仮想空間

趣味の変体仮名

置土産今織上布 上の巻

 

『置土産今織上布』は「薩摩歌」の系譜に属しつつ意外なことに『心中天網島』と混合しており、更に曽根崎新地に於ける「五人斬」事件を取り入れておりますので、読んでいて度々既視感を覚え面白かったです。『心中天網島』は享保五年(1720)、『置土産今織上布』は安永六年(1777)の初演です。「薩摩歌」+「五人斬」の系譜に連なる今夏大阪で上演の『国言詢音頭』は天明八年(1788)初演の作品に成りますが、こちらの丸本の閲覧は残念ながら叶いませんでした。『心中天網島』は奇しくも秋に東京で上演されます。ウェーイ

 

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      ニ10-00243 

 

3
 置土産今織上布(おきみやげいまおりじょうふ)
松立る三日の翌(あした)の初相場 何でもけふの福明かし 掬を/\と市人の 着かざる
衣裳手拭ひも 新たなりける御代の春 寄たり五六匁 七匁八匁 新築前/\/\
肥後の餅/\/\ 上赤/\/\ 岡の大豆/\/\ 何ぼじやい てうど五リン(カン?)壱分 壱分五リン弐分
三分取た/\/\ 問屋/\の御座舩に流れも淀む淀屋橋 弓張提燈大篝 数千の星
か北浜の明方近くぞ なりにけり 川の向ひにも初市の景気見物人立の 多かる
中へ是も其 蔵開きよしといふ日か 曽根崎の米(よね)の中なる立者は 筑前ならぬ紀伊国(きのくに)


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屋小春と人のゆるし色 花紫の頬かふり 客とはいへど二世迄と云かはしたる妹背竹 結ぶの
紙屋次様と 肩の三日の姫はじめ しどけなりふりきぬ/\゛を 送りがてらの初相場 酒を過し
淀屋橋 附添仲居下(しも)男 扨てもしたりけふとい景気 程近い向ひ側に居ながらこん
な事とは知なんだ 是といふもお二人を休ましました其跡で 起き番のお菊殿と十二銅二つで
伊勢参り 天照(てんせう)大神宮のお影しやと いへば小春が ヲゝ睡(ねふ)たい目を光らして歎いた好きでは有わいの
そふじやがわしも目の正月 いさましい物では有ど 寒いわいなといふしほに袖から袖のぬくめ鳥 夜の明けぬ
間ぞ命なれ コレマ爰は人立ちじやはいの ねらしそふにちと嗜めや フゝンそんならお前は古めかしいかへ 南の嶋から

逢かゝりけふより翌(あす)はいとしなり 夜毎/\の添寝さへ 梅の初花山吹飽かぬ 色香をもぎ
だうに 珎らしそふにと云はしやんすお内儀様やお子達に 稚馴染の里心付いたそふなと?人(はくじん)
の 箔も禿つゝ地女房に愚痴は いや増斗也 ヲゝ尤じや かはいや/\/\ こりや今のはおれが出
損ひ 併世界はさま/\゛じや 子中なした女房を 色の方から悋気するとは イヤモ逆様座敷の再興
も 出来かにやせまいと寄添所へ 本家の番頭忠四郎弓張提燈置手拭ひ そこかうそ
/\ 天満の旦那夫レにござりますか 扨夜前は堺権で厳しい御馳走 ガえら呑(えふ)で現たはい 折角
仰付られた新造 床入はしたやらせぬやら 夢中に酔ても御注文はねつから忘れませぬでござりま


5
するじやて 四万五千寄付から買まくつた 後家の質屋へ持て行ても 五十貫目はぶら/\
する 切相場からのお手合 先ず一ぱいもよからふかと お前様にも問ませず 火の出る所をしゆつ
/\/\ 売付け買付け均(なれ)値段 斯の通りでござりますと 手柄顔して差出せば 次兵衛は取て押い
たゞき イヤモ貴様のきつい働き 去年の冬岩国半紙の仕切に手つかへ 内証で無心いふたりや
取かへてたもつた三拾五貫目 店おろしの間に合して 残りも有ろならこつちへたも ヤレ/\嬉しや忝い
おさんも聞たら悦ぼと 云さま小春と見合す顔 エゝ是口舌する場じや有まいぞへ 差引残り
でお前を見請 砂原邊りで妾宅の普請は我等が請込み山 嬉しがり山お二人が しげり

松山すぽゝんぽん 山崎新地の風呂屋へ仕かけ 穢れ不浄を洗ふて仕廻 夫から三番の大日寺
聖天様へも礼を申そ サア/\お供と勧れば アゝ是忠四郎 穢れ不浄と云やんないの 君めが心に
さはれば悪い じやが朝風呂とはよからふわいの コレ/\小春 そなたは逝で堺権に待て居や 三番
戻りに同道せふ アイ/\そんなら忠四郎様 はよ連ましておくれへ イエ/\私は未用事 品に
寄たら夕節(ゆふせち)時分跡から参ろといふ物の 其脇指やお紙入 風呂屋の入込あぶな物 成程
よふ気が付いた 小春わがみが持ていにや 併し湯銭はどふしやる そこはぬからぬ忠四郎が
腰の早みち沢山崎の鼻が立てじやと打連て 跡を見送り口々に 必はよお出へ ヲゝイ


6
待て居ますぞへ ヲゝイ お定りなる仲居のしやぎり 跡は小歌の高調子 よびなりとどふ
なりとお内儀様を去なりと 迚もの事にいとやせぬ 西風厭ふ濱側を 大けな大根に目黒
入此冬としからしたゝるふ 付廻したる豊嶋屋太兵衛 大道一ぱいのさばり顔 ホヲ小春殿御慶でえ
す 女だてら脇指佩(さい)て 時代事の道行見るやうな マアそれよりは惚た道行 伊丹三界から
通ふのは 草履と渡し銭とにくらるゝさかい 此堂嶋へ問屋店 何が程近ふは成るてくる
毎晩/\新地へ行て 呼出しても/\ 成るやうでならぬ様で 又なる様でならぬ様で ぬらりくらりの
道鏡坊主 情所の真中へは 怪家な事七里けんぱい 端ばかりさしやる故 上る相場にや

くはらりすかたん 紙次斗が男か 器量が喰える物じやないわいの コレ/\ コゝ此胸中に惚
て貰を来ておくれんかとほつこ/\湯気の立手を懐へ 差込引付けしなだれば アゝ是申太兵衛様
無遠慮な事さんすないなア マア/\爰を放してと 身をあせる程抱しめる 火桶の穴へ丁
稚の身ぶり 見兼て仲居下男どふして退けふ軒下の時の用水厚氷 砕いてそつと足元に
置く共知らず其上へ 乗より早ふずる/\どつさり 転る相図に小春を引立て橋筋さして 逃帰る 跡に太兵衛
が摺むいた 手のひら肘尻膝頭 顔をしかめてぬる唾気 川向ひには相場の大引
打ましよしやん/\最一つせいしやん/\ 祝ふて三度しや/\んのしやん エゝけたいな エゝ人の心も知らずに 面


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白そふにしや/\んのしやん シヤほんに何じやいの そふしてマアあの摺むいた斗じやないわい アレ/\/\/\ 誠や蛇(しや)
は六寸にして其気をやる 大事の/\息子殿を へし折て退けた程にの ヨイ/\是から直ぐに岩永盤玄(?はけ)
が所へ往て 膏薬代はうぬらにかける そふ思ふてけつかれよ ばびんはさゝぬ程に付かへでもおこし上がれ アタゝけ(?)たい
なと喧嘩詞も川向ひ 相人なければらんがちが いたさ悪(こら)える負おしみ ヤ/\/\/\ あほう共何笑ひおるぞ
やい 今おれが転けたのはナ 謀といふ物じや うぬら夫を知るまいがな 其証拠はコリヤ爰におはしますじやて
紙次めが紙入を彼(かの)めに預けて置おつたを ちよいとたくつてこましたじや 中には起請誓紙も有
夫にまだ/\尊いは 夕部の壺湯で云合せ 紙治めが思ひ入れ悪ふいたらばあつちへ浴せ よふいたに

よつてちやくぶくして 利銀を分け取り宝の山エ有難いと戴く拍子ちよいとたくるは頭巾の侍
何仕上ると組付くを振ほどいて衿がみ掴み?(よはごし)はつしと踏飛せば以前の氷又ずる/\ かん
ぎをころ/\川中へ ざんぶと転(こけ)こむ水煙り 紙入袂へ侍は相場戻りの群集(ぐんじゆ)の中紛れて こそは
「立帰る 梅が香は 並び浪花の枝々や 多かる中に取訳て繁昌時に大江橋 北へ
抜た両替屋天満屋の栄蔵迚 濱方へ替金銀の山程銭を買にくる四つの宝を一つかね
やりくり自由に見へにけり 店の看板は此家の隠居 年は五十(いそじ)に内外のしめくゝりする白髪に
も 鬢張入れて鼈甲の角櫛 簪さへも長きせるかち/\明けて コレ若い衆何ぼいふて聞しても


8
お得意方のあしらひが麁末なぞや 譬門通りの銭買衆でも 一時の旦那衆じや
なぜに丁寧にあしらやらぬ 嗜みや/\ ヤ嗜む序に女コ共 わいらも髪を撫付けたら丁稚共
といるしよに座敷廻りの掃除をせい ソレ掛物は周山の蓬莱山 福寿草も床へ直し
生花には及ばぬぞよ 男共は客路次から庭廻り手水鉢の水もかえい コレ手代衆や
けふは佳例の帳祝ひ 御念頃な得意様方お宿老様もお出なさる程に 夫迄に店おろし
天満の治兵衛もくる筈じやな ヲゝアレ格子の間に栄蔵の帳の上書して居やるに 火鉢の火は消ては
ないか 熾火(おきび)なこたつふりと入れておましてくれいやい エゝこんな事は云ず共気を付けたがよいわいと 世話

に寄る年縮緬の 小皺を隠す厚化粧 大筆携へ主栄蔵 温和(おんくは)仕出しの角前髪
忠四郎伴ひ表へ出 母様申漸只今書上ました 御覧じやつて下さりませ 見ませふ共/\ ドレ/\ヲゝ
去年よりは又一入 イヤモ見事な段ではござりませぬ 旦那の楷書のひんぬき 中でも諸切手
入替日記天満屋栄蔵の和やうの見事さ アゝ町人の旦那にするは惜い物 歴々の堂上方へ
養子にお出なされた迚 アゝ是忠四郎 番頭共覚へぬ云分 町人は町人らしう先ず算盤が第一物読み
も一通り 其外の遊芸は強いて謡 茶の湯俳諧などは入らぬ物 文盲でも身体を持ちかためるが身の誉
殊に此子は妾腹ながら 死なしやつた旦那殿の取訳て奔走 腹借さぬ義理や何やかやで 兄の次兵衛は天満へ仕分


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老年寄た此髪を剃ても仕廻ず此様に 粧(けわ)い化粧紅粉(べに)鉄漿(かね)付け 伊達をするのも此子の生い先
祝ふてするとはしりもせず 油なめたる軽薄口 白鼠ではない濡鼠の番頭殿 ア覚束ないと??られて
そこら傍りの外聞を両手で撫る口の端 ちやつ共云ず尻込する 折からとつぱ川魚の胴丸片荷
網嶋の 鯉万連て入来たれば ヲゝ義兵衛殿待兼た 晩の料理の鳥川魚板元も頼まにやな
らぬと くれ/\書てやつたのに 去迚は遅い来やう アゝ申親の代からお世話になる 銀主様のおつしやる
事如在の有らふ様がない お節の料理は嘉例の事 拵へるといふても手間暇入らず 外の事で当て
ねばならぬお客様方 つい鳥じや川魚じやと申ても 段々の有物故 念頃な此鯉万殿の所へ

今朝早々から走つて往て 市から戻られた所をつかまへ斯々じや手伝ひがてら来て下さつたら
末々は得意にも成事じやと無理やりに引ぱつて戻つて 内で茶漬を喰たばつかり 其替
時ならぬ鰻の蒲焼出したといふて 大庄が所の五六月にも負ぬ代物 ソレ鯉万鳥
をマアお目に懸さんせ ヲイと荷籠の蓋の上 フン鴈は八百といふ程に 一羽でそんな事じや
有ろ テモめつそふな 番で三貫でござります ヲゝ高い事じやのふ 又かみ様の素人らしい毎年同じ
割な物 最銭の安いだけがお負でごさります デモ可愛らしい物じやぞや じやら/\した事おつ
しやりますな ホゝゝ得意にもせふと思はしやる物如在は有まいが 一羽で五十宛(づゝ)負ておかしやれ 臺


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引鶫の焼鳥 足緒(へを)付るじやないが ソレ忠四郎杜秤(ちぎ)でかけてかや 是は又気疎い目のせう
義兵衛様のしつての通り ちぎ文も利はないけれど始めての事也 何所ぞでは網嶋の目に風
溜る事も有かと打笑ひ荷籠片寄せ臺所へ 義兵衛も供に行跡は 手代
がぱち/\算盤の おとなしやかに手をついて 兄様も程なふお出 最前からお冷も入ふお部
屋の炬燵でちとお休み サアお手取ませふと立寄れば ヲゝ?(やさ)しい事よふいはしやつたなふ ドリヤ
行ましよと立上り コレ店の衆 今日は何所しも帳祝ひの休日 お客も有れど休みに
しておれが名のお節も祝ひ 向ひ側の芝居へなとコレ何所へも必ず寄まいぞやと

云つゝ我子に手を引れ 余念納戸へ入にけり 店片付て手代共 ずヴい様でも白
粉の粉のくふ所が有ばこそ 翌は嘉例の帳祝ひ 店おろしの勘定仕上たら何所へなと
行と袖の下 壱歩つゝとは粋な仕方 其筈でも有ふかい 播磨屋の義兵衛めに ヤイ/\/\そん
な仇口きかず共 店おろし帳おれに渡しどつこへ成といたがよい ほんにそふしよ 下博労から長堀
邊 旦那の礼の残りも有 御名代を勤めがてら 戻りは堀江市の側 新浄瑠璃を聞
てこふ そんなら夕せち祝ふていこ ハテよいわい 肝饑(ひだる)ふなつたらのせ山の 伊賀越飯でもくふ分と
羽織引かけ中町筋打連「立てぞ出て行 女房より親より 色を鋤紙や 身仕廻部屋の折


11(裏)


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見舞 次手ながらの店卸見ずとよいにと夕節所 来かゝるを見て忠四郎 ホ天満の旦那 お早い
お出 勘定帳も漸只今 おふ頃様には例の通り 幡義めちん/\咄し 物怪な物と云出すを 聞ず顔
して サアおれも勘定手伝ふと 出かける所へ舅太夫 年始の礼やら彼のめが事 おさんがちよほくさ取なし
云て 逝なして仕廻ふと走つて来た マア母人にと立つ袖を アゝ申次兵衛様 夫レ迄一寸御意得ませふ 旧冬岩
国の仕切銀子(かね)手支(つかへ)た事が有 母御や旦那へ内証で 借してくれいとおつしやる故 アよからぬ事じやが
と存ながら 取かへました三十五貫目 振手形でも御持参かな 翌は有銀改めなればけふ中に取て置きたい
お渡しなさつて下さりませい エゝ悪じやれな何いやるぞいの ソレ此月の三日の晩 堺権から呼におこして

わがみに頼んだ思はく注文 初相場の売買 あら銀四五十貫目といふ物渡して エ何とおつしやり
ます 初相場の利銀で 其銀子は済で有 合点が行ませぬはいな 尤堺権からのお手紙は見たが
其翌朝は私も 大和の親共方へ年礼に行ます故 宵の内から休み所で 年玉拵へにかゝつて
居て 堺権の事は扨置て 初相場の寄る時分は 深江邊りへ往ておりました ハアゝ聞へた 四五年も
前南脇で 風呂屋へ女が入りに来て 消て仕廻ふた噂も有れば 狐の所為(しはざ)で有ふかい それは扨置き
銀子がないと此忠四郎が 引負ひに成まする 只今お渡しなされいと掬ひは己がしこだめて科を治
兵衛に塗付る 底工みこそ恐ろしき コレ/\そりやわがみ本気でいふのか 本気も本気 銀子


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さへ戻れは申し分は フゝンそんなら知らぬが爰じや迄 ハテ扨夢三宝知ませぬ ガ聞きや四五十貫目の出
入の商ひ 大まいな事じやぞへ わしにさしたが誠なら 売付けも買付けも 取らずに置きはなされまい それが
証拠じやサア爰へ サア夫は それはとは フウ なさふにも銀子はなし 天窓(あたま)に火は付てくる 有もせぬ
事云つけて 衒のてつぱりくはすのじやな 最此上はおれも面ぱれ 旦那の片割何共存ぜ
ぬ お袋様や栄蔵様のお傍へ 引摺て往て評定にかける 衒めうせいと引立る 腕(かいな)を取て膝
車 どんといはされ コリヤどふじや 三文が所程習ふたのでは 骨の有る忠四郎はいかぬぞよ 今のはおれが油
断して つい投られたと後ろから 衿がみ帯際引立てて行ぞと見へしが膝折敷き 前へどつさり起しも立

ず 乗かゝつてしめ上れば アレエ 殺すはい/\と わめくを聞付けかけ出る栄蔵 是はしたり何事
の云上りで 忠四郎お詫申しや マゝゝゝ私が御挨拶 と云に是非なくゆるまる拳 赤目そつても
わらり声 マア聞て下さりませ 去年の極月 控へて居や ハイ 申兄様 此者が申通り 米商ひの義は
母様から お封じなされてござりますれば なされそふな物でもなし 又聞たが大米売付け買付け
両方共 此場へ出いでは紛らしい エゝ聞へませぬぞへ 腹こそかはれ真実の兄弟ではござりませぬか 銀子が
お入なされふなら 栄蔵斯じやとおつしやるに 何の否と申ませふ 相人は誰ぞ私が家来に 今の様な悪口


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聞て 一言の返しもないを あちらの迄聞ておりまし ヘエゝ口惜ふござりますと 歯を噬(くいしば)る真身
の涙 ヲゝ道理じや/\ 尤じや がそなた迄其様に胴欲な イヤ深切な事よふいふてたもるのふ それと
いふも日頃から 此兄が不行跡ゆへ 隠して銀子を借たのは 重々誤り入たれど 返済したのに
違ひはない イエ申 何ぼおつしやつても 証拠が出ねば疑ひ晴ぬ お前様の新地通ひ 人は
譏(そし)つて居ますれど 母様が結構にお仕わけなされた大身体 歩銀斗も是程はと 思ふて
斗おりましたに 悪所遣ひに打込で 浅ましい作り事 証拠が有なら出して下され コレ申蔵
に満たる金銀は 此悪名は雪がれぬわいのふ 悲しい事をなされしと 弟が泣けば兄親は面目涙

証跡の ないじやくりする斗也 ハツア兄様に勝つた 御発明な旦那様じやよなァ お年の行ぬ眼力で
も 正直と不正直は 大晦日の闇の夜でも蟻の這ふ迄見へるといな アゝ結構な身体をちや/\ちや
んちやんと叩き上げ 鐺の詰りは衒事 夫レも道理か今はやる 一つとや/\ ひじりかすりもくはぬのに 返したなど
とは衒じやだんのふ/\ アゝ是母様のお耳へ入れ 静にいふてたもいのふ イヤモどふでお耳へ入れ 御勘当でもなされねば
ゆく/\どんな御難義を コリヤ忠四郎 証拠の紙入落したを 付け込でのこりや悪工みじやな アゝア工み
ました共/\ 其工んだが定ならば 何遍でも売付け買付け ハゝゝ有まいがの ない筈じや入て置んのじや ハゝゝゝ フゝゝゝ
ホゝゝゝとけら/\笑ひ 次兵衛様の垢を抜く 証拠は爰に居やんすはいな えい/\え 出入方迚来る事はきたが


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こんな出入とナ しらなんだ/\ ヤア播磨屋の茂兵衛 娘の咲弥 奇妙な所へ出しやばつたな サア知て
の通りけふのお客 娘を取物におこしてくれいと隠居様から御状 ひらしやらした者をお店から通さ
れず アイ お客路次から来たが 何としたへ ヲゝこりやそふも有そな事じや が何ぼ証拠といふて
出ても 此忠四郎覚はないぞ よふ見い おれか/\おれじや有まいがな サアそない云んすりや お
前様のやうにもなし エゝ娘剛い事も何にもない 爰が一番仕内所じや 張込でやつて退け
い どつちへも逃さぬ様 爰にはおれが控へたと 庭へ飛おり胴丸籠すぽんと腰を 居たる男
ハゝゝゝ器量自慢のひんなめ芸子め 三味や端歌でいくのじやないぞよ さいなァ いくもいぬも

聞てじや有た上の事 大義なから忠四郎様 ちよつと爰へ出て下さんせ アゝコリヤ震ふなとゝがいる
大事ない/\ サア出たが何じや ちよと下に居て下さんせ 下に居たが何じや 惣体の芸子は 一座
の女中の口舌は勿論 毒吹き廻る箒御方の事に付いて ひけにでも成る事が有と 其肩を持ち 樋の橋
詰に待て居て 髪を切るか鬢をそぐか どふなり斯なり立引するが マア北の法でござんす まして日柄の
つまり/\゛聞てもらふ次様也に春様也 肩を持たいで何とせふ ナアとゝ様 ヲゝそふじや ぐつといけ/\ スリヤわれが立
引するな ハテモ立引といふてしれた道行 相場に勝(かた)んした次様の銀(かね)を 分け取りにさんした事 サ有やうに
云んせいなア イヤ知ぬ アゝしらんせにやしらんいせい 爰に又妙な事がござんすてい 跡の月の晦日の晩に


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色払ひの ヲゝ娘ソリヤおれが云て聞かそ イヤ何忠四郎殿 跡の節季は思ひの外掛は早ふ寄て 其
晩に爰へ持たしておこした銭高 九百六十貫を六百六十貫と 貴様が請取書ておこした 斯いふじゞむさい
根性骨 どふやらそこらが気むさいな ハゝゝゝそりや閙(いそ)がしい晩じやにようて 麁相せまい物じやないわい アイ
よござんす/\ 扨まあ忠様 斯じやはいな 七日の日からを藤五へ?(もら)はれ 去お屋敷の振舞座敷 宅様
といふ侍衆が 小かげへ呼であのゝ物の わしもあんまり術なさに 御心中が見たいと云たら かはつたものを
呉てゞ有た 次様の紙入を ヤア サイナ お前の書んした買付とやら振付とやらが 此中に入れて有る
はいな どれと立寄る忠四郎 久しい物じやが夫から御らふじ イエ申栄蔵様 此中に有今の書付 ヤア買付

か有にもせい すとんととんと覚へはない 贋筆じやぞ/\ ハゝゝゝ大かたそふで有ふと思ふて まんそく
な銭目の請取 違ふて有たと啌いふたは こなんの手跡といふ事を あらがはすまい為斗 一ぱいまい
つて能気味の なむ三宝しくぢつた ゆるせ/\と逃出すを 飛かゝつて引かづき庭へどつさり次兵衛
が早業 ヲゝ娘出かした/\ 紙次様の悪名が抜たにそちが働き イヤもふ無実の難を遁れしは 天
神様より咲弥の御利生 コレ礼いふと手をつけば 何のお礼に及ぶ事 其かはりには今迄より可愛
かつては里の癖 剛気(こはけ)もなしに仕こなすは家の藝迚媚(なまめ)かし 栄蔵悦び嬉しい/\是に付ても
憎いは忠四郎 牢へ入て同類や 金子の行端も詮議せふ 親父様から奉公したよしみを思ひ 只


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此儘に暇をやるぞよ 大義ながら義兵衛殿 請人方迄忠四郎を 成程送つて参らふと 引連
出るを ヤイ忠四郎 是迄店の支配人と呼せたそちを隙やるに 其姿では逝されぬ せめて是
をおと有合頭巾 やればほろちと鬼の目にこぼるゝ涙覆面頭巾 羽織もなしにすつほりと
坊主役者の宮戻り雨に逢たるごとくにて しほたれ行を ぼつ立/\舩場をさして引添行 奥より
出る女子共 申/\お二人様 お客方のお出なさるに間も有まい 店卸は何とする 次兵衛は来ぬかと
お叱りなさるゝ 早ふお出とせかされて 夫はならぬと帳算盤 咲弥も供に掛硯提て奥へぞ
急ぎ行 既に其日の刻限と宿老を先に得意方 一家別家に至る迄路次から通す

客もふけ 座付の吸物引かへの壷物茶碗 木具肴目刺 木の葉も春めきし
三味の音しめも声花に 恋すてふ 四方に浮名は龍田の鹿の夫を紅葉の 詞も憎
や 萩の錦の褥にいつか転かちなる草枕 其春秋をいくつして 霜降松も千代迄
と契りし事も仇し夜の夢としりせば覚ざらましを アゝ儘ならぬ浮世やと 暫し涙に
母親の そぶりいかゞと慕ひ出 次兵衛はかしこに伺ひ聞 アノ歌の唱歌の通り 播磨屋
の義兵衛と 天茶後家が色事して居る アノ年に成てさへ 徒ら者じや悪性な婆ては有と
諷ふのも 余所に吹く風梅が香の 袖に留らぬ心地して 支配人の忠四郎が 不埒したのを幸


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に残りの手代は年若なり 壓石がなふてはしまりが有まい 播磨屋の義兵衛を肩入番頭に
頼まふと 奥のでんどで相談したら 聞ぬ兄弟町衆迄 不得心なは是非ないが 餘の人千人万
人より たつた五人か七人に心の底を見破されどふマア生ていられふぞ 死るが恥を知たる証拠 なむ
あみだ仏と剃刀取出し 自害と見ゆればコレ申母者人 マゝゝゝゝお待なされませ イヤ/\/\留ずと放し
て殺してくれ イエ/\ いや/\ イエ/\ いや/\ イエ/\ いや/\と漸に押とゞめ コレ申母者人 今死つしやる恥かし
さと 息子にも持そふな播磨屋の義兵衛と 返事なされた新枕の夜は 恥かしさが違ひ
ますか 今迄人が何のかのと 評判聞てもお若いから 端手好みのこなたじやさかい 悪口いふのと

思ふて居たが けふのを聞てモゝゝゝ隘阻(あいそ)こそも 尽果ましたわいのふ さつきの恥を幸
に 思ひ切ても下さろなら 不時に成ても仕廻ふが 死ふとさつしやる心からは こなたこりや
思ひ切気はないおのじやの 可愛そふに年若(としわか)な栄蔵 こなたの腹から産しやつた此次兵衛に迄
恥のかきあきせいとの事か ならふ事なら此限りに 思ひ切て下さりませと詞を尽し母親に
恋の異見の良薬は利き目も嘸としられけり 母は何共返答の 涙なからにかい立て 庭に有り
合ふ鳥荷から 鴨一番(つがい)取出し我子が前に押並べ 真実な今の異見 悪ふは聞かねど是を見や 生き
とし生けるもの毎に 妹背の道はかはらねど 分けて色情深きは水鳥 生きて居る時ばかりかは 死でから


19
さへ此様に 枕ならべて睦まじいが そなたの目には見よい物か 見苦しい物か夫聞きたい そりや申
さいでも知れた事 妹背目出たい鳥なりやこそ 婚礼の遣ひ物みの トならべてやるではご
ざりませぬか イヤ/\そふでは有まいぞや コリヤ是 天満の紙屋次兵衛と 紀伊国屋の小春とやら
が心中した死に體(からだ) 野江や飛田に捨られて 恥をさらした姿じやはいのふ エゝ何とおつしやりますと
詰寄胸ぐら引寄せて 老いの拳に打据へ/\ コリヤやい爰な不孝者め 此母が身嗜み 悪性
婆と仇名取るを 人は誠と思はふ共 儕はそふ思はぬ筈 コリヤマなぜと いへ死なしやつた旦那殿の 妾狂ひを
ぶつつり共悋気せず 砂原の妾宅へ わしも折々見舞に寄ば あつちからも心安ふ 親の様に思ふて下

さる 栄蔵を悦ばしやつた七夜の内から病気にも 旦那殿や召つかひの 女共は傍へも寄せず
此母斗を昼夜の伽 大切に及んでから 申奥様 何ぼお育ちがらといふても 悋気嫉妬は有そな
物を 其お顔もなされませず 此年月の御深切 有がたふ存じまする お心に叶ふ程御恩も送
らず死なねばならぬ 迚もの事に産だ子を 頼みまするを云ひ死に 落入らしやつた妾殿から
預つた大事の子 産(うぶ)風一つ引かさずに 育て上る其中に 旦那殿にもつい別れる 家督
知れた兄の次兵衛と 一家別家のいふをも聞ず 弟に家を立てさす程に 貞節立てても
情なや 腹借した子は猶かはゆく 米商ひで身上しもつれ 血をはくやうな工面をするげな 


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新地通ひもうさ晴らしじや 弟に無心もいひたからふが 義理を思ふていはぬと思や アかはいや
/\ と心の中は一年中 煩ふて斗居るはいやい 日にち毎日店先で 引きさする金銀を 五十貫目や
百貫目は 借してやつても大事なけれど 義理の子の身体に弱みが付たと云はれては 世間は
元よりあの子へ立ず 硝子(びいどろ)の中へ這入て 水底の金を取に行く譬へのふし あられぬ罪を
作るのも 皆儕から起つた事 あんまりあまりやりたさが かうじ/\て思ひ付 播磨屋
義兵衛は子供の時から馴染といひ 頼もしい産れつきを見込で 迷惑がるを無理無体 置屋をさして
銀主じやの 天栄後家が尻聞きじやのと 浮名を取てあられもない コリヤ見おれ 機(はた)しねの様な 此

髪を さき笄の両輪のと我身ながらも厚かましふ 白粉べた/\塗る時は 八寒地獄
大紅蓮 釼の山の長簪 鬼の苔(しもと)の笄に抜かるゝ舌は鼈甲の くし/\思ふてやる金共
しらでうか/\茶屋狂ひ 鼻毛よまるゝ金と知ったら やるまい物を手を出して 我子の金を
盗んだる罰が儕に報ふたか アノ年若な弟に恥しめらるゝといふ様な 身の持やうが有る物かいやい
忠四郎めを追出して 事は儕でも済まぬ金 済まそは母が此命 死で儘子へ言訳と 剃刀取れば 申/\
/\/\ 誤りました 新地通ひはふつつりやめ 挊(?かせぎ)出して右の銀子は 栄蔵方へ済まします
それ共お果なされふなら 私めから先さきへ 殺して下されお慈悲にと 母の真身を


21(裏面)


22
奥と口 立聞したる栄蔵も思はずわつと声立てて 涙々の店おろし袖や袂の帳祝ひ
とめはは更になかりかり アレ栄蔵の聞て居やる 爰を放して殺してくれ イヤ私がとせり合ふ
親子 障子をばつさり打抜く包みに結びし一通 ヤア こりや是忠四郎へ渡せし証文 請取
て引負さしたは 此方の無調法 差引残りの其金子 算用詰は又跡から お心置なふ
御用をと いふにいはぬも義理と義理 実散ればこそ/\いとゞ桜は目出たけれ 散りぬ
命の姥桜 猶御寿命の長かれと神に 祈の体勢桜 仏の御名の普賢像 彼岸桜
と咲匂ふ 端手な髻桐がやつ 浅黄桜の花衣着て 又若やげる盃の数々 めぐるぞ