仮想空間

趣味の変体仮名

竜虎問答


読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2534145


3
龍乕問答序(りようこもんたうしよ)
風雅でも無く。洒落で
無く。しょう事なしの山
師の名を。尋ねて爰え
廓の雑談(ぞうたん)。此傾城と


4
云ふ文字に。一度(ひとたび)笑(えめ)ば代
物を。傾むけるとの古事
も有。又東より来る
きぬ/\゛の猪牙には。菓子
屋を悪(にく)む新川の番頭も。

蒲団の柏餅に包まれ。夜(よ)
露の蒸籠にかゝつて。舟
宿の手の平にさすらるゝ。
案づるに何れを何れと誉め
難し。子を思ふは親心なれと。


5
それ程唏(おしむ)子にあらず放
屁論後編に何某か書きし
とは替り。見識は。船頭の
下駄よりひくゝ。智恵は
岡場所の盃より浅く。

魂は小鯔(? おぼこ)の臍より小さく。
気てんは南京操りの糸の
切れしより利かず。文盲物の
読まざるは。座頭に鼎(かなへ)を
かぶらせて。星を覧(み)せるに


6
事ならず。五体河豚に
して。吉原を嫌ふ故にや。
俎板の木枕に。投らるゝ事
度々有れと。北を向ねば。
煤掃きにも人に当らず。

さすれば毒にもならず。
薬にもならず。透し屁
の幽霊にひとしく。俗
に云ふ。乕?(ばか)ならんか。其
鈍才を以て。金を儲けんと


7
する世の中に 瀬川の
深きも厭わず。遊里に
暮(くらせ)し検校有(あり)。これ等と
予が身を競(くらべ)て云ふを。盲(めくら)
銭に怖(おぢ)ずの類なれと。

斯人間の境界(きようがひ)は色々に。
果報は寝て待てとの。
たとへは有れど。口寄(くちよせ)から
仕舞の付(つく)より。外はなし
然(しかる)に。先達て出(いだ)したる。美(み)


8
地の蛎殻を。見る人嗤(わろ)ふと
云ふ事は。知つても虱の。蒲
焼ほどに。小さくて香(こうば)しく。
身の無ひ事を。舁集め。
龍乕問答(りようこもんとう)と題号し。

又彫あげる。とたんの拍子。
悪口。御無用
 安永八己亥とし春
 紅都龍腮住蓬莱(こうとりようあぎとしゆうすほうらひ)
 山人帰橋戯著(さんじんききようたわむれちよす)


9(左頁)
雲のうへは。ありし昔にかわらねど。つ
いに此身はとつくりと成る。と云ふ。古歌
こゝろも。まべなるかな。若年のころ深
川に。遊びしをなつかしく。其こんたんの
あらましを。忍び/\に書(かき)つらね。しやれて
踏(ふま)るゝ。美地(みち)の蛎殻と題して。新刻
なしたるを。聞つけ来つて。笑ふ人


10
あり「里通」ちゃのみましよふ/\「男」どをれ
と云ながら。たすきを
はづして。飛んで出る「里通」貴橋子(ききようし)のおやどは。
これかな。さよふなら。里通て御座る。其
のちは打たへて。久々お目にかゝりません。弥(いよ/\)
いさわるに。ごさらんて。珎重(ちんちよう)にそんじ
ます。ございしゆくで御座るなら。ちと御
目にかゝりたひ。子細が有て。参りまし

たと。申上て。くりやれ「男」申きかせ。ま
しよふ と奥へ行(ゆき)き取ちらし物を。
    かたづけ。しばらくして来り   よふおいで
なさりました。幸(さいわい)家内のものも。留主(るす)
で御座りますれば。お目にかゝりましよふ。
おとをりなさりまし 連立二階へ とをり「貴橋」
これは/\先生。おめづらしく。よふこそ
お出(いで)。直(じき)におとをり。なすつても。よい物を


11
先もつて。御機嫌よふと云ふ。せりふも
ふるく。今日はなんと思召ての御来ゆ也
「里通」今日(こんにち)参上いたしたも。あまりお
とふ/\゛しく。なりますゆへ。ちよつとお寄
申たのさ。ちと外(ほか)にも御相談。申たい
事もあるゆへ。かた/\゛参上いたしま
した。いつとてもきれいな事。見はらし

のよさ。お物好のよふす。どふも申され
ませぬ。向ふの屏風は。書家のはり
まぜそふな。上が親和(しんな)。こちらか東口(とうこう)。右が
其寧(きねい)。向ふが益道(えきどう)。左が九皐(きうこう)。下が敬(けい)
和(わ)。師道に河保寿(かほじゆ)。何れも見事な
義と。そんぜんなから。ぞんじます「貴橋」
いへ何さ。塩町(しほてう)のぶら/\や。明神下(した)の


12
切売とは申ながら。よほど心を付ん
ければ。出来ません。それはそふと。今日(こんにち)
お出(いで)付(つい)て。ちと御相談と。おつしやり
ましたが。何んの義で御座りますな
「里通」外の事(ぎ)でも御座らんが。日ごろ
こゝろ安ひから。打わつて申ます。先
達て御出しなされた。美地(みち)の蛎殻と

云ふ本を。此間はいけんいたしたが。面
白ひよふには。ござれども。おこゝろ安ひが。
付(つけ)のぼして。何とも気のどくにそんじ
ます。訳けはかく天下太平の。ありがた
き世に。産れ来(きた)りし徳に。遊びの
いきさつおも。しらんとおのしめさば。
御免の吉原一くわくより。外にはなし


13(挿絵)

f:id:tiiibikuro:20200828174953j:plain


14
然るに。けがらはしき。岡場所に遊ぶ
のみならず。其こんたんヲ書あつめ。美地
の蛎殻と題し。うや/\しく彫刻な
さるゝ事。御身のさんげを。あらわさ
るゝに似たり。願わくはふたゝび。本屋
に行(ゆき)て。止(やめ)らるへし。御気にはさわらふが。
くどふも。お心安ひにまかせて。御意え

ます とぬきたての額に。江戸絵図の川ほど。すじを
   出し。地金(ちきん)の扇子(おゝき)に。草書にて五言の絶句の
書(かき)たるを
ぱちつかせる 「貴橋」是は何の御相談かと。そんじ
たら。替つた事のお尋。申上るもいな物
なれど。我よし原をきらふ事は。今初(はじまり)し
ことならず。一通りお咄し申べし。同名(どうみよう)
は無じんと云ふ俳諧師。母の名はお
冨云。其中に出来たる私事は。見徳(けんとく)


15
ざん年。とらななへ子(ね)の。たんじようにして。
えなは。定式(ちようしき)のとおり。門口にうづむ。然るに
中の町(てう)の茶屋は。とし玉に細見を
持きたり。其うへをはじめて。通りし
ゆへにや。俗に云ふにも。えなの上を通
らし虫けらをも、嫌ふとやらにて。年(とし)
丈(たけ)るにしたがい。吉原を嫌ふ事。こと

葉にのべがたく。用事あつても。大門通り
は。昔しをおもひて歩行(あるか)ず。しかし
ながら。かびのはへたおやぢ。あるいは。おごけ
を股に引ばさんで。日月(じつげつ)をおくる。お袋
も。深川とさへきけば。下賎(げせん)ひつぷ
折助(おりすけ)安家来(あんけら・やすいけらひ)ばかり。入込地(こむち)と
おもふは。大きに非なり。出家さむらひ


16
そばきりも。百万石もけんひき。針
のりようじも。心をやはらぐるは。深川
の妙ならずや「里通」仰のとおりにて
は。吉原は有ッてもなくてもにて。其
意得がたし。誠によし原の難有(ありがたき)は。
いにしへより。命を年忌の。ぼたもち
程も。おしまざる心中。その数をし

らず。又おかしな事の。引(ひき)ことながら
上(じよう)る里。あやつりなどにも。夜毎に替る
川竹と云ふ。文句はあれど。朝なをし
五つ迎ひ。四つ明き九つだちの。ぬすみを
売るのと。くだ/\゛しき。事をきかず「貴橋」
なるほどいまだ。深川のしんぢう。御存
無事(なきこと)。井のうちのかわづ(蛙)大海(だいかい)をしらず。


17
履(くつ)の。あり(蟻)。かんむりを嫌ふの。たとえ
なり。心中なきにしも。あらねど。多
くは。死場(しぬば)を。忍びがへしにて。股を
すりむき。あるひは枯芦に。かゝとを
痛め。若(もし)見付し時は。土蔵に入て
飯をひかへ。火吹だけの。しゆんかん(笋羹)を。
喰せて。足ずりをすれども。出(いだ)さず。

尤ふせ玉の。家ならば。なしみの客来(きた)
し時。出して遣(つこ)ふる事も有。股よんどころ
なく。死なずに済(すま)ぬ訳ケの有は。子共
屋の亭主。じひをもつて。此世の地獄
か。ごくらくへ。くらがへさせて。済(すま)すなり。
又切あそびの事は。昔しより其ためし。
なきにしもあらず。年々さい/\の。


18
はる狂言に。大いそ小いそけわい坂。身は
切売の。つとめ奉公との。文句は。切遊(きりあそひ)の
心ならずや。またいやしき遊女の言葉に。
此客すいも。あまいも。呑こみ。白むく
でつくわ(鉄火)。しよ人(にん)がり/\と。思ふ時は。其
てにはを。直して。おめへはとんだ。革羽
織だねへと。云へば。たいがいの童子ごうし

も悦び。中の丁の茶屋も。そのごとく。
野暮なる客は。当にんの聞くまえで。
えんりよ深ひ。お方だと。若ひ者芸
しやの。たぐひへ頼めば。鼻の下をお蔵まへ
程にして。こけはよろこぶ。此こけと云ふ
通言(つうこん)も。通らぬものゝ。くせとして
血の出る程の金ぎんを。遣へば通(つう)と


19
こゝろえて。くだらぬ洒落を。こじつ
ける。そのこしつけの文字(もんじ)おば。中略(りやく)
して今は。こけとよび。物の名も。所
によりて。かわりけり。難波(なにわ)の冨三(とみさ)。
江戸の濱村ともてはやさるゝも。誠
にはんくわなる。京都の印なり。すでに
しやれし女房は。秀鶴(しうくわく:初代中村仲蔵)を栄屋と

誉め。幸四郎を三ついてうと云ゝ。勘
左衛門を。嶋さんとはねれば。下町へ通じ。
いきな娘は。金作徳治のたぐひヲ引キ。
女形でも。杜若は深川。路孝は。吉
わらと。見物の気どりに。あらわれ
落間(おちま)から。かける声は。家名をよび。
所をよび。苗字をよび。名をよび。紋を


20
よぶ。其役者によりて。評すべし。
いづれ。当じの人の。思ひ付く所は。
深川のいきなれば。あへて。ぜげんの沙
汰よりもあらず。まだ此うへも。御不心(ふしん)
あらば。御遠慮なしに。おつしやる
べし。およばずながら。ぞんした丈(たけ)は。
おこたへ。申ましよふ「里通」先こく

より。おしだまつて段々と。承はれば
深川より外(ほか)に。遊ぶところは。ない
よふの。お口ぶり。あまりあきれて。
片腹いたいと。申たひが。両方の腹が
ひつくりかへる。第一愚な所なる。印
には。九つあきの。ざつ客に。子ども
の一人も無(なき)時は。今まで座敷を


21
勤たる。女に着物を着せかえて。
一寸(ちよつ)と顔さへ並べれば。おさえて儲ける
仕事なり。あるひはきのふ今日迄も。
石のなんごで。日を暮らせしお乳母殿も。
突出しと云ふ。名がつけば。詩歌連
俳(ぱい)琴棋書画(きんきしよくわ)。よひ事とては。猶
しらず。歯の抜たるも。中には

有り。眉毛(まいけ)の無(なき)はお定りの。墨(ひき)眉
毛にて客を取り。毎朝(まいてう)日びの銭
湯へ。行がけは。まだ娘にて。あがり
場にうづくまり。糠をばすつる其
ときは。小桶をかりの水鏡。眉毛は
おちて。老女のおもざし。明けてくやしき
糠ぶくろの。浦しまが。むかしを思ひ。


22
手んひらと云へば。女護(にようご)のしまの米
つきでも。つとめしよふに。菽(まめ)だらけ。
なり。是も自から手拭を。しぼる
ゆへのたこなり。先(まづ)帯と申せば。十枚
六文の。せんべいよりも。薄くして。
尻へ半ぶん。腰へ半ぶん。前だれの二(ふた)
役をつとめ。又ある人我に問ふ。近

来岡場所の。あしき風ぎを悦んで
しようじんの素人。その形を写して。
神もふであるいは。芝居などへ。来る
ともがら。あまた有。これらは。中
のしが。ゆふれいやら。粂二郎が声色
やら。いづれ分らぬと云へども。これは
一つのきめ所(どこ)あり。先桟敷へ来ると。


23
かんとうじまの。かますより。楊枝を
出してくわへながら。見物する事。
深川のいろはなり。又髪のさし物は。
一本の鼈甲を。二ほんに見せんと。油
絵の。唐女(とうぢよ)におぼしき。まげの下へ
ならべて。いたゞき。柱に張つた火縄代(だい)
は。ろうそくの火に。くすぼる頃。

茶屋の。肥女(ふとつちよ)箱を出し。鼈甲るいは
のこらず仕廻ふ。これかんりやくの
極秘なり。まげも結たる日には。
島田をもちゆ。翌日になり。そゝけし
時。しまだの後ろへ出したるを。引くり
かへしてかんざしの。帆ばしら程なを
とめにさし。楽屋ほんだと。和名(わみよう)を


24
つけ。又一日の苦界をつとめ。枕も春慶
のはげたるに。焼印を。押して。寝返り
に。小石のさへづりを聞き。よく売る
女郎は。舟やどの送り迎ひ。かさい
太郎。真崎(まつさき)などへの。出が度々なれば。
自然と尻に。舟だこの出来ると。
云ふ。深川の巧者なる人は。此たこの

なき女郎は。時行(はや)らぬゆへ。面白からぬと
云へども。これは江戸芸者の。襟の
黒きを。誉るの。るいなり。時行れば
たび/\屋ね船に出るゆへ。こゞむ時
えりは。日にやけると。云へと。艛(やかた)に出る
やげん堀の。一対芸しやは。こゝまずに
出這入をするゆへ。襟も日にやけず。


25(挿絵)

f:id:tiiibikuro:20200828175023j:plain


26
女郎は屋根ぶねで。おくり迎ひを
すれば。なんぞたこの出来よふ。筈は
なし。みなこれ引(ひいき)の。ひきだをしと
やらの。云ふ事なり。思へばおもふほど。
お臍が茶をわかすも。ふるく。唐人(とうじん)
料理を出しそふなり。誠に薄情と
おもふ印には。よいだちの客に。蚊屋を

釣らずして。帰さん事をはかり。
年丈る新造に、なじみの客の
すくなきも。鉄漿(かね)付けをくらわんと。
遠き。おもんはかり有者は。なじます
しかし。極月(ごくげつ)などは。白歯の玉を
請取つて帰り。あいつよつほど。面も
よく。仕内もあじだから。松の内


27
そふおふにして。やろふか。歯を染るに
間もあるまいから。少しこいつが。もん
じひだ。などおもひ。正月行きて見
れば。思案のほかの。年増なり。是は
正月よくつくよふに。押つめて鉄漿
を落とすとやら。其客の仕合(しやわせ)とも。幸い
とも云ふべし。貴君にも御存は。有

まいが。女郎の相言葉に。そこを入る
の横を切るの見て貰ふのと。下に至ツ
ては。言葉に。のべがたく又小袖を重ねて
着しとき袖口をほそくして。段々と
下の出るよふに。仕立るもよごれし
時分。下に着たるばかり。袖口の切れる
よふにとの。案じ。かの黒きはんえりを


28
掛るも。きし島つむき嶋の類(るい)へ。油と
おしろいが。しつかり半分に付イて
見ぐるしき時。黒じゆす黒ぬめの
たぐひを掛て是をまぎらす。その
襟はゞを広く真(しん)をかたく。抜き
えもんにして町医の供の。合羽に
ひとしく此わるごすひヲ知らざる。

おやしき方(がた)の。鬢(びn)を。ひくにの。笠の
よふに結ふた。女中衆が。日本の
哂落と。こゝろへ。金らんどんす。
結構なるものへ。わづか壱匁五卜ぐらひ
の。はんえりを掛さすももつたひ無き
事なるべし。誠にたつとき物は。金銀
より外はなき事。大打わらんべ


29
はくせつこうに。年を経(ふ)る。極老(こくろう)も
知る所なり。然るに其たつとき。一つを
もつて。こしらへたる銀きせるを見
通しへ。横たへて行けば。何所の馬の。
おがらの足やら。牛のくそやら。知れぬ
身をもつて。大せつな客人の。きせる
にて呑むのみならず。おのれ/\が通

くつ咄しに。身を入れ。大わらひだねへ。
わつちはいつそ。じれつてへ。どうせうのと。
前髪のふけは。四方(よも)にさんらんして。
とがもなき・喜世流(きせる)を。唐(から)かねの。
火鉢の。いびつになるほど。たゝくも。人
情しらずとやらは。此事なるべし。是を
又見て居る客人は。其つらき事。


30
十四経はおろか。金玉の毛の先迄が。
しびれる程なれど。しわきを思れんも
口おしく。今度はみづから。きせる
を取り。がん首のもぎれる程。火鉢て
たゝくも。やせがまんと。云ふ物なり。
くらべる程には。なけれども。吉原にては。
尻こけ帯をきらひ。遠くから見

ても。前帯の。むすび玉にて。腮(あご)の半分
隠るゝを。たいがい人の悦ぶ所。世話に
云ふにも。上(あが)りたるは上界(しょうかい)。下がり
たるは下界。然るを後世おかしな
字を書くは。あやまりなり。又かんざし
の数は。一朝一夕に。かぞへがたくして。
落つるもいとわず。とつ先をさして。


31
天人(てんにん)の案山子とも。こやふべし。
第一岡場所に育つときは。瘡(かさ)と
云ふ。引き負いをするともがら。眼前に
あまた有中には鼻は落ても。穂
はつまずと。口(くち)利口には云廻せど。是
らは。引かれものの。新内ぶしなり。
北国(ほっこく)などにはさしかけさせる。傘斗

はなに。えん有かさはあれど。俄の時の
花笠にて。あらましは先づ。かくの
とをり。御家来お茶を一つくりやれ
「貴橋」しばらく。かん
    がへて居たりしが たん/\ごきようくんの
趣きを。つぶさに承知と申たひが。深川を
つぶしたる。お言葉のはし。何とも
聞にくし。髪の風(ふう)を。唐女(とうじよ)との


32
ごふしんも。其いわれ。なきにしもあらず。
誠に日本の。蜃気楼と。云べきは。
武州かつしか郡(こをり)。深川の地なり。入くち
には。蛤丁をうけて。吹たる楼は。見通し
をたとへ。其意味をもつて。天神結び
も。唐女とのおうたがひは。御尤なり。
又たつとき物は。金銀より外は。

なきとは。云ずと。知れし事なれ
ども。遊里に遣ひ捨てるは。今初まえいし
ことならず。湯しまの天幸(てんこう)とが。
なんとか。かとか云ふ。唐人とやらが
書きし。つれ/\゛草に。色このまざ
る。おのこは。玉のさかづきに。そこ無きgゔぁ
如しをさとり。あつく成て。来る


33
客は。猫舌の女郎も。喰とめ。馬
づらの呼出しも。くらがへをせず。
羽折芸者は。羽おりを略し。世
の中の事は。万事胡慮子(ひようたん)で。膾を
あへる如く。人間十事九つ。類是(これにるいすと)。禅
語とやらにも。見へたれば。吉原斗。
名里(めいり)と思ふも。あまり誉たる事

にあらず。永代寺の山びらきは。傾
城の庭籠(にわこ)。八月の祭礼より。吉原の
俄もはじまり。桟敷を見る。さんば
そう下駄は。何万と其数をしらず。
すでに今。流行する所の。風ぞく
言葉は深川よりおこつて。北におはる。
大通(たいつう)といふ事は。三十三間堂


34
通し矢より初り。不通と云ふも。
とおらざるを以て。是におなじ。羽
織のたけも。近き頃までは。短きを
このみしが。金なき里の。こうもり羽
折と云ふ事。里の文字よし原に。
かざると。俳諧のおきてを引て。深
川客長きを仕出し。古手(ふるて)がへしの根

元は。年増もしん子の。にうはをうばひ。
新子はとしまの。悪じやれを似(まね)。何れ
新古の。こんざつするによつて。置屋
の亭主。是を染出し。又本田と
云ふ髪ふうは。よほどになれども。
近頃はやる。利久まげは。坊主の
髪を。結たるをきかず。人を茶に


35
すると。云ふ事も。此利久より。初る
なり。やの字結びは。やぐら下。裏
もよふは裏やぐら。八つかけの裾つぎ
は。すそつぎ。昼夜おびは。昼夜仕
まひより。思ひ付き。こしつけに云はゞ。
かくのとをり。細(くわ)しきに。至つては。
塩屋なれば。これ略す。およそ天地の

間に。生(しょう)ある物は。一つとして。其徳の
なきは無き中に。人間程せひもなき
物はなし。寒くなれば芝居。あつく
なれば。船に出たく。芸者は無ぞうさ。
野郎はいちやつかず。地ごくはおじき
なし。極らくはえりどりけころは
瘡(かさ)請合。馬みちの。いきはき。吉原の


36
うづたかさ。何れ其道に入ッては。
面白からぬ所はなし。中にも深
川は。岡場所とは云なから。吉原
にも。おとらぬ地なり。祖来(すらい)程の大
通も。成べしと云ふ本に。深川と
雷(かみ)は。それなりに。さし置るべく候と。
書たれば。青楼ばかりに。かわらず

へんくわ。靏市(つるいち)が身振の如くにして。
まだ申上たひ事は。中洲の挑灯
ほどなれど。夜(よ)もふけたれば是迄
なりぞに何事も一晩の夢 南無
三宝なむさんぼを。引かぶり。もふ
一すいいたそふ。