仮想空間

趣味の変体仮名

嫗山姥 第五

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
 ニ10-02179

 

64(左頁)
  第五
(謡一セイ)
ようたいしもみてり 一せいのげんくはくそらになく はかう秋ふかし
五夜のあいえん月にさけぶ 物すさまじき山路かな かく
頼光四天王を相具し 鳥も通はぬいかうかけ山 びやう
ぶを立たるごとく成 悪所をきらはず主従五騎木のねに
取付いはまをつたひ 足にまかせて行さきも次第/\に道くら
く 山共谷共しれざれば とある木のねにこしうちかけしば


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らくやすらひ給ひける 頼光仰有けるはかほどけはしき山中
を はや二三里も過ぬれど何のふしぎなきことは ひつぢやう世俗
の虚説ならん じつふをたゞし重ねて取まき討取べし いざかい陣
えん人々といはせもはてずあらおそろしや こくうにすまんの声
有てふしぎなきやふしぎありや 思ひしらせん思ひしれ えい/\
どつと笑ふこえ波の打くるごとく也 時に向ふの松が元に五尺余り
の女のくび かねぐろに色白く眼の光りかくやくと かはべの氷一めんに

しゆをながせしがごとくにて につとよしばむかほばせは身の毛
も よだつ斗也 末武すゝみ出よう/\どふも/\ 鬼の娘に御げんもじ
此末武めが思ひのたね 八まん一夜のお情あれ心中づくなら後(のち)共いは
ず 今日の前にみちのくのちびきの石と我恋と おもき思ひをく
らべよと大石を えいやつとかた手につかんでなげつくれば ?化の首は其
まゝにかきけす様にぞうせにける 時に山河しんどうしてらいでん稲妻
おびたゝ敷 二丈余りの悪鬼のかたちくはえんをふらし枯木(こぼく)をなげかけ


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石上につゝ立しうぞくだつばがん/\がつと よばゝる声にこゝの山かげ谷
かげいはかげ 杉の木の間にさんらんし あまたのけんぞく一どにどつとおめい
てかゝる さしつたりと頼光ひげ切をさしかざし 数万の中へ乱れ入り
おめきさけんで「たゝかひける通力じざいの 变化だに名剣の徳
に恐れたいはんほろびうせにける 大将破顔鬼(はがんき)いかりをなし 頼光
をめがけ飛でかゝるを金時表に立ふさがり ヤアさせぬ/\ かほのあ
かいがじまんか そつちのかほがあかければおれが顔もなつかいな かゝ様より

のゆづりの力のあんばい見よと 夕日にかゝやくもみぢばのいづれをそれ
とくれないの 両手をかけてくんだれ共 二丈に余る鬼神のすがた二
尺にたらぬ金時が ひざぶし迄もとゞかばこそ幾年(とし)ふりしくすのね
を まとひたる朝がほの朝日にきゆる命の程 あやうくも又ふてき
なり 鬼神いらつてかた手をのべ金時が どうぼねつかんでかろ/\゛とさし
あげ みぢんになれとなげつくればちうにてひらりとはねかへり
おち様に鬼神の両足ひとつにつかんではがひじめ 大地にどうど


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うちつけ おきあがるをふみたをし打ふせ ねぢふせたゝきふせ 馬乗に
しつかとのり 一いきほつとついたりしは悪鬼にまさりしいきほひ げに
山姥の御子息いや/\どつとぞひめにける 渡部末武定みつ
なんど我も/\とはせあつまり 千(ち)すぢのなはをかけたりける ヲゝ
こゝちよしいさぎよしたゞ此まゝに都へひけ がてんじやまつかせ金
時がどうよりふとき大づなを しつかとつかんでヤアやるぞえ もとづな
なかづなきやりでせい ヤアてんまのひよえい えい/\てんまの通力を

こと/\゛くほろぼしてかいぢん 有こそ「めでたけれ かくて帝都には
かうかけ山の变化のうつ手 墸きやうせんぎ有所へ大なごんかね冬公
さんだいあり 扨も某がみこ源の頼光 勅宣の御高札にまかせ
江州かうかけ山にわけ入 变化をいけどりじゆらく仕て候へ共
勅勘の身をはゞかりそれがしを以てそうもん仕候 早くねいしんの
じつふをたゞされ しやうばつをねがひ奉るそれ/\と有ければ 金
時がなは取にて三人四方を取かこみていしやうにひつすへたる鬼神は


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いかりおめ/\こえ きyちうになり渡りみかどをはじめ月卿雲客(げつけいうんかく)
きう女上下のなん女迄恐れおのゝく斗也 くはん白(ばく)たゞひら御はし近く
出給ひ 变化たいぢのぶこうえいかんあさからず 此をんしやうによつ
て頼光出仕御めん有 はやく鬼神のかうべを切よどがはのふし漬
にしづむべしとのりん言也と詞もいまだをはらぬに 渡部いだけ高
になりから/\とわらひ こは一天の君の勅諚共覚ぬ物かな もと
よりつみなき頼光が御めん有とは何のこと 鬼神たいぢのをん賞は

望み次第との御高札によつて 我々一命をなげうち鬼神を生
どり候へ共 いまだ洛中に平の正もりといふ恐ろしき鬼神すんで
とがなき者をざんしこくどをさはがし候 きやつを我々に給はつて此鬼
神と一所にたいぢ仕らん 是第一の望み也と憚りなくぞ申ける くはん白
殿を初め有あふ諸卿色をそんじ いせいさかんの正もりたとへいか成あや
まり有共 ちうせんことかなひがたし 何にても外の義を望むべしと
有ければ 定光を初め末武金時口々に かなはぬ望をまだ/\と


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申てもむやくの至り 此方御無心申さぬからはそつちの御用も承
はらぬ 此だんかうさらりつともとへもどし 此鬼神のなは切ほどき庭(てい)
上(じやう)へはなち 我々もはらかきやぶりともにおにとあらはれ きん
りはおろか日本国にあだをなさんと すでになはをきらんとす
けいしやううんかくあらこはや やれまて渡部(わたなべ)そさうしやるな
定光殿末武殿 きんときとやらよい子じや頼むなはとくな
おにをはなしてたまる物かと みすやきちやうに身をちゞめふるひ

わなゝき給ひける くはん白道理にふくし給ひそうもんしゆぎはん
ちからなく げびいし勅をかうふりて正もりになはをかけ 四天王
にわたさるゝこは有がたしとひつふせ サア一人はかたづけたり とてもの
ことにきよはらの右大将高藤といふ 大悪人の鬼神のとうりやうも
給はらんと 言上すれば諸目と目をきつと見合せ かたづをのん
でおはしますくはん白殿まゆをひそめ 忝くも高ふぢは女院の御
弟 いかにざいくはあればとて 右大将のくはんにん武士の手へわたされし


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これいなし 此義にをひてはかなふまじとの給へば ムゝ御尤/\ ならぬ
ことをぜひとは申さず さらばおにのなはとけとつゝとよればアゝ/\
気のみじかい わたなべ殿だんかうせふ綱殿と あはてさはぎ給ふ所へ
右大将つゝとかけ出 ヤアすいさんなりわつは共 をのれらごとき
ひつぶのぶんにてそれがしをほろぼさんこと はすのいとにて大せきを
つりさげんとするに似たり はやく其場を立のくべしとあざわらつ
てたつたりける 綱はたまらずかけ出高ふぢが もろひざかいて

どうどひつしき ヤアひつぷとはたがこと をのれがつみは天下一たう
存じの所 はくでうに及ずと高手小手にぞいましめたり 時
をうつさずしうと中なごんかねふゆきやう 頼光をゆういんしさんだい
あればえいかん甚うるはしく 源氏のほんりやうもとのごとくちんじゆ
ふの将ぐんに任ぜれああれ かねふゆのむすめおもだか姫四いの女官
にふせられ 御しうげんの吉日迄勅諚有ぞ有がたき 扨右大将
のはい所はきかいが嶋へ 正もりは鬼神とともにちうすべしとのりん言


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こは有がたし/\それはからへ承はると 正もりを引出しくびちうに
うちおとし 残る鬼神は四天王がなぶりごろしの手玉ぞと 定
光末武両足とればきんときかた手につのをもち えい/\ごえ
して引程に なんなくくびをねぢ切て左右へさつと のいてもの
かぬはやうふ主従一門一家 えんじやしんるいゆたかなるながれ
をくんでみなもとの うぢもはんじやう国はんじや五こくぶよう
の民はん昌 ほうらい国のあきつ嶋をさまる 御代とぞいはひける

   (おしまい)

七行大字直々正本となぞらへ類板世に有と
いへども右此本は太夫直の本をもつて是をうつし
章句音節墨譜(はかせ)のこらずもふ厘(りん)まて細(こまか)に
きゃうごうせしめ其上秘密の譜をくわへあらたに
板行せしめ申候ゆへ御吟味の上御求下被??
三則足助西町
  前田八??
正本七行売所 ???
   京寺町松原上ル町
     菱屋治兵衛板