仮想空間

趣味の変体仮名

好色五人女 五巻 恋の山源五兵衛物語


今夏大阪で上演の文楽「国言詢音頭」の床本はネット上に見付けられませんでしたが、捜索ついでに同系列の「薩摩歌もの・五人切もの」を追ってみました。
実際に起きた事件と、事件から派生した主な作品を時系列順に並べてみます。

 

文三年(1663)頃、薩摩にておまんと源五兵衛が心中、

 二人を題材にしたはやり歌(薩摩歌)が流行します。

 

薩摩歌の歌詞にはいくつか種類があるようです。


「源五兵衛どこへ行く 薩摩の山へ 高い山から谷底見れば お万可愛や
 布さらす え 源五兵衛

「源五兵衛どこへ行く さかひ町のまちへ 
 高い桟敷から 楽屋を見れば 役者かはいや 骨折ぢやえ源五兵衛。

「源五兵衛どこ行く さんやの町へ 高い土手から 田圃を見れば 
 多い買手が 打連れ立ちて 布ひいてゑ源五兵衛。

「源五兵衛弟は さんちやの町へ 高い二階から かしばた見れば 
 けんどんかはいや 身をさらすゑ源五兵衛。

「源五兵衛おてきに くぜつが出来て 遣手揚屋は おろかな事よ 
 いつもかはらぬ つなきとてれと あのや源五兵衛は おふりやるゑ源五兵衛。

「源五兵衛おてきが 道中見れば 黄無垢白むく 緋紗綾の小袖 
 細小袖を かぶろに持たせ 揚屋座敷で 小歌をやりやるゑ源五兵衛。

 

 などだそうです。

 

 

文三年(1663)頃、薩摩にておまんと源五兵衛が心中する

貞享三年(1686)井原西鶴好色五人女 巻五・恋の山源五兵衛物語」(浮世草子

宝永元年(1704)近松門左衛門「薩摩歌」(人形浄瑠璃

元文二年(1737)大坂曽根崎新地の湯女菊野らが薩摩侍に殺された五人斬事件勃発

宝暦七年(1757)吉田冠子ほか「薩摩歌妓鑑」(人形浄瑠璃

安永六年(1777)菅専助、豊春暁、若竹笛躬「置土産今織上布」(人形浄瑠璃

天明八年(1788)作者不詳「国言詢音頭」(人形浄瑠璃

同年 京都にて  作者不詳「薩摩節五人切子」(歌舞伎)

寛政四年(1792)並木五瓶「五人切五十年廻」(歌舞伎)

寛政六年(1794)並木五瓶「五大力恋緘」(歌舞伎)

文政八年(1825)鶴屋南北「盟三五大切」(歌舞伎)

 

九州薩摩の心中事件をきっかけに生まれた流行歌がいつの頃やら上方へ伝播し、事件の約20年後に西鶴が、約40年後になって近松が創作に採用、やがて大阪で起きた薩摩侍による五人斬り事件と融合させた新作が次々大阪の芝居にかけられ、心中事件から凡そ160年の時を経て江戸に迄下り来て、南北に「忠臣蔵」のスピンオフを書かせるまでになりました。すげー。現在も尚上演されるのは文楽の「国言詢音頭」と歌舞伎の「盟三五大切」のみっぽいです。するてえと夏の上演は生で見聞する貴重な機会。行かなきゃ。

 

 

 


読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2544920


2
好色五人女

恋の山源五兵衛物語

 目録

(一)つれ吹の笛竹息のあはれや
     さつまにかくれなき当世男有

(二)もろきは命の鳥さし
     床はむかしと成若衆有


3
(三)衆道は両の手に散花
     中剃はいたづら女有

(四)情はあちらこちらのちがひ
     同じ色ながらひぢりめんのふたの物有

(五)金銀も持あまつてめいわく
     三百八十の鎰あつかる男有


  連吹(つれふき)の笛竹息の哀や
世に時花(はやり)歌源五兵衛といへるはさつまの国かごしまの者
なりしかかゝる田舎には稀なる色このめる男なり あた
まつきは所ならはしにして後さがりに髪先みぢかく
脇差もすぐれて目立なれども国風俗是をも人
のゆるしける明け暮若道に身をなしよは/\としたる
髪長のたはふれ一生しらずして今ははや廿六歳の春
とぞなりける年久しくふびんをかけし若衆に中村八十
郎といへるにはしめより命を捨てて浅からず念友せし
に又あるまじき美児たとへていはゞひとへなる初桜の
なかばひらきて花の物云風情たり有夜雨の淋しく


4
只二人源五兵衛住なせる小座敷に取こもりつれ吹きの横
笛さらにまたしめやかに初の音も折にふれては哀さ
もひとしほなり窓よりかよふ嵐は梅がかほりをつれ
て振袖に移りくれ竹のそよぐに寝鳥さはぎてとび
こふ音(ね)もかなしかりき灯火おのづからに影ほそく笛も吹き
おはりていつよりは情らしくうちまかせたる姿して心よ
く語りし言葉にひとつ/\品替りて恋をふくませさり
とはいとしさまさりてうき世外なる欲心出来て八十郎
形のいつまでもかはらで前髪あれかしとぞ思ふ同じ
枕しどけなく夜の明かたになりていつとなく眠れば
鉢十郎身をいためて起こしあたら夜を夢にはなし給ふと

いへり源五兵衛現に聞て心さだまりかねしに我に語り
給ふも今宵をかぎりなりしに何か名残に申たま
へる事もといへば寝耳にもかなしくてかりにも心掛
りなりひとへあはぬさへ面影まほろしに見えけるに
いかに我にせかすればとて今夜かぎりとは無用の云事
やと手を取かはせばすこしうち笑ひて是非なきはうき
世定めがたきは人の命といひ果す其身はたゝちに地脉
あがりて誠のわかれとなりぬ 是はと源五兵衛さはぎて
忍びし事も外にして男泣にどよめは皆々たち寄り
さま/\゛薬あたへける 甲斐なく万事のこときれてう
たてく八十郎親もとにしらせければ二親のなげき


5
かぎりなく年月したしくましましける中なれば八十郎
が最期何かうたがふまでもなしそれからそれ迄兎角は
野辺へおくりて其姿を其まゝ大亀に入て萌出る草
の片陰に埋づみける 源五兵衛此塚にふししづみて悔めとも命
すつべきより外なくとやかく物思ひしがさても/\もろき
人かなせめては此跡三とせは弔ひて月も日も又けふに
あたる時かならず爰に来て露命と定むべき物をと野
墓よりすくに髻きりて西圓寺といへる長老に始めを
語り心からの出家となりて夏中は毎日の花をつみ香を
絶さず八十郎ぼだいをとひて夏のことく其秋にもなり
ぬ 垣根朝顔咲きそめ花又世の無常をしらせける 露は

命よりは間のあるものぞとかえらぬむかしをおもひ
けるに此ゆふくれはなき人の来る玉まつか業とて
鼠尾草(みそはぎ)折しきて瓜なすびおかしげにえだ豆
かれ/\゛にをりかけ燈籠かすかに棚経せはしく
むかひ火に麻(あ)がらの影きへて十四日のゆふま暮
寺も借銭はゆるさず掛乞やかましく門前は
踊り太鼓ひゞきわたりて爰もまたいやらしくなり
て一たび高野山へのこゝろざし明れば文月十五日
古里を立出るより墨染はなみたにしらけて袖は
朽けるとなり


6(挿絵)


7
もろきは命の鳥さし
里は冬かまへして萩柴折添てふらぬさきより雪垣な
ど北窓をふさき衣うつ音のやかましく野はづれに
行ば紅林にねぐらあらそふ小鳥を見掛其年のほど
十五か六か七まではゆかじ水色の袷帷子にむらさきの
中幅帯 金鍔の一つ脇差髪は茶筅に取乱しその
ゆたけき女のごとしさし竿の中ほとを取まはして色
鳥をねらひ給ひし事百(もゝ)たびなれ共一羽もとまらざり
しをほいなき有様しばし見とれてさても世にかゝる
うるはしき所はそれに増さりけるよと後世を取はづし

書かたまて詠つくして其かたちかく立寄てそれがしは
法師ながら鳥さしてとる事をえたり其竿こなたへと
片肌ぬぎかけて諸々の鳥共此児人のお手にかゝりて命
を捨つるが何とて惜しきぞさても/\衆道のわけしらずめと
時の間に数かぎりもなく取まいらせければ此若衆外な
くうれしくいかなる御出家ぞと問はせけるほとに我を忘れ
てはじめを語りければ此人もだ/\と泪くみてそれゆへの
御修行一しほ殊勝さ思ひやられけり是非に今宵は
我笹葺に一夜ととめられしになれ/\しくも伴ひ行く
に一かまへの森のうちにきれいなる殿作りありて馬の
いなゝく音武具かざらせて広間をすぎて縁より梯


8
のはるかに熊笹むら/\として其奥に庭籠(ご)ありてはつ
がん唐鳩金鶏さま/\゛の声なしてすこし左のあたに
中二階四方を見晴し書物棚しほらしく爰は不断の
学問所とて是に座をなせばめしつかひのそれ/\を
めされ此客僧は我物読のお師匠なりよく/\もて
なせとてかず/\の御事ありて夜に入ればしめやかに
語慰みいつとなく契て千夜とも心をつくしぬ 明れ
ば別れをおしみ給ひ高野のおほしめし立かならず下向
の折ふしは又もと約束ふかくして互に泪くらべて人
しれず其屋形を立のき里人にたづねけるにあれは
此所の御代官としか/\の事をかたりぬ さてはとお情

うれしく都にのぼるもはかどらず過にし八十郎を思ひ
出し又彼若衆の御事のみ仏の道は外になしてやう/\弘
法の御山にまいりて南谷の宿坊に一日ありて奥の院
にも参詣せず又国元にかへり約束せし人の御方に行
ば日外(いつぞや)見し御姿かはらず出むかひ給ひ一間なる所に入
て此程のつもりし事を語り旅草臥おの夢むすびけ
るに夜も明て彼御人の父此法師をあやしくとかめ給ひ
起されておどろき源五兵衛落髪のはじめ又このたびの
事有のまゝに語ればあるじ横手うつてさても/\不思
議や我子ながら姿自慢せしにうき世とてはかなく此
廿日あまりに成りし跡にもろくも相果てしか其きは迄


9
(右頁挿絵)

(左頁)
彼御法師/\と申せしをおかされての事にとおもひしに扨
はそなたの御事とくれ/\゛なげき給ひけるなを命を
しからず此座をさらず身を捨つべきとおもひしがさりとて
は死なれぬもの人の命にそ有ける間もなく若衆ふたり
迄のうきめをみていまだ世に有事の心ながら口惜さる
ほどに此二人が我にかゝるうき事しらせける大かたなら
ぬ因果とや是を申べしかなし

  衆道は両の手に散る花
人の身程あさましくつれなき物はなし世間に心を
留て見るにいまだいたひけ盛の子をうしなひ又は


10
すへ/\゛永く契を籠し妻の若死かゝる哀れを見し
時は即座に命を捨んと我も人もおもひしが泪の中
にもはや欲といふ物つたなし萬の宝に心をうつし
あるは又出来分別にて息も引とらぬうちより女は
後夫のせんさくを耳に掛其死人の弟をすぐに跡
しらすなど又は一門より似合はしき入縁取事こゝろ
にのりてなじみの事は外になく義理一へんの念に
香花も人の見るためぞかし三十五日の立をとけし
なく忍び/\の薄白粉髪は品(しな)よく油にしたしながら
結ひもやらずしどけなく下着は色をふくませうへには
無紋の小袖目にたゝずしてなを心にくき物ぞかし

折ふしは無常を観じはかなき物語の次手に髪を切
うき世を野寺に暮して朝の露をせめては草の
かげなる人に手向んと縫箔鹿子の衣裳取ちらし
是もいらぬ物なればてんがいはたうち敷にせよといふ心
には今すこし袖のちいさきをかなしみける女程おそろし
きものはなし何事をも留めける人の中にては空泣きして
おどしけるされば世の中に化ものと後家たてすます
女なしまして男の女房を五人や三人ころして後よび
むかへてもとがにはならしそれとは違ひ源五兵衛入道は
若衆ふたりまであへなきうきめを見て誠なるこゝろ
から片山陰に草庵を引むすび後の世の道ばかり願


 
11
ひ色道かつてやめしは更に殊勝さかぎりなし其頃
又さつまがた浜の町といふ所に琉球屋の何かしが娘
おまんといへる有けり年の程十六夜(いざよひ)の月をもて
ねむ生つき心ざしもやさしく恋の只中見し人おもひ
掛ざるはなし此女過し年の春より源五兵衛男盛を
なづみて数々の文に気をなやみ人しれぬ便りにつか
はしけるに源五兵衛一生女をみかぎりかりそめの返事も
せざるをかなしみ明け暮是のみにて日数をおくりぬ外
より縁のいへるをうたてくおもひの外なる作病して人の
嫌ふうはことなど云て正しく乱人とは見へける源五兵衛姿
をかへにし事もしらざりしに有時人の語りけるを聞も

あへずさりとては情なしいつぞの時節には此思ひを晴べき
とたのしみける甲斐なく惜や其人は墨染の袖うらめし
や是非そでに尋行て一たび此うらみをいはではと思ひ
立を世の別れと人々にふかくかくして自らよき程に切て
中剃して衣類も兼ての用意にやまんまと若衆にかは
りて忍びて行に恋の山入そめしより根笹の霜を打
払ひ頃は神無月偽りの女こゝろにしてはる/\゛過て人
の申せし里ばなれなる杉村に入れば後ろにあられなき
岩ぐみありてにしの方に洞ふかく心も是にしづむば
かり朽木のたよりなき丸太を二つ三つ四つならべてな
げわたし橋も物すごく下は瀬のはやき浪もくだけて


12
たましい散るかことくわつかの平地(ひらち)のうへに片ひさしおろ
して軒端はもろ/\のかづらはいかゝりてをのづからの滴
爰のわたくし雨とや申べき南のかたに明り窓有て
内を覗けばしづの屋にありしちんからりとやいへる物
ひとつに青き松葉を炊捨て天目二つの外にはしや
くしといふ物もなくてさりとてはあさましかゝる所に
程なしてこそ仏の心にも叶ひてんと見廻しけるに
あるじの法師ましまさぬ事か(な?)げかはしく何国へと尋
べきかたも松より外にはなくて戸の明くを幸に入て
みれば見台に書物ゆかしさにのぞけば待宵の諸袖と
いへる衆道の根元を書つくしたる本なりさてはいまも

此色は捨給はずと其人のおかへりを待侘しにほとなく
暮て文字も見えがたくともし火のたよりもなくて次
第に淋しく独り明かしぬ是恋なればこそかくは居にけり
夜半とおもふ時源五兵衛入道わづかなる松火に道をわけ
て庵ちかく立帰りしを嬉しくおもひしに枯葉の荻
原よりたことなき若衆同じ年頃なる花か紅葉か
いづれか色をあらそひひとりはうらみひとりは歎き若道の
いきごみ源五兵衛坊主はひとり情人はふたりあなたこ
なたのおもはく恋にやるせなくさいなまれてもだ/\
としてかなしき有様見るもあはれ又興覚めて扨も
さても心の多き御かたとすこしはうるさかりきされ共


13(挿絵)


14
思ひ込し恋なれば此まゝ置べきにもあらず我も一通り
心の程を申ほどきてなんと立出れば此面影におとろき
二人の若衆姿の消て是はとおもふ時源五兵衛入道不思議
たちていかなる児人(せうじん)さまそと言葉を掛ければおまん聞
もあえず我事見えわたりたる通りの若衆をすこし
たて申かね/\御法師さまの御事聞伝へ身ヲ捨是迄
しのびしがさりとはあまたの心入それともしらずせつかく
気はこびし甲斐もなしおもはく違ひとうらみけるに
法師横手をうつて是はかたじけなき御心さしやと又
うつり気になりて二人の若衆は世をさりし現の始めを
語るにぞ友に涙をこぼし其かはりに我を捨給ふなと

いへば法師かんるい流し此身にも此道はすてがたしとはや
たはふれける女ぞとしらぬが仏さまもゆるし給ふべし

  情はあちらこちらの違ひ
我そも/\出家せし時女色の道はふつとおもひ切し仏願也
され共心中に美道前髪の事はやめがたし是ばかりは
ゆるし給へと其時より諸仏に御断り申せしなれば今又
とがめける人をももたずふびんと是迄御尋有し御
情からはすへ/\゛見捨給ふななどといふれけるにおまんこ
そぐるほとおかしく自らふともゝをひねりて胸をさすり
我いふ事も聞しめしわけられよ御かたさまの昔を忍び


15
今此法師姿をなをいとしくてかく迄心をなやみ恋に
身を捨ければ是よりして後脇に若衆のちなみは思ひ
もよらず我いふ事は御心にてまずとも背き給ふまじとの御
誓文のうへにてとてもの事に二世迄もの契といへは源五兵衛
入道おろかなる誓紙をかためて此うへはげんぞくしても此
者の事ならばといへる言葉の下より息づかひあらく成て
袖口より手をさし込み肌にさはり下帯のあらざらん事を不
思議なる顔つき又おかし其後鼻紙入より何か取出して
口に入てかみしたし給ふ程に何し給ふといへば此入道赤面し
て其まゝかくしける是なん衆道にねり木といふ物なるべし
おまんなをおかしくて袖ふりきりてふしければ入道衣ぬき

捨足にて片隅へかいやりてぬれかけしは我も人も余念
なき事ぞかし中幅のうしろ帯ときかけて此所は里にか
はりて嵐はげしきにと木綿の大袖をうち掛是をと手枕(たまくら)
の夢法師寝もせぬうちにしやうねはなかりきおづ/\
手を背中にまはしていまだ灸もあそばさぬやら更に
御身にさはりなきと腰よりそこ/\に手をやる時おまん
もきみあしかりき折ふしを見合せ空ねいりすれば入道
せき心になつて耳をいらふおまんかたあしもたせばひぢり
めんのふたの物に肝つぶして気を付て見る程顔ばせ
やはらかにして女めきしに入道あきれはてゝしばしは詞も
なく起出るを引とゞめ最前申かはせしは自らがいふ事


16
ならば何にてもそむき給ふまじとの御事をはやくもわ
すれさせ給ふか我事琉球屋のおまんといへる女なり過ぎし
年数/\のきょはせ文つれなくも御返事さへましまさず
うらみある身にもいとしさやるかたもなくかやうに身を
やつして爰にたつねしはそもやにくかるべき御事かと恋の
只中もつてまいれば入道俄にわけもなふなつて男
色女色のへだてはなき物とあさましく取みだして移り
気の世や心の外なる道心源五兵衛にかきらず皆是なる
べしおもへはいやのならぬおとしあな釈迦も片あし
踏ん込みたまふべし

(挿絵)


17
  金銀も持あまつて迷惑
頭(かしら)は一年物衣をぬけばむかしに替る事なく源五兵衛と名
にかへりて山中の梅暦(ばいれき)うか/\と精進の正月をやめて
二月はじめつかたかごしまの片陰にむかしのよしみの
人を頼てわずかなる板びさしをかりてしのび住ひ
何か渡世のたよりもなく源五兵衛親の家居に行て見し
に人手に売かはりて両替屋せし天秤のひゞき絶
て今は軒口に味噌のかんばんかけしなど口惜くながめ
すぎて我見しらぬ男にたよりて此あたりにすまれし
源五右衛門といへる人はとたすねけるに伝へしを語り初めは
よろしき人なるが其子に源五兵衛といへる有此国にまた

なき美男又なき色好八年此かたにおよそ千貫め
をなくなしてあたら浮世に親はあさましく其身は恋
より捨て坊主になりけると也世にはかゝるうつけも有
ものかなすへ/\語りくにそいつめばつらを一目みたい
事といへば其顔爰にある物とはづかしく編笠ふかく
とかたふけやう/\宿に立帰り夕べは灯火も見ず朝(あした)の割
木絶てさりとはかなしく人の恋もぬれも世のある
時の物ぞかし同じ枕はならべつれども夜かたるべき言
葉もなく明れば三月三日童子草餅くばるなど
鶏あはせさま/\゛の遊興ありしに我宿のさびしさ
神の折敷(おしき)はあれと鰯もなし桃の花を手折て酒


18
なき徳利にさし捨其日も暮て四日なをうたて
し互に世をわたる業とて都にて見覚し芝居の
種となりて俄に顔をつくり鬚恋の奴の物まね嵐
三左門がいきうつしやつこの/\とはうたへとも腰さた
めかね 源五兵衛どこへ行さつまの山へ鞘が三文下緒(さげを)か 
二文中は桧木の あらけなき声して里々の子共を
すかしぬおまんはさらし布の狂言奇語(きぎよ)に身をなし
露の世をおくりぬ是を思ふに恋にやつす身人をも
はぢらへず次第にやつれてむかしの形はなかりしを
つらき世間なれば誰あはれむかたもなくておのづから
しほれゆくむらさきの藤のはなゆかりをうらみ身を

なげきけけふをかぎりとなりはてし時おまん二親は
此行方たづね侘しにやう/\さがし出してよろこふ
事のかづ/\兎角娘のすける男なれはひとつに
なして此家をわたせとあまたの手代来りて二人
をむかひかへればいづれもよろこびなして物数三百
八十三の諸々の鎰を源五兵衛にわたされける吉日を
あらため蔵ひらきせしに判金二百枚入の書付の
箱六百五十小判千両入の箱八百 銀十貫目入の箱は
かびはへて下よりうめく事すさまじ牛とらの角(すみ)に
七つの壺あり蓋ふきあかる程今極め一歩銭などは
砂のごとくにしてむさし庭蔵みれば元渡りの唐


19
織山をなし伽羅掛木のことしさんごしゆは壱匁五分から
百三十目迄の無疵の玉千弐壱〇〇三十五柄鮫青磁
道具かぎりもなく飛鳥川の茶入かやうの類ごろつ
きてめげるをかまはず人魚の塩引めのふの手桶かん
たんの米うち杵浦嶋か包丁箱弁才天の前巾着
福禄寿の剃刀多門天の枕鑓大黒殿の千石どをし
えびす殿の小遣帳覚へがたし世に有ほとの万宝な
い物はなし源五兵衛うれしかなしく是をおもふに江戸
京大坂の太夫のこらず請ても芝居銀(かね)本して捨て
も我一代に皆にあしがたし何とぞつかひへらす分
別出ず是はなんとした物であらふ

(挿絵)