仮想空間

趣味の変体仮名

暦 第三

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1188675


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   第三
ながめなりふじは日本のほうらいさん みね
はけづりなせるがごとく其たかさはから
れず かくて兼政広信はちよくめいにした
がひて ぎやう屋にいる月出る日をかんがへいん
やうのたかやぐら のぼりて見ればかひがね
にけふもしらくも立にけり 先正月の山
のすがたほそまゆつくるうすがすみ 春山笑ふ


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かと思はれこえのうぐひす初朝のゆきまだ
残る竹取のおきなが姫の ゆかりかや たが
むすびをく玉ざゝの こぞのしほりの恋の道 お
ぼしてまよはぬ人もなし 二月は雲に入鳥の
わかれや なげくねはんの空 しやかはやり水
をちこちのみねは八ようともいへり きけんじやう
の遊楽も 心の月のかげふたつ みつしほを
になひつるゝや たごのうら あづまからげのしほ

衣 いとまなみなのうきしわざ やよひは花の
ふゞきよしのはいそになるさはの けいを都に
やさ女 かごだてさせて此所たゞしは ほいなとゆふ
づくひ 西にかたふきいるまがは 水にをとあり松
にこえ たびのねざめと名付たる びはかき
ならしてうたひける はくじつせいてんもたの
まれず おぼろのよるの山見えぬは 人の心のくも
さくらにあらし月に雨 世にやあはれの まさるらん


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卯月はさくや水車の うきしまがはらゆくほたる
さとのわらはの打とめて ひかりをうづむ玉さは
の くいなやたゝく川あそび あさせのぬまの花
がつみ ふえにたいこにかざぐるま をのがさま/\゛
日くらしや 五月の空はむめの雨 はれまの山をえ
にかきて いざもろこしの人に見せんせんめん さか
しまのびさん也とたとへて こゝにしをつくる
世々の歌人のまさごのたね 神代にまきてつき

せざるすえはおきつの川やしろ 扨6月はふじ
まふで はくえの袖はさながらくも なんぎやうなん
じよよぢのぼる ざんげ/\六こんざんげおしめ
に八だいこんがうどうじ なむせんげん大ぼさつ
さつときえにしつみとがも其よ ふりつゝたえ
ぬひむろの谷ふかし 七月はたなばたの あふせ
ありとやいざきてみほの松ばらこへて /\
きよみでらかねのひやうしがちやん/\として


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扨おもしろい おもしろいぞやたぐひなき なを
もち月のこよひしも じせんりのほかのこじんの
こゝろことばも いかでをよばんと ながめにあかぬ
なかぞらにはつかり かねのくもまより ちら/\
/\/\/\とつれて なくねをきく月は よも
の山々色どりて 今車をとゞめてそゞろに
あいすふうりんのくれもみぢをたばけふりの
山是 あたゝめてのむときは りうはくりんが

たのしみも ついにことたるさかづき 三ごく一じや
さけになりすまいた 扨十月は 山路きのふ
しくれして いそぐあしがらはこねなる はもりの
神のみづがきもこずえさびしく霜 月は
なをこがらしのもりのしたえのしろたへに
それともしれずすくみさぎ 身の色こぼす
あけぼのに せはしきこえのまくらより りよはく
の夢のさめてゆく年のくれには 野も山も


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雪に ふぜいをうばゝれてかれ /\゛/\゛しばねふり
ける それがうへにもみぞれ あられのとだへなくねが
ひのせいてんあらざれば 兼政広信心中になむ
大日大ごんげん しゆじやうのための御はうべんきど
くをあらはし給へやと 天にむかつていのらるゝ
時にふううんはれつゞき 日月わくはうのめ
ぐりをつもつてよろこび いさみ山下有
やまとのくにへぞ「いそがるゝ

是は扨直 すでに其年もじよやのくれ
にぞなりにける おほうちの御ぎしき松立
かざりみかきもり えじのたくひのかゝやき
なんでんには をんやうじあつまりてさいもんを
よみあぐれは せんくはいもんにはおほとねりりやう
きのかたちを「つとめける てんじやう人は
もしのゆみにあしのやをつがひつゝじやきを
いはらひ給ひける 抑ついなといふ事は


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年中のえきをはらへる行事也 扨御きち
れいのきぬくばりきんりの御さほうくはん
女のさうじに そつのすけとておはせしに かの
あさがほの姫父の御名をふかくかくし そつの
すけにしたがひ御名を宮内とかへさせられ くはん
女のわざをならひ給ふにすぐれてかしこくましま
せは そつのすけも頼もしく我もはやよるとしの
ものごとうとく成ぬれは 新院さまの御事ども

そなたに頼みまいらすべし 先此衣の色品も
覚へ給へと有ければ 人もおほさき其中に 宮内
は時のめんぼくとひろぶたにちよ重ね もやう
さま/\゛御しよぞめの色は「春とぞ 見えに
ける げにはつ色の 梅重ね おもてもうらも
こきくれないに入日の なると立波をしらい
とのかいづくし しまにすさきに立鳥のちりや
ちり/\ちりめんは ひがきの左大臣道綱 扨


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松重ねあをかりき うらふきかへす ゆるし色 まり
にやなぎのたよ/\と みだれて/\ 恋風
袖よりおつるむすびぶみ たれさままいると見て
あれば 近衛前の入道則房也 つぎは地なしに
からはなの 五色のしたば玉のえだ 玉のいが
きのあざやかにちはやふる/\ ふつた所がどう
とゝも かうとも いやといはれぬうはがへの つまり
ゆかしやなつかしや 是はどなたと見てあれば

西門院橘ノ照政 やさしやすそに春のゝの
きゞすのとこのくさがくれ もよぎのたもとこし
がはり きくきりならぶは古川の権中納言
家 すえにながるゝ水車くるり /\とまと
はるゝ 藤のかけなみぬしやたれ 大伴ノ忠春也
そつのすけきくもあへずふしぎや此御小袖
はいくとせか 三條の家にくだし給はるが若
も筆者のあやまりかと 宣ひもあへぬに


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本宮の中将さゝやきよつて いやなふ世は
しれむものかな 大納言兼政とはかせ木津
良の広信は このたび駿河の国にて不儀
なるさま/\゛もれ聞へ 本坂蔵人増田(ましだ)式
部にあづけられ流人と成てはいしよへと
かたりもあへぬに姫君はつと斗にふしし
づみ人もとがむるなみだ也 そつのすけ見
給ひて宮内は何をなげかるゝぞ われこそ

兼政殿の母上のおとりたてゆへにより かく
みやづかへもつかふまつればほかのやうには
存ぜぬなり まことに日もこそけふのくれ
あすはあらたむ春なるに 御いとしやあ
はれやとふかく くやませ給ひける 姫君今は
ぜんごをわすれ 御なみだにくれながら いま
まではふかくかくし候へども もはやなのらん
みづからは 高橋吉連(よしつら)がむすめあさがほの


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姫なるが 兼政殿と申かはせし事ありと
あらまし宣ひはてざるにそつのすけ大
きにをどろき なふいままてはゆめ/\
しらずさま/\゛に 心ならざるりよぐはいの
みたゞおゆるし給はるべし しよじはかゝる
をりなれば御つゝしみおはしませ このうへ
ながらもみづからに御まかせあれと よきにい
さめてすみなれし局をさしてぞ「入給ふ

かくて増田 本坂はさほの川のあたりにて
兼政広信にゆきあひ とかうのしさいはぞん
ぜねども 両人ながらるざいのせんじ我々
承て候といへば 兼政のらうどう岡崎平内
平七大きにいかり せんじとは何のとがあつ
てのるけい ヲゝいまおもへば駿河にてふう
ぶんせし忠頼めがざんげんよな たとへば
我とづだ/\にきざまるゝとてもこの


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じつふをたゞさずは 君をみやこへもいれ
奉らじかた/\にもわたすまじ此 さほ
川こそはいしよなれ かくいふがにくしとて
かならず手むかひしてこうくはいすなと
二わうだちに立たうるはおもてを あはせんやう
もなし 兼政しばしとしづめさせ給ひ 尤
なんぢらがうつふんことはりなり去ながら た
とひむしつのざんにもせよちよくにむかふは

もつたいなし 我身にくもりあらざれば つい
には月のみやこにてはれゆくそらをまてや
とて なみだながらに宣へばさすがいさめる
兄弟も 御一ごんにてしほ/\ととはうを
うしなづ其ひまに けいごのぶし取かこみ
はやとをざかればをとゝの平七 こはむえんと
かけ出るを平内とつてをしとめ やれせく
な平七 さつするにざんにんは忠頼にまがひ


28
なし とてもしぬべき命ならば忠頼虎若
もろ共に ろしに待うけきるものか ようち
に入てうつものかあんをんにてはをくまじき
しばし/\といひながらへんしものがし
をく事の思へば /\むえんやとちのなみだを
はら/\/\ はらり/\とながしつゝ打
つれ一まづ帰りける兄弟が心の内 ことはり
せめて尤やとかんぜぬ ものこそなかりけれ