出世景清 第五

 

 読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
             イ14-00002-383  ニ10-02172 など    

                        (ニ10-02172  コマ30の左頁から31の右頁落丁)  

      


28(左頁2行目)
   第五
うだいしやうよりとも公なんとの大ふつ御さいこうまし/\ すでの
じやうじゆとうつたふれば くやうのほうしやにいそぎ大しやを
をこなふべしと 天が下のとがにん京かまくらのろうをひらきのこ
らず御めんなされける中にもあく七兵衛かげきよは大じのてう
てきぢうざいなれば たすくるに所なくさゝきの四郎に仰られ つ
いに首をはねられ今は四かいたいへなり 大ぶつくやう御ちやうもん
有へししよこくの大名御供にて なんとに御下かうなされける
ろしのぎやうれつ「花やか也すでに我君 をぐらづゝみにさし


29
かゝり給ふ時 はたけ山のしげたゞいきをはかりにはせ来り 御馬の
まへにひさまづき 扨も悪七兵衛かげきよは御せいばいのよし承り
候へども いまだつゝかなくろうの内に罷在候 一大事のめしうと
なればさつそく首をはねられ しかるべく候はんとつつしんで申上る
よりとも聞召ふしぎの事を申ものかなかげきよはさゝきの四郎
に申付 おとゝひのくれ程に首をうたせ すなはち其首頼朝がけん
ざんしてごくもんにかけさせしが ひがごとなるかと仰けるしけたゞかさねて
其段はぞんぜず候へ共 しけたゞは今朝かけきよがいきかほをたしかに見て参
候と いひもはてぬにさゝきの四郎つつと出 いや是はたけ山殿 すぢな
きことな申されそ 其かげきよは某仰を承り たかつなが手にかけく

びをはねわが君のじつけんにそなへ 三でうなはてにごくもんに
かけて候ものを かげきよがふたり有べきか ちか頃そこつ千万と
あざわらつて申さるゝ しげたゞ聞給ひ尤々御ぶんが手にもかけつら
め 又しげたゞもたしかに見て候はいかにだかつないろをちかへはて
らちもないこと 一たびきつたるかげきよがよみがへるべきやうも
なし それはさだめてちまよふて何をかな見られつらん たゞしはね
ほれてゆめをばし見給ふか いやさ御ぶんがうろたへて よしなき
者を景清と思ひきつtがるか 夢を見たるかあはてたるか 是めをさま
してしあんせよときしよくかはつてあらそひける 頼朝段々
聞召 いか様さゝきはたけ山そこつ有人にてなし ふしぎ千万はれ


30
やらずいで走よりとつてかへしぢきに見わくべしをの/\しづまれ
/\と御馬のはなを立なをし都に帰らせ「給ひける 去程に景
のなはてにかげきよのくびをきりかけ 平家の一ぞくむほんのとう
りやう 悪七兵衛かけきよと高札をそへられたり 頼朝立より
御らん有 たかつなしげたゞをまねき是見られよと仰ける しげ
たゞなをもふしんはれっず諸大名立かゝり よく/\みれば今まで
かげきよのくびと見えけるが たちまちくはうみやうかくやくとして
千手くはんおんの御ぐしとへんじ給ひけるりやつけうふしぎぞ有かたき
しかつし所へ清水寺の大衆達 我も/\とはせさんじ扨もおとゝひ
の夜中よりぶつぜんのしとみをの/\あきて候ゆへ若ぬす人の

わざにやと御戸をひらきて候へば くはんおんの御くしきれてかせ
させ給ひ きりによりちながれてらいばん長床あけにそみ もつ
たいなき御ふぜいにおがまれさせ給ひ候ゆへ おどろき入て御ちう
しん申上候とことのしだいを申上れば 君をはじめ奉りはたけ
山もたかつなも ぐぶの上下をしなへてあつとかんずる斗也 君しん
/\のかんるいをながさせ給ひ まことやかげきよねんらい清水
寺のくはんぜおんをしんじ奉り 十七の春より三十七の今
日まで 毎日三十三ぐはんのふりんぼんどくじゆけだいなく
しゆぎやうせしと聞けるが うたがひもなくくはんぜおん 兵衛が
命にかはらせ給ふ有がたさよと 御手を合させ給ひければ そう


31
ぞくなん女下々迄皆々らいはいくぎやうしてなみだをながさぬ
ものもなし かさねての御ぢやうにはかくてはいかゞもつたいなし
いそぎ千人のそうをくやうし壱万座のごまをたかせ 御くしを
つぎ奉れ ほうじのうへにてかげきよにもたいめんすべし いざ頼朝
もさんけいせんと御身をきよめ ほとけの御くしをひたゝれの袖
にうけ入て 清水寺への御参詣ためしまれにぞ「聞えける られ
たる木にもさく花の 千手のちかひそ有がたぉかくて頼朝
御ほうじもことをはり ほとけの御くしをつきまいらせしゆくばう
に入せ給ひける 時にさゝきはたけ山かげきよふうふをともなひ
御まへい出らるゝ よりとも御らんじめづらしやかげきよ 我を平家

のかたきとてねらひうつべき心ざし しんべう/\尤ぶしのいきほひ
けにさうも有べけれ しかればよりともがためには御へん又
かたきなれば うつてすつべきものなれども 汝が身にはくはんぜ
おん入かはりましますゆへ 二たびちうせばくはんおんの御くし
を二たびうつたうり もつたいなし/\もし又よりともうんつきて 御へん
にうたるゝものならばくはんぜおんの御手にかゝるとおもふべし 此うへ
はたすけをき ひうがの国みやざきのしやうをあてをこなふと 御
こんせいの御ことばに御はんをそへて給はりける かげきよなみだを
とゞめかね まことに身にあまりたる御ぢやうのだん しやう/\せゝに
有がたくたましひにとほつておぼし候 かくなさけ有我君と


32
しらでねらひ申せしかげきよが しよぞんのほどこそくやしけれ
と 御前をも打わすれこえをあげてぞなきいたり 扨御かはらけ
給はりしよこくの大名のこりなくみな/\さかづきさし給ふ しげ
たゞ仰けるはかゝるめでたきおりといひ かつうは我君御なぐさめ
のためわ殿やしまにてかうみやうのやうすかたつてきかせ給へ 内々
君も御しよまうなりしぞひらに/\と有ければ よりともこうを
はじめまいらせ まんざの人々一どにはやとく/\とのぞまるゝ かげ
きよじするにおよばねばはかまのすそをたかく取 御前に
しきだいしすぎしむかしをかたりける いで其ころはじゆえい
三年 三月下じゆんの事なりしに 平家はふねげんじは

くる(くが?) 両じんをかいかんにわかつて たがひにせうぶをけつせんと
ほつす のとのかみのりつねの給ふやう きよねんはりまの
むろ山びつちうのみづしま ひよどりごへにいたるまで へとも
みかたのりなかりしことひとへによしつねがはかりこといみじきに
よつてなり いかにもして九郎をうたんとこそあらまほしけれ
との給ふは かげきよ心に思ふやう はうぐはんなればとておにか
みにてもあらばこそ 命をすてばやすかりなんとのりつね
にさいごのいとまこひ くがにあがればへんじのつはものあますま
じとてかけむかふ かげきよ是を見て もの/\しやと夕日かげに
うちものひらめかいてきつてかゝればこらへずして はむいたるつはものは


33
四ほうへはつとぞにげにける さもしやかた/\゛源平たがひにみる
めもはづかし 一人をとめんことはあんのうちものこわきにかいこんで
なにがしは平家のさふらひ 悪七兵衛かげきよとなのりかけ
/\手取にせんとておふてゆく みをのやがきたりけるかぶと
のしころを取はづし/\ 二三度にげのびたれども 思ふかたきなれば
のがさじと とびかゝりかぶとをおつとり えいやとひく程に しころは
これてこなたにとまでばぬしはさきへにげのびぬ はるかにへだてゝ
立かへり さるにても汝おそろしや うでのつよきといひければ かげき
よはみをのやが くびのほねこそつよけれとわらひてさうへのきにける
むかしすれぬものがたり御はづかしう候とかたり給へば人々は一度にどつ

とぞかんじける かくて我君御座をたゝせ給ひければ 大名小名
つゞいてざをぞ立給ふ かげきよ君の御うしろすがたをつく/\と見て
こしのかたなするりとぬき一もんじにとびかゝる をの/\是はときしよく
をかへたちのつかに手をかくれば かげきよしあsつてかたなをすて五たい
をなげうちなみだをながし ハツアなむ三ぼうあさましや いづれも聞て
給はれ かく有がたき御をんしやうをうけながら ぼんふじんのかなしさ むか
しにかへりうらみの一ねん 御すがたを見申せばしゆくんのかたきなるも
のをと たうざの御をんははやわすれびろうのふるまひまんぼくなや
まつひら御めんをけうふらん まことに人のならひにて心にまかせぬ人
心 今よりのちも我と我身をいさむるとも 君をおがむたびことに


34
よも此しよぞんはやみ申さす かへつてあだとやなり申さん とかく此両
がんの有ゆへなれば今より君を見ぬやうにと いひもあへずさしぞへ
ぬき両の目玉をくり出し御前にさしあげてかうべをうな
だれいたりけりよりともはなはだ御かん有ぜんだいみもんのさ
ふらひかな 平家のをんをわすれぬことく又よりともがをんをも
わすれず まつせにちうをつくすべきじんぎのゆうしぶしの手ほんは
かげきよと かずの御ほうびあさからずかまくらさして入給へば なを
かげきよはくはんおんに 三万三千三百くはんのふもんぼんをとくじゆ
して ひうがの国をほんれうし悦び/\たいしゅつす なを/\げんじの御はん
じやう 国せいひつのはじめなるはと皆 ばんぜいをぞとなへける

 

 

    オワリ