仮想空間

趣味の変体仮名

暦 第四 あさがほ姫道行

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1188675


28(左頁)
   第四
いたはしや兼政はつみもなみぢのものおもひ
あかまつのいろはぶね四十八番ならべたる 中
にもおめし大船とてたかもがりあみを
かけ あるひははものをあらためらるるにんの
身こそかなしけれ 所はしかもなにはづや 梅
のはまよりをし出すしかる所にさもけはしく
なふ/\おふね/\ 其ふねまたれよおふねよと


29
よばゝるこえも程ちかく 見ればしろき小袖に
あさぎばかまをきつれたる せうじんやう/\
いそべにかけつき二こしぬぎすて手をつかね 是
は大納言殿にめしつかはれし右丸(みぎまる)左丸(ひだりまる)と申
せがれ共にて候 かゝる時の御供をこそ 御なさけ
にて頼奉ると涙と共に申けり 定元(さだもと)ふな
ばりに立出て ヲゝこゝろざしはしんべうなれども
是わたくしならねばかなふまじきとこたふ なに

おふねへはかなふまじきと宣ふかや 扨もぜひなき
しだいしからばあおふねしばらく待て給はれ いかに
左丸 君しぜんの御時はじゆんしのけいやく今也
死わかるゝもいきてわかるゝもおなじおもひ
いざ御もくぜんにてはらきらんとしたくする
を兼政御覧じ やれまて汝抔しばし/\
誠にじやけいのよしみとて 浅からざるしんtねい
返/\もうれしけれ 世に有時のふたながめ


30
花にもみぢにかへてわれつまなしちどりの
とこのうみ なさけにしづみしなみまくらの
たはれしよるのちかひにもみつ有命ゆく
水の きえなば一度にうたかたと いひかはせし
かひもなくひとり残しておきついし 頼
しまなき身なれども命だにあらあなれ しぬ
な右丸かならずしぬな左丸 しなばうらみと
身をもだへくどきなげかせ給ふにぞ かつてしゆ

だうをわきまへぬむくつけおとこかんどりまで
女の なさけわすれける 定元見るめもいたま
しく たとへば後日のさたにあひしやうがいにお
よべばとて いかにあはれをしらざらん去ながら
二人はいがゝいづれにても一人のられよとあれば
両人大きによろこび我のらん いやわれこそと
をしのけ をしとめたがひにみたれものむし
の われから人からとなくねあらそひじせつうつ


31
れは定元は せんかたなくてろかいをはやめふねは
はるかにわかれゆく 二人ははつととはうにくれ
なふあかしの殿さま今はふたりと申まじ せ
めてひとりとさけべどもわかれていつかあは
ぢなだ しるしのけふり立きえて物のさび
しきたそかれの ほしのはやしと成にけり 扨
も/\しなしたり/\ 何のせんなきあらそひ
はあゝくらきより くらきにまよふおもひのみち

てらし給へや仏国 いざやさいごをきはめん去
ながら 君刃(やいば)をとゞめさせ給へばしよせんこれ
なるいはにざをしめて 四つのかりものをかへ
さんして念珠(じゆず)は有か いやはたとしつねん
せり ヲゝ尤也 某はもちたりと 一連二つに
引わかち今までむすびし玉のをの たえ
なばたえよ右丸めい/\てうのかたらひも
はかあんくさだめしありさまばつたへきゝつる


32
もろこしの はくいしゆくせいにもまさるべき
いつの日のなんどきにてもいきたえいらば
手をあげよ りんじう一度にしたくひきらん
と ゆめにゆめ見るこゝ地して せまる
「日かずもかさなりて ゆふべのあらし あし
たのしも たてかけがみのおもかげは とけても
なみのうきもとなり みがきなれたるむかふ
ばも おちてみぎはのじやれがいにまじり

ふようのまなじりからすがとり ろくろに
とびがはしをあらそひ是ぞ東坡(とうば)が作る
詩の 九つのかたちのすえ人の限りの
「あさましし 是もあはれは をりふしのふゆ
のとなりしあさがほ姫 兼政のえんとうを
くやませ給ひ たがひにわすれなわすれじ
といひすてしことばのすえ 世にましまさば
とふまじきが人のなさけはかゝる時 せめてをと


33
づれまいらすべしぜひおいとまとねがはるゝ
そつのすけなみだと共にさりとはやさしき
こゝろざし なさけもぎりも此時なりい
かでかとゞめまいらせん 心まかせとありければ
こは有がたき仰かな さあらばおいとま申とて
めのとの玉水ともなひ人見しりてはとかへ
すがた つえあり かさありかゝへおび
たびの ふりそで

   あさがほ姫道行
しのぶみちのべ くらふの山の夜もあけず
やしほのをかのむらつゝじ こきもうすき
もこひまよふ やみの にしきと ながめ
すてまだ山かづら ひくかたに おぼつかなくも
よぶ よぶこどりのでんじゆはきかず見ゝ
なし山 かたわぐるまにつむしばの さくら
やあたら春おしむ花の やえぶき せぬ


34
いえぞなしいえも あらなくにみわがさき
あやすぎめぐむこのまより 神のひもろぎ
物さびて ふりにしこともいそのかみ 人のかげ
さへ むもれ井の いづゝに /\玉の いづゝに
袖ぬれて わかれひよくのはがい山 とび立かたは
とぶひのや いまいくかありてたびおさめ わが
たらちめふるさとへ かへり 見かさやま
さほのかり 二十五けんはやがつにたんじ

くもいのやどりいとまがたけまつは
しぐれのそめのこし ころものうらによせ
かいのはなれて あふもひめがいの うれし
やうきをわすれがいあさりしほふき うつ
せはまぐりすだれがいふねは 出てゆく
ほたてがい あらいかぜをもようやよやよ
よぎいとはれし みつのうらかぜはま
かぜ ハアさむいぞや アゝあはれうきねの


35
たびのそら けふはつしまのたよりかと
こひわたりぬるむこのかは 心のあさみ
しらづくししらぬみちとて はかど
らず たれかつげのゝ つましかも人に
きけとや 夜たゞなく あきはかなしさ
まさるべし それをおもへばゆめのうき
はしひろたのみや いくたのをのゝ花
がたみ 手ごとにつみし つばなまし

りの つく/\/\/\゛し わけて
すぐろのすゝきはら いつかまねきて
くさまくらそれもかなはぬよなりせば
しうしんのつのまつばらいさりびの
もえあがりてはきえてはもえ まなく
ときなくこりずまの ねざめにさはぐ
すゞぶねの おぶさはそらにゆふあめの
みをしのぎゆくいなみのやしづく涙の


36
さゞれ川 きみがしがらみるよくとも
やぶれやなぎにやれさていま あら
はれわたるほの/\゛のこかのうらに
ぞつき給ふうさもつらさも あはれ
さもさもあらめ/\ さもこそあら
めさもあらめときくひとごとにをし
なへみなしぼらぬ 袖こそなかりけれ