仮想空間

趣味の変体仮名

大経師昔暦 おさん茂兵衛こよみ歌

 


読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
      イ14-00002-487

 


44(左頁・下の巻つづき)
   おさん茂兵衛こよみ歌
のる人も乗せたる駒も ついに行く道とはしれど さいご日の
けふかあすかの我身には 我のみさゆる心地して あまたの人
の命ごひ それを杖共柱こよみの紙やれて むかふそなたは都
のえほう ふたりが身にはこんじんと 思ひ返せばむねふさがり 月ふ
さがりの駒の足ひまゆく 駒の世のたとへ八十八夜は及びなき 年は
十九と廿五の 名残の霜と見あぐれば空に しられぬ露の


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雨はら/\ほろ/\なはめいつたひ くらつぼにつたふ涙の十方ぐれ
なく/\「ひかれ行すがたよその見るめも 哀なり 人めぬすみて
あらはれて 不義じやのなんのかのへさるけふはあしたのきのへ子と
しらであふ夜の其むくひ 世上の口にかたはれて 合せて見ても
あはぬ中 丸いおごけに角のふた まおうみためて なひまぜて
今は我身のしばりなは そしりをうけん情なや おさん茂兵衛にいふ
やうは よしなき女のりんきゆへなんのとがなきそなた迄 あれ不義者と

あやふ日ついに命のほろふ日 ゆどの始に身を清め新枕せし姫始め
かのきそ始引かへてひかるゝ駒のくらびらき 思へは天一天上の五すい八せん
ま日もなし 只何事もかん日と声も涙にかきくるゝ 茂兵衛やう/\
顔をあげ こはおろか成おさん様 火に入水に入事もさたむいんぐはと
あきらめて せめてみらいのくろ日をのがれ 二季の彼岸にいたらんと
念じ給へやなむあみだ なむ阿弥陀ぶを帆にあげて ともにくせい
の舩のりよし ぐれんの井戸ほりせうねつの 地ごくのかまぬりよし


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なたといそがぬ道をいつのまに こゆる我身のしでの山しでの
田おさの田がりよし 野べよりさきを見渡せば 過し冬至の冬がきの
木の間/\にちら/\とぬき身の鑓の恐ろしや あれてそなたの
身をつくか 是でそもじを殺すかや ちいみも今はいつはりと 二人は
顔を打合せ くどきこがれて泣涙馬の尾かみやひたすらん またさへ
返り夕嵐雪松原此世から かゝるのくげんにわうもう日 嶋田乱れて
はら/\/\顔にはいつのはんげしやう しばられし手のつめたさは 我身

一つの運の入 涙ぞゆびのつめ取よし袖に氷をむすびけり つく
/\物を案ずるに 我は釼の金性(かねしやう)の刃にかゝる約束か わしは
土生はかの土 何とてはかにうづまれず ついに木性の木の空に かば
ねをさらし 名をさらし なんどに小歌につくられて つよきおきめにあは
たぐち けあげの水に名をながすおさん茂兵衛があらせうりやう 恥づるし
ながらたむけ草 おなじざいくはの下女か名の 玉はめいどに通へ共 こん
はく此世にとゞまつてともにうき名はくだす共 めいどは主従一所にて


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しやばて手なれし玉がわざ むけんのかまで茶をわかし ゆきゝの
人の えかう請 我身のさとりひらく日 アゝなけくまじ今更に何くよ/\と
くへ日の 悔むもよしな引よせてむすへば露の命にてとくればもとの
道しばに やがていのこや五里六里十しも過て是ぞ此小川通は
三づの川 籠(ろう)の町(?)さへ近付は見物くんじゆとり/\の こよみが噂くりかへす
思へばわしが嫁取よし 我が昔のげんふぐよしの日とりもよしや芦小さぎ すそ
のもやうも絵にうつし 筆につらねて末の世にかたり つゞけて「聞及ぶ

道順夫婦くんしゆの中をおしわけ/\おかせるつみがおもければ
又慈悲といふ名がおもし はりつけにも獄門にも此ぢいばゝをかはり
にたて ふたりをたすけ下されやれ おさんかわいやとすがりつけばけいこの者
よつたらぶつと追はらふ 黒谷の東岸和尚衣の袖をまくりあげ
いだてんのごとく飛来り 出家に棒をあてたらば五ぎやくざい/\ サア
おさん茂兵衛 此東岸和尚がたすけたと 指したる衣を打かけ/\ひぢを
はつて立給ふ 役人頭はらを立 ざいくは極つたる召人をたすくるとは 上をかろ


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しめたる御坊のしかた叶はぬ/\ それ衣ひつはけとどつとよれば アゝ是々
出家侍さとりは同前 たすくるといふ義理は三世に渡る衣の徳 ぐそうが念
願相叶ひ二人が命下さるれば 是現世をたすかる衣の徳 もし又つみに
しづんでも ぐぞうが弟子になすからはみらいをたすかる衣の徳 みらいでも
現世でも救(たすか)るといふ文字二つはなし サアたすけたとよばゝる声 諸人わつと
かんする声 道順夫婦の悦びの声は つきせず万年暦むかし
こよみ新暦 当年未の初暦めでたく ひらきはじめける

 

     よかったよかった!今度こそおしまい!


(左頁)
七行(くだり)大字直也正本とあざむく新板世に
有といへ共 又うつしなる故 節章の長短 墨語
の甲乙 上下あやまり甚だすくなからず 三写馬為(うまん)
馬(ば)なれば文字にも又遺失多かるべし 全く予が
直也正本にあらず 故(かゝるゆへ)に今此本は山本九右衛門治重
新たに七行大字の板を彫りて 直の正本のしるし
を糺せよとの求めにしたがひ 予が印判を加ふる所記のことく

       竹本筑後
      正本屋 山本九兵衛版
 大坂高麗橋壱丁目 山本九右衛門版