近頃河原達引 上之巻  祇園の段 揚屋の段

 

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      イ14-00002-527


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おしゆん 伝兵衛 近頃河原達引
  上之巻  祇園の段
七重八重けふ九重に 匂ひぬる花の都の川東 祇
園の社年ふりて和光のかけもいちじるく 参り下向の人くん
しゆ咄し万歳居合ぬき えいとう/\諸見物 げにはん
じやうのれいちなり ものゝふの身はいとゞなをかたからめ 瀧口
左内と聞へしは亀山の勧定役人ひとも心をおくじまの


3
おりめたゞしき長羽織 それには似ざる相役の横渕官左衛門
まかふかたなきわる者づくりじばしは爰に立やすらひ 何と官
左衛門殿 我々が国もとなどゝはちかふてはんくはいの地と申す物は まあ賑
やかな事ではござらぬか されば/\此度貴殿われら役用にてま
かり出 しばらくの都住居 いつきてもあかぬにぎはい 是を思へばいなか
にぐす/\くらすといふは申さばめん/\のふ仕合せ何と左内殿さはおぼ
さぬか アゝ其お詞御尤にはござれ共たとへにも申通り花はみよしの人は

武士たとい田舎におるとても心にひけの有べきや いざ神前へと
両人は打つれてこそ行すくる 一きは目立ふうぞくはぎおんの町に
名も高き おしゆんといへる恋しりが二世のちかひを神かけて 願いは
おもく足かるく 仲居まじくらあゆみくる 向ふのかたよりすた/\と きかゝる
男が目早くも テモマア妹よい所で行合たな ホゝヲ兄様与次郎様 よい所で逢まし
田あんじらるゝはかゝ様の御病気別にお替りもないかいな 殊にめさへもふ自
由なお身 嘸お前のおせはでござんせふ イヤモウ別(べち)に替りはないけれ共 いつ迚もふら


4
/\とたゞ引立ぬ母しやの病気したが物を苦にしやるな 追付さつ
ぱり本復さしやろ こちもけふは此邊へ用が有たゆへついでながrふぁのぎおん
まいり 又是から外へよつていぬる所もあれば このごろゆるりとあいにいきませう
さらば/\と小短き羽を打ふり別れ行 氏よりもそだちにつるゝ人心おとこ
ぶりさへ常ならず 来かゝる井筒屋伝兵衛と とを目に見てもこがるゝ人 それと
おしゆんがさし招く 手にはしり付 そなたも今日はきおんまいりと聞たりしが よい
所で出くはした マア気をせいたは見請の事たかいにふかいといふ事は 人に知れた二人か

中 外へやつては此伝兵衛が男も立ずマア当分百両斗手附をやつて
金のくさりでつないで置く事を手代の万八としめし合せ 大かたに手附の
才覚 サイナ文でもしらすとをりわたしを見請したがる客か有るのと ほんに
もふ気のもめる事ばかり どんな出世の身になるとておまへに別れ片時
も生きながらへる心はない いとしやきつう苦が有か此まあ色のわるい事は
いな 其苦もみんなわしゆへぞ こらへてくだんせこらへてと手をとりかはし泣
くどく折からうしろへ 瀧口左内 夫としらするしはぶきを 聞てびつくり立


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のく伝兵衛 エゝコリヤ左内様 爰へはまあいつの間にと かくれもならぬまじめ
かほ 左内もかたほににが笑ひ 見れば遊所の女中そふなか ひそかによう
でもこゝへは往来 人めにかゝれば何のかの やしろへ参けい有ならばはやふ/\と追
立る 詞にいなともいはれねば おしゆんは別れ行すぐる ナニ伝兵衛お身にも
兼て存じのとをり 拙者もと関東浪人ひやうはくの内 わづかなよしみに
御親父喜左衛門殿の世話をもつて今の主取亀山へ有り付て新参奉公
たん/\御前の首尾合よく 間もなく勧定頭おふせ付られ おんこふたいの

めん/\ともかたをならふる身の立身 これといふも亀山へ代々出入の喜左衛門
殿の 世話下されしゆへとおんをあだには存ぜぬ此瀧口左内 心にかゝる其ほう
の身持ほうらつ 御国へ出るたび親父(しんぶ)のうはさ それがし此度上りしを幸にい
けんをくはへ 心腹をためなをそうと是迄いけんしたはいく度か したが若いときは
たれしも有ならい とはいふものゝ見た所がよつほどしみ付たていたらく 得手かつてな
義理づくに 無分別など出す時は 第一が親への不孝世間の人の評判そ
しり 夫程の事わきまへぬお身でも有まい ハテつまらぬ事は相談もしたが


6
よい 此左内がおんをうけた井筒屋の息子の身の上 聞すてに残すべきか
とく/\内へおいきやれさ 諸事ははんほど はやく/\と立上る 伝兵衛はかたしけ
なみだ おなじみとて御懇(ねんごろ)な度々の御いけん もちひませぬ不届をおしかりも
なふ事をわけての今のお詞 中々わるふはうけませぬ 有がたに存じますことに
あなたが当お役におなりなされてより 諸色さん用れんちよくにまかりなり
惣かけや仕入かた取わけて親共が悦び 此脇差の小柄迄も 殿様より拝領
なしたる程の我々が身の首尾合 これと申すも皆あたな様の御高恩御とりなし

さら/\あだには思ひませぬ ハテ其れい云には及はぬ/\身持をあらためさへ
すれば此左内もうれしい忝ひ ちと又晩など身が旅宿へも来たがよいと
心つく/\瀧口は 宮居をさしてわかれ行 あと伏おがみ伝兵衛はなみだのうち
にも くど/\と 他人の身でさへ目にあまつてのいけん 親父様の心根をさぞ
とはしれど つとめの身にておしゆんがていせつ なじむにつれて可愛さまし
のくにのかれぬふたりが中 これもいんぐはのひとつかと 身をくやみたる一人ごと
うしろの方より官左衛門しつ/\と出来り ヤア伝兵衛待ていたと こへかけられて


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泣がほかくし これは/\官左衛門様よい所へお出なさりました 此間お頼みなされた鍔
の義 三百両につけてが有ゆへ いよ/\おはらひなされまするならば おしつけ
是へ 仲うりを手代万八が同道いたして参るはづ 夫に付ちつとお咄しと申すもマア
御無心のすじいさいは万八に ヲゝサくはしくせうちいたしておる ずいぶん三百両ならはら
い申そふ それがしも入用の金子なれど 平日こんいの其方の無心 いやといふも
何とやら気のどく 当分百両は用立申そふ 夫はちか頃有がたい仕合 イヤもふ
あなたもお手つかへなればこそ 大切な道具をお手ばなしなさるゝに 余義なき

御無心申せしに 御とくしん有て用事をたすといふもひとへにおかげと 礼の八百三
百両の 金ふりかたげいきせきと中うり勘蔵同道して手代万八 ヤアよい所に
若旦那 幸い官左衛門様もお出なされてじや 万八殿をともなふて参りました ヲイノ
こちも見へる時分とさいぜんから待ち心 マア/\爰へと居ならぶ茶見せ 伝兵衛は懐中より
八橋のつば取出し コレ勘蔵殿 こちの手代万八とはなじみそふなが わしかあふたは
此中初めて 其おりもいふ通り 出所のたしかなは すなはちあなたの御所待持ちの鍔
今様相対申して三百両で手を打た イヤもふ家にこそよれ井筒屋の若旦那が


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世話じやもの 何のそまつの有ものか サア是代金三百両とつゝみ渡せば万八
もろ共 金あらためて渡すつば たがいに引かへ取おさめ 幸い去れき/\の旦那衆が
こいのぞまるゝ此つば かいての有る内急にみせねばならぬしろ物 其内お目にと
中うりは とつかはいそぎ立かへる か官左衛門は二百両 くはいちうして立あがり 念のため
百両のあづかり手がた したゝめておきやれ 身は一まづいてくると 立別れゝばこな
たの道へ 来るはたしかあげ屋の六左 ヲイ/\と伝兵衛しう/\招けば程なく六ざへ
もん ホゝヲ伝兵衛様 このごろ内申ますとをり おしゆん様を見請そうと 望み

のおきやくが手附を御わたしなされうと有ゆへに 則其おきやくがけふは爰へ見へ
てなれば 今相談に参りがけ おせうしな事なれど 何をいふても皆金づく イヤ是
六左 おしゆんと深ひ中といふは 人にしられた此伝兵衛 外へやつて立べきか しぎに
よつてはいきてはいぬ 又しぬるからはひとりはしなぬ ホゝヲそれ/\ 此万八が腰おしじや
ないが 見請を取もつ六左衛門 一ばんがけにしやつふりと アゝきみたがわるいわいな 首すじ
もとからぞつとするはいな もししやつふりといはされては マアすきの酒も呑ぬはいな
若し又きうにおまへの方で ホゝヲ身請せう おしゆんが見請せう世話を


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頼む六左衛門 それ手附金百両渡す 是でそちらのだんかうは イヤもふ何がさて/\
おまへが見請なさるれば おしゆん様もよろこび 私もしやつふりをのがるゝ どつこも
よしじやと懐中より やたて取出し手附の証文 まづ此金をちつ共はやく親
かたへ伝兵衛様お出をまつと 金請取て六左衛門いき/\として引かへす 跡へ横渕
官左衛門 サア/\証文請取ふ出来て有か ホンニなあはつたりとわすれていた 殊にこゝ
には判もなし 手形せうにもやたての用意は アゝ是若旦那 途中でそりや間
に合ぬ はて今六左衛門から請取た手形証文 手形する迄百両のしちもつ ヲゝサ/\

夫で此場を取はからひ 手形したゝめばんになると引かへに来たがよい しからばさ
やうとくだんの一札手に渡せば 身は近辺の両替屋で金改て直に旅
宿へ 両人共跡からと 別れてこそはかへりける 跡見おくつて手代万八 官左衛門
様のおかげで どふやらかふやらおしゆん様はつなぎとめたで 此万八迄も大安堵 何
とおうれしうござりますか イヤもふうれしうのふて何とせう これも皆そなた
のはたらき ハテお主の為じや物 働かいでよござりましよか 是からまだ跡金の
工面じうめん これも又此万八が見んごと働き出してお目にかけよ ヲゝ頼む/\と悦


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こぶ折から いきもすた/\六左衛門 大汗になつてかけもどり アゝ御人がらに似合ませぬ お
かほだけにさたはすまいがかうした金を人につかまし 手附とは横道なと皆迄聞
ず 手代万八 ヤア何とおいやるからが旦那に似合ぬの 横道のと名を立てて 手附
の金に何云分(いいぶん)そこつな事ほざき出すと そのぶんには済さぬぞよ是お手代
殿 済すのすまさぬのとはそりや皆こつちからいふ事 今請取た手附の金 いに
かけに念頃中の両替屋で改めさせたれば みなにせ金 ヤアとびつくりつゝみをほ
どき 見れば最前わたした金 さては中うり勘蔵めが ほつうり一はいくはしたか につくい

やつと気もそゞろ コレ/\万八 しりやるとふり此間わがみが世話で 近付きになつたあ
の勘蔵 そなたはなじみの事なれば 町所もしつていやろ 引ずつて来て此わけを
エゝ申し わしじやてゝ馴染といふでもなしお前が直々つばめのあいたい マア夫レをわしが
どふしてしるものぞい ねがだいまいの金を そまつにとりやりなさるゝからと取あへもせぬ
顔付に 伝兵衛は口おしさ かけ出さんとする所コリヤまて伝兵衛うごくなと こへを
かけて官左衛門 コナ似せ金つかいの大がたりめ 大切なる道具の代金 此やうな似せ物
を きづけやうとしおつたな 昼がんどうの泥坊めと たぶさかんで引倒し 金の包を


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目鼻の間 打付/\投付る無法のてうちやく覚へなき身も云訳なく 歯を
喰しばる 無念のなみだ ホゝヲ無念でも口惜くても 手向ひならぬ身のよこし
ま 似せ金をつかまされ 秘蔵のつばをかたられた上からは 旅宿へ引ずりぶちは
なすと 引立る手をもぎ放し ぐつとねふぃ上突飛せば ふりかへつてヤア左内殿 御手
前にはマアいつから是へ アゝイヤ先刻よりやうすいち/\見聞いたした ウゝムお聞有たら申さ
いでもしれた科人 引立るをなぜ留さつしやるぞ なぜじやましめさるぞ イヤ此
瀧口がとゞめましたは貴殿のおため ナゝゝ何と サアたとへ伝兵衛誠のかたりにせ金し

にもいたせ 左様の吟味せいたうは 当地の御代官所より有へき事 何そや他国仕
官の身を持て いわれざる吟味仕置 若し代官所より御さつとあらば云わけは
何となさるゝぞ サア其義は いかにおせきなされたとて そこつ千万 百両の手
形の出来る迄取置れた手附証文 それなる男へおもどしなされて かれめ
をかへして遣はされい そりやなりませぬ 拙者がうつたつば代の三百両 誠
の金請取迄は此質物 かへす事ぞんじもよらず フゝムコリヤ成程御もつとも 伝兵衛
いつぞや其方より借用した三百両 只今屹度返済する 此金をつば代に


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官左衛門殿へしんぜれば にせ金遣ひの名をのがれるではないかとサゝゝ教はせぬが
ともかくもと 取出し渡す三百両 イヤ申しあなた様へ三百両 御用有たおぼへは
ハテさて物覚へのわるい男と 目顔でしらせおしえられ はつといたゞく有がた涙
是官左衛門様 中うりめにのめ/\とかたりとられた八つ橋のつば にせ金を取た
は此伝兵衛があやまり 左内様の御影にて 三百両をまどいます 夫請取
て最前の手附の証文お返しなされませ ヲゝまことの金請取からは もどしてくれる
と証文投出し とふ見ても中売めと うなづき合たてれん事 其儘では済さ

れぬ吟味づる所でぎんみさせうとそこいちわるき詞の針六左衛門は手附の
一札取あげて引さきすて アゝ気の毒な様子なれど われらふぜいの何とはん
だん となたも是にと立あがる 左内はこへかけコリヤ/\揚屋ちと尋度い事が有
おしゆんを見請せんといふ客の名が聞たい ハイ其おきやくはといわんとするをコリヤ/\
六左衛門何をうた/\/\と しやべらすとはやくかへれ 是はしたり官左衛門殿いらさる
お世話 コリヤ其客はいづくのたれ名は何と サア其おかたは とふもこゝては申されま
せぬヲゝ其はつ/\ サアもふ何にも用はないちやつといね/\ ハテ其元にはいらぬおか


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まいイヤ何官左衛門殿我々国元を出立の砌遊所へ足ふみかたくてうしと 御家
老中よりきびしく仰渡されたは 貴殿にも覚へてこさらうかの いかにも夫に
またあの者が名を 六左衛門とはとふして御存じ サアそれはアノ物でござるハテとぼけ
た顔めさつても遊所通ひは明白/\ハレめつそうな左内殿 身はついにあ
の者が所へ 入こんだ覚へもなし あふたもたつた今か初め イヤサいはるゝな 初対面の
あの者をたつた今六左衛門と かれか名を知て呼るゝはづがない 此おもむきを本国
へ申遣はせば其元の御身の上 サアそこをほうはいの好身(よしみ)に今日の所を聞のがし

に仕其かはり伝兵衛が今日のしたら此場かぎりに風聴御無用 ナント御得しんか
若しふとくしんなら おしゆんが見請の名迄もせんぎしぬいて アゝゝゝいやさ是
左内殿 何のまあふとくしん 伝兵衛はもとより親喜左衛門は出入の町人 懇
意の中 何事も此座切に さらり/\ とかくかよふな所に長居はおそれおさきへ
参ると云捨てに 立かへれば跡に揚屋も立場なく こちも長居はおそれ有 はやふ
いのふとこそ/\と 我家をさしていそぎ行 にがり切たる瀧口左衛門 ヤア万八め 儕
よう伝兵衛をそゝり上たな 此一まきせんぎのしやうもあれど 科人も出来且は


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諸方のかゝり合 何にもいはずに済ましてくれる イヤ何伝兵衛 身も喜左衛門に
逢ながら 同道して立かへらん いざおいきやれと瀧口が ともないかへる伝兵衛に そこ
きみわるく万八も跡に付そい立かへる 道引くちがへうそ/\と 来かゝる横渕官左衛門
こなたよりも勘蔵が ちらと見付て立寄れば 万八もはしり付 けふは互に上しゆ
び/\ シタガ左内めがほくあげかけ さてひやいめ ヲゝサ此官左衛門も気をひやした 其
かはりにはまんまと三百両 ひやいなめにあはぬは勘蔵われひとり イヤもふ其
替りおまへを待合して さつきにからそこらあたりをふら/\/\ サア八橋のつばもどします

ヲゝこちからもわけ口と 百両づゝを二人に渡し さて身があたりまへの百両を おし
ゆんが手附にわたし 其内金の工面 是といふも皆万八その方のかげ イヤ私も
勘蔵も お前の手さきをはたらくは わけ口の金がほしさ シタガ左内めに穴を
見られたから しつぽの出ぬうち 爰から直ぐに欠落 ヲゝサ此勘蔵も当分は影
をかくさにやなるまいかい 何に付けても此百両 うまい/\と三人が立別れ てこそ「行すへは

 揚屋の段
其元は 主人塩谷のあだをほうずる所存はないか けもない事/\ 家国をわたす


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折から 城を枕に討死といふたのは 御台様へのついしやう 時に貴様が上へたいして朝
敵同前と其場をついと立た 我等は跡にしやちばつて居たはいかいたわけの所で
仕廻はつかず 尾はかへ参つて切腹と 裏門からこそ/\/\今此あんらくなたのしみも
貴殿のおかげ 昔のよしみわすれぬ/\かたみをやめてくだけおれ いか様此九太夫
昔思へば信太の狐 ばけあらはして一こんくまふか サア由良殿 久しぶりだ御盃 また
てうだいと会所めくのか さしおれのむは のみおれさすは 狂言のおじやまながら
官左衛門様へ申上ます 御国元より御状が参りました 何々国元よりの書状とや

どれ/\ていしゆ是へ/\ フゝムイヤもふこりや何でもない見廻の状 何事かと思ふたに
家来共も気のつかぬ 爰迄もたせておこすに及ぬ はづみさつた狂言の大事な
所でこしがをれた 残念しごくとこぶしをにぎれば 仲居げいこもきのどくさ ホンニもふ
御家来衆のぶすいながら いらぬ状おこして 大事な所で間がぬけたのふおたに
殿おそめどん サイナ官左衛門様の由良介はえらひもの 尾上梅幸そこ退けじや ソレ/\大
ていうまいこつちやないと 笑ひをかみてきげん取 イヤもふおあいてになつた此久八かない
ませぬ 今かぶきではがねをならす 三五郎や十蔵に おまへのけいがやりたい いらぬ


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所にげいやが有 フゝムえらひもので有たがの 今宵は身が思ひ付で 仲居
まじりのしのぎきやうげん 此あとがふたつてふ/\で 娘のおぬいがぬれがみの
長五郎 其あいだのきやうげんにわれらがおどりに仕らふ サア/\何ぞうたつて
くれろ マアお一つあがつてさ ヲツトこぼれるおたつ殿かへでうし それ高てうしで たつた
川ではもみぢをながす われは君ゆへうき名をなかす イヨ/\やんや/\どふだ/\
きつひものか/\ 真だあろうが/\ ホンニもふまとも/\ホンマニ猿でござりま
すと云すてにぐれば につくい仲居めれうけんならぬとあれ出す ていしゆは

かけより手すりたいほう 久八も押とゞめ 女子共のあだ口に はらを立とはだんな
ぶすい/\ マア/\下に御出なさりませ そしてもふおしゆんさまが見へるじぶん ホゝウ
とかくきやつが事じや あげづめにしてくどけ共 おびとかぬじやうはり者 この
横渕もせがつきたれど そこがいきはり ぜひとも伝兵衛と手をきらせ 女
ぼうにせにやかほが立たぬ コリヤ六左衛門かねてさうだんして置いた 見請の手つけ
百両は すなはち今宵わたさんと 持参いたいておる かんじんの狂言は 国の飛脚
で間ぬけがする おどりはおなご共にばんでうをぶちこまるゝ 何とやら気がめいつ


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ておもしろない 座敷をかへて酒にせう ホンニそれ/\ いかふざしきがめいつてきた サア/\
是からおく座敷 娘どもはどつちへいたおぬいおくにとよび立てていしゆはとも
ないおくざしき かつ手のかたには気のはらぬ酒もちやわんでおぬいが ほろよい
きげん おたよどんひとつのまんかい またおぬいさんよわんすなへ 嶋田わげへみのか
けて 髪もいせうも出来てあるに きやうげんのこしがおれ おまへのぬれがみ
の長五郎を見いでざんねんじやわいな ホンニ大たぶさのまへ髪で かたふつての
身あんばい つやのけて仕てはないぞへ 又おたよどんのいらいじやよ ナアニお前を

いひては どこぞにあろぞいな せいもんわしやたれもない おしゆんさんにあや
かつて 伝兵衛様のやうな面白い間でもありやよけれど 何いわんすおぬいさん
此おたよがとつているわいな ホンニもふ此おしゆん様もなぜおそいこつちやぞへ
いつそおぬいさん何ぞひかんか アイ/\何にせうな 道行にせうかいな それよか
ろそんならあいごのわかじや聞んせとねじめやさしくひきなしておふこ
とは なをかたいとのよるとなく ひるともわかぬねやのうち まくらひとつの
とこのうみ おしゆんは恋におもやせて よそのもん句もわが身には いとゞおも


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いのまさりくさ おぬいさん今さんじた ホンニおしゆんさん二日えいといふ色じやぞへ
アイ二日えいやら三日やら 目さへろくにおぼへぬ ホゝヲどうりいなあの官左衛門
づらが おまへのお出がおそいとて やかましうぬかしくさつてならぬわへ そしておく
ざしきのおきやくが おまへとさかづきしたい どうぞちよつとなりと あはしてくれと
たつてのたのみ おぬいさんも一しよにこちへと おたよはふたりをともないて 入おくざし
き ちや屋のはんじやうおく口のとりしめもなくいそがしき 折ふしおそめがとつ
かはと おみよどん/\ ホゝウ何じやとかつ手から 何じや所か きり/\ごんせいのふ たい

ていやおふかた ひよんなこつちやわいのふ おくのきやくが おしゆんさんをこよひ
中に身うけするといふわいのふ ヤア サア/\事じや/\ どふぞ伝兵衛様へしらせ
たいものじやが イヤ/\それしらしたら どんな事ができやうもしれぬ どふぞま
あたいこもちの久八どんにあいたいものじや あの久八どんは伝兵衛さんのだい
ぶんおんになつた人じといふ事じや それゆへ伝兵衛様のひきかた よんで
こふとふたりして しあんかひなきおなご同士 おりからこなたへ出る久八 二人
は見るより コレ何していさんすぞい サア/\ちよつとしあん出して下さんせいのふ


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イヤもふ さつきにからしあんしていれど えいきやうげんのしゆかうはない ヲゝしん
きそんきそんなこつちやないわいな ドレ/\耳おこさんせかうじや/\わいな ヤア
そいつは事じや/\ アノ官左めが身うけの手附/\とぬかしくさるにあき
はてたに 今宵中に身うけするとは ソリヤ事じや/\ たいこもつがやくなれば
きやくのよぶ時はどのやうな座敷でもつとめねばならぬゆへ 官左衛門め
ともつきあふてはいれど 此久八はどこまでも伝兵衛の味かた こちはもと
しん町のたいこもち 伝兵衛の大坂へ出てござる時 てんままつりでけん

くは仕出しあいてをあやめて すぐにらうしやする所を わしを伝兵衛様の
ひかしやつて 金出してあつこうでくださつて それから京までつれてござつ
てきつひ世話 大おんのあるだんななればどこまでもせわせにやならぬ イヤ
イヤもふそりや事じや/\ サアじやによつてえいしあんりやうけんを りやつと
/\/\/\ アゝそのやうにせいはしうういふと 出かゝるしあんもひつこんでしまふわい サア
かうじや どふじやな あるぞ/\こいつはどふであろう どふじや/\ たかゞあの
きやくは此たんばやの内のきやく 爰のていしゅがのみこんで そうだんのでき


20
ぬやうに ちやゝ入れたらじやみそうなこと そのていしゆをだきこみやうは ヲゝむ
すめのおぬい むすめのうちでのたてもの きやつがのみこんだら できる事
ずつときのさばけたをりもの 頼んだらいやとはいふまい イエ/\/\そりやわるひ
そのしあんわるい/\ おそめそりや何として サイナアおみよどんはしらずか あの
おぬいは伝兵衛さんとわけがあるはいな ヒヤアそれじやによつておしゆんさんの身
うけときいたら ありやよろこぶであろぞいな いひ出してけつくわるかろ ハイ
しまふた サテどふがなと 三人が小くびかたむけちえぶくろ一どにしぼるおりも

をり かくにはおぬいがこへとして 久八さん用があるどこにぞい アノこへはむsめの
おぬい 爰へ来てははなしのじやま ふたりともにこつちへおじやと つれて一間
へ入るあとへ おしゆんはしほ/\立出て 心もうかず気もすまず あん事に
むねをいためしが たがいにかはるなかはらじと いひかはしたことばをほぐにして おくの客
にうけ出され 伝兵衛さんへすむべきか どふぞあいたいしらせたいと おしゆんは
なみだのひとりごと おふせもしばしとだへして 君ゆへ心いたむなる 伝兵衛が
内さしのぞきつつと入る ノウ伝兵衛さんか あいたかつたといだき付ば取てつき


21
のけ イヤコレふるめかしいその身ぶり 此ごろは官左衛門があげづめで おれがことは
わすれはてくさつたろ あたぶがわるいけがらはしいと しかけるくぜつ おしゆんは
かほをふりあげて うらめしのおことばや なんのわたしにつゆほども 外へ引るゝ心は
ない おまへにわかれたその日より あげづめにする官左衛門 ふつて/\ふりつ
けて 内へもどればそのあとへ 茶屋からのつけとゞけ おやかたサ名にはしから
れる それもたれゆへおまへゆへあまりたよりがないゆへに どふぞおかほを見る
やうにと 神さままでをせびらかしむりなねがいもおまへにあいたさ すいな

せりふも打こしてぐちになつたもたがわざぞ ぎりもちじよくもぐはいぶんも
わすれはてゝもわすれぬおまへ それをほか気もあるやうに うたがはしく
はおまへの手にかけて ころしてやいのとひざのうへ 身をまかせたるおぼ
こさは里になれてもかはゆらし 伝兵衛も心とけ ホゝヲうたがひはれた
もふなれやんな かんにんしや 日ごろからにくいと思ふている官左衛門めがあ
げづめで 一ばいに気がもめて つねからほか心のないとはしりながら はら
たちまぎれ くちへ出るまゝいふたのじや ホンニあの官左衛門めが ぎをんでの


22
三百両も てつきりいひ合せたかたり事 手代の万八めをぎんみして
事のしだらをたゞさふと思へども その場よりかれめもかけおち あの官
左衛門めがほかのものなしやうもあれど 何をいふても出入屋敷のおもや
く人 それゆへに手出しもならず ざんねんむねんをむねをさすつてこ
らへている ホゝヲだうりいなもつともじや それほどぬしの憎んでござんす
官左衛門何しにしたがおふ おびとくものでござんす きうにはなさにや
ならぬ事がある マア/\こちへと手を引て しんれしんくをわくせきとともな

いてこそ入にける おくからていしゆが おそめ/\おそめはいぬか アイ/\/\とかつて
から だなさんおくにござるかおしゆん様を身うけなさるゝおきやくかへ ヲイ/\座
敷がさびしいちやつといきや イヤ御ていしゆそれへまいつてぎよい得ま
せうと立出る としも六十(むそ)ぢのおやぢきやく おしゆん/\と名をきいて こ
がれてきた此おやぢ 身うけしてつれていぬる気 こよひ中にたのみ
ます あと金を宿もとへいふてやるまの手つけ金とさし出せば ホゝヲこ
ちらにもせんやくがあれど こよひ中とあるからは あなたの方へ しゆびなる


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やうにあいたいしてさんじましよと 立あがればこなたより その見請
まあ待てもらひましよ ソリヤマアたれじや イヤわしでごんすと こへをかけ
むすめのおぬいがきやうげんじたての大まへかみ かたからあるく大嶋の
すそにみじかきざうり下駄つよそうなかほ かはゆらし おぬいこりや何
しや イゝエわしやぬいじやない ぬれがみの長五郎じや おしゆんが見請
は此ぬれがみがさゝぬ アイ ぐつと長五郎がじやまするのでごんす イヤこれ
こちが身うけしてつれていぬるといふおしゆんに 何ゆへじやましめさ

るぞ サイナ身うけをまつてもらひませうといふ訳は あのおしゆんは伝兵衛
といふてぐかいまぶがござんす それを又何してわしがせはやくと思はんしよが
その伝兵衛様にはわしもちつとしたわけがござんす それじやによつておしゆん
さんと伝兵衛さんの中をさきたがるとおもはれてはわしが女が立やんせぬ こん
えいんざいせはやいておしゆんさんとそはす気 それゆへ男だてのぬれがみの
長五郎になつてたのみます こゝを聞わけて おやぢさん マアその身うけや
めて下さんせ 頼みましたと立役せりふも所とくぞかし おそめは手を


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うちあつぱれ女子じや 富十郎が女伊達そこのけじやといそ/\すれば
こなたはしさい聞とゞけ 此おやぢがよいとしをしての色ぐるひと 一とをりは
おかしくおもはしやろが わしが身うけせうといふも外の手へわたすまいため
こなさんのそのたのもしひしんていを聞からは わしがしよぞんも打あけて
はなします 聞て下され わしは其伝兵衛がおやでござるわいの エゝホゝヲ はぢ
をいはねば理がきこへぬと わしが出生は遠しうはま松 だん/\と身上し
もつれとう/\はては紙子の身のうへ 子どもときおぼへた東北のくせ

まいを うたふて立た井筒屋の門口 先の喜左衛門様は慈悲ぶかい生れ
付 エゝわるふもそだゝぬふうていふびんな事とよびこんで こちがなりたち
のはなしを聞き よみかきさん用のできるを取得にひきあげて手代格
エゝありがたい忝ひ どふぞして此おんをとせうばいにうき身をやつし 一つ
のんだ酒もやめ たばこはもとよりはながみは紙くづかごからとりつかひ
たにはかず頭巾きず 十八年があいだ惣嫁(そうか)一つかはゞこそ 花の
みやこにすみながら芝居は何をするものやら おやかた大事家けう


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大事とせい出したが御一家衆の目に当り 先喜左衛門殿死去の後
此あとしきを立てかねぬ其ほうと 家のむすめにめあはされ 我名
もすぐに喜左衛門とあらためて 大名高家のかけやとはなりあがつたる
わしがくはほう 其のちせがれ伝兵衛を産おとした女ぼうといへどむかし
の主なり家すじと 心いつはいかいほうしたれど 十年いぜんについおふぜう
わが子ながらも伝兵衛は 此上のまことのちすじと 大事/\が余つ
てあまくそだてしが 親のめをくらまして おふくの金をけいせいかいにつ

かいすてる身もちほうらつ どふぞしたらなをろうかと 心をいためくらせしが
つく/\゛しあんしたうへで それほどあれがすいたものなら おしゆんをうけ
出し女房にもたせてやろ そはしてやろ マアどれほどしみ付た中かと やう
す親ながらよい年してのあげ屋ばいり もしけいせいはもたされぬなどゝ
よりきらひして 心中事の世話ものになどつくられるやうな無分別
などした時は 井筒屋の血すじはとんとたへはつる それがかなしいとまたふ
びんがあまつてよりのきうの身うけ おぬい女郎の道をたてゝ 男だて


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のぬれがみになつてのたのもしひ今のいりわけ 忝じけなふござる うれ
しうござる そんならかうしませう 此身請のいちまきは おぬいどのにあ
づけるから 御世話ながらつつこんでせはやいてもらひませう これでは道も立
ましよがの スリヤわたしがことばを立て 身うけのせはさせて下さんすか エゝ
忝けないとれい云ふばなれど ぬれがみの長五郎かあづかりました請おふた
ぞへ かならずこよひ中に其身請を ホゝヲちがはぬせうこおしゆん女郎を
こゝへよんで下され アイ/\/\あいからやうすを立ぎくおしゆん 伝兵衛は親のお

じひとありがたなみだ おしゆんをつれて出る久八 思ひがけなきおやだんな
ざつとさばけた御とりさばき ホンニもふおがんでいやんすおぬいさん ヲゝわしやいやい
のおしゆんさん せはするはぬれがみがやく これでわしも立やんした ざつとせりふが
おさまつた サア/\是からおくへいて酒にせう ホンニほんにだなさんそふじやいな
とかくうき世はいろじやへ さわぎにつれて打つれて入るやその夜も後(ご)
夜(や)ちかく おくからそつと横渕官左衛門 やうす立聞きこなたへ出 あの喜左衛門
めが 今夜中におしゆんを請出しおるとは 思ひがけない事 とかく爰の


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ていしゆめもたいこの久八めも 伝兵衛がひいきして身ともが詞は
とりあへぬ いつそ親かたをじきによんで あいたいとは思へども 三百両の
身うけの所へ 此百両ばかりではしよせんらちのあかぬ事 国もとへ
いふてやるまもない急な事ゆへ 金のさいかくなんぎしごく いつそおしゆん
を人しれず ひつさらつてのくよりほかのしあんはない そふじや/\とつぶやく
所へ おくよりこなたへ出てくるおしゆん ものをもいはず官左衛門 じつと小脇に
ひんだかへかけ出す うしろへ久八が どつこいやらぬとひきもどせば しやまひろぐ

なとふみ飛ばす あしくびとつて久八が えんより下へまつさかさま ふみ付/\ふみのめ
され 命から/\゛官左衛門ほう/\にげて立かへる みな/\こなたへはしり出 テモよい
さまよいきみと 笑ふをりから はしつて来る手代十助 たゞ今瀧口左内様
よりきうの御つかひ トハきづかはしと喜左衛門 状ばことり上げふうおしきつてよみ
おわり お国もとyりいそぎの御用すじ申し来る きうにだんじたきすじあるに
よつて たゞ今りよしゅくまでこいとの此ぶんてい 何御ていしゆ 身うけの
事をこんや中にらちあけてと思ひしに 今きかるゝとをりのわけなれば わしは


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是からすぐに御出入屋敷の御役人のもとへいぬる程に 御用すじのすみしだ
い こゝへもどつて明日は早々あと金おこしてらち明けましよ 伝兵衛はあと
にのこり何かさうだんきはめてもどりやいの みなの衆頼みます そんならおかへ
りなされますか おさらばさらばとこへ/\゛に 仲居が見おくる前だれのあかりを て(ら?)し
                                     「出て行