仮想空間

趣味の変体仮名

兼好法師物見車 上之巻

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
     浄瑠璃本データベース イ14-00002-273


2
  兼好法師物見車 近松門左衛門
つれ/\゛なるまゝに日くらし硯に
むかひて 心にうつり行よしなし
ごとの手ならひに 人にいふべき思ひ
ならねば神の御願(ぐはん)にことよせて 毎
日の御物まうできぶねよし田大原野
松のおひひら野梅のみやまつりすぎ
てもけふは又 後のあふひの下すだれ


3
「加茂のかはらを とゞろかす 御くるま
の五緒(いつを)はきはむる位のみならず かたじけ
なくも後宇多の院第八のひめみこ
卿の宮と申奉る しなかたちよりこゝろ
ばへげに人間のたねならぬ竹の園生
のしの竹の そのしのびねのうきふしも
色かにそめる御(み)心ゆへ 男えらみのねやの
中 すでに十九の月雪も ひとりのともと

ながめすて おこしもとよりお茶の間の あ
やしの下女にいたる迄 みめは次でも男なく
小いたづらなをえりたてゝ 作文和歌管弦
の道好有にいきかたの 手なんどつたなからず
はしりがき こえおかしくてひやうしとり
いたましうする物から 下戸ならぬこそ
をなごはよけれ みめあれのもりに酒えん
のまくせみの小川にくれかけて ほたる


4
ひろふて涼風に挑灯なしの還御(くはんぎよ)ぞや 誰が有北
面達近ふ集つて 名所/\の風景を 御物語申
されよと御車をこそ立られけれ こゝに大職冠(たいしょくはん)
十九代 卜部(うらべ)の兼顕(かねあき)が三男吉田の兼よし 其時
は左兵衛ノ佐(すけ)にて候しが 出しぎぬの妻近々とすゝみ
出ければ すだれをしやり姫宮もしぢにこぼれ
おり給ひ 折ふしのうつりかはれば名どころの 野山の色
も立かはる をしてたもと諸共にかたりつ「とはせ給ひけり

  四季の段
先御くるまのうしとらや むかし男の此山を
はたちかさねてするがなる ふじにたとへしひえい
山みやこのふじ共 又は天だい四めいがほら 我立そま
とも申なり ひときは心も うきたつは ひらやよかは
のはるのころ 花もやう/\けしきだつ花見のつかひ
はや馬に くらまの山のうづざくら しづ原山の やま
がつも何を思ひに八瀬をはら 恋をせれふのさと


5
人が たきゞに わらひさねかづら 草は山ぶき藤かきつばた
つゝじ 卯の花 ゆひそへて つゞら/\おりをばえい /\さつさ
えいさつさ えいころ/\/\ 小石ながるゝきぶね川かはせの
やなぎ又おかし 市原二のせはたえだやかやりふすぶる
しづ屋の軒を ほと/\たゝくくいなの鳥 六月ばらへ
又おかし みたらし川にざんざらめくは せみのしぐれか松風
か 松風の をとでないよのさゞれにあゆかの のぼりの
ぼるやたかの川 西にきよたきなるたき山しよく子の

君のうき名立 ていかかづらのはひかゝるのきばの 松は五
えうもよしをぐらの 山のもとずゝき いつほに出てみだれ
みだれあふひののゝ宮や うづまさとなせたかお山ならびの
をかに「かりなきてはぎの下ばも色づきて わさ田かりほ
すなんどこそ のわけのあしたおかしけれ おむろほうりん
さがの御寺まはらば まはれ水ぐるまのわの りんせん石のかは
なみかはやなぎは 水にもまるゝ しだりやなぎは風にもまるゝ
ふくらすゞめは竹にもまるゝ都のうしは くる/\くるまに ちや


6
うすはひき木にもまるゝうちに つゞきのみむろ山 かの
十でうの名所迄申せばげんじ物がたり まくらざうしに
にたれ共おなじことまたいはしみづ いはねばはらもふ
くるゝわざ御所より見ゆる山々も 御くるまより御
らんじて所かはれば人心 かはらぬ山もめづらしくはじめ
て見たるごとくなるつきせぬけしきに候と そでかき合せ
かたりければ御ともの女ばうたち 名所のけいよりかね
よしが ことばの色にきをうつしかほを 見とれて立給ふ

姫宮きやうに入給ひヲゝよふいやつたかねよし 明くれ
めなれた山々も所をかへて見る時は 又あらたまつてめ
づらしい そなたも院参御ばんの時殿上で見るは常
のこと 今こゝで見るかほは又むんなりとなつかしう
かはいらしうはづかしう北面といは思はれず 本の殿
御と思はるゝ神のつかさのよし田のかねよし 此姫
宮はしんぞよし田にもまるゝ ひとつ車に打のせ
てとてものことなら一もみに もまれたいぞとひたゝ


7
れにすがり付んとし給へば 兼よしは飛しさりこ
はもつたいなき仰や候 一とせたび/\御玉づさを下
されし時 様々御いけん申上かさねて仰下されば
兼よし出家仕り深山にかくれ申さんと 申切候へば
御せういんまし/\て 思ひきるとの御せいごん 其上
今の御たはむれ兼よしにつみなくて はいしよの月
を見せ給はんとのお心か なまなかえぼし装束して
おのこのかずにつらなる故 是にてたゞ今もとどり切

遠き山家に跡をくらまし申さんと さしぞへに手
をかくればあれとめてくれこしもと共 しばし/\
との給ひて アゝはづかしい兼よし 扨はしんじついた
づらと思やるそふなきよくもない 定てさたにも聞
つらん尊氏(たかうぢ)の執権 高(かう)のむさしの守師直(もろなう)みづ
からに見ぬ恋して 妻にほしいとそうもんす あの
むくつけなやぼてんめにそもや一夜もそはれふか と
かくそなたとみづからがふうふ也とひろうせば いせいを


8
ふるう師直もさすが天下の執事也 男の有身に
さかさまなむたいをいはん様もなし 聞わけてさへた
もるなら兄みかどへも申上 せけんむきのよめりして
ね所かへてえるからは互に後のいひわけ立つ そなた
の身ではふせふなこと姫宮とあがまへて 女房に持
ながらひとつ枕にねもせぬは 作の仏に利生がない
と 思ふてたもや頼むぞと打涙ぐみ給ひける 兼よし
も手を打て かんじ入たる御心其おもむき とつく承り

及び御せうしに存じ 何とぞして師直に思ひきら
せんとしあんをめぐらし 侍従と申弁舌の母を以て
いづもの国の住人 塩冶判官隆貞が妻の美質
をかたらせて候へば うつり気のおごり者かの妻に
又見ぬ恋して君の御ことははつたと忘れ候よし御
心やすく思召せ去ながら 義もわきまへぬ無道もの
えんやがつまのえんじよを某にかけと申せし間 ぼn
もう経をやはらげ こきん集十かいの和歌を引女の


9
つみをおどろかし 貞女の道のきやうくんをこま/\゛かいて
をくりしかば かの女手にもふれずさよ衣とてなげ返
す それより其兼よしめ門外へもよするなと をとづれ
ふつうに罷成 をのれがいせいをはなにあて出入させ
ずは兼よしが めいわくがると思へ共 こなたはけつtくよろこぶ
をおにゝとられしごとく也 御身の上もお心やすふ思召せ
とぞ申ける 宮はことなる御きげんにて 嬉しいことを聞
しよな 恋にきてんな兼よしやそなたの様なこひ

しりに ほれそこなふて口おしいへい人のむすめと
生れたら 人手にかける男でない玉のむすめに
生れて 姫宮にたをされた やれこしもとども
れき/\わかい身を持てあの様な恋しりをよそ
のえ者にそはせては なんと口がきかれふぞあつたら
物をとの給へば おゆるしが出た日ごろの思ひこち
がせんじやいや我じや 三年さきからふみやつた 七年
前にいひかけた覚えがあらふとすがりつき 袖を引


10
やらつま引やらさらにしやべつはなかりけり さすがの
兼よしもてあつかひ袖打はらひ遠まはりアゝかし
ましいやかましい 是は恋の大つごもりか 七年五年の
ふるごひならばいきまはつてごされ あいぢやくのみち
其ねふかくみなもととをし 六ぢんのげうよくお
ほしといへ共たゞ此まどひぞやめがたき さいのうは
ぼんなうのぞうちやうまなんでしるは知るにあらず
可不可は一でうなりむじやうのきうに来ること

たきの水よりなをはやし すは其時に至つて老
たるおやいとしき子 君のをんつまのなさけすて
がたしとていかゞせん ばんじはみな非也いふにたらず
ねがふにたらず 文字はおなじ文字にて兼よしと
よめばぞくたい けんかうとよめは法師也かたち
とてもくろかみを そるとそらぬに僧俗ありいで
さらば兼よしが けんかうになる是見よとひたゝれ
の紐引ちぎり/\ ふはとぬいですてければ下に


11
すみ染五でうのけさ えぼしかなぐりとつたれば
かねてかしらをそりこぼし つけがみしたるかざおりや
つゝむにあまるとんせいの世をおもしろく見立たり
みやはおどろきおはしましかね/\おことが天台の
をしへをまなびそうらうに心をよせ うたのみちに
思ひをのべ無常をこゝろにかくるとは つね/\゛に聞け
れ共是はあまりにあはたゝし 我身のえんのかたづく
迄見とゞけてくれぬかと 衣の袖に御なみだなごり

つきせぬ御有様 かねよしこたへとおぼしくて お
もひたつきそのあさぎぬあさくのみ そめてや
むへき袖の色かはと たもとふりきりはしり行月
にあこがれ露にふし ふつゝかならぬいんとんは末
の世迄も兼好(かんかう)と なくやよし田のきじのこえ花
鳥を 友とぞ「たのしみの時を得たるや 天下の
執事高のむさしの守師直は 朝家(てうか)の覚武家
のそうきやう おごり日々にてうくはして酒えん女


12
がくに日を送る ころはみな月十日余りあをばふき
くる山風の をとはのたきにすゞみの会夏のはな見
てあそばんと 洛中のさいく人をめしあつめ 五色の
きぬにてつくり花地主のさくらに付ければ 一夜
の中にらんまんと二たびはるに立かへり 山ほとゝぎす
こえはぢておひのうぐひす法華経や 観世音のち
かひかと らうにやくなん女もすそをそめ袖をつらぬる
斗也 其身はぶたいにまんまく打せ 金らんのしとねに座し

ければ 薬師寺二郎左衛門きんよしをはじめとし
お出入の大小名ついしやうけいあんあんま取 御髭
のちり取もゝち鳥口々さえづるうそ咄し 高らん
に打もたれゆきゝの女のしなさだめ 悪女には
つばきはき中の女に酒をかけ 美女が通れば
あふぎにてちらしかけたるつくり花 袖にはしがの山
ごへやふみわけて行八重桜 けふ九重の京せき
だならざうりとぞにほひける され共もろ直


13
うかぬかほ 是なふ薬次(やくじ) 師直が身の栄華たち
まちなつをはるにして 京中の女を一どに見れど
我は一さいおもしろからず えんやはん官が女房此
むねにしみ付て しんかんをなやまする 歌学者
と思ひかねよしめに ふみをかゝせてやつたれば手
にもふれず さよ衣とてなげ返し 我つまならぬ
つまなかさねそと けつくいけんにあづかるけふはか
の上らう たきまうでと聞し故 此会をもよほせ

しが中立の侍従めが まにあひの偽りか今
にをいて侍従も見へず よびにやれといふ所へ
侍従伺候といひければ そりやめでたい地主
のさくらも取てほふれ さがもおむろも君にとゞめ
た首尾はどふじやととりまはす いかにも/\近日塩
冶判官殿 北国へ軍立其りうぐはんにかのおく様
三十三度のたきまうでもふそれそこへといひけれ
ば エゝはやふおがみたいときよろ/\するも 土け也


14
まくをさげよとするな あひだ遠くは遠めがね
ちかくへよつて物いはゞ ういらうつめとざはめきて今
や /\と「松風やすそにもやうの まくず原 た
がそめかねし染ゆかた 供の女中と一やうに まぎら
かしてもまぎれなき こしにしきみの あさみどり
みなすいしやうの百八と 水の白玉ひかりあひをと
はのたきついとすぢも 手にくりとむるたきまうで
じきにたき見のくはんをんのようがうかとぞあやし

まる 三十三身かたどりて 三十三度の足はやく
どくじゆのこえも口ばやに めうほうれんげきやう
くはんぜをん菩薩ふもんぼん第廿五にしむじんい菩薩 そく
じうざきへんだんうけんがつしやうかうぶつにさぜごん
せそんくはんぜをんぼさつ/\さ えい/\/\のおりの
ぼり はだしに石のきざはしも心あれかしいた/\し
侍従まくの物見よりあれ/\さきながかのおかた
と ゆびをさせば師直ヲゝいはひでもそふ見へた 見


15
こと/\たまられぬ 聞しにますとは此君どふぞ盃
いたゞく間 是へらいかうなさるゝ様に頼む/\と手を
合すれば 侍従はとてもかなはぬことよいのきし
ほと分別し やすいこと/\よびまして参らんと か
つき打かけさいもんへはしりて京へにげにけり 師
直はらんかんにおとがひもたせくびをのべ まてどもい
なせの返事なし ヤア扨は侍従がはづしたか 但女が
せういんせぬか いかに薬師寺はからはれよと けしき

かはつて見へにけり薬師寺きげんそむかじと あつ
と云て立けるがそこつにはいかゞぞと 心をおくのせん
じゆより立帰るにはたとあふ申し/\ 是はえんや判
官たかさだの御内室候な ほんだうのぶたいにしつ
し高の師直殿 御酒えん共はゞからずゆかたの体
にて立さはぎ ちりをけ立るらうぜきじきにいひ分け
有べしとの 御ぢやう也といひければ北のかたうちわ
らひ ムゝめづらしいかちはだしで身をやつす 仏さまへ


16
のうやまひが師直様へは慮外になる 申わけして
すむならば追付それへとの給へば 然らばすぐに御供
とつれ立「ぶたいへ出らるゝ えんや判官高貞はかね
/\゛つまの物がたり 一ごのふちんと夕紅のひおどしの
はらまき ひやうもんのねりぬきにからぬひしたる
上がさね たてわきの大口そば取て つるぶくろ付たる
大たち丸ざやまきのうち刀 ふかあみがあsにてかほ
かくししつしにもあれ何にもあれ くびねぢきつて

すてんず物と気もせきのぼる坂の上の 田村だう
に立たるすがたちらと見しより北のかた くろがねの
たてよりもなをたしか成うれしさと めくばせし
てぞ出給ふ師直まんまくあげさせ ありがたい御
ようがう我らがねびくはんをん力 りやつこうふし
ぎの御えん也 此頃侍従がお返事にさよ衣とはうら
めしい えんやは此旅北国の討手をいひ付しが 敵
にははた六郎左衛門なんどいふ 鬼神もあざむく剛


17
の武者 千に一つもえんやがいきて帰る様はなし 後
家になつてうろたゆるはいかにしてもおいとしい
今日から師直がお身の上を情取た さよ衣の
ころもがへちよつとこゝでぬれ衣と いだき付ばふり
はなし アゝことあたらしい ものゝふのならひいくさに
立はしゆらの門出いきんと思ふ者はなし 師直様
も其通り 敵みかたと成ならばつまのえんやが太
刀さきで 其おくびを只今でもころりとやるまい物

でもなし 其時こなたのおく様は後家 今から
あたまをそりこぼしさよ衣のころもがへ すみ
ごろもの用意あれと 立んとすれば薬師寺
たもとを引とゞめ アゝ心にかゝるは御尤是は殿の御
あやまり 薬師寺祝ひなをすべし あの絵馬を御
らんあれ 坂の上の田村丸すゞりの鬼神をほろぼ
す所 えんや殿が北国の討手にむかふはたのうへに
せんじゆくはんをんの ひかりをはなつて一たびはなせば


18
 千のやさき 雨あられとふりかゝつてかたきは残らず
うたれにけり 有がたし有がたしや是 観音の御
引合 めでたい/\一こんと銚子をもつて立ければ
ヲゝ絵馬になぞらへ給ふならばあれこそ木曽のお
もひ人 ともえが馬上の女武者石よりかたき石田
がくび くらの まへわにをし付てねぢきり きり/\
きりゝとめぐるともえの丸 師直殿の御くびで
一つどもえが御所望か 薬師寺そへて二つどもえ 有

あふ人々かたはしより三つどもえ四つどもえ 六つむ
さしのごばんたゞのぶ橋弁慶 絵馬のまなびはいづれ
でも御所望次第とこえたかく ついにしつけぬは
りひぢもうしろには我おつと 百万ぎのみかたより
心づよさとめをつかふ えんやはつばもとくつろげて
すはかけ出んと気をくばり ふうふめとめを三ヶ月に
みやうじやうかゝやくごとく也 薬師寺えんやをちら
と見てこはにが/\しとどうふるひ しよせん此ばを興


19
になしてしまはんと思ひ 是御らんぜ是は覚市けん
ぎやううが 常にかなうるわざ酒もり 御執事を和田
殿薬師寺はあさひな 此上らうをとら御ぜんにな
ぞらへ某一きよく仕らん 是をまなんで御酒もり千
秋楽をうたふて めでたふ御立候へとわなゝくきごえを
ぞはり上ける 扨もそのゝち 和田のよしもり九十
三ぎの人々は 山下宿がはら長者のしゆく所にあつ
まりて 夜日三日の酒もりはをとにふれてぞ聞へ

ける され共和田の心ざす とらは座しきへ出ざれば
和田は大きにはらを立 伊豆に北條むさしにちゝ
ぶ 扨さうしうにて此よし盛なんどが 酒もりせん
ずるざしきへとらはめさずと出あひて あふぎの一
手もまふべきに よしもりをあなどるか おつとの
曽我をはゞかるか とふ/\ざしきへ出よと申せ そ
れさなきものならば おつとがためもあしからん 山
下しゆくを追出せあさひなえいとぞいからるゝ とら


20
は心にそまね共 天下のしつけんわざの心にそむき
ては おつとのためも大じぞとやがて「さしきへ出け
れば あさひな大きに悦びしろかねの大さかづき
こがねの銚子取そへて とら御ぜんの思ひざし誰に
なり共さし給へ あさひなおしやく候とふしもしどろ
にいひければ 北のかた取あへず面白し思ひざし
我つまならで誰かはとだんぶと引うけ口をつけ
十郎殿/\とよびかくる えんやうれしさたまら

れずすけなり是にとつゝと出 さいたりやとら御前
いふだりや十郎と 手しやくに三ばい引つゞけ/\ い
きなしについ/\/\ サア打こしは和田殿へ 慮外申
となげ出し 女房にひつぞふてあたりをにらんでひかへ
しは くはんをん廿八部衆のこんがうやしやともいひ
つべし 師直はつとぎやうてんせしがよはげを
見せじと大やうに ヤア九十三ぎの人々和田にをくれ
をとらするな 十郎おひつ立よとはいひながら当座


21
の興 えんや殿のひけでもなし師直にいしゆも
のこらぬはづわだ酒もりの本文にあはせてひつ
立/\と 笑ふて見ても色ちがへ一座の めん/\こは/\゛
もたちに手をかけうぞぶるふ えんやなをもこととも
せずつゝ立あがつて 折ふしおとゝの時宗は 古井と
いふ所に矢のねといでいたりしが むなさはぎこそ心
得ねとよろひとつてなげかけ 馬にくらをくひまも
なくあらひぐつわにはだせ馬 まはれば三里曽我

中村いたてんよりもなをはやく 長者の門にはせ
着て女房にあんないさせ 障子のかげよりうかゞへば
ふるごほり新左衛門 えびた兵衛あしだ兵衛すのさき
の孫太郎 ぬし有女のたいこ持ついせうづらのむやく
し寺 上座はけふのわざ殿 あさひな出してくさず
り引させぬか あさひな出さぬはをくれたか 和田
酒もりをくひさすな なすびの高の師直とかん
ら/\とぞわらひける ヤア酒えんのざきやうをまご


22
とにしてことをこのむかえんや殿 薬師寺誠のあさ
ひなならねば御へんも本の時宗ならず 力も知行
も当分の千日ひいてもせうぶはあらじ かせい/\と
よばゝればこゝはの侍我おとらじと うはおびくさず
りはいだてにむんず/\と取付たり もの/\しめづ
らしゝ時にあふたり時宗が 時こどかはれ草ずり
引力はさらにかはらじな ぶたいの板をふみぬいてまつ
さかさまに人なだれ をとはのたきのたきつなみ三筋

を四すぢになすものか こしのつがひをねぢき
るか一足さらずのかちまけぞ しかまのかちゞ清
水のだうもゆるげとふみすえて こしをすえのゝ
あさあらしあさひなならぬうでくびも たせいに
ぶせいかなはじとちからごえはえいさらえい えいや
/\えんや塩冶判官が 観音力はふだらくや くま
のゝうらのくじらあみ数千人のあま人を 大の
くじらがひれふりておきへ /\とおきつなみいそ


23
/\といそうつなみ いはほをたゝく其ひゞきふみ
とゞめふみゆるめ こしをひねつてえいやつと一ふり
ふつて ふりはなせば おもはず一どにくる/\/\ひ
たひとひたひうちあはせ しりいにどうどうつたる
をと山にこたゆるばかり也 サアくさずり引がをはつて
はときむねが和田殿に 花めづらしうげんざんとつゝと
とおつて師直が 馬手にひざにとつかりとのりかく
り あしう候よしもり殿 とらがさかづきおのぞみなら

ばときむねおしやく仕らん 何と/\とのつかゝる
は大ばんじやくのごとくなり 師直がもろひざもお
るゝばかりのいたさをも とがめばいかゞといきを
つめがた/\ふるひ アゝ/\/\和田ざかもえいをもふをい
て あれあの絵馬はしぶやのこんわうが おさ田の
庄司をきめたてい 貴様はこんわう我らはおさ
田がふるうところ アゝ/\御めん/\御たすけ すぐ
におさだはみやこをさしておち行ところ まなんで


24
見せふといひもあへずひつはづいてにげてゆく
ふうふもろともたちふさがりこれ/\/\ こんわう
ばかりでさびしくは あれ御らんぜなぎなたもつたは
しづか御ぜん ゆみを引はいづみが城 みづからそれとは
おそれながら八まん宮の御母御 きかいかうらい
はくさいこくの あらきえびすをせめほろぼして かへ
君が代千世にや千代に いはほに弓をおつとり
のへていこくのわうも師直も 犬におとつた今の世

のかぢ原がざんそうにて 義経討手の土佐ばう
正ぞんむさし坊弁慶が 色もまつくろ黒のこま
しり馬のつたが御所望か 数々おほき絵馬の内
のぞみしだいにまなんで見せん あの張良がながれ
足はんくはいが門やぶり 鬼とがきとのくび引に鬼はよは
みそ手すりこ木 ゆるせかお馬かつなぎ馬まだはなれ
ごま 我美人草あやめの前に今夜はじめて源
三位 名をばくもいのゆみはり月たぐひ なくこえ


25
ぬえといふ へんげをおさへて九かたなさしとお
しさしとおさんもさすが又 大じ大ひの仏前
といのちたすくるもりひさや かげきよの絵馬
有ふじ見西行文字人丸 竹にとらの毛をふるひ
龍はくもをまきのぼり はしごさいてさかやきそる
ふくろくじゆの長あたま ながいはおそれ是迄と夫婦
手をとり立かへる 扨こそをとはのたきのいとむすぶ絵
馬の夫婦の中 諸願成就皆令満足と敬 てこそ帰りけれ