仮想空間

趣味の変体仮名

傾城反魂香 上之巻

 

読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
     ニ10-01140


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 傾城反魂香   近松門左衛門
白きを後と花の雪 /\ 野山や春
をえがくらん 聞に北野の時鳥はつね
をなきし其むかし 清涼殿に立られし
はね馬の障子のえ 夜ごとに出て萩の
戸のはぎをくひしも金岡(かなおか)が 筆のすさ
みの跡たへず伝はる家や画工のほまれ


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狩野四郎二郎元信 たんせいの器量古今
に長じ 心ばへよき男ぶり 親の絵筆の
彩色に生れ つき成びなん也 頃はぶんきの
やよひの空天満天神のつげ有て 越前国
気比のうらへと旅ばをり 我は笠きて大小
の 柄にも袋きせるつゝでつちがこしの白山
も こぞのみどりにかへる山 山のいたゞき音々と

空にうつらふさかやきの ゆのお峠の孫ぢやくし
もりこぼしたる花重(がさね)かさね/\しはたごやが な
さけもあつきかんなべのつるがの濱にぞ着給ふ
四郎二郎一ぼくを招き ヤイうたの介 外の弟子に
もかくし此所に下りしこと余の義にあらず 近江の国
の大名六角左京太夫頼賢(よりかた)殿と申は 佐々木
源氏のはた頭高嶋のやかたとて けいづ所領


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ならびなき大将成が将軍家の御意を受 本朝
名木の松の絵本をあつめらる 然るにあふ州武(たけ)
隈(くま)の松と云名木は いにしへ能因法師さへ跡なく
なりしと読たれば 名のみ残つてしる人なし 我是を
かきあらはし ほまれをえさせ給はれと天満天神
をいのりし所に 武隈の松を見んと思はゞ 越前の国
気比のはまべに行べしと あらたにれいむを蒙れ共

それはみちのくこゝはこしぢ 何をしるべに尋ぬへき
あはれ里人の来れかし物とはんとぞよばはるゝ 所
の者の御用とは都人にて有げに候 御尋有たき
とは何ごとにてばし御座候 御らんのごとく都の者 天
神のをしへによつて松を尋るしさい有 此所にこそ
名高き松の候らめをしへて給はれ候へとよ 是は思ひ
もよらぬことを承り物哉 此北国にてお尋有ふな


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らば 越前布越前綿 もしは実盛の生国なれば
お供のやつこ髭にぬる油ずみなどのお尋も有
べきに 名高い松とはさすがやさしき都人 先当国
の名木は 西行が塩こしの松 あそふの松若(牛若?)が物見
の松 かねが崎には義貞の腰かけ松 山のを山松庭
のを庭松 門には門松酒にははま松 こえたはこえ
松ねぢたはねぢ松わり松たい松ぬいつほり松 我等

がむす子に岩松長松と申三どり子も有 庄
屋の名は松兵衛 わかい時にはすまふ取 あか松ぶちわつ
た様にござ有しが 今老松になられて力ももとより
さがり松 腰もかゞんでいざり松/\と所の人はよび
候 ヤア 誠に天神の御告と有に思ひ当つた 当所つ
るがの町に名高き松の御座候 是ぞ京にも類なし
と心をかけぬ人もなき 色よき松の候が もし左様の松に


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てはござなく候か シテ実やゆきゝもしたふとは疑ひもな
く我らが尋る名木よ 急いで見せて給はれかし いつ
も夕ぐれことには此所へ顕はれ出給ひ候 ヤア/\はやあれ
へ御出候 我らはお暇給はり候べし 御逗留の間御用のことは
承り候べし 頼み申候はん 心へ申て候 高き名の松の門立
立なれて人待がほのくれならん 町はつるがの かけ作り まふ
こそ塩のみちひなれ 誰をかもしる人にせん 此さとの

松と成しも 親の為 うられかはれて北国の土けのしづ
の里なれどよねのそだちは上田の すいそんなしの太夫職 名
を遠山とよばれしも 人にのぼれの恋の坂おろしあゆ
みの道中は 花の立木の其まゝに ぬめり出たるごとくなり
うたの介是申見ごとな者がそれそこへ それ/\といへば四郎
二郎ヤアなんと 松が見へたか顕れたか うつしとめんとふつと立
女衆にはたと行当り 是は扨松かと思ふてはまつた 本


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の松を尋て見ん でつちこいと行ちがふ袖をひかへて是
申 此遠国の我々と 京のくるわの松様達とくらべさんす
がふかくの至り しかしぶすいなおかたには松と見られて嬉
しうなし 杉といはれてはら立ず桑の木共えの木共 こ
なさあに似合たあほふの木共見さんせと むだことなし
のいひ捨はいなかよねとて笑はれず ヲゝ御きげんそこ
ねし御尤 実々松とは太夫様 我らはわるふ心へて不調法

な御あいさつ まつひら/\おわびこと 是を御えんにお知人に
成ましたし 下拙ことはかの四郎二郎元信と申わづか
の絵書(えかき)去御かたより武隈の松の図を仕れとの仰 則
天満天神のむさうに任せ 此所にて名有松と尋しを
太夫様の取ちがへ是はかふも有ふこと 御了簡ついでにお
つきあひもあまた也 願ひのかなふ便もあらば 御せわ頼み
奉ると思ひ 入てぞかたらるゝ 女郎はつとかほを詠め 扨は


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かの四郎二郎元信とは御身の上か 恥をつゝむも時に
よる何をかくさんわしことは 土佐の将監光信が娘成が
父は一とせ勅勘受今浪人のうきとせい 此身に沈むは
申さず共すいして泣て下さんせ 扨武隈の松の図は
土佐の家のひでんの絵本 もらすことは叶はね共 ゆふべふし
ぎや天神様の夢の告 かのと云絵師下るべし 武隈の松
を伝授せよ父が出世のたねならんと 見たはまざ/\まさ

夢と かたりもあへぬに四郎二郎 かん心かんるいきもにそ
み 天を礼(らい)し地を拝し くはい中の絵筆えぎぬをひろ
げ サア遊ばせ御伝授頼むと悦びける いかにも伝へ
申さんが 親のゆるしもなき中に筆取ことはいかゞ也 アゝ何
とせんげに思ひ付たり あの御供の立姿を松の立木に
なぞらへ 笠をえだはの笠となしこゝにてまなび見せ
申さん それにてうつしとめ給へ是そこなやつこ様 こゝへご


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ざんせとひましよ ない/\/\手ふり頭(づ)をふる手ふり松
の 松根(せうこん)によつて腰つきも 千年のみどりうつせしは作意
なりけり 先歌人の見立には 一本松を二木(ふたき)共三木とつら
ねしことのはの それは老木の 松がえなれどうつすわか木の
やつこの/\/\ 此ひざのふし松のふし 前へぢすりの下枝の
ぬつと出さしかた足は 慮外千万千貫枝 筆捨枝や
久かたのあまつ をとめのかたぐま枝やこしかけ 枝の三がい

松月にさはらぬ枝々のさゞれに枝の松かげを サア沖
こぐ舟のほの ほの見へて さすかひなには寿福の枝治
むる手には不老の枝 たれて雪見のひかへの枝 是々
これ/\ ずつとのびたるながしの枝 松は非情の 物だに
もつたへし心のいろはなをさながら青々(せい/\)條々(でう/\)として
松のいき木のいき/\とわかやぎ 立る其ふぜい かのは
一てんちがひなく書つらねたる筆せい 何れをうつしえ


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何れを立枝まがひつべうぞ見へにける 元信家の幸
甚たり早逹帰り本くはいとげ 此報をんには御身の上
父御のことも請取申 万のお礼は本国よりと立帰るを
是申 神の告に任せしからは恩にはかけず末かけて
情を思召すならば 必外に内儀様持てばし下んすな
やつこ殿頼みます何が扨/\ 天神様より太夫様追付お
ふたりれんりの松 中に立たる此松は嶋だい持ての取

結び 先年万年万々年 とぢ付ひつ付松やにの
はなれぬ 中とぞ「ことぶきしされば江州高嶋の
やかた左京太夫頼かた卿 さんきんの上洛有 執権不破の
道道犬 同嫡子不破伴左衛門宗末 国を預る留
守居也 御家のえかきはせべの雲谷(うんこく)あはたゝ敷 入道親
子が前に手をつかね 近頃過言に候へ共 某ことは雪舟
のてきでんとして代々の御ふち人 此高嶋のおやかたにて


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絵筆を取て誰人が拙者か上(かみ)につき申さん 然るに此
度かのとやらん申二さい 武隈の松を書くとて過分の
をん賞を下され こさんをふみ付御前にはびこり剰 今
日はおくがたへ召れ姫君様より お料理を下さるゝと承
る殿様の御るすたがゆるしてのすい参 御家老の仰一国
にいはい申者はなし きつとお仕置然るべしとぞさゝへける 道
犬うなづきつゝとよれ雲谷 惣じて此四郎二郎めは 相役

なごや三三が取持にて召出された 山三は元来お小姓立
前がみの酒林で殿をえはせし男げいせい 口ばしのきな
小すゞめが家老並につらなり いをふるふ其山三めを
甲にきて のさばり廻る四郎二郎我々親子がにらめ共
こと共思はぬきつくはいさ其方とても同前たり 又をと
の姫君いてふの前は 御あい子なれ共わきばら故御だう所を
憚り給ひ 田上郡(たなかみごほり)七百町の御朱印を付られ 京都有


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徳の町人か由緒有御家中へも 下されんとの御内意故
某嫁に申請 此伴左衛門に縁邊し七百町をぬしづ
かんと あてはめて置た物姫君狩野めに心を通はし
今日みつ/\祝言有と 奥目付より聞され共御意と
あればせんかたなし 御在京の其間は山三めもるすなれば
きやつが方人する者なし少しにてもあやまりを ずい分
見出せ聞出せ慮外をせばおころせ 御るすの間国

中は某がさばき也此不破と云鰐が見入て 余り程は
あらせまい ためして見たいあらみはないか 一の胴か二の
胴か 望んでをけといひければ雲谷甚えつぼに入
政道たゞしき御家老様 おやかたのしん柱とついせう
たら/\゛見ぐるしかくとはしらず四郎二郎桜の間に伺
候し 姫君いてふの前様より御かけ物を仰付られ 持
参仕候御取次頼み奉ると いへ共入道伴左衛門じろりと


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見たる斗にて 返答もせずねめ付るヤアしれ者よ そ
ばには雲谷いか様我に手をとらするたくみ有 立帰る
もふかく也幸々 奥へ通路の鈴の綱 ふりはへひけば
鈴の音おふと「こたふる女のこえ 宮内卿とて中老の
局立出ヤア狩野殿か 姫君様の御待かね お直(じき)の
御用も有とのおことサア/\こちへと有ければ 畏て四郎
二郎いらんとすれば 伴左衛門こえをかけまて/\/\ お家の

掟を知ずんばなぜ物頭には伺ぬ しつてそむくか不
届千万 上より御ゆるしなき時に刃物をたいし 奥
方へ参ることきんぜいとの御條目 あれ大小もいで引すり
出せ当番/\とよばゝれば 宮内卿いや是は私ならず 姫
君様より殿様へ御伺ひ 則京よりなご屋山三殿の指図
にて 奥へ召るゝ四郎二郎なんのおとがめござらふと いへ共さら
に聞入ず おるすを預る家老のみゝへ 承らぬ御意なれば


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殿の御意でも叶はぬことそれ伴左衛門もいでとれまつかせ
と立あがる 四郎二郎も身がまへしてすがらばきらんず眼(まなこ)
ざし 左右なくもより付ずサア わたせ/\と詞でおどす斗也
時に奥よりおこし本つか/\と出 是々いづれもお姫様より
御意が有 四郎二郎殿にはじきに御用のことあれ共 丸ごし
でなければ奥へは通さぬ御はつとゝあれば ぜひに叶ず姫
君様此所へ御出との仰也 四郎二郎は御用人 其外の男のぶん

雲谷は云に及す 御家老殿を始御前へは叶はぬ 皆おひ
ろまへ立ませい /\との権柄さ 道犬親子無念ながらつゝ
と立て サア雲谷姫君の御前へは 男たろ者罷出ず男
でもないやつ原に 侍のじぎ無用のさたと 四郎二郎に刀のこじ
り 打あて/\はかまのすそ ふみたゝくつてにらみ付お次の
「間にぞ出にける 御るすといひ女中の邊なをおんびんに
こと共せず 御好(このみ)のかけ物梅にあは雪雉山鳥 仕つて候


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と紐をといてかけゝれば 此由披露いたさんにサア先ゆる
りとお茶しんじやと 局は奥にあい/\とあいそうらしき
声々の 男のそばへよることは常になしぢのたばこぼん 落
雁かすてらやうかんより うはしぼんはこぶこし本のまんぢう
はだぞなつかしき 物におくせぬおのこなれ共女中の色にめ
うつりして 気をとられたる折ふし十八九成わきつめの うし
ろ結びもかく別に 銚子盃前にをきしとやかに手を

ついて 私はお姫様のおぐし上藤ばかまと申者 しみ/\
お咄致しませいとの御ことぞや 御存の通お手かけばらのお姫
様 御だい様への憚りにて大名高家のお望なく 心次第縁
次第と田上郡七百町御朱印にぎつて殿好みつれ
ないはそなた様 いつぞやより色々とおちの人お局 口のすい
程すゝめてもどふでもお受ないとのこと おいとしや姫君は
余りのことに恋こがれ 私をおねまへめしヤイ藤ばかま せめ


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のことにそち也と四郎二郎と名を付て 心ゆかしにだいてねよ
そちもおれをだきしめて 姫かはいひといふてくれともがき
ごとがおいとしさ とんと下紐打とけて ねる程だく程しめる
程ふたりの心せく斗 どちらぞ男になりたいといふても
なひてもかなはゞこそ なふ大名の手わざにも有べき道
具のたらぬのは ひよんな物とておむつかる みづからにいなせの
返事聞切参れとのお使 わたしも一分立様にお返事な

されとのべにける 元信ひたひを畳に付みやうがに余る仕
合なから 度々お返事申ごとく諸傍輩(はうばい)のそねみと
申 欲心にまぎるゝこと世間のあざけり よし御きげんにち
がひ改易仰付らるゝとて御恨候まじ御受とては成がたし
よき様に御取なし頼入とぞ云切たる ハアにべもなふ埒あいた
いかにとしても上つかたへ左様な慮外申されまじ 少し
物に品付て 始より約束の女房有と申なば おむねの


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はるゝことも有去ながら 其女房は何者とごどをつかるゝ念
の為 今こゝで私とふうふかための盃して とつと前から藤
ばかまとけい約有と申さば いかな主でも大名でも
此道斗はせんがせん 此談合はどうふござんしよ ヲゝウ幸望む
所 サア盃仕ふ いや/\ 我とてもかりにはいや 仏神
かけてのめをとぞや せい文/\絵筆をとらぬ法もあれ 
こふじや/\といだき付近頃嬉しい忝し 是祝言の盃と

一つ受て元信に妻の盃いたゞくさほうぎしきはかたふと四
かい波 こし本中がうたひつれ奥よりお局嶋だいに 七百
町の御朱印箱 姫君様御祝言三国一とぞ祝ひける
四郎二郎がてんゆかず進んとするをいだきとめ 藤ばかまとは
かり名ぞやみづからこそはいてふの前 せい文立の盃いやは
ならぬとの給へば いや我らの名ざしは藤ばかま 外につまは是
なしとなをいぢばればこし本衆 そんならほんの藤ばかま


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早ふ/\とよび出す お茶の間のきりかゞ五十余りの
あつげしやう 三平二満の口べにしなだれかゝるえしや
くがほ 是がなんの藤ばかましやちらごはい皮ばか
まと どつと笑ひのどやくやまぎれつきせぬいもせと
成給ふ かゝる所へ不破伴左衛門宗末雲谷をともなひ
遠慮もなく座上にずつかとなをり 是四郎二郎 汝い
か成野心にかおやかたを調伏し 亡ぼさんとの存念有

きつとせんぎをとぐべき旨父道犬が下知申分仕るか
すぐになはをかけふかと はやなはたぐつて見せかけけり
四郎二郎ちつ共さはがず せめて形の有ことには申わけも
有べし 御やかた調伏とは此方のいひわけより先御とがめ
のせうこ 承らんとぞこたへける 雲谷下座よりこりや
/\せうこは某よ 惣じて絵書のひみつにて絵をかい
て調伏すること 人はしらじと思へ共此雲谷が見付た 此


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かけえはわぬしが筆 梅に山鳥雪に雉 抑当家は
高嶋の御やかたと号す 山へんに鳥とかいては嶋とよ
む文字也 梅のこずえに山鳥の高々ととまりしは これ
高嶋にあらずや 雉にほろゝのこえ有て雪はふるとの
心有 よみくだせば高嶋ほろぶる調伏 狩野とは
かりの野とかけり 姫君と心を合やかたをほろぼし 一
国をおのれか狩場の野原にせんずる表相 重罪

のがれずなはかゝれと 取付所をひつはづしむないたはたと
けたをすまに 飛かゝる伴左衛門がまつかう刀のつかに
てはつしと打 すぐにぬかんとする所をかくし置たる取手
の者 十手八方かなぶちをぶち立/\ねぢふせて たか
手小手にいましめくろ書院の床柱に 思ふさまにしば
り付姫君の御朱印を うばひとれとむらがるを女中手々
に枕鑓 長刀にて引つゝみかこひふせけばあまさじ


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おくをさして追つめける こしかけにひかへしうたの介かく
と聞よりたまられず かけ廻つてもおくがたのかつ手はしらず
中口の 明ずの門くだけてのけととびらをたゝき 狩野四
郎二郎元信が弟子 うたの介之信(ゆきのぶ)と云ざうり取 主と
いひ師匠也しぬる道なら共にしなん 高が絵書のでつ
ちづれこはいことも有まい 相手の其取分のことひらけよ
明よと貫の木も おるゝ斗にふみたゝき鳥居立にぞまた

かつたる 元信内よりうたの介か満足した 身にあやまり
なき上に慮外をして姫君の 御身のあやまち気遣し
帰れ/\とよばゝれば アゝ慮外と云もことによる 明すはふんで
ふみやぶるとわめきちらせば雲谷不破 うたの介を打ころ
せと引かへして門の貫の木 はづす所をつけ入に雲谷が
小びたひずつはと切さげたり あいつたしとをどりあがり二
人ぬきつれ打かくる あなたへ追つめこなたにさゝへ城下を


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さして「切出る四郎二郎じだんだふんで エゝ佞臣共むざ
/\とはしぬまい 親よりつたへし一心の絵筆はこゝぞと観
念/\ 右のかたにはを立てふつゝ/\とくひやぶり 口に我身
のちをふくみ ふすまとに吹かけ/\口にて虎をぞかき
たりける てんもくらいいの眼の光りいかり毛いかりふいかり
爪 千里もかけんいきほひ也 道犬は姫君の行がた尋ね
廻りしが 先絵書めからしまはんとたちをぬかんとせし所に

俄に吹くる風さはぎ絵にかく虎は形をげんじ 牙をな
らしてほえかゝる道犬もがう力者 くみとゞめんといどみ
あふ 虎はたけつて爪をとぎあたりをけたてゝ「もみ
あひしがもとよりふしぎの 猛獣道犬がえりたふさ ひつ
くはへ打かたげくるり/\ くる/\/\くるり/\ともつて廻り 一
ふりふつてなげゝれば へいを打越しき石につらをすつて
そ打付ける 虎はいさんで元信のいましめをかみ切 せを


23
さしむけてそばへたり元信頓(やがて)る心付 はかまのもゝたち
しぼり上ひらりとこそはのつたりけれ 虎は千里のあし
早く風にうそふく身もかろく 追来る敵を追ちらし
かけちらし ほりもついぢもをどりこへ 飛こへ はねこへかけり行
ぶがんぜんじが四すいのとら 李将軍は虎をくむ絵にかく
虎をうごかすは 古今の一人のつたも一人 天下一人一筆のほま
れは 世にぞ「残りける げに獣君(しうくん)の一霊山野にはび

こり草木をふみおり田はたをあらすことなゝめならず 近郷の
百姓声々に 三井寺の後から藤のお迄は見届た 此山
科の藪かげへ進こんだに極つた 皮に疵を付ずにたゝき殺
せぶち殺せと取/\゛わめき評定す 庵の内より棒つい
て小提灯さげたる男 ヤゝ何者じや人の軒 うての殺せの
とはうさん也とぞとがめける いや是は矢橋(やばせ)あはづの百姓共
此頃しがらき山から虎が出てあれる故 隣郷が云合せ此やぶへ


24
追こんだ さがさせて下されと口々によばゝれば 侍あざ笑ひ
やい 虎と云獣が日本に出たためしなし 十方もないこと夜盗
をし入の手引か 此庵を誰とか思ふ 土佐の将監光信と云
絵師 子細有て先年勅勘を蒙り此所にひつそくし 将
監年は寄たれ共某は門弟修理の介正澄と云者 ゆだんは
せぬと棒ふり廻しいさかふこえ 将監ふうふ障子を明聞た/\
天地の間に生ずる物有まい共極めがたし 諸共さがせと鑓熊

手ひつさげ/\えい/\ごえ松明ふつてかり立る 一むら竹の下かげ
にそりやこそ物よと火を上れば あれにあれたる猛虎の形 人
に恐るゝ気色なく世をたはめてぞ休みいる 将監横手を
打て あらふしぎやがんひの筆の 竹に虎の筆勢に少しもま
がふ所なし 是は誠の虎にあらす 名筆の絵に魂いつて顕はれ
出しに極つたり 然も新筆今迄程にかゝんす人は 狩野の祐
勢が嫡子四郎二郎元信ならでは覚えなし いつれにもせよ証


25
拠には足跡有まい 物はためしと百姓共わか草分けて尋れ共
虎の足がたあらざればかき手もかき手目利もめきゝ 前代未
聞の名人やと 心なき土民等も拝む斗に信をなす 修理
の介七足(そく)さつて師匠を拝し アゝ有がたや此虎を見て えの
道の悟をひらき候其しるし 我筆さきにてあの虎をけし
うしなひ申べし 名字名乗をきづけ御ゆるしを受度(うけたく)候と 懇
望あれば将監悦び ヲゝけふより土佐の光澄と名付べしと

いんかの筆をあたふれば将監はいたゞきすみを染 虎の段(すん)にさし当
四五けん間を置ながら 筆引かたにしたがつて頭(かしら)前脚(ずね)後脚胴よ
りおさきに至る迄 次第に消て失(うせ)けるは神変(しんべん)術共いひつべし
百姓共舌をまき孫子迄の咄のたね なふあの上手な絵書殿に
よいお山を十人程かいてもらひ かねもふけがしたいといへばひとりが
聞て ヲゝ/\冬年おめにかゝつたら 借銭乞の帳面をこゝからけし
てもらはふ物 お暇申と打笑ひ在所「/\へ帰りけり こゝに土佐


26
の末弟浮世又平重起(しげおき)と云絵書あり 生れ付て口吃り言
舌あきらかならざる上 家貧(まづしく)て身代は うすき紙子の火打
箱 朝夕の煙さへ 一度を二度に追分や 大津のはづれに店(たな)
がりして妻はえのぐおつとはえかく 筆の軸さへほそもとで登り
下りの旅人の わらべすかしのみやげ物三銭五銭の商ひに 命も
銭もつなぎしが日かげの師匠をおもんじて 半道余りをふうふづ
れよな/\見まふぞ殊勝なり おつとはなまなか目礼斗女房

そばから通事して まだ是はおよりませぬ 誠にめつきりとあ
たゝかに日も永ふなりまして 世間は花見の遊山のとざは/\
ざは/\致しまする こなたは山かげ御牢人の おつれ/\゛をいさめの
為よめなのひたしにとうふのにしめ さゝえでも残しまして せき
寺か高観音へお供して 春めく人でも見せませふと めをと
申ていますれ共心で思ふたばつかり 道者時分で見せはいそ
がし せんだく物はつかへる仕ごとにははかいかず 日がな一日立ずくみ何を


27
するやらのらくらと 急げばまはるせたうなぎたゞ今ぜゞからもら
ひまして 練貫水(ねりぬきみづ)の大津酒ゆめ/\しうござりますれ共 此春
からお仕合がなをつて 鰻の穴から出る様に御世にお出なされま
せ ほんにつべこべとわたしがいふことばつかり こちの人の吃(どもり)とわたしが
しやべりと 入合せたらよい頃な めをとが一組出来ませふアゝお
はもじやと笑ひける 北のかた聞給ひ ヲゝよふこそ祝ふてたもつた
こよひはきめうなこと有て修理は名字をゆるされ 土佐の光

澄と名乗ぞよ そなたもあやかり給へとあれば又平時節と女
房を 先へをし出しせをつき我身も手をつきかうべをさげ 訴訟
有げに見へければ女房心へすゝみ出 誠に道すがら百姓衆の咄
を聞 身は貧也かたわ也おとゝ弟子に土佐をなのらせ 兄弟子は
うか/\といつ迄浮世又平で 藤の花かたげたお山絵や 鯰をさ
へた瓢箪のぶら/\いきてもかひなしと 身をもんでの無念がり 尤共
哀共つれそふ我らの心の内 申も涙がこぼれますか おく様迄は申


28
せしがおじきの願ひは此じせつ 今生の思ひ出しゝての跡の石塔
にも 俗名土佐の又平と御一言のおゆるしは 師匠のおじひと斗
にて涙に むせび入ければ 又平も手を合せ 将監を三拝したゝみ
にくひ付泣いたり 将監もとより気みじかく ヤア又しては/\かな
はぬことを吃めが こりや此将監は 禁中の絵所小栗と筆の
争(あらそひ)にて 勅勘の身と成たるぞ 今でも小栗にしたがへば富
貴の身とさかふれ共 一人の娘に君けいせいのつとめをさせ 子を

うつてくふ程のひんくをしのぐは何故ぞ土佐の名字をおしむにあら
ずや 修理は只今大功有 をのれに何の功が有 琴棊(きんぎ)書画は
はれのげい 貴人高位の御座近く集るは絵書 物もえいはぬ
吃めが推参千万 似合ふた様に大津絵かいて世をわたれ 茶でも
呑で立かへれとあいそう なくもしかられて 女房は力をおとしこ
なたを吃にうみ付た 親御をうらみさつしやれと頼みなく/\又平
も 我咽ぶえをかきむしり口に手を入 舌をつめつてなきけるは こと


29
はり 見へてふびん也 時にやぶの内よりも将監殿光信殿とよば
はつて いた手おほたる若者縁先によろぼひ立 将監の弟子う
たの介御見忘れ候か げにも/\うたの介先こなたへとざしきにいれ
承れば四郎二郎殿雲谷不破が悪逆にて なんにあひ給ふだん
/\つぶさに聞気遣しと有ければ さん候某も供仕 雲谷
とたゝかひか様に手をおひ候 頼み切たる名護屋山三殿は在
京 元信あやうく候しが漸のがれ 落うせたると承り こゝになん

ぎの候は姫君いてうの前元信をあはれみ 七百町の御朱印
持て落給ひしを 敵うばふて下のだいごにかくれし由 二度姫君
屋かたへうつし御朱印うばひかへさでは ながく絵師のかきん也そ
れがし手負の身は叶はず 御かせい頼み申さん為忍び参り候と かた
りもあへぬに将監皆聞迄に及ず 将監と土佐は一家同
前力に成て参らせん され共きやつらと太刀打はいかな/\かなふまじ
姫君にもけがあらんどふぞ弁舌のよき人に 御やかたの御意と


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いはせ たばかつて取かへす分別がござらふ 何れもいふてお見やれと
ひたひに小じわほう杖つき各小くびをかたふくる 又平何ぞいひ
たげに 妻の袖引せなかつき指ざしすれ共合点せず しんきを
わかし女房を引のけてつゝと出 師匠の前に諸手をつきつをの
みこんで このうつ手には拙 せしやが集り 姫君もゴウ御朱印
ウゝ/\/\うばうばひ取て帰りましよ 将監きつと見 ヤアめんどふな
吃め しあんなかばにしやま入る そこ立てうせぬかと しかられ

てもおぢるにこそ イヤ膝共談合と申 口こそ不自由なれ 心
もうでも天下にこはい者がない 拙者が分別出し 叶はぬ時はえ
正すけ定 あつちへやるかこつちへ取か首がけのばくち 命のさうばが一
分五厘 浮世又平と名乗ては 親もない子もない身がら一心
命ははきだめの芥名はしゆみせんとつりがへ 伜の時からきうこう
なし 命にかはて申上るも師匠の名字をつふぃたい望 ばつかり 拙
者めを遣はされて下されませ申 申し さりとては御承引ないか


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吃でなくはかふは有まいエゝ/\/\ うらめしい咽ぶえを かきやぶつてのけ
たい女房共 去とはつれないお師匠じやとこえを あげてぞ 泣
いたる 将監なをも聞入なく かたわのくせの述懐涙不吉千万 相
手に成てははてしなし是々修理の介 御辺向つてしあんをめぐ
らしうばひかへし来られよ 畏つたと云より早くぼつこみ立出
る 又平むんずとだきとめてマゝまんまんまつてくれ 師匠こそつ
れなく共 弟子兄弟の情じや 此又平をやつてくれ殿共いはぬスツ

すゝすつ/\すり様 こりや又平 某やたけに思ふても 師命は
力なしこゝをはなせ イゝ/\いやハゝ/\/\はなさぬ はなさねばぬいて
つくぞ ツゝつきコゝ/\/\ころせ ハゝ/\/\/\はなしやせぬぞ 修理の介も
もてあつかひはなせ /\とねぢあふたり 将監夫婦こえをかけはな
せ/\ととゞむれ共 みゝにも更に聞入ず女房取付 あれお師匠様の
御意が有 おとましのきちがひやと もぎはなせば女房を 取て投
はたとけてにらみ付 をのれ迄がきちがひとは エゝ女房さへあな


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どるか かたわは何のいんぐはそやと どうど座をくみたゝみを打て 声も
おしまず歎きける心ぞ 思ひやられたる 将監重て汝能合点
せよ 絵の道の功によつて土佐の名字をついでこそ 手がら共いふべ
けれ 武道の功に絵書の名字 ゆづるべき子細なしならぬ/\と云切
給へば 女房いなをりサア又平殿かくごさつしやれ 今生の望はきれ
たぞや此手水鉢を石塔と定め こなたのえざうをかきとゞめ此ば
でじがいし其跡の をくりがうを待斗と硯引よせすみすれば 又平

うなづき筆をそめ石面にさし向ひ 是生がいのなごりの絵姿は
苔にくつる共 名は石魂にとゞまれと我が姿を我筆の 念力
やてつしけん 厚さ尺余のみかげ石 うらへ通つて筆の勢 墨も消ず
両方より一どにかきたるごとく也 将監大きにおどろき給ひ 異国の
王義之趙子昴(ぎしてうすがう)が 石に入木に入も和画にをいてためしなし 師に
まさつたる画工ぞや浮世又平を引かへ 土佐の又平光起となのるべし
此勢ひにのつて姫君御朱印諸共に 取かへせと有ければはつと


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斗に又平は 忝し共口吃礼より外は涙にくれ をどりあがり飛あがり
嬉し泣こそ道理なれ 将監夫婦悦び心功にて心ざしあつけ
れ共 敵に向つてもんだうせんこといかゞあらんとの給へば 女房聞もあへ
ず 常々大頭(だいがしら)の舞をすき わらは諸共はつれわきにてまはれしが ふし
の有ことは少しもどもり申されずといふ やれそれこそはくつきやうよ
心見に一ふしめでたふまふてたて あつとこたへて立あがりふるき舞
を身の上に なぞらへてこそまふたりけれ 去程に鎌倉殿 義経

の討手をむくべしと 武勇の達者をえらはれし それは土佐坊 是は
又 土佐の又平光起が 師匠の御をんをほうぜんと 身にもおうぜぬ
おもにをば 大津の町や 追分の 絵にぬるごふんはやすけれ共 名は
千金の絵師の家 今すみ有を あげにけり かくて女房いさみ
をつけ 又もや御意のかはるべき はや御立とすゝめける ヲゝいしくも
申されたり 身こそ黒絵の山水男 紙表具の体なり共 くち
てくちせぬ金砂子 極彩色にをとらじといさみすゝみしいきほひは


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ゆゝし頼もし我ながら あつはれ絵筆のけなげさよ からえの
樊噲(はんくわい)張良(ちやうりやう)をたてについたと思召せ お暇申てさらばとて打
立出るいきほひは 誠に諸人の絵本ぞとヲゝ ほめぬ者こそ
「なかりけれあふ坂のせき 明ぼの近き火ようじのこえ高嶋
の屋かたには 六角殿の姫君行がた見へさせ給はぬとて 旅人の
あらため問屋のせんぎ土をかへさぬ斗也 又平は今朝七つだち門
出祝ふ中わんに 例のあつかん三ばいひつかけうつ立所に やごと

なき上らうのすあしの土に身もくづおれ 伏見のかたよりうろ
/\と是そこな者 京の道をおしへてくれ わらんぢといふ物
をはかせてくれと詞つきの大へいさ 又平むつとがほに立はた
かつて返事もせず 女房走り出たいていのおかたでない いの
そなはつた見所有とおそばに集り 恐れながらおやかたの
姫君様と見参らす 我々は土佐の将監が弟子吃(ども)の又平
と申絵書のふうふ 将監の弟子うたの介に頼まれ お迎に


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参り折から也必つゝませ給ふなと さゝやけば嬉しげにヲゝみづから
こそいてうの前 道犬雲谷か追手すきまなし よい様に頼む
ぞやとの給へば マtが兵土邊にひたひをすり付悦びの色いさ
みの色 気をせけばなを物いはれず心をしかたのうでまくり
りきみそり打いやひのまねぬき打なで切おがみ打 くみ合
ねぢくび手にとつてにぎりこぶしの武士気をあらはし 埴
生にかくまへ参らするふうふが「所存ぞ頼もしき 程なく

八町はしりいの問屋組頭組町引ぐしおこしかへつて声々
に 六角殿の姫君朱印を盗出給ひ 御家老より御せんさく
うら屋小路もあらためよ 別して絵書は屋さがし有人は勿
論犬猫も 内を出すなとうら口かど口はた/\と さしもの又
平取こめられかりばの鹿のごとく也 不破の伴左衛門はせべの
雲谷 きごみの兵百騎斗 むら立来て家々にをし入/\
さがしける 又平一期のふちんぞと 女房諸共姫君をおしかこひ


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隣をがはとけやぶつてぐつとぬけたるかべあつき 氷の様成だんびら
物さし出す首をかたはしから キゝ/\/\/\ きりならべんとかべにそふてぞ
つゝ立たり 雲谷こえをかけヤア/\是ぞ音に聞 土佐が弟子
吃の又平めがすみか也 たゝきこぼつてさがして見よ 承りと一ばん
テとつた/\ とつた/\とどつとよせしがしどろになつて引かへし なふ
こはやすきまじや 何かはしらず家内には人大ぜいみち/\て あるひは
やつこの形も有又は若衆女も有 人間斗か猿猪(い)のしゝわし熊

たか 爪をとぎ立眼をいからしよりつかるゝことでなし なふ/\
いやゝと身ぶるひし舌をまいてぞ恐れける 何をぬかすうろ
たへ者 人三人住れぬあばら屋何者か有べきぞ さつする
所見せにはつたる三文絵をいき物と見ちがへしか こはいと思ふ
心から眼がくらんだこしぬけ共 それ/\しとみをこぢはなせぬ
るい/\と下知すれば とび口ひつかけりや /\となんなく見せを
はなしける 内を見ればふしぎやないひしそもとがひもあらやつこ


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の かげ共わかずまぼろし共まだほのぐらきあかつきの 鳥毛の
鑓さきそろへしは土佐がたましひうつしえの 精霊也共しらば
こそ我も/\とかけ向ひ うて共つけ共手にとられぬ 露
の命を君にくれべいと そめしだいなしきらひなし相手えらばず
ふせぎたり 雲谷が弟子長谷部の等厳(とうがん)かずにもたらぬ
かすやつこ 我に任せとまくりければ かただぬいだる立髪
男 大盃をひらり /\とひらめかし みけんにふつたるたうがらしヲゝ

から ヲゝからからにしき あやめもわかずひつかへす 師匠の雲谷
たまりかね かたはしより打みしやぎ手なみを見せんととんでかゝ
る やさしややさものゝ 女わざにはきどくづきん 藤のしなえを
をつ取のべ ひんまとふてはたと打 しとゝ打をひらりとはづしうけつ
ほどいつあさ衣の玉だすき かひ/\゛しきわかき法しの顕はれ出 い
さみかゝれる有様は なみや鯰のへうたん/\ もつてひらいて鉢
たゝき たゝけばすべりうてばすべりぬらり /\と手にたまらず あ


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ぐみ はてゝぞさゝへたる 不破が郎等犬上団八(いぬがみだんはち) そこのき給へ
人々と うつて出るやうつゝのやみの 座頭一人とぼ/\と とぼつく杖
をふり上 /\めくら打にうつてんげり あまさじ物とつゞいてかゝる
団八が弟犬上三八 二八斗の小人まくらがへしの曲枕をつ取/\
はらり/\はら/\/\ うつ波枕かず枕まくらがさねに打みだ
れ ちり/\゛にこそ引たりけれ 伴左衛門いかりをなし手にもたら
ぬざう人原 しや何ごとか有へき武士の刀のあんばい見よと ま一

もんじにかけたりけり あらすさまじやこはいかにすがたはしやもん
かしらは鬼神 おにの念仏っかみくだく きばをならし角をふり向ふ
者のまつかふ しもくをもつてたゝきがねくはん /\/\/\/\ みゝに
こたへほねにしみ すゝみかねてはひき足もはやふさあらたかわし
くまたか 一どにさつと飛来りむらがるせいを八方へ をつ立けたて
つゝき立/\ つばさのあらし夜明の風わしのこえ/\あふ坂の
ゆふつげ鳥に しら/\としらみわたればしらかみに 有しかたちは彩


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色の 絵にうつりたる筆の精天こつのめう共いつゝべし 又平い
さんで女房の袖を引 物はいひたし心すゝんでしたまはらず
たゞウゝ/\とばかり也 エゝこゝな人 敵がつめかけこときうな まはら
ぬしたをいはれぬこと舞で/\といひければ ヲゝ それよ/\気が
ついた 今目前のふしぎを見よ 我らが手がらでさらになし 土佐
の名字をついだる故 師匠の恩の有がたさよ 敵の中へかけ入
て命かぎりに追ちらさんと 大ぜいにわつていり西からひがし

きたから南 くもてかくなは十もんじわりたてをんまはし さん/\゛
にきりたてられ さしのもぐん兵たまりかね八方へにげちつて
残る者こそなかりけれ さあしてやつた此上は コゝ/\/\こゝには
片時(へんし)もかなふまじ 都のかたへと姫君をヲゝ/\/\/\あふ坂山ほと
とぎす まだはつこえの口はどもりこゝろはてつせきかなおとがひ
に まさつたすぐれたこへた峠は日の岡の いしはら草はら
足もしどろにどゝ/\/\/\ どもりまはつてのゝ/\/\のぼりける