仮想空間

趣味の変体仮名

国性爺合戦 初段

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
      浄瑠璃本データベース イ14-00002-299


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国性爺合戦 第四回目 竹本播磨少掾七回忌追善

大序    竹本大隅掾 大西藤蔵

初段  中 竹本紋太夫 鶴沢義助
    次 竹本土佐太夫 竹沢弥七
    切 竹本千賀太夫 大西藤蔵

二段目 口 竹本錦太夫 竹沢両助
    切 竹本政太夫 野沢喜八郎

三段目 口 竹本長門太夫 鶴沢義助
    切 竹本政太夫 大西藤蔵

四段目 口 竹本左馬太夫 鶴沢義助
    道行 竹本長門太夫
    ツレ 竹本紋太夫  野沢喜八郎

九仙山 竹本大隅
  ツレ竹本千賀太夫 野沢喜八郎

五段目 竹本政太夫 竹沢弥七
    竹本土佐太夫 竹沢両助


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貫延三年七月十六日
追善 竹本播磨掾第七回忌 浄瑠璃役割

初段 大序 竹本大隅掾 
    中 竹本紋太夫
    次 竹本土佐太夫
    切 竹本千賀太夫

二段  口 竹本錦太夫
    切 竹本政太夫 竹本錦太夫

三段  口 竹本長門太夫
    切 竹本政太夫

四段  口 竹本左馬太夫
   道行 竹本長門太夫
   ツレ 竹本政太夫

  九仙山 竹本大隅
   ワキ 竹本千賀太夫

五段  口 竹本政太夫
    切 竹本土佐太夫


  国性爺合戦  作者 近松門左衛門
花とび蝶おとろけ共人うれへず。すいでん
うんろう別に春を置 けうじつよそほひ
なす千騎の女 こうしんすいたい色をまじへ 土
もらんじやの梅が香や もゝも桜もとこしへに
花を見せたる南京の 時代ぞさかり さ
かんなる 抑大明十七代しそうれつくはうていと


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申奉るは くはうそうくはうてい第二の皇子代々の
ゆづりの糸筋も たへず見だれぬ青柳と なび
きしたがふ四方の国 宝をつんで貢物 歌舞
ゆうえんに長し給ひ 玉ろう金でんの中には三夫
人 九嬪(きうひん)廿七人の世婦(せいふ)八十一人の女御有 凡三千
のようしよくかんばせをよろこばしめ ぐんしんしよ
こう媚をもとめ珎物(ちんぶつ)きくはんのさゝげ物 二月中旬

にふりを けんずる栄華也 爰に三千第一の御てう
あひくはせい夫人 こぞの秋よりくあいにん有て此月
御座のあたり月 君のえいかん臣下の悦び せいしゆ
四十に及び給へ共世継の太子ましまさず かねて
天地の御いのり此度にしるし有 王子さんじやう
疑ひなしとうぶやにめいしゆびぎよくをつらね うぶ
きにえつらしよくきんをたち御産今やと用意有


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中にも大司馬将軍呉三桂(ごさんけい)が妻柳歌君(りうかくん) 此ごろ
うい子を平産し殊に男子の乳(ち)なれば迚 御乳付の
役人其外めのと侍女阿監(あかん) 役々の官女つきそひて
たな心の上のさんごの玉とぞ嘉悦ける 時にそう
てい十七年中呂(りよ)上旬 韃靼国のあるじ順治大王
より使を以て 虎の皮豹の皮 なんかいの火浣布(くわんふ)
刺支(しし)国の馬肝石(ばかんせき) 其外辺国嶋々のあから庭(てい)上に

ならべさせ 使者梅勒(ばいろく)王つゝしんで たつたん国と大明
国いにしへより威をはげみ 国をあらそひ軍兵をうごかし
ほこ先をまじへ たがひに仇をむすず事 且はりんこくの
よしみにたがひ且は民の煩ひたり 我たつたんは大国に
て七珎(しつちん)万変くらからずと申せ共 女の形余国におと
つて候 此大明の帝には華清夫人とてかくれなき
美人おはする由 我大王恋こがれふかく所望に候へば


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此方へ送り給はつて大王の后とあふぎ 大明たつたん
向後(きやうかう)親子の因みをなし ながく和睦いたさんとかたの
ごとくの御調(みつぎ)物 数ならね共鎮護大将ばいろくわう
后御むかひのためさんてうとこそ奏しけれ 帝を
始けいしやううんかく 今にはじめぬたつたんの難題
をは諍乱(しやうらん)の基(もとい)ぞと しんきんやすからざる所に 第一
の臣下右将軍李蹈天(りたうてん)すゝみ出 今迄は国の恥辱

をつゝしみかくし置候 去(さんぬる)辛の巳の年ほくきん五穀
みのらず 万民きかつに及びし刻(きさみ) 其ひそかにたつたん
を頼み 米粟(べいぞく)数百万石の合力(かうりよく)を請国民をすくひ
候き 返報に何事にても たつたんの望一度は必
かなへんとかたくけいやく仕る 君今四海をたもちたみを
治め給ふも 一たびたつたんの情によつて也おんをしらぬは
鬼畜におなじ御名残はさる事なれ共 とく/\后を


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おくられしかるべしとぞ奏聞す 大司馬将軍ごさんけい
たいろうでんにてとつくと聞 御階(みはし)おばしまふみちらし
りとう天がいひざもとにどうと座し 不便(ふびん)や御辺はいつ
のまに畜生の奴(やつと)とは成たるぞ 忝も大明国は三
皇五帝れいがくをおこし 孔孟おしへをされ給ひ五常
五りんの道今にさかん也 天ぢくには仏因果をといて
だんあくしゆぜんの道有 日本には正直ちうぢやうの

神明の道有 たつたん国には道もなく法もなく 飽迄に
くらひ暖かに着て たけき者は上に立よはき者は下
に付 善人悪人智者ぐしやのわかちもなく ちくるい
同前のほくてき俗よんでちく生国といふ いかに御辺
がたのむ迚数百万国の米穀を合力して 此国を
すくひしとはいぶかし/\ 民つかれ餓に及ぶは何ゆへぞ 上に
よしなき奢をすゝめ宴楽に宝をついやし 民百姓


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をせめはたり おのれが栄華を事とする其ついへを
やめたれば 五年や十年をやしなふに事をかゝぬ大国
の徳 えいりよもはからず公卿(くきやう)詮議にも及ず くはいにん
の后をかろ/\゛しく えびすの手へ渡さんといふしんてい
いさゝか心えす けいやくは御辺との相たい 上にしろしめさぬこと
ちく生国のみつぎ物 内裏のけがれ取て捨よ官人
共と ほくてきを事共せす国の威光を見せたるは

管仲が九たびしよこうの会もかくやらん たつたんの使
ばいろく王大きにいかつて ヤア/\大国小国はともあれ 合
力を得て民をやしなひし恩もしらすけいやくをへんずるは
此大明こそ道もなき法もなき手にたらぬちく生国
軍兵を以て押よせ帝も后もくるめ 我大わうの
履持(くちもち)にする目をかぞへて待べしと 席をけたて立
帰るりとう天引とゝめ しばらく/\ いきどをり尤しごく


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せり 其先年貴国のかうりよくを受て 一粒も身の
為にせず 国をたすけしは忠臣の道成に 今又約を
変じ兵乱を招き 君をくるして民をなやまし剰
恩をしらぬちく生国といはせんは御代の恥国の恥
此度臣が身をすて君をやすんじ国の恥をきよむる
忠臣のしわざ 是見給へと小劔さか手にぬき持
ゆん手の眼にぐつとつき立 まぶたをかけてくるり/\

くり出し あけに成たる睛(めのたま)ひつつかんでなふ御使者 両
眼は一身の日月左の眼(まなこ)は陽に属して日りんなり
片目なければかたは者 一眼をくつてたつたん王に奉る
国の恩を報ずる道をおもんじ義をまもる 大明の帝
の忠臣のふるまひ是候と 笏にすへてさし出せば 梅
ろく王押いたゞき アゝあつはれ忠節や候 只今ござんけい
のいひ分にては いや共両国権をあらそひ 合戦に


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及ぶ所 天下の為に身をすてゝ事を治め給ふこと神
妙/\ 忠臣共賢臣共申にもあまり有后をむかへ
取たるも同前 我大王のえいかん使に立たうる其も
めんぼく是に過べからず早おいとまとぞ奏しける えい
りよ殊にうるはしく りとう天か眼をくりしは伍子胥(こししよ)
が余風 ござんけいが遠きおもんはかりははんれいが趣
あり 両臣まつりごとを糺(たゝす)我国は千代万代もかはるまじ

だつたんの使は早本国に返すべしとえんらくでんに入
給ふ げに佞臣と忠臣のおもては似たるまぎれ者
めきゝをしらぬ南京の君が 栄華ぞ「ためし
なき爰に帝の 御妹 せんだんくはう女と申せしは まだ御
年も十六夜(いざよひ)の 月の都の宮人のたねや此世にふる
露の 国をのべたる御かたち くはんぜんの道ふみの道
文字もはたらく口ずさみ 日本で歌といふげなか男


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女をやはらぐとや 爰にも恋の中立はかはらぬものと
詩をぎんじ 年よりひねし御心兄帝のおごりのさま
色にふけり酒えんにほこり 朝まつりごろし給はぬ
御いけんのたねにもと 行儀たゞしき御身持ときの
女官召よせて うき世咄もさゝやきの みゝは恋する
目はにらむ 心がきやらの炊(たき)さしの 思ひうづみてあか
さるゝ 長生殿の方より出御成とよばゝつて 廿か

きりの后達二百人 梅と桜の造り枝百人づゝかた
わけてふりかたげ 左右に召ぐし入給ひ なふ妹君 我
万葉の位につき 臣下多き其中に うぐんしやう
りとう天はついに朕がめいにそむかず 明くれ心をな
ぐさむる第一の忠臣 御身に心をかくると聞 さいわひ
ちんが妹むこにせんと思へ共 御身更に承引なくけふ迄は
打過たり しかるに此度たつたん国よりむたいのなんぎを


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いひかけ すでに合戦に及び国の乱と成べき所
ごさんけいなどが忠臣がほ口先の道理は誰もいふ
事 りとう天がひだりの眼をくつてなだめしゆへ 使も
伏して帰つたり 国の為君の為身を捨ててかたはと成 末だい
ぶさうの忠臣賞せずんば有べからず ぜひに朕が妹
むこ北京(ほくきん)の都をゆづらんと約せしが 御身承引有
ましと此花軍をもよほせり けんぢよ立してすん/\と

すけなき御身が心を表し 梅花を味方に参らする
朕が味方はさくら花女官共にたゝかはせ 桜がちつて
梅がかたば御身の心に任すべし 桜が勝て梅花が
ちらば御身まけに極つて りとう天が妻となす
天道次第えんしだい 勝も負くるもふうりうぢんかれ
やかゝれとせんじ有 下知にしたがふ梅桜左右にわか
つてそなへける ちよくぢやうなれば姫みやもよし力なし


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去ながら 心にそまぬ妻さだめさうなう引べき
様はなし 花も我身もさきかけて 当今の妹せん
だんくはう女縁のわけめのはれいくさ 大将ぐんは我
なりと名のりもあへぬかざしのむめ たが袖ふれし梢
にはむけいる鶯のつばさにかけちらす 羽おとも
かくやと梅が香も ふん/\と打みだれ受つながしつ
たゝかふたり 姫君下知しての給はく 柳うづまく木かげ

にはかぜ有としるべしよはき枝にはつぼみおもたせ つ
よきに花をひらかせよ うつろふえだを?(ずはへ)にかへて
たがひに力を合すべしと 花になれたる下知によつて
おめいてかゝれば花をふんで 同じくおしむ色も有
たゞ一もんじにかうべにさせば二月の雪とちるも
有 落花らうぜき入みだれいくさは花をぞ「ちらし
ける かねて帝の仰によつて 心を合せし女官たち


14
むめ方わざと打まけて 枝も花も折みだされ
むら/\ばつと引ければ 勝色見せて桜ばなサア
姫みやとりとう天 御えん組は極つたりとあまたの
女官同音に 勝時あぐるびんがの声きう中ひゞき
わたりしは 千羽うぐひすもゝちどりさへづり「かはすごとく也
司馬将軍ごさんけいよろひかぶとさはやかに出立て
えんげつのほこえしやくもなくふり廻し 梅も桜も

さん/\になぎちらし御前に畏 たゞ今玉座の辺に
合戦有とて時の声殿中にひゞき きう中以の
外のさはぎによつて 物のぐかため馳さんじ候へば扨
馬鹿らしや 御妹せんだん女とりとう天がえん定め
の花軍(いくさ)とは 天地ひらけて此かたかゝるたわけた例(ためし)を
聞ず 君しろしめされずや一家仁あれば一石仁をお
こし 一人貪戻(たんれい)なれば一国乱をおこすといへり 上のこ


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のむ所にしたかふは民のならひ 此事を聞および
山がつ土民のよめ取むこどり 爰にても花いくさ
かしこにても花軍 けんくはとうしやうのはしと成花は
ちつて打物わざ 誠の軍おこらん事かゞみにかけて見る
ごとし たゞ今もぎやく臣おこりきう中にせめ入 おめき
さけぶ時の声は聞ゆる共 すはれいの花いくさとはせ
まいるせいもなく 玉体をやみ/\とぎやく臣のやいばに

かけん事 もmつたいなし共浅まし共 くやむにかひの有べきか
其逆臣ねいじんとはりとう天がごと 君は忘れ給ひしか
御じやく年の時 ていしりうと申者佞臣をしりぞけ給へ
と いさめ申をげにりん有ていしりうは追放たれ 今老一
官と名をかへ日本ひぜんの国 ひらどとかやにすまい致
と承る ていしりうがつたへ聞 日本迄大明国の御恥辱
ならずや 先年大明きゝんの時 りとう天がじやちを以て


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諸国の御蔵の米をぬすみ 君にあはれみなきゆへに
おのれたつたんのかうりよくを受 民をすくふといひなし
国中にちらしあたへ 万民をなつけむほんの臍(ほぞ)をかためし
と しろしめされむおろかさよ かれが左の眼をくりしは
是ぞたつたん一味の相図 御らん候へなんでんの額 大明とは
大きに明ら也といふ字訓にて 月日をならべ書たるもんじ
此大明は南やう国にして日の国也 たつたんは北いん国にして

月の国 やうにぞくして日にたとへし左の眼をくつたるは
此大明の日の国をたつたんの手にいれん一味の印 使もさ
とく其理を悟り悦んで立帰る せきあくかんきよくの佞
臣はやく五けいのつみにしづめずんば せいじん出世の此国
忽ちもうこのいきにおち 尾をふりかはをふらぬ斗ちくるいの
やつこと成 天地のいかりそうべうの神たゝりをなし 其つみ帝の
一身に帰せんことこぶしを以て 大地を打にはづるゝ共 こさんけいが


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此詞はたがふまじ うらめしのえいりよやとないつ いかつゝ理を
つくし詞をつくして奏しける 帝大きにけきりん有物
しりかほ成文字のかうしやく 理を付ていふならば白雪
かへつてくろし共いふ義色 皆りとう天をそねみの詞 事
もなきにかつちうをたいし朕にちかよる汝こそ 逆臣よと
立かゝつて御足(みあし)にかけ ごさんけいがまつかうをふみ付給へば
ふしぎやな 御殿しきりにめいどうしてちよく筆(ひつ)のかくゆるぎ

出 大の字の金刀点(きんとうてん) 明の字の日片(にちへん)みぢんにくだけちつ
たるは天のつげかとおそろしし ごさんけい猶身をおしまず
エゝなさけなや 御眼もくらみしか御耳もしいたるか 大の字
の形は一人と書たるひつくはゝ 一人とは天子帝の御こと 其
一人の一てんとれば帝の御身は半身 明の字にへんなければ
日の光なき国はとこやみ 忝もあの額は御せんぞ大祖
かうくはうてい 御子孫はんじやう御代万ぜいとしんかんをそめ


18
給ふ そうべうの神の御いかりおそろしと思召 道をたゞし非を
改め御代をたもちましまさば 君になげうつこざんけいが一命
ふみころされけころされてもいとはゞこそ 土共なれ灰共なれ
忠臣の道はたがへじと 御衣にすがり大声上涙を ながしいさめしは
代々の 鏡と聞えける かゝる所に四方八面にんばの音 かい
かねならしたいこを打 時の声地をうごかし天もかたふく斗也
思ひまうけしごさんけい高どのにかけあがり 見渡せばやまも

里もたつたんぜいはたをなびかしゆみてつほう 内裏を取
まきせめよせしはうほのみちくるごとく也 よせての大将ばい
ろく王てい上に乗入大音上 そも/\我国の主(あるじ)順治
大王 此国の后くはせいぶにんにれんぼとははかりこと くはい人
の后を召取大将の帝のたねをたやさん為 りとう天が
眼をくつて一味の印を見せたるゆへ 時をうつさず押よせたり
とても叶はぬごさんけい 帝も后もからめ取て味方にくだり


19(裏)


20
だつたん国の臺所につくばい かし水でもすゝつて命をつげ
とぞよばゝりけり ヤア事おかし 百八十年草木もゆるがぬ
みんてうを せめやぶらんなんどゝは大海によこたはる 鯨を蟻の
ねらふにことならず あれ追はらへ/\とかけ廻つて下知すれ共
我手ぜい百騎斗のかち武者ならで 公家にも武家
も誰有て おり合ふ味方のあらさればこぶしをにぎつて立
たる所に 女房柳歌君水子を肌にいだきながら 后の御手を引立

なふ口おしや御運の末 くぎやう大臣を始さう人下らう
に至る迄 りとう天に一味して御味方は我々斗 無念至極
とはがみをなす アゝくやむな/\いふて益なし 但后のたい
なひに帝のたねをやどし給へば大事の御身 一方を切ぬけ
て君諸共に 我お供べし其子も爰にすて置 おことは
一先御妹をかいはうし かいどうのみなとをさしておちよ/\といひ
ければ 心えたりとかひ/\敷せんだんくはう女の御手を引 金川(きんせん)


21
もんのほそ道を二人忍びて落給ふ いで是からは大手の
敵を一当てあてゝ追ちらし やす/\おとし奉らん御座をさらせ
給ふなと いひ捨ててかけ出みんてう第一の臣下 大しば将軍
ごさんけいと名のりかけ 百騎にたらぬ手ぜいにて 数百万
騎のもうこの軍兵わりたて おん廻し無二無三に切いれば
たつたんぜいもあまさじと てつぽう石火矢すきまなく し
ぎよくをとばせて「こゝかひける其隙に りとう天

弟りかいほう 玉体近く乱れ入帝の御手を両方より
しつかと取 后夢共わきまへず 天ばつしらずの大あくにん
御恩もめうがも忘れしかと すがり給へば ヲゝおのれとても
たすけぬと 取てつきのけこほりのりけんを御胸にさし
あつる 君はいかれるりやうがんに御涙をかけながら げに
やいばのさびは刃より出てやいばをくさらし ひの木山の火は
檜より出てひの木をやく あたの情も我身より出る


22
とは 今こそ思ひしられたれ ていりうごさんけいがい
さめを用ひず おのれらがへつらいにたぶらかされ くにを
失ひ身をうしなひ末代に名をながす 口にあまき食
物は腹中に入て 害をなすとしらざりし我おろかさよ
汝らもしるごとくぶにんが胎内に 十月にあたる我子
有たんじやうの程有まし 月日の光を見せよかし せめて
の情と斗似て御涙ぞくれ給ふ アゝならぬ/\ 大事の眼を

くり出したは何のため 忠節でも義理でもない 君に心
をゆるさせたつたんと一味せん為 睛(めだま) 一つが知行に成 君の
首が国に成と取て引よせ 御くびを水もたまらず打落し
サア りかいはう此首はだつたん王へおくるべし 汝は后をからめ来れ
といひすてゝよせ手のぢんへぞかけ入ける しば将軍ご
さんけい敵あまた討取 なんなく一方切ひらき君をおpとし
奉らんと 立帰ればなむ三宝 御首もなき尊骸あけに成


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て臥給ひ 李海方后をからめ引立り ヤアうまひ所へ出
合ふたな 我君のとふらひ軍斎(とき)にこそはづれたれ 非時(ひじ)
をくはふと飛かゝりりかいはうがまつかう 二つにさつと切わつ
て后のいましめ切ほどき 涙ながらそんがいをおしなをせば
代々につたはる御国ゆづり御そくいの印のいんじゆ御はだに
にかけられたり エゝ有がたし是さへあれば 御さんじやうの若
みや御位(くらい)心やすしと よろひの肌に押入一先后を御供

せうか 先御からだをかくそうかと なんぎは二つ身は一つ打くだ
かんと敵のせい 一どにどつと乱れ入さしつたりと切はらひ
こみいればなぐりたて打ふせなぎふせまくり立 はしり
帰つて今は是迄事急也 御しはいはともかくも一大事は
御世継と 后の手を引立出れば此頃生れし我水子
ちぶさをしたひわつと泣 エゝじやまらしい去ながら おのれも
我が世継ぞと引よせてほこの柄に しつかとゆひ付 こりや


24
父が討死するならばせいじんして若みやに 忠臣のねつぎ
となれ 我らが家の木まぶりとふりかたげてぞ「落人
を切とゞめんと 敵の兵したひよればふみとまり 切捨て
打捨引しほのかいどうのみなとに着きにけり 是よりたい
すふへ渡らんと 見れ共折ふし舟一そうも なぎさにそふて
立たる所に 四方の山と森のかげ 打かくるてつほうはよこ
ぎる 雨のごとく也 ごさんけいはさねよきよろひ飛くる玉を

うけとめ/\ 后をおほひかこへ共運の極めや胸いたに
はつしと当り玉の緒もきれてあへなく成給ふ ご
さんけいもはつと斗ぜんごにくれて立たりしが 御母后は
ぜひもなし十善の御子たねを 胎内にてやみ/\とあは
となさんもいひかひなしと 劔ぬき持て后のはだへおし
くつろげ わきばらに押当十もんじにさきやぶれば ちしほの
中のはつ声は玉の様成おのこ親王(みこ)嬉しも嬉しかなしもかなし


25
やる方涙に母后の袖引ちぎり押つゝみ いだきあげしが
まてしばし 取巻たる四方の敵しがいを見付 若みやを
かくし取たりと行末迄さがされては みやをそだてん様もなし
ととつくと思案し 我子引よせいすあyをはぎ みやに打かけ
まいらせけん取なをし 水子のむな先指し通し/\ 后の
腹に押入あるはれおのれはくはほう者 よい時生れ合せ
て十善天子の御身がはり でかしおつた出かいたしやばの

親に心残すな 親も心はのこらぬぞといへ共残る浮
なごり よろひの袖に若みやを つゝむ涙にむせ返りわか
れ「ゆくこそあはれなれ かくとはしらず りうかくせん
だん女をいざなひ みなと口迄落のびしがぜんごにかたき
みち/\たり サア是迄ぞのがるゝたけと しげるあしまをかき
わけて 身を忍びてぞかくれいる りとう天が侍大将
あんたいじん 手ぜい引ぐしどつとかけよせ 今のてつほうたしかに


26
后かごさんけいにあたつたとおぼへしと あたりを見廻しこ
りや見よ 后をしとめたはハア腹を切さき くはいにんの王子
迄ころした 忠節立するごさんけい 主君をすて名を捨
ても命おしいか きやつは人前すたつた 此上はかれが妻の柳(りう)
歌君(かくん) せんだん女を尋る斗まなこをくばれ高名せよと
四方にわかれはしり行 中にもがうだつといふがむしや者
いでせんだん女を召取一人の手がらにせんと よろひの上にみの打

かけ あまの小舟にさほさして入江/\をこぎ廻り 此あしのかげが
きづかひなと押分くるかいのさき 柳歌君しつかと取力にまかせ
はねかへせば 舟ばたをふみはづしうつむけにかつはとしづみ うき
あがらんとする所をかいもおれよとたゝみかけ うてばしづみうかめば
打 いきもつがせずすつほんの どろをおよぐがごとくにてみな
そこくゞり落うせけり エゝ無用のぬけがけ殊に舟迄仰付
られた 渡りに舟とは此事と 船中にかくし置たる劔(けん)取て


27
よこたへ せんだん女をのせ参らせ我ものらんとせし所に い
づくよりはいあがりけんがうだつよろひもぬれしづく ほこひつ
さげて廿騎斗あますまじと追回る ハアいそがしや御らん候へ
敵手ひどく追かくればしばしふせぐ其間 ふなぞこに
かくれましませと ひろひし剣と腰の剣二とうにふつて
待かけたり がうだつ程なくかけ付につくい女め かいでぶつたへん
ほうと ながえのほこ追取のべてつゝかくる ヲゝそつちから当がふた

此劔こつちからもへんほうと 切て廻れば廿余人女ひとりに切
立られ くがにまどへるあしべのかもめ一羽もたゝず討たるも有 いた手
を受てにぐるも有りうかんくんもがうだつも すか所のふか手あけ
に成一村あしを押分け/\ 追入追込たがひのまなこに血は入たり 前
後もわかぬめくら打きしの岩角切先に らいくはうせきくはの
命をかぎりあやうかりける「有様也 かうだつほこも切おられ い
ざりにつてむんずと組柳歌君が持たる劔 もぎとらん/\とねぢ


28
合ふ足をふみためず のけさまにかつはとふすすぐに乗てのつ
かゝり 指し通し/\首ぐつゝとかき切て につこと笑ひし心の内うれし
さたぐひなかりけり なふ/\姫みや様お身にはけがもなかつ
たか 舟は其まゝにそこにかと よろぼひよつて此ていでは船中
のお供はならぬ 又かたきがよせくればもうどふもかなはぬ
うしほにまかせいづく迄もおち給へ おきへ舟の出るまえでゃ
此女がくがにひかへた 敵何万騎よせたり共いのちかぎり

うでかぎり さりながら主従二度のたいめんは御えんと
命斗ぞや ずいぶん御ぶじで/\ なむしよ天しよぶつ
別して八大りうじん ばんぜうの君の姫みやの御舟
をしゆごし給へと ふなばり取ておし出せば おりしも引
しほのなごりを何とせんだんによ 涙しほるゝしほかぜに
りうじんなうじゆのおきつかぜ おきをはるかにながれ
ゆくあら心やすやうれしや よし此うへはいきのびても我


29
身一つしんでも誰を友ちどり生死(しやうじ)の海は渡れ共 妻
の行衛子のゆくえ 君が行衛はおぼつか波のうき世の海
をこへかねし わたりかねしといはゞいへ 此一心のはや手舟 仁義の
ろかいぶゆうのかぢは 折てもおれぬおきつ波よせくる時の声
かとて 劔にすがつてたぢ/\/\ よろ/\よろほひよる方の
いそ山おろし松の風みだれしかみをかき上て あたりをにらんで
立たりし わかん女の手本紙筆にも うつしつたへけり