仮想空間

趣味の変体仮名

忠臣金短冊忠臣金短冊 第五

 

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     浄瑠璃本データベース ニ10-00166

 

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   第五
口には蜜の甘きをはき心にとがれる針をふくみ 人をそこなひ己をたのしむ 横山
郡司信久が桐が谷(やつ)の舘には めふりに高塀かけならべ夜廻りの声拍子木の すき間も
あらぬ用害に忠孝武勇の小栗が郎等 心をくつし気もめいり今ではねらふ人なしと
聞より横山ゆだんを生じくせのおごりのくはんらくは運のすへとぞ聞へける 既にその
夜も子のこく迄 小栗判官兼氏の家臣 大岸由良之助親子が忠誠 是を守て

一味の勇士四十余人 義を金鉄よりかたくして命はせんかの君になげ 討死を一戦に思ひ立
たる出立は かぶとふきんにまゆふか/\゛ めん/\せなかに金のたんざく 姓名を書き印えものの道具を
よこたゆれば 中にも堀江弥五郎は 由良之助が智略によつて八尺斗の大竹に 弦(つる)をかけたる
大弓を四五挺斗ふりかたげ いさみにいさみ横山が 門外近く押よせたり 同じ出立に向ふよりすゝ
み来るは郷右衛門 すかし見るより由良之助 ヤア郷右殿 今昼(こんひる)寺沢がしらせによつて 今宵茶のゆ
振舞の跡へ討入申さんと かく迄はせめよせしが 時こそよけれあれ御らんせ 人しづまつてせい
きはしづみだつきかみをおほけり はぐんも辰巳に向ひし故裏門より寺沢に 味方のせひを入れさ


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せん為 小野寺惣内吉田の左衛門 此両人を頭として 若殿原を相そへからめ手へまはしたり 此手
は某親子を始おの/\共に討入るがてんと 詞の下より原がいさめば 皆我さきにと若者共
すはのり入れとひしめくにぞ 由良之助声をかけ ヤアはやまられないふこと有 夜討の
大事はきせいのへん 敵をあかりにおびき出し味方はくらみをこだてにとれ 女わらべに手な
おふせそ天下をおそるゝ敵討 火の用心に心を付てつなぎ馬をはなさすな 折々に相図の笛
ふき合せ/\ 敵に中をわらるゝな 名乗てせひをひきまとひ 相討をつねとして 味方
討すな同士討すな 相詞も三度にかへ のりこむ時は山かかね 軍に成ては花か海

のく時は川か月 向ふ者は討て捨にぐる敵をおつかけて 罪つくりにひまどるな 取べき
首は只一つ すゝむにもしりぞくにも 味方の印をほんにせよ 用意がよくは
せめよせよと手ぐみをそろへしと/\/\しと/\/\とつめよせて 時分はよしと大
鷲伝五 原郷右衛門が肩さきふまへ 塀の上にはね上り 雪のあかりにとつくと見
すまし 表門のくはんの木にも内より錠をかためたり かけや/\とよび立れば
まつかせと味方の若者 かけやを引さげ立向ふ折こそあれ まだ用心の内なれば
山形兵衛は夜廻り役 拍子木打て来る音 是幸と大鷲伝五ひらりと内へ


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とびこんで 山形兵衛がまつかうをまつ二つにぶちはなし 拍子木おつとりけはしげに
内よりうてばそとよりもおとに合してかけやをふり上 どう/\/\と打音に くはん
の木中よりほつきとおれ とびらみぢんに打くだかれ大門さつとぞひらけける 大将
大岸由良之助一番におどり入 忍びだいまつ差上て内の様子を見廻し/\山と一
声かけければ かねとこたへて一どうに我も/\とこみ入しが つまり/\゛は戸をしめて内
より錠をおろしたり たゝきわらば目をさまし敵にせんをとられんと かねて期(ごし)たる
はかりこと 大鷲伝五郷右衛門より 大竹の弓四五挺戸口/\の敷居鴨居 しつかと

はませ手をそろへ弓弦(ゆづる)を一度に切はなせば 大竹にはぢかれて鴨居を
四五寸持上られ やり戸つま戸はばら/\と将棋だをしと成にけり 大岸親子す
き間もなく縁の上へかけ上り いきほひこふで大声あげ 小栗判官兼氏が家臣
大岸由良之助利雄(としを)同力弥利金(としかね) 此外忠義の武士四十余人 亡君のあたを報
せん為押よせたり 横山殿の御首を給はらんと呼はつて 数多の勢をひきした
がへ 一もんじに切入ば すはや夜討とこんらんし 宵の茶のゆの茶せん髪ねとぼけ
顔にすはだ武者 太刀よかまよとひしめいたり 小勢なれ共よせ手はこよひ必死


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の勇者 ひじゆつをつくせば由良之助 余の者に目なかけそ 只横山を討とれと
八方に下知をなしもみ立/\戦ふたり 北隣りは佐々木将監友秀 南隣は石堂右馬(うま)
之助 両屋敷より何事かと屋根の棟に武士を上 ちやうち星のごとくにてぐん
びやうやねより声をかけ 御屋敷さはがしく候は 狼藉者か盗賊か 但し非道のさた
候か承りとゞけ 御加勢申せと主人がいひ付 しさいいかにと尋れば 大鷲伝五郷右衛門
左右に別れて詞をそろへ 是は小栗判官兼氏が家来共 主君のあたを報ぜん為
切入て候 天下へ対する狼藉にても候はず 元より佐々木殿 石堂殿へ何のいこんも

候はねばそつじ致さんやうもなし 火の用心かたく申付候へば是以気遣ひなし たゞ
おんびんに捨おかれ候へ それとてもぜひ御加勢と候へば 力なく一矢仕らんと高
声に申すにぞ 両家の人々是を聞御神妙/\ 弓矢取身は相互 我人主人持たる
身は尤かくこそ有べけれ 御用あらば承らんとなりを しづめて入にけり こなたの
やかたは大勢が一時余りの戦ひに よせ手はわづか二三人うす手をおふたる斗なり
由良之助相図の笛 ふき立/\味方のせい 一所にあつめてせいたる顔色 年月心を
くだきしは横山を討ん為 きやつがね間を見とゞけしに 夜着ふとんを引ちらし枕斗は残りしが


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此かん夜にひへもせずふとんの上のあたゝかさ ね間をぬけ出しに間も有まじ あのすい
もんの箱樋(どひ)こそ心にくし うちより水をながしかけ そとへ廻つてうかゞひ見よ 内に人の有なしは
水の流でしるべきぞ 心へたりと大岸力弥 郷右衛門諸共に外へ廻つて待かくれば 大鷲
伝五内よりも 用水をどう/\とくみ入れ/\ながせ共 みな口われてしたゝりの 跡へあまつてお
ち口は鬼にせかるゝごとくなり サア人あるに移つたり 鑓を入てさがせやと 原郷右衛門
を始として手ン/\に鑓をつき込/\かり立れば たまりかねて出る侍 私は土川(ひぢかは)兵庫 振舞の
あげくとまり合して此仕合 ノウおたすけ下されとはひ廻る 大岸力弥走り寄 先年

殿中けんくはの節 主人小栗判官の 横山を討もらされしもこいつ故と聞及ぶ 横山
が先かけせいと 首討おとせば紅の 血汐の樋(とひ)とぞながれける 由良之助大音上 是程迄
仕負ふせて横山を討もらす よつtく天道に捨られたる我々 すご/\帰つてしなんより 此所にて
腹かききり四十五人のおん念 あくれうと成て横山を 取殺さんと思ふはいかにとあたりを
きつと見廻せば 力弥を始原風間 いづれも左様に存れば 我々さきを仕らんと既にかう
よと見へたる所に おくればせに寺沢七右衛門 大いきついでかけ来り 某兼て知たる案
内 すみ/\゛迄さかせしが いまだあれ成柴べ屋を改めず 今一せんぎといひければ皆々


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はつと心付げに尤と小屋の戸に 我も/\と手をかけてえいやつと引はなせば 内にかく
れしよこ山郡司 コハかなはじと炭薪 ばらり/\となげ出すを あまさじものと大鷲伝五
無二無三にとび入り 取ておさへ声をかけ 横山郡司信久を 大鷲伝五組留たりとよばゝ
れは 由良之助を始として四十余人かまんなかに 横山を追取まき声々にのゝしりて 妻
を捨子にわかれ 老たる親を失ひしも此首一つ討ん為 けふはいか成吉日ぞうき木に逢たる
盲亀(もうき)は是 三千年のうどんげの 花を見たりや嬉やとおどり上り飛上り 首討落(おとし)声を
上 扇をひらき舞うたふ悦びの声ときの声君が代祝ふ万々歳治る御代こそめでたけれ

 

 

   (おしまい)