仮想空間

趣味の変体仮名

薩摩歌 中之巻


読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/

     イ14-00002-345


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   中之巻
川下に布つくあしたきて見れば かんずるよはの
霜と見るもの/\つばき/\谷川のつばき あみ笠なり
にひらいたらよかろなをよかろさつささつまの ばせを布 さらすも
をるも かみがたで まなびもならや玉川や宇治よりそだちなりけらしむ
ざんやな源五兵衛京もあづまも足とまらず 恋に心のふてきなく
又ふるさとに立帰り 見付られたらそれ迄とおまんに命捨ぎねの
うき名さらしの其日過奉公人やら手間取やら 出入仕事のこと助と


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名をかへ見つ見らるゝを取えにてかたる夜 なきぞせつことなきさらしつぎ
のをなご男共ヤアこと介今か 銀ができたやらゆるりとやりやか うら山
しいと云所へ内より下女がはしり出て なふ是々 けふは内かたのおまん様へ
祝言の頼みがくる それで餅をつかつしやる うすもきねも入ほどに
まめしまふて帰らしやれ けふのはたらき半日払ひにせふけれど なま
なか半手間取ふより頼みの祝ひに皆進上にあつしやれと お内儀様
のいひわたしといひすて入ば皆々あきれて なんとこと介聞たか そちが出入
の旦那じやがあんまりなよくづら おまん様の頼みがくるなら祝儀は上から

たもるはづ 其日過の半手間をむさぼつて何程じや それにけふはお
まん様 本の母様の十三年忌茶の子ひとつくばることか おまん様がい
としい云てもひとりの娘ご かの名の立た源五兵衛殿とやら尋出し
物さへいれゝば成こと方々首尾をつくろひ むこに取て世をわたいたが先
段といふもの 定めて頼みのくるかたも大分とれる見こみで 奉公分といふで
有ふ 其あとへ銀もつてくる男の子をやしなふて 又銀のつくよめを取あげく
にぬしのつれあひもをひ出し 銀持てくるてい主をいれ わるふしたらば内との
者もをきかへかね持てくる奉公人 しきがねする手間取を尋られふもしれ


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まい伝兵衛のおかたどふ思やるとどつとわらへばヲゝそれ/\ おてうのとゝの
いやる通り一を打てばんをしれ 琉球屋の新兵衛様と云てはお国はおろ
か つくし九カ国かくれないぶげんしやに 餅つくうすきね持ずにさらしうすを
かねる程なしはんぼう あの心で餅つきやるはふしぎでないかこと介 いやうす
斗にかぎらぬ 萬の者を一色で二色三色にかねはらるゝ 先ぬしの身から新
兵衛様をおしのけとゝかゝの二役 かたびら時も前だれで上下共にしま
はらるゝ 入相じぶんにぜん立して夕めし夜食をひつはり 火かきがすぐにちり
取さたうおけにえを付て ひしやくを終にかはれず えのころしいれて鼠

とらせ ぬす人の用心と一疋で埒明 冬は時々ふとん代あくびもそつにせ
まいとて くちあきついでに念仏精進日にはあえ物一つ 其あえ物のすりこ
ぎの あたまの丸いを長老の代僧でしまはるゝ じひ有者のまねはせずし
はい者を手本にしやくしを定規につかはるゝ 正月のかざりがつるべなはに成
やら 七月のをがらがかべ下地に成やら 念仏講にあたればいりまめついでに
やいとして 来月の庚申も取こしたいとのつぶやき それにきどくな如来
様がほしいとて仏師をよふでのこのみごと 右のお手に錫杖左のお手に
ばくのなは こしから下にひのはかま御くしにはえぼしきせ れんげのかはりに米俵


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御めんめうをまつかいに御口をくはつと大ひげあみだ如来一体で 不動地蔵
聖徳太子 えびす大こくえんま大王 しまふて どうの中をうとろにくつて二月堂
の牛王と お伊勢様の御はらひ入様にとの誂 仏にさへゆだんさせずせめつ
かうわろじやもの 衆生をせめるは道理じやと口々「そしりて帰りける
琉球と家名を聞ばからめきて 君は和国のほつとりものおまんは千々の
物思ひ 七つではなれた母様の十三年忌が二度はなし おはかへちよつとゝかゞ
笠に小ぶろ敷には手向草 露もをしつゝみなふ竹 大義ながら是
持てお寺迄供してたも 参つてきたいと云ければ お袋様にとはしやんしたかわ

しやわめかれたらなんとせふ 今にお前のきに入のこと介がおじやりましよ こと
介つれてござりませ いやこと介は少お寺にさすこと有 かゝ様の今蔵に
ござる間にはやふ出たいと云ふ所へ アゝ是々かゝは今くらから出た いごくことは成まい
と笠ふろ敷も取てなげ 参らしてよけりや参らする けふはそなたのよめり
の頼みの使くるはづで 此中めをとか用意して餅よきねよとせわかくが
そなたのめには見へぬか うみおとした母ごぜも七つの年迄養育 それから
此かた十なん年と云物は たがせわで其様にせたけのびたと思やる 十月の
やどこそかしはせねをんくらべをして見たい 本母ごぜからつりを取 ぢごくにやら


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どこにやら見へぬ孝行せふよりも 是はなのさきにぎろつく此母に孝行
なら 寺も精進も取置て けふはにつこりわらふてなまぐさ物でいはふてたも
其かはりに来年は祖父様の三十三年忌 それと一どになふてそなたの母
ごは十四年忌 一年でもおほければとふらはるゝ仏も徳 こつちもぞうさが
すくないとさす手引手にさん用也 いつもごと也親ながらおまんもあまり
こたへかね もふよいかげんにだまらんせ 他人でさへをん有かたしたしい中は精進して
寺道場へも参るのが先道そうにござんする はらをかつた母様の十三年
忌のはか参りが それ程とがに成ますか第一はこな様の 外聞みやうがも

有物と寺へあげるおふせも 皆こな様の心ざしに書付をしました うそ
ならふろ敷見さしやんせしんだ人へのえこうはこな様への孝行 こな様への
孝行は仏人の奉公母と云字は同じこと わしやわけへだてはせぬ物を また
しては/\さしてもないことにが口いふて 我もしにをもやしたり人にもわる
気付さんす 精進すなゝらしますまい 寺がいやなら参るまい 子は親し
だいの物なれどえんの道斗は をし付わざにならぬこと頼み取たかとらしやん
せ わしやよめりはしませぬ せめて十(とふ)に一つはとつ様にもとはしやんせ 母に
向ふて口すごすも皆こな様がいはさしやんす あんまりきづよふごさんすと


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袂をかほにをしあてゝうらみなげきのその中にも けふめい日のなき母を
したふ涙ぞまさりける ヲゝなく程よめりがしともなくはさせまい 一ご男持
ずにいやるかどれかほ見よふ ヲゝいやそふなかほじや わがみのすきやる男は
おれがいや 親のゆるすはそなたがきらひをし付わざはしますまい 追付頼み
がくるはづなげかやいて見せふぞと わめきちらす折しもばかまになかうどが
あはせばをりもしほめよき大鯛昆布柳橋 五色のちりめんもみ
まわた付紙臺折紙臺 三荷にになはせ先ばんじ首尾なつて 私迄大
けいとかきこめば女房 今迄やしやのたちまちにあいきやうにうわの高

笑ひ まあ/\是は/\おびたゝしいなぜにとめては下されぬ 去ながらあ
なたも代が一どのこと皆おなかうどのおせわ故 是あねお礼申しやいの
あの子もけさから悦んで 待ちうけていましたかはづかしいと見へました つれ
あひの新兵衛おくに待うけいられます 先あれへお通り供の衆ははしの
間へ 男共っはどこへいたこと介はうせぬか 是おまんめをのごふてはなでも亀や
玉よ 此進上物持てこい それ茶の下をふきはちやつと酒屋へはしりに水
がなさそふな 吸物に何を醤油かいやざつとうすみそを するめあぶれとや
かましくつれ立「おくにぞ入にけるおまんはむねも せき返りサア頼みをとつては


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もふのがれぬ わざくれやけじやばれて出て しのび男のかまひが有
ととんといふてすてふか いつそ内をはしらふかいや/\源五兵衛様も日
かげの身 其上にくをもたせてはいとしい人の身の大じ 談合もする物を
けふはどふして見へぬぞ とつ様をよび立てへんがいしてもらはふか 内の者は身に
ならず心のあふた友はなし なんとせふやらかとせふかややるせなみだにきもふさ
がり 座敷の内をうろ/\と立たりいたりなくばかり じこくうつれば
おくの間に 千秋楽は民をなで 万歳楽には命を命をのぶ 相生の松かぜ
さつさおいとま/\と よいきげんにてなかうどは 足もひよろ/\立出る新兵衛も

をくつて出 とかく目出たいおめでたい おまん様追付よいとのもたせます
お内儀様と申ます とかく目出たいおめでたいとくだをまいてぞ帰ける
母は酒気になを気づよくなんとおまん見やつたか やすふつもつて百両
あし なんぼ四の五のいやつても わが身のさかくであれほどの男はちつと
持にくかろ みななかうどのきもせいおやじ殿の名代に なかうどへれいに
いてうふぃ神へも参つてこふ どれぞひまなをなご共 ともをせきだよわた
ぼうしよと引つくろふてぞ出にける おまんは母の町内を出はなるゝまで
見をくりて 門口よりはしり入とつ様是はどふぞいのと ひざの上にかつはと


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ふしたへ入ばかりになげきしが そだてしをんがあればとてえんの道はかく
べつぞや こと更けふは大じの年忌とふらふ者はわたしばかり 本にむえんの
仏の日出家のひとりもくやうせず おはかの花もかれしだい持仏の
かうもきへしだい ざゞんざ所じやござんすまい但今の母様の 仕様がよい
とおもふてかよめいりは思ひもよらぬこと かさねていふてもくださんすな いつ
そしねならしにますとこえをあげて なきければ 新兵衛も
なみだにくれ我子の心底はづかしい 今の母にめがくれてしんだ母を
わすれたと 思ふうらみかうらめしや けふはいなさんをひ出さんといくたび

筆は取たれ共 かんにんせしも子のかはいさ 七さいからなじみたるかれめさへ
あのつらさ あとによぶはなを以なじみはうすくきがねして たがひにへだても
有時は くらうにくらうをかさぬべし せわのたとへにいふごとく 本の母の
せつかんよりとなりの人のあつかひがいたいといふは誠ぞやいか成けん女てい
女でもちぶさの母には似もつかぬ かふいふ我も其通わかい時分は色
も有 かしらにゆきをいたゞいてねざめがち成夜なくは をさななじみの
子の親を しるゝことはなきぞとよ 此たびのえん付も一たん心にしたがふて 三日
なり共いてもどれ 其上ではいか様大望の通ちがへはせじ 更々かれめがひいきで


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なしとかく心にさからはず かはいがらせふ為斗 けふの仏がふびんやな願かけて
いんだ此むすめ 何とてそまつに思はんとすがり付てなきければ それなら
ぜひにをよびませぬ必々くにもつて わづらふてばし下さんすなと おや子
手を取すがりあひなきさけぶこそ道理なれ こりや/\もとつて見お
ればやかましい ぬひ物でもしていや 酒の上にないたればアゝいかふふらつく
やあえいと 手枕すれば少とろ/\となされませ 私も其間にこと介たの
みやつた せんだく物つい仕立てやりましよと 取出す我も其人も 互に思ひ
かはらじと神にちかひをかけばりや 此ちをそめしゆびぬき也とおもへば心

みだけ糸 過し其夜を忘れかね思ひ切かねすてかねて 心の底につゝみわたお
つる涙の糸筋に恋を くけこむあはれさよ こと介は頼みの使有と聞よりた
まりかね たしなむ一こしぼつこんで かくご極しがんがん色門にかけ入 おまん様是きま
したとばかりにておろ/\涙で立いたり おまん嬉しくハアおじやつたか先あが
りや かゝ様はるすとつ様はねころんだばかりで ろくにね入はなされぬぞ物をい
やらばそつそといやおめがさめればわるいぞとめまぜうなづきしらせける こと
介やがてがつてんし 今日は御えん付の極めが有と承り お出入申す私が お前のよ
めりをおめ/\としらぬと申は一分立す 御心底を聞とゞけ其めでたいおざ


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しきの お茶の給仕を是急尓(きうじ)所をまつ此様に お給仕でも致さんとわき
指さして参つたが はや御祝儀は相済御えん付は極つたか 早ふ聞たい/\とむね
なでさする斗也 いかにも出入の門のことそなたにしらせ取持てもらはずは 残
多くはらも立無念もさぞと思ひやり 様々心くだきても先一旦はえん付にの
がれがたなふ極りし よめりする日はしに出立そう礼のぎしきと聞 こちのむねは
しによういよめりの供をしてたもらば そなたも定てしに出立此あつらへのぬひ
物も 其心入に仕立れ共心のそこのゆきたけは むかしも今もかはらぬかかの袖下の
いひかはし いよ/\一尺一寸も ひかぬがてんかきゝたいと ぬひものにことよせてとへ

ばこたへのかへしぬひ こゝろ通はすはしぬひの詞の「えんこそあはれなれ
われもそもじも わきあけの そのそでなりのいきかたも
なにもかもまだ はつしのいとのいとし とまでに おもはくの
はりのもとすえおぼえそめ たがひに心かけ袖のえんにより
いとくゝり袖 はりめ人めも思はねばおやのしつけもよしやたゞ
とくなとかじとしたてしに ほころびやすきならひとて誰
がみゝづに 聞つたへさがないうき世のそでぐちにかけてさかれて
あじきなや ふみのをとづれことどてもたれつぎ あてず


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なかたへて いつしみ/\゛と久しぶり ゆきたけあふた夜はもなし
はかなきものは女の身おやのことばにしたかひのよその小づまに
とぢられてつらやかなしやしのびなき涙小ばりにしく/\と ま
ばら/\にぬひこぼす がにことはりやとてもかたみ斗かうか/\と な
がらへはつる身はゞなしぬひこみひろき身でもなしかたのわかさにすそき
れて 人をうらみん道もなし 思ふたこといふたこと今はあだなるさかおくび
三寸おとしにたち切て此世のちぎりあさいとなれど来世は長きいとまきを
くりかへしてはくり返し よれつもつれつあはせいと 六道のぬひめにまぢばり

して手はをそく共待ぬべし アゝ跡もむすばぬいと筋の 一筋さきへぬけんとや ひ
とり残りてまだ/\とたれを相手にすそ合せ 針道ちがひきにくしと 手づゝ
のうき名はとかまいとよ 扨は頼もしなまなかにまたきかへなき此生は 五
尺にたらぬえりおとしせばきうき世は何かせん 恋にさはりのせきぬひ
のつもる思ひをかたあけておなじかたなになちちがへ ひとつまくらにふせ
ぬひして 三づのかはのせすぢにてむすびとめましよぬひとめましよ
とめてとまらぬなみだのいとすそを引あひつまを引 ふたりがなげき
もろ共にたゝみこめつゝ なきしづむ世にたよりなきこひぢなり


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時しもおもてに念仏もかねのひゞきもあはれげに ほそ/\゛と
女のこえ 是はかみがたより諸国をめぐるしゆ行のあま わらんぢの
あたひたのみますこと こはつきいやしからざりけり新兵衛おきあ
がり ヤアこと介きたか あれ一せんとらせといひければなふとつ様 かゝ
様のおいはいに念仏一こと手むけのため あのしゆ行者を持
仏堂へよび入ても大じないことか ヲゝ気が付たきどく/\ ことにび
くにのことゝいひ かみなりめがもどつても大じないこと それこと介
よびいれよはいといふよりおもてに出 見れば京のやしきにてかりの

ちぎりのおらんなり たがひにはつとおどろくかほこと介ちやつとわが
身をかげに かぶりをふつて口のうち 何もいふまひいふまひぞえへん/\と
しらすれば こゝろへうなづく目もとにもうかふなみだぞ至極なる
是うちかたから心ざしがしたいと有 こちへ/\とあんないすハア御めんなり
ませと 笠をぬいてこしかくるおまん茶をくみもてなして わかいお人
のかみがたからつくしのはて迄しゆ行して ほつしんのいんえんはどふした
ことかしらね共 今其身には苦もなふてうら山しうござんす ほんに
此世の仏じやといひければ あのおしやんすことはいの 苦はいろ


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かゆる松かぜとほり風のふく様に 身にもしまぬ一時恋ものいふ
まもないあだしおとこと かりそめぶしのうたゝねあともさきもない
こひなれど おまへさまもひめごぜ 女のはかない心からふたりに枕は
かはすまいと おもひそめたがぜんちしき かみがたちつくつてさへ高の
しれたわたしがきりやう ころもをすみにあたまをまるめこひした
はれふとおもへなば いつそ気らくでいづれほとけではござんする
さればほとけは石上樹下(せきじやうじゆげ)とていしのうへ 木のしたかげのやどりも
いとひ給はねば いはがねまくらきさんじながらねざめ/\にごづやら

すれば かのあだぶしのいんぐはめがぼんなうをおこさせますと よそ
にかたりてこと介をしりめににらむぞ気味わるき こと介もっめい
わくさエゝこゝな仏殿 とはずがたりせぬものじや ちかごろ仏共
おぼえぬ人じやといやがれ共 新兵衛もつかずぼだいのえん
はさま/\゛しゆせうにこそ存ずれ けふは我らがせんさいの忌日 あ
の中二かいの持仏にくんよれんせいと申いはい あれにて念仏
御えかう頼みます それならあれへとおりましよ いざ/\あれへお
とおりと二かいへあがれば新兵衛 こと介たのむなんぞ一しゆで


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非時をせい さらばおふせをつゝまふと おくの間にこそ入にけれ 二かい
を見あげてこと介エゝうちが見にはしゆせうらしく はなしを聞ばいた
づらものしんじんがさめたれど 非時をせよとのいひつけとふでも
とつてこふと たゝんとすればおまん取付コレまたつしやれ あのあま
はない/\はなしにいはしやんした 小まんさまのこしもとおらんであ
らふがなぜだまつてかくさんす たゞしわたしがあのおらんをとつてかまふ
といひましたか どふいふこゝろでござんすととひつめられてかほを
あかめ ムゝ今のあまのはなしがらんがうはさに似た故に そこを以ての

わるずいか イヤ是はいかひおはまり かのおらんがあのあまほど見
えればさつまへもどらず京にいる どこから出たかほ見せた
かつた かしらはしやぐまねこぜなかはとむねにかほはさる ま
ちつとでぬえになるおもひ出すもなふいやゝ くらがりのあき
なひはせふものでござらぬと まぎらかし出ればいや/\/\いは
しやんすな それならなぜかど口でせきばらひしてうなづきあひ
何もいふまい/\とはなんのことでござんした 命をかへて身を捨て
おやに見けhるおとこなればはないきにも気をつける ひくふ


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いふたら聞まいとおもはしやんすがふかくのいたり 過にしことをりんえ
ふかくいふ気はさら/\ないものを とはれてもなだかくさしやんす
さほどにへだてこゝろをおき みらい迄とはよふいはれたおらんが
きたもみなあひけん つもられただまされたあひそめし時のせい
もんを こんりんざいとおもひつめおとこを大じにかけるゆへ 今の母に
さからひてつね/\゛うとみにくまるゝ けさ迄にくい世のたとへけふ
の年しの仏迄 にくまするは我恋ゆへおほくのつみをつくりしも 皆
いたづらになりはてたしんだあとではあのおらんと こゝろやすふそは

しやんせわしやしにますとこと介が わきざしぬいて我むねにつき
とおさんとするところをこれはたんきととびかゝり つかに取つき
これ/\けふの日天御せうらんすこしもへだつるしよぞんなし おもひ
がけなきところへきて我もたうわくしたるうへ 気にかけさせ
てむやくとおもひ先そでないといふたぶんかくしとげるこゝろでなし
あとさきの聞わけなふ 気がみしかいともぎとれば フゝきが
みしかふてどんなこと 見ながらいきてはいられぬと又とりついつ
もぎ取つ せりあふうちにはゝおやはおもて迄帰りしが 内の


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さはぎにこゝろを付のれんのかげよりのぞくとも さらにしらは
をばひあふてやう/\おとこもぎたくり 手もとにをかじと力に
まかせなぐるぬき身が一はづみ 二かいの比丘尼が小がいなwきつ
さきはづれにずつはとたつ ねらふてはよもあたるまじしやうじ
にさつと生血(のり)ひいて あけにそまれば両人のくぜつもわきへ
きやうさめてこれは/\とさはぎしが されどもあさきづ
かひ/\゛しく 二かいのはしごふみとゞろかし是源五兵衛殿おまん殿 さ
すがはいなかえびすよなふ おとこにしうしんひかされて尋きた

とのわるずいか しうしんのこるほどならばあたらすがたをむごたらしう
木のはしとやつさいでも人はなさけのこゝろの花 はなのにほひに
ひかれては深山谷のおくまでも はなれがたなふしたひ来る
こひぢとても其ごとく 此むねひとつすえたらば源五兵衛殿でご
ざらふが なりひら殿でござらふがこひのきづなにつなぎとめ 物の見
ごとにそふて見しよ されども国のおまん故かふなつたとの物語
我身のことはおもひ切そなたにはやふあはせたく 路銀迄取しつ
らひそのうへにもその中は 何とかなりしと気がゝりにてとても


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すてたる此身のはて しゆ行がてらによそながらこひにはみかたのほ
しいもの やくにはたゝずとちからにもやと八重のしほぢをこへわたる
みやこ女のこひのしやう見ならふて手本にしや おsれにはものを
なげうちしてだましうちにころそうや コレそなたの手では得しぬ
まい サア源五兵衛殿じんじやうにお手にかゝれば身の本望と わき
ざしぬいて手にもたせ なきわめいてむさぶりつく おまん引のけ
これかしましいしちくどい みやこのかみがたの聞ともないをひて
たも 西国のつくしのとてなさけの道にかはりはない そなたのやうに

いふならば 西国はまだしもからにはこひはあるまいか これかふからんだ
いもせの中そなたのやうな女ばうが 千人万人さまたげなし手こ
をいれてもはなれはせぬ 何がじやまでころそふぞけがにあた
るは其身のふうん いはれぬところのお見まひから みやこ衆のこひ
には手つだひか入そふな さつまのこひに味かたはいあらぬはやふ出ていね
こしがたゝずはつなつけて引ずり出すがうせまいか いやはり合に
なつたればこふいたところをいごきはせぬ ヲゝいごかずともいご
かせふとせりあひねぢあひ立さはぐ 新兵衛かけ出てあたりとなり


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も有ぞかし 両方だまれしづまれとせいすれども聞いれず
母おやしゞうを聞すまし水むみおふこをつとりのべ せり合中
をようしやもなくしづまれ/\かたはしに ぶちすえてくれるぞ
とたゝきまはりしいきほひは たゞ山うばの山めぐりまひそこなふ
たるごとくなり どらのやうなるこえあらゝげ エゝおやじ殿がなまぬる
いくゝしあげてをきもせず あいつらがくぜつのあげ屋のてい主に
なる気か やいこと介 をのれはおたづねの源五兵衛 大じのむすめ
をそゝのかしふさがりの此国へ まへがみおとしてさまをかへ又あの

子にわる気を付 人の目をくらますは人かひよりものぶとい
やつ たゞさへおくには人あらためをのれゆへにこれのうちは
月に一どのはんをする 見しらぬとて是非もない手前にふ
だんかひをいて 外から上へきこへてはどうざいといふ一筆の身ぬけ
がならふと思ふか 御ぎんみ所へひきわたしらうへ入るはやすけれど
おまんがしんていはかつてはらをかさぬ母故に 世間内証義理一つ
で沙汰なしにいなするぞ あまめもともに出てうせふと常わん
ざんとはことかはり 道理至極にへんたうなくおまんなみだにしやう


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だいなく 源五は手をつきかうべをさげ もとにおちどあるうへにか
さね/\゛のあやまり いか様になるとても御うらみとは存ぜず たゞ
御ふうふむすめ子の御なんぎのなきやうに ともかくも御はから
ひと さしうつむいていたりけり なさけある新兵衛もわたくし
ならねばせんかたなく とくにもかくとうちあけて仰らればなに
とそしあんもいたそう物 ちかごろざんねんきのどくといへばお
まんすがりつき とてもおじひのうへからはわたくしも源五様 一所
にやつてくださんせおがみまするとなきさけぶ 母はいよ/\はらを

立 をのれが一所に出ていんで たのみをとつたむこ殿こちとは
しんで見せふか それおやじ殿おくへつれていかつしやれ ことがのひ
ればおひれがつくおとこどもはおらぬか こいつがやどはほうの津
にあるげな 家主へわたしてこい こゝろへましたとひつたつる おまん
はわつとこえをあげなふ源五様おらんとつれだちござんすの アゝうら
山しいはらの立と うらみなげゝば源五兵衛いきたふてはいきま
せぬ 今此庭でさつはりをしにたいわいのとばかりにてどふど
ふしてなきしづむ 手あらき薩夫(さつお)のむいきものしにたくは


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我やどで たゝきころしてくれふぞコリヤこれを見よとふり上
て ふりまはしたるぼうの津やぼうずくめにて「をくりける
いつのまに 日のくるゝとも夜のふくるともおまんはわけも
しやうだいも なきつゞけなるやもめどりおやのしがらむせど
かどに 人めのあみのしげゝればたましいばかりとぶとりの つ
ばさおれたるごとくにてやしきのうちをこゝかしこ にげ出るす
きまもがなとたづねまはれどつね/\゛に 用心くはしき屋づ
くりのかぜのかよひもなかりけり 見つけられたらそれ迄と布

をかしもはたとりくみ 庭木の松にもたせかけ我身ながら
もおそろしき ちえのはしごをのぼるにもぬすみする気の
かくやらん ふるひ/\と えだにとりつきへいの上へはあがりしが
めぐりはようすいそこしれずはゝ一丈のほしきりにて おるゝにあし
手のかゝりなくどぶことかたきいしかきなり 此上はしあんもなしお
もひきつてとんでのけふ 水におぼれてしんだらまゝ千にひとつも
神ほとけの ちからもあらばとおもひきりひらりととべばなむ三
ぼう おひを松に引かけてちうにさがつてこれもかの わなにかゝりし


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野べのきじつまゆへにおそくるしみけれ かゝるところにいかゞはしけん
おらん比丘尼はまぎれきてしめたるかどぐち見せかうし のぞき
ありきうらへまはつて此すがた一目見るより はつとおどろきこは
げたち念仏申ていたりけり おまんそれと見るよりもヤアをのれ
はまたきたか おもふおつとにそふからはいひぶんはあるまいが われに
うらみが残つてころさんためにきたよな くちおしやこれを見よ
うちはしのび出されども とかくおとこにえんないしるしそちが手
にかけいても しばしのちしごを松がえのおるゝまでの命ぞや 定て

源五様も同道とおぼした 鑓はあるまい竹のさきに小刀でも
ゆひつけて おつとの手にかけさせてころしてくれよ エゝくるしや身が
しまつていきゞれして アゝくるしやともだへしは目もあてられぬ
ふぜいなり なふもつたいなや我らにさやうなあくしんなし もとより
源五さまにつゆこゝろのこさぬうへ けふおふたりのふかい中そもや
そも此あまが はんときもおとこのそばにいては女の道たゝず 三衣
のばちもおそろしく此世では源五様にあふまい見まいとかねを打
あすの夜あけにかみがたへさいはい出ふねのつれも有 夜の中に


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みなと迄とおもひ立しがまてしばし おまんさまはどふしてぞ力
にもならふと申た一ごん うそにはせまじと来たえうこ しなせは
せまいこえだかにひまとつて見つけられては一大じ 何としてがな
おろさんとかけ廻つてこれ/\たんとさらしがほしてある 此はしを
きつとゆひつけこちらは此木でとめてをくこれをたぐればらく/\
じやといしをおもりにむすびつけ なげてもいかゞとゞくべき 力の
ほどもしらぬのゝ松にかゝるぞ仕合なる おまんうれしさはづかし
やうたがひは御めんあれと ふしおがみ/\ぬのひきしぼり松の木に

しつかとくゝりつけゝればこなたはあまがしめつけて しつくりの
木にとめてけりおまんはかた手にぬのを取 かた手をまはし松の木
にかゝりしおびを引はなし 左右にたぐるぬの引のたきこゝろのむね
をどり 目まひ気もきへたへ/\゛のくものかよひぢあまつかあぜ あまが
せくまひ/\の こえをちからにやう/\とむかふのきしにたどりつく サア
してやつたあぶなやといだきおろせばゆめごゝち アゝしやうじんの
いき如来これがまことのぜんのつな おれいは何と申さふとなき
おがむこそ道理なれ れいをいふまに夜があける所の人にをしへるは


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しやかにきやうかしらね共くがをいけばとをふて追手のきづかひ
九里のわたしがちかひげな一足成共はやいがよし 此あまはこん生で
あふことは是迄 一所不住の出家の身たがひに便りも是かぎり 早ふ
/\とわかれ行あたを御をんの情人 なごりはつきずかみがたでばせを
のぬのを見る時は かたみと思ふて下さんせヲゝこな様松葉の相おひ
迄 わしやひとりねのばせおぬの御をんきびらのめもつまる 涙に袖は
はんざらし今ぞ一期のをりどめと 互の心ふとぬのゝなごりは一たんたち
きつて 二丈六尺の身恋にさらすぞ「あはれなる