仮想空間

趣味の変体仮名

薩摩歌妓鑑 第五・第六

 

 読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/

      ニ10-02059


33(左頁)
  第五  道行恋の伊達紋
えいさつさ /\ まだげじやがてんじやえいさつさ /\ 高
いはがてんじやえいさつさ ヲゝうつとし ヲツトまつかせ すだれ
あげさせ おまんさゝのも爰までは 気もはりまぢを打過
て 花の難波も目のまへに 神崎堤しと/\/\と 北山つ
づき見はらして 落つくあては津の国に おまんが親の古里の
晒を さしてしたひ行く空はさつきの 花はまだ跡にさがつて


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源五兵衛 ヲイ /\ 三五兵衛萌御供走つき さつても早いかごの衆 十
増迄の約束なれど爰で隙やる かご立てて大義じや休んで
おしづかに お出/\もそこ/\にかご打かたげ別れ行 互にかゝえ帯
のしはちよつと吸付け火なはのけふり 旅のかほりの気ばらしと思ふて
見ても気はすまず親のかいきにあやにしき もはや国へはいつぞの
事と供になく/\うきくろじゆすの 世にも大事のしゆりんをすてゝ
誰に心をマアおく嶋の うき身ひとつを弁がら嶋にぐちなさら/\さ

そふではないに らしやもないこと いわしやりんずな いかにどんすなわたしや
おまへ あだし此身はぬめまぼろしの 世をちりめんのくちばとならば おふたり
さんは ナ 嬉しかろ おまんさん さゝの様 いつそあはずばこふした事も ほんに有
まいよしなやつらや あだなわしらがめうがの程もいはず いはれぬ涙の種は
いとゞ思ひのよつの袖 中着は今に 風も通さぬコレ此紋の 男らしいをわ
しやすいてしやんとくつわの十文字 いつもおまへをだきぼたん 三五兵衛様は 四つ
め結ひわたしが紋のさゝりんどう ほんに是からふつつりと お前もわしも


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うは気はやめて 此紋斗はえやめぬ それ覚てかさゝの様 跡の登りは舟路にて
伴之進めにだまされて 此御なんぎと成事も わしらゆへと斗にて
返らぬ ことのくやみ泣 とかく祈るは神ほとけ わたしが里のとゝ様はずんど気がる
なたのもしい 身を引やうなお人では ないと咄しも跡や先 早大川や 山崎のたと
へいかなる難波橋天みつ神の御めぐみ市の側より橋々の アレ/\さつと
一あみ嶋の夕げしき 向ふに見なす 川さきや都登の乗合は てんとたまらぬ川の
面(おも)岸部伝ひに引舟綱もながらにさしかゝり やがて晒も程近く暫し つかれを

  第六 登舩の段
百万石の咽ぶくら淀川筋の登り舩 綱をてん手におかを引く足さへかろき 一世帯流渡りをならはしの
煮売の親仁が 大川ごへなら茶飲まぬか 牛蒡喰らはぬか どいつも銭がないか 喰らはんか/\と尻声
ながき岸伝ひ 日かげは笠に凌げ共 人目まばゆき二(ふた)女夫 おまん笹野がはで姿 よそめはいとゞ
なまめかし 乗合見付て漕寄せる煮売舟 爰へも一ぜんそこへも二ぜんヲット酒しよ 餅のでんがく
箸の音 早喰かける悪口はおかを目宛にコリヤヤアイ 心中しにいくかやい ヤイ親に勘当しられおつたかやいと
出ほうだい二人が胸にぎつくりと こたへて払ふ煮売の舟 銭あつめるもてつ取早く岸ばたへ つなぐも


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親子の縁深き 笠と舟とに見合す顔 ヤアとゝ様か五々作様か ヤそふいふは娘のおまん そちも達者
で お前もおまめで嬉しやと 国の成行夫の身の上 我身の上の有増もわかてなつかし子の噂 ぼんは
まめにござんすか ヲゝまめな共/\ 侍の種程有て 杓子やきせるを指して殿様事 箒を馬にりん
とした目のはり とんとそなたによふにたと孫を自慢の余念なさ 扨はおまんの御親父五々作殿よ
な 我等さつま源五兵衛 何かはおまんにお聞の通 不慮のなんぎに不慮の対面めんぼくなし 兼て二人が
中に設けし伜 御老人のお世話忝し イヤ孫が事は 去年かゝが死だをしらせに下つた時 里に預けて有
と聞くやいな貰はかし連れて登り 世話するも娘がかはいさ 又おまんが勤のうき身 受出して下さつたと

聞た時の其嬉しさ あんまりで此様に嬉し涙 其大恩の有聟殿の流浪 其元はといへば身受からおこつ
た事 此五々作が心一ぱい御世話致しませう イヤ申三五兵衛様とやら娘が縁で初めてお目に かゝりや
つながる聟殿の兄弟御 幸い元居た晒の里に 奇麗な家見て置たれば今でも借らるゝ お二人共に
源五兵衛様と 御一緒にござりませ 川見はらしてよい慰み 堤には在の若葉のさらし歌 イヤ此歌でで思ひ出した
身の上咄し 此親仁も元は晒の里で 口利た百姓なれ共段々の不仕合せに見上ときやく 死だかゝがアノ
娘を連て 近所の晒の手伝 在所中がおまんかはいや布さらすと諷ふを聞 貧ゆへ娘を口のはに
かけさす 其思ひが病と成 つもり/\て十死一生 所に去名医の見立に 人参さへ用れば助けてやらふ


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と聞た斗 人参所か 大束の一把買さへ不自由な体たらく といふて見殺すを悲しんで おれに隠してそち
を勤奉公 其人参代の残りを望姓(もとで)にかせぎ出して のばした銀は頼み寺へ預て有 こな様方を世話する
迚くつたくのない身体 是から皆おまんが案内で跡からそろ/\ござりませと 心も軽きさゝのはの 舟に
飛乗り五々作は 晒をさして漕で行 道は一筋親ながらいがんだ面のゆかた嶋 笹野がてゝ親くみたの
久兵衛 室のくつわや打連て娘を尋る蚤取眼 それと遠目にかけ来り ばつてう目玉むき出し 
コリヤそげめ 戻りあがれと引立る二人を投のけ三五兵衛 女房をむたいに引立何とする 何共せぬ連てい
ぬと よはみを見せぬ高いがみ 人喰馬にくつわが相槌 コレこれ笹野悪い合図じや 宿なしの女房

にならふより 結構な身の出世 伴之進様の奥様になれば親仁迄浮み上る事 此鼻も二はいのもふけ
いたいめに合ぬ内といふを笹野はふり切て エゝ聞もうるさい伴之進 何で行ふこちやいや/\ なさぬ中迚
無得心なとゝ様と いふを云せず擲き立て引立てる 傍におまんもハア/\/\ 三五兵衛が辛抱袋やぶれかぶれと
飛かゝり 源五諸共二人の悪者引かづいて桶すへに 蹴すへられてもがむしや者 起上つて砂打はらひ
腕撫こすり ほうげたが明かれぬでわりや投たな ム助がならずば路銀の無心とむしやぶり付く くつわも
三五兵衛にしがみ付き 引しやなぐれ共二人ははへぬき二王立 うぬらが様な人外に詞はないとしめ上れば 眼を
釣て七転八倒あふちくるしむ二人の有様 おまんさゝのは嬉しさこはさ 三五兵衛殺して仕廻ふもむやく


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殺生どふせう といふて又此儘手放したら 行さきの妨げひろがふ おまんもふ何時ぞ アイもふ大方七つ頭(がしら)ムゝ
夫なれば 四つ迄はまだ三時の上 三時ぐらいで ヲゝよかろふと殺しの当身夕がすみ 放せばばつたり
堤をころ/\ サア邪魔は払ふた 嘸舅殿の待兼ならんと四人連れたそかれ 近しと夕日かけ晒を
  第七 早打の段                  さして 急ぎ行