仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記(紀海音) 第三

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      イ14-00002-193


43(3行目)
   第三
もろこしにまさりし物は何々ぞ 京はぶたへと大みやうの
お道具持のつくり鬚 そろふて/\かちのしゆ 手をふる
腰ふるとりげふる 靍が岡への御さんけい前駆後乗き
らめきて ひかりを三つの大鳥居だんかづらの松かげに 御乗

物をかきすゆれは乳母(めのと)おはした立かゝり かうらいのあめせんか
のみつりうがんにくともてかしづく 御くはほう日ほん一幡君
実(み)ばへを出すはゝ木々や わかさのつぼね当年はお役どし
とぞしろかさね うすかうばいの袖にほふ やなきがえだにはつ
桜 さかせて見たるけしきなり 跡のりなめ川四五右衛門ふたへの
腰も奉公の なゝえにおりてわか君の御前にひざまづき
殿御たいくつなされたか もう追付てござるぞや 八幡様へ


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もやく神へも 手々を合せてのゝさまとおつしやると今の
まに おせがによんによとのびまする 取分けて今日は 放
下もあり能もあり くもまひ綾おり八ちやう鉦 とりおひ
まんざい大こくまひ見せましたならてつきりと 屋形へいの
とはおつしやるまい 久しい事じやかゝさまのお腰かないたみ
ましよ 祖父(ぢい)めがひざへのせませうお出なされとあひすれ
ば イヤ/\爰がおもしろい いつもの様な切合しよ 祖父も人形を

持て出いはやう/\と大将のわやくは心ひろかりし サア切合もしま
せうが あれ/\あそこを見さつしやれ 西から南へおし渡つて
まん/\たる大海も おつくるめて若殿の御せんすいも同じこと
鯛も有えびもあり鰹ぶしの生きたのが びち/\とはね
まする つれ立いて見せましよとまぎらかせ共イヤ/\/\ お
れはきりやい/\と おひざもと成べんけい人形まさかりもつ
てはげあたま こつりとなればアイタゝゝ 八まんかんにんならないと 心へて


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持ふところ人形とともえ女が大なぎなた エイヤツトウトウエイヤツトウ
いかゞはしけんわか君の人形くだけ落けれは かゝさまだいじの
べんけいを祖父めが此様にしおつたと むづがり給へば母君
や女房達は入かはり すかせど聞ぬ/\迚泣入/\し給ふに うろ
/\涙に四五右衛門 若君こらへて下さりませ 今年丁ど四十年
御奉公仕れどか様のふかく仕らぬ 正八幡もせうらんあれ た
くんではいたさぬと おさなき人にせいごんも 実体(じつてい)過ておかしけれ

  鳥追大黒舞
やんらめでたややんらたのしや 千町や万町のとりおいが
まいつた 福の頭をいわひこめしらげもよねやろ まし
らげもよねやろ よねやろがぢやうには福と徳とまいつ
て宿かろと申 宿かり候はゞ殿もさかへ候 我身もさかへ
侍ふ大こくまひを見さいな 福大こく見さいな 大こく/\ 大こく
と申は たいとうの人ならず 天ぢくの人ならず 住吉のすみの


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方にすみやおしていられた それで色がくろいはやん
らたのしややんらめでたや 大こくまひを見さいなふく
大こくを見さいな たれ人の誰やろ 左大臣にうだいじん
くはんばくどのゝお手かけじや 大黒と申は/\は すみまへがみ
のむかしより夜ばいずきなお人で あちらのすみでもち
よこ/\ こちらのすみでもちよこ/\ すみ/\でちよこると
て すみけしにけつまづいてそれでお色がくろいは コレ

大こくまひ とつとゝあつちへのいてたも 鳥追歌のじやま
に成 ホゝ/\ なめたり/\ 女の口から鳥追とはいか成君が鳥追ぞ
色のくろいがおすきなら大黒舞も相伴せう ハゝ/\/\ あり様が
わしやけいせいじやが やうすが有て此通り今日鳥追の
水あげじや ハア いはれを聞ばおもしろや 身共とてもらう
人者 妹のけいせいに何とぞめぐりあはんため 大こくの今
ふきじや あんまりのいた中でもない なんと一所にゆくまいか


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成程/\そうしましよ さあ大こくまひやらつしやれ まづ
こなたからうたはつしやれ やんらめでたややんらたのしや 四五
右衛門声をかけ コレヤ/\鳥追大黒舞 よい所へ参つたゆへわこの
御きげんなをされて しはばら一つたすかつた とてものことに
今一ふしおなぐさめ申てくれ コレハ/\有がたいお詞を聞まする
おのぞみと有からはけいせいの身の上を 鳥追にしてう
たひましよ やんらめでたややんらたのしや 千両や万両

の身受客がまいつた 比企の家にいわひこめ姉御もよね
やろ 妹御も米やろ よねやろがぢやうには欲と悪とたくんで
よめらそと申す よめらし候はゝ比企もさかへ候 我身もさ
かへ候 よめらすが所とは誰人の誰やろ 和田殿にちゝぶどの
大将軍のお手かけじや 御代のさかりとは若殿の 御いはひ 歌
や心にかゝりけんわかさのつぼね顔さし出し よく/\見れは
都にておなじながれをつとめたる 妹女郎の八千世なり 何


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ゆへかゝる身のうへと といたくも有あさぢも又 かたりたさに
来たれ共 人めを忍ぶ粋同士の顔と顔とにしらせあふ それ
さへ有に大こく舞 面引とれは是はそも 兄の花垣伊織の介
あらなつかしやと飛付程に思へ共 若君のため比企殿の
身のあだとこそ成べきと せきくる胸を押しづめ ヤイそこな
大黒舞 おぬしは麁相者そうな あたりさはりに成ことを必いふ
なうたふなと 詞はさげて心には いたゞきまする兄様としらせ

まほしきふぜい成 四五右衛門気もつかず 大こく舞も何成と
おもしろふ申ませ いおりはじつとえしやくしてしからばせつ
しやも身の上を おなぐざみに申ましよ 大こく/\ならず
ものゝ大こく 大黒と申は 大ぢくの人でなし 上京の素浪
人ちやんが一銭あらかねの 槌で打てもかねは出ず乗るべき俵
もたざれは 米に妹をしろなしてそれで親子くらした さつて
も哀な大こく さればくはほうはしれぬ物米に売た妹が


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此国の殿さまのおくさまになつたげな さらばむしんを
いはふと たび立の大こくさつてもむさい大こく 大こく
まひを見さいなむさ大こく見さいな 大黒の能には
一に妹が見ぬ顔で 二ににくいこんじやうで三にさあら
ぬつらをして 四つよい物きはつて 五ついかついけしきで
六つむさい下心(げしん)で 七つ何がおしうて 八つやつかいきらひおる
九つこちらをえむかひで 十でとむねつきおつた 扨もむごい大黒

やうすしらねば四五右衛門かた身ゆすりて打うなづき さぞ/\
腹が立申そ 扨々々々妹めは言語道断にくいめろ 当分
栄華にほこる共何のしやうらいよかんべい そんな不義やつ
こつちから勘当をぶち切て わかいが花じや立身の思案しが
くをしめされい 近頃あなづりがましいが御合力申すとて
腰をさぐつて百の銭 ころりとそばへ投やれば ハツト斗に
押いたゞき冥加にあまりし御合力 とてものことに此銭


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を 妹が頬へ投たいと恨を ふくむめの内に余る 涙ぞ道
理成 わかさも今は人めにもあまる難義の色見へ
て 四五右衛門に指しむかひ そなたはよふぞ気が付た 貰ふ者
よりいもうとが影で聞たら嬉しかろ イエ いかな事/\ よろこぶ
事は扨おいてたはけた祖父と笑ひましよ ハテなふそうはいは
ぬ物 他人のめにさへ浅ましく見る影もなきなりかたち い
もとは身にも命にもかへてくるしう思ふらん され共もしは国

のため家のため又子孫のため 三つをひとつにからめたるせつ
なひ義理の有ゆへに ひとりの兄につらい共犬ちくしやう
といはれても 名のらぬ妹が心かと他人の我身に引
あてゝ 思ひやるさへ魂も きゆる斗に悲しやと 余所
めはこその涙川しづむは やがて我身なり 取身だしては
かなはじと かたちをつくりいなおりて よしなき事に隙取
て神やおそしと待給はん 鳥追斗は若君のおとぎに


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やかたへ召つれん 大こく舞は立帰れと輿の戸はたとさし
給へば ソレお乗物やりませい ハツトこたへて行列のあしも
しと/\過行は いおりのすけ大音あげ わかさのつぼね
よつく聞 きらはゞ兄には成まいがたつた一言人しれず
とはで叶はぬ事有てかたちをやつしなりをかへ やう/\めぐり
あひたるぞ 一夜はやかたへつれてゆけわかさのつぼね妹
と人めもいはずよびたけれは 笠原太郎かけもどり何

ともならぬ横道者 わかさのつぼねの御ことは比企の判
官能員とて お大名のおや里あり 何者に頼まれてかゝる
慮外をはき出す白状する迄家来共それ打たゝけと
のゝしれは ヤアそこつばしなさるゝな なりこそびろくいたし
たれ心は花がきいおりの介 棒のさきでも当たらば八まん
かんにんいたさぬと そり打かけてきしよくする 笠わら
もとよりぶこつ者やせらう人の腕ずんばいたゝきおとせと


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下知せられ 追取まいて打けるは笑止といふもあまり
有 わかさのつぼね身をもがき ヤレそこつすなはやまるな
ひろひせかいに同じ名の 有まい物でなき物をこらへ
ていなせ浪人も むしをしなせて逃ていね ヤレ逃にがせ
と声をあげ あせり給へど心なきざう人原は聞入ず
おきればたゝきたてば打 落花らうぜき花がきとどつ
と笑ふて入にけり むざんやないおりの介 声をはかりに泣

さけび エゝどうよく者妹め 此体を見てやうもよも 打
すてゝは帰るよな 命の内に此恨 おのれはらさでおかふ
かと すご/\立て行袖や紙子もちぎれづきんさへ ゆくえも
しらぬ大こくまひ 打出の小槌 現なき身の行すえこそ
おぼつかな 玉しげる 家に住む身は物思ひ しらで顔さへ
かたちさへ 気さへわかさのつぼねとは名にこそ立れ人し
らぬ 下のなげきにきへ返る雪見のちんに立いでゝ


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あさぢをちかくまねきよせ 扨々久しやなつかしや ほのかに
聞しはそなたにも判官どのゝなさけにて 朝日奈をとのご
に待かしづかるゝこと沙汰せしが 思ひの外のなりかたち きづかはし
やとの給へは あさぢはしばし涙ぐみとはるゝさへも恥かしき あ
だにはかなき身のうへを あはれとおぼし給へかし つとめをいたす
おりからに重保さまといひかはす ふかき中をは引さかれ思
ひもよらぬ和田殿へ よめつていたる其晩は恐ろしいやら

悲しいやら 現心もなかりしに 武道を見がく朝日奈殿事の
道理を聞わけて しげやすさまとお出合にかはらぬ中のえん
むすび 御取持にあづかりしをてゝごにおとらぬかたいきで 悪
ぎやく無道の判官が娘とあればそはれぬと かへり見も
なき御返事ゆへしからば親子のえんきつて そのうへそうてた
まはれと詞をつめてわかれしが たくみのおほき判官にあふ
ていふのも気味わるく つてをもとめて頼もふもおまへなら


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てはなきゆへに けふ物もふでを幸ひに 道に待受侍ふとしほ
/\としてかたりける 扨なふ左様なことそとは夢いさゝかもしら
ざりし いとしやくらうしやつたの 遠慮がましい今迄になぜ談合は
したまはぬ 気づようおもや親と子の えんかぎりたるきらし
てやろ それ迄もないみづからが思案ひとつてそはしてや
ろ むかしはつとめの兄弟ぶん今あらためてしんじつの 姉
を持たと思ふていや よめりも御しよからさせませう け

わいでんに三十町一まん君のおばうへを しげやすさいにつ
かはすと 使をもつていはせたらちゝぶどのでごさらふが いや
じやといふてごらうじやれ アゝ慮外ながらと時にあふ 人
の詞ぞ頼もしき あさぢはハツト手を合せ そんならおまへは
あね様か 此若君は甥御かと髪をかきなでいだきあげ 今は
心もおち付てお庭のかゝりお物ずき 谷七郷を手の下に
見越の塀の馬場先を 引つれ来る大名は何十人と


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しらね共 色のくろい朝日奈殿御きりやうよしは重
保さま ふしぎやけさの大こくまひ本田がかたに打かゝり
爰へ来ますといひけれは ハツト斗におどろきてわかさ
もたつて見おろせは むざんやはながきいとりのすけ顔も
手足も疵つきて 見にそふ物もきれ/\゛にて 諸大名に
引そふて 評定所にこそ入にける その何のせんぎぞと
おさめかねたりむなさはぎ ナウうばもおじや誰もこい今朝の様

子はしる通り 大こくまひも浪人とや打たゝかれたる口おし
さに 人をあやめし物ならん いやしきなりといひながら一まん
君へ一度でも おめ見へいたせし者なれば相手はどなたで有ふ共
品によつたらみづからがかたを持まひ物でもなひ 次の間へいて
聞ておじや ヤレゆへ/\とせり立て詞はつよく心には いかなる
つみをしいだしてうきめにあはせ給ふぞと 立て見いて見
うろ/\と あんじ入たるけしきなり 腰もと二人立帰り 大こく舞は


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何者やらちゝぶ殿を一ばんに 諸大名しゆが贔屓して相手は
比企の判官さま しさいはいまだしれませぬ ヤレとりわけて
きづかひな またゆけ/\と追やりて胸に手を置しあんし
て もはやだいじに成て来た慥なことを見ぬ内は ちゝぶが
取持ものでなし腹立まぎれに兄さまの いかなる事
かの給ひて 我うき名をやながさんと忍び 涙ぞ道理
成 めのとの松世あはたゞしく走帰りていふ様は いやはや興

のさめた事 朝日奈殿へおよめりの判官様の娘御は 京六
条のゆふぢよしやと和田殿からはの給ふを はんぐはん様は
しんじつの娘と有のあらそひを 秩父殿が中へ出てひ
とつ二つの給ふと 判官さまがころりとまけ 親でない子
でないとのせいごんの上にて 朝日奈殿のお内儀がちゝぶ
どのへもらはれて 此一埒はさらりと済み跡がおまへのせんぎしや
げな 聞てまいろと走り行 あさぢは心いそ/\と姉様もはや


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御くらうに なさるゝ事は入ませぬしけやすさまの女房とわし
にはふだがついたれど おまへの事が気づかひと案し かほ
こそやさしけれ わかさはハツト涙出し ナウ浦山しのあさぢや
な 扨浅ましの身のうへやげに世の中はあすか川 かはる
ふちせと聞しかど二人が中を今のまに はやくなげきと
悦びの かはる物とはしらざりし 何をかくさんさいぜんの
大こくまひこそみづからが 誠の兄にてさふらふぞや けい

せいの身のならひとていやしき兄を持たるが さして恥には
あらね共判官が娘こそ 君のてうあひ浅からず一まん
君をまうけしとは 日本六十六国にはしらぬ者とてよ
もあらじ 諸国の大名小名にわかさのつぼねとかしづかれ
えいぐはを見るは君の恩 もとの根ざしは判官の 悪にも
あれぜんにもあれ しゆみよりたかき恩ぞかし さりとて
誠の親兄をあだに思ふになけれ共 一幡君の一もんに


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大こくまひといはれんは 疵ある玉のごとくにておや子の
ひかりはきへうせん 親子のひかりうせたらば判官一家はほ
ろぼされん 逆心つのる天ばつにて外の口よりしるゝ共
恩をばあだで報すべき道理はさらになき物を 今こそ
つれなくすくる共若君御代をつぎ給はゞ 心のまゝに親
兄へ御かう/\申さんと 思ふ心の一筋を神ならぬ身は御存
なく 見すてゝ帰る恨みといひ打たゝかれたる無念さに そ

にんに出させ給ふ事恨みとさらに思はれず 正直正路な四
五右衛門我身のうへとしらずして 扨々にくい妹めじやしやう
らいがよふ有まいと いひしはむねにこたへしがはやくむくひの
来たりしと 思ひ出すさへ浅ましと声を 上てぞなき
給ふ あさぢもとかふ涙のみいらへもやらでいる内に 二人
の腰もと立戻り胸おしなでゝ息をつぎ 御身のうへを
只今が大こく舞と判官殿 つのめかなめの受こたへちゝぶ


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どのゝ仰せには おまへがゆふぢよにきはまらばいやしき腹
に若君は よもややどらせ給ふまい 取かへ子でもいたしたか
かづけ物かの二つの内 一幡君も門前より大こくまひ
の面をきせ 追はらはんとの御評定 もしもさやうに成
たらば こちとは何と成べきとすがり付てぞ泣出す わか
さのつぼね声をあげ 聞しにも似ぬ重忠が今の詞のお
ろかやな 天下のかゞみといはるれどさすがはあづまえびす

にて 無道はしれど文はなく花はあれ共実をむすぶ わきまへさへ
もなかるらん后かういの御身にも いたづら有し噂も有あまの腹から
大臣の 生れ給ひし例しも有 けいせい遊女の胎内に大将の子がやどらぬとは
何の書物で見出し泥の中より生(おい)出る 蓮(はちす)より猶うつくしき花の
顔ばせ白露の 玉よりげなる若君を追失なはんと云ことは 忠義か扨
はごやくしんか 源氏を守りの御神はなど余所に見ておはします 頼家
卿の御運さへ 末に成たか悲しやとむせ帰り/\わつとさけばせ 給ひける


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涙の中に若君を膝もとちかく引よせて 果報つたなく
まし/\ていやしき母が腹よりも 生れ給ふか浅ましやおさ
なく渡給ふ共 只今母がいふことをとつくりとよふ聞給へ
大将の子といふ物はしぬべき時にしなざれは 人の笑ひ
をうくるぞや 母が詞をかけたれらば此まもり刀にて のどの
あたりを突きつらぬき 頼家卿のたねと有印を見せて
母が身の 恥辱をすゝぎ給はれと いひふくめれは一まん

君わるびれ給ふけしきなく 腹十文字にきらふかと
につことえめるおさな顔 見るにめもくれ心きへいだき
ついてぞ 歎かるゝ あさぢ暫しと押とゞめ アゝことはりやさり
ながら 二どの便りに跡さきの詞のちがふ所有 けいせいの
名もかり親もかはらぬ姉といもうとを われはちゝぶの嫁
にしておまへを若君諸共に 追失はん様はなし うへも
しづむもおなじ世に今より誠の兄弟ぞ 甥子とちぎる


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ちゞめたる詞はいかでたがふべき とくと様子を聞届けしなで
かなはぬ道ならば 跡にはなどか残るべきみつ瀬の川を諸
共に 手を引てこそ渡らめといさめ合ふこそやさしけれ わかさ
の局顔を上 なふ嬉しの人の詞や 七どむすびて姉と成
六ど契りて妹と成 それは誠の兄弟よ是はけふしもかり
そめよ いひかはしたる契りとて一所と迄にの給ふは さきの世
よりの約束と思ひやるさへむつまじき 真実かくご極めてか

アゝおろか成仰やな 武士の性根は時により味方が敵にうら
がへる 例しはあれどけいせいのいひかはしたる心ていは たがはぬと
いふ手本は末世の人に見せう物 せかせ給ふな姉様おくれを
見せないもうとと 互に顔を見合せて につこと笑ふつ泣きも
しつ死を待内ぞせつなけれ かゝる所へばた/\と めのと腰元
かけ戻り なふお悦びなされませ 判官殿りじゆんに成大
黒舞は大がたり 由井が濱にて御けいばつ 仰付られ候ときほ


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ひかゝれは兄弟は 命をのぶる悦びの中に歎きを引出す いおり
の介がいましめを本田の次郎なは取にて としよの羊の引綱
や 隙行駒の足本もよろり/\と行道を わかさはわつと泣
たをれ 又起あがりあれ/\/\ あれなふ兄様兄さまと 声からし
たる呼小鳥 浮川たけにつらなれる 枝をはなれし鶯や
子は子成けりほとゝぎす悦びの浦歎きの浦 恨みを誰に由井が
濱波なき方に立波の 袖の浦とは兄弟か身の上 にこそしられけれ