仮想空間

趣味の変体仮名

心中天網島 上之巻

 

 
読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
     イ14-00002-570

2
  紙屋治兵衛 
  きいの国や小はる  天の網嶋 作者近松門左衛門
さん上ばつからふんごろのつころちよつころふんごろで
まてとつころからゆつくる/\/\たが 笠をわんが
らんがらす そらがくんぐる/\も れんげれんげればつ
からふんごろ よねがなさけの そこふかき 是かや恋の大海を
かへもほされぬしゞみ川 思ひ/\の思ひ歌 心が心とゞむるは
門あんどうのもじがせき うかれそめきのあだ上るり やくしや


3
物まね納屋は歌ニかいざしきのしゃみせんに ひかれて立寄
きやくも有もん日のがれて顔かくし しすごしせじと忍び風
中いのきよが是を見て 身のがれが来りける づきんのしこ
ろを取はづし/\ 二三度逃のびたれ共 思ふおてきなればのが
さじと とびかゝりひつたりわるじやれ ごんせととめたる女かけ清
しころとづきん ついふみかぶる客も有 橋の名さへも梅さくら
花をそろへし其中に 南のふろのゆかたより今此新地に恋

衣 きの国屋の小はるとは 此十月にあだし名を 世にのこせと
のしるしかや こよひはたれか よぶこ鳥 おぼつかなくもあんどのかげ行
ちかふよねの立帰り ヤ小はる様かなんといの たがいに一座も打たへ 貴面
ならねば便も聞ず気色がわるいか 顔もほそりやつれさんした
誰やらが咄できけば紙治様ゆへ 内からたんと客のふぃんみにあ
はんして どこへもむさとはおくらぬの いや太兵衛様に請出され ざい
しよとやら伊丹とやらへいかんす筈共聞及ぶ どふでござりやすと


4
いひければ アゝ伊丹/\といふてくだんすな それでいたみ入はいな
いとしほなげに紙治様とわたしが中 さ程にもないことを あのぜい
こきの太兵衛がうき名をたてゝいひちらし 客といふ客はのきはて
内からは紙屋治兵衛ゆへじやとせく程に/\ ふみの便も叶はぬ様に
成やした ふしぎこよひは侍しゆとて河庄かたへおくらるゝが かう
いく道でももし太兵衛にあはふかと気遣さ/\ かたき持同然の
身持 なんとそこらに見へぬかえ ヲゝ/\そんならちやつとはづさんせ

あれ壱丁めからなまいだ坊主が てんがう念仏申てくる 其見物
の中に のんこに髪ゆふてのららしい たてしゅじまんといひそな
男 たしかに太兵衛様かと見た あれ/\爰へといふ間程なくほう
ろくづきんの青道心 すみの衣の玉だすき見物ぞめきに取ま
かれ かねのひやうしも出合ごん/\ ほでてん/\ごねぶつにあだ口
かみまぜて はんくはいりうはめづらしからず 門をやぶるは日本の朝
ひなりうを見よやとて くはんの木さるの木引やぶり うれうこ


5
されうこ討取て なんなく過る月日のせきや なまみだなまいだ
/\/\ まよひ行共松山に 似たる人なきうき世ぞと ないつエゝ/\ワハ/\/\
笑ふつきやうらんの 身のはて何と浅ましやと しばをしとねにふし
けるはめもあてられぬふぜいなまみだなまいた /\/\ えい/\/\/\/\
こん屋の徳兵衛 ふさにもとより恋そめこみの 内のしんだいあくで
もはげず なまみだなまいだ /\/\/\/\/\ アゝ是ぼんさま なんぞ エゝ
いま/\しい やう/\此頃此里の心中ざたがしづまつたに それお

いて国せんやの道行念仏がしよもうじやと 杉が袖からほうしや
の銭 たつた一銭二銭て三千余りをへだてたる 大みん国への長旅は
あはぬだ仏あはぬだ /\/\ ふつ/\いふて行過る 人立まぎれに
ちよこ/\走とつ河内やにかけこめば 是は/\はやいお出 お名さへひ
さしういはなんだやれめづらしい小はる様/\ はる/\で小はる様とあるし
のくはしやがいさむ声 是門へ聞る 高いこえして小はる/\いふて
くだんすな おもてにいやなりとう天がいるはいの ひそかに/\たの


6
みやすと いふももれてやぬつと入たる三人つれ 小はるどのりとう
天とは ない名を付て下された 先礼からいひましよ つれしゆ 内々
咄た心中よしいきかたよし床よしの小はる殿 やがて此男が女房に
持か 紙屋治兵衛が請出すか はり合の女郎近付に 成ておきや
とのさばりよれば エイ聞共ない えしれぬ人のあだ名を立 手がら
にならばせいだしていはんせ 此小はるは聞共ないとついとのけばまた
すりより 聞共なく共小ばんのひゞきできかせて見せう 貴様もよい

いんぐはじや てんま大ざか三がうに男も多いに 紙屋の治兵衛
ふたりの子の親 女房はいとこどししうとはおばむこ 六十日/\に
問屋の仕切にさへおはるゝしやうばい十貫目ぢかいかね出して
請出すの根引のとは とうらうがおのでござる 我ら女房子な
ければ しうとなし親もなしおぢもたず 身すがらの太兵衛と名を
とつた男 色里でせんしやういふことは治兵衛めにはかなはね共
かね持た斗は太兵衛が勝た かねの力でおしたらばのふつれ衆 何


7
にかたふもしれまい こよひの客も治兵衛めじやもらを/\ 此身
ずがらがもらふたくはしや酒だしや/\ エ何おしやんす こよひの
おきやくはお待しや 追付見えましよ おまへはどこぞわきであ
そんで下さんせと いへ共ほたへた顔付にて ハラ刀さすかさゝぬか
侍も町人もきやくは客 なんぼさいても五本六本はさすまいし
ようさいて脇ざしたつた二本 侍くるめに小はる殿もらふた
ぬけつかくれつなされても 縁あればこそお出合申なまいだ

坊主のおかげ アゝ念仏のくりき有がたい こちも念仏申そ ヤツかね
の火入きせるしもくおもしろい ちやん/\ ちやんちやんちやん えい/\/\/\/\
紙屋の治兵衛 小はるくるひが杉はらかみで 一ぶこはんしちり/\
かみで 内のしんだいすきやれ紙の はなもかまれぬ紙くず治
兵衛 なまみだ仏なまいだ なまみた仏なまいた/\/\と あばれ
わめく門の口 人めを忍ぶ夜るのあみ笠 ハアゝちり紙わせた ハテき
つい忍び様 なぜはいらぬちり紙 太兵衛が念仏こわくば なむ


8
あみ笠ももらふたと 引ずり入たるすがたを見れば 大小くすん
だ武士の正じん あみ笠こしにぐつとねめたる まん丸めだまは
たゝきかね 念共仏共出ばこそ ハアゝといへ共ひるまぬ顔 なふ小はる
殿 こちは町人刀さいたことはなけれど おれが所にたくさんな新
銀のひかりには 少々の刀もねぢゆがめふと思ふ物 ちり紙屋めが
うるしこし程なうすもと手で 此身ずがらとはり合は慮外千万
さくらばしから中町くだりぞめいたら どこぞては紙くずふみにぢつて

くりよ 皆おじや/\と 身ぶり斗は男を見がく町一はいに はゞかつて
こそ帰りけれ 所からばか者にかまはずこらへる武士の客 紙
屋/\とよしあしのうはき小はるが身にこたへ 思ひくづおれうつ
とりと ぶあいさつ成おりふし 内から走てきの国やの すぎが
けうとい顔付にて たゝ今はる様おくつて参りし時 お客様まだ
見えず なぜ見とゞけてこなんだとひどふしかられます りよぐはい
ながらちよつとゝあみ笠押あけめんていぎんみ ムゝそでない/\きづ


9
かひなし 跡つめてしつほりと小はる様 したゝるたつのきじやうゆ くは
しや様さらば後に青なのひたし物と 口合たら/\立帰る しごく
かた手の侍 大きにぶけうしこりや何じや 人のつらをめきゝするは身
をちや入ちやわんにするか なぶられには来申さぬ 此方のやしきは
ひるさへ出入かたく 一夜のたしゆつもるすいへことはり帳に付 むつかし
いおきてなれ共 お名聞て恋したふたお女郎 どうぞと一座をねが
ひ 小者もつれず先刻参つて宿を頼 なんでも一生の思ひ出 お

なさけにあづからふと存たに いかなにつこりとえがほも見せず 一ごんの
あいさつもなく ふところで銭よむ様に扨々うつふいて斗 首筋が
いたみはいたさぬか なんとくはしや殿 ちや屋へ来てさんじよの夜
とぎすることは ついにない図とぶつゝけば お道理/\ いわくを御ぞんじ
ないゆへ御ふしんの立はづ 此女郎は紙治様と申ふかひお客がござん
して けふも紙治様 明日も紙治様と わきから手ざしもならず 外の
おきやくはあらしの木の葉でばら/\/\ のぼりつめてはお客にも


10
女郎にも得手けがの有物 第一つとめのさまたげとせくはどこし
も親方のならひ それゆへのお客のぎんみ おのづと小はるさまも
お気のうかぬは道理 お客も道理だうり/\の中取て あるじの
身なれば御きげんよかれが道理のかんじんかんもん サアはつとのみ
かけわさ/\わつさり頼ます 小はる様はる様と いへ共何のへんとうも
涙ほろちの顔ふり上 あのお侍様 おなじしぬる道にも 十夜
の内にしんあだ者は 仏に成といひますが定かひな それを身

がしることか だんな坊主におといなされ ほんにそうだじや そんならとい
たいことが有 じがいすると首くゝるとは さだめし此のどを切るかたが たん
といたいでござんしよの いたむかいたまぬか切ては見ず 大かたなこと
とはつしやれ 小気味のわるい女郎じやと さすがの武士もうてぬ
顔 エゝはる様 しよたいめんのお客にあんまりなあいさつ ちつと気をかへ
とりやこちの人尋て来て酒にせうと 立出るかどは宵月の かけかた
ぶきて雲のあし 人足うすく成にけり 天満に年ふる ちはやふる 神には


11
あらぬ紙様と世のわに口にのる斗 小はるにふかくあふぬさのくさり
合たるみしめなは 今はむすふの神無月 せかれてあはれぬ身と
成はて あはれあふせのしゆびあらば それをふたりが さいご日と な
ごりのふみのいひかはし 毎夜/\の死かくご 玉しいぬけてとぼ/\うか/\
身をこがす にうり屋て小はるが沙汰 侍客で河庄方とみゝに入より
サア今宵と のぞくかうしのおくの間に客はづきんをおとがいの いごく斗に
声聞ず かはいや小はるがともしに そむけた顔のあのやせたことはい

心の中は皆おれがこと 爰にいるとふきこんで つれてとぶなら梅田
か北野か エゝしらせたい呼たいと 心でまねく気は先へ身はうつせみの
ぬけからの かうしにだき付あせり泣 おくの客が大あくび 思ひほ有女
郎しゆのおとぎで気がめいる かどもしづかな はしの間へ出てあん
どうでも見て気をはらさふ サアござれとつれ立出ればなむ三宝
と かうしのこかげにかた身をすぼめかくれて聞共内にはしらず なふ
小はる殿 よひからのそぶり 詞のはしに気を付れば くはしやが咄の紙治


12
とやらと 心中する心と見た ちがふまい しに神つきたみゝへは いけんも
道理も入まじとは思へ共 さりとはぐちのいたり さきの男の無分別はうら
みず 一家一もんそなたを恨にくしみ 万人に死顔さらす身の恥 親は
ないもしらね共 もしあればふかふのはぢ 仏はおろか地ごくへもあたゝ
かに ふたりづれでは落られぬ いたはし共せうし共一げんながら武士の
役 見ころしには成がたし 定てかねづく 五両十両は用に立てっも物たし
神八幡侍めうり他言せまじ 心てい残さず打あけやと さゝやけば手を

合せ アゝ忝い有がたい なじみよしみもないわたし 御せいごんでの情のお詞
涙がこぼれて忝い ほんい色外にあらはるでござんすか いかにも/\
紙治様としぬるやくそく 親かたにせかれてあふせもたへ さしあひ
ありて今急に請出すことも叶はず 南のもとの親かたと爰とに
まだ五年有年の中 人手にとられてはわたしはもとよりぬしは猶一
ぶんたゝず いつそしんでくれぬか アゝしにましよとひくにひかれぬ義
理づめにふつといひかはし しゆびを見合せあいづをさだめ ぬけて出


13
よふぬけて出よと いふ何時をさいご共其日おくりのあへない命 わたし
ひとりを頼みの母様 南邊にちんしごとして裏屋住 しんた跡では
袖こひ非人のうへしにもなされうかと 是のみ悲しさわたしとても
命は一つ 水くさひ女と思召も恥しながら 其恥をすてゝしに共ないが
第一 しなずにことのすむ様にどうそ/\頼やすと かたればうなづくし
あん顔 そとにははつと聞おどろく 思ひかけなき男心木から落たるごと
くにて 気もせきくるひ扨は皆うそか エゝ腹の立 二年といふ物ばかされた

根性くさりのきうねめ ふん込て一打かつらはぢからせて腹いよかと はぎり
きり/\口おし涙 内に小はるがかこち泣 ひけうな頼ことながら お侍
さまのおなさけ ことし中来春二三月の頃迄 わたしにあふてくだん
して かの男のしにゝくるたびことに じやまに成て期をのばし/\ をのづから
手をきらば さきもころさずわたしも命たすかる 何のいんくはに死る
けいやくしたことぞ 思へばくやしうござんすとひざに もたれ泣有様 ムゝ聞
とゞけた思案有 風もくる人や見ると かうしのしやうじばた/\と 立聞


14
治兵衛が気も狂乱 エゝさすがうり物やす物め どしやうぼね見ちかへ
玉しいとうばはれしきんちやく切め 切ふかつかふかどうしやうじにうつる二人
のよこ顔エゝくらはせたいふみたい 何ぬかすやらうなづき合 おがむさゝやく
ほへるざま 胸をおさへさすつてもこらへられぬかんにんならぬ 心も
せきにせきの孫六一尺七寸ぬきはなし かうしのさまより小はるが脇
腹 爰ぞと見極めえいとつくに座にはとをく 是はと斗けがもなく
すかさす客がとびかゝり 両手をつかんでぐつと引入 刀のさけ緒手ばし

かくかうしのはしらにがんじからみしつかとしめ付 小はるさはぐな のぞ
くまいぞといふ所にていしゆ夫婦立帰り 是はとさはけばヲゝくるしう
ない しやうじごしにぬき身をつき込あばれ者 うでをしやうじにく
くり付 思案ありなはとくな 人立あれは処のさはぎ サア皆奥へ 小
はるおじやいてねよう あいと見しり有わきざしの つかれ
ぬ胸にはつとつらぬき すいきゃうのあまり色里には有ならひ
さたなしにいなしてやらんしたら ナア河庄さん わしやよさそうに思ひ


15
やす いかな/\身しだいにして皆はいりや 小はるこちへとおくの間の
顔は見ゆれどくゝられて かうし手かせにもがけばしまり 身はぼん
のふにつながるゝ大小おとつたいき恥と かくごきわめし血の涙 しほ
り 泣こそ不便なれ ぞめきもどりの身すがら太兵衛 扨こそ河庄が
かうしに立たは治兵衛めな 投てくれんと えりかいつかんで引かづくあい
たゝた あいたとはひけう者 ヤアこりやしばり付られた 扨はぬす
みほさいたな ヤいきずりめどうすりめとてははたとくらはせ ヤかんとうめ

ヤごくもんめとてはけとばかし 紙屋治兵衛ぬすみしてしはられたと
よばゝりわめけば行かふ人あたり近所もあつまる 内より侍とん
で出 ぬす人よばりはおのれか 治兵衛が何ぬすんだサアぬかせと 太兵衛
をかいつかみ土にぎやつとのめらせ おきればふみ付ふみのめし/\
ひうとらへてサア治兵衛 ふんで腹いよと足本につき付つを しばられ
ながらほうかまち ふみ付/\ふみさがされて土まぶれ 立あがつてね
め廻し あたりのやつはらよふ見物してふませたナア 一々につら見お


16
ぼへた へんほうするおほへておれと へらず口にて逃出す 立よる人々どつと
笑ひ ふまれてもあのおとがひ 橋からなげて水くらはせやるな/\とおつ
かけ行 人立すけば侍立よつてしばりめとき づきん取さるめんてい ヤア
孫右衛門殿兄じや人 アツアめんぼくなやとどうと座し 土にひれふし泣い
たる 扨は兄御様かいのと 走出る小はるが胸ぐら取てひつすえ ちく生め
きつねめ太兵衛よりさきうぬをふみたいと足をあぐれば孫右衛門 ヤイ/\/\/\ 其
たわけからことおこる 人をたらすはゆうぢよのしやうばい 今めに見えたる

此孫右衛門はたつた今一げんにて女の心のそこを見る 二年あまりのなじみ
の女 心てい見付ぬうろたへ者 小はるをふむ足で うろたへたおのれが
こんじやうをなぜふまぬ エゝぜひもなや 弟とはいひながら三十におつ
かゝり 勘太郎お末といふ六つと四つの子の親 六間口の家ふみしめ 身
だいつぶるゝわきまへなく 先のいけんをうくることか しうとはおばむこ しう
とめはおばじや人親同然 女房おさんは我ためにもいとこ むすび合/\
重々の嫁じや親子中 一家一もんさんくはいにも おのれがそねざき


17
かよひのくやみより外よのことは何もなひ いとしひはおばじや人 つれあひ
五左衛門殿はにべもないむかし人 かゝのおい子にたをされ娘をすてた お三
を取かへし 天満中に恥かゝせんとの腹立 おばひとりの気あつかひ
てきに成みかたに成 やまひに成程心をくるしめ おのれが恥をつゝ
まるゝ恩しらず 此ばちたつた一つでも行さきにまとか立 かくては
家も立まじ小はるが心てい見とゞけ 其上の一思案おばの心も
やすめたく 此ていしゆにくめんし おのれが病のこんげん見とゞくる 女房子

にも見かへしは尤心中よりの女郎 アゝお手がら けつかうな弟を持 人にもしら
れし粉屋孫右衛門 まつりのねりしゆか気血が非かついにさゝぬ大
小ほつこみ くらやしきの役人と 小づめやくしやのまねをして ばかをつくした此
刀 すて所がないわいやい 小腹が立やらおかしいやら 胸がいたいとはぎしみし 泣
顔かくす十めんに小はるはしゞうむせかへり 皆お道理と斗にて詞も 涙
にくれにけり 大地をたゝいて治兵衛 あやまつた/\兄じや人 三年先より
あのふるだぬきに見入られ 親子一門さいし迄そでになし しんだいの手も


18
つれも 小はるといふやじり切にたらされこうくはい千万 ふつつり心残ら
ねば尤足もふみ込まじ ヤイたぬきめ きつねめ やじり切め 思ひ切た
せうこ是見よと はだにかけたるまもりふくろ 月からに一枚づゝ取めし
たるきしやう あはせて九枚もどせば恋もなさけもない こりや請とれ
とはたと打付 兄じや人 あいつが方の我らがきしやう数あらため請取て
こなたの方で火にくべて下され サア兄きへ渡せ 心得やしたと涙なからな
げ出すまもりふくろ 孫右衛門押ひらき ひいふうみジよ 十二廿九枚かず

そろふ 外に一通女のふみこりや何じやと ひらく所をアゝそりや見
せられぬ大じのふみと 取付を押のけ あんどうにてうはがき見れば小
はる様まいる 紙屋内さんより よみもはてずさあらぬ顔にてくは
いちうし 是小はる さいぜんは侍めより 今は粉屋の孫右衛門あきない
めうり 女房かぎつて此ふみ見せず我一人ひけんして きしゃう共に火
に入る せいもんにちがひない アゝ忝い それでわたしが立ますと 又ふしし
づめば ハア/\/\ うぬが立の立たぬとは 人がましい 是兄じや人 かた時もさや


19
つがつらが見ともなし いざごされ去ながら 此無念口おしさどうもたまらぬ今
生の思出 女がつら一つふむ ごめんあれとつゝとよつてじだんだふみ エゝし
なしたり 足かけ三年恋しゆかしもいとしかはいも けぐといふけふたつた此あし
一本のいとまこひと ひたひぎはをはつたとけて わつと泣出し兄弟づれ 帰る
すかたもいだ/\敷跡を見送声をあげ なげく小はるもむごらし
き ぶしんぢうか心中か 誠のこゝろは女ばうの其一ふでのおくふかく
たかふみも見ぬこひのみちわかれて こそは「かへりけれ