仮想空間

趣味の変体仮名

一子相伝極秘巻(いっしそうでんごくひのまき)第五

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554808


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一子相伝極秘巻第五

 目録
一仙人になり様極秘伝
一大黒の打出の小槌を手細工に作り様極妙
一堪忍の玉を堀出す奇法妙伝
一大(おほい)成福(さいわい)を得(う)る口伝
一一生落馬せざる法
一三尸虫(しちう)を去り長命を保つ妙法


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一町人百姓の系図を考へ出す様極秘
一値(あたひ)なしに三国一の宝を儲(もうく)る秘訣
一天下第一肝心肝要の大道(だいどう)を即座にしらせる印可(いんか)

目録終

一子相伝極秘巻第五

 ○当世風の仙人になりて長命を求(もとむ)る極秘
一長命を願ふものは仙人になるにしくはなし 凡そ仙
 術を得るの始は 深山(みやま)に入 師につかへ 五穀をたち 丹
 茶を煉り 金石を服し 千辛(しん)万苦を経て其術を得る
 といへとも 当世風にはまわり遠し 仙人といふ字は
 山人(やまひと)と書なり 山居(さんきよ)の徳を古人も称して賢人君子
 世を遁れて山林に入る人 古しへよりあげてかぞへかたし


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 すべて山中に住む人は命長し 市中に住ものは八九十
 をたもつものはなし 素問にも山家寿(さんかいのちながし)海濱(ひん)夭(わかしに)といへ
 り 山家の人は雑穀(ざうこく)を食ひ 事を省(はぶき)て静(しづか)に月日を
 おくるゆへなり 海辺(へん)は魚鳥の美味を食ふゆへ命
 短し されば何事も金銀にて及ばぬはなしと
 いへり 命の事はならぬと見へて秦の始皇も長
 命の薬を求て損金をしたり 法華経に此経を聞
 けば病即(すなはち)滅し不老不死なりとあれど まのあた

 りしるしもなし されば仙人の一番打つ碁を見て斧(まさかり)
 の柄が腐り 数百年を経たりと云 仙人もついには死す
 るならひなれば いつとても死する時は命のおし
 きに極(きわま)つたり 仙人の長命は縦(たとへ)な百貫匁(くわんめ)つゝもふ
 けて其日ぎりにつかひはたして大晦日に一金不残(のこらず)
 して年をこゆるに似たり 年々月々つかひはたして
 さいふにたまらぬとしなれば 千年いきても死きわに
 は夢のよふに暮したと短ふ覚える筈 儒(じゆ)には生(しやう)をし


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 らずんば死を知るべからずとあり 仏(ぶつ)には不生不滅と
 いひ 道家には死してほろびざるものは命長しといふ
 外に工夫あるべき事なり

 ○打出の小鎚を作る極秘伝
一打出の小鎚は大黒の宝物なり 小鎚とは人の手を表(ひやう)し
 たるなり 是を拳印(けんいん)といふ 世話に?(かせぐ)に追つく貧乏
 なしといふごとく金銀財宝は 手のはたらき 心の働き
 よりわき出るなり これによりて打出の小鎚の極意

 は勤(つとむる)といふ文字(もんし)なり 然るに大鎚といはすして小鎚と
 いへるは秘伝の事なり 大鎚は大慾なり 大慾は身を
 亡すの根元なり 大黒はせいひきくへり下りて敢て天下
 の先キたゝす 下を見て上を見ず 廣(ひろき)頭巾をかふれり
 足(たる)事を知(しり)て慾をほしいまゝにせず 縦(たとへ)世上の惰夫(ものくさ)
 ともが小鎚を見て 石部金吉(いしへきんきち)かなさいつちとせしる共
 義にあらざれば袋の口をしめてはなさず 皆是勤る
 といふ字を本地とす 二字護身法と其伝相同じ底


35(挿絵)


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 ぬけの陶淵明(とうえんめい)さへ 人生は勤にあり 勤るときは匱(とほ・乏)し
 からず と詩を作れり 凡そ性ある物禽獣・虫・魚(うを)のたぐひは
 少しも父母のやしなひをまたず生るゝと直(ぢき)に勤て
 口を養ふ 鳥・獣のたぐひはしばらく親のやしなひを
 うくれども 既に足たつに至つては 自ら日々に勤め
 て口をやしなふ 人と生れて己が口を養ふ事あたは
 ず 年(とし)長けても親のやしなひをうくるは 彼(かの)禽獣には

 劣れり 甚だ恥べき事なり

 ○勘忍の玉を造る極秘伝
一 一切万事兎角堪忍をすれば 十に九つは皆治るなり
 古語にも莫大の禍は須臾(しゆゆ・しばらく・1000兆分の1)の忍びざるに起(おこ)るといへり
 或は一朝の怒に其身を忘れて以て其親(しん)及す
 は惑(まとへ)るにあらずやともいへり 然れとも此堪忍といふ
 は古しへよりむつかしきものと見へて 忍の字は心と云
 字の上に刃(やへば)といふ字を置たり 歌にもわきかへるむね


37
 に刃をおしあてゝいひたき事もしばしひかへよ 此故に
 見る事 聞く事 食ふ事 行ふ事 皆此堪忍を用れは
 命を述べ 禍を防ぎ 一生身をたもつの良法なり 若(もし)
 又怒りにたへがたき人は其腹のたつとき先つ体(たい)をすへ
 て能(よく)座し 我が頂(いたゞき)の上に如意宝珠といへる玉をいた
 だきたる思ひをなし 他念なく此玉の落ざるよふに
 守(まほ)るべし 其怒りの止む事甚(はなはだ)妙也

 ○大なる福(さいわい)を得(う)る口伝極秘法
一古人の云(いわ)く 福(さいわい)は禍なきよりさひわいなるはなし と故(かるがゆへ)に
 今日無事にして禍なきは大き成さいわいなりとし
 るべし 尚書(しやうしよ)にも無病長命なるを五福の第一とせ
 り 殊には福の字は百順の名なりと注して家内
 和順・和睦なるは甚ださいわいなる事なり 易(えき)に天
 道は善人に福(さいわい)し 不善人に禍(わざわい)すとあるを見て 善
 人は滅他に金銀を授(さづく)るかと心得 善人も貧窮なれば
 かつて天に恨をするよふになるは大きなる心得違ひ


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 なり 今日禍なくして暮すは大き成仕合(しあわせ)としるべし

 ○一生落馬をさざる法
一落馬を恐るゝものは馬にのらずして駕籠にのる
 べし 落馬をせざる事妙なり されば馬にのるものは
 落(おち)位(くらい)高き人は又位ひくゝなり 豪富(かねもち)は貧乏(ふべん)に落る節
 あり 万事皆かくのごとし かるが故に賢者は高きに
 居て高きに居らず 富貴に居て富貴におらず 是
 高して危からざるゆへむなり

 ○三尸(し)虫を去り無病長命福禄を得る極秘伝
道家の説に 人の身に三尸(し)虫といへる虫ありて 人の善
 悪をしらべ 庚申の夜是を天帝に訴へ 人の寿命を
 ちゞむると云此虫の出店(たな)を三悪道と云 一つには博戯(ばくち)
 二つには好色 三つには大酒(しゅ)是なり 古人は酒財色(しゆさいしき)此三つを
 はなれて安しと自慢したれとも 今は太平の世なる故
 酒博色を三悪道と云 本(もと)是身口意(しんくい)の三業(ごう)よりおこり
 三毒となりて身を亡し三途の業をまねく 是みな


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 三の虫のわざなり 若三悪ともに具足したる人は 天
 地人の三才に見はなされ 三宝荒神(くわうしん)に罰(ばち)を蒙り 身
 上をたもつ事あたわず 右三品の内一つそなへても疵に
 至なり 此三つより出たる禍は親兄弟妻子親属朋
 友迄の寿命をちゝむるに至る よく自ら工夫をめくらし
 早く此尸(し)虫を去るべし

 ○町人百姓の氏(うぢ)系図を即座に考へ出す妙秘訣
一倩(つら/\)町人百姓の系図を考ふるに 其大祖(たいそ)は国常立(くにとこたち)の
 
 尊(みこと)を始として伊弉諾(いざなぎ)伊弉冉(いざなみ)の両尊(ふたみこと)より伝へたるこの
 身なれは幾何万年を経たるもしらず 尤系図
 ありつらんなれとも 数万年の星霜(せいそう)をへたれば
 むし はみ やぶれたると見へたり たとへ系図はなくとも
 眼耳鼻舌身骸髪膚(がんにびぜつしんていはつふ)ともに恐れなから 上
 一人より 下は万民に至るまて 皆同じ事にて神孫(そん)に
 ちがひなく人間の形なり 其境界には千変万化の世
 渡りあれとも 此骸(からだ)にはちがひなし 是則(すなはち)書(かき)ものゝ系図


40
 よりは慥なる証拠なり しなかたちこそ生れつきたらめ
 心はなどか かしこきより かしこきにうつさば うつらざらん
 たとへ身の上は賤しき世渡りをするとも こゝろざしを
 下さず先祖を恥かしめざるよふにすべし 縦(たとへ)貴人高位
 の人なりとも或系図正しき人なりとも 魂魄(たましい)がなり
 さがり 先祖の面(つら)を汚(けが)す阿房(あほう)ならば系図の有か気
 の毒なり

 ○経費(ものいり)なしに三国一の宝を儲る極秘伝

一三国の宝といふは何ぞ 我が骸(からだ)に極つたり 天地開
 闢(びゃく)より断絶なく段々に伝り来りて 日本第一三種の
 神宝も是には及はず 此宝の本は父母よりうけたれば
 父母程ありがたき大切の物はなし たとへ父母死し給
 ひて後も 父母のかたみの宝物なれば虫はまぬよふに
 疵をつけぬよふに恥をかけぬよふに大切にたもつべし
 是程のもろ/\の宝をあつめそなへたるものはなし
 是をしらずに一つの玉を十五城(じやう)に換(かへ)むといひ あるひは


41(挿絵)


42
 龍宮より玉を求めしなどは甚しき うつけもの なり
 それよりは近き目の玉なり 此玉をもて 遠くは天地
 四方を見ひらき 近くは白胡麻の粒に文字を書く
 夜光の明珠(めいしゆ)も是には及ばず 又打出の小鎚あり 両の
 手なり自由に宝をうち出す 千里に飛ぶはね有 両
 の足なり心のまゝに行く 其余(よ)悉く筆につくし
 がたし 伝授をしらぬものは此宝をおろそかにおもふ
 ゆへに罪を犯しては宝を毀(そこない)傷(やぶら)るゝ あるひは

 わづかの金銭に慾をはりて此宝をうしなひ 又はほし
 いまゝに酒をつぎ入て内損(ないそん)し あるひはみたりに飽
 食し かる/\しく毒物を食(くら)ひて病をひき出し 或は
 好色に耽(ふけ)りて病を生ずるたぐひ 皆是此宝をへら
 すの基(もとい)にして宝をたからと思はざるゆへ也

 ○天下第一肝心肝要の大道を神文なしに伝授の
  法
一孝経(こうきやう)に至徳要道(しとくようたう)と孝の事を称美し給ふ 万善万


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 行(ぎやう)の源(みなもと)也 神道儒道仏老(ぶつらう)の道 皆此孝を始として教(おしへ)
 を施すものなり 此孝に志しなきものは 縦(たとへ)日々に
 数百巻(くわん)の仏教を読誦し 数百の堂塔伽藍を建
 立するとも少しも利益(やく)ある事なし 孝行なる人を
 かるがゆへに古しへより孝行には天地感応まし/\て
 奇特をあらはし 不孝なるには まのあたり禍を下し
 給ふ事あげてかぞえかたし 肝心肝要人間第一の

 至徳要道(しとくようだう)此上にはなし たとへ田夫(でんふ)野人(やじん)文盲 無筆
 のものなりとも孝行なる人は十能六芸(しうのうりくげい)をそなへ
 博学多才なる人にもまさりて 有がたく貴(たっと)き
 人としるべし

極秘巻下終

 

   おしまい