仮想空間

趣味の変体仮名

出世景清 第三

 

 読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
             イ14-00002-383  ニ10-02172 など    


15(左頁6行目)
    第三
悪七兵衛かけきよゆくえしれずなりたれば 尤天下の御大事と
諸国のゆかりをせんぎ有 中にもあつたの大ぐじはげんざいのしうと
とて ちばの小太郎からめ取てけいごきびしく打つれさせ六はらに引
すゆる かちはら源太大ぐじにたいめんし なんぢはたうけの大てき平氏


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のおちうとかげきよを むこに取のみならずあまつさへゆくえもなく
おとしける ざいくははなはだかろからず いづかたへおとしけるぞまつすぐ
に申せ少もちんぜばがいもんせんとはつたといかつて申ける 大ぐじ
聞給ひ 仰のごとくかげきよとはえんをむすび候へ共 こその春国も
とを立出今にたよりも候はず つちも木も源氏一とうの御代なるに
一たんちんじ申とてかくしとげられ申へきか むこに取をくせことゝてち
うれられんはちからなく候 ゆくえにをいてはぞんせぬとことばすゞし
く申さるゝ しげたゞ仰けるは尤々 たとへゆくえしつたればとてむこ
のそにんはいたされまじたつては此方のぶてうほういかにかぢはら殿かの
かけきよはしんぎだい一のゆうしなれば しよせん大ぐじをろうしやさせ

じとつたへきかば しうとのなんをすくはんため をのれとなのりて
出んことはもくぜんに見て候 此義はいかにと有ければをの/\ひやう
ぢやう尤と 六はらの北のてんにしんざうにろうを立 大ぐじをゝし
こめさせきびしくばんをぞ「せさせける 人につらくはあたらねど
何のむくひや袖のつゆ かれもはてなてをのゝ姫いたはしやこそ
の春 つまはみやこへいにしより あこやの松の夕しぐれ そめやせら
れてわがもみぢ こひやちらんとあけくれにひとめつくみのくひ/\と
あんじわづらふ身のうへに ちゝはみやこの六はらへ とりことなりてあさま
しや うきめにあはせ給ふとの其をとづれを聞しより 思ひに思ひつみ
かさね せめてはうきに かはらんと めのと斗をちからにてたびの 衣


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手なみだつめたきくれないに もみうらむれてゆふされしそら
とぶかりの かへるさに 物わすれせぬふるさとの 風も我身に
ふきかへて今のかどでをゝはりぞと国の なこりもつゝましく身
のたねまきしくびのかみあつたのみやいふしおがみ ちゝとつまとを
あんをんにあくまはらへととるゆみの くはなのふねにかぢまく
らしきねのとまのあらむしろ はだへにあれてつらけれど 恋する
あまかえんわうのよるのふすまと見るめかる かづくるもはなに
/\ぞうたに よまれしひじきもや かだめあまのり春もまた
わかめまじりのめざしほす しほやかのきに竹見えておさな
うぐひす ねをぞなく花にまがひのさくらのり天をひだせば

くものりに月をつゝみてかるとすれど 手にはとられぬ かつら
おとこのアゝいぶりさは いつあをのりもかだのりと身のさから
めをなのりぞや あらめつかしとあらめかる ふたみのうらははる/\
と 松のむら立いろのはままきえによくも にたるよな あと
にはしらくもとばかりを こきやうのゆめとそらさめて しやう
のにつゞくかめ山は たかためながきよろつよとかこつなみだはせ
きもせでなにをか せきのぢざうだう せmてみらいをたのま
はや のほり下りてさかの下たにのかはせにからり ころり
ころ/\と なるはかじかのなくこえか こいしながれてゆくをとか いや
水のあはちる玉てないよのこまのひざふしんからかちんからからり


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の すゝか山 しつかわらぢのいとなみに ふけてわら打つち山や
たてのたひぢにゆくならば かふてもたもれ水口のつゞら小かさ
に露もりて をのがまゝなるびん水はくしにたまらぬみだれ
かみとく/\ゆけばらくやううた六はらに「こそつかれけれ 扨ちゝ
yへのおはしますろうやはいづこなるらんと こゝかしこにたゞすみ
給へばおりもこそあれかぢはら源太町まはりして帰るさに
此ていをきつとみて きやつが有さまたゞものならず何ものぞ
うととがめける 姫君聞召さん候みづからは をはりの大ぐじが娘
成が ゆへもなきにちゝをとられ候ゆへ 我命にかはらんため 是
まで参候といはせもはてずかげすえヲゝ皆迄いふな をの

れがおやの大ふじに かげきよがゆくえをいへといへどもしらぬと
いふ をのれは夫婦のことなればよもしらぬことは有まじき
すでに清水坂のあこやは子の有中さへふりすてゝ一度ち
うしん申せしぞや 有のまゝにはくでうせよと小がいな取て
いかりける なふうらめしや命をすてゝ 是迄出る程の心にて
たとへゆくえをしつたればとて申さふか 此うへは水ぜめ火
ぜめにあふとても つまのゆくえもぞんせぬなり たゞちゝ
うへをたすけてたべとこえもおしまずなき給ふ ヲゝいふ迄も
ないことさ をのれおちずはたゞをくべきかとたかてこてにしばり
付六てうがはらに引出し しゆ/\゛にがうもんしたりしはなふ


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なさけなうこそ「見えにけれ かぢはらをやこがぶきやうにて
方一町にかきをゆひつくぼうさすまたかねのぼう ひやうぐひつ
しとならべしはさながらしゆらのごくそつが 八きやく五ぎやくのさいにんを
かしやくにかくることく也 いたはしやをのゝ姫あらき風にもあてぬ
身を はたかになしてなはをかけ 十二千(間?)のかけはしに どうなかをしばり
つけあはれもしらぬざうにん共 ゆとうに水をつぎかけ/\おちよ/\
とせめけるはたゝたきつせのごとくにてめっもあてられぬけしきなり
むざんやなをのゝ姫いきもはやたえ/\に 心もみだれめくるめきすで
にさいこと見えけれ共 いや/\ぶしのつま成心よはくてかなはじと さあら
ぬていにもてなしいかにかた/\゛ つまのかげきよつねに清水寺のくはんせ

おんをしんかうし我にもしんじ奉れとふかくをしへ給ふゆへ 今とても
そんがうをたへすとなへ奉れば 此水はくはんおんのかんろほううと覚
たり 今此水にてしする命はおしからじ つまのゆくえはしらぬぞや
千日千夜もせめ給へ なむや大ひくはんぜおんとくるしきていををし
かくし いさきよくはの給へども さすがつよきがうもんにこえもにごりて身
もふるひ よは/\と成給ふは扨もかなしきしだい也 此ぶんにてはおつまし
きぞやれこぼくせめにせよやとて ほそくびになはをつけ松のえだに
打かけて えいや/\と引あぐるおろせばすこしいきをつき引あくればい
きたゆるあはれといづもあまり有 たとへいか成をにかみも是にて
はおつべしと 二三ど四五どせめければ今はかうよと見えけるが 又めを


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ひらきなふかぢはら殿 此木のうへにつりあげられせかいを一めに見
おろせども つまのゆくえは見え申さずかた/\もなぐさみに ちつとあ
がつて見給はぬか是へ/\と有ければ かけ時はらにすへかね 扨々しぶと
き女かな此うへは引おろし火ぜんいせよと すみたきゞをつみかさねう
ちわを持てあふぎ立/\天をかすめしくろけふりせうねつぢごくといつつ
べし すでにせねんとせし所に 悪七兵衛かげきよいつくにてか聞たり
けん 諸見物の其中をとびこへはねこへかきのうちにをどり入 こりや
かげきよぞけんざんとはつたとねめまはし 二王立にぞ立たりける
姫君はつときもつぶれ 立よらんとし給へば人々取て引すへ すはかけ
きよをのがすなと一度にはらりと取まはす かげきよけら/\と

わらひ エゝぎやう/\し此かげきよがかくれんと思はゞ 天にものほり
地をもくゞらんすれども つまやしうとがうきめを見るかなしさに
身をすてゝ出たればもはやきづかふことはなし さあよつてなはをかけ
六はらへつれてゆけ つまやしうとを助けよと手むかひしてんず気色なく
姫君なみだをながしくちおしの有様や みづからちゝうへはいきてかひ
なきうき身成に 御身はながらへほんまうとげんとはおぼさず何とて
是へは出給ふ めさましの御しよぞんやと又さめ/\となき給ふ かげきよも
なみだをゝさへたのもしのしんていや 人はすしやうがはづかしし 子中をなせし
あこやめはおとこのそにんをしたりしに 御身は命にかはらんとはたの
もしやうれしやな さりながらちゝ大ぐじの御事心もとなう覚ゆれば


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御身は是よりとう/\帰りぼだいをとふてたび給へと をにをあざむく
かげきよもふかくの なみだをながしけることはり せめてあはれなり 此こと
六はらに聞えしかば しげたゞ大ぐじを同道にて六でうかはらにはせき
たり 扨もかげきよ人のなんぎをすくひ 我身をなのりて出らるゝ
だん近頃しんべう尤けうこそ有べけれ 此うへはをの姫大ぐじ共に御しやめん
なさるゝでう かげkぃよになはをかけいそぎひつ立申べし 畏て人々なはよ
つなよとひしめけばかけきよ悦び それこそのぞむ所よとをのれと千す
ぢのなはをかゝり さきにすゝめばをのゝ姫なふみふからももつ共とかけ出取り
付泣給ふを大ぜい中をゝしへだて あたりをはらつてひつ立ゆく かげきよのしんて
いゆう有義有誠有ぜんだいみもんのおのこ也とて皆ぶしの 手本とあをぎけり