仮想空間

趣味の変体仮名

疱瘡心得草(ほうさうこゝろえぐさ)

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2539520


2
疱瘡心得草(ほうさうこゝろえぐさ)全部一冊

此本は疱瘡(ほうさう)初て日本にわたりし事初熱(ほどおり)より日数(ひかず)
心得の事ども并(ならびに)麻疹(はしか)水痘(へいない)の心得疱瘡人の
介抱看病人の心得抔(など)を具(つぶさ)に平かなにしるして
世に広くせん事を願ふのみ

  平安書林  東壁堂梓

疱瘡心得草序
語(ご)に曰(いわく)父母(ちゝはゝ)は唯(たゞ)その子の病を憂ふとのたまへり
父母の子の病をいたわり思ふ事のやるせなき
や 我日の本にもさま/\゛の病(やまひ)多き 中にも疱(ほう)
瘡(さう)ほど軽(かろ)き重きによらず親の心恐れ苦しきは
あらじ げに人間ひと世の間の大厄ならん 然るに疱瘡は
年々いつとなく流行すれど時候によりてか今年此
病諸国に遍(あまね)く時行(じかう)遁(のがれ)がたきに至る さればむかしより
疱瘡の名方(めいほう)は中華(から)倭(やまと)の大醫(たいい)の文にあまた載有(のせあり)し
といへども 俗家(ぞくか)の用心 心得に成(なる)べき書はいまだ見


3
あたらず 今度はやりしのり疱さうに民家
こゝろへとなるべき事を師にこひ得て
疱瘡人(にん)の介抱の致しかたを平仮なに書(かき)集め
て付録には麻疹(はしか)水痘(すいとう)の事までを記し
梓(あづさ)にちりばめて広く世の人 女中がた迄
も常々見置(みおき)なまはば心得にもならむかし
と希(こいねが)ふのみ

寛政九つの冬  東壁堂謹識(つつしんでしるす)

疱瘡心得草惣目録
一疱瘡日本へ始て渡りし事
一疱瘡始終の日数心得の事
一紙燭(しそく)照し様のこゝろ得の事
一神祭りの心得の事
一肌着の袖を長くする心得の事
一疱瘡前後禁食(どくいみ)の品の心得の事
一序病(ほとおり・じよやみ)三日の間の吉悪(よしあし)心得の事
一見点(でそろい・けんてん)三日の間の吉凶(よしあし)の心得の事
一潅漿(みづもり・きちやう)三日の間の吉凶の心得の事


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一貫膿(やまあげ・くわんのう)三日の間の吉凶の心得の事
一収厭(かせ・しうえん)三日の間の吉凶の心得の事
一さゝ湯の心得の事
一痘前(ほうさうまへ)痘後(ほうさうのち)の心得の事
一眼を守る心得の事
一鼻のふさがりし時の心得の事
一掻破(かきやぶり)の用心の心得の事
一一角(うにこうる)の事
  附録(つけたり)
一麻疹(はしか)心得の事
一水痘(へいないも)の心得の事

疱瘡心得草
        志水軒 朱蘭述

 疱瘡日本へ始て渡し事
我国は元より神国にしてあやき病もなく穏かなり
しに聖武天皇天平八年に疱瘡はじめて渡り時行(はやり)
来(きた)る 此時夏より冬に至りて死に及ぶもの多かりし
尤是までなき事ゆへに療治又は病家介抱のしかたも
不得手と見へたり 是五臓の真気(しんき)を動し時気に感ず
る所此病をなしぬ 此病はやる時は恐れぬ人はなし 病始は
傷寒(しやうかん)に似つかわしく其品々有(あり)軽(かろ)き症(しやう)なれば薬を飲む


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(挿絵) 疱瘡神祭る図(ほうさうのかみまつるづ)

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にも不及(およばず)至りて重きにあたれば薬も届かぬ事あり 病
を受て三五十五日の間なり 始て疱人(ほうそうにん)の熱ある時は其心
得忘れず気を付くる事第一なり いよ/\疱瘡らしき事
なれば其人の目の内に涙うるみてまだるきが如し 両足(りやうそく)
たゝぬも有り 腹中に通ふ熱を得(とく)と考へ知るべし 見様
考へかた左(さ)に記すなり 介抱人は老女物なれたるもの
能(よく)/\疱人の容体を昼夜にくわしく見置きて 良(よい)
醫者に告げ聞(きか)せ 油断なく看病あらば たとひ難疱(むつかしきほうさう)
なりとも少しも一命(いのち)に気遣ひなし 平癒すると
疑ひ有るべからず


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(挿絵) 紅梅盛之体(こうばいさかりのてい)

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 疱瘡はじめ終(おわり)の日数心得の事
熱蒸(ねつしやう)とて三日有り俗にほとおりといひ又は序病(じよやみ)といふ
見点(けんてん)とて三日有俗に出そろひといふ  
潅漿(きちやう)とて三日有俗に水もりといふ
貫膿(くわんのう)とて三日有俗に山あげといふ
収厭(しゆえん)とて三日有俗にかせといふ
かくのごとく三日づゝにて十五日をへて後(のち)瘡(かさ)のふた落
て愈(いゆ)るを順症といふ 出そろひより風にあてべからず 痘(いも)
かろく見へても外(ほか)へ出(いだす)べからず 水とりは前後大事なり
かきやぶる事を気を付(つく)べし やまあげ かせはじめなり


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(挿絵) 京祇園町 小町紅 高嶋屋

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かせになりてくひものに気を付くべし

 紙燭照し様の心得の事
序病(じよやみ)の時余病(よびやう)にてもあるか又は疱瘡ならんかと心得るに
紙そくを捻りて軽重(かろきおもき)多少をうかゞひ見るなり 昼なれ
ば屏風にてかこひ闇(くら)くして病むものゝ左の頬より見始め
額の真ん中をよくみるべし 兎角に日の光りにては
見へかぬる物なり すでに肌表(はだひやう)にあらわれて後はともし火は
悪しく 其時は日ならでは血の色の紅白虚実にかちがたし
たゞ発熱うたがわしき時のみなり 紅紙(べにがみ)を用ゆべし
もし紅紙なき時は紅を白紙(しらかみ)にぬりて用ゆ 右の


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(挿絵)紅の花を作る体

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紙燭(しそく)を病者の目じり耳のあたりよりすかしてらし
見れば皮ひとへ下にむら/\として見ゆる内に粒の
点をむすびかけたる有 たゞむらつきてのみ有るも有り
肌色血の色に気をつけ見るべし 尤手足ともに
くわしくみるべし 大概はあらはるゝもの 其上上手の
醫者へ相談あるべきなり

 神祭りの心得の事
痘(いも)の神を祭るは穢れを避(さく)る為なり 痘病人(ほうさうにん)の
居間は随分清くすべし 其間に神を安置す 何
れの間にても勝手の宜しき所に机を置きて祭るべし


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高き棚などに祭るべからず 疱瘡病人の喰ひて
わるき品を神へ備ふべからず 神の燈明は昼夜燈
し置くべし 神おくりは十五日にさゝ湯して送るなり
神いませば油断する事なし 世間に十二日に神を
送るは誤りなり 神送りして後に変にあふもの多
し 出そろひより十二日にして序病より十五日めなり

 肌着の袖を長くする心得の事
袖長とは両手をのべて三寸ばかりも指先より長く
ゆつたりとすべし 袖口を細くすべからず 手の出し入れ
ゆるきを要(よう)とす もし痘病人眠る時はその袖の

先ひもにてくゝりおくべし 我しらずにつむり又かほに
手をあげて掻く事あるものなり 又ひとへの紅木綿を
頭(つむり)に着せ置くべし 水もりの頃にぜひ礙(さわ)るものなり 此
袖長にて防ぐべし 又水もりより両足(そく)のあわひに木
綿のひとへ襦ばんにても へだてに挟みて足の爪先に気を
付くべし かならず手ばかりの気遣ひして足にはこゝろ
つかぬものなり

 疱瘡前後禁食(どくいみ)の品心得の事
酢 酒 麺類 餅類 惣じて油気(あぶらけ)の類(るい)食事に魚類


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は干肴(ひざかな)にても乳のみ子(ちのみご)なれば母子ともに無用なり
其外くさきもの からき物 菓実(このみ)生冷(なまひへ)のもの何れも
いみきろふべし 世間に疱瘡神(ほうさうがみ)のすきのものほど云ふて
くわせ 大(おゝき)に仕ぞこのふ事まゝ多し

 疱さう人の居間へ忌む心得の事
痘人(とうにん)の居る間へついに見なれぬ人出入りし 声高(こえだか)に
ものを云ひて痘人を驚かすべからず 又にほひの気
をいむべし 懐中のにほひ袋 梅花香油(ばいくわかうのあぶら)成人(おとな)の
痘人ならば房事(ぼうじ)をかたく慎むべし 脇気(わきが)ある人出入を忌む
出家 比丘尼 出入をいむ 雪陰(せついん)のにほひ又女の月のさ

わりをいむ 髪の毛火に入やけぬやうに心得べし 病み
始より一間より外へ連れ出づべからず 小児などはyとく
くせに成る物ゆへ其心得第一なり 痘(いも)はものにあやかり
やすきものゆへに紅(あかき)絹を屏風にかけ置くべし 又時節の
寒暖に随ひ衣裳程よくあたゝめすごして汗を出す
べからず

 序病(ほとおり・じよやみ)三日の間吉悪(よしあし)の心得の事
外感(さむけ)によつておこれば 水ばな せき 出るものなり 或は
食(しよく)のときの熱よりおこり又は驚く事ありて序熱(ほとおり)と
なる 然るに序病(ほとおり)の熱激しきもの かへつて痘多く


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出るものあり 発熱の時は軽重(かろきおもき)には寄るべからず 総て
食事は喰ひかぬるものなり 痘は始め終り胃の気を根
本とす 重しといへども只箸のすたらぬを吉として
凌ぎ通すべし 生れ付て肝の気高ぶるみのは 発熱に
目をみつめる事ありとも驚くべからず 必ずその跡おだ
やかなるものなり うわこと多く 人見しりさへ弁へぬもの
難症(なんしやう)也 又大の悪性は序病の時 頭面(かしらおもて)斗り火に
焼くるが如く赤く紅を指したる様なり 紙燭を以て見れば 肉
と皮との間に ところ/\゛紅のかたまりて 動かざるもの
扨は熱つよく唇紫黒く見ゆる 尤声も出る事なく

鴈の鳴く如くなるは大悪痘(だいあくとう)なり たゞ一がいには論じがたし
吐瀉また腹いたむもの 食滞(しよくのとゞこほり)ひへの気と又痘の毒火(どくくわ)に
よるもの二つなり 其内序熱(ほとおり)の腹くだりは急にはとめ
難し 吐くものは痘の毒火上へ向ふ故に重し 兎角吐(はくこと)を
治(じ)すべし ひへ(冷)によりて下るをとめざれば疱瘡出うきかぬる
もの也 大便数日めつする時 少し通ずべし 疱瘡の毒火
によりて腹痛(はらいた)めば腰へかけていたむなり 是必ず重し 発熱
のとき汗出るもの気和(くわ)し甚だ吉(よき)症なり 血症(けつしやう)は悪(あし)し
発熱に鼻血出るは治すべし 気遣有べからず

 見点(でそろい・けんてん)三日の間の吉凶(よしあし)の心得の事


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見点(でそろい・けんてん)のみへそめには表裏(ひやうり)の虚実を考へ うかするてだて
かんじんなり 痘人の性として風寒(ふうかん)にて表(ひやう)をとづる
もの有 裏の気のよわきもの有 此外に毒気をすか
して発するもの有 是抔(ら)詳(つまびらか)に弁へて よき医師を頼み
家内の介抱如在(じよさい)なく心得る事肝要なり 吉症と云ふ
とも出浮(いでう)くまでは大切也 風(ふ)としたる物にさらわれて
至て軽き疱瘡にても 出浮かずして変にあひ 又は
折角出浮かけて引込もあり かせ口より出浮がたき
を大事とすべし 痘(いも)の始終は全く発熱(じよやみ)の時に
弁へしるねし 見点(でそろひ)頭面(かしらかほ)より見へ 手足ともにばらりと

(挿絵)大江山の図

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出(いで)てその色上へ白く 根あかくして 瘡(かさ)に光り有つて手に
て探れば さわる度に熱さつはりと覚め 食事すゝみ
大便小便常の如きは吉痘(きつとう)なり 頭面(かしらおもて)にあまた出るといへ
ども 粒わかれて肌の地あざやかなれば気遣ひなし
もしは蚕の種のごとくなるもの もしは其色白け 肌の
色と同じやけどの様なるもの出(いづる)かと思へば 隠れかくるゝ
かと思へば 顕るゝもの発熱一二日にして見点(けんてん)し 又は
熱なくして見へて熱出るものは 至つて大切なり
始め額よりみゆるを吉(よし)とす 頤(おとがひ)咽の下より見ゆるは
必ず出物多し 両の頬の痘粒(いもつぶ)分れて出るは吉

症なり いづれ両の頬はべつたりとて粒たち分れ
がたきものなり 両の頬さへたち出(いつ)れば跡より多く出ぬ
もの也 惣じてよひ疱瘡は むね 腹にはなきもの也
又頭面に見へずして 手足或は腰尻のあたりより
見ゆるものは逆にしてよろしからず 又此時皮ひとへ
内にありて 出(い)で浮かざるものは甚た六ヶ敷(むつかし)是非に
狂騒(くるいさわぎ)てむしやうになくものなり 介抱の人随分と
心を附(つく)べし 見点三日を出そろひとす足に出るを
云ふ 軽きは足のうらになくても三日になれば
出揃いとすべし 疱瘡の三関は先ず弐度の関所


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有て出浮揃ふを上(かみ)の関と云 膿水(うみ)持ちてかせかゝる
を後の関といふ 出でうきかぬるは五日六日の上の関
を越へがたし 後の関は十日十一日にあり 乍去(さりながら)生れ子
の一年にみたぬは十五日の期(ご)を待(また)ずして早くかせ
るゆへ其痘(いも)の重きものは八日九日を三四才の十日十一日
にあてゝ見るべし 俗に始終を十二日と心得て神送り
するは疱瘡の吉凶を定むべし 吉(よき)痘は是より薬用
ゆべからず 又軽きといへども余病(ほかのやまい)を挟むものは其儘になし
置くねからす 良醫(よいいしや)の指図を持(もちゆ)べきなり

 潅漿(みづもり・きちやう)三日の間の吉凶の心得の事

第一に水もりにうき破ればよき疱瘡にても変じ
悪(あし)く成る也 出揃ひして肌地分れ顆粒(つぶだち)いで水もるは
吉事(よきこと)也 大吉痘(だいきつとう)はつぶあら/\として ぐるりに赤みを
あらわし 痘(いも)の色勢ひ強く 気の不足なる痘は赤
めぐりなく 痘と肌の色と同じく白みて勢(いきほひ)うすし
熱は出そろいてはさめ 又水もりに熱出るものなり
吉痘は表熱(ひゃうねつ)ありても裏すゞしく食事すゝむ也
此時血熱(けつねつ)つよく痘の色血ばしりてうるをわぬも
のは いそいで毒を解(げ)すべし 又気虚して血疱(けつほう)となり
て血のまゝにて潰るゝものは重き痘也 水疱といふ


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にび有 出かけよりやけどのふくれたるが如くにして うみ
もたぬをいふ 是悪症也 又蚕種疱(さんしゆほう)といふ有 是蚕(かいこ)
の種の如きものは此時頭面(かしらかほ)大いにはれて 目をとぢて又
早くまどをあけて変を顕す 一身中皆潅漿(みづもり)とい
へども 頭面潅漿(みづもり)せざるは大切なり 又吐逆して止(やま)ず 大
便下り小便に血を下すもの 甚だ悪しき也 或は唇ふとく
腫れて破れ 血出て食事進みがたく 咽痰強く 涎自づから
流れ出るは悪しき也 又吉痘にても此時は少しかゆみ
有 又いらつきてさわりたきもの也 是は為に袖長襦
袢を用意するものなり 又看病人も昼夜打つゞ

きて草臥(くたびれる)故 寝(ねむ)りるよく出るもの也 あら手の人をそへ
て必ずねむるべからず 膿水(うみ)にさへなれば少しかき破れても
大成(おゝいなる)禍ひはなし 随分油断すべからず

 貫膿(やまあげ・くわんのう)三日の間の吉凶の心得の事
此時やまげと俗に云ふ 是迄の順の通りにさへゆけば
宜し 上(かみ)半分の手あてよろしければ自ら山(やま)十分(ぢうぶん)に
上がる也 痘の豆に似たるは山上げの時にて知るべし 痘出て
より七日に至りて其形まるあかく満ち/\て光り潤ひ
有て緑水(りよくすい・あをみづ)の如く段々に其色蝋のごとくにて立上
り見ゆるを貫膿(くわんのう)と云ふ 此時出ものばら/\として


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表に山上の熱有べし 然れ共かくの如きは吉痘にし
てこと/\゛く膿となりて肌表に出あくれば 内すゞ
しくなるゆへに食事進み自からうつくしくかせて
癒る也 凶痘(あしきいも)はまづ咽まで痘出て食事乳味(にうみ)も
通りがたく 毒気 肺の臓の気道(きみち)にせまりて表(ひやう)へ出
がたく かわきつよく 越えかれて出ず 口いき一面にかた
まりと成り もだへ苦しみ何程の妙方にても叶ひ難
し 毒気 膿となり 表へ顕れず 急にとぢて変
をなす也 此関は十日十一日にあるべし 痘(いも)の生死(しやうじ)は
膿の有無に决定(けつじやう)をなす 又すでにやまを上げるものに

内択(ないたく)の薬を用ひすごすべからす 薬気なく自から
かせるを待ちてよし 但し貫膿の時は皆起脹(おこりはれ)により
痛むものなれども厳しくいたんで堪がたき程ならば悪(あし)し
或は此時に面(かほ)目のはれ早く引けばあだ痂(がさ)落て後迄
も地腫(ぢばれ)有て段々に引くをよしとす 又痘大(たい)がいに
山をあげて俄にふるひ出 はぎりつよく かわきあり
て腹下り甚だあやうきもの有 此時は五臓の内身(しん)
体(たい)の真気(しんき)皆表(ひやう)にあらわれて内証にわかに虚して
かようの変を顕す也 必ず驚く事なかれ 只能(よく)看病
人見とゞけて良醫(いしゃ)にまかせて人参など用て


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陽気を補ふを肝要とす しかし此変に至るも
皆介抱人の如在(じよさい)よりするわざなり

 収厭(かせ・しうえん)三日の間の吉凶の心得の事
疱瘡に遅し速しの二品(ふたしな)あり いづれもさゝ湯程あし
ければ 痘(いも)膿かへる事あり 又此三日を過て痘
そのまゝにてかせる気色なきもの有 内の虚寒
毒気の余熱とによる 此二つを考へ知るべし 吉疱
瘡は つむり 口 鼻のあたりよりかせはじめ むね
わき 手足に及び 上(かみ)よりせんぐりにかせて 出もの
ふたあつく 堅くして うみかへるといふことなくして

此時手足の節々のあたりに いたむ痘あれば より
と成もの也 早速にはらひ毒の薬を用べし 水靨(すいほう)と
云もの有 かせる時つぶと粒と一つに成て痘(いも)の先より
汁出て流れてかたまるなり 手足 身は活石(かつせき)ようの
ものを一めんにふりかけ 衣裳に付かぬ様に用心すべし
かせ口になりては順痘にても熱出るもの也 夫故(それゆへ)に笹
湯の加減 気を付くべし 此時に小便通じ少くば余毒を
払ふべし もし不食する時は裏のよはみと合点し 頭痛
すれば目に気を付くべし 大便こわばるは余毒なり 扨又
さゝ湯は日かぎりによるべからず 余毒久しくなれば


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体(たい)の虚性によるなり たゞ気血を補ふを本(もと)とす
醫家より毒けしの薬を用ひ過ごすべからず 頭面は早
くかせ 足さきは総ておそきもの也 さすれば痘多く
出たるものは 出そろひより柔成布(やわらかなるぬの)の帷子を袷(あわせ)にし
て着せしむべし 其上に絹の衣類を重ねあたふべし
いか程重き疱瘡にても十五日を過れば痘の
毒に死するものなし 故に十五日にして神を送るべし
さゝ湯は軽しといへども十五日を待つべし かせ口にして
はひへぬ様に時気を防ぐ事専要なり

 笹湯の心得の事

四五日前より米のかし水を取置て 能くねさせ置き その
うわずみを湯に焚(たく)べし 湯に入るゝ事重き痘は
日数にかゝわるべからず 湯の内へ手拭をひたし 得(とく)と絞
りて かせる痘の跡を しか/\と押さへ 湯の気をあつ
れば かせの熱 こゝろ能くおさまる也 必ずぬらしあらふべ
からず かほは目の上下をよけ 眼の中へ湯の気入ば
眼中をそこのふ事有 手足 惣身まんべんに湯を引く
べし 背は軽くすべし 湯をかけ終れば風に当つべ
からず 夫(それ)より又両三日隔て二番湯を浴ぶせしむべし
三番湯をすまして常の湯に入るべし


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 痘前(ほうさうまへ)痘後(ほうさうのち)の心得の事
疱さう前 色々のまじない有といへども たしかならず
もし まじないを用ひば正月喰摘(くひづみ)にかざりし野老(ところ)を
七軒にてもとめ 常の如く煎じ小児をあろふ事極めて
よし 第一の用心は世間にはやる節は雨気(あまけ)風ふき 或は
人込(ひとごみ)の中 夜あるき遠路(とうみち)を いみ こゝろへべし 節(おり)/\
の寒暑は勿論 時気を払ふ薬を用ひてよく疱瘡
軽く仕廻(しまは)ば 其跡を大切に養生すべし 第一には喰ひ
ものに有 むまきものを進むれば余毒を助けて眼を
損じ あしき出きものを発し 癇をわずらふ物也

夫故に疱瘡の跡にては 七十五日の間をいむ也 産前後
と同じ実(まこと)に痘(いも)は一生の大厄なれば おろそかにすべからず

 眼を守る心得の事
痘の時より眼あきかぬれば かせの時まつ毛をとぢて
ひらきかぬるは鳥の羽をとをきかせて ふとあけさする
事あり 兎のふんにて洗へば奇妙に目あくあり
さま/\゛の法ありといへども信じがたし

 鼻のふさがりし時の心得の事
小児山あげの程より鼻息ふさがりて 乳(ち)をのみ
かぬるもの有 是は前かたより折々心を付 鼻の中


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の垢を取るにしかず

 掻破りの用心のこゝろへの事
凡そかきやぶりも膿に成て後は少しも邪魔にな
らず 痘の内に一粒甚だかゆきあり 夫に付て外
の痘を損ずる故也 水もりの頃あやまりて掻破る
時は 直ぐにうどんの粉(こ)をづり掛るべし 又荊芥(けいがい)をこ
よりにひねり込みて 火をつけ かゆき痘の先へ火を
当つれば かゆみはとまるなり

 一角(うにこうる)の事
古しへより痘に薬なりと云事あり しかし一角は

毒けぢの物にて痘には妙なり 夫故に発熱より
鮫(さめ)にておろし 両三度程づゝ白湯にて用ゆべし 扨又
柳の虫も痘の毒を肌の外へ追ひすかすの功(こう)有
此品もはやく用ゆべし 又煎じて虫を去り呑むべし
又テリアカの類(るい)痘の妙薬也 良薬あまた有と
いへども用ひがたし 痘は薬を用て害ある事有
悪しき痘になれば薬も益なし 中痘(ちうとう)はかへつて
薬の道にあやまる事あり たゞ大切に慎むべし

 附録
  麻疹心得の事


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麻疹の熱も傷寒に似てはげしく たゞ咳嗽(しわぶき)頻(しき)
りにして 声かれて出ず 咽はれ痛み 口乾き のんど
渇して湯水を呑む事かぎりなし 熱ある事一日にし
てからだ皮の中に寸地もなく出て 蚤蚊のさしたる
様に其跡或は粟(あわ)つぶなどのごとく出(いでゝ)後 熱さめ 半日
又は一日或は一日半二日にして疹子(はしか)おさまるものは順
にしてよし 疹(はしか)ほと折の時 よき医師を頼み薬を
服さすれば その毒汗にしたがつて出安し 発熱の時
に外は風寒にあたり 内はひへもの生物などを食する
事かたく無用也 病者内ねつする故に生物ひへもの

を好むにより禁制をおかして内外より冷て疹子
出る事なく悪症に変ずるもの也 たゞ衣類をあつく
着て汗を出し防ぐべし 疹子ほとおりの時 咽の中
腫れ 飲みくひ入りがたし 甚だ急症也 うろたへて咽
に針する事無用也 是疹子の火毒(くわどく)さかんなる故也
熱を解す薬を用ひ 水煎じて服すべし 或は寒の水
臘雪(きよねんのゆき)をたくわへて服すべし 其しるし妙也 疹子の
熱さかんなる時 冷水(ひやみづ)或は梨子 蜜柑 熟柿などを
食(くろ)ふ事多くして はしか収りて痢病に死する
類(るい)あり 何程渇くとも湯をあたへて冷(ひや)ものを飲ま


22
する事を禁ず 疹子出る時 元より腹痛(はらいたみ)泄瀉(せつしや)し
或は自利といふて大便覚へず通ずるもの有 もし
くは赤白(しやくびやく)の痢病を兼(かぬ)るもの有 是皆悪性なり
急ぎ良医の療治を受くべし 疹子出る時吐(と)きやく
をするものあんり 小児なれば乳(ち)をあますものなり
然れども はしか出つくせば吐も自から止むものなり
又出尽しても吐やまぬ症も有り 悪症也 慎むべし
疹子出て色紅(くれ)ひなるは吉症也 又紫黒色ともに
死症也 たゞ保養を第一とす 兎角風寒をいとふ
べし 軽きものは四十九日を待て禁忘(どくいみ) を捨(すつ)べし

重きもの七十五日又は百日を待つべし 何れも痘(いも)の禁と
おなじ

 水痘(へいない)の心得の事
水痘(すいとう)はへいないもといふ 痘(いも)に似て出るにやすく かせ
安し 始て出る先潤ひて 水を持て有るゆへに水痘と
いふ 惣身ほとおり二三日をまたず始終五六日にして
其瘡(かさ)水膿ばかりにして収まる 療治禁忌の事 痘(いも)
疹(はしか)にかわる事なし 其内痘疹は一生涯に一度する
ものにて 水痘は両三度もするもの有り 痘は五臓
中(うち)より起こり 麻疹 水痘たゞ六腑より發(おこ)る


23
事を弁へて軽重(かろきおもき)を分別すべき事なり

疱瘡心得艸(ほうさうゝろへぐさ) 終

寛政十年
  戊午の春発行

平安書林 寺町通四条上ル町
         蓍屋善助