近頃河原達引 下之巻  道行涙のあみ笠 せうご院の段

 

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50(右頁5行目)
   下の巻 道行涙のあみ笠
なま中にそめて真紅のもつれいと むすぼれしよりしら糸の
むかしをしのぶ世のうさや 今はうき名もたちばなの 花のすが

たもいつしかに しほれがちなる目にもろき つゆのいとちときへ
に行 ふかきちぎりの伝兵衛は おしゆんをつれておちこちのたつ
木もしらぬよるの道 あとやさきなるもつれがみむすぼれそめし
えんのはし人目をつゝむあみがさに すがたはやつしかはれども こゝ
ろのせいしいつまでもかはらじものと手をとりて こゝろぼそくも たゞ
ふたり すぎしくるわのきぬ/\に おくられしとは引かへて われじへかゝる
身となりて ちえもきりやうもしんだいも みなあはゆきときへう


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せて かはせし事のかづ/\に きるにきられぬ中々に しがらむえんの
いとしやと いへば伝兵衛身をくやみ 人々の気やすめと 猿回し
とすがたをかへ ほり川をおちては来たれども 人をころしたわが身の上
なからへるこゝろはないそなたはとにいきのこり 母御へかう/\つくしてた
も いんでたも コレ伝兵衛さんそりやだうよくな 気のわるい かゝさんや
あにさんにも かへぬおまへをさき立て いきていそふな わたしじやと
おもふてかいなぐちなぞへ 死なばいつしよといひながら 世にもたつ

とき霊場の もりの中にてしぬるなら えかうのかづにのちの世のやみ
も てらさんこなたへと 手を引立て行そらの ほしもおふせの天の川
それにはあらでおりびめのにしきの小路あやもなく すぐるむかい
にちら/\と 見ゆる火かげは せいぐはん寺 あらしにさゆるかねのこへなまい
だなむあみだ世はさだめなやこぞの秋 ねやのすきまの小夜あ
らし アゝよい月となかめてしこよひはふたり月かけも おもてはつかし此すが
た わたしももとは つき出しのふとあいそめし恋のたねエゝまゝならぬ


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うきよぞや おいとしひ此すがた わしといふものないならばおない義さんを
よびむかへ 中ようそふてござんしよとおもひまはせば もつたいない
せいもんわたしやみらいでもあなたをのけてうは気はない 二世も三
世もそのさきまでも どふしたいんぐはのえんじややら かんにんしてとば
かりにてわつとひれふし なきしふむ つやのよこがほ 吹きかはし おびの
しやらどけ引しめて よしやなげかじいろゆへのうさもつらさもv猿回
おさるはめでたやな むこいりすがたものつしりと/\ コレさりとは/\ノウある

かいな さんなまたあるかいな またとあるまいふたりが中 なみだたがやす
はたけ道 にげ来る二人 おいくる二人 いとみあらそふ人かげの 夜の目に
それとちいそうも さだかに見へぬきりの中 見へる かくれつ かくれなき
ふたりが中はさくら木に ちるばめられてうたわれていろのわけしりこい
しりと あだ名残すがなきあと迄も ほんにせめての思ひ出でと なぐさめら
れつ なぐさめつ 行も涙の道もせや 二人が命はかなくも森の こなたに着きにける
   せうご院の段


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こなたの細道いつさんににげ来る勘蔵其あとより おなじくはしつて
万八も 吐息つき ヤレ/\あぶなひ ひよんな所で出くはしたる瀧口左内め
アノまた井づゝやの 手代十助めもちからづよ なか/\手にあふやつらでは
ない ヲゝサ/\何でもおしゆん伝兵衛ふたりのやつら 引ッとらへてくれんと 思ひ
の外のこよひのじぎ さて/\ひどいめにあふた イヤもふ此万八が から
からだはおふかたこになつた よもやこゝまで追っかけても来はせまい つかまへ
られてはむつかしひ マアいきやすめとしばのうへ へだがるうしろのひの

かげより ずつと出たる手代十助 かくせしてうちんさしあぐれば びつくりしな
がらかほ打ながめ ヤアおのれは手代の十助じやな ヲゝ二人ともうごくまい
さいぜんおしひ所をとりにがして これまであとおわへてきた こゝであふた
が百年め 伝兵衛様のなんぎもにせ金も おのれらが皆しわざ
かたるぱしひつくゝつて ぐつとせんぎをしぬくのじや ホゝヲかうなるからは
こつちもしにものぐるひ それ万八 ヲゝこゝろえた もふやけむちやに
しめころせ してこいと 右とひだりに万八勘蔵むしやぶりつくを


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こゝろえふtがりをこてかへし またくみ付をすくひなげ てうちんきへて まつ
くらがり どれがどれやらあてどなくこえを しるべにつかみつき なげつな
げられこんくらべ にぐればおつかけおいもどし堤をすべつてころ/\/\おち
てはあがりあがればおち いのちかぎりと つかみあふ かくともしたより
弓はりでうちん 火かけにすかして ヤア十助 左内が来たきづかいないと
いふこえ聞ておどろく万八 おちちるせつたかいつかみ てうちんへ ばつ
たちあてれば火はきへて にはかにやみのこゝちする 畑をつたふてにげ出

す一人 いづくまでもと「おつかくる こなたのもりはしん/\と 伝兵衛はかたへに
座をして サアこれがわれ/\が つやの命のすてどころ かきおく事もいふ
事も もふ此だんにはみなくりこと ふたり手に手をとりかはし 死出さんづ
をともなわん こゝろづよくしんでたもと なみだながらにすゝむれば お俊
もなみだに こえくもり うれしうござんす伝兵衛さん それがあの世のた
のしみぞ もふ今生のいひおさめ 女ぼうおしゆんとたゞひとこと いふてころ
して下さんせ わたしもこちのだんなどの 伝兵衛さんといふわいなとひざに


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もたれてなきくどく アゝおろかな事ばかり あいそめたそのばんから たかいに
ほんのめうとじやと やくそくしたにちがひはない かくなりはつるとしらずして
我命をたすけんと 久八が身におぼへなき人ころしとなつての ごくやのす
まい うきくるしみ おや人におなげきかけん げんぜのつみにつみかさね 来世
のくげんもおそろしい おやの御おんをわすれぬため 家の定紋の小
そではちしほにけがさじと とあるかたへになをし置 サア夜があけてはは
ぢのうへぬり 此伝兵衛を御ふびんがあまつてより そなたをうけ出しそ

わせんとの おや人の御なさけ おもひがけなくそのばんに 事を仕出せし
河原のけんくは せんかたなさに官左衛門をきりころしたる身のさいなん ふ
かうにふかうかさねたる我身のうへ これまでふかうのわびことや
いとまごひにはおがむばかり そなたもほり川のおやあにへ いとまごい
してれい云やと こゝろを付けられ身をふるはし エゝわすれていたものを ひ
よんな事いひ出して またなかして下さんすか よいにわかれて出るまでも
いかなる国のはて 山のおくにも身をしのび どふぞのがれてふうふと


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なり 無事でくらせとかゝ様の のたまいしに あうしゃしんだとさたあらば さぞ
や母様兄さんの なげきたまはん お命もつゞくまいと あんじられ それが
かなしい/\とわつとばかりにとりみだし 前後しやうたいなかりしが やう/\
なみだおししづめ アレ/\あれはむかふのあかいは 夜のあけるのじやない
かいな イヤ/\あれは ざいのはかしよ もうじやをほうむる火のひかり
おなじ人とうまれても たゝみの上でしんだ身は あとのあとまで
あのやうに ほうむらるゝもあるものを みやこの中でもゆびをりの

町人の子があさましひ 見ぐるしう死んだからだをちまたにさらされ あと
/\までも はぢをさらしのながら川 水のながれといひながら にんげん
の身はふねに似て 心のふなおさかぢとりの わるいばかりですへの世
まで いんぐはのごうをはたさぬかと くやみなげくはもろともにいだき合
たるもろ涙 もりの落ばやひたすらん はや明がたの とりのこへ こゝにはむせう
のつかいかと 心せかれて死ようい とり/\゛いそぐ其所へ 一もんじにかけくる与
次郎 なむ三ぼうと逃出すを 両手に取付きころさぬ/\もふ殺さぬぞ かふ


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あらふとおもふたゆへ ぼう/\とたづねあるいたやうすがあるといふこへもいき
ぎれしたるうしろより瀧口左内喜左衛門を同道し勘蔵万八になは
をかけ十助に引立させヤアはやまるまい両人横渕官左衛門は役がらに
てじゆうをはたらきこれまで殿の御用金をかすめつかひ おふくの
御金を引おいしたる条明白に死語にろけんにおよび不届たるむね
おとがめつよくきやつは死ぞんころしとくこれなる万八勘蔵もかれが
手さきをはたらきにせ金までつかひししさい悪事のだん/\いち/\白状

かれらをすぐに代官所へ引わたし 久八がしゆつらうをねがふばかり
あんどせよ伝兵衛と ことばの中より喜左衛門 おしゆんはすぐに御うけ
してなみかぜもなく事すんで おさまる家の花よめとよびむかへん
よろこべと きいてみな/\いさみたち おやのおじひとありがたなみだ う
れしなみだによろこびをかさねかさぬる 千代八千代 羽をのす つる
や亀山に おとはたへせぬたき口が 仁あり義有り道を立て うんもひらくる伝
兵衛おしゆん 昔にかへる其うはさ 目出度末の代々迄も筆に任せて書き残す
  (本文これにておしまい)

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右此状浄留理は天明二の春豊竹八重太夫
中の芝居へ下り御目見へ出語り大当り仕候得共
正本出不申依也(て?)此度つたなき筆を
もつて上中下三段に綴り四方の
貴客の御一笑にまふのみ

  (以下略)