仮想空間

趣味の変体仮名

男色大鑑 第五巻

 

画証録に男色大鑑からの引用があったので、画証録を読むための参考になればと思い、歌舞伎役者の項だけ読んでみました。読んではみたものの、画証録の続きを読む気にはなれなさそうです今んとこ。

 

 

読んだ本 http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/index.html
      ヘ13 04190

                (6)

 


2
男色大鑑(なんしょくおほかゝみ) 本朝若風俗 第五巻

 目録
「一」涙の種は紙見世  二丁目
芝居子銀壱枚になる事
都人も桜にらうぜきの事
花崎初太夫出家する事

「二」命乞は三津寺の八幡  七丁目
平井しづま衆道の外の情の事
銀(かね)ためし親仁はじめて芝居見る事
境の娘逢ての恋を捨る事


3
「三」思ひの焼付は火打石売  十二丁目
玉川千之丞内証の事
嵐をしのぐ手づから間(かん)鍋の事
都に新恋塚をつく事

「四」江戸から尋て俄坊主  十七丁目
道なしの笹の庵に住む事
玉川主膳心をくむ内井戸の事
里の女はすがたにまよふ事

「五」面影は乗掛の絵馬  廿一丁目
霜先の狼恋に命とらるゝ事
玉村吉弥かくれもなき情しりの事
前髪のなきも世の仕合(しあはせ)になる事  目録終


 泪のたねは紙見せ
今の京には。何が時花(はやる)といへばあ。始末して銀を溜る事
ぞと語る。それは常なり。大歌舞伎御法度の後村山
又兵衛が物まね。狂言づくしに仕掛。太夫子あまた
集めしに。其頃迄は都にも。舞台子のあそびは稀に
花代も一歩づゝになべて極め。今の世の飛子同前に
客を勤めぬ。誰かははじめし太夫成りとて。惣役者を東山
にして座振舞の後銀五両になしぬ。萬(よろづ)心やすき世
や。草履取にもこまがね弐両とらし。茶屋へは銀弐両
程の集礼(しゆらい)なれば。芝居の果より夜の明くる迄。我物にし
てさばきぬ。其時の子共はまことの子ともにて。恋をかさね
てあへ共。御無心云事もなく。もてあそひとて飛び人形


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又は染分けの手拭琢(みがき)砂。やう/\四五分が物をとらすに嬉し
かりしに。一年(とせ)妙心寺開山国師三百五十忌の時。諸国諸山
の福僧京着して。御法事の後色河原を見物しけるに。
田舎には見馴ぬ児人(せうにん)に思ひこがれ。万事をやめて。買出だす
程に。前髪の有りて目鼻さへつけば一日も隙なく。是より
昼夜に売り分け花代も舞台踏むは銀壱枚に定めぬ此法師
等かぎりある都あそび。萬の物入をかまはず。今の世の騒ぎ
人のきのどくとぞなれる。其頃村山座の花ざかり。藤村
太夫すぐれて??(うつくし)く。時勢(いまやう)粧(すがた)を舞事をえたり。見
し人是に悩ざるはなかりき。ある日東山の桜に行きて。さかり
にちかき塩竃(しほかま)の一枝を初太夫持ちて帰り。見ぬ人のため
にもとやさしき心ざしなりし。神楽岡の辺りに色作りたる

男集りて。昼からの酒事と見えて。幕をたゝませ。夕日に
うつりて紅したる顔をあらはに人の見るをもかまはず。提げ
重のふかきにて酒呑かはし。喧嘩を肴にして有しか。
太夫かざせし桜を見かけ。情しらずの男達(だて)ちかくより
て。其花を給はれけふのつまり肴に。酢味噌でたべると
いふ。それ花に嵐をだに人間の手して折かへるをさへ心
なきに。ましてやむごき言葉のすえ。さら/\花は惜
からねと。所望の仕掛気にいらねばしんじ申まじ
きといひ捨てて通りしに。此ぶんにては男たゝずと。
是非にもぎとらんといふ。やれば初太夫も若衆すたり
一代の身の大事爰なり。京にもかゝる横に車と。牛
引とゞめ駕籠をたて。往末の人更にまた山をなして


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此済み口を見るはあやうかりし。こんかうの火神鳴りの
久蔵も一命はすてけれ共。太夫を思へはむねんなから
胸をおさへ。しるべの人あらば預け置きて大勢相手思ふ
折ふし。物やはらかにうつくしげなる男の。したには
紫ちりめんの引かへし。上に黒羽二重の両面からし(芥子)人
ぎやうの加賀紋。宗伝から茶の畳帯。ふたつさご珠(じゆ)
の色よくぬきさめの大わきさし。素足に藁ぞうり
はきて。跡より鬚なし奴に。かへ雪踏(せつだ)樫の木の角
杖もたせて。静に来りしが。此様子をきゝて爰はそ
れがしかあつかふべし。お若衆へもらひかけられし
花。跡は何にならふともつかはされたがよいと。さま/\
申せば。初太夫すこしせき心なれ共。此詞をそむかす

あたら桜をわたしける。あばれ男酢味噌の桜と持
て行を、風流(やさ)男袖を引とめ。其桜すぐに此方へも
らかし給へといふ。只今の事いまだぬくもりも覚めぬに
無理なる申事と。少し気色をなる程さはがず。今の都に
かやうの無理がはやる。おのれ其桜を首にかゆるかといへば。
おそれてわたしぬ。はじめと違ひ見ぐるしかりき。さくらは
太夫へかへして。彼男とらへ申分あれ共酔たる風情も
見えつれば。かさねての日酒機嫌になき時。我を尋
て。此意趣を晴せよと。懐より石筆取出し。所書きた
しかに。いろはの十郎右衛門と名迄しるしてわたしぬ。去
とては落つきたる仕かたなりと。見とめし諸人これを


6
(挿絵)


7
うれしあすぁすれず。其夜より客の勤めもすてゝ
十郎右衛門宿は東洞院(ひがしのとういん)迄しのびて。もしも最前の
男達(だて)共切込まば。我さきに立て身を捨てて。人に難義
は掛じと思ひ定めし心ざし。自然と十郎右衛門に通
して。なを見すてざり。彼の馬鹿者も其後はとがむる
事なし。今は心もゆりて是より衆道の縁となりて
互に思ひをつくし。二年(とせ)あまりの契りのうちに人の
なるまじきたはむれ。かず/\のかため外なる色ぐる
ひをやめて。初太夫に気をはこび。一門のそねみ
ふかく身の置き所も定めかね。継母なれば一通りの
恨みを書残して。行方(ゆきかた)もしれずなりにき。初太夫
をなげき色々神をいのり。尋ねけれ共御行衛のしれ

ざれば。思ひわづらひ中々舞台身にそまずして。
引籠りて有しが。後は美形もかはりぬ。此理りを親
かたに申わけて。首尾よく隙をもらひて。難波
のうら町に住み所をもとめければ。次第に気分もよ
ろしくなりて。世間むきの見せつきとて。紙を商
売させて。其年はおくりぬその身出家にもならず。
河原の勤めをもやめけるは。いかなる思ひぞと。むかし
よしみの有る役者たづねけるに。我くろ髪の何ゆへに
惜かるへし。世に思ひ人まし/\てもしもこの姿を
見たくもおぼしめさば。見せましてからのうへに。
髪をも剃(きり)すてんと思ふ甲斐なく。今迄は待いれ
共。人に問れて口惜やと。其座にして髪(もとゆひ)をはらひ


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惜しや十九出家の。望みそれよりかうや山にかくれて。都
の人の問にもあはず。朝は谷より水をむすびあげ。ゆ
ふべは落葉を集めて。おこなひすましけるが。一とせ
あまりすぎてこがれし人は。丹後国天(あま)のはし立
といふ所に行き暮て。哀れは松より外にしらぬ嶋崎
にて。はかなくなりし身の事はるかにすぎて聞
しより。其所にたづねくだりて一七日の弔ひなし
て。其後その身はうき世をすて二たひ人にもあはさ
りき

 命乞は三津寺の八幡
是はいかになりぬる世の姿。難波のむかし。太夫蔵人
お国が女歌舞妓も絶へて。若衆をあまたかゝへ。是ぞ世
界の花踊り塩屋九郎右衛門座に見し、岩井歌之
介平井しづまなど申せしは。末代にも有まじき美(び)
児(しやう)なり。此外四十五人舞子ありしが。いづれかいや形気
なるはひとりもなかりき。其頃までは昼の芸して夜
の勤めといふ事もなく。まねけばたよりて酒事に
て暮し。執心かくれば世間むきの若道(じやくだう)のごとく。其
人に念頃すれ共。誰とがむる事もなし。太夫もとに
も欲をしらず。物にもならぬ客をうか/\もてなし。
其年の暮に。丹後鰤壱本にぬりたるに入し酒三升


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盆前になれば三輪素?十把もらひて。是にも礼
状を遣はしける。また子共にはじめてちかづきに
なるも。芝居かへりを濱の水茶屋のかゝに呼込せ。かり
そめの盃して。声の有る子には小歌所望して思
ふまゝの遊興。其後あそび中間より集めて。銀壱
両おくれば。釣鬚のある男が太夫殿より礼にきて
只今は千万かたじけなき仕合と。三つ指突きて長口上
申たりけりと大笑ひして暮せしに。今時のこんがう
に弐角(にかく)づゝとらしても。さのみうれしがる顔つきをも
せず。すこし露うつ間がおそければ。ながき秋の夜を
四つまへから呼立て。明日の舞台かくるなどいふ。恋
の最中に気の毒きく事ぞかし。兎角は今の世間

に野等犬の子と金銀のたくさんなる故に。万事奢り
て物をつかひ侍る。それ迄は舞台衣装も。唐木綿
にさらさの置形。地衣裳は加賀絹に中紅(ちうもみ)の裏を
つけ。浅草嶋にむらさき付くれば。見る人おどろきこの
上又も有まじきと。沙汰する程の事なりしに。
近年の唐織金入毛類を着る事。いかに役者なれば
とて。身の上しらぬぞかし。大分の金銀取りながら
つまる所は借銭の渕とは此堀のならひなり。給分の
やすきむかしは。芸者も世を暮しかぬると云事な
し。其時は面白からず。物毎おかしきは今なり。され共
欲なしに子共の本情けは平井しづまなど末の世が
たりにもすべし。ある時境の大道筋に。長崎商ひして


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家栄へたる人の有しが。此あるじ時代男にて。七十余
歳迄風をもひかず。薬ものまず。屋賃銀(かね)の算用
ばかりして。生れて此かた色ある町をも見ず。庭は
たらきの下女も姿にかまはず。布さへ織れは壱匁でもや
すきを好み。恋などする事思ひもよらず。門より外
に出ず。世間むきのかけたる男。はじめて芝居を見
られして。人も不思議を立てにける。然も其日雨降て
見物は立さはげ共。此親仁ひとりすこしもおどろかず
三番めの桜川の狂言に。しづまが出るとや。是をみず
には帰らじと。声のつゞく程は東西/\いふて。袖は濡
ながら桜川。果つる迄見とめて。楽屋口にまはりて帰り
を待に。軒の玉だれも袂によけず。さしかけ傘下行く御

風情是は今の世の人ころし。墓の寺の前迄跡より付添ひて
いはて物思ふ有様を。見しよりしづま心に掛け。親仁殿はど
この在所衆ととへどこたへず。恋といふ事いつの時に誰
か仕初めて。かゝる物うき事ぞと独り言いふ。しづま鼻紙の
間(あひ)より。定札六七枚もつゞきしを取出し。又ちかき程に
見物し給へといへば。此親仁うれしさあまりて兼て
思ひし。御執心の一言いひも出さずたゞに過ぬ。暮やすき
冬の日の虹うつろひて太左衛門橋を渡れば。川風心も
なく吹きてしばしは爰に立すくみしが。君も太夫本(もと)
入せ給へば。せんかたなくて其邉りの茶屋にたよりて。
それとはしらせず。雨の晴間待つとばかりに。塩屋の内を
見入て物あんじの顔ばせ。亭主見とがめて尋ねけ


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るに。語らねばならぬ首尾になりて。しづまに思ひ入
て命せまる身の程を申せば。あるじ聞に哀ふか
く此事しづまに耳語(さゝやき)しに。はや情かけて我を思ふ
其人。いかに老たる身なればとて。それ見捨がたしと
俄に。衣装好みして。肌に明け暮といへる名香を炊きしめ。
彼の茶屋に行きてみるに。鬢は黒き筋なき男の瀧嶋
の着物に。梅かへしの袷羽織に。胸高に紐付けて。割
胡桃のはなち目貫の小脇指に。むかし印籠に
なめし革の巾着に。駒引の根付をさげ。此いやなき
風俗。そもや若衆に心をよする事おもはく外なり。
二間ある座敷の奥に通りて。此親仁ちかふよびて。
亭主のあひさつ迄もなし。こなた様には私に御しう

(挿絵)


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心のよし。最前芝居を帰る折からより見請心掛り有しに。
縁はおかしやと。盃事して。酔を恋の種として身に添
臥を仕かけ。うれしがる事共に気をつくしけるに。此親
仁かたじけないともいはずして。口のうちにて念仏をとな
へて居る。しづま上手にとはれて。此男語りけるは。扨も
/\やさしき御心入忘れがたし。そなた様に思ひ入
しは私のひとりある伜になりはや此程は御身の事
はかり申暮し。命もせまるをふびんに子おもふ
親の身にて。かく申をとてもの御情にしばしが程。
となつていなとは申さじ。我身はあづけ置と申せ
ば。親仁よろこび然らば今宵更けてから。是へともなひ

申べし。かまへて/\沙汰なしに頼むなり。長町の
かり座敷迄つれきて。あるよしを申捨てて帰る。
しづまは待侘びしく袖を枕に。夢見かゝる時病人のり
物しづかにかき入ける。此足音にしづま目覚てみし。
十四五なる美女の小袖白く。中に薄花の桜色成る
に。浅黄鹿子の両面に。付切(きりつけ)の色紙歌もやうの紋所。
帯は二重菱の柿地をつい引まはし。むすびもせず。
髪はさばきながら中程よりしたを。引さき紙にて
むすび。此うつくしさ皆いふ迄もなし。人を恥らはず
ひた/\と寄りて。おもはずうれしやと声をあげて。
すこし笑ふて顔見あはせしは。ぞつとしてうき世の
人共おもはれず。しばらく物をもいはずありしが。しづ


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おどろき我は衆道のやくそくせしに。是はおもひ
よらず人のいふべき事もかなしく。物思ふこそ誠な
れ。今時の若衆はらば。後家にても只は通さじ。し
づまとやかく分別して。身を立つる理りつれなく
申さば。あのうへにまたもや病気もと思ひ。心にそま
ぬ乱れ姿となり。我事今よりまかせたる身なれば。
御心よくならせ給ひてから。いつにても又の世かけ
て。たがひに忘れじとかりそめながら浅からぬ。詞
かはして別れしに。露よりもろき命。其夜明て。惜
きは十六眠れるごとく世をさりける。生死(しやうじ)はのかれぬ
事なれど。一しほあはれさもまさりぬ。七日たちて
後此娘の母親。せめてはこがれ果たる其若衆を見

てうきをはらすべしと。大坂にたづねて形見の品々
しづまに渡せば。更にまた涙にしづみ。それよりうか
/\となりて。おもはざる事に人の取けるよと。我も
仏神に祈りて命乞しけるに。世のためし世のふ
しぎ。ある日三津寺に参りて下かうに。しづまは
つねの着る物なりしに。白衣(はくえ)の袖薄く面影たより
なしと。見へし人取沙汰していかなる事、もしも乱気
なるかといふ其暮がたに。難波の夢とはなりぬ。いま
だ春まつゆきの梅。あたらつぼみをちらして。月や
むかしの物がたりとはなりぬ


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 思ひの焼付は火打石売
七玉川のほかに小歌の名所に千之丞がむかし。
風ふけば興津しら声にてうたひ出して。家体(やたい)の
御簾を明けての面影まことの女井筒も。何とし
て是には立ならぶべし。十四の春より袖をきて。一
日も見物にあかれぬ事。末の世の若女形是にあ
やかるべし。河内かよひの狂言はかり三年があひだ。
江戸の人をなびかせなをほめ草野郎虫にもこの
身の事あだには書かず。承応元年秋のよの曇り
影をうしなひ。物の淋しき折ふしある御所方の
南おもてに。宵の程は笙をふかせられけるか。更けて

御なぐさみかはりぬ。其頃長崎より。一平次といへる
男来りて。四つ竹と云事を初めて手拍子犬うつ童に
迄世に是を時花(はやら)かし貴人の御手にふれらるゝ物には
あらず。鳴り音しづめてひとりの仰せられけるは。川
原の野郎若衆きゝしばかりにて見ぬ事ぞか
し。せめては其姿ありのまゝ移せよと浮世絵の
名人花田内匠といへる者。美筆をつくしける。かりの事
ながら太夫子共我をあらそひ。絵師に伽羅をとら
し又は差ふるびし小柄。着なれしはをりをとら
せは是に目の見えぬ世の中。花は風。月に村雲のさは
りをのけて。思ふ人の鎰(かぎ)鼻をなをし思はぬ人の出額
をも見よげに。書けば。いづれかあしからず。千之丞はし


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れて形自慢なれは。身の上頼むべき事にもあら
ねば。中にも此人。其さまいやしく腰などをかゞめて書け
り。是を思ふに唐国の王照君か。画師にまひないせ
ざりしに同じ。其後品定めの時玉川すえにえり
出されて。是には狂歌をあそばす。かたもなく。あたら
名を埋づむこそおしけれ。其秋のはじめより京都に
筋骨をいためる時花(はやり)病。千之丞殊更になやみて。
自然と腰付ふつゝかに思ひもよらぬ出尻となる事。最
前の姿絵を思ひあはせておかし、されども此人萬能き
に極まればこそ。夜の勤めをかゝず。客は前後をあら
そひ。十日も前より御来駕(らいか)を待つ事也。俄には盃も
及びがたし。すこし酔ての座配紅葉のあさき

脇顔みしに恋をもとめて。鳥尾南禅寺東福寺
にかぎらず諸山のうき坊主代々の筆のものを
売はらひ。又は山林竹木迄を切絶やし。皆此君の御
為となし。後はひらきて傘(からかさ)に身をかくしぬ。或ひは
商人(あきびと)の手代其親かたをだしぬき。かぎりもなく金銀
をついやし。かりなる御情に家をうしなふ人其数をし
らず。有時千之丞内証の文庫をあけし事有て
みるに。かりとぢにして手日記此上書に初枕とし
るせり。いかさまにもおかしく思はれてみるに。あんの
ごとく元日より其年の暮迄参会せし人の首尾
をあらまし読むに。たけき武士のつきあひ鬼のやふ
なる男だてをやはらげ。百姓にあへは土気をおとさせ


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神主には厚鬢をおろさせ長老に袴を着せ一座
切に興をあらせ客を自由に手に入れ我なぐさ
みになせり。奥程ゆかしきを其まゝに読捨ぬ。
是迄こゝろの者には人しれぬ情ふかく、数かたな
りて世にあらはるゝをいとはず。瀬々のしき波名の
立つやむ事なし風のはげしき夕ぐれ然も雪日
和(より)にしてはや北山は松の葉しろく見わたし。初
のさはがしき道橋の下五条の川原を夜の臥所
として渡世夢のやうに極めて。まことに石火の光り。
朝(あした)に鞍馬川の火打石をひろひ。洛中を売廻(めぐ)りて
残れば夕べに捨てて其日暮しの思ひ出。是を都の今賢

(挿絵)


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人といへり。此身も美道はやめがたく。玉川心渕集(ぎよくせんしんもんしう)とて全部
四巻に。千之丞四季の身持をつくれり。衆道の心掛
ある人は見るべき書物なり。身に急の数蚤の喰所(くいど)迄
しる事のおかし。此人のむかしを聞ば。尾州にかくれも
なき風流(やさ)男なり。千之丞太夫やりの時分より深く
申かはして逢ひぬ身をかくし給ひて久しく御行き方の
しれざる事を歎きしに。有人伝へて五条の河原に浅
ましき形にてましますと語れば。太夫泪ぐみて人の行
すえ程さだめがたき物はなし。とくにもしらせ給はら
ば。都の中にて人に指はさゝすまじ。しらねば何事もぜひ
なき世なり。つい此あたりにおはせし事は思ひもよらず。
御国かたへはたよりの文して幾度かとひまいらせしに。かへ

り事のなきは。我を見かぎき給ふかと。まゝならぬ
身をうらみて過にし事ぞ。惣じて勤めけるうちに
は是にかぎらず。かゝる事あまたあり。それからそ
れ迄とつれなく申て。其夜のお客を大事に機
嫌とりて床もしめやかに思ひを残さぬほどに
起き別れて。明けぼの霜夜身にこたへて。嵐もはげ
しき河原を思ひやりて袂に盃を入。間鍋を提げて
人をもつれず岸根の小石を踏こへて水鳥の波
の瀬枕をさはがし。はるかなる橋の下に行て。尾
張の三木桜とむかしの名をよべ共しれず。ころは
霜月廿四日の曙前。いまだ人顔も見えわかず。浅ま
敷寝姿のあまたあれば。いづれか其人桜とたづね


18
けるに。過にし事を思ひ出しに。左の鬢先に切疵あ
りしと。ひとり/\の野臥(のぶし)の顔をさくりてみしに。
あんのごとくさがして。最前より声を掛しに名乗ら
せ給はぬは。さりとはふかく恨み参らせすと。泪又俄川
かと思はれ。しばし過にし事を語りて手づからもりし
酒に明けかたの。風をしのぎ。東の空もしらみて。御あり
様をみるに。御足をさすれば。あかぎれよりくれない
乱してなをいたましきを。ひとつひとついたはりて
添臥しして有しが。旅立人も橋踏なし芝居の太鼓
うつ程ちかければ。しのぶ身のかなしさは。別れけふの
夕暮をまたせ給へ。御むかひにといふ声も跡なくなり

ぬ。此世捨人是を更にうれしくは思はず。よしなき人は
尋ねきて。我楽しみのさまたげなりとうたてく。爰を
もまたさりて何国(いづく)へか行給へり。其後千之丞此事
をなげきて。都の中をたづねしに其甲斐もなく。
残れる火打石を取集めて。東山新(いま)熊野のかた陰に
はこばせて枯葉の小笹が奥に塚をつき其御方の定
紋なれば。しるしに桐の一木を植おき。世になきひとを
弔ふごとく。邉りに草庵をむすび。日蓮の口まねをせ
られし法師をすへて。爰を守らせける。ある人名づけ
て是を新恋塚といへり


19
 江戸から尋て俄坊主
仏法僧の鳥は。高野松の尾河内の国高貴寺にかぎ
りて。夏中(げちう)然も真の闇に鳴くなり。此声たまさかに聞
人心をすまし。殊勝さも爰弘法大師の開起の霊地
なり。此山つゞき。御法のはやし年ふりて。玉手と云里
に念仏の老和尚ましまし。あまたの御弟子のある中
に。可見といへる美僧あり。人のむかしを尋ねけるに。江戸
の芝居太夫玉村主膳と一枚看板に名を広め。人の命
をとる程の女がた。よろづの拍子事またの世にも出来ま
じき名人。ことに若道(じやくだう)のたしなみふかく。心を掛ざるはなし。
日を重ねて姿の花もおしまれ。月は廿日あまりの空と詠
めし年の頃。おもひ入し山に隠れ髪(もとゆい)を払ひ形をかへて

諸国修行して今此所に来て。草庵をむすひ萩
垣まばらなるに。蔦の枝葉のまとひ。窓は南に月を
友とし。朝夕(あしたゆふべ)の勤め隙なく。かくて三年(とせ)が程は身の
ありかもしらせず。古里の事をも忘れけるに世に
有し時かゝへ置きたる子に。浅之丞と申せしはすぐれ
てうるはしく。情もふかく諸人の恋種(くさ)となりぬ。主膳
の時是をなびけて外の勤めはおのづからやめて。互に
かはるまじきとのやくそくせしに。墨染にかへ姿を知ら
せ給はぬをうらみ歎き。はる/\のむさし野に道をつけ
て。今爰に尋ねよりてみるに。むかしの面影は水の泡
に消へて。埋もれ井を手つからむね釣瓶のいとなみ。泪は桶
にあまりて。此御有様はと衣にすがりて人目も恥ず


20
袖をしたしけるこそ至極の心ざしなれ。され共我出
家して世にある共定めぬ身なれば。かさねて逢ふ事
稀なるべし。年月のよしみとて。此度尋ね給ひし
心底なを忘るまjひ。そのかたはいまた盛といへは。江戸桜
の人も詠めに惜しむ程なり。殊更熊谷(くまがへ)にまします二親
の嘆き。かれ是思ふに。まな/\東に帰り給へ。名残も今宵
ばかりのもてなしに。木の葉の煙を立て。茶釜のぬくも
るもとけしなく。天目ふたつの外器(うつはもの)とてもなく。しのべ
竹ならべたる仏棚に表具なしの六字を掛け。欠徳利に夏
菊をいけて。風をたのしみの種とし。夜をしのぐ蚊屋も
なければ。団(うちは)隙なく枕おどろかして。過し事語るに涙に
音ありて口に声絶へて。夢に現を見るこゝちして。暁

(挿絵)


21
の種一番鶏の鳴かば関の東へおもむき給へ。是より後は
無事をしらする文もむつかし。たよりあり共其事
なかれ。せめては是を形見と持馴し浄土数珠をわた
せば。又泪玉をつなきとめたる風情ぞかし。やう/\明
方の雲晴て。夏山もあらわに見ゆる時。とかくは御心
にまかしかへると立行く姿しばし見送りて。山はし
げり木のかげにはや見えずなりにき。今は思ひを晴し
笹戸さし籠め。うきを忘るゝばかり。念仏に気をうつしける
折ふし。又戸をたゝくはあやしく。立出てみれば浅之
丞うるはしき髪(もとゆひ)を払ひ。御詞にしたがひあづまに
かへりて。又参りたると申。あたら形を悔め共甲斐なく。
此事和尚に申せば。夢をしる世のおもひ出。何か残らし

と。同じ衣の墨にそめて。後の世の事のみまことあ
る道心是なるべし。朝に山の井をむすび。ゆふべに柴木
をはこび。執行の身のたのしみ。有がたくぞ見えにける。
この里つゞき古市といふ所に。野人(やじん)の娘には其様やさ
しかりけるが。浅之丞旅姿を見しより。魂とび出大かた
は狂乱になつて。跡より御寺に行くを。めしつかひの女共
取つき。いさめて宿に帰りしに。此恋やるせなく其夜
忍びて通ひ。松火幽かなる庵室を窓より覗かば。思ひし
人は法師となつて有ける。かなしき声をあげて。あの
若衆を何とて出家にはなす事よと絶へ入ばかりなけ
きぬ。かつて思ひよらざれば。取あへざりしが女のあらけ
なきのゝしりに。一山(さん)の坊主おどろき立集りて。是を


22
見しる人もあまた有ける。はしたなき仕業と色々
いへるも聞入ず。只此人を誰(たが)髪をおろしけるそ。其
人うらみなると。狂人うたがひなし。親里に云やりて。
したしき人のきたつて。さりとは世のそしりも有。
出家の身なれば思ふにまゝならずかさねて逢みる
事の時節も有なんと。心を静かにせさせけるに。今
迄は浅ましき心ざし我こそまよへ。人は何共思ひ給
ふまじ。よし/\かゝる恋路もさだまる種なり。みづ
から十四歳迄。わるかにちつをも惜みし黒髪。けふよ
り道の捨て草と手づから切払へば。せんかたなくも是も
出家になして。西のかたの山陰にひとつ庵を結び。
明け暮鉦の音ばかりにして、其後は形を見たる人も

なし。恋より思ひそめて。恋をふつと忘れけるとなり。又
二人の法師も浮世者にて浮世の事をすて。今にの
山をはなれず勤めすまして住ける。さかんの時江戸
にて相馴し人の。むかしゆかしくてたづぬるかたもあま
たなりしに。ついに戸ぼそをあけず。門はすいかつらの
とぢて根笹はおのれと埋れ。道すじもなかりき。其
後山本勘太郎といへる美児人(びせうじん)龍田の紅葉身にまか
りて。色ばかり好めるかへさに。爰にたよりて哀に殊勝
に思ひそめて。まことに夢の夢と是も発心の身と
なりぬ。よく/\の思ひ入惜や前髪さかりに


23
 面影は乗掛の絵島
いづれの工か削りなして。野郎紋やうじといへるを初め
て。世にもて時花(はやし)かしいるうき世の世の字は。ならべてなき
ひとつ紋。えびすやのかゝへ玉村吉弥とて。其頃都の男
はいふにたらず。人の女または娘にかなわぬ思ひをさせ。かぎ
りもなく舟岡鳥部山の煙とはなしぬ。殊更楊貴妃の狂
言に弄(かざし)の顔つき。それは/\もろこしを見ねばこそなれ。
絵姿などのおよぶ事にもあらず。いつ迄も此まゝの
児人(せうしん)ならば目出たかるべし。若衆と庭木と大きになら
ぬものならばと。物ずきのよき遠州も申されしとなり。
何事もなげくましきは世の有様ぞかし。一とせ難波
の芝居にて。恋の奴のあばれしより。歌舞妓といふ

事法度になり。太夫子残らず前髪おろして。野郎に
なりし時は。ひらかぬ花の散るこゝちして。太夫本をはじ
め。ともの親かたふかく歎きしに。今思へば是程仕合成る
事はなし。いかに情なればとて。廿(はたち)すぐるまで前髪おき
て勤めはなるまじきに。野郎なればこそ。三十四五迄も
若衆顔をして。人の懐の中へもいる事そと。おかし
き色の道の思はれける。外へは年をかくし節分の大豆(まめ)
も鯖読にして。くらがりにて内証は済ませ共。物覚えのつ
よき見物目が。同じ時の若衆かたは敵役になり。若女
かたは祖母方になりしを思ひあはせておどろきぬ芸見
るばかりはたとへ七十になる若衆が振袖をきるとても。
すこしもかまひにならぬ事ぞかし。とかく合点する


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(挿絵)


25
夜の客さへあれば。質はおかずに年はとるなり。春の初狂
言の仕組に。玉村吉弥行くとて四条のくづれ袴わたる
時。看板うたぬはかり北国者(ほっこくもの)にかくれもなき男。其様お
かしげに割織着て。ほそく頭巾に山刀さして。肩に
れんじやく掛て。都の霜先をかんがへ。狼のくろ焼
売にのぼりしが。此面影のまたなきうるはしきに目
をとめてたゝずみしに。吉弥を心をつけて手にふ
れし楊枝を彼の男が袖口になげ入て。何心もなくよ
ろこばせて通りけるに此男狂乱の心になりて商い
物を喜内が浄瑠理芝居の前にうち捨て。本国佐渡
が嶋へ帰り。明け暮いんつうをためける。金銀さへあれば
此恋はかなふと思ひつくこそおかしけれ。念力岩を見

立てかな山にかゝりて。おもひの外なる俄大臣となり
て。五年あまりも過て都にのぼり。馬乗物をす
ぐに川原に立てさせ。玉村吉弥を尋ねけるに。其人
は役者のならひにて。江戸へかゝへられ。四年あとに
くたられけると語る。是をきくより京には一夜も
とゞまらず。又東路の心ざし。逢坂山にも我をとめ
ぬる恋の関守もなく。したい事して行く道にそれ迄
は。御油赤坂金川などに色しかけたる女の。人を留めめる
が耳にも聞いれず。品川より江戸入をいそぎ。境町
に行きて吉弥を尋ねけるに。此所の芝居にて都の
花を咲かせて後。人よりはやく若衆すがたをやめ
て。男になりしとむかしを語れば。なをまたなつかし


26
く手引を頼み。坂東又九郎楽屋に入てみるに。いま
だ身拵へする太夫の風情白粉(をしろい)をむらむ素顔
にてもうつくしからぬはなし。すぐれて吉田伊織野
川吉十郎加川右近いづれも名をあげし美児(びしやう)な
れ共。我おもふ都の吉弥にくらべては。つゞくは一人
もなかりき。すぎにし面影の思はれながめやるに見分け
がたくして心わづらふ時。大男なるを是ぞ玉村がかはれるす
がたといへば。おどろきつら/\見る程に。一目なれ共むか
しの形。首すじうつくしきを思ひ出し。今でも恋は
やめがたくて。其後人しれず京の事共をかたれば。吉弥
も二たひ都なつかしく。其時ならば其心あだにはなさ
じと。まことある心中申せば。此男うれしさかぎりなく

勤めの身にはやさしくおもひ。我仕合を残さす咄し
てよき物一代の世をくらす程とらせて。又生国佐渡
に帰りける。そも/\楊枝一本よりのなづみなり。惣し
て舞台には人に言葉をかけ。あとのへらぬ手などは
誰にもにぎらずべし。玉村吉弥が情にて命捨てし人
数をしらず。江戸中寺社の絵馬に。吉弥面影を乗掛
に。坊主小兵衛が馬子の所。是を見てさへ恋にしつみ
今に世がたりとはなりぬ