仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記(紀海音) 第二

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      イ14-00002-193


23(左頁)
   第二
手車の品こそかはれ 源は 清和のながれせきとゞむ こひの
見なとに頼家公色と酒との乱れ髪 さばけ過たる近
習がそゝりあげたるたいこ口 拍子に乗て手車の女房達は
ざは/\と殿御ひとりを宿の花枝ををはなれぬ風情にて ふ
ともゝつめるほくろぬく姿くづれてしどけなき わかさのつぼね
おくよりも悠々と立出て ナフ申我君様 どふ思しめすおこゝろ


24
正体もなき御風情 母君さまや北條殿御みゝへいらばさぞや
さぞ 御なげかしうおぼさんとじつていつくる風俗の つまはづ
れさへやさしけれ 頼家ほとんど無興有 惣じて女といふ者は
子をうむとはや気がめいる 此界に楽しみは色と酒とに極つ
た なんばう富士が名山でもだいてねたらばつめたかろ 更科の
月じやとてさのみかはつた事もなし とかくうき世はやから
かな 膝とだんこと引よせて足さすらせておはします わかさ

まへは声を上 コレ申とゝさま 兄上も聞めせ 女のにめさへあ
まりたる取所なきおあそびに おどりくるふておはします
こなさま方の御心てい なん共わしはのみこまぬ一幡君は
御幼少近頃大事の御命じやなぜ御異見をなされぬ
と 心一ばい理をせめて恥しめる こそ道理なれ 判官眼
に角を立 いらざるそなたのかんげんだて 悋気のやうで見
ぐるしい 大将の御えようが珎しい事でもなし 女護の嶋へ渡らふ


25
と仰せられても是非ないに やかたの内のおなぐさみ
重畳の義と思ふている 御異見はこつちの役そなたの
役は気に入役 やくたいもない事いはず共一幡君のおむつ
かろ 奥へ/\とねめられて残る詞をいへば元に いはね
ば胸に乳もはりていしほ/\として入給ふ かゝる所へちゝふ
の六郎重安披露もとげず入くれは頼家卿もきん
じゆも俄につくる武士行儀 せきばらひこそおかしけれ

アゝ大事ない/\ ちつ共御さはぎあそばすな 重忠こそは
年に恥かたいぢ許申せ共 此重安めは我君の日々
夜々の色あそび 御浦山しう存ゆへ扨こそすいさん
いたせしが 武将共あらふずる御器量にはさりとては
御慰みがちいさいと気をもたすれは頼家卿 ムゝなんといふ
しげやす 手のかはつたる挨拶は是も異見の色品よ
な それ共遊びちいさいと難じて見たる心はいかに


26
さん候我君の遊楽あそばす名は高く 見れば女
中四五人など相手に取てのおたのしみ 大磯ぐるひ
仕る小大名より下の事 和田酒盛の昔など手ば
なした義がおもしろい 某つく/\゛存るに女中の五百
も三百も おせんすいへ追っ放し 龍宮城のたのしみはいかゞ
あらんといひけれは 頼家近習口々に八幡のめる物
ずきかな サア/\女中用意あれ乙姫はびじんの由 さし

づめにわかさのまへそれ/\つかめと立さはぐ しげやすは
小声になり イヤ/\子持はうつるまい 其妹のあさぢこそ比
企殿の乙姫 おと姫の名も御器量もにあはしか
らんとすゝむかを 頼家暫し御思案有成程あさぢ
がきりやうの義は 聞およんだり去ながら きのどくは
夜前はや朝比奈といふ男を持 あの髭頬のいぢ
ばり者か様の事を聞たらは 鎌倉中を一夜さにでん


27
ぐりかへそといおふ物 残念さよとの給へは アゝお気よ
はひ事斗 そのかみ鳥羽の法皇は源の仲宗が さいぢよ
の美質を聞召 仙洞に召入られ御寵愛あそば
され 祇園女御と是をよぶ 其後仲宗法皇をうら
むる色の見へけれは 官職をけづられて隠岐のくにへ
させん有 かやうの例(ためし)も候へはちよつと一筆御墨付 某に
給はらば朝日奈にたいめんし あさぢをむかへ参らんと手に

とる様にいひはなす 判官かねて和田ちゝぶ同士討さする
おとし穴 しすましたりと下えみし ヲゝ頼もしい/\ 娘じまんで
なけれ共こにくてい成朝比奈には ちつと過たと思ふている
頼むといふに頼家も硯引よせさら/\と 一筆書給はれ
ば重安やがて懐中し おきづかひあそばすなきやつを書
ふせたつた今 御輿を入て此御所を目前のりうぐうかい
さんごの枕めのうの帯こはくの盃しんじゆの鍋 人魚の吸物


28
鰐のぬた しやちほこの一献焼くじやくのすりみほうわうの
玉子のふは/\ふはと乗人 心こそおろかなれ 吉日を三浦の
家の御祝言 九十三騎の一門はいふに及ず大小名 出入の
町人御用人御部屋見廻ひの菓子杉折 蒔絵の文箱くれ
ないの紐ときそむる花嫁御 あさぢのまへと聞えしは二八にふたつ
三つ斗 かぞへたしたる器量よし声の鶯百(もゝ)千鳥 聞て詠て
口ずさむ歌の趣向ぞなつかしき かゝる所へ朝比奈は不興がほして

立帰り エゝ嫁入程世に国にめんどうな物はない 外へ出れ
ば鬚頬がほそつたなどゝ夢いさゝか しらぬなんだい云
かけられあたむねわるさに立帰れば めらうめらが
ちらばふて油くさくて頭痛がする あたり八軒よるまいと
こぶしをふれば女房達 逃ておくにぞ走り入 あさぢの
まへは立よりてさりとは初心な其様に あてことはいはぬ物
よめつた晩からおそばへも よらぬといふはあんまりとむ


29
ねんなことゝだきつけば アゝした/\るいゆるしてくれ おがむ
/\と逃まはるを イヤ/\人のこぬ中におまへにちつと無心が
有 サア其無心がきらひ物 けふは大事の精進日いやじや/\
と声たつる スレヤたのむこと聞ぬ気か エゝあたくどいとふり
はなし かけ入らんとする所をあさぢはやがて懐より 守り
脇指取出し既に自害と見へけれは 朝比奈やがていだ
きとめ サア品によつて聞てくりよ たんき成女が有いかにも

無心聞であろ ひらに/\と押しとゞむあさぢ悦び手をつかへ
むしんと申は別ならず 恥かしながらみづからを判官殿のむすめ
とは偽りにて候と いわせもはてず朝比奈 ナニ能員(よしかず)が子で
ないといふしさいは アゝ御ふしんは御尤 我は都六条のけいせいにて
候が 畠山のしげやすさま京詰の折ふしに かりの枕のかさなり
てあだに思はぬ中なりしを 御奉公とて是非もなふついこの
国へ御くだり有 程なふむかひのお乗物身請もしゆび能く


30
相すんで いそ/\爰にくだしりに思ひの外な判官殿 おくの一
間に呼入て向後身共が娘分 風俗詞もあらためて諸事
かうとうにたしなむべし 和田かちゝぶか両家の内むこにとるとの
仰ゆへ しげやす様にあふ事もとながらへありしかひもなく 此
おやかたへ嫁入はしぬべき我がじせつなり おなさけあらば朝比奈
さま我恋人にあはせてたべ 頼ますると泣いちゃり あさひな
おぼへず手を打て 扨たくんだり/\ コリヤきづかひしなわざはひも

三年おけば役に立 身共が女房きらひながそちが為には大
仕合 願ひの通さつばりと埒を明て其上に重安と仲人も
此朝日奈といひも果ぬに奏者番 御上使としてはたけ山
六郎殿の御出と 声々によばゝれはあさぢはハツト立あがり サアかの人が
見へましたはやうあはせて/\と うろ/\するを押とゞめ 某所存
有間 先暫くと奥へやりしきだいにこそ出にけれ しげやす
上座に押なをり威儀つくらひていふ様は 貴殿の内室あさぢ


31
姫 ようぎすぐれし其聞え上聞に達しつゝ 御殿へめされ御酒
宴の御相手にと有御諚にて 某むかひに参りたり さつと
御受申されよと詞するどく相のぶる 朝日奈ふつと吹出しいろ
狂ひする程有てうそがうの過た狸どの 尾を出世/\手
も出して下されませいと降参せい くはぬぞ/\六郎とあたま
をたゝいて打笑ふ しげやす少し色をかへ 某一生かりそめにもきよ
ごんいふたるおぼへがない うたがはしくは御墨付てうだいあれとさし

出す 義秀ハツト立寄て巻かへしくり返し ずん/\に引さいて大たち
なかばぬきくつろげ 大声あげて コレヤ六郎 此お使を承りうつかと
爰に来りしは 三浦一家をあなづるのか但は比企の判官に めを
むかれたがこはかつたか所存を聞んとつゝかくる 重安さはぐけしき
なく 非道の使者に某が望で来るはしさい有 当時大みやう
おほけれ共和田とちゝぶの両家こそ 文武の人とさゝれたる
其義盛が何ゆへに 無道ひれつの判官がむこに貴殿をいた


32
されしは しげやすさらにのみこまぬ 善悪さぐりしらんため
わざ/\すいさんいたしたり 忠心かはることなくは妻女を君へあげ
られよ 但悪人一味の気か有無の返答まつすぐに承はらんと
いひけれは 朝日奈顔色やはらげて 成程/\得心した さて
なふ女房といふ者は一夜でとんと持おもり ほかし所をそこ爰
と思案していたまつたゞ中 諚意ほとんど満足せりあさぢ
/\と呼たける 声にしたがひ走り出なふ六郎様なつかしやとす

がり付てぞ泣にけり しけやすハツト赤面の色もこはねもおし
しづめ 比企殿のお娘子あさぢのまへとはこなたよな いか様世間
の沙汰程有あつばれ御きりやう御ようだい 我君のお望も
道理/\と立のくをあさぢは猶も取すがり みれんに侍ふ
御ひきやうな 恨があらば打明てなぜきこへぬとの給わぬ
判官殿にたばかられつらい月日をおくりしも おまへにどふぞ
あはふかと思ふ心のたのしみに 今迄生てはありしぞや たれが


33
こはふてうぢ/\と 見しらぬ顔をし給ふと 千々のおもひを
一口にいふて 歎くぞ道理なり 重安ほうどもてあつかひ 返答
もなくきよろ/\とためいきついでいたりけり 義秀立寄
えりもとをほと/\と打たゝき ぬつくりとした顔付でおつかな
い事しておいたな 根本根元聞ている 左少には候へ共女房
一疋進上する 三百目とはねだるまい まんづだきつけかみつ
けともどかしがるもおかしけれ 重安につこと打笑ひ 遠来

と仰せられ見事の女房給はつて千万大悦仕 私宅におい
て打おかず賞翫いたし申さんと 手を引合ふて立帰るを朝
比奈むかふに立ふさがり 先まて一言とふ事有 シテ其方は
真実に女房に持かしぜん又君へあげふでつれ行のか
ムゝあたらしい詞かな 始に貴殿の内室を迎ひにきたる
某が 今では自分の妻女とてなんといへんが成物ぞ 只今
御所へつれ行と聞より中に押へだゝり ゆみや八幡そりや


34
ならない 此朝日奈が仲人は大かすがいを数百本 打付たより
かたいこと 日本国がゆるがしてもびく共うごくことはない 臆病し
ごくのはらわたが臍の下へおちついたら 何時にてもむかひにこい
それ迄は身が預ると腕おしまくれば 重安もきしよく
を損じ声あららげ ヤア なめ過た朝比奈 汝が仲人をたのみにて
六郎妻を持べきか かりにも比企が娘とは名を聞さへも
けがらはしい さつはりと縁切たぞ ヲゝさらばされ此うへは朝比奈が

女房にする イヤ御諚意じやつれて行 ナンシヤ実正受取か スレヤ何
分にも渡さぬか ヤルマイわたせ ヤルマイと互に詞つめ合て鍔もとく
つろげ立よれは あさぢは左右に取付てせんないことにお命を
はたし給ふか情なや みづから跡をくらましてやかたに見へぬと
有ならば おふたりさまは我君へ申分けこそ立へけれ 時節を待
て判官と親子の縁を切たなら 心かはらず六郎様女夫になつて
給はれと涙ながらに立出れは 両人ハツトかんじつゝでかしたり


35(裏面)


36
神妙也 今出て行はしらぬぶんふうふの縁はきつたぶん 此
やかたをは欠落ぶん朝日奈殿のぶんも立 貴殿のぶんもたつで
あろ いかにも/\ さらば さらば さらば/\と三方へ別れ ゆく身ぞ
「せつなけれ 藝としてせざる事なきたのしみは 富貴のかくの
癖とかや かくて御所にはしげやすが遅参いかゞと夕暮の 鞠
場にさはぐ女中鳥 こたまのひゞく大広間 ゆみ鑓斗役
目とて 立ならびたるけしきなり しかるに和田の義盛は黒

縁の乗物を 玄関ふかく舁すえさせたそ御取次頼みましよ
たのみませうといひ入る 中野五郎立出て ヤアめづらしの和田
殿 何ゆへ御出仕あられしぞ サレハ上意の旨を受 朝日奈がさ
いあひ召つれて参たり 宜敷御披露頼ます ヲゝ御大義
/\追付て御たいめん有べしと 奥へ入らんとする所へはたけ山の
しげたゝ 是も蒔絵の乗物をお次の間迄舁入させ コレ中野
殿 お取次頼ますると声かくる ハア是は/\しげたゝ様 貴殿


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お御出仕有しよな さればとよ世伜しげやすめ上意を受
て朝日奈の さいぢよを伴ふ途中より 俄に邪気に当ら
れて身心なやみ候ゆへ 遅参を憚り某誘引いたし候段 御披
露頼むといひけれは 中野がてんはゆかね共とがめだてして
ねち者らに したゝかなめにあはふかと 成程承知いたしたと御
前をさして走行 義盛顔をさしよせて ナフ重忠 朝日奈
が女房は此乗物の内にいる 御自分同道いたされしその

のり物は何者ぞ 重忠につこと打笑ひ 其方にも朝日奈の
内室伴ひ給ふとは 慥に見届罷有 此方も又あさひなの
さいちよをばつれまいつた いかさま武士の魂は割符をあはす
様な物 あへは仕合違ふたら 其時互にあらためう ハゝ/\/\ ちゝぶ
成程尤じや追付割符がしれう物然らばお尋申まい
ハテ扨後程/\と 互に尻目つかひ合物をもいはずひかへた
り かくと聞より頼家卿やがて広間に御出有 よしもり


38
こなたへ/\と仰に随ひ乗物を手ぐり/\にかき出れば
大将うかれ給ひつゝかごの鳥とはうらめしい すがたをちよ
つと水鳥をとばせ/\と御意を受 義盛やがてのり物
よりくろかはおどしの鎧を出し御前にさし置て つゝしんで
畏る 君をは始近習共こはそもいかにとあきれつゝきよろ
/\としていたりけり 義盛顔をふり上て ハア心得ぬ旁(かた/\゛)かな
朝比奈がさいあひを御所望と有御墨付 重安上意を

のべられし 惣じて武士のさいあひは弓鑓小太刀長刀なと
色品あまた候へ共 世伜に候朝比奈は度々の先がけ矢軍(いくさ)
に うらをもかへさぬ鎧とて親より兄弟より 別てさい
あひいたすゆへ 中々おしみ申せ共諚意をいかでそむかんと む
たひに持参いたせしが若し麁相ばし候かとさあらぬ体にあ
いしらふ 頼家くはつと赤面有 汝ら今日来る事すなをの
所存に有まじと 先達て推量せり 重忠が慮外をもつ


39
いでに聞てあそはんと の給ふ内に乗物を同じく手ぐりに
舁入て白銀の猫取出し御膝もとに指置て 其身ははる
かに押すさり 是は先年頼朝卿西行法師に下されし
銀猫(ぎんめう)にて候を 修行の旅の妨げとて 門前のわらんべに投げ
やりて通りしを 縁のもとめて某が家の秘荘に仕る 承
れは我君は朝日奈がさいぢよをばむらいのれんぼあそば
すよし 彼の女義も出生は京堀河の遊女の由 げにや世上のこと

わざに 猫には遊女が成とやら承つて候へは いづれをてうあひ
なさるゝもさしてかはらぬ義と存 献上いたし候とまがほつくつ
て言上有 比企の員家つゝと出 扨々かた/\゛骨おつて工出され
た事ながら 外のめからは出来過る いはゞ武将の御身にて是式の
御慰み 有まい義共申されず 其上朝日奈女房は 親判官が
おと娘 わかさの局の妹を遊女なんどゝいひ落し 猫の或は鎧
のとて我君をあさけるは 両人共に反逆とにらんだ眼は


40
ちがふまい 返答聞んとのゝしれは 重忠から/\と笑ひ
ナニ我々が逆心とは いにしへ秦の趙高が鹿をば馬と諍ひ
て 世をかたむけし故事なんど聞はつゝてのとがめよな それは
悪人此方は忠義の鎧讒人の鼠をとらする猫成ぞ随
分用心あられいと空うそむいておはします 頼家甚だ
立腹有 ヤアしうさん也汝ら いさめは臣の道なれそ若年者と
あな取て嘲弄するこそくつくはい也 二たび対面叶はぬ

ぞそこ立されとの給へは 両人声を打そろへ ナウ御勘気
とは曲もなや 主君は二代我々父子 元暦治承の昔
より 建仁正治の当代迄身は大山(たいさん)によりかゝり 命は鵞毛
にひとしくして奉公おこたる事なけれは 追はなたるゝお
ぼへはなし いさめの詞は苦(にが)けれ共 身を助るの良薬にてへ
つらふ弁は甘けれ共 命をほろぼす毒草と夢いさゝか
も御存なく 忠臣は遠さげられ佞媚の族(やから)がすゝめに


41
より 隋堤(ずいてい)の柳腰金谷園裏(きんこくえんり)の花の顔 しゆえん
妓楽(きらく)に御めくらみ心をうばゝれ給ふ事 お笑止やなさけなや
三仁去て殷むなしく 范増死して楚は亡びし両人ち
つきよいたしなは 土屋北條土井岡崎新田さゝ木千葉かづ
さ 其外名有諸大名頼みなき世をいきどほり 皆分国
に引こもり讒臣肝人時を得て わざはひ必蕭墻(しやう/\・家の内)より
忽ちおこつて万代の 源氏のお家の恥辱となり 君万歳

のお命も ほろぼし給はん浅ましやと 秩父はお袖に取付は わだは
畳を打たゝきかんげん 誠に道理也 頼家とかふの返答なく
ひかふる袖をふりはなち殿中「ふかく入給ふ 二人はためいきほつ
とつぎ げに良禽は木をえらぶは 賢臣師をえらふ愚将と
しらで今日迄つかへしことの後悔さよ 荒言にくしと聞給ひ
かさねて討手給はらば いざぎよく腹切て臣下の手本にせん物
と すご/\立て帰らるゝ 近習の者共声々に ヤアおくれたる人々


42
かな 君を恨て腹切に所えらみはない筈ぞ 所望/\と取
まいて スハ事こそと見る所に 重安あさひな龍象の波を
けたてるごとくにて 一もんじにかけ来り大だちふつて立かゝれは
詞にも似ず我一と逃て御殿に走入 義秀尚もいかりをなし
しやもの/\し愚人めら 帝釈天の威をかつて喜見城に
こもる共 朝日奈手くせの門やぶりひねりころして捨べしと
両人御殿へかけ入を和田もちゝぶも取付て ヤレはやまるなわか

者共 三たびいさめていれられねは身をしりぞくは君子の
道 首陽のわらびに世をしのぎ渭浜(いひん)に釣をたのしま
ば鎌倉斗に日は照まい 御殿へむかふて慮外すな ヤレまて
/\と引とむる ちゝぶは伯夷が仁をとき和田は四皓(しこう)が義を
まもる しげやす朝日奈両人は かうせい豫子(よし)が殺客(せつかく)の 猛き
をうつすとらの髭 獅子のほゆるがごとくにてゆきつ戻りつ
飛返りおどりくるひし有様は しゆみ渤海をまたがりし 龍


43
伯公のいきほひも是にはいかでまさらんと見る人 きく人
今の世にかたりて ともにけうじける