仮想空間

趣味の変体仮名

男色大鏡 第二巻


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     請求記号:ヘ13_01753
     (2)(3)

 

(2冊目)

2
男色大鑑 本朝若風俗 第二巻

  目録

「一」形見は弐尺三寸  二丁目
中井勝弥母親書置き初て見る事
片岡源介非人の時執心かなへる事
筑後国柳川敵うちの事

[二」傘持ているゝ身  十丁目
長坂小倫孝行の世わたりの事
桜茶屋化物うちとむる事
忍び男命にかへる事


3
「三」夢路の月代  十六丁目
薪の能は昼のにしきの事
若衆忍ぶは菊の紋提燈の事
是非念者のかはりに立る事

「四」東(あすま)の伽羅様  廿二丁目
春の野は目違ひの事
申子の種梢より降る事
魂は袖に入しるしの事

「五」雪中の郭公(ほとゝぎす) 廿六丁目
腥坊主も女は嫌ふ事
命を無分別にくるゝ事
身はひとつ若衆は二人の事  目録終

 形見は弐尺三寸
世に遠州行燈程の事も。又出来まじき物ぞかし。又次
郎といへる男。観世ごよりをはじめて。今童宝(とうほう)となれり。
捨たり行く反古(はんご)さらへる中に。母の手して。勝弥十三歳
になる時。此封じ目を切て。是を見るべしと上書あり。
泪に包み紙をしたし。内見するに。父玄番をうちし。
竹下新五右衛門。吉村安斉と名を替。筑後の国柳川
の辺に身をかくし。表向は児薬師(ちごくすし)と見せ懸け。一家中
軍(ぐん)の指南して。渡世すと。委細に聞出し女の身な
がら。本望をとげぬべしと。思ひ極めし甲斐もなく。
相果つる時の無念さ。哀れ成人の後。此所存はやくやめ
させ。草葉の陰の父母によろこばされよと書つゞけて。


4
それよりすえ/\は。最後の筆と見えて。さだかに読め
かたし。我今年十八才になれり。母遺言(いひげん)とは。年月むなし
う。六年過て今見る事。しらねば力およばず。某御家
に住む事。十四の四月十七日。武州上野黒門前(さき)に。母方の
姨(おば)をたのみてありしに。殿様御駕籠の窓より。あれは
と仰せらるゝ御声して。御そばちかき侍を。ひそかに
つかわされ。筋目も有増に御尋あそばされ。其日より
めし替の御馬にて。御上屋敷に入て。御前をさらず。
朝(あした)の雲に飛ぶ鳥落ちて。たとへば烏を鷺といふにも。
我にあらそふ人なく。夕べには月をそねみ。気にいら
ぬ人には物をもいわず。是皆おゝ影あだにもぞんぜず。
有時は寝姿のしどけなきに。はづれし枕をあてがはせ

られ。胸のあきたる所を。御下着の白小袖にてふさがせら
れ。自然の嵐もがなと。おぼしめさるゝ御心入。現の
やうに覚えて。冥加おそろしく夢さめては。只二
人より外には。聞人もなしとて。御家の大事。若殿
様にも仰せわたされぬ御事共迄。仰せきけられ。互
にかはらじ松の葉の針にて。我脇顔にありとは。人
の見付ぬ程の。痣子も御気にかゝるとて。手づからにぬ
かせられ。かれ是有がたき御事斗にて。昼夜をす
ごしぬ。せめて此御恩に。大殿今にもの事あらば。天
下の御制禁は存知ながら。いさぎよく殉死の心懸
無紋の上下小脇指。書置箱にいきながら。魂を入置き
しに。世はしらぬ物ぞかし。我すがたの花は今を


5(挿絵)


6
盛と。すこしは自慢心の口惜し。去月はじめつかたより。千川(ちかわ)
森之丞に。御心うつり替りて。何事も偽りの時雨ふる。
初の三日には極めて。自害さはる事ありて。是非七日に
いと相述しうちに。此一通を見出し。親のかたきをしる
事。武運はつきず。よしなき殿様に野心を含み。生害
におよばゝ。後悔後の世迄の。さはりともならなん。今思へば
身の仕合多し。我森之丞がごとく。御寵愛の時敵う
ちたき御訴訟申上るとも。輙(たやす)く御暇は給はるまじ。首尾
此時と。所存書付をもつて。ある日御機嫌を見合せさし
あぐれば。心底至極におぼしめされて。御暇乞の御盃たま
はりて上に。目出度く安斉うつて。帰参すべし。五百石の
御黒印頂戴し。御納戸より路金迄たまはりて。寛永

九年十月十二日に。龍(たつ)の口より。兼て心ざしふかき。下
人五人めしつれ。三田八幡に参詣して。おもひ立日
を重ね。同十九日に京都につきて。三条鯉山の町にし
るべ者あり。馬よりおりもあへず。編笠ふかく忍び。大仏
の辺に小嶋山城とて。着込みの細工人の上手sりける。
望みの鎖帷子ありて行くに。耳塚の草枕。今朝置く霜
の跡をもいとはず。竹の小笠に風よけて。見た所が。かく
はなるまじき大男の口をたれて。是一銭おくりやれ申せ
といふ。顔見合せば首をちゞめ。三輪(みつわ)組て袖をかざす。是
うたがはれて。なを見かへれば古傍輩の片岡源介なり。
此若様には何としてかは。世にあさましき風情と。様子
をきけば。先ず泪くみて。我望みあつて。俄に御暇を申請


7
し事。越後村上に立越へ。進退大かた済みよる所に。頼みに
にせし片岡外記頓死仕り。是さへなげくに。いにし年
水無月の末より眼を煩ひ。善峯に来て。養生
すれどもはかどらず。下人は渡り者とて見かぎり。人
の因果はしれぬもの也。しなれぬ命ひとつ。ながらへ
て何にかはなるべし。卞和(へんくわ)が玉に泣き。甯戚(ねいせき)が角を叩
きしもとおもはれ。身の捨るよりも。残る名の惜ま
れ。一度(たび)生国南部にくだり。おもふ子細も有。まだ
共六にこそ罷なれ。はや御面影も。見付る程にあき
らかなり。さて御自分此度の。御上京心えなしと申
内に。餅屋煙管屋立出れば。伏見に暮いそぐ。旅人
馬かた立とゞまり。程なく見る人山のごとし。とかく

は夜に入て語るべし。それ迄は此所に御入あれと。泪に
別れてのち。入日をまちかね。勝弥人をもつれず。たづね
行に。所をかへてありかをしらず。是はかなしく。川原面の
非人に言葉を懸。若し源介殿かと尋ねければ。いや左様
の人はしらず。是は相鍵の三吉。目振る間の虎蔵。貫穴
の権といふ者じやと申。苫かり葺の片びさしの内に。
松火あかして。声をひそめ。引四九高目の祝と。物なげ
る音。何事かはしらず。岸づたへ行けば。枯葉の柳陰に
かしらは霜をいたゞき。もまた極楽へ参りても。惜しかるま
じき老女の声して。明日のいとなみ絶ゆれば。誓願寺
門前に見つけし。捨子の肌着をはぎに。夜半過てゆ
かんと。世のうき事のみ。川音の静まつて。人も寝時


8
を過て。焼火(たきび)に流れ木を拾ひ集め。石据て土窯をか
け。茶酒盛をはしめ。二度代を取り。会稽の恥をとうたひ
ながら。天目をすゝぎ。口拍子のきゝて。笙の舌には鵜殿
野の芦に。かぎりてよし。いづれ名物とて。浅沢八橋の
杜若は。花房むらさきすぐれて。むかしおとこの唐衣。今
の紙衣と。大笑ひする人を見れば源介なり。勝弥を
見ても。さらに恥づる気色はなく。奇特のお尋にあづかる
と申。勝弥泪をかくし。我此節西国にくだる事。父玄
番敵の住家を聞出し。筑後路までおもひ立。身は
定めがたし。若し帰り討にあひなば。又あふ事も絶えなん。
互に江戸詰の時。それがしに御執心のよし。かたじけな
き数通にあづかり候へども。大殿御座をもけがす身

なればおもひながら其時過て。今又あひましての
うれしさ。兼ては是も。心懸りのひとつ也。今宵一
夜は残らずかたりましてと。ひざ枕をすれば。此
時のうれしさ。衆道の事は外になりて。長屋住い
の東の事をおもひ出し。心の塵を払ひ。十府(とふ)のすが
ごも七ふには。君の御寝姿を見て。夢もむすばず
都の富士に。横雲の立しらみ。黒谷の鐘もつげて。
高瀬さす人顔も見えて。あかぬ別れとなる時。ちぎ
れたるかますより。仕込杖の刀取出し。是大原の実
盛弐尺三寸。此身に成ても一腰ははなさぬ。心入たの
もし。そも/\此刀は。先祖信玄公にめしつかはれ。信
州川中嶋の一戦に。高名いたせし事申伝へて有。


9
是にて本意をとげたまへと。勝弥にわたせば。辞退
におよばずたまはりて。追付安斉うつて対面仕るべ
し。それ迄の形見にとて。我が指替を残し置き。立さま
に左の袂から一包。金子百両ありしを。枕近きいざり
盲目にさゝやきて。各々頼むなり。是を道のつかひに
して。源介殿を国元へかへして。たまはれと申置て。
十月廿日の昼舟。難波のくれかたにつきて。同廿一日
に早舟をかり切。同廿八日に柳川にあがりて。ひそか
に里のかり宿。おもひ/\の商人(ばいにん)に身を替。近国を
さがし。其年も暮て。春の野は。杉菜菫の咲し頃
へう/\在宅たしかに見届け。三月廿八日の夜討に
定め。主従六人をあはせ。かぎりの酒盛過ぎて。暮が

(挿絵)


10
たよりのき道をかんがへ。南に谷川をかまへ。土橋ひとつ
の通ひ。浪岩をくだきて。白龍のごとし。後ろは高山北は
沼。人倫の道絶て難所也。八町こなたの辻堂に忍び
ぬ。かゝる時源介爰にきたつて。彼土橋の中程を。弐間
あまり切落し。東の岸につなぎ捨たる。小船に櫓櫂を
仕懸。勝弥がはたらきを待合すうちに。夜に入里に帰
る人。思ひよらず踏はづして。高波にしづみぬ。又は牛引
ながら落て。声をもたてず。哀を見る事四五度なれ
ども。身をちゞめて隠れぬ。既に寅の上刻とおもふ時。忍び
がへしを切入り。東西より笹葺の軒に火を懸。中井玄番
が敵うち。同名勝弥なるぞ。新五右衛門出で合へお。寝間口
まで仕込み。敵にも覚悟させて。うち取残る所なし。首入

の器(うつわもの)兼て拵へ。手に入たる事也。表門をひらき。弐町
斗も過ぐる時。一村たいまつ天をひからせ。のがさじと声々
に追かくる。是までと心中を極むる時。くらがりより。勝
弥のきへ此方へといふ。声きゝ違へて誰人(たれ)といふ。源介忘
れたり。先ず是へと舩に取のせ。川筋にさし出す。追手の
者切おとしの難義。数百人是非なく跡にかえりて。評
義とり/\也。舟礒伝へに。其夜三里半のがれて。脇の
濱といふ所に。曙の前につきぬ。姿を見合せ。今ぞ嬉しき
涙をおさへ。まことに先夜は。一大事の時節。此所に御下
向。あやうき命を御たすけ。勝弥が仕合せと申。源介うち笑
つて愚かなる事を申す人かな。三条川原にて。別れし朝(あした)より。
夕日をしたひ。影身に添いて。今日迄旅宿の軒下にかゞみ。


11
昼は世間を見つくろひ。夜は外の用心をかため。有時その方。久
留米の城下迄たづねまはらせ。濡れせぬ山の麓ふる雪。袖を払
ひかねたまひて。小者も同じ枕に前後をぼうじ。引入息の
たのみすくなき時。人参口に入て。岩もる雫を手しては
こび。肌をあたゝめ正気付けて。いかなる御かた様ぞ。御かん病
ありがたきと申されし折は。名乗らふかとおもひしかども。
しれぬを幸いに。道行人と申捨て。村竹の陰にかくれ
て。しばし様子を見るに。下人に力を付け。今のは正しく。
氏神の化身なるべしと。其所を立さり。然も十二月九
日の夜の道。我先に立て。里ばなれなるすゝしをは
づして。所々に火を焼(たき)て。道しづべせし事。おもひあ
たりたまふかと。過にし十月より。今月今日までの

事どもをかたり。京都の別れに残し置たまひし
物をも。其まゝ封じ目をきらず。此度かへしぬ。此
ことはりにせめられ。舟中かんるいきもにめいじ。
又の世のためしにもと。自然と声を揃へぬ。とて
もの御事に見おくりてたまはれと。今ぞいさみて
帰国の袖。卯の花の雪見る時。富士足柄の関
越へて。十一日に東武につきて。右段々申あぐれ
ば。両殿御よろこびのあまりに。源介をめし出され。
三百石御加増。役なしに仰せ付られ。其上勝弥
をたまはり。名を源七とあらため。まことの兄弟
分となりぬ。是前代未聞。少人の鑑。かう
なふては

 

12
  傘持てもぬるゝ身
浦の初嶋浪あらく。武庫の山風はげしく。夕立
雲の立かさなり。又知盛も出へきけしき。程なくふつ
て来て。道行人おもはぬ難儀となりぬ。爰に明石
より尼崎への使者。堀越左近といふ人。生田の小野の
榎の木(えのき)の陰に。雨やどりしてありしに。かゝる時十二
三なる美少人。まだ夏ながら紅葉傘を持て。さゝで
来(き)にけり。左近を見懸け。唐笠の御用に立べしと。下人
にわたしぬ。御志近頃かたじけなし。されどもさしあたつ
て不思議なり。それ持ながら。其身雨にぬれたまふは
といふ。少人泪を流す。なを子細有べし語りたまへ
と聞に。某しは長坂主膳が伜子。小倫と申者なり。

父浪人して甲州を引越。豊前に立のきしに。舩
中にて病死。是非なく此浦里に煙となし。所の人
の情。有に甲斐なき。濱びさしをしつらい。窓の呉竹
世をわたるわざとて。傘の細工見なれて。母人の手し
て。男のすなる事を。思へば我身ぬるればとて。天のと
がめもおそろしくぞんして。さゝずといふ。されば売扇(まいせん)の
祖母子は手に日をかざし。簑売笠でwひまのたゞひな
るべしと。此心入をかんじ。母の住める里迄。人付て見届。
明石に帰りけり。すぐに登城して。御返状をさしあげ。御機
嫌の次手に。小倫あらましを。御物語申あぐれば。それつ
れきたれとの仰せ。左近喜悦の向ひに。小倫母子共に輦(さん)
車(しや)して来たり。御前に誘ひけるに。わざとならぬ顔ばせ。


13
遠山に見初むる月のごとし。髪は声なき宿烏(しゅくう)にひと
しく芙蓉の瞼(まな)じり。鶯舌(あふぜつ)のこはね。梅すなほなる心
さし。次第にあらはれ。出頭日にまし。夜の共となりぬ。御
次に寝ずの番。聞耳立るは。御たはふれあらけなくなり
て。我に命を捨つると仰せらるれども。さらにかたじけな
きとは申さず。御威勢にしたがふ事。衆道の誠にはあ
らず。やつがれてもおそらくは心を琢き。誰人にても執心を
懸けなば。身に替て念頃して、浮世のおもひでに。念者
を持て。かはゆがりて見たしと申せば。すこし御せきあ
そばし。座興に取なしたまへど。今申あげし詞。日本
の神(しん)ぞ偽りなしといふ。殿もあきれさせたまひ。此つ
よき心根。にくからずおぼしめされて。ある夕暮風待つ

亭(ちん)に。前髪あまためしよせられ。名所酒数かさなり。
御遊興の折から。俄に星の林も影くらく。人丸の社
の松さわぎて。風腥さく雲引はゆる中に。一眼の入道。
軒端まぢかく飛来たり。左の手を二丈あまりもさし
のべて。一座の鼻をつまむ事興覚て。先ず殿の前後を
しゆごし。常の御居間に。取いどぎて入らせたまふ。跡地
ひゞきして。山も崩るゝごろし。夜半過て。御築山の西
なる。桜茶屋の杉戸を破りて。幾年かふりし。狸の
首切はなされて。今に牙をならし。すさまじき有様
を言上申せば。扨は今宵のしんどう。其わざなるべし。誰
かしとめけるぞと。御家中詮議あれども。此手柄申出る
人もなく。あたら名を埋づみぬ。それより七日すきての夜。


14
牛の刻に。大書院の箱棟に。小女の声して。科なき親
をころせし。小倫が身の上。追付あやうかるべしと。三たび
のゝしつてうせぬ。さてこそ小倫がはたらきと。感じ入ざ
るはなし。其後御普請がたの奉行。狸のあらしたる板
戸を。修理仕るべしと申あぐれは。むかし魏の文侯興に
乗じて。我言葉のすえ。何にても違へる事なかれと。う
たはりしに。師経といへる者。琴にてつきたふし。おごり
をしづめぬ。文侯まことある臣と。琴にくすれたる南壁
を。たゞさずおかれけると也。今又小倫が武勇を。諸人に
見せしめんがため也。其まゝ置べしと。かたじけなき御
褒美あるて。御ふびん弥増しになりぬ。時に母衣(ほろ)大将。
神尾(かんお)刑部が二男に。惣八郎と申せし者。つね/\小倫

心底を見すまし。文にてなげき。たがひに心をかよは
せ。時節を待年も暮て。十三日は煤払ひ。御吉例
の衣くばりの夜。着おろし母の許へ。つかはしける
葛籠に。小者が才覚にて。惣八郎を入て。御次の
間までしのばせ。宵の程より。腹いたむのよしにし
て。自由に戸のあけたて。車の音もはしめの程は。と
がめたまひしが。後には御鼾のみ。恋は今ぞと。惣八にま
見へ。先ず何かなしに。かるたむすびの帯をもとかず。此
上に外の事なき。情かけたまひて。なをすえ/\
の詞をかため。二世までといふ声。御夢をおどろかせ
ける。御枕にちかき、素鑓の鞘はづし。正しく人音の
がさじと。かけ出させたまふ時。小りん御袂にすがり。


15
是はもつたいなし。さらに人影は見えもあたらず。
我身のくるしさに。心の鬼着て。かみころせと申も
よしなや。よし何事も御ゆるしあれと。さはがず申上る
うちに。惣八柏の梢矢切を飛越す。面影を見付たま
ひて。色々御詮索あそばしけるに。いさゝか身に
覚えのなきよし。さてはすぎにし。狸のなすわざか
と。御心やすまりしに。折ふし御前に。金井新平
とて。かくし横目さし出。只今のあし音。殊にはさば
き髪に鉢巻まで見届け候。忍び男にはうたが
ひなしと申。又吟味の品かはつて。是非に申せと
あれは。小倫に命をくれしもの。たとへば身をくだ
かるればとて。是を申べきや。此義兼て。御耳に

立置きしにと。さらになげくけしきもなし。それ
より三日過て。極月十五日の朝。兵法稽古座敷
にめし出され。諸家中の見せしめに。御長刀にて。
御自身小倫最期と。御言葉をかけさせたまへば。に
つこと笑ひて。年頃の御よしみとて。御手にかゝる
事。此上何か。世に思ひ残さじと。立なをるところ
を。左の手をうちおとしたまひて。今の思ひはと仰
せける。右の手をさしのべ是にて念者を。さすり
ければ。御にくしみふかかるべしといふ。飛かゝり
て切落したまへば。くるりと立まはりて。此うし
ろつき。また世にも出来まじき若衆。人々見お
さめにといふ。声も次第によはるを。細首おとしたまひて。


16(挿絵)


17
そのまゝ御なみだに。袖は目前の海となつて。座
中浪の声。しばし立やむ事なし。死骸は妙
福寺におくりたまへり。哀れ露には消へつ。あし
たの霜にはかなき。朝顔の池といふも此所なり。
むかし都のいたづら人。須磨に流され。それにこり
ず。入道の娘を恋て。爰にかよひたまひしとき
読たまへり
 秋風に浪や越すらん夜もすから明石の岡の月の朝顔
此歌衆道にてよみたまはゞ。人もしるべきに。なん
ぞや女房事なれば。沙汰なしになりぬ。さ
れば小倫をころして。この念者いまに出ぬは。
よもや侍にてはあるまじ。野良犬のうまれ替り

 

 

(3冊目)
2(左頁)
そかしと。人のそしり草となりぬ。明けの春十五日
の夜。左義長の場にて。惣八新平は諸手を
うちおとし。とゞめまでさして。首尾能立のき。小
倫が母の行方をも。ふかくかくし。其身は軒顔寺
にかけこみ。塚のまへに心底つまひらかに。高札
に書しるし。今年二十一期(ご)として。夢また夢。眠
れるごとく。腹かき切てうせぬ。あくれは十六日の朝。
ありさまを見るに。あり/\と一重びしの内に。
三引(みつびき)を切りぬ。是こそ小りんが定紋なり。とても
恋にそまる身ながば。かくこそあるべけれと。
七日がうちは国中の山をわけて。手向しきみ
かの池を。埋づみけるとなり


3
  夢路の月代
南都南大門の暮いそぎて鞍懸より詠めけるに。
今春太夫が舞に。清五郎か鼓。又右衛門がかた撥。い
づれか天下藝是は見ずして。興福寺西大寺の桟敷
に。児(ちご)若衆の面影に気をうつし。入日に名残を惜み。
あたら夜のにしきと。独り言誰聞ともしらず。なげ
く男を見れば。まだ三十にはなるまじ。あたまつ
き後さかりに。髪先みぢかく。上下黒き龍門に葉
菊の五所紋。糸打ちの平帯。吉屋つくりの大小。
いかさま衆道のわけらしき風俗なり。其名隠れも
なき。丸尾勘右衛門といふ。兵法つかひ。古今類なき
少人好き。さま/\文書きて。たますに手なし。夕暮を

こがれ。あけの日は御社の能はじまつて。大蔵求馬。花
月になつての姿。其うつくしさ。恋といふくせもの。諸人
心を懸ざるはなし。次の日は。空曇りて。傘をさそなら。
春日山さひしく。昼の過より蠅かしらの釣針もたせ
て。岩井川の汀に。柳鮠(やなぎばえ)など手本隙なくかく時。郡
山の家中に。多村三之丞といへる情少人(なさけしやうじん)折ふし此水
上に来て。唾(つばき)をはけば。川下の水手にむすび。雫も
もらさず。咽筋をならひを見て。ちかふ立寄り。それにて
お手水。御つかひ候事おもひもよらず。無礼なる物をは
き候。全く御ゆるし候へと申せば。只今の御つばき。行く水に
つれて泡(うたかた)の間もなく。消ゆる命と惜み。すくひあげて。呑
つる物をと申。三之丞うち笑ひて人によろこばした


4
まふを。あだにはきかずと云捨てて。岸根つたひに帰り姿。
素面自然の美男にして。又ゆふべからず。秦の始皇帝
に。巫山(ぶさん)の神女(しんにょ)。つばきをはきかけしに。其跡病(あだ)となつて
残れり。今又此つばき。我口中に消ずあつて。甘露不
断の楽しみもがなとつぶやき。御跡したひ行に。西は秋
志野や。外山に入日。はや人の顔も見えずなりにき。比
は二月十二日の夜道。宵は月見る心当ても違ひて。春も
時雨めきたる雲の。生駒葛城に立重なり。今にも袖や
ぬれんと。郡山に道いそぎしに。里の水橋あやうき渡り
て。荻の焼け原に。去年(こぞ)の苅蕪。足をちゞめ行に。角落し
て。きやうとき鹿の通ひ路。火ともし狐狼の臥所。是
にはおぢず。浮世の人の驚く煙立て。隠坊の住める。

ひとつ庵の詠め過ぎ。大安寺といふ。里近くなりて。脇道
より提燈持て。取まはしのかしこそうなる小者。頭巾
引かぶりて。先に立行くを。幸いの光もとめて。友となせし
針立ての道仁も。思ひよらざる機嫌。余所の小歌。とちの
花見の肴となると。さゝやく程もなく。郡山につきて。なを
屋形町の末。わがすむ門前迄来て。内に入を見届け。彼
男あとへかへりぬ。それまでは何の心もつかざりしが。
三之丞不思議なる事かなと。先ず二親に目見えして。
薪見物いたし。只今罷帰ると申捨て。追かけ行に。やう
やう提燈に近付き見るに。葉菊の紋所なり。扨は昼見し
なりて。をのづから蠟燭たち消え。心は闇となりぬ。かく


5
(挿絵)

形を替て見送るとは。よもやお若衆は。しらせたまふまじ
といふを聞て。其御心入ぞんじたればこそ。はる/\
をくりかへすと。手をとらへてしめたまへば。勘右衛門夢
のこゝちして。しばしは物をもえいはず。立すくみて。そ
れは本で御座りますか。ありがたき御心さし。かはるな
替らじ。忘れな。わすれまいといふうちに。西の京の八つの
鐘。かぞへてまだ夜ぶかなれば。しめやかに語りて。明方
にかへらんと。はや名残をおしむ。是にかぎらず。先ず御首
尾もいかゞなり。我おぼしめさば。重ねての御情と。なん
の事もなふ。それより又郡山へおくる。道すがらのちかひ
に。人の命はしれぬ物ぞかし。八重桜まではまたし。初桜
の咲く頃。いつも見にまかる事あり。弥生ひとへ二日には。


6
かならずの約束ふかく。別れての朝風。着なれざる
木綿袷の袖をもりて。かりそめの鼻声。次第に
重(おも)りて。間なく。二月廿七日の夜。春日野の土となり
ぬ。三之丞はしらず。尋ね来て。是をなげくにあぎり
しられず。せめてはゆかりを聞ども。遠国の人とて
たれ跡とふらふかたもなしとや。其住たまへる所はと
聞に。むかし連歌師。紹巴(ぜうは)の庵の跡とて。南市といふ
片陰に。槍木(うつぎ)の生垣物ふりて。下地窓より供部屋を
のぞけば。まだ七日もたゝぬに。小者集りて。弐文四
文に読みうつなど。扇拍子に声を惜まず。むかし用
天皇は。玉代の姫を恋わびてと。かたるも。有。又は
宇和の郡の魚焼くかほり。いかに下々なればとて。

主のわかれをしらざるやと。断りなしに枝折戸
をあけて入に。しほれぬ樒(しきみ)を立て。春節道泉と改名。
ま見えし人は是かと。袖顔にをしあて。しばし
枕のあがらざりし所に。色よき男。ういかむりし
て。間のなき風俗。白むくに浅黄の上下。袂しほ
れて。仏棚に拝して。はるか引さがつて。座して。
愁いにしづむありさまを見て。そつじながら私
はと申果てぬに。三之丞どのにてましますか。勘右
衛門息引とるまで。御事のみわすれず。郡山へを
くりて。をくられと斗。ついに其身は。野送りの
かなしさ。夢ではないか。夢で有かな。夢とはおぼし


7
めさずやと。なげきかけてなげかせ。諸声をあげて。
互に半時あまりの泪。軒もる玉水のごとし。やう/\
春の日も影絶て。雨戸をさす。火宅の車の音に
おどろき。かねて浮世とはおもひながら。此ほいなさ。
何ながらへて物うし。四十九日行く死出の麓にて
は。追付くべしと。心の釼をぬきて。見えわたりたる人
に。跡たのむといふ。飛かゝつて自害をとゞめ。我こそ
とくに死ぬべき身なり。子細は前髪立の時。五とせ
あまりの念頃。なを年たけても。後立てには三笠
山とも思ひしに。此情なき事。左内が心と。引くらべ
て見たまへ。殊に最後の時。世に誰あつて香花手
向けるかたもなく。我おもはゞ命ながらへとの一言背かず。

すえ/\は出家にもなりぬべき心ざしなり。申て
も御かたには。かりそめの御言葉を。かはしたるべき
分なれば。あはぬむかしと。何事も捨たまへと
いふ。そなた様こそ。年頃心も残らぬ。枕物語の。あ
りつくしての今なり。我は一夜もかたらぬ先の
物うさ。是まれの露命と。おもひ切を。左内様
/\義理をつめてとゞめければ。三之丞も
至極して。自害を思ひとゞまり。このうへは
こなたに。勘右衛門殿となりかはつて。それが
しと恋道(れんだう)のちなみなしてたまはれといふ。
左内申は。それまでもなし。向後あだにはぞんぜ
ずといふ。其分にてはうれしからず。是非ねん頃


8
といはれて。いやがならず申かはして。扨夜もすがら。
左内勘右衛門に。なれそめし以前をきくに。堺昌
雲寺の庭を。爰にうつして。蘇鉄うへ替らるゝ日。
是なる岩に腰かけながら。まかせ水を手に請て。
あまりをうしろに人の有ともしらずにまけば。ぬれたい折
ふしに。かたじけないと。声ひくうしていはれし。勘右衛門殿
いとをかしく。其後いつともなく。たはふれて。世のそしりは
大事か。親仁に神前の御番をかんがへ遠き高畠よ
り。しのびて通ひしに。うれしき事はわすれもやらず。
風ふきて雪の夜。かならずまいるのよし。昼より文つ
かはしければ。我家居近く。むかひに来たりたまひ。
肩車にのせて。懐より具足着たる。金平をたまは

りける。道すがら切合事して。その夜は勘右衛門殿
寝すがたを馬にしてのれば。よき御大将と申
されしがと語り寝入に。聞く人もともに同じ鼾
をあらそふ。かゝる時勘右衛門。現のかたちをあらは
し。此たびふたりがなげきの中に。兄弟分のかた
らひ。うれしき事にぞ有ける。三之丞面影。十
九万石の下に。似たものもなし。されども郡山風にて。
鬢つきさがりすぎて見ぐえうし。左内何と思ふぞ。す
こし後をたてんと。鏡にむかはせ。此くらいがよい
かといひ捨てて。其まゝ夢はさめける。あたりに手だ
らひもなく。剃刀もなくて。月代はまことにそりて
残せり。夢はゆめなから。是は不思議ぞかし



  東の伽羅様
萩咲し宮城野も。むかしに。かはり。今は一もと
も見えずなりて。世に古歌ばかりのこれり、野
懸振舞の長持は。都への取のこし。十二さほの
内かとおもはる。折ふし後青み立たる草ばへに。
たんほゝ。土筆のおかしげなるを。摘む人は。加賀笠
ふかく。袖下ながく。後帯のやうすは。いづれ
念者のありそふに。面影に立とまりて見れば。
幕のうちより老女出て。これおふぢ様。およし
さまと。呼ぶ声きゝて。扨は人の小娘目と。つばき
ばきして引ば。仙台の城下に入て。芭蕉
辻といふ所の町はつれに。小西の十助といへる。

薬屋のありける。内へのかよひ口の。のふれんもれ
て。一?(たき・火へんに主)のかほり通りがけに聞に。おそらくは。此
国の守の御物。白菊にもおとるまじきすがり
なり。留める袖ゆかしく。棚さきに立より。留木な
どを調へたしと。いふてたよりて。奥ふかく聞ゆる
木をも所望といへは。倅子がたしなみ伽羅なれ
は。おもひもよおらずと。親仁つれなき返事に。たか
ぬさきよりこがれて。柴舩のしばし休らふて
行。此男は伴の市九郎とて。津軽町人一念に
若色あさからぬすき人。此度の江戸心ざしも。
堺町に近年の出来嶋。見ぬこざらしをこがれ
て。奴作兵衛がもとへ。しるべの方より。状を付られ


10
て。若道ぐるひばかりにのぼる。かたへにはまれなる風
俗なり。此ありさまを。十助が子の十太郎見初めて。
我かく前髪のさかりといふも。五とせまての花
にもあらず。ひたいに毛貫のかねに。散るべきもやが
てなり。今まで数百人のかよはせ文。ついにあけ
す。諸人に情しらずと名に立も。気に入たる見分
見えわたらぬゆへぞかし。今の男此心入をふびん
とおもはゞ。身にかへての念頃したしと。俄に口ばし
つて。乱気の眼ざし。小脇に。手飼のちんをいだ
き。刃物の鞘はづして。持ちつれば。人あたりへ近
づかず。やう/\乳まいらせたる姥。命を捨ててすが
りつき。今の旅人をよびもどして。御願のまゝにな

る事と申せば。しばし心のしつまる時。旦那山伏。善
見院の覚伝坊を頼み。檀をかざりれいのひゞき。
錫杖の音。あらけなく加持する。そも/\此少人の
出生は。十介爰に入聟して三十五年。今年六十
余まで。屋継ぎのなき事をなげき。躑躅が岡の
天神に。夫婦籠りての申子。ある夜の夢に神
前の紅梅の梢より。ひぢりめんのふんどし一筋
落かゝつて。胎内にやどると見しが。あけの日より。青
梅をくひたがりて。月火をかさね。此若衆を産出す。
其後名誉は。五歳の時。習はぬ大文字を書きて。寺社
の絵馬に懸奉る。是を思ふに。いつみやさよ。筆と同
じ。又十三歳の時。夏の夜の短か物語といふ草紙に。逢て


11
(挿絵)

別れを惜む恋無常のさかひを作らるゝ程のこゝ
ろから。身の上を覚えず取乱されしは。よく/\の機
縁といとしさもまさりて。いろ/\いたはれども。次第
よはりの朝脈。夕べのかしらせんじもさらにきかず。大
形はかぎりの浮世と極め。経帷子をぬはせ。早桶はを
あつらへ。今宵の知死後を待つ時。はかなき枕を我と
あげて。うれしや彼おもひ人。明日の西日の時分。かならず
爰を通りたまふ。それ是非に留めてあはせよといふ是
もたはことゝはおもひながら。町の出口琵琶首と申所に
人をすて置くに。案のごとく其人に逢て。小西の家にいざなひ。十
介ひそかに初め終りを語れば。市九郎も泪を流し。此上に
十太郎自然の事あらば。我各々諸共に。出家となつて。其跡を


12
とふべし。先ず病人にあひて。今生の暇乞と。枕近くよれ
は。十太郎忽ち姿もとにかへり。市九郎に心底残さ
ずかたる。からたは宿に魂は先々につき添ひて。人こそし
らぬ幻のたはふれ。殊更平和泉高館の旧跡一見したま
ひて。光堂の宿坊に一夜を明かしたまふ。旅夜着の下に
こがれて。物いはぬ契りをこめ。左の袂に伽羅の割欠を入置き
しが。それはととへば。いかにも是に在りと取出し。不審も今晴て
猶不思議なりといへば。うたがはせ給はぬ印を見せ申べし
と。彼の木の欠けを取出し。つき合はすればひとつ也。炊けば同じ
かほり。扨はと二世の契約ふかく。十太郎をもらひて。乗
懸弐疋の足音。いさみて。五つ橋を踏みならし津軽
にくだりけるとなり

  雪中の時鳥
越前の国湯尾峠の茶屋の軒場に。大きなる
しやくしをしるして。孫じやくしとて。疱瘡かろき
守り札を出す。又河内の国岸の堂といふ。観音の場に
いりまめを埋づみていのる事あり。げにや人の親の
みつちやづらをなげかぬはなし。されども女の子に
はありてもさのみ苦しからず。欲の世の中なれは。
それ/\の敷銀(かね)にて一人もあまらず。只かなしき
は男の子なり。たま/\人間の形はかはらず。顔ばかり
のおもひどにて。一生のうち執心の懸手もなく。物
参りの道つれにさへ嫌はれ。十五にもたらず脇をふ
さぎ。世に惜む人もなく。常山(くさぎ)の花の散るかごとし


13
あらき風をもよけて。今時の子をそだつるには。心
をつくし大かたなる姿も。見よけになれる。桜田
あたりの去大名の若殿。六歳にしてもがさの
山は富士の気色けはつて。酒湯の跡一面に。薄むら
さきの雲かゝつて。雪見し肌へを埋づむがことくなり
て。一家中なげきの雨待つばかりの夜。ほとゝぎす
の羽にて是をなづれば。御身やすかるべきと申
せば。其鳥の飛のを見よと仰せられける程に。取
々に手分けしてたつねけるに。折ふしの深山木も
落葉。池は氷に。水鳥のすむより外はなし。ある
人細工を得たるものに。ひよ鳥のおもしろきに。指し
羽なとさせて。御目にかけんとするとき。出頭家老

のもとへ。朝夕出入小田原町の九蔵とて。肴屋の
有けるが。まいりあはせて。此取沙汰を聞て。わた
くし存知たるかたに。幸い郭公(ほとゝぎす)の候へは。もらひ請
てさしあぐへしと申せば。それよと九蔵にふかく
頼み。其身は御前に出で。只今まことのほとゝぎすが
まいると申上れは。御機嫌かぎりなし。近所にあ
りあふ人も。此珎鳥(ちんてう)と申。肴売はすくに。小鳥を
すかるゝ牢人の宿へ。すりえの焼鮠なとはこび
て。ことずてに。近頃御無心なから。時鳥を一羽申請
たき願ひあり。私の世伜ほうそうのまじなひ
に。入事をかたれば。我も人の子のふびんをしら
さらんやと。心よくたまはる。かたしけなしと立


14
出しか立帰り。今申せし事は偽りなり。去御
大名様へさしあくるなり。定めて大分の御拝領
有べし。半分は進上申べきといふ。聞もあへずと
りかへして。顔色かはり。朱鞘の反りかへすを見て
やう/\にげのみ様子を申せば。老中いつれも
おどえおく。中にも申上し人。さしあたつての
めいわく。口上よき使い番の。人橋をかくれども。門
を閉てさらに渡りあはず。せんかたもなく時
をうつすうちに。ほとゝぎす/\と。若殿御待
なさるゝ程に。大殿の御耳にも立て。さま/\
詮議ある時。物になれたるおつぼねの。明石と
いふ人。色よき京女房をかざり立て。四五人

早乗物にて。所をたづね行に。下谷通りはるか
に。皀角刺(さいかち)原のほとりに。すこしの藪畳門に入
れば左のかたに草葺の庵あつて。軒に女人
堂としやれ板に書付け。窓より見こめは高坊主
墨の衣はきずして。鶏の毛焼きする風情おか
し。なを奥ぶかに又門あつて。新高野山
額をうつて松の嵐しん/\と。心もすみわたる折か
ら。十四五なる前髪の。鬢付伽羅の油売ものと
見へしが。上気してひたひに汗なとをかき後ろ
帯をそこ/\にむすびながら。西にこりたる有
あまして。足ばやににけて行。是の旦那はと
とへどこたへず門番の入道よびてあらましを


15
かたり。おくへ案内とたのめばど。女はたとへば絵に
書ても入へからず。まして見ぐるしき抱げ帯。口
紅染歯かつて嫌ひなり。ひとりあるおふくろ様
の。御見舞に御越ましますをも内には入れず。こ
れまてあひに出らるゝなり。女の取次申上る迄
もなしと。断りをもきゝ入れねば。明石も力およ
はす。あふたらば天晴。言葉でぬらしてとおもへ
とも。かゝる女嫌ひも世に又あるものかなと。是非な
く屋敷へ帰りつかれぬうちに。御小姓組に。金沢
内記下川団介十六十七のきりやうものなるが。
時鳥につき。家老の無首尾を見かね。心を合せ。早
馬にてかけ付け。其庵を二町ばかりこなたに。下人を

残し。只ふたり中門にはしり込み。あらけなく
たゝきあけて。竹縁にせはしくあがりて。嶋
村藤内殿とは。御自分の御事にて候か。卒爾
ながら御命を。両人の者申請くると申せば。藤内
何とも合点はゆかねとも。両を見るに。花なり紅
葉なり。あゝ一度はちらぬ身か。子細を聞く迄もな
し。心やすかれと着籠を。三人前取出し。大身鑓
の鞘をはづし。今にも追手来るべし油断と
申せど。両人立もなをらずにつこと目まぜす
れば。藤内いさむ心をしづめ。是は様子を聞へ
しといふ。両人口はを揃へ。いさゝか左様の義にはあ
らず。貴様の御命は。我々申請れは此家内


16
みなほしきまゝなりと申。扨は此鳥の所望と
見えたり。最前より一命をしんし置たる上に。
何が惜かるべしと。二羽のほとゝきす両人にわたせ
ば。さつそくかたしけなしと。五色の房つきの
丸籠をさげ。門外に出。下人をまねき。大鋏箱ひ
とつ。藤内にあづけて桜田に帰り。其首尾残る
所なし。其夜また団介内記。牢人屋敷へし
のび来て昼の礼儀たゝしくのべて。かり
そめなから是も。ちなむべきえんなり。向後此
両人お気には入ましけれども色道の念頃あ
そはしたまはれと申せば。世にはこなたから心
をつくす事のみ。かへつておの/\様より。ふが

(挿絵)


17
ひもなき牢人ものを人とおほしめされ。近頃
有かたく候。然れどもおふたりのうち。いづれ
さしづもならず。殊には御心ざしのほども
しれがたし。とかく此義は御ゆるしあれと申。内
記団介赤面して。ふかくおもひ入申しるしには
と。両人一度に肩をぬげば。左のかいなに団介
は嶋村と入痣子。おなしく内記。藤内と名名字
をあはぬうちより。是はと見する。それは女のしわ
ざなり。まことは命をも惜まぬ人をこそ。見定め
ての契約といふ。さては我々一命捨まじきもの
とや。その鋏箱と申もはてず。蓋をあくれば。此
内に三方ふたつ。紙巻の小脇指二腰切腹の用

意。是はと藤内おどろき。中に飛入り様子をきく。
是は最前ほとゝがすをもらひうけずは。只かへ
らじいさぎよく。死出の田長(おさ)の鳥の事にさへ。相
果つる身にさだめしに。ましてや此わけに。捨兼ぬ
べきやと泪を流す。藤内あやまつて。かず/\の言
葉をさげ。此うへは何に二心あるべしと。左右の小指
を喰切。ふたりに渡し。情となさけをひとつに
合せ。まためづらしき衆道の取むすびぞかし

男色大鑑巻第二終