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趣味の変体仮名

御蔵前女仇討

 

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江戸 浅草
御蔵前女仇討
 天王町 鳥越橋際

夫忠孝貞信は男女
のへだてなく人の道にして
めづらしからず 然れども
忠孝は明君のいへにありて
あらわれかたし故に積善の
家にはよけいあり せき悪の
いへにはよわうあり むべなる哉
頃は嘉永六丑の十一月廿八日 女仇うち
の次第を尋に度に 常陸のくに
阿内こうり上ねもと村は三千石
の大村なり 名主に与右衛門と
云ねいしんあり 同村名主幸
七と日頃なかよからず 与右衛門ふと
あくしんおこり ぼうけいもつて名主
幸七をなきものにせんとたくみける

あるひよろこびごとありて これをさいわいに同名主幸七をまねき いろ/\にきやうおうなし いん
ぎんにもてなしける 幸七はこれを少しもしらず しきやうにも とくやくを用ひけれ ついに三十三才とて
我が家へかへりてしす あはれむべし そのご一家をあざむきおいはひ ときに弘化四年のことなり
妹たか 兄幸七しかうのしをなせしこと与右衛門のしはざなり先祖より村おさをつとめいたる
にあまつさへこきやうにいる事ならずとて深くもなげきかなしみけり 扨もたかはむなしく月日を
おくりしが 兄の仇すておきがたしとむねんのはがみくいしばり 尤与右衛門は武げいはよしといへ共
一人命をすつるときは万夫もてきすることあたわずとか 然れどもしそんじたれば一大事なりとやら心しづめ先ず
は江戸表にゆかりありければ古郷をはなれ ばくろう丁二丁め田中や八右衛門をたより なにとなく奉公
をのぞむ 八右衛門ふびんいおもひ神田おたまがいけ千葉先生に奉公いだし 兄の仇を討たくや思ひ
けん 暑寒をいとはず奉公の合ま/\にけんじつを学び又一心に神ぶつをいのり ちうやを
わかたづはげみける 天其心ざしをあはれみてか仇与右衛門あさくさふくい丁代地杉本や万々
いる事きゝ出したが天のあたへとよろこび 四五日付ねらひ 天命のがれず与右衛門 御年ぐ上
のうのかへり天王丁にて行合たりたがすぐになのりかけ与右衛門おどろきにげんせしを助だち
鉄せんにて面てい打付両かはてはやくかた先切込たら与右衛門後にたおれける すぐにちか下四五寸切付る
誠に深あくのむくひおそるべし 終本望とげしす めでたし/\