仮想空間

趣味の変体仮名

跡着衣装 前編(十辺舎一九)

跡着衣装

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8929277


2
鳳凰染五
三桐山

 序
喜怒哀楽は人間界の
普段着にして笑ふて
とくる春の山/\あれは


3
ないて嬉しき鶯のはつ
音のけふしの玉あられも実
と誠のかけ日向小端出を
駿河のふし鼠やつくは鼠
に染あけ春のはれ着の
ひと趣向は御定まゝの
注文書おさまる
御代に羽をのせし鳳凰

染五三の桐山と
   題するのみ

干時享保四甲子蒼陽
  山旭亭真婆行 識


4
こゝにひがし山
よし政公に
つかへしやん
ごとなき御方
のそく女お
八重のかたと
申はいまだ
十六のつぼみ
の花にて色
をもかをも
しる人ぞしる
人おゝきその 中にとなり
やしきの一トかまへおりしも
はるのさくらどきやなぎも
かすみかゝれるはさながらに
たまだれのことし
をからうたやまとうたに
らうえいをおもひだしものみの
にわもおりたちしはいまだ屋や
すみの生駒幸二郎とてとし
十八なりけるが世にもまれなる
いろをとこげんじのきみかなりひらも
かくやとおもふはかりなるがおりふし

にはのかきねひとへ
たがひにみかはす
ながしめにいつしか
それとこひの中だち
てきゝのこしもとおまき
となりやしきのわかとう
たのみおもひのたけを
いくひろかおくるふみ
はこのうちひも
とけて
あふとの
返事
をきゝおやえが
ねやへ
幸二郎
をしの
ばせいつ
しか
ふかきちぎ
りをぞむすびける

「これまきやこのたんざくをはやう
幸二郎様へとゞけてくりや

(中)
「おじやう様御らんあそ
ばせおとなりの
おにはにはうつく
しいいきな
はなが

(右頁下)
「サテ/\
げんじの
きみは
なりひら
はうら山
しい身の
うへだと
ひとりごと
いふている


5
「わたしやいつそ
むねがどき/\
してこわい

かくて
幸二郎はおや
えといつしか

ふかき中と
なりていいまは
はやいゝなつけの
おぢのかとくをきらひける
ゆへおやと/\のぶしのけいやく
いかゞはせんと思ふおりからおやえもかねて
いゝなつけのおつとをきらふしん
ていを幸二郎もそれとさとりとても
はれてはそはれまじこゝばつかりに
日はてるまいとたゝ一トすぢに
わかへのりやうけんにてしあんを
きめさあらばこのいえをたち
のいてしるべのかたへおちゆかん
とよわのあいづにしのびいで
なれしやかたをあとになし
二人てにてをとりかはしあゆみなら
はぬみちしばのつゆとなみだのふたせ川
おつてのかゝらぬそのうちにと
しるべのかたげと
 いそぎける

(下)
「此ちくしやうめ
やぼなやつらだ
かんじんの
ところだ
それほど
ほへたくは
だまつて
ほえろへ

「こわい事はない
人めにかゝらぬ
うちははやう/\

「ワン/\
わかだんなににたやうな
やつだけれどほへずは
こつちのやくかすまぬ
  ワン/\


6
こゝに生駒幸二郎おやぢの
だいよりめしつかひし甚兵衛
といふものあるよし
やう/\たづね
もとめしに
その甚兵衛
はきよ
ねんの
あき
もはや
むじやうのけふりと
きへうせあとにのこりし
ひとりのどらむすこ
三びやうしの甚九郎とて
のむぶつかふのくせありて
おやにはにざる大あく
ぶどうものこのころまんの
わるかつたにいゝとりが
かゝつたとむなざん
ようしてにこ/\
ものでいるこゝろ
のうちこそ
おそろしき

(下右)
「おやぢ
になり
かはつてわたし
がおせわいたし
ますおきづかひ
なさりますな
とくちなめ
 ずりで いる

いかなおせはに
 なります

(左頁)
「そのほうを
御たのみ
申うへは
よろしく
おとり
はからひ
たのみ入
ます
たくわへの
きんすも
少々はしよ
じいた
して
おります

「おくしんの甚九郎にひきかへて
にやうばう
おきくはやうすをきゝ
ヤレ/\おいとしい まず/\
   お二人ともに
おちつきあそばせとしん
せつにせわを する


7
それより甚九郎は
れいのはくちに
まけせんかたな
ければふたりを
だましそろり/\
ときるいを一つ二つ
づゝかりかけられ
いまはもぬけの
うつせみと
なり幸二郎
もつまらしと
てならひの
しなんか又は
けんじゆつの
しなんでお
はじめんとさう
だんしけるおりから
ふとひきかぜの
こゝちにてうち
ふせしがしだいに
おもるやまひの
とこきんじよの
めいゝにみせければ
大ぶんむつかしきやまひのよしくすり一ふくに

大にんじん三トづつまい日の
にんじんだいにかねはつかひはたし
じうだいのこしのものはもちろん
おやえがくしかうがいまでうり
しろなしけふまではしのきしが
あすからいれるにんじんのあても
しあんもあらさればおやえ
もいまはせんかたなく
きみけいせいなと
身をうつてぬし
のりやうじをして
みたいといふを
甚九郎きゝかぢり
してやつたりときうに
さうだんしかけ
させいとまごひも
そこ/\にひやう人に
くすりをあたへその
身もかみをちよつと
むすびかほもせず
わかれをおしみ
なく/\も甚九郎に
ともなはれよしはら
さしていそぎ ゆく

(右頁下)
「アゝかわいそうに
つとめほうこうを
さするが
ざんねんな

「なにかのこゝろ
づかひわすれは
おかぬ

(左頁下)
「おきくもあはれ
をもようしそでをしぼる
さやうならずいぶん
おたつしやで

「さて/\とうも
きのどくだか
さりしな
さながおつと
のためさ

「幸二郎さん
わたりやくるわへ
ゆきますぞへ
はやくよくおなり
なさりましてよい
たよりをきかせて下さり
ましとさしうつむいてほろりと
なみだぐむ


8
ほどなくよしはらまつ田屋へ
おやえをつれきたりこの
をんなはわたしが
いもうどでおやしきに
ほうこうをさせ
ておきやしたが
おやの
びやうき
のために
つとめを
させたう
ござりやすと
いへはていしゆ
もあらまし
やうすをきゝ
おやのためとは
きどくな事だ
そしてきりやう
もおしたても
よしとさつそく
ぜげんの
権三を
よんで
みせる

「此女かへ
めつらしいいゝ
たまだそして
小まへで大ゆびは
そるしまづなたまめ
からたちのきづかひもなし
いゝぶんのねへほど
一ねんはこうと
はうぐらい
でよか
ろふさ

「もちつとかつても
よさそうなもの
だがいゝしやか事が
ねへそれでしやう
もんをきめて
くんなせへ

(左頁)
おやえは一ねんきりの
つもりにて甚九郎は
三ねんのしやう
もんにきはめ
十両かねを
うけとり
わづらふている
幸二郎へは一文も
わたさず
そのかねの
あるうちは
れいのさけ
をのんだり
かつたりして
ぶらり/\と
さきから
さきへある
いてうちへは
かへらずいた
まゝに
なつてぜに
かねをぬか
すくものやう
につかひすて
るぞ
むざんなり

「ねんは
どうでも
いゝよう
にして
いづれ
かへや
しやう


9
かくておやえは瀬喜川となを
あらためつき
だしのその日より
松の太夫のくらいに
のぼりうつくしき
ことはくるは中に
かたをならぶる
ものもなくかほを
そむけてすはりしは
さらしなの月
ひらのゆき
よしのゝはなを
ひとつにながむる
ふぜいにてこゝろ
かけざる
人はなかり けり

「やうきひや小まちは
いざしらずこの
おいらんの
やうな
うつくしい
ものはある
めへぜへ

「おいらんおまのおいらんと
いろ事になりたいまい
ばん身あがりをして
よんでくれるとみやう
だとむしのいたとばかり
いゝながらみている

はまのやに
たしか
一九さんが
いなんした

(左頁)
されども
せき川はおつ
とへたつる
ていせつに
かほをさら
せるはづ
かしさかな
しさよと
おもふにつけ
きへも
うせなん
おつとの
いのちおもひ
いだして
あんじるほど
いまはみも
よもあるにも
あられず
それに
甚九
はきんすを

もつてかけおち
せしふとゞ
きさおやかたへ
わけを
はなし又一ねん
んrんをいれそのかねにて
幸二郎をくるわへひき取
かんびやうし
たきおもむ
きをこま/\
と文にしたゝ
めおきくか
かたへ遣
しける


10
「けふはちつともおこゝろ
ようおすかへ
しんにくらうで
おす

(左頁)
ねんりきいわをもとふす
とかやとう/\幸二郎を
くるわへひきとりこゝろ
やすきちや屋をたのみ
さいわいむかふうらに
かしだなあればこれへ
幸二郎をいれおきかの一ねん
の身のしろきんにてまい日/\
身あがりをしてすこしも
はんれずかんひやうすれと
にんじんだいとみあがりきんにて
日ごとに一両三分づゝゆへ十日もたゝぬ
うちにまた一ねんねんをいれかくまでに
身をしづめてもおつとのいのちたすけたさ
かぢきとうは
いふにおよばず
あらゆるかみほとけへ
りうがんをかけのこる
かたなくかいほう
しける

「そなたのしん
せつわすれは
おかぬかたじけ
ない
とうどほんぶく
して三日なりと
そなたとせたいを
もつてしにたい此
やうすではかてんが
ゆかぬ


11
かくてせき川
はつとめの身にて
かほとていせつを
つくしのこるかたも
なくかいほうすれ
ともそのかいもなく
いまはおもゆもとふ
らぬやうになり
しだいにおちいる幸二郎
おしいかないまだ
つぼみの十八才にて
あさくさのべの
ゆふけふり
せき川こそたつても
いてもあるにも
あらさず
なにたのしみ
にながらへんと
かみそり
とつて
じがいと
おもひつめ
てと
みへに けり

「作者曰わたしさへむねか一つはいになりやしたせき川の
ちからをおとすのはもつともじや どうり/\

「これはおいらんごだんりよ
でござりますと本義
きどりで
とめる

「はなしてしなせて
下さんせこれが
しなずにいられん
しやうか

(左頁)
此ていを
やりては
めばやく
みつけ
これまち
なんしと
いだきとめ
おやかたさんに
うりしろなした
おまへのみだ
てんくのまゝには
なりやすまいと
むりにはものを
もぎとりそれ
よりちうや
ばんをつけおき
ゆだんせぬように
きをつける

「マア/\
まちなんし
おまへをしなせては
ないせうへわたしが
すみやせぬ


12
こゝに五きやうといへる大
つうのいろおとこあり
せいたかゝらずひくからす
中ぜにしてのつしりと
くろはぶたへにあいぎは
くろでのかはり八ちやう
下ぎはこわたりの
さかさとび色はふたへ
のはおりなが/\と
きなしをなんど
ごはくのおび
ゆひたてなら
ざる二日めの
さかやきから
つけざうり
すあしにはき
かみ二三人引
つれて仲の町
のますやがもとへ
入くるをそれと
みるよりくるはの
たいこまつしや
たち四五人つけ
こみちや屋が
ざしきぞ
にぎはへり

(下)
「まんざら
てもなへ
はたけ
たの

「どうか
だんなに
きた山
しぐれた

「こいつはうつくしまの弁天さまもはたした

(左頁上)
仲の町夕けしきは
いふもさらなる
ゆきかうせんせい
ときまぜしなかにひいてしけいせい
せき川ふたへまふちもおも/\しく?に
おしろいもせすすがほなれとつや
なる事玉のことくたをやかなる道中
すかたついのかむろにしんざう八人
ますやかのきはをよきりけるを
五きやう?かみたちちや屋のにようぼう
たちいてゝせき川に
あいさつするおりから
せき川はふりかへり
五きやうを
ちよつとなかし
めにみるよりも
さりしおつとのをも
さしににたとこそ
いへうりを二つに
わらすそのまゝ
ゆへしはしは
みとれてい
たりける
「おいらん前の
きやく人は幸二郎 さんによく にていなんすねへ


13
それよりたいこまつ
しやは五きやうを
そやしたて
いやがるをむり
やりに
とも
なひ
まつ
たやへ
とや/\と
あかる

「さがりい
?より

「なんだおれか
しんさうは
三人ねむるのか
うわきたこいつは
おそれ
ひさまつだ

「モシ
だんなへ
しよし
あそ
ひはかりいふ
せかんてごぜへ
しやう

(左頁)
せき川
仲の町で
五きやうを
見しよりすきさりし
おつとの事いやまさり
しやくをおさへてたち
かへりよぎひきかむり
うちふせしがせめて
おつとににた人のかほ
でもみたらきもはれ
ようかとゆかしくおもふ
おおりからほとなく
おもてへとや/\いり
くる一トむれの
きやくものずき
なせるせき川かさしき
さいつおさへつさかづき
ことのそのうちに
女げいしゃはうたの
つれひきかみたちは
なにがなとしやれた
がるしよくるいのさしき
せき川もこよひは
ものわすれしはしは
けふにそいりにける

「すぐにざしきへ
おつれもうしな


14
ほどなくざしきも
ひけてとこおさまり
五きやうはおもふにこの
おんなはなにやらんうき事
ありとおもふゆへわざと
うと/\とまどろみしていを
せき川はきたりてもしへ/\と
おこしてみてもあいさつも
なければつくえにとうみみゃうを
かゝげぞくめう幸二郎そんれいと
しるせいいはいをとりいたし
しばしえかうをなしにける
五きやうはがてんゆかねども
わざとねいりしふりをせしうち
はやよもしらみちや屋が
むかひにきぬ/\おしき
せき川がふぜいかならす
おちかいうちにとこゝろ
ありげにことばのはし
またのごげんと
かへりける

「ハテ
がてんの
ゆかぬこれ
には
わけの
あり そう
な事 だ

(左頁)
「しぬにもしなれぬ
つとめのうき身
すいりやう
してくださんせと
いはいに
くどきなげく


15
かくて五
きやうは
せき川が
しうち
がてん
ゆかず

しよくるいも
かしもこよひ
かぎりと三くわい
めいつもの
とふりたいこ
げいしやの大さわぎも
はやひけ四つの
かねに人はちりて
小ばなにさめぬさけ
のえひ五きやうはとこへ
いるよりはやくねいりし
ていせき川はきたり
ゆりおこせどたはい
なけれはこそ/\と
またもいはい
をとりいださん
とするおりから
五きやうがねかへりせきはらひに
ひつくりおとろくにそ五きやうは
あつとめをさませしていにて

これおいらんがてんのゆかぬよごとに
しんみのごえかうはいかなる人に
手むけの水かくるしからぬ事ならば
はなしてうさをはらし給へと
とはれてはつとおもひしがおしりなんした
うへからはつゝもう
やうはなけれ
どもこれ
ばつかりはとうつむくを
ハテえんあれば
こそひとつよぎ
よぎなきわけて
あらふともはなして
みたらきのはれる事も
あらふはさととひかけられて
なにをかつゝまん
わたしやおいつとに
しにわかれしぬも
しなれぬしゆじんの
からだ御すいもし
あれかしとしばし
なみだに
くれにける

「おはなし
申すも
なみだの
たね
かならず
わらふて
くんなん
すな


16
さるものは日々に
うとしとかやすぎし
おつとにかほかたち
なら心ばへすがた
までかあのやうにも
にるものかとおもへばおもひいやまして
日々まゝに五きやうがこひしく
なり五きやうもせき川かていしんに
さぞやつとめもつらからんと
おもひやるほどせき川もうちこみ
おつとににたるおもかげになを
いやまさることばのばし/\
ふかき中とぞ
なりにける

「たとへにた人あれはとて
かほやかたあちにほれられ
ませうかたん/\の
おなさけもわたしや
まよひんしたと
じゆずをひつきり
てばやくかみそり
とりいだしまくらの
うへで小ゆびを

ばつたり
これみて
うたがひ
はら さん さい なア

「ていしんのおんなと
をもひのほかの
うはきものめ
おつとのかほに
にたものが
ほかにも
あらば
またほれるか
まあよしにも
して
おくれ

(右頁下)
「幸二郎さんがげんぶく
しなんしてむまれかはつて
おいでなんしたかと思ひいした
おすがたばかりかこゝろまで
そのやうにになんすも
なんのかえんで
おざりんせう

(左頁左下)
「しんていみへた
かならず
はやまる まい


17
くれにしとしも
はやあら玉の松
にかゞやくはつもん日
せき川がその日の
はれすがたはくろ
びらうどのうち
かけにやえぎくを
ぬはせふぢいろ
じゆすをうらとなし
これにはきんしの
五つかさねししろ
じゆすのむく
うらもおもても
一やうにきんし
ぎんしのべたきく
つくしきくは
五きやうがかへもんと
みへたり

(下)
「おいらんへ
もう五けう
さんがきて
おいて
なん すよ

(左頁)
松のくらいにやなきの
よがたついのかむろに
しんざう八人みな/\
そろひのはで
いしやう五きやうは
元日??のれいを
そこ/\にしまひ
ぜんごに大せい
かみをしたがへ
仲の町の
ますやが
もとへ
いりきたる

「チヨイト
きなセエ
ちよきで
きなセエ
チンリン/\/\

「これは
おいらんお
はやい
おいで


18
こかねの山をつむともさとの
かねにはつまるならひとは紀文
大尽のめいごんにして五けうも
いまはつかひはたしちや屋の
さんようかしこやこゝで
せがまれしよてのうちに
ひらさかへまつたやの
二かいもせかれてより
あるよのしゆびは
ふしみ丁ちよつと
たのんであげや町
人めをしのぶちや
屋の二かいひとかた
ならぬものいりも
いまはせき川が一人
のさんだん日々に
いやますしちのかす
やるたねもなき五
けうがしがなさたかひ
にあはれをもやうす
おりからあくじ
せんりとやら
このほど五けうが
くるわかよひに
きんぎんを

つかひすて
たる事
やうぼこばん
とうこしめし
あはせざしき
らうをきうに
しつらひやうぼ
のびやうきと
いつわり五けうを
よひよせざしき
らうへたましいれ
おめしもろくにあたへ
ねは心をくるしめ
いまはびやうきとなり
日々におもりすでに
あやふくみへけるを
五きやうかちすじの
おばみきのしまつ
をきゝきたりて
こけとばんとうに
いのちごひして
むかひかおかのしるべの
かたへかごにのせ
つれゆきかいほう する

「まづ/\ほようの
ためわたくしかたへ
おつれ申し
ませう

「あれもはんな心がらでござる

「サテ/\
きの どく せん ばん


19
「これだれも
おらぬか
よひから
一ども
かほももつて
こぬはアゝ
きこしへたしやく
てもおこつたと
いふ事か

せき川はかくとは
つゆしらず五きやうかたねを
うあどしたゞならぬみと
なりしゆへにたよりの
なきをかこちうら
みついまはほか/\の
なじみのきやくもきれ
はていかゝはせんとおもふ
おりから仲の町の
いせやよりきり山大しん
といへるかねもちきやく
せき川さんをどうぞ
あげたいと此あいたより
たひ/\のたのみに

しんざうしゆも
あまりきの
どくにおもひ
いやがるせき川を
むりに五きやう
さんのために
なる事もありん
しやうからと
大ぜいでやつと
すゝめぎりづくめに
しやうちさせ
むりやりに
やう/\と
きりやまへ
でさせる

「ヲヤ/\
すきんせん
からし
きやくじんだ のふ

(右頁下)
「五 きやう
とやら
とへう
??
いふ
いろ
きやくめ

あるゝに
よつ
ておれを
なける
のたな


20
そもきり山大じんといへりきん/\゛はふじ山の
ことくたからさかつてくらにみつとさかつて
つかふざしきの大さる?ざソレのめ/\と
小ばんのみぞれ小つぶの
あめをまきちらすはなの
おえどのくわんくわつ
大じんあめのふるよも
かぜの日もきこんを
つくしてかよへども
ついに一ども心に
したがはぬはがてん
ゆかずこよひは
ぜひにことをつけんと
むねにしあんを
めぐらしける

「さだめてふかく
いゝかはした
まぶへたらぬと
いふさりか
なんとおいやる
きしやう
ほどきに
かへすものとは
おうかた
かねの

ことであらふ
ソレ百両やるぞと
なげいだし
きしやう
ほどきを
したうへは
のつひき
いやとはいは
せぬぞ

「アイ
そのまぶもいまでは
あいそがつきんして
こゝろのえんは
きりいしたが
かんぢんのきしやうの
なかにほかのきやく
じんとはだをふる
まいとちかいをかけん
したそのきせう
ほどきを
せぬうちは
どのやうに
おいゝなん
しても

(右頁下)
「さうさきしやう
ほどきさへしいした
うへはどうなりと
ぬしのまゝに
なりいしやう
わな


21
かくてせき川
はきり山を
いつわり
かねは百両
できけれども
かんぢんの
五きやうが
ありか
しれざれば
いかゞせんとおもふ
おりからはやきり山は
身うけして
やどのはなとなが
めんとちや屋の
ていしゆにのみ
こませてせき川か
みのしろ九百両
ほかにしよじの金か
五百両つがう
千四百両にて
身うけもさゝうと
あいすみけり

そのよろこびにひき
かへてせき川はなみだ
せきあへずしんざう
みな/\

よびあつめいと
ごひをぞなしに
ける

「おいらんへ
かならず
たつしやで
おいでなんし
またそのうちに
五きやうさんに
あわれなんす
こともあるまい
ものでおもつせんから
かならず
わく/\と
おもひ
なんす
なへ

(右頁中)
「またにわかや
とうろうの

ときはけんぶつに
おいでなんし

(右頁下)
「みなさんまめで
つとめなんしそして
たやさまにきうも
すへなんして
かならず
わづらは
ぬやう
にしなんしよ
それに
つけ
ても五き
やうさん
がもとの
やうで
身うけ
でもし
なんす

なら
よかろ
うにと
いゝさして
うつむき
ほろ/\と
なみだぐみ
おさら
ばへ


22
かくてきり
山はせき川
をうけ
いだしわが
ものにして
くどけども
けびやうの
とこにふり
つけられ
けらいのうち
おきにいりの
ぐんすをつけおきて
せき川が
こゝちを
なくさめ
させる

「それは
まことかあ
しんじつか
まことなら
どうぞ
つれて
いつて
五けう
さんに
あはせて
下さんせ

「もしおく様
これほど
めをかけて
くださるわた
くしになぜおこゝろ
おかれますお身の大事に
なる事をもうすような
けちなやらうでもござりません
みんなごやうすもわけもぞんじて
おりますあんなつらのやつにそつて
ござらずともおまへさんのおしたひ
なさる五きやうさんのござるところは
わたくしがざいしよでよくしつております
たとへてなべをさげてもおもふおとこと
くらしたらそれほどたのしみな事は
ござりますまいがな

(右頁下)
「いつそ
きの
もめる
こつたぞ
ほんに
しんき
しんくとは
わたしが
ことだと
ひとりことを
いつて
ふさいで
いる

(左頁下)
「しやうちで
ござります
おきづかひ
なされますな
かねもたんと
ごよういなされ
まし
ぢごくのさたもかねでござります


23
おりふしきり山はゆうがた
よりおやしきへあがりし
るすをさいわいかねて
ぐんじとしめしあひ
なんなく此いえをしのび
いでるあとよりぐんじは
おひかけるふりにて
せき川におひつきゆきの
下よりかごをとり
いそげばほどなく
人さととふきいなか
みちへとさしかゝる

「すでにけんくわに
ならんけしきゆへ
せき川は大事の
ばしよとおおひ
きんす二両
とりいだし
あたへける

「そんなら
まあかご
ちんを
おくんなせへ

「なに一くわん
のとことだが
いちぶやらうも
きがつえへ
おめえも
ばかないらな
ぢらしなせへすな
しらな人でも
のせやあしめへし
よるよなかと
いへば
ぐんじも
むつとして

「コレそんな
ゆすりで
ゆくのじやァ
ねへぞもう
一ごんぬか
してみろ
てはみせぬぞ

(右頁下)
「なに小ばん
二まいかへあん
まりやす
いがおまへ
さんの
よこし
やうが
いゝから
おとな
しく
もら
ひうやす
あねさん
これから
あるきな
とかごの
中からほかし
だしあとしら
なみと
かへりける

「いやとぬかすとうぬらは
いかしてはかへされぬ
サアどうだやい

「たんな一ばいのませて
おくんなんしごうせいに
いそいでめへりやした
のまねへぢやァ
いそがれやせん

「かねせへと
りやァもう
これでよしのゝ
山さくらだ
かつてな
ほうへ
ちり
うせろ

「かけおちも
のをがつ

てんで
のせ
てきたし ごとだ
さかてをもれへやせう


24
それよりせき川はぐんじ
にともなあれやう/\と
たどるところはくさ
びやう/\たるのはら
にてきたはむさしの
みなみはたま川ゆきゝ
とだへししんのやみそら
ふくかぜにむしのこえさも
ものすごきまつばらに
さしかゝるおりからせいきう
にむしがかぶりてくるしむを
ぐんじはやう/\かいほう
するていにてくどきかける

「コレせき川さんおめへに
じつは日ことからくび
たけほれた此ぐんす
それゆへにこそほねを
おつた
此きや
げんもう
かなは
ねへいや
でもおゝ
でも
おれが
にやう

ぼうに
なんと
いふその
がきめを
うみ
おとし
五きやうに
わたした
そのうへ
でおれが
心にしたかはふ
とかそりやァ
ふるいせりふだ
そのてゞゆく
やうな
ぐんじ
様じやァ
ねへよ

「どうぞこの
こをうみおとし
五けうさんにわたし
たかへてどうなり
としやうほどにマア
こゝはなして五
けうさんにあわ
せて下さんせ

(右頁下)
「しよせんこえを
たてゝもかなわねへ
いやといはふがおゝと
いはうは日ごろの
おもひをはらさ
にやァならねへ


25
みちすがらあたしつこく
くどくぐんじにとうはく
して大ぢへどうど
たおれしがうんと
のつけにそり
かへる身のてん
どうにこ
がへりして
玉のやう
なるなんし
をうみおとせしが
もとより
きをもみし
うへよみちに
ひへし事なれば
しん心のうらんして
ちのいちあがりくるしむ
ぐんじはこれを
事ともせず
しよせんわがこひの
かなはぬくちおしさ
いけておいて人の
はなとながめ
さするもざんねんとこうりの

やいばにつらぬきしは
あわれにも
またむざんなり

「なさけなや
ぐんじどの
アゝどうよくな

ごうあくぶどうの
きり山果すせき川か
着かいへてをさしこみ
たくわへのきんすを
うばひそのしがいと
みどりこをむざん
なるかな玉川の
うづまくなかへ
どんぶりこ
あとしら
なみと
はしりゆく

(右頁中)
「とても心に
したがはぬからは
まつこのとふり
ころしたうへ
でかねもきるい
もおれが
ものだ

(下)
「かたきやくでは
しうかくや為十郎
でもおよばぬぞ


26
むさしのゝむかふがおか
のほとりに五けうは
うき世をのがれ
あきにさひたるむし
のこえ人りんたへし
此みねのいほりと
おりどをおとつれる
はなまめいたる女の
こえしんやにおよひ
とうもがてんがゆか
ぬはへ マアそふいふ
こえはせき川じや
ないかどうして
いまじぶんたづねて
きやつたそしてその
だいているこは何と/\
そなたとわしが
二人の中でもう
けしことなけれ
はともあれよくも
/\しかないおれ
をみかぎつてきり
山つらにうけいだ
されたなこれその
なみだはあんまり
ふるいなんぼその
やうにむりな身う
けのいやおびはとかぬ
のとくちかしこく

ぬかしてもハテ身
うけされたら
きり山がにようぼう
コリヤヤイつたへきく
たかをはむりな身
うけにいきぢを
たて三つまたのつゆ
ときへしはけいせい
のていぢよのかゞみ
といまの世までも
いふではないかこゝな
きつねめねこめ
とはらをたつ
のもこひぢの
てにをは五けうも
わがこにひかされて
いたきとりたる
きり/\すなく
よりほかの事
ぞなき

「せき川はなみたせき
あへずそのうらみは
さることながらきり山
つらのむり身うけ
いちとゝはだをけが
さねどやう/\こゝへ
くるみちで此やゝを
うみおとししぬる所を
かいほうしてなく/\きたりしも此やゝを
ぬしにわたしてあんどしたさすいりやう
して下さんせとなきしづむ

「ハテふしぎやな
女のこえだな


27
かくてせき川はうふこを五けう
にわたしいまはなにをかつゝみ
ませうこゝへくるみちすがら
此こをうみおとしやれうれし
やとおもふうちぐんじの
ごうあくにさしころされ
ついにはかなく玉川の
つゆときゆれどいま一ど
おかほかみたさ此この
かいほうたのみたさ
せめてひとことにやう
ぼうといふてきかせて
くださんせそれを
みらいのみやげにせんに
そりやあんまり
きづよいとわけも
なみだにふししつむ
おりからきこゆるえんし
のかねはやうしみつに
なりぬれはかたるも
とふもこれまでなり
なこりはつきしおさらば
といふかとおもへばその
まゝにすがたはきへて
いちぢんの
けふりとこそは
なりにける

「ヤレまてにやうぼう
うらんだはおれが
あやまりいま
うみおとせしこの
うぶこふしぎとわふか
きみやうといはふか
ひごうのさいごを
とげしよなと
きたにむかつて
せき川がゆうこん
とんしやうぼだい
ぶつくるをえよと
しばしねんじて
なみだをはらひ
うぶこをいだき
ぐおとへおりしるべの
かたへさとこにあづけ
日々ぶつしんにこりかたまり
せき川がぼだい
ねんころにこそ
とむらひけり


28
かくて五きやうは
ふしぎにもせき
川がうみおとせし
水子をまうけて
ふびんにおもひ
あたりちかき
ところにひやく
しやう田さくと
いふものあり此女ぼう
このごろあんさんして
ちもたくさん
なればこれへたのみ
けるに田さく
ふうふともに
よくふうきもの
にて五きやう
かたよりすこし
のきんすをもらひ
かのちのみ子を
あづかりけるが
せいしつけんどんじやけんの
ものどもなりけれはわが
子にばかりちをのませ

五きやうが
子にはふそく
がちにのませ
けるゆへしだいに
やせてそだち
かねけるに
ふしぎや
よな/\
せき川が
ぼうこん
きたりて
五きやうが
せがれに
ちをのませ
けるゆへそれ
よりしてしだいにげんきもよく
そだちけるを田さくふうふはふしぎに
おもふ

(右頁下)
「わたしが
このよに
いて五きやう
さんと
こうして
いつしよに
くらして
いよふ
なら
たのしみで
あろうものを

「どふぞ
はしかも
かるく
させたい
ものだよ


29
田さくふうふは五きやう
よりあづかりたる子には
ろくにちゝものまさね共
しだいにふとりたつしやに
そだちけるゆへふしぎに
おもふにつけわが子は
いつたいびやうしんにて
やせおとろへければ
今はわが子にばかり
ちをあてがひ五きやう
が子にはいつこうに
のませずあるよ
五きやうが子
ちゝにかつへて
大きになき
けるをやかましゝとて
くらわせ
ければ
ふしぎや田さく
が女ぼうをたれやらしれず
大きに打たゝきけるゆへ
おどろきてうしろをふりかへり

見ればさもおそろしき
きぢよのすがたあらはれ
田さくふうふを
かしやくしけるゆへ
あれよ/\とよび
わめけども
やちうのこと
なりたれ
一人も出合ず
ふうふとも
そのまゝ
たへ入てせうたいなく
よあけて
ふたりとも
こゝろつきさつ
そく五きやう
かたへ行あくじ
をざんげして
これよりしんせつ
にもりそだてける

「アゝ
ゆるせ/\
人ごろし/\


30
かくて五きやうが
しんるいうち
よりてやうぼは
ほかへいんきよ
させ五きやうを
よびもどしその
こもうばをおきて
そだてけるがむまれ
つきはつめいにして
もはや五才になり
いえとみさかへ
目出たき
はるをむかへ ける