仮想空間

趣味の変体仮名

嫗山姥 第四 頼光道行

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
 ニ10-02179

 

50(左頁)
  頼光道行  第四
あだなりと名にこそたてれさくら花 /\ ちり
てもついにねにかへる みやこのはるを たのみても 浮
世のふちせつねならぬ ながれのゆくえくみてしれ
源の頼光(らいくはう)ははん官ふうふが情にて 御命のが
れしとまともや よそにもりの下風 このはのしづく
落人の身と成給ふ せんぢやうしゆつぢんのおりなして


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めしもならはぬむしやわらぢ それにはあらぬわらぐつに 御
あしをいたましめ くさの露ちるかげにだに 今はうき身を
をくかたも なるこにさはぐ むら鳥のちり/\゛わかれおち
給ふ 御あり「様ぞあはれなるみのゝお山は そなた共 いさ
しらぎくやまぐさかる まきのわらべに道とへば 花に
よそへてしらん /\と子共さへあなづるかづらつたかづら
はひひろごりて行さきを せきとゞめよとせきがはら

日たかのそまも 打くもりさつと袂に一しぐれ しばしやどかる
かさぬひのさとをはるかに見わたせば のわきにみだす
はぎすゝき野守(のもり)のかゞみうつもれし うきよのくもりふきはらへ
いぶきのさとにのきばふく とまはあらみてさびしきも えに
うつしてはうつくしきしづがわらやに立けふり きえてはむ
すびなひきては風のまに/\ 立まよふアゝ人がいのぜんあくに さ
そはれなびく人心 かくやと斗くはんずれば 五よく七情様々の


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つみをうるまのさとちかき友にもうとくしたしきもふわの
中山やまふかく 木の間にもるゝ入あひの かねこう/\と物す
ごく たにのかけはしとだへして みねにつまこふしかのこえ 子を
かなしみてましらなく よはのぬえ鳥よるのつる 涙をそふる
たねならし くれゆくそらは風たへて よものやま/\もくねん
とざぜんのさうをあらはせば たにのかはをとしん/\
とねものがたりはみのあふみ くにのさかひよ世の

中のしやうじやひつすいのさかひかと 我身にとへば
我こたへ いなにはあらぬいなばやま あとに見なして
いつかまた 世にもあをのがはらならば 今をむかしの世
がたりと思ひつゝけて行末は たるいあか坂あふはかも
それぞとばかり夕まぐれ 松のあらしのとう/\/\ さら/\さつ
とふきおろし くものゆきゝもよそよりははやくれ過て物す
ごく 名をだにしらぬ山中にばうぜん として「たち給ふ


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草木(さうもく)しげつて がん/\たるそはかげよこおれし 枯木(こぼく)のえだを見上
ればこはいかに 老若男女のちしほのなま首こずえにひつし
とかけたるは 只しゆくしのたつたるごとく也 頼光ちつ共おくせず ムゝ
いはれぬ狐狸(きつねたぬき)殿 落人とあなどつてたましひをむかんとな シヤ物々
しとひげ切ぬきかけ またゝきもせずまもりつめて立給ふ 時
に向ふのこかげより小山の様成大男 丸太ぶねをこぎ出すごと
くぬめくつてあゆみより 頼光の足もとへどつかとすはりし有

様は をひはぎの大将とかんばん打ぬ斗也 頼光ものさばりごえ
こりや/\男 うぬがつら付たゞ者ならずしやうばいもがつてん也 某
善光寺さんけいの上方者 路銀をきらし一宿すべき様もなし 近
頃無心千万ながら わぬしが常々ぬすみためし 金銀衣類は
云に及ず 身にまとひしふるわんぼうこしにさいた候しも はや/\
ぬいて渡せ命斗は助けてくれんと いはせもはてずから/\と笑ひ
ヤアラてつちめがあぢをやるよ 身が一せきのせりふのうらをくはすはしれ


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者 いぢばつて大けがまくらんより うぬがわんぼうこしにさいたあかいは
しも 早くこゝへまげだせ 渡さぬだてをはき出さば こりや此首の
れん中にくはへん 西の枝か東の枝か サア/\望めとつめかくれど頼
光返答もし給はず アゝ此程の旅づかれとろ/\とねてくれんと
いはかどにかけあがり 首二つ三つひつつかんで飛おり ヲゝ日本一の枕
ござんなれと両足ずつとふみのばし ゆたかにふしたる御有様ふて
きにも又恐ろしし 山ぞく今はたまりかねつかに手をかけぬかん

/\ともがけ共しんぶちゆうの名将の 三徳けんびのいにをされ
眼もくらみ腕しびれ 覚えすふるひ出けるが さすがの山ぞく
ほうとあきれ我十余年の今日迄 多くの者に出合しが一ど
もか様のふかくは取ず さもあれ御身只人ならず つゝまずかたり聞
されよ なふそこのしれぬ相手しやとしたを まいてぞいたりける 頼
光打えませ給ひヲゝさもあらん 凡此土(ど)に生有者我名をし
らぬことや有 源の満仲がちやく子摂津のかみ頼光ぞと きく


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よりはつと飛しさりかうべを大地にすり付 アゝ勿体なや/\ されば
こそ初めよりよのつねならず見奉り候 扨は平の正盛 清原の右
大将がざん言(げん)にてかゝる御身となり給ふよな 所こそあれ此所にて
あひ奉るも宿世の御えん 我はうらべの熊武と申山賊の張本(ちやうぼん)
向後(けうかう)一命をなげうち君に仕へ奉らん 御くつ取共思召れ候へかしと 思ひ
入たる詞の末頼光御気色なゝめならず ヲゝ頼もた然らばけふ
より主従ぞや 子孫にながくふこうを伝へ幾千代かけしことぶきに

うらべの末武となのるべしとの給へば 有がたし/\きのふ迄は追はぎ
けふよりは忝くも源氏の郎等うらべの末武御供申 山も谷も
草も木も皆我君の御領内 此山のけだ物も鳥も虫も
皆ほうばい かけたる首はほうばいの烏殿へのをきみやげ さらば/\
と見かへるや山路 かへるや「一おうむなしき谷のこえ 山た
かふして海ちかく谷づかふして水遠し 前にはかい水じやう/\として
月真如のひかりをかゝげ うしろにはれいぜうぎゝとしてかぜ常(じやう)


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楽のゆめをやぶる けいへんかまくちてほたるむなしくさる かんこ苔
ふかふして とりおどろかず共いひつべし 心はむかしに かはらね共 一念
けしやうの男女とや人はみちのくの 忍ぶの山に在かとすれば
けふはかひがねきその山 きのふは浅間いぶき山 ひらやよかはの
花ぐもり 雪をになひて山かづの せうろにかよふ花のかげやすむ
「おもにゝかたをかし 月をともなふ山路には 雪月花をもてあ
そぶ 心はしづのめに見へぬおにとや人のいはゞいへ よしあし引の山

うばが山めぐりするぞくるしき くるゝもはやき山かげに行くれ
給ひて頼光 道なきかたにふみまかひ さとはいづくと誰にかも
東西わかず立給ふ 御供の末武あたりを見まはし ヤ あれに
柴かる女やすらふからは人ざともはや遠からず くつきやうのあん
内者是女此山は何と云 ふもとのさとへ下る者道引せよと云
ければ 是は信州あげろの山のいたゞき 御らんのごとく道もなくふもと
の道とて東北は 五十余り秋田の地 いくへの谷みねなはをわた


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して橋となし 恐ろしや唐土の燭川(しよくせん) 天竺の流砂 葱嶺(さうれい)とや
らんのなん所にもまさるとかや 北は越後越中のさかひ川 是も
谷二つこへ 十里に余ればけふの中には思ひもよらず おいとしや我ら
がかたにとめましたふ候へ共 いづれも若き殿達此しばがゝ住みかは
おいやであらんと云ふぜい ふつゝかならぬ山人のたきゞに花とは是ならん
頼光打えみ給ひイヤそれはさか様 あらくましきわか者共そな
たこそいとはれん 行くれたる山道柴かりはおろか山姥のすみかでも

くるしからずとの給へばはつとおどろく顔ばせにて ムゝ扨は自が山
姥と見へけるか 山姥とは山に住む鬼女 よし鬼也共人也共山に住む
女なれば さ見給ふも理りや その山姥は生所(しやうしよ)もしらずやども
なし たゞ雲水をたよりにていたらぬ山のおくもなく 人間ならずと
恐るれど ある時は山柴の山ぢつかるゝかたたすけ さと迄送る折
も有又ある時はをり姫の いをはたたつるまどの梅えだの鶯いと
くりわたくり紡績の 宿に身をおき人にやとはれ手間しごと くし


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さへ取ぬみだれがみ女の鬼とは理りの 世をうつせみのから衣千せい万
せいのきぬたに声のしつてい/\ しつていからころつちの男 こたまにひゞく
山彦も皆山姥がわざ也と 思ふも見るも人心 ぼんなうあればぼ
だい有り仏あれば衆生有 衆生あれば山姥も などかはなからざるべき
都に帰りて夜語りにせさせ給へや よすがらかたり参らせんといほりに
いざなひ「入にけるこだかき所を しつらひ頼光を請じ奉れば
いや/\さ様になさるゝ者ならず 一夜の程は軒の下にも明すべし 見

申せば独り住みの女性(によしやう)此方へお構ひなく 渡世のいとなみせられかしと
じし給へば いや紅(くれない)はそのふにうへてもかくれなし 大将軍の御こづがらまがふ
所候はす 誠や源の摂津のかみ殿は 清原の右大将平の正盛らが
ざんそうにて 御身をあやぶめさすらへさまよひ給ふとは 山のおくにも
かくれなし それ共なのり給ひなば 自が身の上をもかたり参らせん ヤア
定て旅づかれ何をがな御もてなし 折ふし山々のこのみも皆落はてぬ
げに思ひ付たりつくしさいふの山に いがぐり一枝きのふ迄有し物 是を


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取て参らせんと表に出しがふり返り 必々おくの一間をのぞき給ふな見
給ふな 追付帰らん待給へと いはねをふむこと飛鳥のごとく山深く とんで
入にけり 末武よこ手を打て つくしさいふ迄は五百余里 今の間にかへ
らんとや きやつがしかた云ぶん始からのみこまず 君のふこうをおさへん
とましやうへんげのなす所 追かけて打とめんとかけ出るをやれまて へん
げとしつて立さはげばかれに心をうばはるゝ 此方はしづまつてかへつて
きやつをたぶらかし なぶり殺しにたいぢせんさもあれかれが詞に随ひ

おくの一間を見ずにをかんもをくれたりと 主従のぞき見給へばあら
すさまじや 五六さいのわらんべ五たいの色は朱のごとく おどろのうぶがみ四
方に乱れ えじきとおぼしく鹿狼いのしゝを 引さきてつみ重ね 木
のねを枕にふしたる様誠の子是なんめり しらず我らせつ国に
来るかと身の毛よだつ斗也 時をうつさずあるじの女くりをたおつてふりか
たげ かへる所を頼光ひざ丸をぬきはなし はたと打ばひらりとはづし 丁
ときればはつとひらきしさつてにらむかんぜせかはり 角は三ヶ月両がんはかん


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やのほしとかゝやけり いかれる面(おもて)にはら/\とこぼるゝ涙にくれながら うたて
やな恥かしや恨みなき我君に あだをなさんと思はね共 御たちかげにお
どろきて自性を顕はし候ぞや 此上は力なきのゝ薄ほに出て
身の上さんげ申べし 我もとは遊女の身 坂田の何がしといく世をかけし
契りの中 おつとの父を物部と云者に討たせ 其敵討ん為あかぬわか
れのあづさ弓 おつとのうんめいつたなくて妹にせんこされ 親の敵を討
ぬのみか其こと故にげんじの大将 漂泊の御身と成給ふ 今生の此身

にて此うつふんはれがたし 腹かき切てこんはく汝が胎(たい)にやどり 日本無双の
大力一騎当千のなん子と生れ 敵の余類を亡ぼさんと天にうつたへ地に
さけび ちかひの刃にふしたし それより我身もたゞならぬ子をもち月
のかげふかく 人りんはなれし山にこもれば いつのまにかは山廻(めぐ)り一念の角そば
だち 眼に光る邪正一如と見る時は 鬼にもあらず人にもあらず名は山
姥が山廻り 春はみよしのはつせ山高間の山の白妙に まがふかすみもそ
れかとて花を尋て山めぐり 秋はさやけき空の色 かはらぬかげも更科や


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をば捨山の何めでゝ 月見るかたにと山めぐり冬はさえ行ひらがだけ こし
の白山しぐれ行空をおこして雲に乗り 雪をさそひて山廻りめぐり/\て我
君に 廻りあひしも我妻の念力通力神力にて 渡部の綱うすいの
定光只今是へ招くべし あはれ我子をもふだいの家人と思召 敵御征伐
の御馬の口をも取ならば 父が一ごのそくはいをとげ母が鬼女のくげんをのがれ
成仏得脱疑ひなし二世のくるしみ助かるも 只大将の御じひと角をかた
ふけ手を合せひれふして こそ泣いたれ かゝる所へ定光木草(きくさ)をし分け

ヤア我君是に御座候 両人こんやしなのぢを通りしに たが云共なく源
の頼光は 此山のあなたにあの谷のこなたにと 手を取て引がごとく覚ず
是迄参りしと 申上れば頼光鬼女の神変委(くはしく)かたり きいの思ひ
をなし給ふ 扨両人を末武に引合せ 此上は女が望に任せ 汝が一子に
主従のけい約せん 是へめせとの給へば母は悦び快童丸(くはいどうまる)/\と呼ければ
あいとこたへてつゝと出 どつかと座したる顔の色 なふかゝ様あれはどこのおぢ
様じや みやげもゝらはふ嬉しいと 手をたゝいて悦びしあいきやう有てすさ


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まじき さながらあいせん明王の笑ひ顔かとあやまたる 母立よつてヤイ
慮外者 あなたは常々云聞せし源の頼光様 けふよりおことが殿様御
奉公せい出しましよと 申しやいのふとをしへられ はつと手をつき一礼し 随
分奉公せいに入 敵の首いくつでも引ぬいて上ましよろ 老さき見へたる広
言に御悦びは浅からず 母重てあのがんくつに熊いのしゝを追入置 折々あ
ためし見れば 御らん候へあのごとく引さき候 是お目見への印にすまふを所
望と云ければ ずんと立ていはやの口に立たるばん石 かろ/\゛と取て投げ

のけ両手をひろげつゝ立所に 内よりあら熊とんで出るをどつこい任
せとしつかとだく 熊ことゝもせずねぢ付んとすれ共いつかなうごかば
こそ からみ付ばこぢはなしくみ付けばおしふせ うめきたけるのどぶえを二つ
三つたゝき付 ひるむ所を取てをさへかた足つかんでくる/\/\ 二三間かつはと
なげ アゝ草臥たちゝがのみたいかゝ様と母が膝にぞもたれける 頼光
甚だ御えつき有 例(ためし)なき強力(がうりき)母が子にて有しよな 則只今冠させ
坂田の公時と名付 四天王の四天を表し定光末武綱金時


63頼光がいへの四天王四夷八ばんを切なびけ 源氏のいくはう四かいにてら
さんしるしぞと をの/\ざゝめきあひ給ふ綱定光詞をそろへ 君はしろし
召れずや 近江の国かうかけ山には悪鬼すんで国民(くにたみ)をなやまし 折々
は都がたへも顕はるゝ故 諸国の武士にあつきたいぢのせんじ下るといへ共
お受申者もなし ぶゆうに長ぜしものゝふ鬼神たいぢ有にをいては
勲功勤賞(けじやう)望に任せらるべしとの高札所々(しよ/\)に立られたり 此いき
ほひにあつきたいぢ思召給へと すゝめ申せば頼光それこそ武

運ひらくべきずいさう 多くの人数(にんじゆ)無用也 主従五人山つゞきに分け
入て 鬼神が自在に身を変じ千騎とならば千騎をうち 万騎
とならば万騎をうち天下太平の忠義を顕はし 敵を亡す前表(ぜんびやう)
はやうつ立とすゝみ給へば金時悦びヲゝ鬼神たいぢ面白からふ 是
人々此金時は 生所(しやうしょ)もしらず宿もなき山姥の子なれば さん所も山
うぶやも山 そだつ所も山なれば山道の先陣仕ると まつさきに立て出
ければヲゝ出かした/\ 心にかゝることはなし母はもとよりけしやうの身 有とも


64
なし共かげろふのかげ身にそふて守りの神 是迄ぞ金時是迄ぞ
我君いとま申て帰る山の みねにいざよふ月かと見れば まだ中ぞ
らにくれぬ日かげのくれしも通力 いほりと見へしもりんえをはな
れぬもうしうの雲水ながれ/\て谷に音ありこずえに こえ有
風にきえ/\ あらしにちり/\ちりつもつて山姥となれる 鬼女が有様
見るや/\とみねにかけり谷にひゞきて今迄こゝに 有よと見へしが山
また山に山めぐり 山また山に山めぐりて行衛も しらずなりにけり