だれて なつくもをのが 恋ならん それは昔の女三のみや


3
是はおさんの当世女 おつとの名さへ春をもつては色香に
鳴る 梅の暦の根本大経師以春とて 袴いらずの長ばをり
家居も京のどうぶくら 諸役御免の門作り名たかき四条烏
丸 すでに貞享元年きのへ子の十一月朔日 来る世の初こよみ
けふよりひろむる古例に任せ あるじ以春はみめいより きんり
院中親王五摂家清花の御所方へ 新暦を献上し方々
のめでた酒 嘉例のごとく去年のごとく 十徳着ながら火燵に

とんと高いびき 算用場には手代共進上暦の枚包 江戸
大坂のくだし暦地うり子共の取さばき 一門振廻祝儀の使 竃
の霞鱠の雪 春めき渡る摺鉢の音 けふの霜月朔日を元日
とこそ悦びけれ おも手代助右衛門 此家のたばね綿の小紋の羽織
主も心を奥嶋の袴もと渡りのこぶのかは こはばつたる顔付にて
ヤ旦那はまだおやすみか 夜の中から方々の勤めくたびれはお道理 申
おさん様 茂兵衛めが戻つたらかはらふと存ずれと どこにのらをかはく


4
やら 二条むきお屋敷方の進上暦がおそなはる 一息に廻つて
来ませう 嘉例の通御一門お出なされう奥様かお姫様の様に
猫ちやうらかしてござつてもすまぬ事 これ玉 同じ様にそれなん
じや 奥の臺子もしかきや 庭の小座敷も掃除しや こたつ
に火をいりや 違ひ棚のほこり払ふてすご六ばん将棋盤 ごいしの
の数もよんで見て 手水鉢に水入れせ手拭もかけかや たはこ盆
に切灰いけて膳立をして椀ふいて お給仕にさしあはふ夕めし

はやふくてしまやと 一口に千色程まだめんどうな其猫め
ぎやあ/\とほへるが能(のう)で 鼠一疋取はせず おねこ見てはびろ/\
とやねも垣もたまらぬ 重ねてやねでさかつたら四つ足くゝつて
西の洞院(とい)へながしてくりよと なんのかけもかまひもなきねこ
に迄しぶ口の 茶の間中の間すみ/\見廻し それ久三はさみばこ
暦くばる家によつてお引が出る 只取と思ふな給分に引つぐ
ことはつて置たぞと打つれ表に出にけり おさん玉が顔見合せ


5
なんと今のをきゝやつたか 同し物の云様で 茂兵衛の様子物
やはらかにいふても事はとゝのふ あの人も気に如才はなさそふなが
ぢたいの顔がにくていにけんどんに見へるゆへ 詞もあいそがばさそうな
何と助右衛門男にほしいか肝いつてやらふか エゝおさん様のいやらしい事お
しやんすな あんな男もたふより牛につかれたがまし 同じ手代衆の
内でも茂兵衛どのゝ様な かりそめに物云も あいそらしうていつ
腹立顔も見せず ほんにあの様な男持おなごはくはほうでござんす

ほんにいやれはそうじや 猫にも人にもあひ縁きえん 隣の紅粉屋
の赤猫は 見かけからやさしう此三毛をよび出すも 声をほそめて
恥しそうに見へて こいつが男にしてやりたい 又ぶかひのねり物やの
灰毛猫は にくらしいぶとうな顔で遠慮えしやくもなふ 屋根の
上を馬せめる様に こはい声して此三毛をよび出す 先度も下
立売のかゝ様と 親子たつたふたりいるえん先の蔵のやねで 此
三毛をかはいげにそれは見られた事かいの あんまりにくさに棹竹


6(裏側)


7
持て追たれば おれをにらんだめもとのこわさ こりや三毛よ わる
い男持なよ 灰毛ねこがぬれかけたら一度が大事ふつてのけ
此さんが従者聟よいおねこそはそゞえ ヲゝかわいやと猫なて声 にやん
/\あまへる女ねこの声 もれてやよそに妻恋のおねこのこえ
/\三毛はこがれてかけ出る ヤイいたづらもの 大ぜいおねこの声が
するあの中へいてなんとする エゝ気のおほひやつじやな こりや男
持ならたつたひとり持物じや まおとこすればはつけにかゝるおなごの

たしなみしらぬかと だきすくめても爪立てて掻きつくをあいたしこ
はなせははなれてかけ出る ヤイまおとこしのいたづら者 粟田(あはた)ぐちへ
いきたいなと 後の我身を魂が さきにしらせて祝日に追かけ
奥に入ければ 玉もつゞいて立所を以春むく/\起あがり 後ろだきに
ひつたりと サアうつくしいめねことらへたと 乳のあたりへ手をやれば
アゝこそばあ またしては/\だきついたる手をしめたり 一度がぢやう
おさん様につげてどこもかしこも紫色に成程つめらせます アゝうる


8
さやとふりはなす どつこいやらぬ 本妻の悋気とうどんにこせうは
おさだまりなん共存ぜぬ 紫色はおろか身中がかばちや色に成
とても 君ゆへならばとはぬ むごいぞえ/\毎晩/\ねごみに
お見廻申せ共 一度も本望とげさせぬ 我ゆへに此以春名を
かへてかまたりの大臣 玉をとる思案ばつかり 今夜こそいやといは
さぬ一つのえいけんをぬき持て 彼かいていに飛入ぞおふか/\と
だきしむる とふ成とさしやんせこちやおさん様にいふ程に あれ

おさん様/\ やれやかましい其外おさんわにの口 くちのついでに
口々と顔をよすれば門口より 頼みませうと臺にすへたる鯛蚶
あれお客が有のかしやんせ いや大事ない蚶持参は女中客と
いふ所へかご乗物下立売のお袋様 お出の由を案内す なむ三
宝しうとめの古蚶 是はならぬと云捨てて逃て奥にぞかけ入
ける 程なくかごをかきいるればおさんはし迄出むかひ かゝ様よふごさん
した とつ様はなぜおそい さればいのとつさまは おとゝひ花のもとの連歌


9
会に夜をふかし 少し風気の有うへに 風早宰相様の朝茶の湯 弥
風を引そへそれでえござらぬ 先々けふは毎年かはらぬ初暦商売
繁昌めでたい/\ 以春殿はどこにぞ 悦びてあらふの 推量して
下さんせ 御所方方と御嘉例の九献に酔ふて裏のすきやにねて
いられます サア先奥へござんせ りんやはつお供大義じや 晩には
こちから送らせましよ 六しやく共いなしややと親子伴ひ入にけり
奉公を出過ぬ気立傍輩の 下手につくも我からの 茂兵衛は早天(さうてん)

より暦くばつてさき/\の びんび酒の糀の花ちろ/\めにて
立帰り あるいた事かな 七介やすみや 御一門衆お出ならすぐに袴
も着ていて 爰て一ふくたのしみきせる さらば酔をさまさうかとしばし
くつろぎやすみしか 火燵の間より是茂兵衛 爰へおじやとよぶこえは
おさん様 はつといなをりたつた今帰り 少し酒気もござれ共 若しきうな
御用もやといひければ さぞくたびれでは有ふが 急に咄す事が
有 爰へ/\と膝もと近く小声に成 とつ様の方にめんどうな事がで


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きて来て 談合したいといふ事 恥をいはねば理が聞えず しりやる
通の御身体下立売の居屋敷を 町衆の加判でおとゝし三十貫目
の家賃に入たげな それでも昔の株の家 物入つゞいて此春又
町へもかくし 内証で八貫めの質に入たを前の銀方が聞付 それとはなし
に此月の三日限りに 家渡すか銀立るか 返事次第に五日には目安
あげると 足もとから鳥の立様に俄に町へ届けたといの いとしやとつさま
の家渡すも大事ない 目安付るもかまはぬが 家一間を両方へ
 
質に入たか顕れては 此岐阜屋道順が一ぶんがすたるとて ほろ/\泣て
ござるげな それで色々あつかひて此三日迄に 二貫一匁目の利を
やつて事はすむに極つて其上で銀(かね)がない 漸と壱貫目は黒谷の
お寺で借り出し まあ壱巻目がうつてもみしやいでもないといの 以春
様にいふたらばつい埒は明けれと とつ様もかゝさまも聟に無心云かけ
ては 大事の息女(むすめ)にひけが付と お年寄の我がつよく 以春様へは鼻
息もしらす事が叶はぬ 助右衛門にいふたらば又例のしかみ顔 眉


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合に皺よせて其足で以春様にいふは定め 我おつとをさしおいて手代
にいふは何事と 結句物に尾鰭が付 此月末には去おくけしゆの
御知行納まり 三十両戻る金が有 是はおれもしつている廿日程の
間の事 頼むはそなた斗壱貫め調へて親達の苦をはらしてたも
エゝ無念な男の身ならば是式に親達に苦はかけまい 娘うんだ親
も損 女ごに生れた身も因果としみ/\くごき頼みける 茂兵衛
も一盃きげん はれやれ姫ごぜと申者はお気がほそい 五十貫目

百貫めでも有ことか ぎやうさんそうにそれ程の 銀ぐど/\おつしやる
事かいの 旦那の印判一つ問屋へ持て参れば 江戸為替二貫めや三貫
目常住取やりいたします 物ならたつた廿日の間おきづかひなされますな
けふの内壱貫め急度調へしんじませう 私が少しの間横道いたせば
事がすむ といふて盗みするでもなく人の目をかすめる事 よし盗み
すればとて身の欲に付ぬは天道が明也 おまへとてもお主親の恥は
娘の恥 舅の恥は聟の恥 ふたりのお主の恥をすゝぐはひつきやうお主


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の奉公 落ついて奥へござりませ 嬉しい/\物はいふて見よふ物
かゝ様にもさゝやいてお心をやすめう そなたにまかせた頼むぞや こり
やおなご共 お料理がよくば早ふ御膳出しませと いさみて奥に入にけり
茂兵衛とつくと思案を極め 他人さへ頼まるゝつまる所が主のため たとへ
しわざはまかる共 心はさつぱりぬぐひぬぐひうるしの刀かけ 主人以春の巾着
を明てうばふも紫ふくさ 印判そつと取出し いつの間にかは助右衛門
戻つて後に有ぞとは 見ず白紙を押ひろげ 文言銀めは跡にも

かけ 先印判おとしつかとおす アゝ背中に目のなきうたてさよ 茂兵衛それ
何すると声かけられてびつくりせしが ハアゝ助右衛門か 天道は恐ろしい
見付られてのけた 其貫目程入用有て旦那の名代て銀をかる
此月中にあてが有廿か程の間目ねぶつてたもるか そなたの気
では傍輩の首切るゝもいとふまい 茂兵衛が科は極つた くゝり成と
殺し成と勝手にしやとなげ出す ヲゝいきずりめ勝手にせいで
おかふか 男共皆おじや 旦那お出なされよとよばれゝれば 家内の上下


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何事やらんと立さはぐ 助右衛門鼻をしかめ 旦那是御らんなされ
おまへの印判盗出し白紙におす曲者 大経師の家をくつ返し主を
うらふもしれぬやつ 請人に預けてのくゝしあげてとひしめけば
おさん親子ははつと斗肝にこたへ胸にしみ色ちがへする斗也 以春大
きに驚き 扨々日頃程にもない見ちがへた根性惣じて所帯がた
あきなひ事二人にまかせ置からは 事によつて主の印判おすまい
物ではなけれ共 助右衛門にもしらさぬは私欲有に極つた どふした

心で印判ぬすんだ 助右衛門それいはせてきゝや エゝなまぬるい旦那様と
たぶさを取てさゞいから 二三十くらはせサアむかさむかとねめつくる 茂兵衛髪も
ときむしられ ヲゝまだぶて/\ふんでくれ 主の印判ぬすむとはだいそれた此
茂兵衛 去ながら今日迄茶やの見世へ腰かけずかるたの打様存ぜず 人なみ
に着がへは持つ足手まとひの妻子はなし 何を不足に私欲をせうからだは
粉にはたかれても茂兵衛が口から云わけせぬ おさん様茂兵衛様詫言など
おあそばしたら みらい迄のお恨み ヤイ助右衛門 天道が物をおつしやればおのれがつ


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らをぶち返し ゆるして下され茂兵衛様とおがませいて無念なわい くち
おしいわと歯ぎしみし顔を かたむけ泣いたる 以春もさすがなじみの下人
いか様廿年見落しもないやつが 俄に悪心有筈なし 云わけせい/\といへ共
さらに返答せず 中居の玉はかねてより茂兵衛に心をかけ命も捨んと
思ひこむ 心ざしをや顕しけん主人の前に手をついて 是は皆私が頼みし
事 茂兵衛様に科はなし 岡崎にいられますわたしがおぢ様 牢人のい
となみにくらしかね 五百目余りの借銭にこひつめられ 腹を切との

便あんまりの悲しさ あのお人を頼まし 銀才覚してもらひます じひ心あま
つて身の難儀まつひら御めん成ませと誠しやかにいひければ おさん親子は
幸と玉出来しやつた有様によふいやつた 人のためのしぞこなひ殊に大事の
祝い日 つれそふ女房姑が一生の詫言 ゆるしてやつて下されと手を合せても
合点せず 以春弥腹を立 扨はうぬらは密通か 此大経師は禁中の御役人
侍同事の町人 不義のうへに主の印判盗おす大罪 けふは早日もくれるあ
す請人を呼よせ段々せんさくする事有ヤイ男共 隣の明屋の二階へほひ上


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下に急度番をせい 油断するなといひつくる おさん親子は有やうい いふて
よかろかわるかろか 心定ぬうき草の 茂兵衛は下々にひつ立られてわるびれ
ぬ性根たゞしく哀也 女共もさびしからんお袋こよひはお泊なされ 舅殿
の気色見廻がてら 我等下立売へ参つて万事つぶさに咄しませう それ
女房共頭巾おこしや 是助右衛門 戻りは定て夜がふけう 皆早ふやすませ
門もしめて火の用心伝吉提灯七介こい 隣の明屋に気を付よといひ付
表に出ければ 助右衛門は方々のかけがねしめて部屋に入臺所には有明の 四

角行燈六角堂の鐘こう/\と「ふくる夜やおさんは母御をねいらせて心
もしめるねまきの露 玉が常のね所のふとんもうすき茶の間の角(すみ) 四しやく
屏風を押のくれば 玉はねもせずね所に 只つゝほりと起いたり ハアこれは
おさんんさま 御用が有ならおねまからお手をならしはなされず 見ぐるしいね所へ
何の御用でござります ムウそなたもまだねやらぬうの 別に用はなけれ共
茂兵衛の難にあやつたは 皆此さんがたのんだ事 それをどふしてしつて
やらをか崎の伯父にかこ付け 我身のうへに取なしいひ分してたもつた心ざし


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あんまり/\嬉しうて礼いひに来たわいの さきの世の姉か妹か死んでも
恩は忘れぬとはら/\涙をこぼしける 是がまあ勿体ないお礼うけう
覚えもなく おまへのお頼なされたやらどふしたわけやら存ぜね共 さつきの
御に申せしはわたしが心有ての事 いや/\わけをしらずにはそばから出て
いひわけしやる筈がない 御尤/\御ふしんの立はず¥づ そんならさんげいたし
ましよ ぢたいわたしがあの人に骨身にそんでほれまして 二年此
かたくどけ共器量に似合ぬこうとうな かたくろしいへんくつな生れ

付 奉公の内いかな事女ごの手をも握らぬの 女ごの顔は明た目で みる
事もいやじやのとあいそづかしばつかりで やさしい詞もかけられず エゝ
聞えぬきらはれた にくい/\と思ふやさきの難儀 見やつたの 玉が
ばちがあたつたよい気味とは思ひしが いやそうでない娘といふもこひから
おこつたにくしみ 恋こそは叶はず共ほれやは定よ 爰で心底見せいではと
我身を捨た此玉を まだ不便共思やるまいとほんにうらめしうござん
する それにまあおさんさまのまへなれど さもしいきたないひきやう


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至極な旦那様のお心 茂兵衛殿へのあたりは皆悋?からおこつた事
わたしにきつうほれたとてすきさへあればだきついたり 袖ひいたり 隙を
取て爰を出よ余所にそつとかこふて在所の親もやしなはふ小袖
やらふ銀やらふ うるさやいやゝ聞共ない事ばつかり わたしが身さへきよ
ければ御夫婦いさかひさせまいと 今ならでは申ませぬ 余所の夜咄しに
わざと夜をふかして 表の男部やの二階から此やねづたひにあれ
あの引窓のなはをつたふてわたしが此ね所へ 大から毎夜さござんする

あんまりで腹は立見かぎりはてた旦那様 しつかい盗人の行儀おさん様へ
しらせまし 町中へもことはつてでんとで恥をかゝせます 必ず恨みさつしやる
なと此女ごにしかられて すご/\と我家の中戸を内からたゝいて
戻つたぞよ/\とおねまへござる後ろ付おかしいやらにくいやら かゝつた事
ではござんせぬ 所にわたしが茂兵衛殿の肩を持たゆへ 扨は二人が密通か
禁中の御役をして 侍同前の大経師が家で不義者めとのにくしみは
悋気の当りてうど割符が合ました 今夜も慥にしのばつしやるは


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しれた事 今宵こそ声立ておまへにつげうとかくごをきはめ
帯もとかずに此通おまへも嘸お腹立 いかに家来なればとてあな
づゝたほれ様じやと 思へば腹が立ますと涙をながし語ける おさんため
息横手を打 扨も/\今の世の堅女とはそなたの事 男畜生とは
つれあひ以春殿 女房ひつりまぶつている男とてはなけれ共 あんまり
女房をあほうにしたふみ付たしかた 涙がこぼれて腹が立 なふ此うへに
無心が有 そなたとおれとかはつて爰におれをねさせてたも いつもの

格て以春殿がござる時 泣つ恨つくどかせ 今宵は玉のなみきやる顔
で夜のあくる迄だいてねて 内との者の見るまへ幸かゝさまとまつて
なりいき恥かゝせて本望とげたい そなたのねまきのおひえもかして
ねかはつてたもらぬか それはおやすい事なれど召付ぬもめんよぎ おはだ
がひへてたまるまい エイなんのいの 昔の井筒の女とやらはねたみのほ
むらに鍉(ひさげ)の水が湯となつた 男の恨に身がもへてさむさつめたさ
いとはぬひらに頼む ぞんならばともかくも随分ぬからしやんすなと


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ナを引つゝむ此屏風 火を吹消して烏羽(うば)玉の玉は「奥にぞ入に
ける科なきとがにうづもれし茂兵衛つく/\と思へは玉が心ざし日頃つれ
なき此男を女心に恨もせず 仇を恩成詞の情恥しゝ共面目なし
たとへ此まゝしする共一生に一度はだふれて 玉が思ひを晴させ情の
恩を送らんと 目斗出すふか頭巾明屋の二階忍び出 おもやのやね
を四つばいの姿を人にとがめられ 又此上に盗人と名をやうづまん杮(こけら)
ぶき きのふの雨のかはかぬに今宵の霧の涙しめり足のふみどもうはすべ

りそろり/\と引窓の下を覗けばとこやみに何の「しやうどは見へね共家
の勝手は覚えたりそれを心の力なは たぐる心も袖引と共にきれ行
心地也 足音余所にしられしと柱をさすりかべをなで めは明ながら盲
目の杖を失なふごとくにて 敷居を一つ二つ越三つ暦の細工所の 次の茶
の間に玉がねる畳はいづく擦り足の 屏風にはたと行当り びつくりしたる
膝ふるひおさんもはつと胸さはぎ 身もふるはるゝ空ね入 屏風そろ/\
押やりてよぎにひつしといたき付 ゆりおこしゆり起しゆり起されて驚き


20
の今めのさめしふぜいにて 頭をなづればちりめん頭巾サア是こそとうなづけば
男はけふの乱の声を立ねは詞なく 手先に物をわせてはふしおがみ/\
心のたけを泣涙 顔にはら/\落かゝる其手を取て引よせて はだと/\は合ながら
心へだゝる屏風の中 縁の始めは身のうへの仇の始めと成にける 既に五更の八声の
鳥門の戸けはしくとん/\/\ 旦那お帰り はつときへ入ね所に汗は湖水をたゝへたり
やい/\戻つた明やいと よばゝるは以春の声 助右衛門めをさまし どいつらも大ぶせりと
提て出たる行燈の光 顔を見合すよぎの内ヤアおさん様か 茂兵衛か はあ はあゝ