仮想空間

趣味の変体仮名

一子相伝極秘巻(いっしそうでんごくひのまき)第四

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554808


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一子相伝極秘巻第四

 目録
一即座に甘き酒を辛くし辛き酒を甘くする自由の
 秘方
一力なきものに五人張(はり)の弓をひかせる智巧の術
一百姓の田地子孫に永く伝ゆる秘密
一つかひ捨たる金銀銭又元へかへる秘伝
一婦人安産の妙方


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一壱人にて鳥銃(てつほう)百挺一度にうつ妙術
一求めずして大安楽を得(う)る極秘
一文盲なる人も古歌へ下の句を付やうの秘伝
一人間万事の渡世一字につゝめる奇妙伝
一醫者のしらぬ大毒をかみわける秘伝
一細糸にて熊野猪(くまいのしゝ)つなぎとめやうの秘術

目録終

一子相伝極秘巻第四

 ○即座に甘き酒を辛くし辛き酒を甘くする
  法
一甘き酒を辛くするには とうがらしを入てよし 又甘く
 するには砂糖を加へてよし

 ○力のなきものも五人張の弓を引秘伝
一弓を柱に結ひ付け弦(つる)に綱をつけ轆轤(ろくろ)にて巻 弓を
 引き矢をつかひて後弦につけたる綱を刃ものに


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 て切つてはなつ 何程の弓もひかれずといふ
 事なし

 ○百姓の田地永く子々孫々に伝へる秘伝
一田地を永く子孫に伝んと思ふには 高免にて租税(ねんぐ)の多
 く出る田地を譲るべし 作徳すくなき故其田を
 売(うり)ても買(かう)人なし 質にとる人もなきゆへ自然と子
 孫に伝わるなり 是漢(かん)の留候(りうこう)が伝なり

 ○つかひ捨たる金銀銭又手前へ還る子母銭(しぼせん)の秘

  術
一もろこしの張華(ちやうくわ)が秘伝に青?(せいふ:カゲロウ)と云虫の母と子の血
 を八十一文にぬりて 母か子の血をぬりたる八十一文を一方
 残しつかへば互(たがい)に子母相慕ひてつかひたる銭又元HWか
 へるといふ 然れとも是は迂遠(まはりとを)し こゝに近みちの極
 秘伝あり 武士は巳が勤の甚だ苦しき節の溜息を
 其金銀にふきかけ置てつかふべし 商人(あきんど)職人も各そ
 の分限の働らき 骨折苦んて儲(もうけ)る時の息をふき


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 かけ 百姓は炎天に働て流したる汗を金銀にぬりて
 陰干にして置 義理にしたがつてつかふて見よ
 自然と又元へかへるなり

 ○婦人安産の妙秘術
一安産の法は畜類にならふにしくはなし 鳥類畜類は
 数多く毎年子をうめとも難産なし 既にみこもる
 事あれば牝牡(めを)交合せず 馬ははらみて後牡馬を足
 にて蹴てそばへ近つけず 是を護胎(ごたい)といふ 動作(うごきはたらき)も

 常にかわらず心に滞りなき故うみ安し 然に人は
 みだりに慾火(よくくは)を動(うごか)し 殊に富家は故なきに薬よ
 按摩よと とりはやし終(ひねもす)る 座して奴婢のみ召つかふ
 ゆへ食気もめぐらず いとまあるにまかせて物思ひが
 ちに産(さん)の事のみ気づかひて 気も滞るゆへ難産も
 あるなり いぬるに側たゝず起(たつ)にかたしだちせずも
 貧家にはさのみかまわぬ事なれとも難産はなし
 胡瓜(まくわ)の自然と熟して落る時節を待ち 必しも


21(挿絵)


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 努力(りきみ)て急に産(うま)む事を思ふべからず 兼ては足駄を
 はきてころばぬ用心 高き所より落ざるよふに
 身に応ぜぬちからわざをつゝしむべし 此皆安
 産の秘伝なり

 ○壱人にて鳥銃(てっぽう)百挺をうつ秘術
一てつほうを壱挺つゝ乱杭にゆひ付け 引かねに糸
 を付け 百本の糸を以て一度にひくべし

 ○求めずして大安楽を得(う)る秘訣

一及ばずながら目を長ふして つら/\古しへを考ふる
 に 神武帝より以来(このかた)かくのごとく治まれる御代(みよ)はなし
 仁徳の帝(みかど)の御代を聖代ともてはやせども 今の
 代には及ぶべくもなし まして保元平治の頃より
 末(すへ)盛衰記太平記の乱次第に大乱になりて 足利
 時代の乱尤甚しく 干戈騒擾(かんくわそうじやう)の中なるに 今はそ
 のいくさを上溜理(るり)に聞(きゝ)本にて読み なぐさみ物にする
 ばかりなり かくのごとき乱世に生れたりしかば 如何(いかゞ)


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 せん 乱世には造化の気虚して人類滅耗(へる)節なれ
 ば米穀(べいこく)諸物もへり飢饉も打つゝき 百姓の歩役もお
 ほく 父母兄弟妻子等の親属の剣難(けんなん)横死常の事
 にて 又時流(はやり)疫病其外病難も多し 殊に営生(とせい)の業(わざ)
 も意(こゝろ)のまゝにならざれば 貧苦はいふに及ばず 腹の中
 より干戈(かんくわ)の音を聞て一生いくさの中にて死せる
 人いくばくぞや 今は千里に粮(かて)をたくわへずしても
 飢す凍へず 小児に千里の旅をさせても指さす人もな

 し 殊に衣服食物の華美なる事 往古は勿論百年
 以前にくらべても十倍といふべし 苦を経ねば楽をしら
 ずと云如く かゝる大安楽の代なれば外に苦しみの
 なきまゝに 貧苦を世上の第一患(うれい)として貴賤と
 もにもてはやすは脾胃(ひい)のつよき人の速く消食(はらのへる)を
 病と覚えたるがごとし 今の貧者は古しへの長者な
 る事をしらざれば古しへは貴人高位の人も世を
 遁れ山林に身を隠し命とつりかへなれば くひなれぬ


24
 木の実を食(くら)ひて身を全(まっとう)し 或は剃髪染衣(ぜんえ)の身
 となり はきなれぬわらんじをはきて にげさまよひ給
 ふが 今は出家も安楽世界 是を五濁の悪世とそしる
 僧は必極楽と地ごくの門ちがひをするねるべし 娑婆(しゃば)
 即寂光(そくじやくくはう)の浄土とは今の御代なる事を知るべし 就中
 当世の腐(くされ)儒者 泰平の化育(くわいく)に食ひふくれ 鋤(すきくわ)の
 代(かはり)に用る舌の長きまゝに今の夜は先王の道術
 もすたれて 土(と)の如しと巳が方を鼻にあて 文王の

 車をまちる下意(したこゝろ)で生涯不足を懐(いだい)て死するは誠に
 あはれむべし 孔子儒者の親方として世々の賢
 人堯舜(ぎやうしゆん)の代に取なをさんと世話をやき給へとも 思ふ
 よふにはいかず 不足をいだひてこがれ死に給ふ人いく
 ばくぞや 殊に今の腐(くさ)き儒者の及ぶべきかは 然れ共
 今の世は代々の聖賢の遺訓により 且は
 神祖の神徳により海のはて山のはざままで五輪
 の道(みち)行(おこなわ)れ 上の仁徳及ばざる所なし 堯舜の御


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 代といへとも 此上の飽食(ぼうしよく)もなるまし 此上の衣類のか
 さねらるまじければ 外に楽しみを求めず只古しへ
 の乱世にたくらべ 今の世に生れたるを大成幸(おほいなるさいわい)と
 して天恩国恩の有がたき事をわきまへ 驕奢(おごり)をこ
 らへて心を安じ家業を楽んで日をおくる 是を大
 安楽の秘伝といはいふ

 ○文盲なるものも古歌へ下の句をつけやう極秘
  伝

一古歌新歌によらず 上の句を聞ては早速それに つ
 けでも金のほしけれ とつけてよし たとへば忍(しのぶ)れど
 色にいてにけり 我恋はそれにつけても金ぞほしけれ
 かくのごとく付て一切の歌の下の句となる事妙
 なり

 ○人間万事年中の渡世家業一字につゝめる秘
  訣
一神仙は格別凡そ人と生れ人倫の交をする人は上


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 上一人より下万民に至るまで 縦(たとひ)出家・知識・隠遁の
 境界なりとも つゝまる処が金の一字に帰す 千変
 万化の世渡りなりとも此一字をはなれては一年
 をおくる事あたわず 仏法にて是を万法帰一(ばんほうきいち)と とけ
 ども 今の出家は此を万法帰金と翻案し 無銭の
 衆生 渡しがたしとは いふなり されば此金の字をよ
 く取用ひて一生悪心なきものは死しても成仏し
 黄金のからだとは なるなり 若此をわるく用(もちゆ)

 れば金が変じて黒かねとなり鉄の棒 劔の山の
 地金となる也

 ○醫者もしらぬ大毒のかみわけ様極秘密
一砒霜(ひさう)斑猫(はんめう)の大毒は其病にあらざれば醫者もみだ
 りに用いず 服薬にあらずして彼(かの)薬に似たる
 もの有 本草(ほんさう)に無きゆへに醫家(いか)も是をしらず 名つ
 けて金銀銭といふ大毒有 功能有る事 附子(ぶし)人参
 の用ひ方に似たり 此三つの金の本地(ほんぢ)を仏家には貪(どん)


27(挿絵)


28
 瞋(ぢん)痴(ち)といふなり 龐居士(ほう こじ)が海に捨たるも この三毒
 恐れたり 今世上の喧嘩・口論・公事(くじ)訴訟・博戯(ばくち)盗
 賊 一切の悪事この金銀銭によらざるはなし この
 ゆへに古人も財(たから)は身を陥(おとし)いる穽(あな)なりと恐れ 或は浮(うか)
 べる雲のごとしといへり 難風に漂ふ船中にては千金
 も一合の米には劣り 末期の一句に至りては万金も
 一滴の水には及ばず 一生吝嗇(しわく)義を忘れて蓄(たくはへ)たる
 金銀を子に譲りて見れば 其子は毒に中り

 却て貧病に劣(おとる)事も有り この能毒(のうどく)をよくかみわ
 けずして只最上の良薬と心得 無償に慾の
 皮ざいふに納(いれ)て無慈悲の鎖(じやう)をおろし なにこゝ
 ろなく たくわへたれば 覚へず毒気に中る事必然
 たるべし

 ○細糸にて熊野(くまいの)猪(しゝ)をつなぐ秘術
一女の髪の毛にて よれる綱は 大象もつながるゝ
 と古人もいへり 況やくまいのしゝは いとやすく つな


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 ぐべし 殊に人をしばる早縄には美人の髪の毛
 二筋三筋をより合せ 女の爪をとり かぎとし 今
 風の笄を鉄鞭(じつてい:十手)の代(かわり)に用てよし さればこそ古
 いしへの九郎判官 新田義貞等の勇者さへ皆美
 人の髪の毛にしばられて各(おの/\)ふかくを取給ふ 伝へ
 聞(きく)大瀬(おほせの)三郎は源のよりよしにつかへて奥州の合
 戦に数度の高名をあらわしたる勇士なれとも
 女房の怒れる顔ばせを見て おそろしくおもひ

 ぼだい心を起し出家遁世の身となる 其時人みな
 嘆じて云く かゝる勇者さへ女の真意のほむらは制
 する事あたわずと

     只ハイ〃〃  五扁の句

極秘巻四終