仮想空間

趣味の変体仮名

当世芝居気質 巻之二

 

読んだ本 https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_00654/index.html

 

2
当世芝居気質巻の二

①操方(あやつりかた)の黒巾(くろご)より赤子のつかひ様
太夫おとろへたれども操ます/\上達す されば人形
つかひといへば上手下手も有ふとおもへど 傀偶(でこ)つ
かひといふと何でもなふ聞え いづれ此道の上手
下手生質(うまれつい)て妙を得たる吉田軍三郎とて父の
家名も上手も受つぎむかしより今にはじ
めぬ上手なり 立役は勿論おやまをつかへば女(おなご)
の目にもよふ遣ふと見へ 親父をつかへば操り
ぎらひの見物も口あいて見入ばかり 其妙の
きこへ三ヶの津はいふに及ばず長崎津軽


3
遊次郎(ぜにつかひ)も見物に上(のぼ)るにいか様名人じやと感心
さするも此道の活計(くわつけい)なり 初日から五日目東の
上(うは)桟敷三間(げん)つゞき侍客をもてなしと見へて歌児(げいこ)
妓女(ぢよろう)のはなやかさ 楽屋のたのしみ往(ゆき)廻つては黒巾(くろご)
をあげ東西の手摺より詠め入り 男見てくれ
誰ぞほれてくれがしのどずんばいも歌舞妓
役者ほどにおもはれぬこそ此くるわの無念なれ 中
にも侍客 いかさま今朝(こんてう)より見請たる所かれめが
人形は中々よくつかふ 傀偶(でこ)つかひにもだん/\の
有物じやと感心するに亭主方イヤモきやつめは
三ヶの津にはない上手私共心安ういたせば御馳走の

ため是へよびませう それはさいわいどのやうな人物ぞ
ちかづきにならんと 目の三つもあるものゝやうに女郎
芸子がごぞつてよびよせたがる調子にのち わたしが
ちよつと楽屋へいてさんじませうと仲居の尻
がる五分板の音ぐはた/\/\ 楽屋口でとがめ
られこゝは下駄はく所じやないぬがしやれ/\
あい/\軍三さんの部屋はどこじやへおしへておく
れとなまけいたる赤前垂 ちらと見るよりこゝ
じや/\ ヲゝこゝかいな此間はねつから顔見せん
なはいり所が出来たそふなナ コリヤ又いやがらすのか
けふはつゞきさじきでさへるな なんぞ味(うま)いものが


4
あるならもつて来てくれんかい アイもつて来て
あげふ 夫(それ)よりはおまへひいきの三興さんがふれまひで
屋敷のおきやく おまへにちかづきになりたいと云て
三興さんのつかひに来た ちよつとさじきへ今お
出と皆まできかず そんなら三々けう様が来て
ござるかそれならとふからしらしてくれたがよいわい
初日のしう義のお礼がいわずにある さいわい此場はやすみ
じやすぐにゆかふ したがあまり乱鬢(らんびん)ちよとなで
つけてゆかふ ハテよいわいなちやつとおいで新艘(しんぞう)
さんがおまへを見たがつてじやはいなァ 又病つかすかいと
いゝつゝ黒巾は ほいと楽屋入の衣裳引かけ帯ぐる

/\南無三弁当の時羽織にきかへにやつたがまだ
もつてうせん ハテ大事ない座敷ではなしさじきの
ちよんの間それですんであるわいな 夫(それ)でも三
興様よりはじめてのお客といひお侍不礼(ぶれい)じや
といふて人の羽織かるもめんどいわがみよいやうに
いふてたも 諸事とつているサア/\お出と手を
引立て 楽屋をずつとさじきのうしろだんばしご
の音けたゝましく 軍三さんが見へましたと
しらせに亭主方よろこび 軍三かよふ来て
くれられた サア/\これへ/\ ヘイ/\今日(こんにち)お出
なされてござる事ねつから存ませずお使(つかひ)に


5
あづかりましてお詞もない仕合(しあわせ) どなた様もよふお
出あそばされました マア/\あいさつはあとへまはし
芝居もはんじやうで目出たい 扨おもしろひ事じや
いつもながら貴様大出来 序(じよ)の立役に三つ目の
親父 二の口にちよつと出る娘が所作を切りへまはる
のじや有ふ 作のひやうばんもよしきやうとい/\
それであなたがたもどのやうな人物じや見たいもの
とおつしやる 上手じやといへば誰でもどんな顔
じやとマア顔からさきへ見たがる それに人形遣ひ
は昔からなぜくろごをきるぞいとてもなら年中
出づかひにしてほしい したがよい男見せたら

女子(おなご)の人だねは有まい/\ハゝゝ 是は又旦那様のきつ
いいためやう サア一つあがれと仲居のとりもち さす
盃にいたゞく盃 あいせうすけてともつれの打ち
三興帯の端を見付 どれ/\ちつとあやかる
ため見せてもらふといやがる帯を引ほどき ご
らづじませ芸者といふものは若い事する物で
ござります 黒繻子の幅広帯は道頓堀の風(ふう)
でも有ふが 端縫に金糸で色と貴様の紋
と二つ紋はふるいしかけ是見せたさに羽織着ず
に来たのか 是は旦那様のわる口 それ見やんせ私(わし)
が羽織着よふといふ物を此やうなじゆつない事は


6
ない イヤ/\なんのじゆつなかろ嬉しからふ 今度の
娘のしつとの趣向も此帯から出たのじやあらふ
そりや又なんで左様におつしやります ハテしれ
た事此谷の若瀧当九郎にさる後家が喰つ
いてはなやかなこと嬶が聞てやつさもつさ その
我身の上の事をすぐに番場の忠太の四段目の
趣向 りんきしつとの所にともへ木瓜(もくかう)三つ桔梗
と文句に入て置おつた めんよふ粋(すい)所の色事
仕はやぼな事ばつかりするものじやと いはれて
軍三は天窓かき 旦那様に幕内のことしられて
はしゆつときへ/\゛ ヤア幕がつまつた此次は私が

往(ゆく)場どなた様も御ゆるりとあそばしませもそこ/\
に楽屋へ引かへすうしろ姿 三興にた/\わらひ
何よりは黒繻子に絽の黒巾(くろご)はおれがたて者と
いわんばかりのいやみ てへんに灰吹(ふき)のせたやうな
大たぶさのわげは此あやつり座のはやりもの 三絃
までが大わげ 此二つはちつとやめてほしいとわる口
仲間中居が聞かね どふでも商ばいがら人形の
つむりににるのでござりませうと取つくらへば 扨
はわれも軍三にのりがあるなといやがらせ その
日の座をもつ亭主役どろんと果るやいなやす
ぐに冨市(とんいち)のおくざしきさはぎの中へ軍三より


7

f:id:tiiibikuro:20191218121147j:plain

仕やうも 有 物じや
是をいつしよに とん市の
中戸口へ がつてんか/\
心へました

いやおうの いわれぬ
おもざし ては ないか
かはい そうに よい子じや


8
のお見廻(みまい)と虎屋の折の贈り物 三興見るより是
は情ない 是で又新浄るりの時幕か幟かけい
気にしてくれいと頼む下ごしらへ当世の操方
は相応に気がはつて歌舞妓役者の顔見せ
と取ちがへている所もあると めつたむしやうに
穴いゝじまんの客 そこへ付こむ上手もの 芝居
ばてからざしきへ来て牽頭(たいこ)そこのけの座持
侍客もこしをむかし 亭主三興もよろこび
軍三ならではと其夜もふけて客見送りかへ
りは仲居と二人づれ めれん同士が肩にかゝり
今夜はとまつていにいなァ どふなとせうぎに

酔さましわしが立るがま一つのみんか もふのめん/\
といふを引立て小宿ばいり 寝耳へ水ではなふ
て据膳にせりふもなんにも酔まぎれ それ
が病づきのさいしよと成り 仲居の心には客
からもらふた物をとりむしる気でわなにかけ
軍三は又おれにのぼつておるそうなと たがひに
すりおろそふ/\と小宿ばいりのたび/\にす
まん/\となき事ばつかり 無心状が両方から入ら
がふて来るに双方あいそつき さてはなすびか
軍三といふ名にだまされたと仲居同士そしり
あへばあつちにも冨市の仲居めがかぎにすつて


9
の事にかゝらふとしたと楽屋ばなし 爰にあはれ
をとゞめしはかの仲居懐胎なり はるかさがつて軍
三へうらみ状やれば そんあことはしらぬなぜ其時から
いはぬぞと さかねだりしてもねがさつぱりとも
せぬ事 もめになりけるに 十月(とつき)めになつてむしばら
のおこつたよふに産代(うみしろ)おこせとゆすられやつさもさ
のほどなくころりと産おとしたは男の子 コリヤ男
につくならひなんぎさそふと持つけければ 芝居
がゝりの気さんじさなんとも思はゞこそ たゞし
おれが子といふにはなんぞたしかなせうこがあるか
としやうばいがらのせりふでやりばなされ 挨拶人

もサアそれはで気のどくながら もらるてきけば
イヤあの人の子にちがひないにきたないやつじやとそろ
/\悪口(あくかう) あちらへもめこちらへゆすりせんじつ
まつた趣向は作者がかり 夫(それ)こそ思案ありとて
彼赤子をみかんかごに入れ竹のさきに一通をは
さみ 菅丞相の天ぱいざんにて告文を天に
さゝげたる体にて其まゝ声に泊り番の表方
見つけ 此道頓堀でしかも木戸口へ捨子とは狂言
にしてくれいとしゅかうつき付に来たのか 是
はおもしろいとちやわ/\いふにいろはの亭主


10
立よりかの竹のさきの一通ひらき見れば 御たのみ
申上候一通

 一 私事は当芝居芳田軍三郎伜にて御座候處
 どふいふ訳にや嬶さんと不中になつて私を子じや
 ないと申され候ゆへ私ことの外難儀いたし候二人の中
 の子にちがひないといふ証人は私腹のうちにてとくと
 存居申し何とぞ頭取様のおせわをもつて親子の
 ちなみいたしじう請千万奉願上候ハァ?

(ちなみいたし被下候様千万奉頼上候以上)

f:id:tiiibikuro:20191218120129j:plain

  月日  よし松
 頭取様へ

とのたのみ状 是捨置れずと頭取へかくとしらせ

ば軍三郎同道にて来り ぬしのしれた捨子マア内
へ入れて薬地黄煎に近所の乳母の乳を呑せと
立さわげば軍三せいして さなせそ/\高で是は
産代やらんゆへにこつちへ難義さそふともち付た
のじや うんで仕廻ふてもまだかぎにかけふとす
るえらひ女子ではあるとさわがぬてい じやといふて
諸事おぎやあ/\のものが頭取へたのむと書た
一通は作者がなふては済(すま)ぬ なれどもそこをせ
義せず擂木(れいぎ・れんぎ)で重箱あらふ心でやつぱり赤子
から頼まれたぶんでさばかねば頭取といはれる
名がすまんと力みかへるに 軍三思案しよし/\


11
しゆかうがある/\ あつちから外聞かまはねば
こつちもむけ/\といゝつゝ勘定場の硯引
よせさら/\/\ 勘定場にて銭壱匁借り 一
通とかのはさみ竹にくゝり付表方よび此赤
子を冨市の中戸口へ置て来て下あれ 若
とがめても大事ない委細は状に書てある
といふたがよい かしこまりましたと引かへ冨市
の中戸口へはいり赤子おくりましてござり
ますといゝ捨(すて)て立帰る 跡にはおぎやあ/\に
ヤアめつそうな中戸口へ木戸が捨子持て来たは
どうしたわけじやと家内立よる 中に彼中居しや

しやり出て皆見ておくれ又よし松をつきもどし
おつたはいなァ ヤアそんなら此間からもめたと聞た
がぶんかかわいや/\と 抱上たる手にくゝり付たはなん
じや かわいそふに竹に状はさんで手にくゝり付て
ある それ見なされそんな気づよひ男わしが
はらたてまいものか 何が書てあるよんでおくれ
と いふに惣/\゛よりたかりひらき見るに冨市
様此身のさんげ聞てたべ

 おもひ出せば一トとせまへたがひに若木の恋鑰(かぎ)
 に掛りあふた其中に 私が出来たにちがひあら恐し
 母がつかみに父もあいそやつきたりけん中に難義は


12
 此身のうへとやせんかくと母に捨られ父に対面する
 間もなく鳥目(てうもく)壱匁文のやみきりをうけ立かへる身
 の面目なさ御推量有てひとへに御せわ頼上候おぎやあ/\

とよみ上るを聞てさてもいじりぎたない 壱匁や
二匁でそだてらるゝものかつきもどしてこまそふ
せめて百五十目か弐百目さいかくしておこさねば請
とらんと又木戸口へすてにやる ソリヤまたつきもど
したぞ がつてんじや状見るにおよばん五百のさい
かくも出来ぬ此節季も七分のやみきりなれば
どふもならぬと断(ことわり)やら返事やら引かへしてつき
もどすイヤ了簡ならぬねがふても出さゝにや

おかぬとつき付る そんなら百目で扱ふすぐに
其百目も証文にして節季/\に五匁づゝの
なしくづしにしてくれとおつかへすか 赤子をあ
ちらへ捨たりこちらへ捨たり日どりの内(?)に子忌み
は明ても埒が明かず喰初も誕生日も愛らしさ
かりになつても今にどちらへともかた付ぬまひ
ごの子二親の名所しれてありながらうろ/\
している迷ひ子此邊に沢山/\ 

 ②近松の再来天からふつた趣向
舎人親王日本紀を作り 司馬遷史記を作り
国家の安危君臣の善悪を意味深長に発明し


13
又人の心を感激せしむるは近松門左衛門なりとさる
儒者(ものしり)の詞まことなるかな 今時の作者は狂言
しゆかう案じるより世帯のやりくりに労し もし
芝居がつぶれはらひのない時は此趣向をすぐに
一ト切浄るり芝居へ嫁入させんとたくなみ 浄留
理かたりの口に合まいが操(あやつり)にかけてわるからふが
そこ所へいかぬじゆつな趣向 文句もしや/\り
もそが/\と書上たがせきの山 たま/\はやる
浄るり有時は本の出ぬうち旅芝居へ下抜(ぬき)
して売ふと聞あるき 趣向おもひ付事は脇へ
なり工面事 山師のあるきにつかはれ商人(あきんど)気の

作者名は本の末(ばつ)にでつかり連なり 楽屋しらぬ素人
には識者(ものしり)顔におもはるゝもまへに近松といふ
名人ありし余慶 其身の仕合心はづかしから
ずや 昔を当世近代を時代に作りなす三芳
正楽とて わかき時は近松氏に付そひあつ
ぱれのきれものに成りそゝくれ 此道にいびた
れ好(すき)の茶碗酒いつよたんぼに成ほどのんで
見たい願ひも叶はぬ貧乏の乏の字長ふて
振廻しかね 小つかひ銭のたしには芝居仕度も
じゆつなさの余り中書のぬきうり芝居仕の
耳へ入大きに憤り正楽を呼付其件は住(すみ)証文


14
に何と書て判をせられしぞ 趣向はもちろん中書
など一切外へもらし申まじく候万一他言にても致
候はゞ急度芝居御差構(さしかまひ)可被成候(ならるべくそうろう?)と太鼓ほどな
判押ながら 今度の狂言ばかりじやない度々旅
芝居へ売とは言語道断 近年は芝居のヶ条書
法度事もやくたいなれど此方はきつと条目立
ますると居長高(いたけだか)に噛付れば 一盃きげんの正楽
酔た顔で巻舌になり 成ほど御尤のやうなれど夫
はむかしの事なぜとおつしやれ まへは極た通りの
給銀すつぱ/\はらひ四季の仕着せはしてくれ
給銀の先借まで出来る時節は作者もきつと

行儀を守り商売に精を入にやならぬ 今はそふで
ないな住口の時は菜大根買ふやうに給銀をねぎら
れても浪人しようよりはとしよう事なしにかゝへ
られ 其上ちいと芝居のふりがわるひと七分か八分
のやみきり払(はらひ)のうへに不足銭つき付られて
どふくえるもので 作者といふても物喰らふ虫じや
借銭乞にせがまれてはういかんだ趣向もどこへやら
そこで盗人が首切られると知ながら当座遁れの
下抜(したぬき) それとも世帯ぐるめにやしなふておくれる
なら己後(以後)はきつとたしなみ奉ると 藝と商
人と取ちがへたる根性魂(だま) 芝居仕もあきれかへり


15
ソリヤはや給銀は五匁目でも六匁目でもやらふが
かねばつかりほしがつて趣向はもちろん文句といふ
もの一口もかく事なるまい かくはかゝふが恥かくで
有ふ 今時の作者に五匁でも十匁でも給銀やる
は冥加につきる四ッ人五人かゝつて古狂言をたゝき
直し朝から晩までつまらぬ事ばつかり まだ
見物が見に来るもふしぎ 畢竟操は上手になり
太夫が無理に節つけて語ればこそ 新浄つち
をすよみによんで見たがよい一向たわいやくた
はないそれであいそつかし二度と見に来る
見物もないによつて二(ふた)節季と持(もつ)作があるか

給銀ぬす人といふはわふぉれたちの事じやと 三文も
せぬやうにわめかれてもまだぬからぬ顔 そんな
事門左衛門様のござる時いふて見たがよいとつぶや
けば いとしやこなたもそふいふ根性ではよい作
者にはなられまい 今日此頃わいて出た作者何十
人一つにからげても門左殿と一口に云れるもの
かいと云ほどの事うちこまれ 其上ろくな浄るり
も得かたらずはたいてばつかり これでは證(たゞ)して
もらふてもこつちにそんがゆく 給銀がやすふて
あはねば休んでもらひましよと何の苦もなく
ほうり出され エゝ口おしいにくい事を云はるゝ無念


16
さおのれやれ此商売せいでも外のことでもくへ
ぬ事かと思ひまはしてみれどよこれた袖 今
さら?(おうこ)肩に置れぬからだ 詫事たら/\゛で
帰参かなふた節季にに五分ばらひ 是はめいわく
かう減少せられては作者のつくりだおれとは
此事とへらず口へ一盃引かけ 頃しも六月
土用中師匠門左衛門の所持の机硯筆水
入 墨の摺さしまで大切に取置けるを虫干
せんとて取ひろげ一つ/\ひねくりまはし エゝ
此筆もつて此机にかゝりずら/\と書つゞり
たる名作文 机硯は有ながら其ぬしは名のみ

のこり此とし月をふるといへ共近松ほどの作者も出
ざるゆへ 太夫にはくそかすにkはれ 芝居仕にはあな
づられ 人形つかひまでに小みずいはるゝ末世の
作者 我ながらなんぼう口おしきは下手作者の
有様 あわれ今にてもあれ門左衛門殿の鼻息
ほどの作者もなき事か それに付したがはゞ我
作もちつとはせけんに笑はれぬことも有ふものと
よまい事やら身のしゆつくわい 師作の妙を残り
しかたみにかんじ 作意のおとろへたるはエゝぜ
ひもなきぶ器用な事じやなと 落涙も恥
のかきあき思ひやりし折から 俄にあばらやさ


17

f:id:tiiibikuro:20191218121211j:plain

おぢさん
何ぞよいもの
くだんせ ぬか

なむさんぼう
大じの物を
みなふき
ちらして のけた


18
わかしく小弄(?うら)と小弄との細間(ほそあい)風さつとふき
きたり 虫干の筐の物共一つものこらず風のふろ
しきに引つゝみ背戸口にふきまくる やれそれと
いふ間もなく雲井はるかにふき上たり 正楽は
口あんごりえらひ天狗風 とる物に事かいて師
匠の筐ばかり取ていたも稀有な事じやと
おもふ鼻のさきに一人の幼子きよろりと立
いたり ヤアトびつくりそんなら今の天狗風に
吹上られて来た幼子か こつちのものとふきかへ
になつたはハテナアト眉をひそめ こいつを何ぞ
のしゆかうにつかはれまいか 歌舞妓ならばすぐに

つかひやうはあれど操だけで稀有な事かしては
浄るりの性根がくだけるハテあどふがなと思案を
こらすも作者のとらまへ所 幼子はやゝしばしあく
びしのびし伯父さんなんぞ下されいと しなだれ
かゝる見ずしらず テモマア人おめせぬ子めさすがは
天からふつた迷ひ子ほどある そふしてそちが
爺(とゝ)はなんtごいふてどこ町(てう)でぼんが名はなんと
いふ こちのやうな貧乏な内へ誰におしへられて
どふしてきたとなでつさすりつたづぬれど
しらん/\で事済ずまよひ子の札でも有ふ
から帯をさがし懐の守りにもしやと胸おし


19
あくれはコハいかに近松といづ二字朱をもつて彫
付しごとく文字あり/\とうかみあるはさては
先師の化身近松の実生(みばへ)を授け給ふ天の
加護 ハゝア有がたし/\と悦びいさみ 夫より彼
小児(せうに)をいやまひかしづき先師のごとくにて守立(もりたて)
ける ほどなく盆がはりの相撲貧乏芝居の相談
場はしばいのがくや 名ばかりの作者のめん/\
四五人うちより残暑に凌(しのぎ)かね寄合初(はじめ)はマア
浄るりかたりの声がないくせよい場かたりたがる
事をそしり 人形つかひがめつたむしやうにわれぶ
ることをくひちらし 三味せん弾がふし付自慢で

作者の書た心もしらず太夫と一つになつて文句
我まゝに直さるゝ事をいま/\しがり 夫よりは
太夫共が我場を町々で語(かたり)はやらすともう
おれは上手じやと心得 ぐつと俄に高い顔す
るもおかしいと相談場ではなふて人謗り場
西瓜の集銭(しゆせん)出しにしばしはしやべりやみ 日は
暮ても頭取が灯もともさず月明りに打
火でたばこ 沙汰にいふ地獄の相談 めん/\
ほつと退屈しておもへばわるい商売じやと
時々我にあいそつかしあくびまじりの其所へ
彼小児ちよろ/\と来て みな心得のわるい


20
作者共じや それじやによつて文句を得書かぬ
おのれが得かゝぬを人の知たやうにごくどうでは
有わいと 幼子に恥しめられよい年からげた
作者の面々そりやこそませが何じや云出す
はいとひようまづいたる其中へおし直り いづれ
身持は作者でござると看板の垢だらけ月(さか)
代(やき)もそらず髪結ず 色青ざめてつかれたる
ていなれど皆こしらへ物 髪結ふ間のない
ほど精出した事があるか 色青ざめるほど夜も
ねず心気をこらした事は有まい 酒うちくら
い うまひものくひたがり 土妓家(こそや)ばいりで顔色(がんしよく)

のわるいのじや有ふ アゝむかしの作者と云ものは
其道にこりかたまり 国性爺の浄留理和(わ)
藤内(とうない)が唐へ渡る模様ふどふぞ有そふなものと
あんじにあんじる門(かど)まへゝ乞食が立て物を
こひ 何ぞとらしてくださりませといふ声が
耳にきつと趣向とさだめ とらして下されと
はおもしろひ 国姓爺が唐へわたる所を千里
が竹にして虎がりのしゆかうを思ひよる 貴様
達もあだ口に心を付趣向をうみ出す様に
したがよい とかくしゆかうのつきてある捨ぼかす
心よりよいしゆかうがおよふはづがない上作者は


21
皆一人して一日の趣向を立て一人して書上る
一夜づけの心中狂言でもすつぱりと書上け
其くせ文句に人形のつかひやうも節もつく
やうに書つゞる 今では其味(あぢはひ)もなんにも覚へず
書てさへ遣りや節がつくものと心得ている
そこで太夫があくたいいふてことはりもなし
に我儘に文句直すも尤 直さぬやうにちよつ
とした文句でも工夫して書たがよい 節付て
町々に語りあるけばあつはれよい作よふ書た
文句じやによつてはやるとおもふがふかく今
では作者より太夫が節付に上手になつて

おもしろふ口あんばいよく語るによつてはやる也
コリヤ作者が工夫付て筆をふるふた上に太夫
がふしをよく付る所でいやともはやらねばなら
ぬ 見物ほど正直なものはない わるい浄るりを
義理にも聞に来るものhが有ふか そんなら
太夫がふし付そこなふて不出来な事は万が
稀 作がよふてはやらぬといふ事はないはづ 座
中の身代をかゝへているは操作者 歌舞妓は
作が悪ふても役者の仕うちで狂言をいかす
はまゝある事 近年貴様達が其まねをして
歌舞妓狂言を浄るりに仕組なをして


23
大はたきをする なぜなれば人でしたことを人形
へ引直そふと思へば貴様達の手くさいではいかぬ
薄雪団七といふ浄るりは元は歌舞妓で仕
狂言を伏向(うつむけ)筆さきのあやつりを仕組役者
のおもひつれを文句に勘弁せし上作 是等を
手本として歌舞妓狂言をあやつりに引
直したがよい たま/\町の素人衆から芝居
にしてもらはふと年月をかさねてつゞり
上し浄るりすうきをもとめて頼んでくれ
ど二目とも見もやらず 素人作は操にかゝらぬ
の イヤ語られんのといふがやつぱり我ぶるまけ

おしみ 是で妻子養ふもの素人衆とちつとはち
がわひで外聞がよからふか うか/\せずと相談に
身を入作文に気を付 太夫に笑はれぬやうに本が
出ても読でいらるゝやうな新物を工夫せられい/\
と負ふた子におしへらるゝ作者共 みなしゆつとまじ
めになるもことはり 此小児蛇(しや)は一寸にして其気有
月行年(ゆきとし)も成人して 当時浪花に只一人近松
氏を引おこし三ヶ津にはびこりし近松勘次
と呼れしは此幼子としられたり

当世芝居気質巻之二終