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古今名婦伝 中万字の玉菊

 

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古今名婦伝  楳()素亭 玄魚記

中万字の玉菊
亨保の頃新吉原中万字屋(なかまんじや)の遊女玉菊は
さはかりの美女にもあらねど其素性(さが)よきうまれ
にして諸人に愛せらるゝ事廓中に比ぶものなし
其頃拳相撲(けんすまう)といふこともつぱら
流行せしが玉菊その上手
のきこえありて黒天鵞絨(くろびろうど)にて
拳まはしを作り金糸をもて
紋を縫はせ拳相撲に用ひし
とかや亨保十一年三月廿九日死す
年廿五才浅草光感寺(くわうかんじ)に葬る
此年の新盆(にいぼん)より玉菊追善の
軒燈篭(のきとうろう)を始む又竹婦人(ちくふじん)(俳人 乾什)が追善の
浄瑠璃は三回忌の手向(たむけ)なり玉菊も河東の三絃(さみせん)を
よくひきしゆえ十寸見(ますみ)蘭洲(らんしう)催ふして水調子を
綴(とぢ)ものにはなしぬたれやらの句に
 燈籠になき
  玉きくのくる夜かな


中万字の玉菊
亨保の頃、新吉原中万字屋の遊女玉菊は然許り(さばかり)の美女にもあらねど、
その素性(さが)よき生れにして、諸人に愛せらるる事、廓中に比ぶ者なし。
その頃、拳相撲という事専ら流行せしが、玉菊その上手の聞こえありて、
黒天鵞絨にて拳まわしを作り、金糸を以て紋を縫わせ、拳相撲に用いしとかや。
亨保十一年三月二十九日死す。年二十五才。浅草光感寺に葬る。
この年の新盆より、玉菊追善の軒燈篭を始む。また竹婦人(俳人の乾什)が追善の浄瑠璃は、三回忌の手向けなり。玉菊も河東の三味線をよく弾きしゆえ、十寸見(ますみ)蘭洲(らんしゅう)催して水調子を綴じ物には成しぬ。誰やらの句に、
 燈籠に亡き玉菊の来る夜かな

 

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