仮想空間

趣味の変体仮名

戯場楽屋図会拾遺 上之巻 コマ31~37

 

 読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554349

 


31(絵図)
青樓桟敷懸暖簾之図(ちゃやさんじきかけのれんのづ)
爰にあらはすは初編にもれたる分なり 家号
なきは見渡るのみにて予(われ)此家をしらず 又
こゝにもれたる芝居茶屋多しといへども 是等は土場を多く売りて
桟敷にかゝはらざる家々なり かるがゆえに暖簾を見る事まれにして
こゝにうもらす こゝらは粋人の知り玉ふ処なり 尤も嶋之内大茶屋
其余の茶屋のうれん初編に合して知るべし


32(絵図)
いろは茶屋暖簾
元禄五年申十一月よりはじまる その頃は通とんぼりの茶屋のこらずかけ茶やの
ごとくにして二階とてもなく たゞ此ごときのうれんをかけ置き 少しの煮うりなどせしなり
それより土地次第に繁昌して 宝暦八年寅のとしにいたりて みな二階だてとなり
にぎはひ日々(にち/\)にさかんなりければ 家々にかけあんどうをいだし昼夜糸竹の音たへず
して日本第一の遊所とはなれり されば此家(や)づくりよろしければ此のうれんをかける所
いつとなくうせて今すこし残る されども古格をもつていろは茶やの名を
呼べり 此株はじめ十二軒なり
家数ぶんじて今のごとくなる

出語り座 人のよく知る所 なればりやくす

矢倉 方凡九尺の八尺なり 浪花(らうか)十五軒の芝居いづれも矢倉ありしに 宮芝居の
   分は中興矢倉を禁じて是をおろす 天神・御霊・座摩・稲荷等也
されば古株の矢倉をあくることはくるしから
ざるよしなり ○臺頭(たいかしら)三?の芝居のたぐひなり

座本廻り 顔見せ町廻りのごとく座本をかごにのせ緒々目見得にまわす
     ことなり 但し座本替りの度々なり 町廻りの図は初めにいだす

招き看板出し 歌舞伎芝居に同じ 初編を見るべし

寄り初め 又顔よせともいふ 人形つかひ 浄るり太夫 三味線弾き 表方に至る
     まで のこらず芝居にあつまり舞台において酒宴をなし
本膳など出だし其夜の祝儀を納むるなり 歌舞伎芝居
是に同じ また料理屋などにて出会する事もあり
○寄初は大歌舞伎乗込の儀式同様なり 乗込と極るは大歌舞伎のみ也
中芝居は寄初なり 濱芝居のことなり 古しへは道頓堀浜側にありしと
中興おもや立てにうつすゆへに濱芝居の名を呼ぶ 今 竹田・角丸のたぐひ也

乗込 来春芝居出勤の役者衆中 吉日をえらみて此夜寄初をす
   ることなり 此夜大判成りといふことあり 是は人の知る所にあらず


33(絵図)  
藝州宮嶋 乗込之図

厳島明神と申は当国の
一宮(いつきう)にして 此嶋日本三景
の其一なり 社のうしろは山深く
しげりて 弥山(みせん)と名づく 前は
汐干潟にて 大鳥居百八十間
の廻廊ありて 間ごとに金燈
籠をかける 汐満つる時は 廊の
下にさし入りて 御燈の光り水
面にかゞやきて ひとしほ殊勝也
本社より乾にあたりて 地の御前
として宮居あり 毎歳六月十七日
御輿渡行(しんよとぎやう)あり 時に遠近の人々
詣ずる事いたりて にぎやかなり
是を俗に宮嶋の市といへり
此時浪華より歌舞妓操りの
役者下りて 芝居を興行す 頃は

六月中旬に大坂を出船して
船中にて狂言の稽古に日を経て
彼の地 小浦といふ所につく こゝにて
風呂に入り 身仕舞をなし 衣裳
上下(かみしも)を着し また船にうつる こゝに
おいて小役本式の三番叟をまひ
役者はそのうしろに座をたゞし 並て
ならぶ事 顔見世座附のごとし 此後ろに
囃子方ならぶ 是にて舩をい出せば
当地の猟舩五十艘ばかり ふねに幟
を立て 役者のふねを曳く事図のごとし
役者は船よりあがりて銀主の家々を
廻りて芝居にいたる 此夜すぐさま初
日をいだすことなり 下略す

平家物語に高倉院御幸ありし時
高房少将の歌に

立かへる 名残もありの浦なれば
かみも恵をうけるしら浪


34
大判成(おほばんなり) 大判成の故事 同号は前偏に出だす こゝにのするは其夜役者中
            頭取より誉言葉あり 其文句を左に記す
役者盃を手にとる時に
頭取曰く
「しばらく/\ 市紅(しこう)さん三ヶ津にて市川の大立物を南んと渕へ和泉路
わくがことくおし合へしあひ熊野浦 北もおとらばと越路方 西は兵庫や評
判を須磨と明石を跡に見て 人も筑紫のはてしなき 見ぬ唐土はいざ知らず
しらみて名のみ鉄(くらがり)の 峠をこして大和とは 我日本(ひのもと)の名に??し こちの芝居の
親玉と ヤツチヤ/\

此文句は毎年極りたることなし たゞ其時の即席多し また前日より
つくりたるもあり 文体右のごとくにして 但し上中下とそれ/\に長し
また短きあり たとへば団兵衛(上) 工左衛門(中) 友藏(下)の類ひなり

内読(ないよみ)いづれ狂言の作出来て後 茶屋などの座敷をかりて作者を
        はじめ銀主・太夫・役者中いづれもこゝに来たりて本読みを聞く
事なり 文句の中に太夫・役者の心におゝざざる所は書き入れをもつて こ
れを直す たとへば同人形の出入りしげきが人形の取廻しの勝手あし
きは役者より直しを乞ふ 文句重言の所か又は云廻しあしき所は太夫より此
差図あり 是をすみて作者清書をなし 惣本よみにかゝるなり

惣本読み 歌舞妓芝居本読に同じ されども銀主・太夫・役者・表
     方にいたるまで本よみをきく事なり 作者は見台に

なをる かたわらに太夫・役者 はるかこなたに表方と座をたゞし居る
こと皆図のごとし 大歌舞伎のことは本読をはりて後 人形つかいの部屋にて此義
をなせり 此時作者本をひかへ正面に座し狂言の文句をよむ
ことなり 是にあふじて壱人(ひとり)つかひの人形にて あらましのそなへを立てる
ゆへにあら立てと呼ぶ 手摺は細びきを横に引張りて手すりの替りとする
頭取は役割の帳面をひかへ 何の役はだれなりと 其人を呼びいだす
小道具方は其人形には何をもつ 是にはどふいふさしものありと指図
をくわゆる 此日は是切にてそれより人形こしらへにかゝるなり
○前にいふ壱人づかひの人形といふは 平日人ひとりにてつかふ 取りて 又は
やつこ こしもとのたぐひなり 此人形 楽屋に入る時
きはめてあたまをうち よくむだをいふやつなり

人形拵へ 荒立てすみて翌日より衣裳人形を楽屋に入れる それより役者
     部屋にきたりて おもひ/\我好むまゝに人ぎやうをかざる事
両三日なり あら立て人形こしらへの
間いたつて見ものゝ事なり

内(ない)稽古 楽屋にてあり 此日より三人がゝりにして おもづかひは頭らと
        右の手なり 左づかひは手ばかり 足つかひはあしにそふ
いづれも三人とも心いつちせざるときは 人ぎやうのうごく事あたはず
といふ 是を見るに 頭(かしら)をつかふ人は正面の切やう 身のそなへ第一とする が


35
ゆへに心を人形にこめ うれいの時にいたりては共にうれいをもよおし 勇
むときは又いさみ 老人をつかふときも其気(こゝろ)になる 左りつかふ人は ?
同心なり 扨足をつかふ人を見るに 足のはこび人とはかはり 向ふにはこ
ぶ足なく まへに引くのみなり 左つかひ・足つかひ両人とも 人形の左り
勝手による おもつかひは高き下駄をはき 残り二人は草履なり 此日
より浄るりに合せつかふなり 太夫の座する所 図のごとし 此稽古
三四日すみて惣 けいこにかゝるなり

町触(まちぶれ)太鼓 初日前日なり 芝居より出でて役者中・銀主・太夫の内迄
           ももち行 のち芝居にもどる事前偏に見得たり
○相撲の太鼓は日々なり 初日・前日(まへび)・四日目の晩・九日目の晩 以上三度は
勧進元をはじめ頭取 濱々までももち行く事なり
○田舎芝居の町ふれ太鼓は 背中にたいこを負たる人壱人 打人(うちて)一人なり
是をうちて近辺をふれる事
○壱里走(いちりばせ)は田舎芝居なり 壱箇村(いつかむら)にて一両日勤めて又次の村にて一日と
次々に渡る芝居なり 是を壱里走の芝居といふなり

惣稽古 初日前日なり 昼七つ時分より始り 暮れて四つ頃におはる 人形
    つかひ平日のすがたにて人形をつかふ事図のごとし 歌舞伎
芝居も是に同じ 見物の衆はさんじきに軒釣(てうちん)をかけならべ 妓婦を
ともなひ酒食をはこばせる 其にぎはひ初日のごとし

○屎(くそ)餅 楽屋にて屎といふ言葉を禁ずゆへに此言葉を出だしたる人は小豆餅を
        楽屋中へ振舞ふ例なりとぞ

○疎忽(そこつ)餅 初日あるひは平日にても狂言中に とちりたる人は屎餅のごとく もちの
          振まひをすることなり

○餅番・酒番 中興にはじまる 立物衆中よりかはる/\゛に酒もちを振舞ふに一趣向をなすこと也
       当時あたり狂言によする・四季の題?・いづれ此よふな題により夫々におもひ入ある也

狂歌
 逢ことは今宵の酒の酔こゝろむねはとき/\つくや 餅 すた(?) 松好

○流行 当時楽屋に流行りものとは 発句・冠附(かさづけ)・柳橋絵合せ浄瑠璃
    三味線等なり

 元日
元日の夜や頼まん客の大くじら  澤村其莟

 住吉
これもねをむすぶ大江の升の雪(庵?)  青峨堂芙雀

 加茂 神明に詣ふて
神垣やうたの岡本水かすみ   芳澤巴江


36(絵図)
役者衆中家名俳名替紋 こゝにのするは初編にもれたる分なり
           但し重なりたるは中興かはりたる故又は
           江戸役者のもんをしるす

・浅尾為十郎 ぜにや 奥山   ・嵐吉三郎 岡じまや 璃寛(りかん)
・中村粂太郎 大こくや 鯉長(りてう )・山村友右衛門 日向や 登友(とゆう)
・市川団蔵 三河や 市紅(しこう) ・中山兵太郎 べにや 百花(ひやくくわ)
・大谷智右衛門 あかしや 氏友(しゆう) ・松本米三郎 松靍や 文車
・三桝大五郎 大坂や 其鶴(きかく) ・嵐三五郎 京や 雷子(らいし)

・山下八百蔵 ますや 其紅(きこう) ・片岡仁左衛門 松しまや(我童)
・叶珉子 吉田や 紫朝(してう) ・浅尾奥三郎 ぜにや 山子(さんし)
藤川八蔵 大坂や 八甫(はつぼ) ・市川市蔵 はりまや 市鶴
・嵐若松 あふみや 六岳 ・嵐猪三郎 わかさや 環子(くわんし)
瀬川菊之丞 濱村や 路考 ・浅尾友藏 口山(こうさん)
坂東彦三郎 音羽や 薪水(しんすい) ・市川男女蔵 たきのや 新車


37
・岩井粂三郎 大和や 袖歌(しうか) ・大谷徳治 丸や 馬十(ばしう)
・澤村淀五郎 大竹や 連車 ・小佐川常世 わたや 巨撰(こせん)
尾上松助 音羽や 三朝(さんてう) ・市川荒五郎 三好や 市丸(しぐわん)
・中山富三郎 近江や 錦車 ・坂東三津五郎 大和や 是業(ぜぎやう) 
市川八百蔵 たちばなや 中車 ・山下万菊 てんわうじや 登舟(としう)
松本幸四郎 かうらいや 錦孝(きんこう)